はなはり(播磨、花井)最終回 ( No.8 )
日時: 2006/02/12 20:36
名前: あろ

 雪道を慎重に踏みしめながら、二人の少女が白い息を弾ませる。
ときおりあぶなっかしそうに走る車を避けて道端で立ち止まり、テールランプを見送る。

「じゃあ、屋上にいたのは播磨先輩じゃなくて、花井先輩だったの?」
「………」

 ここだ。
サラの問いかけに、ここでいつも八雲は言いよどむ。戸惑いを滲ませた唇は、けして意思を紡ごうとはしなかった。

「うーん……播磨先輩に変装した花井先輩なのかなー」

 サラの推測もしかし、八雲の足りない言葉を額面通り受け取ればの話であって。
花井は確かにちょっと困った人だが、そんな姑息なことをする人間だろうか?
あれだけストレートに好意を寄せていた傍迷惑な行動を、サラ自身が間近に見てきたのだ。

 それが、いまさら播磨先輩に変装してまで八雲にアタックするのだろうか?
交通量が減り、再び歩みを始めるサラの脳裏に、あの単純明快な花井の顔が浮かぶ。

「そんなこと、花井先輩がするとは思えないんだけどなァ。本当にしてたら許せないけど。八雲が怒る気持ちもわかるよ、うん」
「あ…違うの、そんなつもりじゃないの、サラ」
「え、だってそれで落ち込んでたんじゃないの?」
「……えっと、勝手に思い込んでた私が悪いから……」
「思い込んだって、何を?」
「えっと…」
「……あ、そーいうことなんだね?」
「さ、サラ……」

 真っ赤になって俯く八雲を、可愛いなぁと思いながら ここが公道じゃなきゃ抱きしめてるのにな、とサラ。
そもそもが、播磨さんだと思ったら花井先輩でした、でも見た目は播磨さんそのものでしたなどという奇天烈な言い分を信じていいものかどうか。
しかし、八雲の落胆と憂いを含んだ表情を見ていると、親友としての役目は決まってる。

「真相は本人に聞くのが1番! だよ、八雲」
「……ありがとうサラ」
「今から播磨先輩にあえば、「なにいってんだよ、妹さんは馬鹿だなぁ」とかいってオデコつついてくれるに違いないよ」
「絶対しないと思うけど……」

 そんなことを言いつつも、思わず期待してしまう八雲は、

 神社の長い階段を駆け上がり、

 見たんです。





「あの……何してるん……ですか……」





 薄暗い神社の月明かりの下、播磨と高野が抱き合って倒れている姿を。

『はなはり 最終回』




 妹さん、なんか怒ってねえか?
晶に覆いかぶさったままの播磨が、恐る恐る八雲を見上げればなにやら詰問するかのような八雲の顔。
ま、まずい!! このままじゃまたお猿さん扱いされちまう!!

「い、妹さん、ち、違うんだこれは!! って、うおい! オメー首に手をまわすな!」

 慌てて立ち上がろうとした播磨の首に手をまわす晶。
播磨の力を持ってしても、微動だにしない。
そんなバカな、なんだこの力は!! しかもこの女、平然としてやがるし。

「は、話を聞いてくれ妹さん!……ぐおおお、は〜な〜せ〜」
「で、でも………!」

『ああ ヤクモン やっぱりカワイー』

 案の定、晶の上で脂汗を流す播磨の背後に、霊の――失礼、例の文字がはっきりと浮かんでいる。
花井の考えていることは外部に洩れないとはいえ、八雲には丸見えだった。

「……は、花井先輩、ですか?……」

 僅かに近寄って、問いかける八雲に、播磨は驚愕の表情を浮かべた。
晶もびっくりしているが、まったくの無表情。

「な、なんでわかったんだ妹さん! そ、そうなんだ、メガネのヤローが!」
『やはり僕と八雲君は、互いに魂で分かり合える存在なのだ! うれし〜ぞ〜ヤクモン!!』

 ビクッ
八雲が後ずさりする。
やっぱり播磨の背後から、花井の思念があふれ出している。
どう考えてもあれは花井だ。でも、声も顔も播磨そっくりで、八雲は困ってしまう。眉毛がさらにさがる。

