ぬいぐるみパニックのラストです ( No.3 )
日時: 2005/10/05 14:13
名前: ウエスト

そして次の日の朝、葉子は絃子を美術室へと引っ張り込んだ。
昨日の2人のやり取りを盗聴して、お祝いのプレゼントとして赤飯を渡そうと決めていた。
絃子本人はどうして美術室に引っ張り込まれたのかがいまいち分からなかった。

「葉子、どうしたんだ?急に美術室まで引っ張り込んで?話なら別に職員室でもいいだろう?」
「ダメです!これは絃子先輩のプライベートなことなんですから。他の人間に聞かれるのはまずいんです!」
「そうなのか??まあ、君がそう言うなら……」

本当ならストレートに祝福したい葉子。
しかし、盗聴したことがばれたら確実に殺される予感がしていた。
少し遠回しに、それでいて本人の口から白状させるように話を進めた。

「先輩、私が作った『ケンジ』はどうでしたか?」
「ああ、とても良かったよ。あんなカワイイものを作ってくれた君に感謝しないとな」
「そうですか。そう言ってくれると私も作った甲斐があるというものです♪ところで『ケンジ』の御利益として何かいいことありませんでした、昨日?」
「御利益かどうかは分からないけど、確かに昨日はいい一日だったよ。うん、とても……」

葉子の言ったことを肯定した絃子の顔は昨日のことを思い出して、少し笑顔になっていた。
自分のペースで事が進んでいると思った葉子は早速、作った赤飯を渡すことにした。

「いい一日でしたか。というわけで私からのプレゼントです。受け取ってください♪」
「そうかい?何だか分からないけど、素直に受け取っておくよ」

赤飯の入ったお重を受け取った絃子。お重の中から出てきた赤飯を見て、わけが分からなくなっていた。
一方の葉子は赤飯を渡した絃子の反応の方が不思議だった。
お互いに色々と聞きたい事があったが、先に切り出したのは絃子だった。

「……葉子、この赤飯はどういう意味なのかな?全く心当たりが無いんだが……」
「昨日いいことがあったんじゃないかなー、って予想して作ってきたんですけど、本当に心当たりが無いんですか?」
「ああ、全く。確かに昨日はいいことがあったよ。拳児くんと2人っきりで休日を過ごせたんだから」
「ほらやっぱり!拳児君と2人っきりで愛を語り合ったんでしょ?」
「何でそうなる?2人っきりになったからってそんな展開になるはずないだろ!まあ、少し弱気になって拳児くんに甘えたりもしたけど……」

なかなか本当のことを打ち明けない絃子を見て、葉子は少しイライラしていた。あくまで葉子視点……
たまりかねた葉子はとうとう、昨日のことを全て話し始めた。
そのことが絃子の怒りを大いに買い、葉子自身が命の危機に晒される原因となるのだが……

「もう、素直じゃないですね!昨日拳児君に抱かれたんでしょ!知ってますよ。昨日、拳児君が先輩の部屋に入ってきて色んなことをしてるのを!」
「だ、だ、抱かれた?昨日は風邪を引いて寝込んでいた私を拳児くんが看病してくれただけだ。それに便乗して甘えたのは事実だが……」
「は?……看病?えっと、何個か質問していいですか?」
「いいよ。全て答えようじゃないか。その後で私の質問にも答えてもらうよ」

絃子の口から出てきた「病気の看病」という言葉に葉子は少し混乱していた。自分の予想とはまるで違っていたから。
普段なら余計なことは聞かず、話をはぐらかす所だが今回は混乱の余り、好奇心丸出しにして絃子に昨日のことを訊ねた。
何かを感じた絃子の怒りにも気付かないほど、今の葉子は混乱していた。

