第四章 − すれ違う友情 ( No.4 )
日時: 2005/11/18 17:53
名前: によ

 私らの心配っていったい何だったんだろうな……
 よくわかんねーけどさ…本人が納得してりゃいいってことか?
 何だかややこしい話だしな…って、高野はいったい何してんだ?
 デジカメ? うぉっ!? いつの間にコレ撮ったんだ!?
 なかなかいいアングルで撮れてるじゃん。
 しっかし、いい顔してるな〜…ふたりともさ。
 
 (帰宅途中の美琴と晶の会話より抜粋)



 − 第四章 − すれ違う友情



          1


 朝食の後片づけが終わった天満はヒマに任せて居間でTVを見ていた。
 八雲に懇願されたこともあって、何故か播磨が暫く家に泊まることになったのは昨日のこと。
 声にならないぐらい驚いた天満だったが、八雲がお願いするなんてことは珍しかったこともあって、姉としてそれを承諾した。
 何も予定のなかった冬休みに突然の播磨の訪問。
 急に家族が増えて賑やかになった感じがして、天満は楽しかった。
 三人の朝食も新鮮だったし、後片づけも手伝ってくれた。
 ただ、その播磨は何かを頑張らなければならないようで、今は書斎に籠もっている。
 八雲も洗濯の最中だった。
 先程までの賑やかさとひとりで見るTVというギャップが激しく、天満は退屈に身を任せていた。

 ───ヒ〜マ〜だ〜な〜

 この時間帯のTVは殆どニュース番組で余計に退屈だった。
 ゴロンと寝っ転がったりもするが、状況は当然何も変わらない。
 ブラウン管に映るニュースも大したものがなかったので、漫画でも読もうかと思ったときに携帯の着メロが鳴り響いた。
 天満と同じように畳の上に転がっていた携帯電話を拾い上げて、天満は液晶に表示された名前を確認すると、晶からの電話のようだった。

「もしもし、晶ちゃん?」
『おはよう、天満。今日、皆でお茶でもしようって話になってるんだけど、天満もどお?』
「えっ、お茶!? うん、行く行く! 今日はすっごくヒマなんだ〜」
『そう…じゃあ10時半にメルカドでどお?』

 10時半と晶に言われて天満は壁掛け時計に目をやると、時計の針は10時少し前を指していた。

「えっと…30分後ぐらいだね? 晶ちゃん」
『そうね。そんな感じ』
「うん、わかったよ」
『じゃあ、遅れないように来て』
「大丈夫だよ、晶ちゃん。遅れたりなんてしないから」
『それを聞いて安心したわ。それじゃ──』

 晶との電話が終わった天満は寝転がっていた身体を起こして、着替えるために自室に戻った。

「ふっふふ〜ん♪ 今日は何を着ようかな〜」

 鼻歌交じりにひとりごちると、天満は洋服ダンスをあさって服を何枚か手に取ってみた。

「こっちにしようかな〜、それともこっちかな〜♪」

 退屈で仕方なかった天満は突然のお誘いに上機嫌だった。
 そんなこともあり、単なるお茶だというのに自然と気合いも入ってしまったのか、まるで放り投げるように次々と服を取り出していった。

「うん! 今日はこれだ〜!」

 天満が着ていく服を決めた時には部屋中が服だらけとなっていた。
 洋服選びに迷っていたせいもあって時計の針は既に10時20分を過ぎていたが、天満はそれには全く気付いていなかった。
 部屋着を脱ぎ捨て散々迷って選んだ服を着終えると、天満は机の上にあった鞄を手にとって忘れ物がないか確かめた。

「えっとお財布でしょ。ハンカチでしょ…あと、携帯電話に……あっ! もう30分すぎてるよ!!」

 携帯電話の所持を確認したとき、サブ液晶画面に表示されていた時間で約束の時間が既に過ぎていた。
 天満は慌てて部屋から飛び出し、階段を駆け下りると玄関で八雲とぶつかりそうになった。