「た、頼むから逃げねーでくれねーか妹さん」

 思わず足をとめる八雲に何を思ったか、晶はようやく播磨を解放する。
慌てて立ち上がった播磨が彼女を一睨みすると、八雲の元へ駆け寄った。

「お、俺は播磨拳児だ、まちがいねー。妹さん、信じてくれ!! あとあの女とはなんでもねーんだ!!」

 だからお姉さんには言わないで。
今にも手を掴んで懇願しそうな勢いの播磨は、どこからどう見てもいつもの逢瀬を重ねた彼であった。
だからこそ困惑してしまう。信じてあげたい。
しかし。

『こんなに急接近、ドキドキだ〜。播磨め、近づきすぎだぞ!』

 この視界を覆いつくす文字さえなければだ。
 晶と抱き合っていた(?)件に思うところはない。どうせいつものイタズラだろうから。
それよりも、問題は目の前にいるのが本当に播磨なのかといった疑惑に、いまだ躊躇いがちの八雲。

 その戸惑う両足の間を子猫が一匹、すり抜けた。
真っ白い毛並みの上品なそれは、ソッポを向きながらも、播磨の側まで近づいていく。
そして照れくさそうに播磨の懐に飛び込んでいったではないか。

「んだ、オメー朝の猫じゃねーか」
「ニャァ」

 あの猫、今朝の……もしかして!
驚いて猫と播磨を見比べていた八雲は、意を決して問いかけた。

「……花井先輩、聴いてますか?」
『なんだいヤクモン〜』
「今朝、その子猫を助けませんでしたか?……」
「だから、それは俺が――」
『猫〜? 知らないな〜 ヤクモンは子猫ちゃん?』

「えっと……わかりました」

 八雲は後半部位をあえて無視し、一人合点がいったようで、晶達に向き直った。

「ええ? 八雲わかったの!?………って、何が?」
「…う、うん。播磨さんの中に……花井先輩がいるの」
「……」
「八雲、正解」
「ええええええ?!」

 晶の言葉にサラが驚くのも無理はない。というか、彼女にはわけがわからなかった。
むしろ何が問題なのかさえも。
そんな事情の知らないサラに、晶は親切にも教えてあげることにした。

「まあ、これを見せれば一発だったんだけどね」

 デローン。
 晶が一本の大木から不自然にぶら下がったロープを引っ張ると、花井の死体が降りてきた。
それこそ、神の前で晒し者にされるネプチューンキングのように。さすがにこんなもの見せられ、サラは悲鳴をあげる。

「は、花井先輩!? こ、これどう見ても死…え、ええええ!?」
「ば、バカやろう! そんな紹介の仕方あるかよ! 彼女びっくりしてんじゃねえか!」
『っていうか、いつのまに僕を吊るした高野ー!』
「えっと、あの……やっぱり……業務上過失致死ですか?」
「どんな業務だ!!」





「っつーわけでよ、俺は俺は…」
「播磨先輩泣かないでください」

 サラからハンカチを渡されて涙を拭く播磨。ついでに鼻をかもうとしたが止められた。
決して饒舌ではない播磨と、さらに口下手な八雲、撹乱と混沌の女王高野を交えた説明でも、聡明なサラには五分ほどの説明で十分伝わった。
人にわかってもらえるって、なんて気分がいいのだろう。嬉し涙は密の味。

「あんた、いい娘だな」
「そんな、照れちゃいますよー」
「ところで妹さんはなんでそんな微妙な距離なのカナ?」

 播磨の疑問ももっともだ。
八雲はさっきから、3人(+花井――いちひき)の輪には入らず、10メートルほど離れて佇んでいたからだ。

「八雲は微妙な立場なんです」

 代わってサラが答える。

「播磨さんを支える中盤のポジションだったんですが、花井先輩が混ざってるとわかって、バックラインまで下がってしまったんです。私としてはもっと八雲に積極的にあがってもらって、二人でツートップを組んでほしいんですけど」
「すまねえ、何を言っているのかさっぱりなんだが」
「サラ・アディエマスはイングランド代表を応援します」
「サラ、悪ふざけはやめてそろそろ本気でいくわよ。茶道部がバカだと思われるし」

