ぬいぐるみパニックの続きです ( No.1 ) |
- 日時: 2005/09/27 12:55
- 名前: ウエスト
- 絃子の理不尽な頼みごとを聞いた葉子は、ぬいぐるみ作りのための準備を始めた。
その際、自分の企みを実行するための準備も怠っていなかった。葉子にとってはむしろ、メインはこっちだったりする…… ぬいぐるみに使用する布地に綿、ちょっとした細工に使うためのマジックテープの購入は頼まれたその日に購入した。 悩んだのはぬいぐるみのデザイン。絃子から聞いた妙の手作りの『けんじくん』の特徴は記憶済みで、それとかぶるのだけは避けた。 仕方なく葉子は、先に『けんじくん』を作ることは止めて、絃子に渡すもう一体のぬいぐるみ作りに取り掛かった。こちらはその日のうちに完成させた。 葉子の企みに必要な物の調達は、次の日に行なわれた。ちなみに、調達の方法はこんな感じである。
「ねぇ、○○くん。絃子先輩の写真を無断で撮った件についての報復、まだだったわね?」 「……え?だって、あの件は刑部先生の写真とネガの没収で丸く治まったんじゃ……」 「あれは当然の報酬よ?無断で写真を撮ったことの罰はこれからだから♪でもまぁ、私が言ったものをくれたら不問にしてあげるわ」 「もし、断ったら……どうなるんでしょうか?」 「ヌードモデルになってもらうだけよ。ただし、作品は出展するし、絵は細部までリアルに描かせてもらうから。そう、リ・ア・ルに♪」 「わ、わ、分かりました!!喜んで協力させていただきます!!で、何を持ってくればいいんでしょうか?」 「簡単よ。盗聴器、持ってるでしょ?出して♪」 「い、いや、確かに持ってはいますよ?でもいいんですか、教師がそんなもの使って?」 「○○君、君は黙って私の言うことを聞いてればいいの。それとも何かな、君は今から石膏を塗りたくられて、未来ある残りの人生を石膏像として生きたいの?」 「す、す、す、す、すみませんでした!!!これ、さっき言ってた盗聴器と専用の受信機です!!せ、説明書も渡しておきますから!あとは先生に任せます!じゃ、僕はこれで失礼します!!返品しなくていいです!!」 「そ、ありがとう♪それと、今後は刑部先生の写真を撮ってもいいからー。……ってもういないか」
被害生徒の名前はここでは伏せておいた。本人の名誉のためとあまりにも可哀想なので。 その生徒と話してるときの葉子の顔は、最後まで笑顔だった。 盗聴器を手に入れた葉子は、早く『けんじくん』を完成させようと決意を新たにした。 なお、その被害生徒はしばらく女性の写真を撮ることを自粛した。葉子の恐怖から立ち直るまで、それは続いたらしい……
盗聴器を手に入れた次の日、絃子に頼まれてから2日後、葉子は『けんじくん』を完成させた。 本当なら会ってすぐにでも渡したかったが、楽しみは後にとっておきたい理由で、放課後に渡すことにした。 そして放課後、絃子と葉子は美術室に居た。絃子は『けんじくん』をもらうため、葉子は『けんじくん』を渡すためと企み実行の第一歩のために。
「葉子、約束のモノは出来たんだね?」 「ええ、それはもうバッチリ!これが頼まれてたぬいぐるみです♪」
そう言って葉子は播磨モデルのぬいぐるみを渡した。ただし、妙の作ったものとはデザインが違っていた。 髪の毛の部分はツンツンで、サングラスが顔に貼り付いていた。 絃子は渡されたぬいぐるみを見て、感動のあまり、声も出なかった。
「…………!…………!」 「声にならない喜びですね。そこまで喜んでくれると私も作った甲斐があります♪ちなみに名前は『ケンジ』です」 「…………!!」 「ああ、それとちょっとした細工もあるんです。サングラスの部分がマジックテープで止めてありますから取ってみて下さい」
葉子に促された絃子は、言われるがままサングラスの部分を取ってみた。中から現れたのは、実際の播磨そっくりの鋭い目だった。 妙が作った『けんじくん』のことを聞いていた葉子の、オリジナリティを追及した形だった。 サングラスの下の鋭い目を見た絃子は、たまらず『ケンジ』を抱きしめた。どうやら、完全に気に入ったようだ。ちなみに顔は幸せそうな笑顔で、葉子も見たことがないとても可愛らしい笑顔だった。なお、その可愛らしい笑顔を見たことがあるのは小さい頃の播磨だけというのはここだけの話。 葉子はそんな絃子の仕草全てがツボに入ったらしく、プルプル震えながら蹲っていた。鼻血も噴出寸前だったが、精神力で押し留めた。 ようやく葉子の挙動不審……もとい異変に気付いた絃子が心配そうに葉子に声をかけた。ただし、『ケンジ』は愛おしそうに抱えたままで。
「葉子、大丈夫かい?無理をさせてたようだね。すまなかった」 「いえ、そんな、いいんですよ。私が好きでしたかったことですから」 「葉子……」 (誰のせいだと思ってるんですか!貴女のせいですよ、絃子先輩!貴女がそんなに可愛いから、襲いたくなる衝動を抑えるのに必死なんですよ!!) 「ところで葉子、君が作ってきたもう一体はどこだい?」 「え?もう一体?……ああ、私が渡したかったものですね。はい、これです♪」
絃子にあまりにも夢中になりすぎたせいで、渡すべきもう一体の人形のことを葉子は忘れかけていた。 葉子本人も忘れかけていたことを、絃子が覚えていたことに葉子は少なからず驚いていた。 気を取り直して絃子にぬいぐるみを渡した葉子。しかし、絃子の反応は『ケンジ』を渡した時とは全く違っていた。
