Re: Be blue (愛理、播磨他) ( No.6 )
日時: 2005/09/18 08:09
名前: によ



−第六章−



 あの夜から暫くヒゲのコトを考えることはなかった。
 いえ、なかったというより忙しくて忘れることが出来ただけ……
 期末テストも始まったし、天満…あの娘がかなりピンチで皆で勉強会をやったりして、ほんの少しの間、私は普段の私だった。
 でも…期末テストも終わってしまうと、あとは冬休みを待つだけで…今まで私を悩ませてきたアレが首をもたげて再び忍び寄ってきた。
 あの夜…あのレストランで…真実はいったい……
 思い出すと、あの時の私は冷静ではなかったかもしれない。
 ただでさえ『お見合い』なんていう気の滅入るような用事があったワケなんだし。
 まあ…相手の人がいい人だったし、なによりその人本人がもうすぐロンドンに留学してしまうという話だった。
 あの心配は杞憂だったと考えていい。
 しかし、もう一つの…もっと大きな悩みが生まれてしまった。
 ヒゲが何でいたのか?
 万が一…と思っていたことが当たっていたってことなの?
 でも、ただ単純にヒゲがヒマで、あとは偶然が作り出した出来事だったという可能性もある。
 一つわかるのは…この鍵を握っている人物がひとりいるということだけ。
 そう…あの場所もいた私の親友、晶が握っていることだけは確かだった。



「やった───!! やっとテスト終わったよ〜!」

 最後のテストが終わった瞬間、天満はそう叫ぶと私達のところに駆け寄ってきた。
 全く、いい気なもんよね…皆に散々心配をかけたっていうのに……
 飛び跳ねるように駆け寄って満面の笑顔をしている天満を見て、心の中で思わず溜め息が漏れた。
 でも…そんなところが天満の長所だということもよく理解している。
 裏表のない笑顔、作り笑いばっかしてきた私にとっては今でも眩しい笑顔で、かけがえのない友達のひとり。

「その様子だとちゃんと出来たんだな? まあ、私らがあんなに頑張ったんだからそうなってもらわなきゃ困るんだけどさ、なあ、沢近?」
「そうよ、天満。私達のおかげなんだからね」

 美琴が天満を労い、私にも同意を求めてきたので、私も合いの手を入れるように言った。

「えへへ〜、もちろんだよ! 美コちゃん、愛理ちゃん! それに晶ちゃんも!」

 天満が私達に天満なりのお礼を言うと、テストが終わったばかりだというのに普段と全く変わらない晶もゲームをしながら「勘だけどね」と呟いた。
 晶とはこの中では一番長い付き合いだけど、時々つかみ所のないところがあるわよね……

「じゃあ…テストも終わったことだし、約束通り打ち上げを兼ねて塚本の誕生日会を企画しないとな!」

 一通りテストが終わったことの喜びを噛み締め終えると、美琴がそう提案した。
 確かにテスト前にそんなことを言っていた。
 そして、それがキーワードとなって私は再びヒゲのことが心の中に浮かび上がってきた。

「やった! お誕生日会だよ〜! ねね、どんな風に企画してくれるの?」

 お誕生日会…あの時、レストランで4人がいたのは誕生日を祝っていたのよね!?

「そうだな〜、やっぱ誰かん家でやるのがいいのかな?」

 あの場所を選んだのは誰? 晶? それともヒゲ……?

「美琴さん、それだとテストの打ち上げが兼ねられないわよ」

 ヒゲがあんな趣味がいいとは思えないし…でも、もし天満が好きで一生懸命になって選んだとしたら…可能性は……

「あ…そっか。確かにな…やっぱ打ち上げってからには大人数になるしな。うちの道場でもいいんだけど…誕生日会にしちゃ殺風景か……」

 支払いの時、お金もないのに皆の分をだそうとしていたし…やっぱし、選んだのはヒゲって可能性の方が……

「じゃあ、どこかのお店を貸し切るのなんてどう?」

 で、でも…晶がいたんだし、何かの罰ゲームっていう可能性はないのかしら……

「うっわ〜! お店の貸し切り! すごいすごい!」

 って、そんな可能性はあるワケないわよね……

「そうだな〜、それが一番かもな! 沢近はどうよ?」

 やっぱり…わかんない。それに……

「愛理? どうしたの? 愛理」

 急に肩を少し揺らされたかと思うと、晶が私の顔を覗き込んでいた。

「あ…え、えっと、何だっけ?」

 しまった!
 ずっとヒゲのことで考えていて何にも聞いてなかったわ。
 ったく、これもそれも全部ヒゲのせいよ……

「いや…今、塚本の誕生日会どうすっか?って話してたんだけどさ……」
「愛理ちゃん…なんだか顔色悪いけど…何かあったの?」

 私がぼーっとしていたことに、美琴も天満も少し顔をしかめている。
 な、なんとか言い訳をしないと……

「え…っと、ちょっとテストが終わったばっかりだから気が抜けちゃったのかしら……そ、それで天満の誕生日会のことでしょ!?」
「ああ。テストの打ち上げも兼ねてな」
「そ、そうね…」
「でね、どっかのお店を貸し切るって案が出たんだけど、愛理ちゃんはどう思う?」

 あ…話はそうなっているのね……
 お店を貸し切るのか…いいんじゃない?

