ぬいぐるみパニック(葉子、絃子、姉ヶ崎、播磨)
日時: 2005/09/26 12:27
名前: ウエスト

注)このSSは葉子さんと絃子さんに限り、壊れ気味です。
  特に葉子さんのすることは犯罪なのでやめましょう。
  それでも大丈夫な人は先へとお進み下さい……





「葉子、『けんじくん』を作ってくれ」
「……はい?」

放課後の美術室、作品の整理をしようとした時に突然入って来た絃子の第一声に、葉子は呆然とした。
いきなり意味の通らないことを言われれば、誰だって呆然となるものだ。
我を取り戻した葉子は、絃子の言葉を理解しようと考え始めた。

(拳児君を作ってくれ?絃子先輩、一体何を言ってるのかしら?作るも何も拳児君は既に存在してるわけだし、ひょっとしたら別のものかな?)
「……先輩、拳児君を作ってくれってどうゆう意味ですか?話がサッパリ見えないんですけど」
「何を言ってるんだい?ぬいぐるみって言っただろう」
(言ってません、言ってませんから……)

絃子に言葉の意味を聞いた葉子だったが、絃子からの答えに脱力気味になった。
普段の絃子なら要領の得ない答えは決して返って来ない。が、播磨の事となると普段の冷静さが若干だが失われるようだ。あくまで若干……
つっ込みを言葉にしようと思った葉子だが、話をスムーズに進めるためにも、心でだけつっ込みを入れた。
あのプライドの高い絃子が理由もなく頼みごとをするわけがないと思った葉子は、今回の動機について聞いてみた。

「理由は何ですか?話してくれないと、頼みごとを聞きませんよ?」
「分かったよ、実はだね……」

絃子は特に躊躇することなく、今回の頼みごとの経緯を話し出した。
ただし、何故か語りは他人の口ぶりで……





4時間目辺りから頭痛に悩まされていた絃子は、昼休みに頭痛薬をもらおうと保健室に足を運んだ。
実は本当なら絃子は保健室のお世話になりたくなかった。正確には、保険医の姉ヶ崎妙の……
絃子は妙が苦手だった。自分には持っていない、あの温かな空気が絃子には合わないようだ。
しかしワガママを言ってる場合ではないので、絃子は苦手意識を押さえ込んで保健室のドアを開けた。

ガラガラガラ……
「誰かなー?……ってあら、刑部先生じゃないですか。どうしたんですか、今日は?」
「いえ、ちょっと頭が痛くて……。頭痛薬をもらえませんか?」
「分かりました。でもその前に何か食べました?保健室にある頭痛薬、食後に服用するものですから」
「それなら大丈夫。さっき、サンドイッチを食べてきましたから」
「そうですか。今、水を持ってきますのでそこの椅子に座ってて下さい」

妙に勧められた椅子に座った絃子。ふと目をやった机の上のあるものに、心を奪われかけた。
少しして、妙が水と薬を持ってきた。水と薬を受け取った絃子は、すぐに薬を水で流し込んだ。

「ングングング……フゥ。ありがとうございます、姉ヶ崎先生」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
(しかし、あの可愛い物体は何だ?聞きたい、ものすごく聞きたい!!しかし感情を出すわけにもいかない。ここは普段通りの態度で聞いてみよう)
「ところで姉ヶ崎先生、このホワイトボードを持ってる『コレ』は何ですか?」
「ああ、『このコ』ですか?」
(こ、こ、こ、こ、このコ??)
「保健室の留守番人形の『けんじくん』です。どうです、可愛いでしょ?」
「ええ、とっても……♪」

そう、絃子が気になっていた物体はホワイトボードを持っているぬいぐるみのことだった。播磨そっくりの……
播磨と違う部分があるとすれば、サングラスをつけていないことと目の部分。播磨とは違い、目は丸くて可愛らしいものだった。
あとはカチューシャにオールバックと、播磨を象徴するものだった。
おまけに名前が『けんじくん』と来れば、どう考えても播磨がモデルとしか言いようがない。
絃子は妙の『けんじくん』発言に、既にいつもの冷静さは消え失せていた。代わりに出てきたのは、播磨に対する素直な気持ちだった。

「あ、分かってくれます、この可愛らしさ。モデルはハリ……じゃなくて、播磨君なんです。留守番させるには安心ですから♪」
「そうですね、彼なら安心できます。でもそれ以上にこの愛くるしさは凶器ですね」
「そうそう、他にもこの『けんじくん』を可愛いって言ってくれる生徒が結構いるんです。ちょっとした人気者ですよ」
「分かります。でも、『けんじくん』も可愛いけど本人も結構可愛いですよ?」
「……初めて見ました、私と同じ意見を持つ人を……」
「当然です、私は拳児くんのことが大好きですから……ハッ!!」
「私もです。播磨君のこと、大好きです。……って、どうしたんですか?」

自分の言ったことに気付き、絃子はようやく我を取り戻した。しかし、播磨のことを大好きと言った後では遅すぎなのだが……
一方の妙は絃子がどうして呆然としているのかいまいち掴みきれてなく、心配そうに絃子の顔を覗き込んだ。
近くに妙の顔があることにビックリしながらも、絃子は普段通りの冷静な絃子に戻り、先の播磨のことを否定しようとした。
しかし、それは妙によって止められることとなる。

「……あの、姉ヶ崎先生。実はさっきの……」
「否定しなくていいです。私も否定しませんから。私たちはただ、一人の女として播……ハリオが好き。それで充分ですよ」
「姉ヶ崎先生……。ありがとうございます。気持ちが楽になりました」
「いいんです。気持ちを偽ることは自分自身も偽ることですから♪」