「じゃあ一つ目、普段先輩からしてるってあれはどういう意味ですか?」
「熱をおでこで測っていたことだ。最近はしてなかったが、拳児くんが子供の頃はよくしてあげたものだ。今の歳になって拳児くんからされるとは思ってなかったけど」
(古典的な測り方しないで、普通に体温計使って下さい!)
「……2つ目ですけど、いやいや飲んだ苦いモノの説明はどうするつもりです?」
「ただの風邪薬だ。家にあるのが効き目は抜群だが、苦味が半端じゃないヤツでね。違う薬が良かったんだが、拳児くんに言われて我慢して飲んだんだ」
「……ここまではよく考えれば分かったことですね。でも次のベタベタになった服を脱いで、準備万端でお互いに初めてのことは言い逃れ出来ませんよ!」
「そこまで知ってるのか……。汗でベタベタになったからYシャツを脱いで、シャワーを浴びてスッキリしたかったが、拳児くんに病人だから止められてね。シャワーの代わりに拳児くんが私の身体を拭いてくれたということだよ。拳児くんは目隠ししてたよ。私としては見て欲しかったけどね」
(……確かにそれはお互いに初めてのことよね。全部勘違いか……。あれ?私って今とんでもない大ポカやらかしてない?)

昨日の盗聴の内容の真実を聞いた葉子は脱力していた。全てが勘違いだと知ったからだろう。
今の葉子には自分が何をやらかしたのかが分かっていなかった。
それを知ることになるのは絃子からの質問だった。
そしてそのことを葉子は激しく後悔しながらも、律儀に答えていった。正確には答えさせられただが……

「どうやら私への質問は終わったようだね?では今度は私から葉子に質問させてもらうよ。拒否権は一切認めないからそのつもりでいたまえ」
「……はい。分かりました」
「君はどうして私たちのやり取りを知ってるのかね?もっとも、会話しか知らないようだから盗聴器を使ったんだろうけど、盗聴器の場所はどこだい?」
「先輩の仰るとおり、盗聴器を使いました。仕込んだ場所は『ケンジ』の頭の部分です」
「ほう。『ようこさま』を囮にしたというわけか。見事だよ。で、どうして『ケンジ』の頭の中に入れたんだい?」
「それはですね、先輩にばれたとしても取り除けないと踏んだからです。絃子先輩には『ケンジ』を裂いて盗聴器を取り除くことは出来そうにないと思ったので」
「君の言うとおりだよ、葉子。私には『ケンジ』を切り裂くなんて可哀想な真似は出来ないからね。いや、実にいい手口だ」
「そうですか?褒めてもらえて嬉しいですね」

褒められたことが嬉しくて、葉子はつい調子に乗ってしまった。
しかし葉子の身体は危機を察知してか、少しづつ絃子との間合いを取り始めていた。
そして美術室のドアの近くまで辿り着いた。
絃子は当然怒っていた。いくら何でも盗聴されれば誰だって怒るだろう。それが信頼していた葉子なら尚更のこと。
絃子の恐ろしい所は、怒りで自分を見失わないこと。既に冷静に葉子への報復を考え、実行に移そうとしていた。

「残念だよ、葉子。君に裏切られるなんて。でも安心したまえ。殺しはしないから。そうだ、病院のベッドで半年ほど休ませてあげよう。いいかな?」
「謹んで遠慮させて頂きます!半年もベッドの上なんて冗談にも程があります!今回のことは後日謝らせてもらいますから!では!!」
ガララララッ!
「……逃げたか。いいだろう。鬼ごっこの開始といこうじゃないか」

こうして葉子と絃子の鬼ごっこは幕を開けた。





葉子は必死に逃げた。ただし、顔は普段通りの穏やかな顔のまま。足取りはそれとは対照的にとても速いものだった。
すれ違う生徒達は何事かと思ったが、話かけることは出来なかった。今の葉子には話かけづらい雰囲気が漂っていた。
そんな中、真面目な一人の教師が話しかけてきた。

「笹倉先生。どうゆうつもりですか?朝礼に出ない、授業もしてないとは……。それでは生徒に示しがつきませんよ?いいですか、そもそも……」
「邪魔です!」
スパーーーーン!!!!
(な、何故……?)

