第六章 − 走り出した新しい運命 ( No.6 ) |
- 日時: 2005/10/12 09:39
- 名前: によ
- 主人公の男の子がふたりのヒロインを巡って葛藤をしながら成長していくんですね。
いいストーリーだと思います…… 私はまだ恋を知らないけど、こんな展開なら恋をするのかなって…… でも…こっちのヒロインの女の子ってなんだか───
(播磨の新作を読んだ八雲の感想より抜粋)
− 第六章 − 走り出した新しい運命
1
どこかのホテルか、と見紛うような豪華な部屋。 今まで見たこともない部屋に播磨はいた。
───ここは…いってえドコだ?
目覚めた播磨は呆然としながら部屋を見渡していた。 どうしてこんな豪華な部屋で、それもベットで寝ているのかが不思議だった。 播磨はまだ完全に目覚めていない頭で今までのことを思い出してみた。
───俺は天満ちゃんの家にいたよな……
「天満」という名前が浮かんで、いきなり胸が痛んだ。 同時に播磨の心にあの時の光景が浮かび上がった。 誤解を解こうと、自分の想いを伝えようと播磨は天満の部屋に出向いた。 しかし、ベットに寝ていたのは伊織だった。 廊下から人の気配を感じて、振り返ってみると天満と思しき人影があった。 慌てて追いかけた。
『見境なさすぎ!! 今すぐ出てって!! サイテーだよっ、播磨君!!!』
廊下で天満から発せられた最後の言葉。 何がいけなかったのか、どうしてそうなってしまったのか? 今でもわからないが、一つだけ理解できることは天満に嫌われてしまったということだった。 その後の記憶は曖昧だった。 そのまま家を出て、夜の街をフラフラと彷徨っていたのは記憶にある。
───俺はもう…終わりなのか?
目頭が熱くなってくる。 やるせない気持ちに播磨は押し潰されそうだった。 これから先どうすればいいのかわからない。 播磨は途方に暮れていた。 「誰だ!?」
急に扉から微かに軋むような音が聞こえ、人の気配を感じた播磨はやるせない気持ちからくる苛立ちで扉に向かって叫んでいた。
「お、起きてたの?」 「お…お嬢!?」
半分開いた扉の先には愛理が立っていた。
───なんでお嬢がココに?
播磨はそう思いながら、愛理をじっと眺めていた。 あまりに唐突だったので、先程までの苛立ちも遙か彼方まで飛んでいってしまったかのようだった。
「……何でお嬢がココにいるんだ?」 「何でって…ココ、私の家なんだけど」 「お、お嬢の家───!?」
愛理が目の前にいることすら理解の範疇を超えていたのに、播磨は更なる衝撃の事実に驚きで叫んでしまった。 愛理は「ちょっと大きい声ださないでよ」と慌てた様子でそれを制した。
「わ…ワリい…何がなんだかわかんなくってよ……」 「別に…謝らなくたっていいわよ。わからないのはこっちだってそうだし……」 「なあ…改めて聞くけどよ、何で俺はお嬢の家にいるんだ?」
播磨がそう聞くと、愛理は一瞬訝しげな表情をしたが、すぐに元に戻ると口を開いた。
「アンタが道の真ん中で倒れていたのよ。たまたま、それを私が見つけただけよ」 「倒れてた?」
播磨はもう一度、記憶の糸を手繰ってみた。 だが、自分が道で倒れたなんていうことは思い出せない。 釈然としなかったが、愛理がそう言うのならそうだったんだろうと思い「手間かけたみてえだな」と播磨なりの礼を言った。
「別にいいわよ…それよりお腹空いてない?」 「へっ!?」
実は憎まれ口の一つでも叩かれるんじゃないかと思っていた播磨にとって、愛理の言葉は意外だった。 そして、それに反応して腹の虫も「グゥ」と鳴る。
───こんな時にも腹が減る俺って……
半ば自嘲的な気持ちを抱きつつも、事実なのだから仕方がない。
「その様子だと空いてるようね。用意してあげるからついてきて」 「あ、ああ…」
促されるまま播磨はベットから立ち上がると愛理の後をついていった。
*
「凄えな……」
違う部屋に通された播磨は再び驚き、思わず感嘆が漏れた。 先程の部屋も豪華だったが、今居る部屋はそれを遙かに凌駕していた。 ベットこそないが調度品も多く、広さも倍ほどある。 播磨にとって豪華絢爛というに相応しい部屋だった。
「ここは私の部屋よ。適当に座って」 「お、おう……」
愛理にそう言われて、播磨はとりあえず目についたソファーに腰掛けたが、どうにも落ち着かない。
「今から食事を持ってくるから」
愛理はそう言うと部屋から出て行ってしまう。 どうにも釈然としなかった。 なぜか部屋の隅に置いてあるスーツケースから海外旅行にでも来ているのかと錯覚すら起こしそうな現実離れした部屋に、全く突っかかってこない愛理の態度。
───実は…夢か!?
