最終章 − それぞれの告白 ( No.9 ) |
- 日時: 2005/11/09 00:31
- 名前: によ
- − 最終章 − それぞれの告白
1
「お…おいっ、高野! 何処に行くってんだよ!?」 「いいから美琴さん、もう少し先よ」
晶は愛理の家の前で播磨を見かけて暫くした後、美琴の袖を引っ張ってその場を後にしていた。 そのまま近くの雑木林に立ち入り、播磨を中心とした大きな円を描くように一定の距離を保ちながら移動していく。 その奇妙とも言える晶の行動に美琴は戸惑い抗議をしたがが、晶はそれを適当にあしらって木々の間をすり抜けていた。
「ここね」
晶はそう言ってやっと立ち止まった。 少し小高い丘の中腹といった場所で、愛理の家が見渡せる場所だった。 当然、門の前にいる播磨と愛理、天満も小さいながら視認することも出来る場所だった。
「高野、いってー何だってんだよ? それに愛理のコトを聞きに来たんじゃ……」
ワケも判らず引っ張られていた美琴はかなり顔をしかめていた。 晶はそんな美琴を一瞥だけして、鞄から双眼鏡を取り出した。
「は…双眼鏡?」
突然のことに美琴の表情はさっきとは打って変わって拍子抜けた顔になった。 晶は取り出した双眼鏡を有無を言わさず美琴に手渡すと、今度は望遠レンズ付きのデジカメを取り出した。 それからポケットに手を突っ込み、イヤホンを取り出すとその片方を双眼鏡と同じように美琴に押しつけた。
「な、なあ…いったいコレは……?」 「見ての通りよ」
唖然としていた美琴に晶はそう答えたが、当の美琴は全く理解ができない様子だった。
「いや…双眼鏡とイヤホンだろ? それはわかるけどさ、何でこんなモンを…それにそのカメラはいったい……?」 「説明は追々。とりあえずそのイヤホンをつけてみて」 「あ…ああ……なっ!?」
全く納得のいかないまま、晶に言われるがままにイヤホンを耳に取り付けた美琴は聞こえてきた声に驚き、短く叫んだ。
「こりゃ…塚本の声だろ!? ん…それに播磨の声も聞こえるな……高野、これってもしかして……」 「さっき盗聴器を天満に取り付けたのよ」
抑揚のない声で晶はそう言い放った。 美琴の顔が驚愕のそれに変わる。
「盗聴器って…何でそんなモンもってるんだよっ!?」 「……趣味。あとその双眼鏡で播磨君達の様子も見えるわよ」
美琴にそれだけ説明した晶は手に持っていたもう片方のイヤホンを耳に押し当て、カメラのファインダーを覗いた。 イヤホンからは多少の雑音が入るがハッキリと声が聞こえる。
(塚本……) (愛理ちゃんの言ったこと……本当なの?) (ああ……) (……そっか…全部私の誤解だったんだね……八雲と付きあっていることも私に夜這いしようとしたことも……) (すまねえ…俺がバカだから色々誤解ばっかさせちまってよ……) (ううん…謝らないといけないのは私の方だよ…ごめんね、ヒドイことばかり言っちゃって。八雲と付きあっていないってのはちょっと残念だけど……) (すまねえ……)
「話がよく見えねーけど、塚本と播磨のヤツ、何かふたりして謝ってんな……」
隣にいた美琴がそう洩らした。 何だかんだ言ってもかなり気になっていたのだろう。既に双眼鏡を覗き込み、三人を見ているようだった。 そんな美琴の姿に晶も口元を少し緩めると、再びファインダーを覗き込んだ。 移動中にどんな展開があったのか気になるところでもあるが愛理と天満がお互いに抱擁していた。
「それにしても…愛理、本当に明日イギリスに行っちまうのかな?」 「たぶん行かないと思う。勘だけど」
晶は愛理の家から出てくる播磨を見た瞬間からそう思っていた。 根拠はなかった。ただ、播磨が愛理を止めてくれたんじゃないかという直感があった。 それから突然、天満が怒り出したこと。愛理がまるで恋人を追いかけるような表情で播磨の後から門の外に出てきたこと。 面白いことが起こる。そう思って、監視──もとい傍観することを晶は選んでの行動だった。
(……もう、大丈夫……)
イヤホンから愛理の声が聞こえた。少しくぐもったような声だった。 目を擦っていた。どうやら泣いていたようである。 どうして泣いていたのかということも気になったが、それは後から聞き出せばいいだろうと晶は思うと、イヤホンとファインダーに神経を集中させた。
(ねね、播磨君。あの時話したかったことって何なの?) (うっ…それは……その……)
天満が播磨に尋ねた言葉に明らかに動揺している。 カメラ越しからでもその様子が手に取るように伝わってきた。 どうやら晶の「面白くなる」という勘が当たったようだった。 今までの情報から播磨が天満に話したいことというのは一つしか思い浮かばない。 愛の告白。十中八九そうであろうと晶は思った。 それであれば動揺する播磨の態度にも納得がいくし、なにより自然だった。
───播磨君はどうするのかしら?
