ぬいぐるみパニックの続きの続きです。 ( No.2 ) |
- 日時: 2005/10/07 14:57
- 名前: ウエスト
- 葉子が絃子を盗聴するにあたっての準備をしている内に辺りは暗くなっていた。食事やら増血剤やら栄養ドリンクを買い込んでいたのだ。
食事と栄養ドリンクは今日と明日のための栄養補給、増血剤は絃子に萌える余りに鼻血を出しすぎて貧血になる可能性を考慮しての予防策だった。 盗聴するために使う部屋のマンションの前に辿り着いた葉子は、周囲を注意深く見回した後、マンションの中へ入っていった。
「……フゥ。万が一、拳児君か絃子先輩に見つかったら水の泡だわ。でも居なくて助かったぁ、ホント」
実は葉子が借りていた部屋は、絃子たちのマンションにあった。 本来の使用目的は、一人で集中して作品を仕上げるために借りていたものだった。絃子と同じマンションなのは、近くに絃子がいる安心感を得るため。 まさか盗聴するために使うことになるとは、葉子本人も夢にも思っていなかった。が、今はそのために借りたと思ってきている葉子だった。 葉子が借りている部屋は、絃子たちの部屋とは対照的に一階だった。何か逃げるためには都合がいいと考えて一階を選んでいた。 自分の部屋の前に着いた葉子は、念入りに辺りを見回し、部屋へと入っていった。
カチャ。キィ〜〜……バタン。ガチャ。ガチャン。
葉子は入ってすぐにドアの鍵を閉めた。そして、迷わずリビングへと向かった。 着替えは最初からこの部屋にあるので、衣服は持っていなかった。重そうな荷物をリビングの机の上に置いた。 最初にすることは決まっていた。着替えではなく、盗聴である。
「さ〜て先輩は今、何をしてるのかな〜?じっくり聞かせてもらいますからね♪」
意気揚々と受信機の電源を入れた葉子。だが、受信機から返ってくる音は何もなかった。
≪…………≫ 「あれ?部屋にいないのかな?私よりも先に学校を出たはずなのに……。ひょっとして盗聴器が壊れた?でも盗聴器の寿命はまだ先のはず……」 「まだ帰ってないんだわ。受信機の有効範囲内にいないと考えるのが妥当ね。だったら今は待つだけしか出来ないわね。今のうちにシャワーでも浴びよう♪」
まだ絃子が帰ってないと判断した葉子は、これからの盗聴タイムのためにシャワーを浴びて待つことにした。受信機の電源はつけたままで。
≪……だいま、拳児くん。今日は帰ってたんだね≫ ≪遅かったな、絃子。んで、その手に持ってる袋は何だ?何か作るつもりなのか?≫
シャワーを浴びて身体をリフレッシュさせた葉子は、受信機から声が聞こえてきたので慌てて受信機を掴んだ。 葉子がシャワーを浴びているうちに、絃子が帰ってきたのだ。
「何とか間に合ったのかしら?絃子先輩の口ぶりからすると、今さっき帰ってきたばかりだから聞き漏らしはないようね」
途中からと思っていた葉子は、まだ始まったばかりだと知って安心した。 そして、何故か姿勢を正して受信機からする声に耳を傾けた。
≪ああ、たまには私が料理しようかと思ってスーパーで買ってきたんだ。拳児くんも夕食はまだだろう?材料が勿体ないから君の分も作ってあげるよ≫ ≪それなんだけどよ、もうメシはカップ麺で済ませちまったからいらねーんだ≫ ≪そうか……。だったら料理はまた今度にするか。それに何だか疲れたからもう寝るよ。拳児くん、戸締りよろしく≫ ≪分かった。……それと悪かったな。せっかくメシを作ってくれるってー時に、先に食っちまって≫ ≪君が謝ることじゃあないよ。私が勝手にやろうとしてただけだ。それにあくまで君の分はついでだよ、ついで≫ ≪へいへい。わーってるって≫ ガチャ、バタンッ。 「どうやら絃子先輩、今日は拳児君に手料理をご馳走したかったようね。しかし拳児君もあそこは素直に申し出を受け取って欲しいところよね、全く!」
受信機から聞こえてきた絃子と播磨の会話を聞いていた葉子は、一人でさっきの播磨の態度に文句を言っていた。 かと思えば、今度は絃子の態度について分析を始めた。