そう思ってしまうほど、播磨にとってリアリティというものが感じられなかった。 頬を抓ってみると、痛みが走る。 どうやら夢ではなさそうだった。
「待たせたわね」
暫くして部屋に戻ってきた愛理はそう言いつつ、手に持っていたお盆をそのままテーブルの上に置いた。 お盆の上にあったのはカレーだった。 美味しそうな匂いが鼻孔を擽る。 播磨にとってこれが現実だと認識する決定打ともなった。
「何だか…すまねえな。飯まで用意させちまってよ……」 「だから別にいいわよ…それより、冷めないうちに食べちゃってよね」 「お、おう…んじゃ、遠慮なく」
カレーはエビカレーだった。 激ウマというわけではないが、空腹だった播磨にとっては何よりも美味しく感じられた。 みるみるうちにカレーの量が減っていき、あっと言う間に平らげてしまった。
「ごちそーさん。美味かったぜ…ってかよ、エビなんて高級食材が入ったカレーは久しぶりだったぜ」 「そ、そう…ありがと」 「ん? 礼を言うのはこっちだぜ、お嬢」
夢ではなく現実だと認識してしまっているので、どうしても調子が狂う。
───今日のお嬢はやけに素直じゃねーか?
今まで愛理が絡む話は全部ややこしくなったと感じていた播磨は豹変したとしか思えない愛理をじっと眺めていた。 それに気づいた愛理は視線を逸らして黙り込んでしまったが、暫くすると視線を逸らしたまま口を開いた。
「ねえ…それよりも…なんであんなところで寝てたのよ?」 「……わかんねぇ」
播磨にはそれしか答えられなかった。 播磨自身、どこで寝ていたのかなんて記憶にない。しかし、愛理は道端で倒れていたと言った。それがそうであるならば、播磨に思い当たるフシは一つしかない。 だが、辛い記憶であり、なにより愛理に話すわけにもいかない。 「天満と何かあったの?」
いきなりの核心。 わからないという答え以上のことは言えずに黙り込んでいた播磨は、愛理の言葉に心臓がはち切れんばかりに驚き、狼狽するしかなかった。 必死に誤魔化そうとは思っても呻き声のような、言葉にもならない言葉しか発することが出来ない。
「その様子だと何かあったのね…もしかして、告白して振られたとか?」
更に追い打ちをかける愛理の言葉。
───こ、こいつもエスパーなのか?
播磨にはもうそうとしか思えなかった。
「別に話したくなければそれでもいいわよ……」
混乱と狼狽の最中、とにかく誤魔化そうと思っていた矢先に愛理から発せられた言葉はひどく物悲しい響きだった。 そのもの悲しさがほんの少しだけ播磨を正気にさせた。
「違え…よ。告白なんてしてねぇ……」 「じゃあ何なのよ?」 「そりゃ……」 「男のくせにハッキリしないわね! そのくせ、まるでこの世の終わりみたいな顔して…見てらんないわよ」 「う、うるせー! お嬢に俺の何がわかるってんだ!」
播磨はつい叫んでしまった。その叫び声に愛理は身体を少しビクッとさせたかと思うと「ごめんなさい……」と呟いて、俯いてしまった。
「チッ! 別にお嬢が悪いってワケじゃねーよ…なんだ、そのよ…また大声だしてすまなかったな……ただよ、色々とあってな……」
それから播磨はぽつり、ぽつりと今までの出来事を話し始めた。 今まで天満のことを知られたくない人物の三本指に入っていた愛理に。 実際のところ、今回のことは播磨もそうとう参っていた。 それを誰かに聞いて欲しいという願望からなのかもしれない。 愛理は播磨が語ることをじっと黙って聞いていた。
2
「ってワケだ。いいんだぜ? 笑ってもよ……」
