はなはり(播磨、花井)その8 ( No.7 )
日時: 2006/02/12 20:34
名前: あろ


『はなはり その8』

 ほの暗い店内には、仕事帰りのサラリーマンとOLがちらほら。
それぞれ静かに飲みながら、夕の宴を楽しんでいる。
その立ち飲み屋で、絃子と葉子も向き合ってお酒を飲んでいた。

 モツ煮込みをつまんだあと、焼酎をきゅっと。
葉子は嬉しそうに頬に手をやって、ビールを飲む絃子に微笑んだ。

「二晩続けて誘ってくれるなんて嬉しいですよ、絃子さん♪」
「誰が誘ったって?………まあ、いいけどね。あんまり帰りたくなかったし」

 そういって枝豆を手に取ると、ため息を一つ。

「拳児君に迫られたとか?」
「ぷっ」

 枝豆が絃子の口から飛んでった。

「まったく、君というやつは」

 生徒なら震え上がらんばかりの(そして一部の生徒の属性を刺激する)絃子のキツイ流し目も、葉子には柳に風。
絃子もそれをわかっているから、苦笑して新しいジョッキを手にとった。

「だって帰りたくないなんて言うんですもん。絃子さんらしくないなあって。やっぱり拳児君のこととなると、いつもの絃子さんじゃなくなるのがいいですよね」
「………」

 葉子の言葉に、絃子はあえて肯定も否定もせず、代わりにジョッキを飲み干した。

「今日、拳児君の様子がおかしかったですよね。そのことと関係あるのかなあって」
「………いつもの拳児君ではないような気がしてね」
「確かに変でしたけど………いつもの(=変な)拳児君でしたよ? あ、焼酎おかわりお願いしまーす」
「うん、いつも変なんだが………なんだかおかしいんだよ」

 自分で言ってておかしい。絃子は自嘲するが、他にいいようがないのだ。見掛けは拳児君なんだが、まるで中身が別物のような………
そんなことを葉子に言ったって信じて貰えそうもない。

「何か怪しいことでも企んでいるんじゃないかと思ってね」
「彼はそんな子じゃないと思いますよ」
「やけに拳児君の肩を持つじゃないか」
「だって、拳児君ですから」

 根拠になっていない根拠だったが、葉子のキッパリとした物言いに、絃子も何だか笑いたくなってきた。

「そうだな。アイツはバカで出来損ないでワガママでどーしようもないけど、真っ直ぐで裏表のない、誇り高い男だったな」
「そうです。絃子さんが信じてあげなきゃ! あ、焼酎おかわりです」




 ザックザックザック……

薄暗い矢神神社の奥の林で、地面を掘る音だけが響いている。
絃子に誇り高い男だと信頼される、その播磨拳児は。



 花井春樹の死体を埋めるための穴を掘っていた。



 本当は七人全員で掘りたいところだが、一人しかいないので一人で穴を掘る。
ザックザックザック……
スコップを持つ手がかじかむ寒さだ。が、悠長なことは言っていられない。

「ちくしょう! ちくしょう!」(←ちょっと泣きそう)

 拳児は思った。
なぜだ? なぜ普通の高校生活を送っていたはずなのに、メガネの死体を埋めてんだ? 謎だ ああ 謎だ(つーか誰か助けろっ)

『君はいったい何をしとるんだ? さっきから』

………??
ふと手を止めて、播磨は辺りを見渡した。まさか目撃者か! それともサツか?
だが、誰の気配もない。側にはマヌケな顔で横たわるメガネの体があるだけだ。

『こらこら、僕だ花井春樹だ』

 そんなことを言われても、かつて花井と呼ばれたものは動いてはいないじゃないか。

「な、なんで頭の中にメガネの声が聞こえるんだ? も、もしかして幻聴か!?」
『何を言っている。僕はまだ君の中にいるぞ! 一体どーなってるんだ!』
「なァにーーーーー!!!」

 そ、そんなバカなことが!
そう思うが、花井の声はどうしたって頭の中で響いていた。幻聴かと思ったが、やけに生々しい。
自分の頭を叩いてみたが、ただ痛いだけだ。
播磨はがっくりと膝をおとした。