「いいんじゃない? それで。テストの打ち上げも兼ねるならクラスの皆が参加するってことでしょ?」
「だな。まあ、希望者募ってって感じになるだろうけど」
「で…どこを貸し切るの?」
「メルカドはどお? 学校からも近いし、マスターに顔も利くわ」
「お、それでいいんじゃねーか? 塚本、どうだ?」
「うん! メルカドのパフェ美味しいしね!! 八雲もバイトしているところだし〜」
「じゃあ、場所はメルカドで決まりだな。あとはいつやるか、だけど……?」

 いつやるか…か。誕生日自体は既に過ぎてしまっているから、なるべく早いほうがいいとは思うけど……

「今日! 今日やろーよ! 思い立ったら吉日だよ〜!」

 天満がハイハーイといった感じで手を挙げながら、そう言った。
 今日って…いくら何でもそれは無理でしょ……

「お、おい…そりゃ無理ってもんだ、塚本。店だって都合があるだろうし。クラスの皆にもまだ何にも話してないんだぜ」
「あ…そっか……」
「そうね。それにプレゼントを買ったりとかする時間が欲しい人もいるだろうし…明後日ぐらいがいいと思うよ?」

 プレゼント…私はもう買ってある。ただ、天満へのじゃないけど……
 もう彼の誕生日は過ぎているのにまだ渡せていない。
 実は今も鞄の中に忍ばせているけど、テスト中だったし、学校では渡せそうな機会はなかった。
 あ…そうよ! 天満の誕生日会の時に渡せばいいんじゃない!
 ……って…ダメよ…もしかしたら彼は天満のことが好きなのかもしれないじゃない……そんな天満の誕生日にプレゼントを渡すなんて…ピエロもいいところだわ……
 でも…渡したい……

「明後日か…ま、私は特に予定はないけどさ、塚本と沢近は?」
「私はぜんっぜんOKだよ!」
「愛理は?」
「あ…私は…特に予定がないし…大丈夫よ」

 また話を聞きそびれるところだった。

「ねえ…愛理ちゃん、やっぱり顔色悪いよ? 大丈夫?」

 天満が心配そうな顔で覗き込んできている。
 確かに悪いのかも知れない。でも、天満にだけはワケは絶対に言えそうもない。

「そ…そんなことないと思うけど…でも、テストでちょっと疲れちゃったのかも……」

 と少し嘘をついた。
 本当に疲れているのかもしれない。でも、テストで、ということはない。

「じゃあ、決まりね。私は店の方を押さえておくから、美琴さんは皆に声をかけてくれない?」
「ん? あ、ああ、わかった」
「私と愛理は店の予約とかをするから。いい、愛理?」
「ええ…いいわよ」

 店の予約ね……
 といっても、メルカドに電話するだけでしょ?
 なんでふたりなの?
 でも、その方が都合がいいわね。
 晶には聞きたいこともあるし……

「塚本さんは主賓だから、今回は待ってるだけでいいわ」
「え〜、私も何かするよ?」

 晶に待ってるだけでいい、と言われた天満は少し不満そうな顔で呟いた。
 そんな天満に美琴は手をひらひらと振りながら、

「いいって。楽しみに待ってればいいから」

 と言うと、その手を天満の頭にのせて「あとのお楽しみってな」と笑いながら囁いた。
 天満は美琴にそう言われても納得のいかない顔をしていたけど、最後には「そうだよね…楽しみにしてるよ!」と、やっと笑顔に戻った。

「じゃ、私はさっそく皆に声かけてくるよ」

 美琴はそう言って、一番私達の近くにいた嵯峨野さん達の集まりに駆け寄っていった。
 それに天満もついて行く。結局のところ、何かしたくてたまらないらしい。

「愛理、じゃあ私達も準備を始めましょう」

 まるでふたりが私達から離れたのを見届けてからのような小声で晶が耳元で囁く。

「いいけど…電話一本で済むんじゃないの?」
「それはそうだけど、予算とか飾り付けとか色々あるよ」

 あ…なるほどね。
 確かにメニューによって予算も違ってくるし、飾り付けとかも…って、私と晶のふたりだけで飾り付けをするの?

「飾り付けは男子に頼むから。それより、打ち合わせもしたいから茶道部に行きましょう」

 まるで心を読んだのかのように私の疑問に素っ気なく答えて、そのまま晶は歩き始めてしまった。
 って、何で私の疑問がわかるのよ!