播磨は自嘲気味にそう吐き捨てると、大きな溜息をついた。 例え播磨に笑えと言われても、愛理には笑うことなどはできなかった。 何故、八雲が播磨を自宅に泊めさせたのか等の細かいところで気になるところはあったが、目の前にいる播磨の様子を見るとそんなことは些末なことでしかなかった。 それに誤解を解こうと夜中に天満の部屋に行った播磨も軽率としか言いようがなかったが、そんなところも何故か播磨らしいと愛理は感じた。 ただ、話を聞いていると全ての元凶は自分が以前つまらない感情からついてしまった嘘が原因だと愛理は確信した。 胸が詰まる。播磨が苦しんでいるのは自分のせいであり、自分が今苦しんでいるのはその因果応報ではないのかと。 そう思い播磨に謝ろうと試みたが、愛理には言葉が紡げなかった。どう言えばいいのか愛理にはわからなかった。 お互いの間に沈黙が流れる。だが、その沈黙も播磨のなにげない一言で大きなうねりに変わった。
「ところでよ…お嬢は旅行にでも行くのか?」
そう言った播磨の視線の先にはスーツケースがあった。 ずっと部屋に置いていたスーツケース。昨日まではカラのままだったが、今は渡英が明日ということもあって必要なものを既に詰めていた。
「イギリスに行くの……」
愛理は息を呑んでから、ポツリとそう言った。 今朝、偶然にも播磨を見つけた時から、播磨には全てを語ってから旅立とうと決めていた。 最後の最後で神様がくれたチャンス。愛理は播磨との出会いにそんな意味を見出していた。 播磨と天満の話で渡英の話がなかなか切り出せないでいた愛理だったが、まさに今、この時が来たと愛理は直感した。
「チィ! 海外旅行かよ…気軽なもんだな、お嬢はよ……」 「旅行じゃ…ないわ…引っ越しよ……」 「そうか引っ越し──って、引っ越し!?」
播磨が素っ頓狂な声を上げる。
「ええ、引っ越しよ。明日、飛び立つの……」
愛理はそう言うと、今までの経緯を静かに語り始めた。 お見合いをしたこと。表向きは父親と住むということだが、実際は政略結婚の前倒しに近いということ。 母のこと。実家のこと。 口調すら静かだったが、愛理は今まで誰にも言えなかったこと全てを播磨に叩きつけるように話した。 後悔だけはしたくない、という一心からだった。
「…なんつーか、俺には難しいことはわかんねえけどよ…お嬢はそれでいいのか?」 「いいのか…って、言ったでしょ…どうしようもないって……」 「俺が口を挟む道理なんてねーけどよ、お嬢も嫌なら止めちまえばいいんじゃねーのか?」 「…『も』って、どーいう意味よ……」 「あン? お嬢のお袋さんも駆け落ちしたんだろ? だったらよ──」 「人の話を全く聞いてないのね! お母様の幸せを壊したくないの!」 「お嬢がそこまで言うならもう何も言わねえ。だがよ、駆け落ちまでしたお袋さんの幸せがそれで壊れちまうってのは俺には考えられねえってだけだ」
───何よ…好き勝手言っちゃって……
「…まあ、達者でな。お嬢がいなくなるってのは少し寂しい気もするがな……」 「寂しい……?」
なんの変哲もない播磨の言葉に愛理の心が揺れた。 愛理は不思議だった。 自分が密かに想いを寄せている播磨ではあるが、当の本人はたぶん全くそのことを知らない。それに播磨の好きな娘は天満だ。 今までだって家族や事情を知っている人間の誰ひとりとして『寂しい』なんて言葉をかけてもらっていないのに、目の前にいるその播磨がそう言った。 「ま、まあな…俺に喧嘩売ってくる奴なんてそうそういねえしよ……」 「…喧嘩なんか売った覚えは一度だってないわよ。ただ……」 「ただ…何だ?」
播磨に聞き返されて、愛理は言葉に詰まった。 普段であれば「むかつくから」とでも言うだろう。でも、それは自分の想いを認めた日から、ただ素直になれないだけの裏返しだったということも理解している。
「な、何でもないわよ……」 「…そっか。じゃあ、俺はもう帰るわ。飯、あんがとな」
播磨はそう言って、ソファーから腰を上げようとしていた。
───えっ!? 帰っちゃうの?