『こら播磨! 説明しろ! 僕はどうしてまだ播磨の中にいるんだ! 僕たちの命がけの大回転はどうなったんだ?!』

 頭いっぱいに叫ぶ花井の声に顔をしかめながらも、播磨は震える指で、大回転の結果を指差した。

『………うわぁぁぁ、ぼ、僕が死んでるぅぅぅ!』
「つーか、なんでテメーまだオレの中にいんだよ! 早く自分の体に戻れや!」
『そんなこと言ってもしょうがないだろ! 僕は戻り方なんてわからーん!』
「オレはこうやって戻れただろーが」
『コツを教えろ!』
「そんなもん知らねー! おれだって気づいたら戻ってたんだ!」
『ちょっと待て! それより僕は、いや僕の体はどうなる! このままでは腐敗してしまうのではないか?!」
「だから、こーして埋めてやってんだろーが」
「バカを言うなああああ!」
「頭ん中ででけー声だすな!」
『播磨ァ! 何とかしろ!』
「しらねーよ! さっさと出てけ!」
『何とかしてくれなければ、君の頭の中で24時間縦笛を吹く』
「やーめーろー」
『しかもゴッドファーザーのテーマ』

 はたから見れば一人で叫んでいるようにしか見えない、怪しいサングラス男。しかもスコップ片手にだ。
人気の少ない神社の裏だからいいようなものの、もしも人に見られたら間違いなく通報→任意同行→逮捕だ。

『と、とにかくこんなところを誰かに見られたら、僕たちはおしまいだぞ?』

 それに気づいたのが播磨本人ではなく花井というのも情けない話ではあるが。

「そ、そーだな、ひとまず………!」

 ドサ。
ふと横を向いた播磨が、全身を硬直させて石になってしまう。スコップも落としてしまった。
なぜなら、播磨のすぐ側でクールな高野晶さんがビデオカメラをまわしていたからだ。
 サーっと血の気の引く播磨。
それは播磨の中の花井にもすぐに察知できた。

『た、高野君ではないか! ま、まずい、しかもビデオまで撮ってるぞ!』
(い、いや安心しろメガネ。この女は、妙に鋭いときがある! きっと全部の事情もわかってくれてるはずだ! まえに二回ほど(二度目は助けられたっつーより助けたが)助けられた覚えがある!)
『本当か?』

 緊張の面持ちで、ジッと晶を見つめる播磨&花井。
晶は録画停止のボタンを押してカメラをバッグにしまうと、改めて播磨を見つめ返す。
そしてしばらく考え込んだかと思うと、わざとらしくポンと手を叩いた。

「人殺しだね、播磨君」



 だ〜め〜で〜し〜た〜



「つーか、なんで今日に限って見たまんまなんだよ! 洞察してくれマジで!」

 今にも晶に掴みかからんばかりの播磨だったが、本当に掴みかかったらヤバイ事態のような気がしてきた。
もしこの女が悲鳴のひとつでも上げれば、ジ・エンド。

『落ち着け播磨! ここで高野君に手を出したら言い訳のしようがない、なんとかごまかすんだ!』
「わかってんよ、クソっ………や、やあ塚本の友達さん。お散歩ですか?」

 晶は黙って播磨の肩を叩くと、下から彼の顔を見上げた。

「播磨君」
「お、おう」
「面会は何時から?」
「執行猶予なしかよ!!」
『播磨、未成年は保護処分だ』
「突っ込む所はそこじゃねークソメガネ!!」

 本当にはたから見てると、マヌケな播磨だ。一人で自分に向かって怒っている。
晶はそれこそ全部録画したい気分だった。DVD何枚分になるかしら―――しかし今は。

「冗談よ、播磨君」
「え?」
「播磨君がそんなことするはずないもの。信じてる」
「な、何だよ急に………」
『罠だ! 彼女はきっと何かを企んでる!』
「ちょっと静かにしてろメガネ」
「事情を訊かせてくれないかしら。きっと力になってみせるわ」
「………ホント?」
「ホント」
「………信じる?」
「信じる」
「………警察呼ばない?」
「呼ばない」

 Pi…Pi…Pi…

「じゃあ、なんで携帯かけてんだオメーわ!」
「これは警察じゃないわ。ちょっとメールに返事してたの」
「オメー、ぜってえ人の話聴く気ゼロだろ」
「まあ、落ち着いてこれでも飲んで」

 そういうと、晶はいきなり熱々のコーヒーが注がれたカップを、優雅に手渡す。
いい香りの湯気が播磨の鼻腔をくすぐるのは、サイフォンで入れた本格コーヒーだから。

「………どっからサイフォン一式持ってきた」
「茶道部だからね。さ、話して」

 そう促して、晶は自分のカップに口をつける。

「なんなんだよ」

 脱力した播磨だったが、仕方なく高野に乱暴ではあるが、経緯を説明し始めることにした。





「………つーわけだ」

 都合15分間に渡る播磨の力説を、高野は温かいコーヒーをすすりながら拝聴していた。
横から(中から?)花井が大声で補足するから、いちいち話しが中断したものの、何とか説明し終えた。

