はなはり(播磨、花井)その7 ( No.6 )
日時: 2006/02/12 20:31
名前: あろ



『はなはり その7』

 六限目、つまり矢神高校における本日最後の授業――もあと数分で終わる。
人もまばらな職員室で、ノートPCの電源を落として帰り支度を始める美女が一人。
バッグを開けながらも気はそぞろ。
ふむ、と一つ得心すると播磨(花井)から取り返した眼鏡を光らせて立ち上がった。

「絃子さんっ」

 穏やかでそれでいて楽しげな声に振り返ると、教科書片手に葉子が立っている。
見つかったか……
 顔に出たのか、いやいや絃子の僅かな変化も見逃さない、葉子の目だ。葉子は一人合点したように微笑んだ。

「わかってます。わかってますとも。今日もお酒飲みに行くんですよね」
「あー、そのことなんだがね、今夜は――葉子?」

 絃子が葉子から視線を外して荷物を取り向き直ったときには、すでに葉子も帰りの姿。
アイドルの早着替えか?
 葉子は相変わらずニコニコ笑ってる。

「………わかったわかった。まあ、話したいこともあるしね」
「ふふ、拳児くんのことでしょ? 今日、様子がおかしかったですもんね」
「笹倉先生、もう少し小声で頼むよ」

 そんなことを言いながら二人が並んで職員室の扉を開けると同時に、終了のチャイムが学校中に鳴り響く。
矢神高校が誇る二人の美人教諭をなかなか誘えないのも無理はない。

だって、いっつもいねーんだもん!(by男性教諭一同)



「で、できたぜ………原稿がよお」

 劇画調のアップで、そっとメガネを外す花井(播磨)。
ここは体育倉庫。二人の熱き漫画バカが、告白するための漫画(四コマ)にその魂の全てをぶつけ合っていた。

「どれ、見せてみろ………こ、これは!?」
「ど、どうだ?」

 八雲に見せて助言を請うのとはまた違った緊張感。たとえ漫画を読んでなくても、この熱い漫画には必ず心打たれるはずだ!
それが4コマ漫画であっても!
思わず正座して静聴していると、播磨(花井)がこっちを凝視した。サングラスで見えないが。

「か、感動したぁ!」
「よっしゃああああ!」

 花井(播磨)は両拳を高く突き上げ、そのまま燃え尽きらんばかりであった。
感動しているのは播磨(花井)も同じだった。サングラスを外して、目頭をおさえている。

「な、なんていい4コマ漫画だ。映画化してもいいぐらいだぞ! 全米もきっと泣く!」
「いや、全米が泣くよりも、天満ちゃん一人が泣いてくれればそれでいーんだ。もちろん嬉し泣―――」
「よし、僕が責任もって手渡そう」
「聴けよ、最後まで」
「これなら、きっと天満くんにも伝わるはず。むしろ伝わらなければ、彼女は地球上の生物ではない。一刻も早く母星に帰るべきだ」
「てめー、天満ちゃんを宇宙人にすんじゃねえ」
「まあ、僕に任せたまえ」

 播磨(花井)が原稿を手に立ち上がると同時に、下校時間のチャイムが鳴り響いた。



 雪の為に今日はほとんどの部活が中止となり、早々の帰宅を強いられていたため、生徒達は足早に教室をあとにする。
それは1−Dも例外ではなかった。

「やーくも、今日は部活お休みだね」
「う、うん…」

 机の上で教科書を整えていた八雲の元に、サラが、帰ろ、と声をかける。
だが、持っていた教科書を落としてしまう八雲の(珍しい)様子に、彼女は首をかしげた。

「あれ? ど〜したのかなァ。今日一日そわそわしてたけど」
「そ、そう?……そんなこと、ないよ…」
「あ! 播磨先輩!」
「え!…」
「うそ〜」

 サラの指差す方向に思わず振り向いた八雲だったが、誰もおらず、代わりにフッフッフといった笑い声が後ろからきこえてくる。
そのまま消え入りたい衝動に駆られたが、八雲はサラに向き直った。

「…でも、今日はちょっと用事があるから、一緒に帰れないの。ごめん、サラ…」
「うん、わかってるよー。頑張ってね八雲!」

 ガッツポーズが非常に可愛らしいサラであったが。

「あ、あの…だから…」
「ん? なぁに八雲」
「高野先輩にメールするのだけは……やめて」

 パチン。
サラは笑顔で携帯を閉じた。



 屋上で一人待つ播磨(花井)。
夕焼けに照らされた憂い顔は、矢神町を眺めていた。

 それにしてもいい4コマ漫画だ……播磨め、こんな才能があったとは。
 特に2コマ目から3コマ目への展開の躍動感といったらどうだ? めまいすら覚えるな。
 これも愛の力というやつか……そんなに天満くんのことを…

「いや! 僕だって八雲くんへの想いならば負けーん!」

 僕だったら、どうやって告白するか……あぁ八雲君!