葉子の右ストレートまともに喰らい、宙を舞いながら真面目な一人の教師はどうして殴られたのか考えていた。そしてそのまま、気を失った。
殴った当の本人の葉子は、誰を殴ったのか分かっていなかった。ただ鬱陶しいという理由だけで殴っただけだった。
実は葉子は逃げてから一度も絃子に捕まっていなかった。
時には空き教室に立てこもり、時には授業中の教室に入り窓から逃げた風に見せかけてその隙に逃げたり、時には生徒の格好をしたりと必死だった。
疲れながらも周りに人がいないことに安心した葉子だが、後ろから殺気のようなものを感じた葉子は慌てて後ろを振り返った。
いつの間にか葉子を狩る立場にある絃子がそこにいた。右手にはエアガン、左手にはサバイバルナイフを携えて。
それでもまだ距離があり、逃げ出すことも出来たが絃子の口が動いてることに気付いた葉子は、その動きを観察してしまった。

「なになに……?み・つ・け・た・い・ま・か・ら・ぜ・ん・ご・ろ・し・だ。全殺し?何でグレードアップしてるの?!すぐ逃げないと!!」

病院に入院するくらいにしておこうと思った絃子だったが、葉子の往生際の悪さに半殺しを止めて完全に殺しておこうと考えを変えたのだ。
半殺しにされると分かっていて大人しく受け入れる人間がいるわけがないのだが……
葉子は慌てて絃子の視界から逃げるように全速力で走った。
そして偶然にも保健室の前まで来ていた。迷わず保健室へと入っていった。そこが葉子の最後の場所になるとも知らずに……





葉子が保健室に来る前、保健室の主でもある妙は暇を持て余していた。
いつもなら誰かしら保健室を訪れるはずなのだが、最近はそれが少なくなっているのだ。
原因は『けんじくん』にあった。妙が赴任してきた当時は、妙目当てで男共が意味も無く保健室に通っていたが、『けんじくん』を作ってからは男が利用することが少なくなっていた。逆に女性徒の利用者が増えてはいるのだが……。そのどちらも『けんじくん』のせいだった。
男の間では既に妙が播磨の毒牙にかかったとの噂が広まり、『けんじくん』は手を出したら殺すという意味の警告になっていた。
一方、女性徒の間では『けんじくん』の可愛さが受けが大変よく、入りやすくなっていた。妙に恋愛相談をする女生徒が増えてきているのだ。
男共の理由は播磨にとっては非常に不名誉なことではあるが、そのことを本人が知らないことはある意味平和だった。

「あ〜あ、今日はヒマだな〜。ハリオも遊びに来てくれないし、退屈ね」
「どうして今日に限って怪我人も病人もいないのかしら?私の仕事がないのは嬉しいけど、やっぱり寂しいわね」

妙は少し拗ね気味に『けんじくん』の頭を指で弾いた。勢いがそれ程強くないのか倒れることはなく、少しぐらついただけだった。
ちょうどその時だった。来訪者が現れたのは。

ガラララッ!!
「誰かな?……ってあら、笹倉先生じゃないですか。どうしました?珍しいですね」
「お願いします!黙って私を絃子先輩から匿ってください!殺されます!」
「……どうやら訳ありのようですね。分かりました、引き受けます。ただし一つお願いがあります」
「はい、なんでしょうか?」
「私が笹倉先生を刑部先生から匿ってる間、決して窓から逃げるとかしないで下さい。いいですか?」
「分かりました。約束します」
「じゃあ、ベッドの下に隠れていてください。あとは私が何とかしますから」

妙に言われて葉子はベッドの下に潜り込んだ。息を潜めて見つからないように必死に……
葉子が隠れて少しして、絃子が保健室までやって来た。

ガッシャーーーーン!!!
「あらあら、どうしたんですか刑部先生?ドアをノック代わりに蹴り破るなんて」
「すみません姉ヶ崎先生、ここに葉子が来てませんか?」

ドアを蹴り破って入って来た絃子に妙は、特に驚く様子もなく対応した。
絃子も特にドアを破壊したことを気にすることなく妙に話しかけた。

「ええ、いますよ」
(えーっ!!何あの人、匿う気ないじゃない!!)
「そうですか。では引き渡してもらえますか?」
「それは出来ません」
「どうしてです?このことは貴女には無関係のはずです。さあ、大人しく葉子を渡してください」
「確かにそうかもしれません。でもここで人殺しをして一番悲しむのはきっとハリオです。ハリオを愛してるのなら、ハリオを悲しませないで下さい」
「姉ヶ崎先生……」
「それにこのコもそれを望んでいますから」