 劇画調になった高野晶に促され、サラもうなずいた。

「フッフッフッ、そのようですね」
「……サ、サラ?」
「ごめんね、八雲いままで黙ってて」

 驚く八雲に不敵な笑みを向けつつ、サラはダッフルコートを勢いよく脱ぎ捨てる。

「ロンドンより派遣されたキュートなエクソシスト、サラ・アディエマス参上! 困ったアクマをこの十字架バズーカで………って部長なにやらせるんですか! わたし悪魔祓いなんてできません!」
『だーかーらー、僕は悪魔じゃなあい!』
「サラ、長いノリツッコミありがとう。花井君も喜んでるみたい」
「メールで、“修道服着用のこと”ってこれやらせる為だったんですね……はぁ」

 脱力しつつ、サラは再びダッフルを着込む。だって寒いし。
呆れ顔の播磨は、すでに座り込んでいた。彼の懐から顔だけ出した子猫まで、白い目でサラ達を見ていた。

「あいつらはバカだな」
「ニャ」
「まあ、とにかく茶道部が全面的にバックアップするから安心して。必ず元に戻してあげる」
「どーすりゃ元に戻れんだよ!」
「元に戻る方法が一つだけあるわ。その為に八雲を呼んだの」
「私はボケ要員なんですか?」

 憤るサラはほっといて、播磨と晶は話を続ける。

「でもよー、他に方法なんてあんのか? もう鉄板オチもやっちまったんだぜ。八方塞だ」
「決まってるじゃない。呪いを解く唯一の方法、愛する人のKissよ」
『だから、さっきから聞いてれば呪いだのお祓いだの、いったい僕を何だと思っっ………………………なんだって?』
「ぶ、部長、いまなんて?」
「お、おい、今なんつった?」
「高野先輩……あの……」






「キッス。クス。ベーゼ。バーチョ。パツィルーイ。接吻」

「………」(×4)
「ぶちゅーっと」

 なああああにいいいいいいいいい!!!







 絃子の華麗なキューさばきに、プールバーの男性客たちは皆歓声を送る。
気持ちよく突きたい絃子だったが、マナー知らずの不躾な視線が多くなると適当なところで切り上げる。
カウンター席でウォッカライムを嗜んでいる葉子のもとへと戻ると、ウィスキーフロートをバーテンダーに注文した。
立ち飲み屋のあと、屋台、居酒屋、ショットバーをはしごして、今はここ。もうすでにガロンは飲んでるんじゃないかという勢いだ。

「お見事でした」
「葉子には勝てないよ」
「本気になった絃子さんには勝てません」
「本気、ね……」

 カクテルを手に二人で笑う。

「拳児君にも教えてあげたらどうですか、ビリヤード。彼ならすぐに上達するんじゃないかしら。器用だし」
「また拳児君の話かい。今日はやけにしつこいじゃないか」
「えー、だって絃子さんがうろたえるの、彼の話題ぐらいですもーん。あと昔の話」

 スモークチーズの欠片を一口。葉子はすっかりできあがっていた。
もっとも、酔ったといっても前後不覚に陥るほど酔ったことはないが。
それに、絃子という肴もあることだ、まだまだいくよ〜。

「そんなに変だったんですか? 夕べの彼」
「拳児君は、いうなれば醤油ラーメンなんだよ。でも昨日の拳児君はトンコツラーメンだった」
「どっちも美味しいですよ」
「うん。でもね、私はずっと醤油ラーメンを食べてきたんだ。醤油ラーメンじゃなきゃ駄目なんだよ」
「絃子さん、もしかして酔ってます?」
「最近はトンコツ醤油が流行ってるらしいが……そんなのは駄目だ」
「あのー、ラーメンの話になってるんですけど」







「そ、そんなことできるわけねーだろうが!!」

 晶の提案にいの一番に抗議の声を挙げたのは、播磨だった。
ついでに脳内で花井も断固反対の姿勢を取る。

『駄目だ駄目だ駄目だ! 八雲君のキスだなんて、絶対に駄目だあああ!!』
「まったくだぜ、妹さんにそんなことさせられねえ。そ、それに俺は………初めては、その………よ」
「気持ち悪いから赤面しないで、播磨君。それに、誰が八雲と播磨君がキスをするって言ったの?」
「へ?」
「え?」
「……え」