表情こそ変わらないが、晶の心の中では小悪魔が微笑んでいた。
(その…なぁに? すっごい気になるよぉ〜) (だから…あのな塚本、あん時言いたかったってのはだな……) (うんうん) (その…なんだ…アレは……)
───この期に及んで全くハッキリしないわね……
(アレ?) (そう、アレだ…じゃねー! ええと、アレじゃなくてだな……)
「ったく、播磨のヤツ、いってー何が言いてえんだ? 男のクセにハッキリしねーな」
隣で晶と同じように傍観している美琴も同じ気持ちのようだった。 だが、晶にしてみれば播磨が言い淀んでいるのも理解できる。今までもそうだったから。
(播磨君…天満にそれを言う前に私の話を先に聞いてくれない?)
突然、愛理の声が聞こえた。妙に力強い声だった。
2
「播磨君…天満にそれを言う前に私の話を先に聞いてくれない?」
天満が執拗に『あの時の話』を聞いてくるのに焦っていた播磨の耳に突然、愛理の声が響いた。 急に告白するタイミングとなり一種のパニックに陥っていた播磨は愛理の存在を今まですっかり忘れていた。 ───そうだった…お嬢もいたんだったな。危なかったぜ…もうすぐ告白しちまうところだった! だがよ…『それを言う前に』ってどういう意味だ? お嬢がそれを知っているワケは……あっ!
愛理がいった言葉に一瞬の疑問を覚えた播磨だったが、すぐに思い出した。 今朝、といっても多分昼頃なのだろうが、愛理に自分が天満のコトを好きだと思わず言ってしまったことを。 しまったと思い、ぎこちなく播磨は愛理の方に振り向いた。 愛理は真っ直ぐ見据えていた。妙に眼光が強い。
「え? え?」
天満に至っては話の流れはよく判っていない様子だった。 播磨にとってもそれはある意味同じで、更に愛理の態度が少し違うというのも感じているのも同じだと思えた。
「播磨君…さっきお母様に言ったことだけど、あれ本心だから……」 「へっ? 本心?」
何のことだかサッパリわからない。 お母様に言ったことなんていうのだから渡英を中止した話のことだろうが、それが今とどう関係するのかが全く理解出来ない。 愛理はずっと播磨を見つめている。 何か強い決意がある様子だが、やはりサッパリわからなかった。
「…さっきの話っていうのは外国に行くのを止めた話か?」 「ええっ〜! 愛理ちゃん、イギリスには行かなくなったの!?」 「…ああ、塚本。詳しい事情はよくわかんねーけどよ…まあ、そうなった」 「やった〜!! よかったよ、愛理ちゃん! 私達………愛理ちゃん?」
天満が首を傾げた。 播磨はそんな天満の視線を追うと、さっきからずっと同じ状態の愛理がいた。 暫くの沈黙。それから何かに頷くような仕草をして、愛理はその口を開いた。
「そのことじゃないわ…それより、天満もこれから私が言うことを黙って聞いていて」 「えっ!? う、うん…いいよ」 「播磨君、私…あなたのコトが好きよ」
一瞬、風が吹いたような気がした。
「はぁ!?」 「えええっ────!!!」
それから播磨と天満が同時に大声を上げた。
「好きって…どーいうコトだ!? そりゃ、さっきの芝居の続きなのか……」 「違うわよ…ホント鈍いわね。確かにあの時は芝居だった。でも、本心でもあるのよ」 「だから…芝居で…本心……? さっぱりワケが……」 「いいわよ、何度でも言うから。私、沢近愛理は播磨君のことを愛しています。これでわかった?」
───な、なにぃぃぃぃ!!!!!
