3話目(八雲、幽霊の女の子、他 約1名) ( No.2 )
日時: 2005/12/13 22:36
名前: くらんきー



HE WAS GOD 〜HYPER ONIGI RE−MIX〜   3話目


 ―――放課後―――

 今日 八雲は掃除当番だったため、サラに「先に部室に行っておいて」と伝えると、掃除用具入れから箒を一本取り出し床を掃く事にした。
 八雲の他にも数人、窓を拭く者、黒板を消して黒板消しをクリーナーにかける者、机を移動させる者など、各自の役割を果たしていた。
 その様は嫌々といった感じで、掃除当番になった事を決して快しとはしていない。
 それもそのはず、季節はもうすっかり冬だ。普段でさえ掃除は嫌なのに、この季節に雑巾を絞ったり、ゴミを出しに焼却場までゴミを持って行くのはとても寒いものである。という理由から、掃除なんて適当に終わらせてさっさと帰ろうと思っている。 ・・・男子以外は。

 では、男子はと言うと・・・

 (塚本と一緒に掃除・・・最高だ!)
 (この機会にさり気なく男をアピール!)
 (美しすぎる!好きだ!!)

 八雲と一緒に居る事が出来る口実に、感謝感激の極みだったりする。
 八雲にしか目がいっていない彼らが、掃除を真剣にしているかどうかは定かではないが・・・ まあ、少なくとも時間だけは目一杯かけるつもりらしい。


 そんなモブ達には脇目も振らずに最短最速、その上チリ一つ残さずに箒をかける神業をやってのける女生徒が一人。・・・言うまでもなく八雲である。
 普段から炊事、洗濯、掃除に猫の世話までほぼ一人でやっている(天満が当番の日は量が増える)ので、彼女も気付かない内に世界最速ギネス認定モノになっていた。
 特に今はサラを待たせているので急いでいたからという事らしいが、他の女生徒曰く「塚本さん・・・ 残像が見えてたよ・・・」らしい。


「よいしょ」
 (後は、ゴミを出すだけ。サラ、待たせちゃったかな・・・?)



 ―――恐らく、部室にすら着いていない。



「あ、塚本!ゴミ出すなら俺がやるよ!」
 (チャーンス! 俺、チャーンス! 塚本、カワイイ!)

「え?」

 思いがけないモブの声に、動きが止まってしまう。

「でも、役割分担では私が・・・」
「いーって いーって!任せときな!」
 (ふっ、好きな子を手伝うっていうのに理由なんていらねえぜ! 塚本、カワイイ!)

 そう言ってこの男は八雲が口を括ったゴミ袋を持ち、「自分がゴミを出しに行く」と言って聞かない。



 ―――我輩はモブである、名前はまだ無い。



「・・・じゃあ、お願いしてもイイ?」
「おうよ!」
 (カワイ過ぎだぜ! 今なら死ねる! 誰か俺を屋上から突き落としてくれ!!)

 多少なりとも役に立ったのでこの男に名前でも付けてあげることにしよう。 命名、脇役 モブ男(仮)。
 八雲の上目遣いは、本編にも登場したことのないモブ男(仮)にとっては刺激が強すぎたらしい。
 ・・・で、このモブ男(仮)は明後日の方を向き目から汗を流しながら、晶がいたら洒落にならないような事を考えていた・・・

「ところで塚本、この後ヒマ? よかったら俺と・・・・・・あれ?」
「塚本さんならもう行っちゃったわよ」

 ・・・が、モブ男(仮)が振り向いたとき八雲の姿は既になく、代わりに掃除当番の女子が現状の説明をしたのだった。



 ―――塚本 八雲、音速の天使。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 (余り待たせてなければ良いけど・・・)

 八雲は今、廊下を歩いている。彼女はいくら急いでいるからといって、『廊下を走る』という校則に違反するような事はしない。たぶん。

 そして八雲は少し不思議に思った。まだ校舎に人がたくさん残っているだろうと思われるのに、少し前から教師は勿論、生徒にも会わない。
 そして何より、微妙に空気が違うような気がした。



