はなはり(播磨、花井)その5 ( No.4 )
日時: 2006/02/12 20:27
名前: あろ


『はなはり その5』


「積もったねー! 八雲」
「うん………そうだね、姉さん」

 雪の降り積もった通学路を嬉しそうに踏みしめながら、学校へと向かう塚本姉妹。
数年ぶりの積雪に、矢神町は白く染まっていた。

「雪だ♪ ゆっきだ〜♪」

 小学生のような満面の笑みを浮かべて、雪路を飛び回る天満に、八雲は心配そうな顔を向ける。

「姉さん、そんなに走り回るとあぶな……ンぷっ」

 そんな姉を心配する八雲の忠告は途切れる。顔に雪球が直撃したからだ。

「八雲、すっきありー!」

 ――へへー、八雲ってば、ンぷっ、だって かーわいー♪――

「ね、姉さん……」

 顔中の雪を払いのけて出てきたのは、赤くなった頬。
 雪球を避けられなかった恥ずかしさだけではなく、天満の心の声が視えたからに他ならない。
 お日様のような笑顔の後ろに、八雲を愛しむ温かい文字が視える。

 そう、今日は視える日だ。

 八雲の中で心の温かさとは別に、ほんの僅かだけ暗い影が差す。


「だーかーら、もういーっての」

 その声に振り返れば、後ろから一人の男子生徒。この寒さの中、学ランでしかも前ボタンをはだけたまま。
見てるだけで凍えそうだが、本人はけろりとしている。
そのバカ………もとい、快男児こそだれあろう花井(播磨)であった。
 いつもの真面目な表情ではなく、幾分やさぐれているのは気のせいであろう。
しかし、ノラ猫をゾロゾロと引き連れているのは、気のせいではなかった。
しかも十数匹もの大群。何かの行事か?

「あれ、花井君おっはよー!」
「て……つ、塚本、お、おはよう」
(て、天満ちゃん今日もかわいいぜ! 雪の中に舞う君は俺の天使だぜ! ホントに)

 ガッツポーズの握りこぶし。何かを成し遂げたわけでもないのに。
しかし、一人の視線に気づいてそちらに視線を向けると。

(ありゃ? 妹さんじゃねえか。なんであんなに離れてんだ?)

 天満のとなりにいたはずの八雲がいつのまにか、電柱の影に隠れている。
音も無く移動したかのように。

「今日は遅いんだね、花井君。いつも学級委員長だから早いのに」
(いや、これでも早ぇんだよ天満ちゃん)

 何しろ花井の起床時間は、朝の四時。
目覚まし時計で起こされたときは、ぶっ壊してやろうかと思ったほどだ。
もちろん二度寝したが、母親に起こされ、周防に起こされ、四度寝が邪魔された時、仕方なく起きた。

 でもこの時間なら天満ちゃんと一緒に登校できんのか〜。
ちょっと心を入れ替えれば済む話なのだが、それができない駄目な子、播磨拳児。
いや、天満のためならばきっと実行するだろう。続かないだろうが。

「ところで花井君、この猫達なあに?」

ニャーニャニーニャー

 そう、天満も八雲も先ほどから気になっていたのだ。十数匹のノラ猫が花井(播磨)にまとわりついている光景を。
中にはよじ登ろうとしている猫までいる。

「い、いや、さっき来る途中でよ、木から降りられねえ子猫――コイツか――懐に入るな! コイツを降ろしてやったんだよ。そしたら、変に恩に着やがって、雪道はあぶねーから守ってやるとか言って、まとわりついてんだ」

 それに俺を守ってやるっつーより、ただ暖をとってるだけなのは気のせいか?

「えー、花井くんって、動物の心がわかるの?」
「あー、まあな」
「じゃあ、その子猫、なんていっているの?」
「ちょっとまってな」

 アタシは矢神町の主なの。アンタには借りができたから、アタシの力を総動員して恩返ししてあげるわ。べ、別にアンタに助けてもらったからって、嬉しいわけじゃないんだからね!

「………」
「どうしたの?」
「(なんかお嬢みてえな猫だな、コイツ。)ま、なんか礼いってるよ」
「あははは、ホント〜? スゴイねー八雲………って、なんでそんなに離れてるの?」
「う、うん………」

(クッ 天満ちゃんやっぱ優しいぜ!)

「でも、花井君って優しいんだね。うん、いい人だ!」

 はぅあ!
 そうだったー、いま俺はメガネだったんだ! くそ〜メガネのやろー!