 コツコツコツ………
冷気が八雲の全身を包む。屋上に近づけば近づくほどに、凍えそうな寒さだ。 
それでも彼女は屋上へとあがっていく。
 あ…
夕焼けだろう、屋上の扉から橙色の光が差し込んでいる。
あの扉を開ければ、待っているのだ。あの人が。
 八雲は思わず頬を染める。

 再び階段を上がろうとした八雲の目に、ドアの隙間から文字がはみ出ているのが“視えた”。




好 き だ



 ……!
 ウソ…だって播磨さんは…姉さんのことを……
ズキッと、心のどこかが痛む。
でもこの扉の向こうから見えるのは。

 そっと扉を開ければ、そこにいたのは。
夕焼けの光が広がり、その世界の真ん中に、一人の男の背中。



好きだ 八雲 愛してる



 その姿は間違いなく播磨で。
その背中に文字が浮かんでいた。


「あ、あの…」

 八雲の声が震える。

「ん?」

 振り返った。目が合った瞬間。
それまで控えめだったそれが、溢れかえったのだ。
背後の文字が。



 ヤクモン!……………ヤクモン?………………ヤクモン!!



花井脳内会議

花井議長「目の前にヤクモンがあらわれた! コマンド?」
花井1「ヤクモ〜ン」
花井2「ヤクモ〜ン」
花井3「絃子さ――ヤクモ〜ン」
花井4「ヤクモ〜ン」

議長「全員一致でヤクモン!」



「や、ヤクモン、じゃなかった。八雲君、ど、どうしてここへ?」
「…」

 うつむく八雲。

「い、いやこれはそのぉ……」
「花井先輩……」
「はい!」

 今まで訊いたこともないような、重い八雲の声に、思わず背筋を伸ばす花井。そこでぎょっとなる。

「え? どどどうして、僕が花井だと――」
「花井先輩なんて……もう知りません」

 ビキキ……ブシュ!……ガクガクガク
 涙を浮かべて屋上から走り去る八雲。こみ上げる嗚咽は必死に抑えたが、「今度はナース姿が見たい!」などという文字まで見せられたのでは……


 取り残されたのは、グラサンがひび割れ(ビキキ)、鼻血を噴き出し(ブシュ!)、生まれたての小鹿のように膝が笑って(ガクガクガク)震えている哀しい男が一人。
がっくりと膝から崩れ落ちる播磨(花井)の力なくぶら下がった手から、一枚の原稿が風に舞って飛んでいった。




 一方その頃。
花井(播磨)は、校門の前に立ちながらイライラしていた。
 雪を蹴っ飛ばしながら、校舎の屋上へと目をやる。見えるわけないんだけど。

 くっそぉ、おせーなあのヤロウ。もう30分も経つじゃねーか。4コマ漫画読むのにそんなに時間かかるか?
ま、まさか天満ちゃん本当に宇宙人じゃ……い、いやかまわねえオレはそれでも……って、冷静になれ。
考えられることはただ一つ。

 告白に成功したんだ!
それで、原稿読んで感極まった天満ちゃんが……



播磨脳内試写室

天満「播磨君、私嬉しいよ!」
播磨(花井)「……」(←とりあえず言いつけ通り我慢してる)
天満「ね、一緒にいたい。お部屋でロウソクを灯して、ずっとおしゃべりしよ?」
播磨(花井)「ほ、本当かね! よしさっそくいけない場所へ行こう!」
天満「もう、播磨くんの お・さ・る・さ・ん(ハートマーク)」



 あのヤロウ!! ゆるせねえ!!
試写会を終えた花井(播磨)は、猛然と駆け出した。雪が大きく跳ねる。
もちろん行き先は屋上。
色香に迷ったメガネの毒牙から天満ちゃんを守るためだ!

 校舎の曲がり角に至ったところで、向こうから聞こえてくるのは、愛しのあの娘の笑い声。
誰かと喋りながら、こちらに向かってくる!