「久しぶりね・・・」



 突如、八雲の背後から声が掛かる。
 その声の主に出会うのはこれで3度目。

「・・・あ」
「そろそろ憶えてくれた? 3度目だし」

 振り返った先にいたのは、長い髪をなびかせ白い服を着た幼い女の子。その子が言うには、自分は幽霊らしい。
 足元からは空間が揺らいでいるのか、少女を中心に波紋が起きている。その様が嘘をついているという可能性を限りなく薄くしていた。


「あ、あの・・・」


 気が付くと喋っていた。頭で理解するより速く体が動いた・・・
 少女に対して答えなければならない事があったから・・・


「え?」


 自分から話しかけるつもりだったのか、八雲から話しかけられた事を意外に思う。

 静かな空間、2人の周りだけ時間軸がズレているのか物音一つ聞こえない。
 その所為か、余計に時間が経つのを遅く感じる。

 八雲の言葉を待つ少女。
 ようやく八雲はゆっくりと口を開いた。

「この間のことだけど・・・」

 視線が絡み合う。少女は八雲の視線を捉え、目を逸らさない。
 八雲は、こう続ける。

「・・・私は、一人じゃないよ。姉さんやサラ、伊織、みんな・・・大切な人達がいるから・・・」


 この言葉は、以前「一人ぼっちの世界を楽しむといいわ」と言われた後 家で出した答え。


「・・・あの先輩も?」
「・・・!」

 そしてこれは、今朝出した答え・・・

「・・・うん。 ・・・播磨さんも私の大切な友達・・・なの・・・・・・」
「友達・・・・・・ ちょっとは成長したのかしら? ・・・でも・・・・・・」
「・・・?」

 髪の毛を指先で遊ばせ、一つ小さく息をつく。
 八雲の視線は常に少女を捉えていたはずなのに、少女がいない。

「ヤクモ・・・あなたはまだ気付かないのね・・・」
「・・・あ!」

 後ろから声が聞こえる。 ・・・振り向けない。何かが体に絡み付いている。

「しょうがないから私がヒントあげる」

 伸びた髪の毛で八雲を捕らえた少女は、フワリと宙に浮き八雲に話し掛けた。



「あなたが視ている『声』は何?」



 シン・・・とした空間に少女の声が響き渡る。

「あなたの能力(チカラ)は何?」

「えっ・・・と・・・・・・」
「どんな人から視えているの?」

 戸惑う八雲を気に留めず質問攻めにする少女。
 少女は答えを知っていた。初めて八雲に会ったときにその事を話していたのだから・・・


 八雲の能力(チカラ)・・・それは・・・・・・


「それは・・・」


 八雲に好意を寄せている異性からの『心の声』が視える・・・ ということ・・・


「あなたの思考と似てるとは思わない?」
「え?」

 答えようと口を開いた瞬間、少女から声が掛かる。
 その言葉には驚きを隠せなかった。

「ヤクモ、あなたは頭の中で、どれくらい彼の事を考えてるの?」

「・・・・・・」

 ・・・私が何時も考えていること? 
 ・・・姉さんのこと。 ・・・サラ、友達のこと。 ・・・伊織のこと。
 ・・・夕食の献立。 ・・・学校。 ・・・万石。
 何も考えてない時は・・・?

 ・・・漫画?

 漫画のこと? ・・・播磨さんのこと?

 私、自分でも知らない内に播磨さんのことを・・・?
 考えてる・・・ 確かに播磨さんの漫画のことを・・・ううん、播磨さんのことを・・・

 私が視ている『声』は多分、無意識の内に考えてること・・・ だと思う・・・
 ・・・じゃあ、もし播磨さんが私みたいに『声』を視ることが出来たら・・・

 私の心は視られてしまうのかな・・・?