唐突の告白に播磨は度肝を抜かれた。
───お嬢が俺のコトを好きだぁ? あ、ありえねえぜ…こりゃ何かの陰謀か?
そう邪推し、愛理を見ると、顔を真っ赤にさせて目はずっとこちらを見ていた。 先程と全く変わらない強い眼光。嘘ではないということは確かのようだった。 それがますます播磨を混乱させた。 播磨は目を見開き、口をパクパクとさせていたが、何を言っていいのかわからない。 思考が止まってしまっていた。
「え、え、え、愛理ちゃん!! それ本当なのっ!!?」
天満もこれ以上ないぐらいに目を見開いて、トレードマークでもある両端で縛っている髪がフル回転していた。
「本当よ、天満。私は…播磨君のことが好きなのよ。ずっと前から好きだったし、今も当然好きよ。でもね……」 「でも……?」 「彼の好きな人は私じゃないわ」 「えっ……」
その瞬間、天満の顔に翳りが生まれた。縛った髪もシュンと垂れ下がる。
「彼は…播磨君は別の娘が好きなのよ」 「そんな…愛理ちゃんはそれを知っててどうして……?」 「……何となく今言わないといけない気がしたってだけよ。それが私が彼に出来る最大の手助けにもなると思うから……」
愛理はいったん言葉を句切った。 それから播磨を見つめ直して、少し笑ったような仕草を一瞬だけして口をまた開いた。
「そーいうことだから。アンタも頑張んなさいよ…じゃあ、私は家に戻るから……」
そのままくるりと愛理は後ろを向いた。 片手を上げて、さながら「またね」といった感じで手を振った。 そんな様子に播磨はやっと愛理がどうして今、自分に告白したのかがわかったような気がした。 自分の後押しをしてくれたのだ。そうとしか思えなかった。
「お嬢、ちょっと待て!」
無意識のうちに家に戻っていく愛理を呼び止めた。 愛理は身体をビクッと震わせてその足を止めたが、振り向くことはなかった。
「今から俺が言うこと…お嬢も聞いていてくれないか?」
背を向けた愛理にそう言った播磨はかけていたサングラスを外した。
3
意外と落ち着いているのが不思議だった。 播磨の煮え切らない態度に以前の自分が重なり、思わず自分が告白してしまっていた。 好きという瞬間は心臓がはち切れんばかりに高鳴っていた。 だが、いったん口に出してしまってからは、不思議と徐々に心が落ち着いていった。
───あとは立ち去るだけ……
気持ちは伝えた。 天満にまた誤解されないよう、播磨には別に好きな人がいるという説明もした。 あとは播磨の勇気次第。 愛理は後付の理由になるが、自分なりに彼の背中を押してあげたと感じていた。
「そーいうことだから。アンタも頑張んなさいよ…じゃあ、私は家に戻るから……」
そう口にした途端、言いしれぬ悲しみがこみ上げてきた。 これが失恋というものだろう、と何となく思った。 さっきまで泣き止んだばかりなのに、また目頭が熱くなり、涙が溜まっていくのを感じた。 だが、ここで泣いたら元も子もない。 愛理は咄嗟にふたりから背を向けて、この場から立ち去ろうとした。 足取りが妙に重い。一歩歩くたびに、一歩離れていくたびに辛さが増すようだった。
「お嬢、ちょっと待て!」
突然、背中から播磨の声が聞こえた。 思わず足が止まる。だが、振り向くことは出来なかった。 涙が流れてはいないが、溢れる寸前だった。
「今から俺が言うこと…お嬢も聞いていてくれないか?」
ズキッと胸が痛んだ。 それは天満への告白を愛理にも聞けと言っているようなものだった。 ある意味、これ以上ないぐらい残酷な言葉だった。
「私は…邪魔でしょ……」
愛理は感情を出来る限り押さえてそう言った。
「…いや…どうしてもお嬢にも聞いて欲しいんだ……」 「どうしてよ……」 「それが…お嬢の心意気に応えるんじゃねーかと思ったんだ……」
愛理は心の中で深い溜め息をついた。
───全く、ホントに女心がわからないのね……
そう思ったが、愛理は諦めた。 播磨が女心を理解出来ないのは最初から判っていた。 それでも好きになった自分の負けなのだ。 それにこれが男心というモノなのかもしれないと思うと、わからないのはお互い様だとも思えた。