「なるほど。花井君が浮遊霊になって播磨君にとり憑いてるっていうわけね」
『人を悪霊みたいに言うな! 僕だって早く元に戻りたいんだ!』

 聴こえるわけはないのだが、一応花井は抗議の声をあげる。播磨の頭の中で響くだけだが。

「だったら、私も協力してあげるわ」

 晶の意外な発言に、思わず後ずさりする播磨。

「なにかしら、その態度は」
「い、いや何となく………」
「もっと面白い事態になって、余すところなくカメラに収めたいわ/大丈夫、心配しないで私はあなたの味方よ」
「あのー。心の声と外の声がステレオで聞こえてきたんですけど」
「………えっち」
「んだそりゃ!!」
「花井君、聴いてる?」
「ちょ、待てよオメー、何しやがる!」

 いきなり播磨の耳元に顔を近づけて囁く晶。冷たい吐息が耳にくすぐったい。
播磨は思わず赤面してしまう。

「花井君、あなたはどうなの」
『えー、だって君、その……高野君だろう? “あの”高野君なのだろう? 絶対なにか企んでると思うんだが。カメラがどうとか言ってたし』
(………確かにな、俺たちだけじゃまた失敗するのは目に見えてるが、これ以上かき回されたくねえ)

「あー、やっぱり俺たちの問題は俺たちだけで解決するぜ、あとちょっと離れてくれ塚本の友達」

 播磨に袖にされた晶は、無言で播磨から離れると、なにやら意味ありげに呟く。

「播磨君がこのままじゃ、塚本さんも悲しむだろうな(ボソ)」

 はぅあ!!
晶の呟きに驚愕の表情を浮かべる播磨。



播磨脳内試写室

天満「播磨君……好き……結婚してくれる?」
播磨「て、天満ちゃん! か、感動だ、抱きしめてもい――はっ!! 天満ちゃん、初めに君に言っておかなければいけないことがあるんだ……」
天満「なぁに?」
播磨「じ、実は俺………」
天満「えぇ!? 結婚すると今ならもれなく花井君もついてくるの? そんなのいやぁぁぁ!!」
播磨「天満ちゃん落ち着いてくれっ」
天満「きっと料理の味付けとかも二人して怒るんだ!」
播磨「ちょ、て、天満ちゃ――」
天満「老後はステレオでボケまくるんだわ! お爺さん夕飯はもう食べたでしょ? っていちいち二回も突っ込むなんてイヤー!」
播磨「ああ天満ちゃん! 脱兎のごとく逃げなくても!」



「メガネぇぇぇ!! ふざけんなテメー!!」
『な、なんなんだ君は、いきなり』
「いいからさっさと協力をあおぐぜ! 一刻も早く元に戻るんだよ!」
『それはそうなんだが………ええい、やむを得まい。毒をもって毒を制すと言うしな、よろしく頼むとするか』

「ぐほっ!」

 ふんぞり返った播磨のみぞおちに、晶は軽く一撃食らわせた。

「何しやがる!」
「失礼なこというからよ」
「俺は言ってねえ! メガネだ!」
『というか、なぜ僕の言葉がわかるんだ彼女は……』

「じゃあ、とりあえずいってみましょう」
「なにがだよ?」

 先ほどコーヒーを淹れるために使用したサイフォンで、再び水を沸騰させると、晶はそれを鍋に注ぎ込んだ。

「この中に拳をいれて、グーチョキパーを三回」
「できるかー!!」
「熱さでびっくりした花井君が、飛び出してくるかもしれない」
『僕をバルサンで焚いた虫扱いするんじゃない!』
「播磨君なら大丈夫、男の子だから」
「男の子のレベルを超えてんだよ! 沸騰してんじゃねーか! 殺す気かテメーはァ!」
「心外ね。一生懸命考えたのに」
「じゃあ、そのビデオカメラしまえ。撮る気マンマンじゃねーかよ、俺のおもしろ熱湯リアクションを」

 ホントにコイツに任せて大丈夫なのか?
不承不承といった体でカメラをしまう晶を見ながら、播磨&花井はため息をつく。

「ところで播磨君。コーヒー美味しかったかしら」
「え、あ、ああ。うまかったぜ………なぜそんなことを言い出す」
「………そろそろ時間のはずなんだけど」
「よーし、とりあえず訊きたいことは2,3あるが、まず初めに な に を い れ や が っ た? 」