 ・・・じゃあ、この気持ちは・・・



「この気持ちが・・・ 『好き』っていう気持ち・・・?」

「・・・さあ?」
「・・・・・・」

「前にも言ったけど、私は『男の人を好きになる』というのがどういうものか解らないの・・・ だからあなたに聞いてるの。 ねえ、どんな気持ちなの?」

 少女は八雲の束縛を解くと再び八雲の前に現れ、問いかけた。
 八雲は自分の体が自由になったことを確認すると、少女の視線を受け止めた。 そしてゆっくりと口を開く。

「私にもよく解らないけど・・・」

 もし・・・この気持ちが『男の人を好きになる』という感情だったとしたら・・・

「複雑な気持ち・・・」

 八雲は目を細めると、前に組んだ手を軽く握った。

「楽しいような・・・ 心がふわふわするような・・・ でも、どこか苦しいような・・・ そんな気持ち・・・かな・・・?」

 自分でも矛盾してると思う。でも自分の気持ちを正直に話すとこんな感じ・・・

「それはまた、ビミョーね・・・」
「・・・うん、ビミョーなの・・・」

 改めて思い返してみると今朝も播磨さんと会った時、悩んでたのが不思議なくらい心が軽くなった。
 その時感じた違和感・・・ 『仲のいい友達』とは違うって事だったのかな・・・? それが『好き』という事・・・?

 でも、私は播磨さんの心が視えない・・・
 ・・・それは播磨さんが私のことを何とも思ってないということ・・・
 心が視たいなんて思ったことはない・・・けど・・・
 播磨さんのことを好きなんだとしたら・・・
 好きな人から好かれてない・・・
 どこか苦しいと思うのは・・・そのせいなのかな・・・

 じゃあ、私・・・ 本当に播磨さんのこと・・・

 ・・・何時から? ・・・思い出せない。

 でも・・・ 知らない内に播磨さんに惹かれたのは・・・

 ホントだと思う・・・

「私・・・ きっと、播磨さんのこと・・・・・・ 好きなんだ・・・」 
「・・・・・・」

「よかったわね。気が付いて・・・」
「え・・・? ・・・・・・うん」

 再びフワリと宙に浮き、少女はゆっくりと高度を上げていった。
 自然と八雲を見下ろす形になる。

「ありがとう・・・ あなたのおかげで知りたかった事がちょっとだけ分かったような気がするわ」
「え・・・? ううん・・・ 私、あなたにこの事を言われなかったら、ずっと気付かなかったかも知れないし・・・」

「それと・・・ ごめんなさい。 つまらない事に付き合わせて・・・」

 八雲は首を横に振って答える。

「ううん・・・ 役に立ててよかった・・・」
「・・・私が謝っている事とあなたが考えてる事・・・ たぶん違うわ・・・」
「え?」
「その内解ると思う・・・」

 天井スレスレまで舞い上がった少女は、突如 周りの空間に飲み込まれたかの様に消えた・・・
 姿こそ見えないが、八雲の耳に少女の声が届く。

「私から・・・『最後に』一つお礼をするわ・・・」
「・・・お礼?」
「・・・・・・それは・・・いずれ解るわ・・・今のあなたになら・・・」



「サヨウナラ」



 その言葉と同時に、周りの空気もガラリと変わった。
 周囲の空間は元のざわめきを取り戻し、数人の生徒たちともすれ違う。

「あ・・・れ・・・?」

 さっきの子は・・・?

 あ、あの人、うちのクラスだ・・・ 聞いてみよう・・・

「・・・あの、今この近くで髪の毛の長い・・・小さい女の子見かけなかった?」
「つ、塚本! ・・・女の子? 見てないぜ?」



 ―――モブ男(仮)再び。



「そう・・・ ありがとう」
「いーって、いーって。 ・・・それより塚本、よかったら帰りにワスバーガーでも行かないか?」
 (神様・・・ チャンスを再びありがとう・・・)

「え・・・? それは・・・ちょっと・・・」

 八雲は思わず俯いて、何とか断る方法が無いかを探していた。
 その時・・・

「・・・!!  ・・・・・・え!?」



 あれ・・・?   視えない・・・!?



 その時、八雲に変化があった。彼女の『枷』である筈の能力(チカラ)がなくなっていたのだ。
 ついさっきまで視えていたのに・・・ 自分でも訳が分からないといった感じだ。
 当然八雲は戸惑ったが、戸惑ったところで現状は変わらなかった。

「どうだい? 塚本・・・」
 (YES!! 好感触か!? 俺!)

「・・・え、あの・・・ ごめんなさい・・・」
「は、はは・・・ そ、そう?」



 ―――人生、そんなに甘くない。



 やんわりと誘いを断ると、八雲は親友を待たせている部室へと急いだ。



 そして彼女は、この日を境に『心の声』が視えなくなった・・・
 その事に、例の女の子が関係しているのかどうかは定かではないが・・・


続く・・・


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