 ま、まさか。
晶を除く全員が、ハングドマン状態から今は静かに横たわる花井の体に視線を向けた。

「花井君にキスすれば、元に戻るかもしれない」
「なにいいい!? だ、だってそんな……いや、だって、ええ?」

 よくわからないが、1番混乱しているのが何故か播磨だったりする。 
もちろん、当の八雲だって狼狽している。精一杯。汗がいっぱい飛んでる。

「八雲」
「は、はい……」

 晶が戸惑う八雲の耳元に、囁く。白い吐息とともに。

「     」
「え、でも……」
「     」
「……はい」

 晶の囁きに頷く八雲。
そして、意を決した表情のまま唇をきゅっと結び、花井の体に近づいていく。
そんな友人を諭すように、サラが側に駆け寄った。

「え、い、いいの八雲!? だって相手はあの花井先輩だよ? しかも死んでるし」
「う、うん…でも、人工呼吸だと思えば……」
「おまけに、播磨先輩の前だよ?」
「!……」

 サラの耳打ちに、八雲は振り返る。
播磨は頭を抱えてのた打ち回っていた。雪混じりの地面に倒れ伏し、必死に何かと戦いながらのた打ち回る姿は、まるで地面に自分の匂いをこすりつける犬のよう。
脳内に響く花井の大喝采に苦しんでいるのか、それとも八雲への申し訳なさか。

「………播磨さん」
「……お、オウ」

 八雲に呼ばれ、奇行をやめて身を起こす播磨。
苦虫を噛み潰したような顔だ。

「み、見ないで……ください……」
「! わ、わかったぜ………」

 八雲の言に、素直に従う播磨。ふて腐れたように後ろを向いた。

『こ、こらー! 僕と八雲君のキスが見れないじゃないかー!!』
「おまえはアホかー! テメーと妹さんのキスを傍から見てて、オメーは満足なのかよ! しかも妹さんの好意で……クソ!」
『そ、そうだ! なんで僕は自分のキスシーンを外から見なきゃいけないんだ!! 今こそ元に戻るときじゃないか。今戻ればヤクモンと……うおおおお仏よ! 初めてあなたに念じます!!』




 ぶっちゅ〜〜〜〜〜!!




 威勢のいい音とともに、情熱的な光景がくりひろげられる。
サラは両手で顔を覆っていたが、指の隙間からバッチリ見てた。

「うっひょ〜、部長これは……!」
「熱々ね」
「クソ! やっぱ駄目だ妹さん! 将来の義妹にそんなことさせられ―――あれ?」

 う、ううん、こ、ここは??
 闇に混ざる花井の自我。何かに吸い寄せられたのか、はたまた自分で手繰り寄せたのか。
まどろむ意識が徐々に実体を知覚し、覚醒していく。
と同時に目覚める血潮。花井春樹の全身が跳ねた。

 ぼんやりとした視界は、まだ視力が正常に働いていないのだろう。
だが、花井は確かに理解した。いま、自分の体に戻ってきたのだと!!



 ぬお!! こ、この感触は、まごうことなき八雲君との熱い口付け!!
ああ感動だ〜! 僕はいま愛する人の愛情によって、元に戻ったのだ、ううう。

 う、や、ヤクモンなんて大胆な!……うお! そ、そんな奥まで入ってくるのか!
って、うひぃ、舌が絡めとられて!……と、とろけそうだよヤクモ〜ン。
この磯の香りと、吸い付く吸盤の感触が、もう最高に―――

磯の香り? 吸盤?



 ようやく花井の視界が戻る。
目の前にいたのは、花井の愛するヤクモンではなく、なんだかよくわからない人だった。

 い、いやこれは人じゃないな……でもまんまるい目があってとがった口があって、手が八本あって………


「ぶへぅぁ!! こ、これはタコじゃないかああああ!!」

 ってことは、僕の口に突っ込まれてたのはタコの足か!
顔面に張り付いた軟体動物を引き剥がし(舌べらを持ってかれそうになったが)、花井は泣きながらタコを投げた。

「高野、君の仕業かあ!」
「花井君、正解」

 見事にタコをキャッチした晶は、それを播磨に手渡す。

「おお、おまえはタコの“ハンニバル”(通称ハッちゃん)じゃねーか!」
「やっぱり播磨君の飼いタコだったのね。あなたを捜して茶道部の周りをうろうろしてたから、捕まえて食……匿ってあげてたの」
「おびえてんじゃねーか」
「一本ぐらいいいじゃない、けち」
「けちってオメー………」
「たーかーのー」