「あ、危ないよ…姉さん」
「ご、ごめん。ちょっと急いでいて……」
「うん…ところで姉さん、出かけるの?」

 天満が服を着替えていたことに気がついた八雲は、姉にそう尋ねた。

「うん。晶ちゃんからお茶に誘われたから、ちょっと出かけてくるね〜」
「そう…いってらっしゃい、姉さん」

 八雲と言葉を交わしつつ靴を履き終えた天満は「いってきま〜す」と言い残すと、まるで疾風のように玄関を駆け抜けていった。


          2


「おーい、沢近」

 美琴はメルカドに入ったきた愛理に気づいて、手を振りながら呼び掛けた。
 その呼び掛けに気付いた愛理は、真っ直ぐ美琴達が座っているテーブルまでやってきた。

「あら? 今日は早いのね、天満」

 遅刻常習犯でもある天満を少し驚いた様子で眺めた愛理はそう言うと、イスに腰掛けると皆に「おはよう」と挨拶をした。

「違うよぉ〜、今日は愛理ちゃんが遅刻だよ? でも、珍しいね」
「えっ!? 私が遅刻? だって、約束の時間は11時でしょ?」

 頬を少し膨らませて愛理に反論した天満だったが、腕時計を見せつけるようにして言った愛理の言葉に目をクリクリさせて驚いた。

「11時? 私は晶ちゃんから10時半だって聞いたよ?」
「そうね、確かに言ったわ。天満時間で10時半って」
「あ〜、なるほど。そーいうことか」

 皆を見回すように天満がそう聞いてきたので、美琴は「私も11時って聞いたぞ」と言おうとしたが、晶が間髪入れずに「天満時間で」と言ったので思わず納得してしまった。

「そーいうことね。いいじゃない、今日は晶の機転で遅刻せずにすんだってことでしょ!?」
「そうだったのっ!? ヒドいよ〜、晶ちゃん!」
「まあまあ」

 膨らんだ頬を余計に膨らませて抗議する天満に、晶は涼しい顔でその抗議をサラリとかわす。 
 美琴はそんな天満を尻目に愛理と晶を盗み見た。
 晶はいつも通り無表情だが、愛理はどことなく冴えない表情だった。

 ───さて、高野はいったいどう出るんだ?

 今日、なんでここに集まったのかは昨日の電話で承知済みだった。
 晶は「フォローをお願い」と頼んでるので、美琴は晶が切り出す話題に合わせればいいと考えていた。

「…で、今日は皆で集まってどうするの?」

 最初に口を開いたのは愛理だった。

「そうね…せっかくの休みなんだし、何かどこかに行く計画でも建てない?」
「あっ、いいね〜、それ! 冬休みなんだし、皆でどっかに旅行でもしようよ!」

 ───そーいうことか。

 昨日は冬休みの話題をした途端に愛理の様子がおかしくなった。
 そんな愛理の様子にふたりとも気遣って、それ以上は語らなかった。
 だが、今日は積極的にその話題を振ってみようというのが晶の狙いだと美琴は思った。
 美琴は愛理の様子を再び盗み見ると、昨日と同じように顔を伏せていた。
 頃合いを見計らって、愛理に落ち込んでいる理由を質そうと美琴は思いついた。
 ただ、この話題に真っ先に飛びついたのは天満だった。
 天満は旅行をしようと提案したが、美琴は道場での用事もあって旅行は出来ない。

「旅行はなぁ…私は道場の用事が目白押しだからなぁ」
「そっか…そう言えば、美コちゃんは昨日もそう言ってたね」
「ああ…すまんな、塚本」

 美琴は素直に天満にそう謝った。
 冬休みは道場の子供達に稽古をつけなければならないし、24日にやるクリスマス会の準備もある。
 クリスマスが終わったあとはすぐに忘年会が控えてもいた。

 ───お!? そうだ、皆をクリスマス会に誘ってみよう

 話題の流れとしては自然だと思った美琴は、

「なあ。24日に道場でクリスマス会をやるんだけどさ、皆も来ないか?」

 と提案した。

「あ〜! 私、参加したい!!」
「私も参加するわ」

 天満は手を挙げて、晶は無表情のままそう言った。
 愛理は相変わらず無言だった。
 このタイミングだと思った美琴は「沢近はどうする?」と聞いてみた。
 
「わ、私は……」

 くぐった声で愛理は言いかけると、それを止めて大きく深呼吸した。

「ごめんなさい…私は参加できないわ。その…イギリスに行くことになってるの……」
「イ、イギリス〜!?」

 愛理が「イギリスに行く」と言った途端、天満が目を見開いて驚いた。
 それには美琴も内心驚きはしたが、それが落ち込む原因なのか?という疑問も生じた。

「イギリスって…外国だよね? いいなぁ、愛理ちゃん。冬休みは海外旅行なんだ!」

 捲し立てるように天満がそう言うと、愛理は「そうね…」とだけ言ってガックリと肩を落とす。
 愛理のことについて自分の記憶を辿ると、愛理の父はイギリスに住んでいることを思い出した。

 ───親父さんにでも会いに行くんだろうが…何でガッカリしてるんだ? 喧嘩でもしてるとか…か?