「でも先輩って拳児君のこととなると、やけに慎重なのよね。いや、あれは消極的っていった方が正しいわ。……そこもまた、可愛いんだけど♪」 「せっかく絃子先輩と拳児君の2人っきりのディナーの様子を聞けると思ったんだけど、残念ね」 ≪ハァ……。拳児くんと一緒に夕食を食べたかったなぁ。慣れないことをしたのがまずかったんだろうか?≫
いつの間にか、受信機から絃子の声がしていることに気付いた葉子はすぐに受信機に注意を向けた。
≪もっと素直に言えば良かったかもしれない。姉ヶ崎先生の素直な性格が羨ましいよ、本当≫ ≪でも私が拳児くんに「好き」って言ったら彼は困るだろうな。彼が好きなのは私じゃない、塚本天満くんなんだから……≫ ≪なあ『ケンジ』、私は一体どうすればいいと思う?……ってぬいぐるみに言ってもしょうがないか。答えてくれるわけでもないのに≫ 「告白しちゃいなさい!!そして押し倒して既成事実を無理矢理にでも作ればいいんです!!……ハッ!いけない、ついつい夢中になってしまって」
ぬいぐるみに話しかけるという、絃子らしからぬ行動が葉子のツボに入ったようだ。それにより、暴走しかけていた。だが、すぐに自分を取り戻した。 楽しむ立場の葉子としては理性を失いたくなかった。最後まで自分を保ったまま、絃子のことを盗聴したかった。
「あれ?さっきから先輩の声がしない……。ひょっとして今は部屋にいない?盗聴器がばれるとは考えにくいし、ばれても先輩には取れないはず……。とりあえず待つとしますか」
半暴走状態の間に絃子は部屋からいなくなっていた。 盗聴器が取り除かれる心配を全くしていない葉子は、絃子が部屋から戻ってくるまで待つことにした。 その間に腹ごしらえをすることも忘れていなかった。 そうして待つこと30分、部屋のドアが開く音が聞こえてきた。
ガチャ、バタンッ。 ≪ふうっ、さっぱりした。今日も私の湯上がり姿を見て拳児くんは顔を真っ赤にしていたな。全く、いつもながら飽きの来ない反応をしてくれる♪≫ 「そっか、シャワーを浴びてたのね。私も見たいなぁ、絃子先輩の湯上がり姿。拳児君ばかりずるいわよね」
絃子の湯上がり姿を見られなかったことが悔しかった葉子は、その悔しさを播磨にぶつけていた。八つ当たり以外の何物でもない…… 常に自分を見失わないようにしていた葉子だったが、次の絃子の言葉に我を失くすこととなる。
≪それにしても今日は本当にかわいい反応だった。やっぱり、拳児くんのYシャツと下しか穿いていないこの格好のせいかな?≫ 「……それっていわゆる裸にYシャツっていう格好のこと?絃子先輩の裸にYシャツ……」 ボタボタボタボタ……
絃子の何気ない自分の格好の吐露に、葉子の理性は崩壊気味だった。その証拠に鼻血がしたたり落ちてることに全く気付く気配がない。 ちなみに絃子の格好だが、Yシャツのボタンは胸の谷間が見えるくらいには留めている。フルオープンは絃子には無理だった。妙になら出来そうだが……
≪ふわぁぁあ……。今日は少し体がだるいな。疲れてるんだな、きっと。さて、『ケンジ』と一緒に寝るか。『ようこさま』は地面を見ててもらおうか≫
疲れのせいか、体がだるさを感じていた絃子は『ケンジ』を抱きかかえて眠りについた。 その際、『ようこさま』は顔を床に向ける形で置きっ放しにしておいた。 『ようこさま』の扱いを聞いた葉子はようやく自分を取り戻した。
「なんだ、先輩もう寝ちゃうんだ。これから楽しくなりそうって時に寝るなんて勿体ない。でも、『ようこさま』も一緒にして欲しかったなぁ……」
葉子は絃子が予想よりも早く寝ることに不満気味だった。 しかし、葉子にも眠気が襲ってきた。絃子の頼みごとのせいでろくに寝てなかったのだ。
「ふわぁぁぁあ……。そういえば私もぬいぐるみ作りでまともに寝てなかったんだ。先輩も寝ちゃったし、私も寝よう」
これ以上、起きていても絃子を盗聴できないと判断した葉子は、自分も眠りにつくことにした。 収穫がないことも眠る理由だったが、それ以上に葉子自身も眠りにつきたいことも事実だった。 こうして葉子と絃子は、そのまま眠りにつくことにした。
「ん〜、よく寝た〜。今、何時かしら?時計、時計っと……。あった。どれどれ……ウソ、もう昼の2時過ぎてるじゃない!!」