「……葉子。何かな、これは?」 「はい、『ようこさま』です。もしくは『マイスウィートハニー葉子』でも構いません♪」 「…………」
葉子が渡したかったぬいぐるみは、自分そっくりのぬいぐるみだった。 絃子の反応が冷たいのは『ようこさま』の容姿が気に食わないというわけでなく、ネーミングセンスのせいだった。 実際に『ケンジ』と『ようこさま』を見比べてみると、『ようこさま』が可愛いという人が多いくらいの可愛さは持っていた。 絃子はため息を吐いて、『ようこさま』を鷲掴みにした。
「フゥ……。葉子、窓を開けてくれないかい?」 「はい、分かりました」 カラカラカラカラ…… 「うん、ありがとう。さて、どこまで飛ぶかな?」 ブォン!! 「ちょ、ちょっと何するんですかーー!!」 ガシッ!! 「ほぉ、いい反射神経だ。ナイスキャッチ」
いきなり『ようこさま』を窓から投げ捨てようとする絃子を見た葉子は、『ようこさま』が窓からダイブする前に素早くキャッチした。 絃子のしたことに神経を疑いながらも、想定の範囲内として葉子は受け止めた。もっとも、万が一起こりうる事態としてだが…… 一方の絃子は、全く反省の色が無かった。何かしら不安を覚えての行動だった。
「いや、すまないね。君のことだからひょっとしたら何かとんでもない細工がしてあると思ってね」 「してませんよ、そんなこと」 (……って先輩、普段はそんな風に私のことを見てたんだ。当たってるだけに否定し切れないなぁ) 「そうだね。むやみやたらと後輩で友達の葉子を疑うのは良くないことだった。もう疑ってないから、そのぬいぐるみを渡してくれないか?」 「……疑ってないわりには何で盗聴発見器を持ってるんですか?」 「念には念を押してってことだよ。1%未満の可能性ってことも考えられるからね」 「分かりました。どうぞ気の済むまで調べてください。どうせ、何も出ませんから♪」
葉子の自信たっぷりな態度に怪しいものを感じた絃子だが、今はそれを気にすることはせずに盗聴器の発見に精力を傾けた。 その際、絃子は『ケンジ』を持っていなかった。大事そうに絃子のバッグの近くに置いていた。 絃子が時間をかけて念入りに調べた。その結果……
「……何の反応もなかった」 「ね?何もしてなかったでしょ」 「むぅ……」 「じゃあ、『ようこさま』を安心して受け取ってくれますよね、絃子先輩?」 「分かった。素直に受け取るよ」 「大切にしてくださいよ。帰って早々、燃やしたり捨てたりしないで下さいね」 「しないから、そんなこと。大事に飾らせてもらうよ」
絃子から安心できる返事をもらった葉子は安心した。 それとは逆に、絃子は言い知れぬ不安で一杯だった。 しかしそれを気にかける余裕は無かった。『ケンジ』の魅力のせいで、冷静さを無くしていた。今の絃子は早く『ケンジ』を愛でたい気持ちで一杯だった。 そんな絃子の心境を読み取っていた葉子は、絃子のためひいては自分の企みのために帰ることを促した。
「先輩、明日はお休みですからもう帰ってもいいんじゃないですか?私の用も終わりましたから」 「ふむ、それもそうだ。今日はもう帰るか……。それに『ケンジ』をもっと見て触りたいからな♪」 「では先輩、また学校で」 「ああ、さよなら葉子。今日は本当にありがとう」
そう言って、絃子は美術室を後にした。バッグの中に無理矢理押し込めた感じのある『ようこさま』と、大事そうに胸の辺りに『ケンジ』を抱えて。 幸せそうに歩いている絃子を何人の生徒と教師が見ていたが、誰も近寄ることが出来なかった。
絃子が去った美術室、葉子は満面の笑みをしていた。 どうやら企みがばれなかったことがとても嬉しかったようだ。
「よし!これで計画を邪魔するものは何もないわね。これで心おきなく絃子先輩の今日の行動を盗聴できるわ♪」
そう、葉子の企みとは『ケンジ』を渡して普段の絃子とは全く違う部分を引き出して、それを聞こうという単純なものだった。バレバレだったが…… 本来ならカメラを用意したかったところだが、時間に押されていたせいかそこまで頭が回らなかった。 しかし実はカメラを準備できなかった理由は別にもあった。
「カメラを設置して絃子先輩のメモリアルを撮りたかったけど、先輩ってやけに視線に敏感だからばれる恐れがあるのよねー」 「でもまぁ、普段聞けない絃子先輩の声を聴けるだけでも大収穫よね♪」 「さてと、盗聴器の説明書にも目を通しておかないとね。さて範囲は……ってこんなに狭いの?」
盗聴器の受信範囲の狭さを知って、葉子はショックを受けた。50メートル以内だったから。 しかし、葉子はめげなかった。それどころかいい機会とさえ思い始めた。
「もう少し範囲が広ければ安心できる隠れ家から盗聴できたけど、この距離なら先輩の部屋の近くに借りていた部屋から聴けるわね♪」 「よし、善は急げね。急いで部屋に向かいましょ♪」
葉子は気分を新たに、これから起こることに思いを馳せていた。 ただし、この先起こったことは葉子の予想しえなかったことだった。そのことが葉子本人の首を締めることになるのは少し先の話。
【続く】
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