「ちょ、ちょっと待ってよ…晶」

 私はそう言いながら、教室を既に出ようとしていた晶のあとを追っていった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「とりあえずお茶でも用意するから座って」

 茶道部についた途端、晶にそう言われてしまったので素直に席に腰掛けることにした。
 晶は部室の隅にあるキッチンでヤカンに火をつけたり、ティーカップを出したりと手際よくお茶の準備をしている。
 そんな晶の姿を眺めつつ、私はいつあの時の話を切り出すか迷っていた。
 それにどんな風に聞き出せばいいのかも……
 とりあえず、当たり障りなく打ち合わせっていうのでもしようかしら。

「ね、ねえ晶…打ち合わせって言ってたけど、誕生日会の何を打ち合わせするの? 場所は決まってるし、飾り付けは男子に任せるんでしょ? メニューとかはメルカドに電話してからじゃないとどうにもならないんじゃない?」
「そうね。でも、予約もメニューも既に済んでるわ」
「えっ! 済んでいるって…いつやったのよ!?」
「昨日かな」

 昨日って…誕生日の話をしたのは今日じゃない……
 それに…それなら何を打ち合わせするっていうのよ……

「それより…愛理、今は別の悩み事があるんじゃない?」

 晶にそう言われてドキンと心臓が高鳴った。
 な…なんで……
 勘がいいのは昔からだけど、ちょっとよすぎるわよ!

「話したくないならいいけど……」

 そう追い打ちをかけられる。
 いったいどんな顔をして聞いているのかとも思ったけど、お茶を準備している最中なので後ろ姿しか見えない。

「べ、別に悩みなんて…でも、ちょっと聞きたいことはあるわね……」
「レストランでのことね?」

 ……お見通しってワケね……

「そうよ…何で、あの時、あの場所にいたのか、それを聞きたいだけよ」

 私は一字一字区切って聞いてみた。

「修治に誘われたから」

 その答えは凄く短かった。
 誘われたって…それも修治ってヒゲの弟のことよね。
 たったそれだけだったの?

「じ、じゃあ何でヒゲも一緒にいたのよ?」
「播磨君は修治の保護者としてついてきただけよ。いってみればオマケね」
「天満は? それにあの日は天満の誕生日だったし…お祝いじゃなかったの?」
「天満も修治に誘われたの。まあ、あのレストランは播磨君が選んだんだけど」
「えっと…それって……」
「わかりやすく言うと、修治が私と天満を隣町までの遠出に誘った。保護者として播磨君がついてきた。それで天満の誕生日祝いも兼ねてレストランで食事をしたってことね」

 要約されなくてもそれぐらい私にも理解できるわよ。
 そうじゃなくて…って、確かに話の筋は通ってる。
 でも、高校生のお小遣いじゃ到底まともに食事ができないような高級レストランを選んだのは彼だと晶は言った。
 たまたま修治くんがふたりを誘って、保護者として彼がいただけなら……
 なんで彼はあんなレストランを……
 普通に考えると、あーいったレストランは好きな女性に喜んでもらいたいからよね?
 彼がそんな思考をするっていうのも想像がつかないけど……
 でも、でも…やっぱり……

「ねえ…晶、もしかしてヒゲ…播磨くんは天満のことが好きなんじゃないの?」

 最後にたどり着いた疑問、いいえ…最初から知りたいと思っていたことをとうとう口に出してしまった。
 私の問いを聞いた晶は準備の手を休めて、こちらに振り向くと、

「それは言えない」

 とだけ言った。

「言えない…って、どういうことよ?」
「播磨くんのプライベートな話だから」

 そうだったわね…晶は誰であろうとも他人のプライベートを話すような娘じゃなかったわね……
 でも、それはある意味答えていると一緒よ。
 違うのなら「違う」って言えるはず。別にそれはプライベートを暴露する答えじゃないから。
 それとも…晶は遠回しに「答え」を教えてくれたのかしら…ね?

「愛理、お茶が用意できたわ」

 そう言って、晶は私の前にティーカップを運んでくれた。
 紅茶の微かな香りが湯気と共に漂ってくる。
 無言でカップを持ち上げて、紅茶を一口含んでみた。
 きっと晶のことだから、美味しい紅茶を入れてくれているはずだけど、何の味も感じなかった。

「愛理……」

 自分のカップも運んできた晶が私の隣に腰掛けて、私の名前を再度呼んだ。
 そして「後悔だけはしないほうがいいよ」と呟くと、晶も紅茶を一口含んだ。
 ホント、何でもお見通しなのね、晶は。
 でもね、私は後悔なんて一度だってしたことはないわ。
 私が後悔をしているとしたら本当のことを知ってしまったということだけ。
 でも、それは私が望んだこと。ならば、後悔するようなことじゃないはずよ……
 そうよ…私は後悔なんてしない。
 今までだって、これからだって……
 ただ、部室が日陰になっていることもあって少し寒く、暖かいはずの紅茶も冷めているような感じがするのがイヤなだけだった。




.....to be continued

 

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