   ニャー    ャニャ    ニャ      ー
「ち、違うんだニャ塚ニ本、ーオレはいいー人なんニャかニャーじゃ―――」
  ニャー   ニャ   ニャー   ニャニャ

「うるせー!」

 猫たちが首っ玉や頭にまでまとわりつき、花井(播磨)の会話を邪魔する。すでに傍目でも誰だかわからないほどだ。

「どけってんだおめーら! あ、あれ? 塚本は?」
「ね、姉さんなら……沢近先輩たちの所へ」
「な、なにぃ!?」

 なるほど気づけば、猫とじゃれてた花井(播磨)はほっとかれ、天満はすでに金髪お嬢と並んで校舎へ向かっているではないか。
焦る花井(播磨)の横顔を見つめる八雲は、不思議そうな、それでいてよほど近しい者でなければ気づかないほどではあるが、複雑な表情を浮かべていた。

(今日は……視えない)

「すまねえ妹さん、俺も行くぜ」
「え!?……は、播磨さん?…」

 ギクッ!
八雲の呟きに身をすくめる花井(播磨)。

「な、なんでかな? どっからどー見てもメガネですよ?」
「す、すみません……」
「い、いや、いーってことよ、じゃ急ぐからよ。えーい、散れぃうぬら!」

 猫たちを振りほどきながら、天満達のあとを追う花井(播磨)のマヌケな後姿を、八雲はもう一度見つめた。

 ど、どうしたんだろう私………なにか変だ。
花井先輩のこと………播磨さん、だなんて。
もしかして、昨日の周防先輩の電話で………なんだか、ふわふわしてるからなのかな。
 昨日の電話を思い出して、思わず頬を染める八雲であった。



「なんだぁ? 入れねえじゃねーか」

 どうやら一番遅かったらしい、ま、いつものことだがな、と気にも留めない花井(播磨)であったが、さすがに教室の入り口をふさがれるのは想定していなかった。教室の入り口付近には2−Cの生徒たちが、中の様子をうかがっているだけで、教室の中に入ろうとはしなかった。
 廊下ではいつもの四人娘までもが、呆れたように佇んでいた。

「なんだこりゃ………んな!?」

 花井(播磨)が生徒の群れをかき分けかき分け、無理やりに教室に入れば。
そこに居たのは、教室を清掃している播磨(花井)の姿。

「やあおはよう、播磨」

 どんがらがっしゃーん!
花井(播磨)が派手な音をたてて、教室の机に突っ込んだ。

「ああ、すまんすまん。“花井”だったな。おはよう、花井」
「ちげーよ! そういう問題じゃねえ!」

 さわやかな笑顔で、挨拶をかわす播磨(花井)は、グラサンを外し、代わりに小さくて洒落たメガネをかけ、キリッと引き締まった、まさに威風堂々とした姿だった。おまけにきちんと詰め襟までしているではないか。播磨(花井)が突っ込みたくなるのも無理はない。

 つーか誰だよ! 本人が見ても誰かわからんぞ。

「てめー、なんでグラサンしてこなか――どわ!」
「そうよ!」

 いきなり花井(播磨)を突き飛ばし、会話に割り込んできたのは、顔を赤くした沢近である。

「なんでサングラス外してんのよ、このバカ!」

 彼女の目の前にいるのは従業員。
そう、あの日の甘酸っぱい思い出が甦ってしまうではないか。

「学生がサングラスして学校に来ていいわけがないだろう!」
「う、そう言われると………説得力あるけど」
「以前から注意しようと思っていたが、いい機会だ。「サングラスは反対派」として、断固戦うぞ」
「でも………」
「う〜むわからん。なぜ沢近君まで「サングラスは賛成派」なんだ?」
「〜〜〜そ、それは〜〜〜〜」

 なんなのよ反対派とか賛成派とかわけわかんないあの素顔が私だけのモノなんて考えるわけ無いけどこうして皆に知られちゃうと惜しいというか後ろからクラスメートの黄色い声が聞こえてそんでもって
ボン!

「知らないわよ、このバカヒゲ!」

 臨界点を突破した無敵のお嬢様は、撤退しました。

「ホップ………ステップ……」
「なんなんだ、まったく。沢近君ともあろう者が」
「ァタァ!!」

 ドゴ!

