Re: Be blue (愛理、播磨他) ( No.4 ) |
- 日時: 2005/09/14 04:08
- 名前: によ
−第四章−
私がそう、彼が誰が好きなのかということを知ってしまった運命の分岐点はあの電話だったわね。 あの夜のコトは今でも覚えている。 バイトの最終日だったし、何よりこれでプレゼントを自分の力だけで買えるんだって喜んだ日でもあり、そして…くるべき日が来たと思った最初の日でもあったから……
「今までありがとね。これ、お給料」
期末テストまであと数日。 その夜、私の短い期間だけど楽しかったバイトが終わった。 店長が差し出してくれた封筒を受け取ると、私は店長とその横に立つ店長夫人に深々と頭を下げてお礼を言った。 それからごく差し支えない言葉を幾つか交わして、私は見送られながらコンビニを後にした。 歩道橋を渡ってそのまま駅前で待機しているナカムラの車に乗り込んだ時、初めてバイトが終わったんだという実感が湧いた。 生まれて初めて自分の力で稼いだお金。 それが入っている封筒を鞄から取り出して眺めると嬉しさがこみ上げてきた。
「お嬢様、今までご苦労様でした。バイトは如何でしたか?」
きっとルームミラー越しに私のはにかんだ顔を見たのだろう。ナカムラがそう話題をふってきた。
「色々と大変だったけど…楽しかったわよ。それに勉強にもなったわ」 「それはよろしゅうございました」 「ええ……」
これだけで私もナカムラも十分だった。 そう。嬉しいのはお金を稼いだコトではない。これはあくまで手段。 本当の目的は別にある。もうすぐ月が変わる。 その時、アイツ…いえ、彼の17回目の誕生日が来る。 あ…べ、別にプレゼントに特別な意味はないのよ! 今まで散々迷惑を被ったけど、頭を剃っちゃったりもしてるから…お詫びって意味だけよ! でも……
「ところでお嬢様…先程、奥様より至急ご連絡が欲しいと承っております」
ナカムラのこの言葉で私は突然現実に引き戻された。 お母様が私から連絡が欲しい…… このこと自体は特に驚くことじゃないけど…今、お母様は京都に行かれているはず…… あの…窮屈で鬱陶しく、なによりお祖母様、関係者からは大御所と呼ばれている人が住んでいるあの家に……
「お母様が?」
ナカムラからの伝言に間違いはないことはわかっているけど、それが不吉にも感じて、思わず聞き返してしまった。
「はい…至急に、と申されておりました」
心なしかナカムラの声が低いように感じて、余計に不安が募る。 だけど…連絡するしかないのはわかりきっていた。
「わかったわ。ありがとう、ナカムラ。今から連絡するわ」
手に握っていた給料袋と入れ替えで私は携帯を取り出してお母様に繋いだ。 3コールもしないうちに繋がる。まるで連絡を待っていたようだ。
『もしもし、愛理?』 「はい、お母様。ナカムラから連絡が欲しいと聞きましたけど……」 『ええ…少し言いづらいことなんだけど…今月の30日にある人とあって欲しいのよ……」
携帯越しに聞こえるお母様の声もナカムラのと同様に沈んだような声。 どうやらいい話ではないようね……
「その…ある人と会うというのはどのようなコトでしょうか?」 『実はね…お母様に是非にと頼まれて……正直にお話するとお見合い話よ……』
お母様から『お見合い』という言葉を聞いて心臓がドキンと跳ね上がった。 いずれはその手の話がひっきりなしにあるんじゃないかってのは思ってた。 でも…早すぎる!