 怒髪天を突く花井春樹が、二人に詰め寄ってきた。
今にも噛み付きそうな勢いの花井に向かって、高野が右手を出す。
 
「五千円」
「誰が払うかー! こんなタコで僕はごまかされないぞ! ぶはぁ!」

 播磨の頭の上に鎮座するタコのハッちゃんを指差しながら花井が怒鳴り散らすと、それが逆鱗(?)に触れたらしい。
ハッちゃんは花井の顔面に墨を噴きかけたかと思いきや、いきなり泣きながら走り去ってしまった。

「あ、ハンニバル!」
「おのれタコめ! 僕と八雲君のキスを邪魔したばかりか、墨まで噴きかけるとは!」
「! は、はやっ……」

 ビクッ
花井とタコの情事を安全圏から見守っていた八雲がハンニバルの末足に驚きをみせつつ姿を見せる。
まだおっかなびっくりといった様子。
 花井は悄然としたまま、訥々と語っている。誰も聞いていないが。

「あぁ、ヤクモン……僕は君とのキスだと思って……それがタコだって、一体なんなんだそれは……」
「あ、あの……でも、元に戻ったみたいで、よかったです……」
「あ、ホントだ! よかったですねえ、花井先輩」

 かわいい後輩二人からの祝福に、花井はやっと我に返る。
ねんがんの からだを てにいれたぞ。

「………はっはっは!! 何だか体からイヤな匂いがするのは、お風呂に入っていないからという理由で自分をごまかすとして(手遅れじゃないよね?)、とにかく花井春樹ふっかーっつ!! みんな、心配かけたな!」
「ちっ」
「し、舌打ちぃ?! 高野君、それが君の本音かあ!!」

「なんかすまねえな、妹さん。厄介なことに巻き込んじまって」
「い、いえ……楽しかったです」
「そうかぁ?」
「そうですよ。八雲なんだかとっても嬉しそう」
「さ、サラ……」

「こらこらこらそこォ!! 僕を放置して、なんでいきなり締めに入ってるんだ! しかも八雲君と仲良さげに帰るんじゃない!」
「なんだようるせーな。元に戻ったんだからいーだろうが(早く天満ちゃん家に妹さんを送ってやりてーんだよ)。近寄んなよ」
「き、貴様〜、よくも八雲君の前で!………」

 すでに播磨たちは神社の階段を降りて帰宅の途につこうとしている所だった。
怒鳴りながら慌ててその後を追う花井。晶も、身支度を済ませ、騒動の発端となった神社を後にする。






………こうして、この騒動の顛末は決着をみたかに見えた。
播磨も花井も将来、そういえばこんなことがあったよなぁ、などと肩を組んで語らう思い出話にでもなるだろうと高をくくっている。
だが、この場に高野晶がいたことが、彼らの不幸だった。



 播磨と花井の大回転の跡が今も残る、長い神社の階段。
雪に気をつけながら、慎重に降りる播磨たちだった。特に女の子は一段一段踏みしめるように降りていった。

「ここから二人で転げ落ちたのね」

 最後尾で、上から一行を見下ろす晶の一言に、花井が振り向く。

「そうとも。まさか播磨だけ元に戻るとは思わなかったが」
「じゃあ、危ないわね。もしみんなで大回転なんてことになったりしたら、どんな楽し――困ったことになることか」



「………」


 ヤバイ。超ヤバイ。なんか嫌な予感がする。
前を行く3人は互いに目で合図を送ったが、後方の花井に同じように送っても、まったく気づいていない。必死に無言のプレッシャーをかけるが、むしろ八雲に見つめられて、くねくねしてる。
花井言うなよ。それだけは言うなよ。ダチョウ倶楽部じゃないんだから、お約束はいらないんだぞ。
皆が固唾を呑んでいたが。



「うむ、高野君、絶対に滑って転んだりするなよ。とんでもないことになるからな、はっはっは!」

 バカー!