愛理はもう少し播磨と一緒に居たかった。 これが最後の機会だから。一秒でも長く引き留めるにはどうしたらいいのか愛理は咄嗟に考えた。
「ま、待ちなさいよ…帰るって何処に帰るのよ。何処か行くアテでもあるの?」 「アテなんてねーけどよ、なんとかなんだろ? これ以上、お嬢に迷惑をかけるわけにもいかねーしよ。それによ、お嬢は明日には日本を離れるんじゃねーのか?」
播磨の言うことは至極最もだった。 明日には日本を離れるし、本人がなんとかなると思うのであればそうなのだろう。
───だけど…だけど……
「じゃあ、そういう───って、ど、どうしちまったんだよ? お嬢!?」
急に狼狽したような声になった。 その声の通りに目の前にいる播磨もオロオロとしている。ただ、何故か目に映る播磨は少し歪んでいた。 歪んでいたのは播磨だけではなかった。周り全てがそうだった。 愛理は泣いていた。言葉では紡げない想いが涙となって溢れていた。
「お、俺…なんかヘンなことでも言ったか? つーかよ、なんで泣いてんだよ……」
愛理は何も言うことが出来なかった。 心の中では「離れたくない」という感情だけが支配していた。 声も出さずに泣いているだけの愛理に播磨は更に動揺しているようだった。 その両手がガッシリと愛理の身体を揺さぶる。
「お、お嬢! どうしちまったんだよ!?」
両肩から暖かさが伝わってくる。 愛理は右肩を掴んでいる播磨の手にそっと自分の手も添えた。
「お…おい……」 「どこにも…どこにも行きたくない……」
涙声で想いの切れ端のような言葉が発せられた。
「行きたくない…って、だからよ…嫌なら行かなけりゃ───」 「助けてよ!!!」
愛理は力の限り叫んでいた。心の底に沈んでいた本心が迸った瞬間だった。
「お嬢…わかった。助けてやる!」
叫んでから少しの間、沈黙していた播磨からの言葉。 それに愛理は俯いていた顔を咄嗟に上げた。
───助けて…くれるの?
見上げた先には播磨の真剣な顔が、目があった。 サングラス越しだったが、愛理には播磨のその真剣な目が見えたような気がした。
3
晶は走っていた。 バイトの帰り道。ただ、向かう先は家ではなかった。
───迂闊だった
表情は普段の無表情とは微妙に異なり、やや渋い顔をしていた。 頭の中で思い出されているのはつい20分ぐらい前のやりとりだった。 ガソリンスタンドでバイトをしていた晶はごく事務的に仕事に従事していた。 一台の車が給油のために訪れた。ただ、その車は極めて特殊だった。 黒塗りのリムジン。矢神市近辺でこれを乗り回しているのは晶が知る限りではひとりだった。
『これは高野様。ご苦労様です』
車から降りてきたのは愛理の執事をしているナカムラだった。
『ナカムラさん。こんにちわ』
ごく差し障りのない挨拶を交わして、素早く作業に移る。 給油を開始してマニュアル通りにフロントガラスを磨こうと思ったが、車の状況から晶はその必要がないことを判断すると手持ちぶさたとなっていた。
『そういえばナカムラさん、愛理はイギリスに行くんですよね?』
晶にとって間を持たせるため、お互いが共有出来るであろう話題を振っただけに過ぎなかった。 ただ、ナカムラから発せられた言葉は予想とは少し異なっていた。
『はい。もう皆様にも暫く会えないのは寂しく思います』 『会えない?』 『おや…既にお嬢様よりお聞きになったとばかり思っておりましたが……』 『私達は旅行だと聞いてますけど……」
その後、晶はコトの真相をナカムラから聞くことになった。 愛理は父親に会えない可能性に嘆いていた。 晶は愛理が父親のことをかなり敬愛していることを知っていたので、その話を信じてしまっていた。 今思えば──急に会えなくなったのは何も初めてではない。何回かはあったことを思い出した。 そして、間違ったパズルのピースをはめていたことに気付いた晶は迂闊だったと後悔した。 ナカムラがガソリンスタンドを離れた後、晶は早急に手を打った。 バイトを早退し、その後に入っていたバイトもキャンセルした。 それから美琴と天満をメルカドに来るように呼び出した。 今、晶はメルカドを目指して走っていた。 とりあえず、美琴と天満に愛理のことを話さなければならない。 そして、対応策も。
───でも、私達にいったい何ができるの?