「あ、あの…お見合いって…お母様、私はまだ16才なんですよ……」 『愛理の言いたいことはわかるわ。私も早すぎると思っている。でもね……』
お母様が言うように、私にもお母様の言いたいことがわかった。 あのお祖母様のことだ。きっと、無理矢理に違いない。 でも…あの家の言うことには逆らえないことは知っている……
「…わかりました、お母様。お会い致します……」
私はお母様の言葉を待たずにそう答えた。 お父様と同様にお母様も愛すべき人だから。 そのお母様を困らせるような答えを私には言えるはずもない。
『そ、そう。愛理がそう言ってくれると助かるわ…でもね、お見合いって言っても一度ふたりで食事をしてもらうってだけだから。詳しいことはそちらに戻った時にでも…ね』 「はい……」
その後、お母様はバイトのことを聞いてきた。 私が『楽しかった』と答えると、『よかったわね。今でしか出来ないことだから』と言ってくれた。 そして、お母様との話を終えて携帯を鞄にしまった私は…複雑な気分だった。 お見合いとはいっても食事だけと言っていた。 たぶん…お祖母様の顔を立てるというコトだけで済みそうだ。 これは幾分、私の心を軽くしてくれた。 でも…『今でしか出来ないことだから』ということが妙に引っかかる。 今すぐにではないにしろ…きっと近い将来、私は所謂政略結婚をしなければならないということに他ならないことなんだと思う。 もう前から想像していたことだけど…実際にこの手の話を聞くと心が重くて仕方がなかった。 不意にヒゲの顔が心をよぎる。 アイツが私だったら…いえ、アイツがこのことを知ったら…… って、なんでヒゲが出てくんのよ! それに今すぐって話でもないんだから! 全く…私らしくないわね。 ホント…私らしくないわ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ〜あ、せっかくの誕生日なのになあ……皆にお祝いしてもらいたかったなあ……」
お母様から例の話を伺った翌日の朝、天満は溜め息をつきながらそうぼやいていた。
「そんなこと言ったって仕方ないじゃない。30日はどうしてもはずせない用事が入っているのよ」
そう…30日はどうしてもはずせない。 本当ははずしたくて仕方ないんだけど…お母様を困らせるようなコトは絶対に出来ないし……
「ゴメンな。その日は私も道場の手伝いがあってさ。それに期末も近ぇだろ」
どうやら美琴も都合が悪いらしいわね……
「え──っ、今は期末より誕生日のほうが大事だよ」 「まあ、期末終わったら盛大に祝ってやっからさ」
少なくともふたりは都合が悪いと言っているのに、天満は諦めきれないのか駄々をこねていたけど、美琴が期末テストが終わってからお祝いするという言葉に渋々納得したようだった。 天満の気持ちもわからなくはないけど…夏にも赤点を取っているっていうのに…大丈夫なのかしらね、この娘は…… それより、今は別のコトで私の心はモヤモヤとしていた。 30日の件もあるけど…それ以上にヒゲの…そう女バスの打ち上げ以来、彼の最近の行動で妙に引っかかるコトがある。 なんであの時、あんなに不機嫌だったのか? 本当は考えたくもないのよ…ヒゲのことなんか…… でも…どんなに別のことを考えようとしても頭から離れない。 そんな状態だったから、私は授業中、休み時間、お昼休み、放課後とヒゲが視界に居るときは皆に気付かれないようにヒゲのことを盗み見していた。 授業中や休み時間は寝ているのか頭を机につけて、窓のほうを見ている時が多い。 お昼休みは購買で買ってきたパンを食べている。 放課後は…教室にいない時が殆どだった。たぶん、屋上か既に家にでも帰っていそうね。 打ち上げのあった次の日からの数日はそんな感じで、特に何も変わったことはなかった。 でも、数日前のあの出来事はちょっと見過ごすことはできないと感じている。 あの出来事…ヒゲと花井くんがクラスの皆を賭け事に利用したこと。 それ自体、今でも思い出すと少し憤りを覚えてるけど…カレーミュージアムで奢ってくれたし、もう許している。 問題は何故そんなコトをしたかということ…… 後から花井くんがしていた言い訳によると、天満を2−Dから連れ戻したかったって言うじゃない。 もちろん、天満は2−Dの東郷くんに陶芸を教えてもらっていただけで…連れて行かれたなんていう勘違いはあの花井くんだったら納得できる。 