「…わかったわよ。でも、このままで聞いてるから……」 「すまねえな……」
播磨の顔は見えないが、愛理は彼なりの暖かさを背中に感じた。 それから愛理の後ろで播磨の告白が始まった。 「そういうことだからよ、塚本。俺の話を聞いてくれ……」 「う、うん…って、サングラスをとった播磨君、どっかで見たことあるんだけどなぁ……」 「ああ、会ってるぜ。ずっと前によ」 「えっ!? ずっと前って……」 「中三の時だ。路地裏でチンピラに絡まれた時のこと、覚えてねーか?」 「えっと……」 「そんとき助けたヤツがいただろ? 塚本は変態さんって呼んだがな……」 「変態さん……って……あっ!」 「その時の変態さんってのは、この俺だ……」 「そんな…あの時の変態さんって……播磨君だったの!!?」
天満の驚愕したような声に変わった。
「思えばよ…あん時から誤解が始まってるんだよな……」 「誤解って……」
それから播磨は暫くその『誤解』について語っていた。 路地裏でチンピラと格闘した際に背中を切りつけられたこと。 その血を見て天満が気絶してしまったこと。 警察には厄介になりたくなかったので、仕方なく自分のアパートまで運んだこと。 アパートまで運んだはいいが、ずっと寝たままだったのでその扱いに困って起こそうとしたこと。 その時、何故か抱きつかれ離れようと藻掻いているときに天満が起きたこと。
「きっとよ…俺が襲いかかろうとしてたと思ったんだろ、塚本?」 「う、うん……」 「塚本にしてみりゃ…そう思われても仕方ねえかも知んねーけどよ、俺はただ起こそうとしただけだったんだぜ。信じてくれるか?」 「うん…なんだか…ゴメンね。今まで誤解しちゃってて……」 「いいってことよ…んで、その後、塚本は俺を投げ飛ばしたんだ」 「え!? 私が?」 「ああ…そりゃ見事に投げ飛ばされたぜ。そん時に惚れた」 「ホレタ?」 「ああ、惚れたぜ。塚本のことが…そのよ…好きになったんだ!」 「好きって……播磨君の本当に好きな人って……わ、私だったの!!!?」 「そうだ。頭の悪かった俺は必死になって勉強して、塚本と一緒の高校に入った。んでもよ、1年の時はクラスも違ってよ……2年になって同じクラスになれて嬉しかったぜ…あとは塚本も知ってる通りだ」
播磨はそこまでいうといったん無言になった。天満も何もいわない。 だが、次の瞬間、播磨は大声で叫んでいた。
「改めて言うぜ! 俺は…俺は塚本天満のことが好きだ!」
その叫びを聞いた時、溜まっていた涙が愛理の頬を伝わった。 ───とうとう告白できたのね…おめでとう……
清々しくもあり、悲しくもある。 ただそれだけであって、それだけが全てを満たしていた。
「…ありがとう播磨君…でも……」
天満の声が涙声になっていた。 でもと続くあたりが、その結果を物語ってもいた。 予想出来ていたことだとは思う。 ただ、愛理にはその結果に播磨を慰める術は持っていないとも感じていた。
4
とうとう告ったぜ。播磨は感慨深くそう思った。 思えば長い日々だったとも感じた。最初の出会いが最悪に近かった。 髪を伸ばし、サングラスをかけて過去を誤魔化していた。 そんな誤魔化しも今日で終わった。 想いの全てぶちまけた今、播磨は清々しさすら感じていた。
「…ありがとう播磨君…でも……」
好きだと叫んでからずっと俯いていた天満がやっとそう口を開いた。 涙声だった。そして、キラキラと光るものが天満からこぼれ落ちた。 その態度、そして『でも』という言葉尻。覚悟は出来ていたが、改めて目の前に迫ると恐怖に似たものを感じる。 だが、一歩も引くわけにはいかない。それが愛理が示してくれた心遣いに対する播磨なりの礼であり、意地でもあった。
「わかってるぜ…烏丸だろ?」 「ど、どうして…それを……?」
烏丸という名前を出した途端、天満は顔を上げた。 その頬には涙が流れて、それが何故か一番美しくも思った。