教師としては相応しくない言葉だが、絃子は妙の言葉に共感できた。妙と本心では同じ気持ちだったから。
そんな妙を見ていて、絃子は妙に対する苦手意識が無くなってることに気付いた。それ以上に仲良く出来そうな気さえしていた。
後輩で友達の葉子とは違い、なんでも気兼ねなく話せそうだったから。葉子の場合、それ以上に不安を覚えることもあったので……
絃子は『けんじくん』のことが気になったのか、妙に作った動機を聞いてみた。

「でも、どうしてまた拳児くんをモデルにしたぬいぐるみを作ったんです?」
「う〜ん、早い話が誰かに待っててもらいたかったんでしょうね」
「待っててもらいたかった?」
「ええ、実は私とハリオ、少し前まで一緒に住んでたんです。その時は帰ってくるとハリオがいてくれた。それだけで嬉しくて安心してたんです。でも今はいません。最近になってハリオとのことが懐かしくなって、それと同時に寂しくなってきて、寂しさを紛らわせようと『けんじくん』と作ったんです」
「そうだったんですか……。拳児くんがなかなか帰ってこないときに先生の家にご厄介になっていたんですね。彼の従姉弟としてお礼を言わせてください。あんなバカを少しでも世話してくれてありがとうございました」
「従姉弟?それに帰ってこなかったって……。刑部先生、2人はどのような関係なんですか?」
「あなたになら全て話しても大丈夫ですね。お話しましょう……」

そうして絃子は妙に、播磨との現在の関係を全て話した。従姉弟同士ということも今は保護の名目で同居してることも。
妙は驚いていたが、何となく察しはついていたので混乱することはなかった。
絃子は、妙の気持ちが分かったのか、自分の気持ちを語りだした。

「姉ヶ崎先生の気持ちは分かります。私は確かに拳児くんと同居してます。でも、帰って来ないときもあるので寂しいです。部屋に入れば拳児くんの写真が出迎えてくれますが、今は視覚よりも触覚が欲しいですから。『けんじくん』を持ってる先生が少し羨ましいですよ」
「あの、もしよろしければ一つあげましょうか?保健室に一つと自分のマンションに一つ、合わせて2つありますから」

突然の妙の申し出に素直に受け入れようとした絃子だったが、何を思ったのかその提案を断わった。

「お気持ちは嬉しいですが、自分で何とかします」
「……分かりました。でも、欲しくなったらいつでも言ってくださいね」
「ありがとうございます。私はそろそろ、職員室に戻ります。次の授業の準備もありますから」
「今日は本当に楽しかったです。また、ハリオのことでお話しましょう。それと、あまり無茶しないで下さい。薬を飲んでも安心とは言えませんから」
「ええ、拳児くんに心配をかけるわけにはいきませんから。では、失礼します」

そうして絃子は保健室を後にした。
思いがけないこともあったが、気分はとても晴れやかだった。





「……というわけで、これが理由だ。分かってくれたかい、葉子?」
「ええ、理由は大変よく分かりました。絃子先輩がうっかりミスをしたことも。でも、それが私とどんな関係があるんですか?」

葉子の主張はもっともだった。この話を聞くかぎりはどう考えても絃子が『けんじくん』を作る展開だから。
しかし、次の絃子の主張はワガママそのものだった。

「私はぬいぐるみを作るような器用な真似は出来ない!よって、美術教師である君の出番なのだよ、葉子」
「あの〜、ぬいぐるみはどちらかといえば家庭科の分野では?それに絵とぬいぐるみでは、全く違いますよ?」
「作るという分野では同じだろう?だったら断わる理由なんてないじゃないか!!」
(……先輩は何を言ってるんだろう?そんな無茶苦茶な理屈で納得できるわけないでしょ!断ろう……)

絃子の横暴極まりない要求に、葉子は絃子の頼みを断る決意をした。
だが絃子も葉子の扱いには慣れていた。きっちりお礼することも考えに入れていた。

「そうか、残念だ……。今度ヒマな時にでも、君の買い物に付き合ってあげようと思ったんだけどなぁ。拳児くんも一緒に」
(それってデートよね?しかも拳児君も一緒?なんて美味しいシチュエーション!!よし、断るの止めよっと♪)
「私でよかったらいくらでも協力しますから♪」
「ありがとう、葉子。持つべきものは頼りになる後輩だね」
(でも、ただぬいぐるみを作るのも芸が無いわね。…そうだ、楽しいこと思いついちゃった♪)

何かよからぬことを思いついた葉子は、絃子にある頼みごとをした。
その時の絃子は、ぬいぐるみが出来ることが嬉しかったせいか、葉子の企みには気付かなかった。

「先輩、私からも一ついいですか?なに、簡単なことなので安心して下さい」
「別に構わないよ。で、何だい?」
「ぬいぐるみを『けんじくん』ともう一体作ってもいいですか?そのもう一体も先輩が責任持って受け取ってください」
「そんなことでいいのかい?いいよ、それくらい」
「ありがとうございます。では、私は準備があるので失礼します。鍵は渡しておきますので、戸締りよろしくお願いしますね」

自分の本来の用事も忘れて、葉子はぬいぐるみ作りの準備に取り掛かった。
ぬいぐるみ作りの準備というよりも、ある企みの準備だったりするのだが……
葉子の頼みごとを安請け合いしたことが、絃子を困ったことに巻き込むことになるのはまだ先の話。





【続く】








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