「ろ、ロウソクを灯して、ずっとおしゃべりしよ?」

 やっぱりか!!
オレの予想は大当たりだ! 天満ちゃん、それはオレだけどオレじゃねーんだ!
早まっちゃいけ――


「でも、ホントに造ったんだね、かまくら」
「うん、だから塚本さんもぜひ来てほしいんだ。3階建てだけど、耐震設計は万全だから」
(きゃ〜、烏丸くんに誘われちゃった〜〜、約束しててよかったぁ)


 ズザザザザザザ!
ありえない(と本人は思っている)光景を目にして驚愕した花井(播磨)が、顔面から雪の中へダイブしてしまった。
そのままものすごい勢いで滑走すると、ようやく大木にぶつかり、逆さまのまま上半身は完全に雪に埋もれてしまう。
 浮かれ気分で烏丸と話すことしか頭になかった天満は、物音に気づいて“それ”を指差した。

「ね、烏丸君、あれなにかな?」
「なにかの御神体かもしれない……お参りしていこう塚本さん」
「うん!」

(烏丸くんとずーっと仲良くできますように)

 雪の中から突き出した花井(播磨)の下半身に向かって手を合わせてお祈りする烏丸と天満。
まさか自分の下半身に、愛しのあの娘が他の男との行く末を祈願しているなど露知らず、花井(播磨)は気絶したままであった。




「もう限界だ……」
「ああ……」

 二人のバカが、今回の騒動の発端となった矢神神社の境内で黄昏ている。
一体何故こんなことになったんだろうか。
うまくいくと思った。
漫画も描いた。なのに……

「何故だ、なぜなんだ八雲くーん!」
「やっぱりよー、元に戻らねーと話にならねえんだ、きっと」
「ああ、僕も同感だ……きっと八雲君は、僕が播磨なんかになってしまったから絶望したんだ……元に戻って事情を説明しなければ!」
「よっしゃ! 何としても元に戻るぞ!」
「ああ!」

 再び腕を絡める二人。友情再インプット完了!
アホーアホー。
矢神神社に巣くうカラス達まで二人を応援しているではないか!


「というわけでだ、ここから転げ落ちるぞ!」

 はるか上空から下を見下ろせば、恐怖にかられるのも無理はない。
人がジュースの空き缶ぐらいの大きさにしか見えないほどの高さなのだから。
 神社を降りる階段は100段以上あり、しかも雪に埋もれて危険極まりない。その階段を、花井(播磨)は転げ落ちるというのだ。

「君は正気か? それとも絶望したのか?」
「昔観た映画であったんだよ」
「銀ちゃーん! とかいうやつか?」
「ちがう! 一緒に階段を転げ落ちた二人は入れ替わっちまったんだが、最後にもう一度転げ落ちることによって元に戻るって寸法だ」
「播磨、僕達は階段を転げ落ちたわけじゃないぞ」
「わかってる。だけど、他に方法がねえだろうが」

 確かに、何度頭突きをしても元に戻らなかった。お手上げであることに変わりはないのだ。

「これで駄目なら諦めるしかねーっつーぐらいの鉄板オチだ。やって損はねえ」
「言ってる意味がわからんが、試す価値はありそうだな」

 そういって、再び階段下を見下ろす二人だったが、やはり怖い。

「覚悟はいいか!」
「おお!」

 互いの腕を取り合い、コマのように横回転をしながら、階段へとダイブした。

「うわあああああ!」
「ぬおおおおおお!」

 叫び声をあげて雪をかきわけ階段を転げ落ちる二人は、まさに巨大なコマだった。
全身をぶつけながらも、バカ二人は順回転毎分7000回転を記録する速度で文字通り炎のコマとなった………



「ぐぐぐ………こ、今度は全身がいてぇ……は!」

 おぼろげな意識がはっきりとしてくるにつれ、全身を襲う痛みを自覚する。
播磨は死力を振り絞って痛みをおさえながら立ち上がった。
 辺りはすっかり暗くなっていたが、神社のふもとであることはすぐに見て取れた。あの階段を転げ落ちて、下の雪の壁に激突したらしい。
薄暗い視界は、何故か懐かしい。

「ん? こ、これは!」

 そう、この視界はいつもの播磨の世界。まごうことなきグラサンの世界!

「や、やったー! 元に戻ったぞー!」

 播磨は自分の身体を確かめるように、全身を触る。ところどころ痛いが、それよりも嬉しさの方が勝る。
こんなに自分の身体が愛しいとは。

「みろ、オレの言ったとおりだろーが、メガネ!………メガネ?」

 いまだ起き上がってこない花井。自分は戻れたのだから、花井も自然と戻れたと思ったのだが?
辺りを探すと、花井はうつぶせに倒れているではないか。

 何やってんだよ、普段から鍛えてんだろーが、なさけねえ。
内心毒づきながら、播磨は花井の身を起こしてやる。が、まったく意識がないようで、そのまま力なく倒れたままだ。

「おい、メガネ?………うわああああ!! し、死んでる――!!」(続く)









おまけ

テレテテテッテテー!

播磨「な、なんだ? この音」

はりま は はない をたおした!
はりまの レベルが あがった!

播磨「うそぉ! オレって、そういう制度なのか?! つーか倒してねえええ!」


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