第二章 − 抱けない夢と押し寄せる現実 ( No.2 )
日時: 2005/09/26 05:39
名前: によ

 愛理ちゃんって輝いているよね〜!
 なんて言うか…ホント、格好良かったよ!
 何でかわからないけど、私もドキドキしちゃったもん!!
 あ──っ、も──っ、恋ってサイコ──ッ!!
 あれ? これって前にも……
 う〜ん…ま、いっか。
 とにかく最高だよ!!

 (とある日の天満の回想より抜粋)



 − 第二章 − 抱けない夢と押し寄せる現実



          1


 2学期の終業式も終わり、残る時間は大掃除だけとなっていた。
 ただ、掃除をしようとするのはほんの一部のクラスメートだけであって、大抵のクラスメートは未だにそれぞれの友人との会話を楽しんでいる。
 愛理を始め、仲良し四人組も机を囲んで和んでいた。

「なあなあ皆! 今週載っているこのマンガ読んだか? 絵はヘタだけど結構面白くない?」

 ジンマガ今週号を読んでいた美琴はそう言うと、皆に見せるようにそれを見開いた。

「え──どれどれ? あっ、私も読んだ!!」
「いつもの四コマじゃないんだね。ハリマ☆ハリオ…新人?」

 美琴が指定したマンガを見て、天満や晶も関心を示したようだった。
 皆が見ているので、愛理も覗き込むようにして見ると美琴が言うとおり絵はヘタだった。
 そのまま何気なく読むと登場人物がふたり。男の子と女の子だ。
 1コマ目で何故か男の子がいきなりの告白。
 2コマ目でそれを世の楽園とばかり受け入れる女の子。
 久しぶりに苛立ちとも言える感情がわき起こった。
 何の脈絡もない男の子の告白。何の葛藤もなく告白を受け入れる女の子。
 あまりに現実離れした恋愛ストーリー。

「フーン、なんか知性のない内容ね。きっと恋愛経験もないのよ」
「そうか? 私はこの位がいいけどなあ。ややこしい話は苦手だしさ」

 四コマ漫画だからコマ数の関係上、恋が芽生えて、それを少しずつ育んでといった描写が描けないのはしかたない。
 そう言った意味では1コマ目と2コマ目については愛理も許せた。
 ただ、3コマ目と最後の4コマ目が愛理にとって耐え難き内容だった。

「え──っ!? だっていきなり男の子と女の子が同棲なんてありえないでしょ。マンガだからって何をしてもいいわけじゃないと思うわ。読んでてイライラするのよね、こーゆーの」

 起承転結の転に当たる3コマ目が同棲を始めたというシーンだった。
 愛理の中で同棲というのはお互い酸いも甘いも噛み分けたカップルが、より深くお互いを理解するためにするようなものと思っていた。
 それに4コマ目はキスをする手前で締められていた。
 恋愛でのイベント順序が滅茶苦茶で、ただ好きな子とずっと一緒になりたい、キスをしたいという願望がありありといった感じで稚拙だった。
 現実はこんな風には絶対に行かない、と愛理は思った。

「天満はどう思う?」

 晶がまだ感想を言っていない天満に話を振る。
 天満は自分に話を振られたのが意外だったのか「えっ? 私?」とキョトンとしていたが、

「うーん…いいんじゃないかな。マンガってその方が夢があるじゃん! こんなことあったらいいな…ってさ」

 微笑みながらそう感想を言った。

 ───こんなことあったらいいな…か……

 天満の感想が愛理の心に虚しく響いた。
 好きな人に告白されて、一緒に暮らせて、キスをされて……
 愛理だってそういう状況に憧れを抱いていた。
 ただ、愛理を取り巻く現実はこの四コマ漫画とは正反対だった。
 好きな人に告白されるどころか、その好きな彼は他の娘が好きなのだから。
 そんな彼からの告白を受ける機会なんて当然ない。
 一緒に暮らすどころか、自らが遙か遠い地へと離れることになるだろう。
 甘い瞬間が訪れるどころか、一生自分の恋心を殺していかなければいけない可能性だってある。
 愛理はいつの間にか四コマ漫画のストーリーとこれから訪れるであろう自分の人生を対比させていた。
 現実は「こんなことあったらいいな」さえ、簡単に押し潰す。
 見ようとすれば虚しくなるだけの夢。それが夢と言えるのか?
 愛理は苛つきを通り越して、虚しさを感じてしまった。
 この四コマ漫画を見るまでは何も感じなかったのに、見た途端に心がざわついた。
 漫画から発せられる魂のような力強さが愛理の心を揺さぶっていた。
 ただ、今の愛理にはそれが眩しすぎて辛かった。



          2



「冬休みはどうするの?」

 いつもの四人組での学校の帰り道、晶は誰に聞くというわけでもなく冬休みの予定を尋ねてみた。
 晶の予定は殆どがバイトだった。
 クリスマス・ケーキの販売、神社の巫女等、接客のバイトには事欠かない時期である。
 ただ、他の皆はどうするのか気になったのと、明日から冬休みなので自然と生まれるであろう話題だった。

