はなはり(播磨、花井)その4 ( No.3 )
日時: 2006/02/12 20:26
名前: あろ


『はなはり その4』


 花井家の道場には事務所がある。
幼い頃はよく部屋を行き来していた二人、年頃とともに部屋ではなくこの事務所を使うようになっていた。

 先ほどのサングラスの件で用件は終わりかと思っていたが、美琴はいつまでも事務所のソファに座っている。
お茶を飲み終えた花井(播磨)の湯のみを見て、また淹れなおしてるし。

「まだ何かあんのか」
「あー、まあな。ちょっとさ、英語おしえてくれよ。明日、当てられそうなんだ」

 そんなん、できっかよー。勉強なんざカツアゲの次にいらねーもんだ。
つーか、周防はメガネの彼女なんだよな? やべーな、いつばれてもおかしくねえぞ?
心なしか、周防の目が怪しんでたよーな………

「花井………嫌、なのか?」
「そ、そんなことねーよ。任せとけ」

 そういって教科書を受け取る花井(播磨)。当然、頭は真っ白。
なんだこりゃ日本語か!?

「あ〜、マルコポーロ トラ、トランペット フロム ヴェ………ヴェ、ヴェ………ヴィ………ヴェ、ヴェン、ヴェン………ヴェン………ビクター」

 どんがらがっしゃ〜ん!
美琴がソファから転げ落ちて、派手な音をたてる。机の上のお菓子入れが盛大にひっくり返ってしまった。

「何してんだ」
「おーまーえーなー! 本気で教える気あるのか! あーあ、お茶こぼしちゃったよ」

 ぶつくさ文句を言いつつ、新しくお茶を淹れなおしてくれるところが美琴のいいところだ。
きっと面倒見のいいお母さんになるだろう。

「頼むから真面目に教えてくれよな」
「おう、もちろんだぜ美コちゃん」

 ブー!

「あっちー! なにしやがる!」

 美琴の噴き出したお茶(あっつあつ)が花井(播磨)にもろにかかってしまった。
転げまわる花井(播磨)。慌ててタオルで拭く。

「誰が美コちゃんだって!! おまえ、もうその呼び方やめるっつっただろが、変態だとか何とか言って」
「そうか? 好きな女なら愛称で呼びたくなるもんだろ。今までずーっと苗字だったらなおさらだ!」
「……お、おまえ何いって?…」

 面食らって真っ赤になる美琴だったが、花井(播磨)はもちろん眼中にない。妄想で忙しいのだ。
(俺だって、できるなら「塚本」なんかじゃなくて、「天満ちゃん」ってよびてえ。い、いやもう一歩すすんで、て、天ちゃん? なんかちげーな………)

「きいてんのか、花井!」
「あ? なんの話だ。あ、そうそう。だから、おまえも遠慮なくメガネのこと愛称で呼んでやれ」
「な、なに言ってんだよ! ガキのころから花井だったし……」
「じゃあ、いい機会じゃねーか。付き合ってんだろ?」
「っていうかちょっと待て! いつからアタシたちゃ恋人になったんだ! それになんか微妙に他人事っぽくきこえんだけど。口調もおかしいし。なあ、なんかあった?」
「気にすんな、そんな日もある」
「………もーいいよ、アホらし」

 心底呆れたのだろう、周防は嘆息すると教科書を持って立ち上がる。このまま自室に戻るのだろうと花井(播磨)はホッとした。
これ以上突っ込まれると色々とめんどくせーことになりそうだ、そんなことを考えていたが、ふとあることを思いついた。
 待てよ? これはチャンスなんじゃねえか?
いま、俺はメガネの格好だ。周防も俺をメガネだと思ってる。これは、ごく自然に天満ちゃんのことを聞けんじゃねえか?