どうにかして渡英を阻止したいという気持ちとは裏腹に、ある種の絶望感も同時に浮かんでいた。 家の事情。こればかりは何かをして覆せるという代物ではないということも冷静に分析していた。 だが、今の晶は自らの感情にまかせて走り続けていた。
*
「あっ! 晶ちゃん!」 「高野、こっちだ!」
ふたりの声が同時に届く。 晶はその声が聞こえた方向に振り向くと、天満と美琴のふたりが半腰になって手を振っていた。
「お待たせ」 「なあ、何かあったのか? 沢近のことで緊急に相談したいことがあるってのは……」
美琴は待ちきれなかったのか、晶が席に腰掛ける前に質問をぶつけてきた。 天満も大きく頷いている。 席に腰掛けた晶はふたりを見据えると「そのことなんだけど───」と口を開きかけたときにウェイトレスが注文を取りに来たので、とりあえず一端話を中断してアールグレイを頼んだ。
「愛理の渡英は旅行ではなかったわ。どうやら引っ越しらしい」
注文を取り終えたウェイトレスが席から離れていったのを確認した晶はそう話を再開した。
「引っ越しって…いってえどーいうことなんだ!?」 「そうだよ! 晶ちゃん、ちゃんと説明して!」 「落ち着いて、天満。今から順を追って説明するから」
興奮気味になってしまった天満を晶はやんわり制すると、バイト先でナカムラから得た情報を話し始めた。
「聞いた話を掻い摘んで話すと、愛理は将来の結婚相手のために渡英するらしいわ」 「「結婚!?」」 「そう。ただ、その結婚は政略結婚で愛理は望んではいないらしいわ。ただ、家の事情なんでしょうね…断れないみたい」 「政略結婚か…普段はさ、そんなに意識もしなかったけど…やっぱアイツはホンモンのお嬢様なんだな……」 「で…でも、愛理ちゃんはそんな結婚を望んでいないんだよね?」 「そうよ、天満。それで相談っていうのは私達はどうしたらいい、ってこと」
晶がそう言うとふたりは黙り込んでしまった。 天満は下を向いて何かブツブツと呟き、美琴は眉間に皺を寄せて考えている様子だった。
「どうするって言ってもな…家の事情で愛理も受け入れたってコトだろ? 私達じゃ止められねーんじゃないか? ったく、何だか悔しいな。愛理が私達に本当のコトを言ってくれなかったってのはさ……」 「それはそうだけど。美琴さんも愛理の性格は知っているでしょ。彼女はその手の話は素直に言えないってことは」 「まーな。だけどさ……」 「気持ちは私も一緒よ。私から相談を持ちかけておいてアレだけど…明日、愛理を空港で見送ることぐらいしか出来ないと思うんだけど、皆はどう思う?」 「…だな。親友として笑顔で見送ってやることしか……」
美琴も晶と同意見のようだった。 親友であるとは言っても、所詮はあかの他人である。 家の事情に口を挟むという余地はなかった。 「止めようよ……」
ずっとブツブツと呟いていた天満が俯いたままそう言うと、突然顔を上げてテーブルをバンと叩いた。
「愛理ちゃんは望んでないんでしょ!? だったら…だったら止めさせようよ!!」 「塚本…私だってさ、そうしたいさ。でもさ、家の事情じゃ私達が口を挟むことは───」 「大事なのは愛理ちゃんの気持ちだよっ! 家の事情なら、その家の人を説得しようよ…愛理ちゃんの気持ちを考えてって……」 「天満……」 「だって…寂しいよ…愛理ちゃんがいなくなっちゃうのは。それに愛理ちゃんだってきっと辛いはずだよ…私は助けたいよ……」
天満は涙を浮かべながらそう訴えた。 普通に考えれば非常識なことなのかも知れない。
───でも…常識に囚われて何もしないのは親友って言えるの?
晶は自問してみた。そして結論はすぐに出た。 何もしないよりはマシ。結果がどうであれ、本当に困っているのなら助けようとするのが親友なのではないかと。
「そうね…天満の言うとおりだわ。結果はどうなるのかわからないけど……」
晶は自分が導いた結論を口に出すと、美琴に視線を移した。 美琴も晶を見据えていた。
「…そうかもな。やってみなきゃわかんねーよな」 「晶ちゃん…美コちゃん…ありがとう」 「礼を言うのは私の方だよ、塚本。沢近と親友じゃなくなっちまうところだった」 「じゃあ、どうやって説得する?」
晶は次の手をどうするかふたりに問うてみたが、答えは天満からあっさりと出た。
「今から愛理ちゃん家に行こう! 愛理ちゃんとちゃんと話をして、家の人を説得しようよ!!」
天満は立ち上がって、高らかと宣誓するように言った。 晶と美琴はそれに頷く。 そう結論がついたとき、晶が注文していたアールグレイが運ばれてきた。 それを一気に飲み干すと、晶を含めた3人は腰を上げてメルカドを後にした。
.....to be continued
|
|