起きてみて葉子はビックリした。いきなり時計が2時を表していたからだ。 昼と分かったのは外が明るかったから。真っ暗な空で午後2時というのは日本ではまず無い。 寝起きのいい葉子は、あることの確認を始めた。そう、盗聴の対象の絃子の所在である。 すぐに受信機の電源を入れた。まず最初に聞こえてきたのはドアをノックする音と播磨の声だった。
コンコン。 ≪おーい起きてるかー、絃子。もう昼だぜ。いい大人なんだから寝っ放しはみっともねーぞー≫ ≪うぅん……。おはよう、拳児くん。……一人じゃ起きられない、君が起こしてくれないか?≫ ガチャ、バタンッ。 ≪……ったく、それくらい自分で……ってうおっ!お前、何て格好してんだ!≫
昨日の絃子の姿をすっかり忘れていた播磨は入って早々、驚いた。 上半身を起こして、裸にYシャツの格好をした絃子がそこにいたからだ。おまけに寝起きのせいか、服に多少の乱れがあった。 天満にしかときめきを覚えない播磨でも、今回の絃子の姿には心臓の鼓動が早まるのを感じていた。 おまけに『ケンジ』を抱きかかえてるせいか、可愛らしさも加わって天満と同格にまで見える始末。 一方の絃子は、まだ寝ぼけてるのか、自分の姿に全く気付いていない。ボーっとしてるのか、播磨が自分の部屋にいても、何も感じなかった。 すると何を思ったのか、播磨が絃子を驚かせる行動に出た。
≪ちょっといいか?そのままにしてろよ≫ ≪ん〜?いいよ〜。……あれ、拳児くんの顔が近くに見える気がする……ってうわっ!!け、け、拳児くん、君は一体何してるんだい?≫ ≪何ってそりゃお前、いつもしてることじゃねーか。今さら慌てることでもねーだろ?≫ ≪むぅ……。確かにそうだが、君からというのは初めてだからな。つい……≫ ≪分かったら大人しくしてろ。いいな?≫ ≪うん、分かった≫
播磨の顔が近くにあった絃子は驚きのあまり、後ずさって距離を置いた。しかし今日の絃子はやけに素直で、播磨の言うとおりに大人しくなった。 2人の会話を聞いて、葉子はいきなりテンションが高くなった。 会話から色々と想像したのだろう……。絃子の告白に嬉しさと戸惑いの気持ちが現れていた。
「うっひゃー!絃子先輩と拳児君って隠れてそんなことする関係だったの?知らなかった……。しかもいつもは先輩からってことは主導権は先輩なの?」 ≪……んっ。よし、もういいぞ≫ ≪ふぅ。久々で緊張した。少しドキドキしてるよ≫ ≪確かに火照ってる感じがするな。いや、どちらかというと熱かったな。……ちょっと待ってろ≫ ガチャ、バタンッ。
葉子が一人で盛り上がってるうちに、播磨は絃子の部屋から出ていた。 部屋に取り残された絃子は、ようやく目が覚めたのか自分の姿を改めて見直し、恥ずかしさがこみ上げてきた。 そして播磨が戻ってくる前に、Yシャツのボタンを上の一つを残して全て留めた。 ちょうどその頃、播磨が戻ってきた。今回は特にノックもせずに入って来た。
ガチャ、バタンッ。 ≪ほら持ってきてやったぞ。飲めよ、早く≫ ≪ううっ……。飲まないとダメかい?苦手なんだよ、この苦いの≫ ≪我慢しろ。諺にもあるだろ、良薬口に苦し、って≫ ≪分かってはいるが、君のそれは苦すぎるんだ。だから、その……≫ ≪いいから言うことを聞いてくれ、頼む≫ ≪しょうがない、今回だけだぞ。ほら、貸したまえ。一人で出来るから≫
あたかも播磨に主導権があるようなやり取りに、葉子は混乱気味だった。 先程は絃子が主導権を握ってるかと思えば、次は播磨が主導権を握っている感じだ。 混乱+興奮で葉子は思考回路がおかしくなっていた。ただし、本人は気付かない……
「まさか先輩にあんなこと強要するなんて、見損なうべきか感心すべきか迷うわね」 「いいえ、拳児君の今回の行動は酷いわね!純粋無垢に近い絃子先輩をいじめるなんて!今度会ったら説教してやるんだから!!」 ≪ゴクゴク……プハァ!……苦かった≫ ≪まあ、これでひとまずは大丈夫だな。文句言うわりには全部飲んでんじゃねーか≫ ≪拳児くんが子ども扱いするからだ。全く、こういう時だけ大人ぶって……≫ ≪こういう時じゃねーと優位に立てねーからな。大目に見てくれよ、な≫ ≪やれやれ……。こうゆうのも悪くないからいいけどね≫