「ずっと見ていたんだ…気付かないワケねーじゃねーか……」 「じゃあ…何で……」 「そこにいるお嬢と一緒だろうな…たぶんよ……例え塚本が誰のことを好きだろうが想いを伝えたかった。後悔はしたくねえんだ……」 「…そっか。ごめんね、播磨君。播磨君の言うとおり私は烏丸君のことが好きなの…だから……」 「ああ、わかってるぜ…俺は気持ちを伝えたかっただけだ。塚本もよ…いつかその想いを伝えられるといいよな……」
最後の強がりだった。 本当は悲しくて、辛くて堪らない。 烏丸のコトが好きなのはずっと以前から知っていた。それでも、もしかしたらという希望もあるんじゃないかと思っていた。 だが、儚くも希望は潰えてしまった。 覚悟は出来てたはずなのに何でこんなに辛いんだ、と播磨は自分の不甲斐なさを呪った。
「うん…ありがとう。私も頑張るよ…播磨君のためにも……」
播磨の心とは裏腹に、天満は素直に額面通りの言葉として受け取ったようだった。 そこが塚本天満という人であり、好きだったんだなと改めて播磨は思った。 だが、それもこれで終わりだった。
「ああ、そうなるといいな…俺はもう行くぜ……さよならってやつだ……」
最後に天満にそう言って、播磨は彼女の横を通り抜けた。
───もう天満ちゃんとも…この街ともおさらばだな……
このような結果となった今、播磨はこれからのことに思いを馳せていた。 願いが叶わない場合は、もう学校にもこの街にもいる必要はない。必然と、どこか違う場所へ行こうと思っていた。 何処というアテは全くなかったが、とりあえず街を出て、出来るだけ遠くへ行こうとだけはずっと前から決めていたことだった。
「ちょっと待ってよ!」
急に叫び声が聞こえた。愛理の声だった。
「さよならってどういうコトよ!?」
その声に播磨は首だけ振り向かせると、今まで背を向けていた愛理が真っ直ぐ播磨を見据えていた。 天満と同じく泣いていたようだった。ただ違うのは、その目がどこか怒っているようでもある。
「お嬢…まあ、なんだ。ありがとな」
愛理の質問には答えず、播磨はお礼だけ言い、再び顔を背けるようにして前を見据えた。 いちいち答えるのも野暮というものだろう。播磨はそう思って言った言葉だった。
「待って! 播磨君…あなた、もしかして……」
どうやら愛理は播磨が今後どういう行動を取るのか予想しているようだった。 少しばかり心苦しくもなった播磨であったが、その決意に変わりはない。 今度は愛理の言葉を無視して歩き始めた。 その時、腕がグイッと引き寄せられた。 思わず振り向くと、腕を掴んでいるのは愛理だった。 その刹那、バシッという音と共に頬に痛みが走る。愛理に平手打ちをくらっていた。
「…っ。お嬢…いってえ何を───」 「この街から出て行くつもりでしょ! 逃げるの? 天満への想いを諦めて、どこかに消えてしまおうっていうの!?」
愛理は泣きながら怒って、そう言い放った。 凄まじい程の気迫だった。播磨はその気迫にたじろいで、息を呑んだ。
「アンタの想いってそんなモンだったの!?」 「なっ…そんなモンって…俺の想いは───」 「俺の想いは何よ? 告白して振られたらそれで終わりっていう想いなの?」 「ちげえ! そんな安っぽい想いじゃねえっ!」 「じゃあ…何で『さよなら』なんて言ったのよ……」 「…そ、それは……」
播磨は言葉が詰まった。 告白して振られたのだ。それ以上何ができるというのか。 それに振った男がずっと近くにいるのでは天満もバツが悪いだろう。 そう思うからこそ、ずっと前から振られたら潔く身を引く意味でもずっと前から決めていたことだ。 だが、愛理に『それで終わり』と切り捨てられるように言われるとその決意も脆く揺らいだが、どうしようもないことだと思っている。
「そんな簡単に諦めないでよ…私が好きになった男なのよ、アンタは! 烏丸君から天満を奪うぐらいの気概を持ちなさいよっ!」 「なっ…そんなコトは……」
無理だ。全く予想もできなかった愛理の言葉に播磨はそう思った。 天満に振られた瞬間に烏丸に負けたのだ。 ずっと勝負事に明け暮れていた播磨にとって、一度負けた勝負に次はないと思っている。
「じゃあ諦めないでよ…その想い貫きなさいよ! 私も…貫くから……」 「え……?」
愛理の最後の言葉が理解できなかった。
───私も貫く? いってえどういう意味だ?