「あ、あのースオーサン」
「なに」

 まだ不機嫌そうだった美琴は、入り口近くで呼び止められ、嫌々振り向いた。

「いや、僕が悪かったです。ささ、どうぞお座りください。ちょっと教えてほしいことがありまして」

 深々と頭をさげられると、美琴もしょーがないな、と思い直して座りなおした。

「で、なんだって?」
「さ、最近、塚本さんの様子はどうなんでしょうか」
「はあ?」
「い、いや、その、恋の噂というか、なんというか」
「そんなの、おまえの方が詳しいんじゃないか?」

 な、なんだって? ま、まさかメガネのやろー、天満ちゃんにアプローチしてんじゃねえだろうな!
って、そんなわけねーか。

「な、なに言ってんですか。僕は周防さん一筋ですよ」
「まだバカ言ってるよ……でも、アタシもよくわかんないって。直接塚本にきいたわけじゃないからさ」
「そりゃそうだけどよ、なんかないのか」
「んー、やっぱ播磨と仲がいい、ってぐらいだなあ」

 きた。
劇画調になって、思わずメガネを指で整える花井(播磨)。

「学校の男子んなかじゃ、一番親しそうにしてるし、文化祭の準備ん時におまえは誤解だってはっきりいってたけど………あれはどう見たってなあ」

 その言葉に、少し翳りが含まれているのは、もちろん彼女の親友を慮ってのこと。
これから播磨に告白するのかもしれないあの意地っ張り。
しかしそんなことには微塵も気づかないバカは、美琴の手を握り締めた。

「スオー、頼みがある!」
「な、なんだよ!」
「塚本と播磨を引き合わせてやってくれ! このとーりだ!」
「いきなりだな」
「呼び出してくれるだけでいーんだ、後はお――播磨が何とかする」
「………おまえ、本気か?」
「ああ。ぜってーに塚本を泣かせるようなことはしねー。責任とるぜ」
「なんで、おまえが?」

 ! そ〜だっ〜た〜
 いま俺はメガネの姿だった………しきりに頭を抱える花井(播磨)に、美琴は何故か不機嫌そうに言った。

「おまえがそんな調子なのに、播磨との仲を取り持てんのか?」
「だ、大丈夫だ! 明日中にはなんとか元に戻ってみせるぜ!」
「元に戻る?」
「こっちの話だ。それより頼むぜ! 播磨には俺の方から話をつけとく!」

 は〜………と、深いため息の美琴。安請け合いするわけにはいかないではないか。
自分としては、やっぱり親友の恋を応援してやりたい。どっちにしろ、決めるのが播磨だったとしてもだ。

「………呼び出すだけだぞ?」
「ああ!」
「おまえも、それ以上は何もしないって約束するか? あくまでも二人の問題なんだから」
「もちろんだ!」
「わかったよ――っと、携帯アタシの部屋だった。部屋戻ってからでいいか?」
「もちろんだ!」
「でも、おまえもいいヤツだな。播磨と塚本の仲を取り持つなんて」
「まあな! ハッハッハ」


 それからも花井(播磨)の様子はおかしく、まるで勉強にならないと判断した美琴は早々に切り上げて自室へと戻っていた。

「わけわかんねーなあ、花井のヤツ。ま、引き受けたからにはやらないとな………あ〜、沢近にバレたらどーなることか」

 ベッドに寝っ転がって携帯を操作する美琴。
Pi…Pi……Pi……

「あ、塚本? アタシ、うん美琴。ごめんなー、え、寝てた? おまえまだ10時前だぞ。それよりさ、八雲ちゃんにかわってくんない?」――(続く)



おまけ

「は!! ほ!! 荒ぶる魂がふたたび俺の野生を呼び醒ます! 待ってろ! 俺の天満ちゃん!」

 全裸にサングラス一丁の花井(播磨)が部屋でスチュアート大佐ごっこをやっているところを、差し入れにやってきた母親の千鶴に全て見られたが、洞察力のある高野晶さんはこの場にいなかったので、泣かれた。


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