「道場で色々と催し物があるからなぁ…そっちの手伝いかな。高野はどうすんだ?」

 美琴が晶の問い掛けに真っ先に答えると、切り返しでそう聞いてきた。
 晶は「バイト」とだけ短く答えた。

「はは、高野はホント、バイトばっかだな。それなのにテストの成績は良かったしさ。不思議だよな、全く……」

 ヤレヤレといった感じで美琴は首を竦めた。

「ヤマが当たっただけよ。愛理と天満の方はどうなの?」
「私は…う〜ん、何にもないかなぁ」
「そうなのか? 塚本は烏丸君とクリスマス・イブを過ごす計画とか立ててないのか?」
「え…そんな…烏丸君とは…まだ……」

 美琴がからかうように天満と烏丸のコトを口にすると、天満は急に顔を真っ赤にさせて口籠もった。
 他人の恋にはやけに積極的なのに自分のことになると急に引っ込み思案になる。
 それが天満という人となりであり、烏丸のコトでからかわれる天満の姿はいつもの光景のはずだった。
 美琴か愛理が話を振って盛り上げる。それを晶が控えめに便乗する。
 ただ愛理がそれに乗ってこない。

「愛理は冬休み、どうするの?」

 晶は少し気になって話を促してみた。

「……私は…特にないわよ」

 呟くようにそう言うと、愛理は俯せ気味になってしまった。

 ───やっぱり何かあるわね…気にしすぎじゃないわ。それにしても冬休みの予定を聞いてみただけで…何かある?

 愛理を横目で盗み見る晶だったが、愛理は俯き加減のままだった。
 美琴もそれに気付いたらしく、アイコンタクトで「この話はやめよう」と晶に伝えてきていた。
 晶は別の話題にしようと試みたが、いい話題は浮かんではこなかった。
 時期が悪すぎた。何より明日から冬休みである。
 愛理は冬休みの予定を聞いた途端に落ち込んだ。冬休みの話題は全てNGだろう。
 しかし、自然と発生する話題といえば冬休みの予定以外に思いつかない。
 美琴も同じらしく、何かを言いかけようとしては思い留まっている様子だった。
 晶と美琴は愛理を気遣って、その愛理は何かに落ち込んでいるようであり、天満は先程から真っ赤な顔で烏丸との妄想に耽っているようだった。
 自然と四人から会話がなくなる。
 晶は愛理の様子について再考してみた。
 愛理は特に予定はないと言っていたが、晶はそれは嘘であろうと感じていた。
 落ち込むのだから、愛理にとって好ましくない予定でもあるのだろう。
 ただ、それが何なのか手持ちの情報が少なすぎてわからない。

 ───愛理、私達には言えないコトなの?

 そう思い愛理の様子を再び伺ってみたが、愛理はまだ俯いたままで晶の視線には気付かなかった。

 

          3



「…ったく、らしくねーよな。最近の沢近は……」

 そうひとりごちた美琴は湯ぶねに身体を深く沈めた。
 学校の帰り道で冬休みの話題が出てから、四人とも殆ど無言になってしまった。
 天満はともかく、何で愛理が冬休みの話題で落ち込んでしまったのか美琴にはサッパリわからなかった。
 晶も気付いていたようだが、美琴には特に何も言ってこなかった。
 実は何か知っているが話せない内容なのか、と勘ぐったりもしたが、きっと晶も詳しいことは全くわからないのだろうと美琴は結論づけていた。
 あれ以来、美琴はずっとこればっかり考えていた。
 考えはするが何もわからない。心の中でずっとわからないと繰り返していた。
 それが気分をムシャクシャとさせ、気持ちをリラックスしようと風呂に入った美琴だったが、全くリラックスしそうにもなかった。

 ───私達は親友じゃないのかよ?

 顔を半分まで湯ぶねに沈め、お湯をブクブクとさせながらそう思った。
 美琴は少し寂しかった。
 夏に色々あって喧嘩もした。その時、好きだったあの男(ひと)との恋が終わった。
 告白すら出来ずに終わった片思いの恋。
 それを愛理は愛理らしい言葉で慰めてくれた。
 今でもあの時のことを感謝している。
 だからこそ、美琴は今度は自分が愛理のために何かしてあげたかった。
 しかし、現実は何もわからない。
 わかっているのは愛理が何かに悩んでいるというコトだけだった。
 自分の無力さが憎かった。

「ワケわかんね──!!」

 突然、美琴はそう叫ぶと湯ぶねからザバッとあがった。
 風呂場なので、その叫びは大きくエコーがかかったが気にならなかった。
 脱衣所で乱暴にパジャマを着て、廊下をドスドスと響かせながら部屋に戻る足音が美琴の心情を語っていた。




.....to be continued

 

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