そう言って絃子の目の前に出てきたのは『けんじくん』だった。
『けんじくん』のつぶらな瞳を見ているうちに、絃子は毒気が抜かれたように怒りを鎮めた。
絃子から殺気が無くなったのを察知した葉子は、ベッドの下から出てきた。

「ありがとうございました、姉ヶ崎先生。一時は見捨てられたと思ってヒヤヒヤしましたよ」
「ここで殺人なんて洒落にもなりませんから。でも笹倉先生、どうして刑部先生に追われてたんですか?」
「それは葉子が私と拳児くんのことを盗聴してたからですよ。拳児くんそっくりのぬいぐるみを使って」
ピクッ!
「……へぇ。ハリオそっくりのぬいぐるみを盗聴なんかに利用したんですか?笹倉先生、それはいけませんよ?」
「あれ?姉ヶ崎先生、怒ってます?」

妙の肩が動いた途端、妙の怒りのボルテージが上がっていることに葉子は気付かなかった。
播磨をネタに盗聴したことが原因ということにも気付いていない様子。
この後すぐに妙から葉子を地獄に突き落とす言葉が聞こえてきた。

「……刑部先生。笹倉先生のこと、あとはお願いします。半殺しくらいなら私が上手く誤魔化しておきますから心おきなくやっちゃって下さい♪」
「え?え?え?何でそうなってるんですか?」
「刑部先生の気持ちが分かったんですよ。同じハリオを愛する同士として。ハリオを利用さえしなければ痛い思いはしなくて済んだんですけどね」
「そうゆうことだよ、葉子。命があるだけでも儲けものだと思ってくれたまえ」
「いーーーやーーーー!!誰か助けてーー!!」
ガガガガガガガガ!!ザシュッ!ベキベキベキ!ドゴッ!ボキッ!グシャッ!
「…………やらなきゃよかった、ガクッ」

後悔の言葉を残して葉子は意識を失った。
葉子の惨状に目もくれずに、妙と絃子は保健室を後にした。

「ところで刑部先生、ハリオは今日どうしたんですか?」
「拳児くんなら今日は風邪を引いて休んでます。私を看病してくれたせいでしょう」
「じゃあ、学校が終わってからお見舞いにいってもいいですか?」
「……ああ、構わないよ。君なら歓迎するよ、妙」
「え?今、妙って言いませんでした、刑部先生?」
「そうだよ。私たちはライバルでもあるけど、もう友達みたいなものだから敬語は可笑しいだろ?だから妙も私のことは名前で呼んでくれていいから」
「……分かりました。これからもよろしくお願いしますね、絃子さん♪」
「こちらこそよろしく。ところで保健室の葉子はあのままでいいのかい?」
「そのことなら大丈夫です。今さっき、救急車呼んでおきましたから。あとはプロに任せましょう」
「それもそうだね。じゃあ、拳児くんのお見舞いと看病をしに行こうか」
「ええ、楽しみですね♪」

妙と絃子はそのまま、学校を早退して播磨の元へと向かった。
学校側には何も告げなかったので無断早退という形になっていた。
葉子は救急車が来るまで、地獄の苦しみといいようのない孤独感を味わいながら待つことになった。





なお、余談ではあるが葉子の容態は「全治一週間」ということだった。ちなみに今は入院中。
絃子曰く、「本当なら全治2ヶ月くらいのダメージは与えておいたはずなんだが……」とのこと。
ベッドの上で懲りることなく、次の計画を立てているのはここだけの話である。





【終了】















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