でも…ヒゲはどうしてなの? もしかして…そういうことなの? いいえ…あり得ないわよ…… 今まで天満とずっと一緒にいる私にもヒゲが天満に近寄っているなんて感じなかったし。 妹の八雲のほうがずっと怪しいわよね…まあ、その八雲本人も否定している話だし、ヒゲもずっと前に付き合っている人はいないって言っているし。 はあ…ヤメヤメ! 万が一、あのヒゲが天満のことが好きだったとしてもよ…天満は烏丸くん一筋なんだし…… それにしても…なんでヒゲのことが頭から離れないのよ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ナカムラ、出かけてくるわね……」
とうとうこの日が来てしまった。 今週は今夜の食事の件とヒゲのことでモヤモヤしっぱなしね……
「お嬢様、お約束のお時間には少しお早い気が致しますが……」 「いいのよ。食事の前に寄りたいところがあるから」 「ハッ。畏まりました。では、早速お車を用意致します」 「あっ! いいわ、ナカムラ。自分で行くから…帰りはよろしくね」
今はナカムラの車で行くわけにはいかない。 食事の前に私にはやることがあるから…そう、プレゼントを買いに行くっていう大事な用事が……
「…承知致しました。それではお気をつけて」 「ええ、ありがとう」
ナカムラはこれ以上は何も言わず見送りをしてくれた。 きっと私があまり食事に乗り気じゃなくてブルーになっているとでも思ったのかしら? もちろん…少しは当たってるけど、やっぱし…なんとなく…ね。 それに正直に言うと、今日この日を楽しみにしていた。 夕食の件がなければ完ぺきなんだけど…それは些細なコト。 あとはそれを今日買うだけ。たったそれだけだけど、私の心は躍っていた。 受け取った時、彼はどんな表情をするんだろう? 凄く楽しみでもある。 ただ問題もある…いつ、どこで、どうやって渡すか…… 昨日からずっと考えたけど、いい方法が思いつかない。 明日渡すのが一番いいというのはわかるんだけど…学校で渡すのはちょっとね…… ヘンに誤解されるのもイヤだし…… それに期末テストも始まる。全く…なんてタイミングが悪いのかしらね。 そうこう考えているうちに目的のお店まで到着していた。 なんて時間が過ぎるのが早いんだろうと思わず驚いてしまった。 光陰矢の如し…って、まさにコレ? って、早速買わないとね。 お店の中に入ると私は真っ先にアレが飾ってあったショーケースへと歩み寄った。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧になって下さい」
お店の店員がそう声をかけてくれたけど、買うものは既に決まっている。
「あの…コレを頂けないかしら?」
そう言って、私は銀のネックレスを指差した。 当然、男物である。飾り気のないシンプルなモノだけど、シンプル故に彼には似合いそうだと思っている。 これを彼の胸元に飾ったら…あの逞しい…じゃなくて、ムダに丈夫そうな、胸元ね! って…はぁ……私ったら何想像なんかしちゃってるのよ! 気持ちを切り替えて、再びショーケースに目をやると、店員がそれを取り出したところだった。
「こちらでございますか?」 「あ…ええ、それです。プレゼントなので包んで頂けます?」 目の前に差し出されたそれを確認して私がそう言うと、店員はすぐにケースを取り出して梱包を初めてくれている。 これで準備はほぼ整った。 あとはどう渡すか…それだけを解決させればいい。
「お待たせ致しました。お支払いは現金になさいますか? それともカードになさいますか?」 「現金でお願いします」
そう言って、私は鞄から封筒を取りだした。 中には当然、バイトで稼いだお金が入っている。 封筒もそれをもらった時に包んであった封筒。 そのまま現金を財布にしまってもよかったけど…気持ち的にありがたみが薄れるようで…… ちょっとした私なりの儀式のようなものだった。 封筒からお金を取り出し、店員に手渡すと、偶然なのか運命なのかぴったりの金額だった。 そして、綺麗にラッピングされたプレゼントを受け取ると私はそのお店から立ち去った。
今思うと、あの時が一番幸せだったのかもしれない。 まだ何も知らなかったから…… そう…彼の本当の気持ちを……
.....to be continued
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