「メガネのバカ野郎!」
「花井先輩のバカー!」

 すでに3人は滑るように階段を降りてゆく。
雪なんか知ったこっちゃない。

「妹さん、あぶねえから無茶するな!」
「だ、大丈夫ですから…」
「そーですよ、播磨先輩急ぎましょう!」

「ええ?? なぜ急ぐのだみんな……はぅ!!」

 事態に(ようやく)気づいた花井が、慌てて振り返る。
見上げれば満月を背景に仁王立ちした高野がニヤリと笑った。








「あ、滑ったー」(←某読み)





 案の定だ。
だが、花井は両手を広げて重心を低く構え、自信満々に言い放った。

「ふははは、ばかめ高野! この無駄に鍛えた足腰をなめるなよ! 君如き、軽く受け止めてやるわ!」
「ちっ」
「はじめて高野君に勝った――ぬお!?」

 いきなりその場ですっ転ぶ花井。
見事に一回転して、頭をしこたまぶつけてしまった。

「な、なんだいきなり……ぬおおお、足にタコが絡みついてる!」

 怒りマークを浮かべたタコが、涙目で花井の足に自分の足を絡めているではないか。

「は、ハンニバルか! おのれ、キッスの恨みなのか! ほ、ほどけ―――」


 ゴチィィィン!

 ゴロゴロゴロゴロ………


「は、播磨先輩! 後ろから嫌な音が!」
「くそ! 二人とも行け! ここは俺が食い止める!」
「! 播磨さ…!」

 覚悟を決めた播磨が二人をかばうように立ちはだかる。
その後ろ姿を八雲は見つめた。

「…おとうさん?」
「やくもぉ、そんな感傷今はいらないよー!」

 走り降りる二人を背中に感じ、播磨はニヒルに決める。
ふ、天満ちゃん。妹さんは守るぜ、それが俺の漢道。なぁに、人間の一人やふた………
軽く受け止めようとした播磨だったが、花井と晶を巻き込んだ雪球はすでに階段の幅をふさぐほどの大きさに成長していた。
ものすごい勢いで転がり落ちてくる。

「ちくしょおおお!」
「ニャアアア!!」



 ゴチィィィン!

 ゴロゴロゴロゴロ………



「うわーん、播磨先輩までー!!」
「さ、サラ頑張って……」
「八雲ぉ、もしわたしが花井先輩になっちゃっても、友達でいてくれるよね?!」
「う、うん……努力してみる」


「あれぇ? 確かに八雲の声がしたんだけどなー………あ! 八雲ぉ、迎えに来――ええええええ!!」
「あ、姉さ……」
「塚本先輩どいてくださーい!」



 ゴチィィィン!(了)
  あとがき ( No.9 )
日時: 2006/02/02 00:44
名前: あろ

 あろです。
『はなはり』を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
回を追うごとに支離滅裂になってしまいましたが、とりあえず完です。
細かいところは後で直します。


ネタ先行だったので、構成やキャラクターは後回しでした。
まあでも、とにかくバカバカしい話を書くぞ、と決めてましたので、これはこれで。

………うん、他に書くことないなw
というわけで、バカバカしくもちょっとでも笑っていただければ、甲斐があったというものです。



最後に、感想スレッドに書き込んでくださった
タテワキさん、ハチさん、HOTDOGさん、フォトさん
わざわざ感想ありがとうございました。ホントに嬉しかったです!

それでは、あろでした。





おまけ

 もう午前0時を間近に控え、辺りは静寂に包まれている。
時折聞こえる犬の遠吠え。
絃子は感傷に浸る間もなく、ドアのキーをまわした。

「何をためらってるんだ、わたしは」

 自嘲気味に笑い、堂々と自宅の扉を開ける。
それとともに思い出す葉子の言葉。

「拳児君は拳児君ですよ。いきなりオカマさんになったり、動物になったりするわけじゃないんですから」

 そうだな……うん。いつものように接すれば、醤油ラー、じゃなかった、いつもの拳児君に戻るさ。
そう自分に言い聞かせ、播磨の部屋をノックする。
(誰かいるのか?)
なぜかたくさんの人の気配を感じ、怪訝な表情を浮かべた絃子だったが、気を取り直して扉を開けた。

「ただいま、拳児く―――」


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