「…私もアンタへの気持ちを諦めない! いつか必ず振り向かせてみせるから!!」 「な、なあ…それって……」
矛盾してるんじゃねーか、と思った。 天満への想いを諦めるなと言っておきながら、いつか必ず振り向かせるとも言っている。 いったいどっちなんだという単純な疑問に播磨は混乱し始めた。
「そーいうことよ。アンタは天満への気持ちを諦めない。私はアンタへの気持ちを諦めない」 「わ、ワケわかんねーぞ…それ……」 「いいのよ…これは勝負よ! アンタと私の…アンタが天満を振り向かせることが出来たら勝ち、私に振り向いたら私の勝ちよ」 「へっ? いや…だからよ…全然意味が……」 「もうっ…何度も恥ずかしいこと言わせないでよ! アンタ、男でしょ!? いいから私と勝負しなさいよっ!」 「あ…ああ……」
愛理の気迫に押されて、ワケがわからないまま播磨は頷いてしまった。
「じゃ、そーいうコトだから天満。あなたが審判ってコトになるわね」 「え、愛理ちゃん……私もちょっとわかんないかも……」
愛理に突然そう言われた天満も唖然としていた。 いったい何がどうなって、どうしてこんなコトになるのか。 播磨は愛理の言動が何を意味するのか未だにわからなかった。 既に自分を応援しているのかもわからない。何もかもわからないことだらけで、どうしていいかわからず唖然として立ち尽くすだけだった。 その時、少し離れた場所から野太い声が聞こえた。
「ムッ…お嬢様、旦那様との御食事の時間です」
門の前にメイド姿をした人影があった。 ただ、その人影はやたらと巨躯で服ははち切れんばかりであり、顔にはヒゲまではやしたおかっぱ頭だった。 「スズキ、すぐ行くわ」
愛理はスズキと呼んだメイド服を着たおかしな男にそう答えると、播磨の腕を更に引っ張った。
「お、おい…お嬢。なんなんだ…いったい……?」 「聞いたでしょ!? お父様との会食の時間よ」 「会食の時間って…何で俺が……」 「何言ってるのよ!? お父様から招待を受けてるじゃない」
───あ…そんな話もあったけっか……
そう思っている最中にもどんどん引っ張られて、播磨は屋敷へと近づいていた。 呆然としている天満の横を通り過ぎ、いつしか門をくぐろうというところまで来ていた。
───って、何でこーなるんだよっ!?
「お嬢っ!? 俺はオメーの親父と飯なんて───」 「食べるわよね?」 「ハイ、アリガタクチョウダイイタシマス」
愛理の気迫はいつものそれに戻っていた。 まるで蛇に睨まれたナントカのような錯覚に陥る。 同時に心の中で泣いていた。 ワケがわからない上に、これからの将来に途轍もない不安を感じて。
───て、天満ちゃ〜ん……
心の中で情けなく叫んだ時、播磨は屋敷の敷地内へと引きずり込まれていた。
Fin…?
──────────────────────────────────────── 【あとがき】
最後まで読んで頂きました皆様、本当にありがとうございました。 思えば、本編の天満バースディから愛理の行動に疑問を持ち、Be blueからここまで妄想に妄想を重ねて書き上がることができました。 ひとえに皆様が読んでくれたお陰だと思っております。 さて、最終章ですが…こんな展開もアリってことで細かいツッコミはなしの方向で……(マテ) シリアスSSとはいえ、スクランは基本的にラブコメですから……(と言い訳) あと、最終章ということもあり、あえて抜粋は省きました。無粋と思ったので…… 最後にこの物語はここで終わりとしていますが、後日談があります。 それが最後の締めという形になりますので、もう暫くお付き合いして頂ければ幸いです。
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