葉子が憤慨してる間にも絃子と播磨の2人っきりの時間は進んでいた。 何だかんだいって播磨が主導権を握っていた。日常では絶対に絃子が主導権を握るだけに、これはとても稀有なことだった。 いつもの葉子ならこのことが新鮮に映るのだが、今回はそんな余裕はなくなっていた。 そしてその余裕は播磨の言葉、そして絃子の返事によって全て奪われることとなる。
≪ベタベタだな、もう。絃子、脱いだほうが良くねーか?≫ ≪う〜ん、確かにそうだね。分かった、脱ぐよ。脱ぐから後ろを向いててくれないか?≫ ≪お、おぅ≫ 「絃子先輩と拳児くんが……。まだ2人は早すぎるというのに……ああっ!」 グラッ、ドサッ。ボタボタボタボタ……
2人の関係を見た葉子は一足早く結論を出し、その結果から目を逸らすように気絶することを選んだ。 鼻血が出ていることにも気付かぬまま…… 気絶してから僅か10分で目覚めた葉子。今回は現実を全て受け入れる決意だ。ちょうどその時、絃子は播磨のお願いどおり、Yシャツを脱いでいた。
≪脱いだな、絃子。準備はいいか?こっちは大丈夫だぞ≫ ≪ああ、こちらもOKだ。よろしく頼むよ、拳児くん≫ ≪初めてだから上手く行くかわかんねーぞ。それでもいいのか?≫ ≪私だって初めてだよ。だから身体の力を抜いて。自分のペースでいいから≫ ≪……分かった。じゃあ、行くぞ≫ ≪痛っ!……拳児くん、痛いよ。少し優しくしてくれると嬉しいんだが……≫ ≪悪ぃ。……力加減はこれくらいでいいのか?≫ ≪うん、これくらいがちょうどいいかな。むしろちょっと気持ちがいいくらいだ。意外と上手いじゃないか。私以外にもしたことがあるんじゃないのか?≫ ≪バ、バカ!そんな訳ねーだろ!初めてだ、初めて!人をからかいやがって……。そろそろ続きを始めるぞ。いいな?≫ ≪すまないね。私のために拳児くんがしてくれることが嬉しくてつい……。続きだね?いいよ、君のペースでいいから≫
結局、葉子はこの2人のやり取りを最後まで聞くことが出来なかった。 どうやら絃子と播磨のやり取りに、純粋なハートが耐え切れなかったようだ。 このまま鼻血を出しながら、葉子は再び気絶することを選んだのだった。
どれくらい経ったのかは分からないが、辺りは暗くなっていた。 受信機から聞こえてきたのは、絃子と播磨の声だった。その声で葉子は気絶から立ち直った。
≪拳児くん、今日はこのまま手を繋いでいてくれないか?今日だけでいいんだ≫ ≪珍しく弱気だな。どうしたんだ、一体?≫ ≪こうゆう時は弱くなるものだよ。それくらい察したまえ。それとも、女性に甘えられるのがそんなに嫌なのか?≫ ≪嫌じゃねーよ。……ったく。今日だけだからな!だから安心して寝てろ≫ ≪ありがとう。最後までわがまま聞いてくれて。お休み、拳児くん≫ ≪ああ、おやすみ。……しっかし俺そっくりの人形があることがびっくりだぜ。絃子のやつ、何に使うつもりなんだ?≫ ≪何だ、知りたいのかい?≫ ≪うおっ!!起きてたのか?大人しく寝てろってーの!≫ ≪そのぬいぐるみの使い道、君の身体で教えてあげよう。このまま、大人しく私に抱きしめられたまえ≫ ≪アホかーーー!!そんなこと出来るかーー!!結局最後までらしくねーことばかり言いやがって。明日からは元通りの絃子に戻れよな。じゃねーと、調子が狂っちまうからな≫ ≪さぁ、どうだろうな?それは君次第だよ、拳児くん。では今度こそお休み。手は握っててくれよ≫ ≪わーってるって。おやすみ、絃子≫
播磨の最後の言葉を聞いて、葉子は受信機の電源を切った。 次に葉子は空腹を満たすために食事を取り、鼻血で失った血を補うべく増血剤を飲み込んだ。 とりあえずの応急的処置を済ませた葉子は絃子のためのお祝いの赤飯を作るべく、部屋を後にした。 どうやら葉子は2人の新しい門出を祝うことにしたようだ。
「2人が私を置いて2人だけの関係を作ったのは寂しいけど、ここは素直に祝福させてもらうわ♪」
そしてその後、葉子は激しく後悔することになる。 冷静に推理、考えられなかったこと、ばれる危険を冒してでもカメラを取り付けなかったのかを。 起きながらにして葉子は悪夢を見るはめになるのだが、それは少しだけ未来のお話。
【続く】
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