 そんなこんなで、晶に散々遊ばれる播磨たちであった。



 ダッフルに茶色のマフラーをかけたサラが、息を弾ませて八雲の元へ駆け寄る。
毛糸の赤い手袋で頬を暖め、友人と会えた笑顔の彼女とは裏腹に、八雲の表情は沈んでいた。

「どうしたの? 八雲」
「うん……」
「寒いの?」

 そういって、サラは両手を八雲の頬に当てる。
親友の温かさに少し笑顔を取り戻した八雲であったが、やはりどこか暗い。

「とにかく、部長が言ってた場所に行ってみよ? 歩きながらでいいから何があったのか話して、八雲」
「……ありがとう、サラ」




「ちっくしょー、やっぱり元に戻れねーのか俺たちは!」

 弱音を吐いて大地に仰向けに寝っ転がる播磨。見上げれば満天の星空だ。
先ほどから晶の提案を散々実行しているのだが、まったくの徒労に終わる。

『すまん、播磨。皆目見当がつかんのだ。一体どうやれば元に戻れるのか! おのれ、自分がふがいない!』

 さすがに落ち込む播磨を見かねたのか、晶はキッパリと言い放った。

「取っておきの切り札があるにはあるんだけど」
「どうせまたろくでもねえもんだろが」

 うんざりした表情で、播磨は起き上がった。
いいかげん、こっちは死にそうだぜ。

「だけど、今日はもう来ないみたい」
「来ない? 誰か呼んだのか」
「ええ。続きは明日にしましょう。それより、解決方法が見つかるまで、花井君の遺体は隠した方がよさそうね」
『遺体っていうな!』

 ともあれ、晶の提案はもっともだ。
このまま寒空の下に遺棄したままでは、腐乱は遅らせることはできるだろうが、発見されやすい。
かといって、死体の隠し場所なんてあるのだろうか? 播磨は腕組みをして思いにふける。

「うーん……」
「サングラス」
「………は? なんだよいきなり」
「サングラス、ヒビが入ってるわ」

 晶の本当に唐突な言葉に、播磨は慌てて自分のサングラスを押さえる。

「あ、ああ、これは夕方メガネのやつが――ってうお!」

 気づけば、晶は播磨の間近にまで迫っているではないか。完全に間合いの中だ。
そっとサングラスに手をやる晶。危ないから取れば? とか何とか言ってるらしいが、播磨の耳にはまるで入っていない。

 こ、こいつ、近くでみると美人じゃねーか? ててて天満ちゃんほどじゃねーがな、うん。


 だけど播磨アイ起動!!


 それは当然のことながら花井にも伝わるわけで。

『ぬおお、なんだ播磨この視界は! 何事だ高野君のこのクオリティは! いますぐ止めろー!』
「だぁ、メガネ! てめードキドキすんな! オレまでおかしくなるだろーが!」


(うーん面白い)
 サングラスを取ってその素顔をカメラに収め、昼間の溜飲を下げようと思っていたのだが、思わぬ効果を導き出したようだ。
彼らの更なる奇行を引き出すべく、晶は直立不動のまま、いきなり真後ろに倒れてゆく。

「あ、倒れるー」(←棒読み)

『播磨、それは罠だァ!!』
「チクショー、わかってるけどしょーがねーだろがあああ!!」

 播磨は泣きながら、倒れ行く晶を抱きかかえると、そのまま雪の上に倒れこんだ。
当然、誰が見たって播磨が晶を押し倒す格好になる。誰が見たって。







「あの……何してるん……ですか……」






 晶にメールで呼び出され、やっと到着した八雲とサラが見たって………(続く)



おまけ
晶「ところで、君たちのことは何て呼べばいいのかしら」
播磨「は? 何て、って……好きに呼べよ」
晶「播磨君はそれでいいかもしれないけど、花井君を呼ぶときは困ったことになるわ」
花井『今の状態の僕のことを呼ぶ機会があるのかわからんが、そんなに困ることかね』
晶「花井君、って呼んでも見かけは播磨君なんだから周りが怪しむし、播磨君の中にいる花井君、じゃ長いし」
播磨「いや、だから――」

晶「はなはり君ってどうかしら」
播磨「なんだ、そのかり○げ君みてーなネーミングは!!」
花井『はなはり君って呼んだら、余計怪しまれる気がするんだが』
晶「大丈夫よ、はなはり君。次回から大活躍だから」
播磨「次で最終回だっ!」


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