「ブオーン!」

 いきなり後頭部にとび蹴りをくらった播磨(花井)が、黒板に顔面をめり込ませた。
もちろんそれだけで許すつもりもない。花井(播磨)は、むりやり引きずり出した。

「てめ〜天満ちゃんの前で(←言ってません)グラサン外すなって、あんだけ言ったろうが〜」
「播磨君ってやっぱりカッコいいよね、素顔!」(←天満、晶に耳打ち………のつもり)

 にへら〜〜
ってちがーう! あやうく、全てのことがどーでもよくなりかけたぜ、恐るべしだ天満ちゃん! でも今はやめてくれ。軽くヤバイ。

「は、花井!?」
「あ?」

 イラつく花井(播磨)が、播磨(花井)の胸倉を掴みながら、声のするほうへ睨むつける。
 思わずどよめく教室。クラスメートが驚くのも無理はない。
学ランの下はシャツ一枚。ラフな格好に鋭い目つき。明らかにいつもの花井と違うのだから。

 な、なんだこの空気………ま、まさか もしかしてばれちゃう!? S(すこし)F(ふしぎ)体験中の俺たちの秘密がばれちまう?!
クラス追放? 黄色い救急車? ヤベエ イレカワッテルンデス イエナイ

「クソ! ちょっと来い!」

 クラスメートの懐疑的な視線にさらされてテンパッちゃった花井(播磨)は、まだ意識のおぼつかない播磨(花井)を掴んで、教室を飛び出した。
代わりに、校舎中に響き渡ったのは2−C全員の怒号や嬌声であった。



「播磨君ってもっと怖いかと思ってたけど、真面目に振舞うとカッコいいんだね」「早まったかな?」「いーネ、あたしタイプだなー」「え、冴子マジ〜?」「席代わって〜」「!………(涙目でイヤイヤ)」「えー、花井君だってワイルドでよかったよー」「早まっちゃった?」「播磨受け確定だァ」「(で、でも田中君だって……)」「(で、でも今鳥さんだって……)」「別に惚れないって」etc...


 ※なお、男子生徒の声はあまりにもお聞き苦しいので、割愛させていただきます。
ところで四人組………じゃなかった、四人娘の皆さんは?


「あれ、愛理どうしたの。不機嫌そうだね」

 騒然とした教室内で、4人は天満の席を中心に集まり、クラスメートの狂騒を眺めていた。

「別に!」

 フンだ!
晶の挑発に、強がって金色の髪を跳ねさせる沢近。

「何人かのコは、もう携帯で撮ったみたいだね、二人を」

 ハ! しまった〜〜
沢近が頭を抱える。自分が撮れなかったこと、皆が撮るのを阻止できなかったことの、どちらを悔いているのか。

「両方でしょ」
「あんたね」

「なあ、やっぱおかしくねーか? あの二人」

 当たり前といえば当たり前、なぜ今まで誰も言い出さないのか不思議だが、ここで(唯一の)常識人、美琴さんの登場だ。

「そうかなあ」
「昨日も花井のヤツ変だったし、播磨も奇行に走ってるし」
「元からでしょ、あのバカは」
「………二人が入れ替わってたりして」

 晶の一言に目を丸くする3人。相変わらず鉄面皮の晶の表情から真意を読み取ろうとするも無駄だった。

「はあ? バカバカしい。そんなことあるわけないだろ、マンガじゃあるまいし」
「そうよ晶」
「そーそー。晶ちゃんならもっとしっかりしたこと言うと思ってたのにー」

 まあ、一笑に付されるのはわかっていたが、猫と入れ替わったことがある違いのわかる女:塚本天満にまで否定されたのは、晶にとって心外だろう。もっとも晶自身にそんなことを知る由もない………はず。

「ところで3人とも、播磨君の素顔に驚かないのね。まさか、過去に見てたとか?」

「あー、アタシは見たよ」
「うん! 私もけっこう見てる。海でしょ? 家に来たときでしょ? それから………あれぇ? なーんか嫌な思い出が」
「なによ、晶。えーえー、見たわよ。あ、あんな至近距離でね!」
「あー、愛理ちゃん照れてるー」
「そう。みんな見てたのね」
「晶ちゃん見たことなかったの?」
「………」
「お、おい塚本?!」
「えへへー、晶ちゃんに勝ったー!」
「………」
「だー! 塚本やめろって! 高野を挑発す―――」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………(←でも無表情)

「だー! 落ち着け高野ー!」(続く)



おまけ
播磨「ところでおまえ、そのメガネどーしたんだ? どっかで見たことあるよーな」
花井「うむ。いつもメガネをかける癖があって――かといってサングラスは嫌だったんだが――幸いなことにリビングに、このメガネがあってな」
播磨「それ、もしかしなくてもアイツの――」
花井「じゃすとふぃっと」

ピンポンパンポーン

「2年C組、播磨拳児君。至急旧校舎にひとりで来るように。いいね」

播磨「………俺死んだー!」


戻り