はなはり(播磨、花井)その6 ( No.5 )
日時: 2006/02/12 20:30
名前: あろ



『はなはり その6』

 深々と降る雪。
明け方にやんだ雪は、昼過ぎから再び降り始める。
身を切るような外の寒さとうらはらに、ここ体育倉庫は熱気に満ち溢れていた。
そう、天満の書いたキルロイがあるかもしれない、2Fに位置するあの体育倉庫だ。

「お薬はどうだろう」
「やめとけ。処方箋のどこにも書いてねえ」

 熱気の主は、なにやら深刻な表情で話し合っている男たち――そう、
播磨(花井)と花井(播磨)、矢神学院高校の誇る、二大(バカ)巨頭であった。

「やっぱ、巨大なハンマーしかねーか」
「君は、あんなマンガみたいなデカいハンマー実際に見たことあるか?!」

 午前中は二人とも大人しく授業を受けていたが、物理の授業では(絃子様に)いつも当てられてあたふたしていたはずの播磨が訊かれてもいないケプラーの予想まで説明し、日本史では花井が、いもしない徳川将軍をでっち上げ、引っ込みつかなくなって日本の歴史を塗り替える等々の混乱をきたすわ、休み時間には教室中がさわがしくなるわで、二人は昼休みになるや、そそくさと避難してきたのだ。
 しかも屋上は積雪のために使えず、こうして体育倉庫に来たのである。ちなみに、播磨(花井)はグラサンをかけ、花井(播磨)も身だしを整え詰め襟をしている。
 二人とも不承不承だが、混乱防止と秩序回復のためだ。

「あー、ちくしょー!! どうやって元に戻りゃいーんだよ!」
「わからん!」

 先ほどから、あーでもないこーでもないと解決策をさぐるも、こんな事態どーすりゃいーのよ状態の二人にいいアイデアが浮かぶはずもなかった。
さすがに知恵熱が出そうだぜ、と花井(播磨)は天井を仰ぐ。

「誰かいないのか。入れ替わったことがある人間が近くに!」(ヒント:同じクラス)
「そんな体験してるやつがいるわけねーだろ!」(ヒント:隣りの席)

「いたとしても、誰にも言わねーだろ。そもそも、何て訊けばいーんだよ」
「『入れ替わったことがありますか?』 とか、『同意。ところで話かわるけど、幽体離脱ってどう思う?』 とか………」
「だー! もう時間がねーんだよ!」
「何か予定でもあるのか、播磨。こんな事態なのに」
「え、い、言えねぇよ」
「照れるな、気持ち悪い。目の前で自分の顔でもじもじされる気味悪さが君にわかるか?」
「うっせーな。好きでこんな顔じゃねえ」
「いいから言いたまえ。僕に力になれるのなら、喜んで協力しようじゃないか」
「………じ、実は今日の放課後――



 さすがのC組といえども、昼休みの喧騒は予鈴の音でだいぶ落ち着きを取り戻していた。
しかし、播磨(花井)と花井(播磨)が一向に戻ってこない。

「あいつら、どこ行ってんだ? まったく」

 呆れつつも弁当箱を包んで自分の席に戻ろうと美琴は立ち上がった。

「どうしたのよ天満。やけに嬉しそうじゃない」

 こちらも五限目の授業の仕度をしつつ、沢近は一人にやける天満を不思議そうに見つめる。

「へ? あ、うん、あのねー、えっとねー、今日の放課後にね………」
「放課後に?」
「言えないよーん」

 そういいながら、顔を赤くしてにやけ口を手で隠す天満。思いっきりバレバレなのは、両側の縛った髪がものすごい勢いで回転してることからもわかる。

「あー、はいはい。そーいうことね。じゃあ帰りは3人になりそうね。ね、晶………晶?」
「ごめん、私もちょっと用事があるの」

 晶の用事を問いただそうと(本当のことを言うか言わないかは別にして)したが、本鈴が鳴ってしまったので、慌てて席に着く沢近であった。



「――というわけだ」
「そうなのか! ついに天満君に告白するんだな!」
「おお!………つーかメガネ、なんでオレが好きなのが天満ちゃんって知ってんだ?」
「気にすることはない。だが、確かに元に戻らないとまずいな。僕が天満君に告白しなければいけなくなる」
「そうだ、それだけは避けてぇ」
「僕もウソは嫌いだ。好きな人への告白は人づてにするもんじゃない」
「メガネ! わかってんじゃねーか!」
「当たり前だ!」

 二人は目を輝かせて腕を交差させる。友情インプット完了!
 ここにバカの友情は強まった。

「で、どうするのだ?」
「それなんだよな〜」

 結局、元のもくあみである。

「手紙はどうだ? ラブレターなら、僕が言わなくても黙って手渡すだけでいいだろう」
「いや、手紙は駄目だ。なんでかわからねーが、手紙はまったく成功する希望がもてねぇ」
「そ、そうなのか。いやに説得力があるな………! ではマンガはどうだ?」
「な、メ、メガネ、てめーなんで俺がマンガ描いてるの知って――はっ見たんだな、机の中を!」
「ああ、ばっちり」
「ムキョー!」