 そう思った美琴だったが、何となく納得がいかない。
 何かが欠けているような気がしてならなかった。

「いつ出発するの? 愛理」

 晶がそう尋ねた。

「その…24日に……」
「じゃあ、クリスマス会に出席するのは無理ね」
「そうだね…愛理ちゃんがいないのはちょっと寂しいけど、何たってイギリスだもんね! 私は羨ましいよ…って、何か元気ないね? どうしたの?」

 さすがの天満も愛理の様子がおかしいことに気づいたようだった。

「それは…その……お……」

 愛理は何か言いかけようとしては口を噤んでしまう。
 何だか相当な理由がありそうだと美琴は感じて、固唾を呑んで愛理の言葉を待った。

「…お…父様に会えないかもしれなくて……」
「そーいえば、愛理ちゃんのお父さんってイギリスに住んでいたんだっけ?」
「そうよ…でも、お父様はお忙しい方だから……」
「そっか…それだと落ち込んじゃうよね〜……」

 美琴は「たったそれだけ?」という感想が最初によぎった。
 両親とずっと一緒に暮らしている美琴にとって、父とは別々に暮らすということがどれだけ寂しいのかはわからない。
 愛理が意外と寂しがり屋だということは知っている。
 もちろん、長く離れていれば寂しいだろうというのはある程度は想像出来る。
 ただ、そこまで落ち込んでしまうものなのか?というのが正直なところだった。
 美琴は晶の様子を伺ってみた。
 晶は無表情のままなので、何を考えているのかわからない。
 そして、ずっと無言でもあった。

「ま、まあ、そーいう事情なら仕方ないよな。愛理も寂しいかも知れないけどさ、元気だせよな」

 何となく場の空気が重く感じ、美琴は愛理にそう励ましてみた。
 愛理は無言でコクンと頷くだけだった。



          3



 本当のコトを言えなかった。
 その事実が愛理の心にずっしりと重くのしかかっていた。
 メルカドから自室に戻ってきた愛理はベットにその身体を投げ込むよう横たわると、それだけを考えていた。
 もはやイギリスに行かざるを得なかった愛理は、せめて晶や美琴、天満といった親友や播磨にさよならだけは言いたかった。
 そんな折り、晶から「お茶でもどう?」と誘われて出向いてみたが、親友達は冬休みの話題で持ちきりだった。
 八つ当たりだとはわかっていても、最初は脳天気に楽しそうな皆を見ていたら怒りすら感じてしまった。
 美琴がクリスマス会に誘ってくれると、その怒りは憧れに変わり、美琴に「愛理はどうする?」と聞かれたときには恐怖となった。
 本当のコトを言ってしまったら、皆とはもう二度と会えなくなるのではないかという恐怖だった。
 それでも一度は勇気を出して本当のコトを言おうとした。
 イギリスに行くこと、24日に出発することは何とか言えた。
 ただ、無邪気に海外旅行だと信じて疑わなかった天満の言葉に『お見合い相手がイギリスに行くから、自分も向こうで暮らすことになった』ということを切り出すことが出来なかった。
 それで思わず嘘をついてしまった。
 だが、嘘だったとはいえ、天満と美琴はさほどのことではない素振りでおざなりな励ましを言い、晶に至ってはあまり関心がなさそうだった。
 そんな皆の態度が極度に消極的となっていた愛理の心を疑心暗鬼にさせてしまった。
 本当のコトを言っても同じではないのか、と。
 愛理は首を横に振って、その考えを否定しようとした。
 あれは嘘に答えたものであって、自分が引っ越すという事実を知ったらもっと悲しんでくれるはずだと。
 自分が嫌々行くことを察して、絶対に引き留めてくれるはずだと。
 愛理はきっとそうだと心で叫んだ。だが、同時にそれを否定する声も響く。
 何度も喫茶店のことがフラッシュバックして、その度に疑心暗鬼となってしまった。
 陽が西に沈み、夜の帷が包まれていくように暗い心が愛理を包んでいった。


          *


 コンコン、と扉をノックする音が部屋に響いた。
 窓辺に腰掛けて既に満月となっていた月を見上げていた愛理は何も言わなかった。
 扉が開く気配がすると「お嬢様」とナカムラの低い声が愛理の耳に届いた。

「ナカムラ……」

 愛理はそう呟き振り向くと、月明かりだけの部屋でナカムラは直立不動の姿勢を取っていた。

「もう…ご決心はつきましたか?」

 そう言うナカムラの目をじっと愛理は眺めた。
 月明かりだけの薄暗い部屋の中でも、ナカムラの眼光は鋭く光っていた。
 長い付き合いである。ナカムラだけが自分の心中を察しているのであろう。

「決心も何も…あの家の言うことには逆らえないでしょ…お母様も乗り気みたいだし……」

 ナカムラから部屋の片隅に置いてあったスーツケースに愛理は視線を移して、愛理はそう答えた。

 ───お母様は私の渡英を喜ばれているようだった。晶や美琴、天満も私が居なくなったって…それに彼も……

「私がいなくなったって誰も……」

 愛理は伏し目がちでそうひとりごちることで諦めがつく気がした。

 ───もう辛いとは思わない。私は運命を受け入れるだけ……

 未練があるから辛いのだ。
 ならば全てを捨てることで、誰も必要としていないと思うことで愛理は現実を受け入れることにした。





.....to be continued

 

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