 いきなり立ち上がって挙動不審な動きをする花井(播磨)。
天満を好きなのがバレたのにも関わらず、それよりも漫画がバレた方でショックを受けている。

「落ち着け播磨! 確かに盗み見たのは申し訳なかった。だが、そんな僕の小事など吹き飛ばすぐらい、熱いマンガだったぞ!」
「………ほ、ホントか!」
「ああ、あれなら天満君にもきっと想いは伝わる!」
「よし、さっそく家に帰って原稿(ネーム)取ってくるぜ」
「はっはっは、僕がそんなおっちょこちょいに見えるか? 持ってきてやったぞ」
「おお、でかしたメガネ!」

 得意げにカバンから封筒を取り出す播磨(花井)を横目に、花井(播磨)はさっそく目算する。
よし、約束の時間まであと3時間………ネームにペン入れして………ま、間に合うのか?
いや、間に合うんじゃねー、間に合わせるんだ!

………?
播磨(花井)から自信満々に手渡された原稿を見て首を傾げる花井(播磨)。どう見ても真っ白です。

「?」
「原稿だ」
「ま、まさかテメー、原稿ってこれのことか!? ネームはどうした!」
「ネーム? 僕の名前は花井はるゲボォ!」

 腹に一撃。突っ込みとはいえ、自分の身体だ心が痛む。

「下書きのことだ!」
「ゲホゲホ!………あ、ああ、僕が読んだやつだな。あれは下書きだから持ってこなかった(キッパリ)。というか、邪魔だから捨てた(キッパリ)」

 まあ、当然といえば当然だが、漫画を描いたことのない人間が、ネームをいたずら書き程度だと思うのも無理はない。
責めるのは酷――それでも、震える手で播磨(花井)を指差しながら言い分をきく。

「お、おめぇ………マンガ読んだことねーのか………」
「のらくろなら読んだことがある」
「いつの時代だ!」
「漫画なんて、すぐに描けるものじゃないのか?」

 今さらこのヤロウを責めてる時間はねえ。後でキッチリおとしまえはつけるが。
立ち上がるにも気力を振り絞らねばならない程だが、描くしかねえんだ!



 っつーかこれ、4コマ漫画用の原稿じゃねーかよおおお!

「テメー、オレの2年間の熱い想いを、4コマで表せってのかよ!」
「やってみるしかないだろう。もう時間は押し迫っているのだぞ。なにやら僕もちょっぴり罪悪感を感じてきたから、協力しようじゃないか。どうせ午後の授業は出ないんだ」

 ちょっぴりかよこのヤロウ………ま、ここまできたらしょうがねー。
力なくうなだれて花井(播磨)は震える手でペンを握った。

「4コマ漫画とは、確か起承転結を描くのだろう?」
「おお、知ってんじゃねーか。ま、今はそういう4コマだけじゃねえけどな。基本は基本だ」
「とりあえず播磨が考える起承転結はどうなんだ」
「………よし、ちょっと待て」

五分経過………

「できたぞ!」
「どれどれ」


1:播「オレは天満ちゃんが好きだ!」
2:烏「君に塚本さんは渡さないよ」播「てめえ、その汚い手を離せ!」天「助けて、播磨君!」
3:播「播拳蹴(ハリケーンキック)!」烏「ぐわーやられたー」
4:天「播磨君、好き」播「オレもだぜ天満ちゃん」


「………」

 カリカリカリカリ……ゆけハリマ!!――愛の道はどこまでも険し――

「煽りを書くな! そもそも、これが告白か!? 天満君の返事も待たずに結論を書いてどうするんだ! 君は本物のバカか?!」
「だ、駄目か!?」
「君の熱い想いが天満君に伝わるだけでいいんじゃないか? まあ、確かにコレでも気持ちは伝わるかもしれんが、やりすぎだろう」

 ハッピーエンド見せられてもなあ。どう返事すればいいんだ。天満君の微妙な笑顔が目に浮かぶ。
そもそもなぜ烏丸が悪役なんだ?

「まあいい、とにかく起承転結の“起”から始めよう」
「どっちにしろ、オレが天満ちゃんを好きだってのは、かわらねえんだ。だから、四コマ目の“結”で天満ちゃんの気持ちをグッと掴めばいいんだろ」
「まあ、確かにそうだな」
「つーことで、“結”から描いてもいいだろ?」
「いや、“結”は一番重要なんだぞ。じっくり考えろ」


 吐息も白く、かじかむ手をこすりながら、重たい体育倉庫の扉を開ける一人の女生徒。
担任に頼まれて、授業中にも関わらず二人を呼びに来た結城つむぎだっだ。
学校中を捜しまわって、やっとたどり着いた最後の場所。

 ギィィィ………

 やっぱりいる。なにやら言い争いのようだ。ちょっと怖かったが、あの二人なら大丈夫だろう。
が………中から聞こえてきたのは。







「いいから、ケツからやらせろ!」
「なんで君は我慢できないんだ! ケツは一番最後だ!」





 バタン!


「ん?! いま何か聞こえなかったか?」
「さァな。それより続きだ、よっしゃ、アイデアが沸いてきたぜ!」
「なにやら嫌な予感がするがなぁ」
「俺たちの漫画道は、まだはじまったばかり!」(続く)


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