はなはり(播磨、花井)2 ( No.1 )
日時: 2006/02/12 20:24
名前: あろ


『はなはり その2』

「ふむ、播磨め、中々豪華なマンションに住んでいるではないか。それでは………ただいま!」

 播磨(花井)は鍵を開けて中に入る。
玄関から見える室内は綺麗で、荒れ果てた(とまでは言わないが多少は汚れた)独居などを想像していた播磨(花井)だったが。
しかし、思う。
 玄関も廊下も、部屋も………あまり人の住んでいる気配がない。
いつも花井家と周防家、それに道場や工務店の皆に囲まれて育った花井にとってこの家は、寂しい、という表現がぴったりだった。
 二人暮しといったところだろうか。母親か父親との二人暮し………父親だろうな。

 そう播磨(花井)が決めつけのは、キッチンに散らかっていたゴミの大半がビールの空き缶だったからだ。

「よかろう、乗りかかった船だ」

 そう腕まくりしながら播磨(花井)はキッチンを片付け始めたのだった。


「ただいま」

 今日、珍しく刑部絃子は遅く帰宅した。軽く飲んできたのは、どうせ今日の食事当番が播磨だったから。

「な」

 だから驚いてもいい。
 どうせビーフジャーキーか、ポテチ、カップラーメン等がダイニングキッチンのテーブルに置いてあるだけだろうな、と思っていたところに、豪勢な料理を盛り付けた皿がいくつも並んでいたのだから。

「………また塚本くんでも来ているのか?」

 そう呟きながらショルダーバッグを下ろす絃子の目に、エプロンをした播磨(花井)の姿が飛び込んできた。

「お、刑部先生! なぜここに!?」
「………ここは私の家だからだ」
「………はっ 僕は播磨にだまされたのか! おのれ播磨!」

 誰がどう見ても播磨にしか見えないサングラス男が、「おのれ播磨!」とのたまっている。
 絃子は何も言わず、そのまま自室に戻ってしまった。

「なんということだ、僕は教師の部屋に上がりこんでしまったのか! こうしてはいられない、すぐに―――」

 ドパラララララ……

「どわわああ!」

 いきなりフルオートマシンガン(モデルガン)で後頭部をうたれて前のめりに倒れる播磨(花井)。
慌てて身を起こすと、ジャケットを脱いでYシャツ姿の絃子がマシンガンを手に冷たく見据えているではないか。

「あ、あの………刑部先生?」
「なるほど、あくまで私に対してふざけるのかい」
「とんでもない! この僕が刑部先生に対して、そのような――はぐ」

 しかし播磨(花井)の声は潰える。絃子が彼の顎を掴み、そのままモデルガンの挺身を口に突っ込んだからだ。

「今日の私は機嫌が悪い。素直に、何をたくらんでいるのか教えてくれないか拳児くん」
「ふぇ、ふぇんふぃふん? も、もひや!(訳=け、拳児くん? も、もしや!)」
「何を言っているのかわからんが」
「だぅー」
「汚いな」

 よだれが垂れたので、やっと播磨(花井)は解放された。

「お、刑部先生、いまあなたは僕を拳児くんとよびましたね?」
「ああ、よんだが」
「しかも、僕がここにいても出て行けと言わない」
「まあ、同居しているわけだし」
「ということは、もしや僕と刑部先生は、恋人同士?! 同棲!? ま、まさかすでに婚約を!?」

 ドパララララ……
今度は全身に弾の雨を降らせる。先ほどよりも残酷な攻撃。
それでも頑丈な体躯の播磨(花井)は、身悶えながらも気を失うことは無かった。

「まったく、何を言い出すことやら。第一、君は塚本君が好きなんだろう?」
「………はう! そ、そうだった!」

 そのままプラトーンよろしく、ひざまずいたまま両手を挙げて気を失う寸前だった播磨(花井)だが、愛するその人の名を聞くなり身を起こす。
気持ち悪い動きだ。

「忘れてたのか君は。頭が悪いとは思っていたが、そこまでとは思わなかったぞ」
「おのれ、播磨! よくも八雲君を!」
「八雲君? 君の好きなのは、姉の塚本天満ではなかったのかね。やれやれ、本格的におかしくなってきたな」
「へ?」

 花井思案中………しばらくおまちください。

 そうか、そうだったのか!
 播磨は塚本天満君が好きだったのか!!!
つまりヤツは、姉の天満君を落とすために、馬を射よではないが、八雲君に近づいたというわけだ。
それで、今までの言動や不審な逢引が、やっと腑に落ちたぞ!
 だが、その趣味に関してはとやかく言わんが(←暴言)、八雲君を利用しようとしたのは許せんな。

「も、もちろんですよ刑部先生! 僕が好きなのは天満くん! 八雲くんなんて、きら、き、き………き、嫌いですよ?」
「なぜ涙声になる」
「く、苦しい! 胸が張り裂けそうだ! だが許してくれ八雲君! 僕が本当に好きなのは八雲君だが、心を鬼にして天満君を好きだと言う!」
「ふむ。事情は相変わらずよくわからんが、君が最低だということはわかった」

 そう呟きながら、新たにマシンガンの銃創を入れ替える絃子の冷徹な、そして何故か妖艶な仕種を見て、播磨(花井)は慌てて弁解する。

「ち、違います刑部先生! 僕は花井春樹です! ヤクモンひとすじ花井春樹ですとも!」

 しかし絃子の耳には、もう何も、誰の声も入ってはいなかった。



「む、美味しいじゃないか」
「よろほんれもらへて、よはっはれふ。よへいなことまれ」

 フォークでミモザサラダを突っつきながら、絃子が料理を褒めてくれた。
機嫌がよくなったらしい、ホッと胸をなでおろす播磨(花井)だったが、顔面が原型を留めていないことと、リビングで正座を命じられたのが玉に瑕だ。

「で? 料理や掃除、洗濯――私の下着まで洗ってくれたそうじゃないか――をそつなくこなして、君は一体何を考えているんだい、拳児くん」
「いや、もちろん刑部先生の黒い下着は専用の網に入れましたとも。決して播磨なんぞの汚い下着と一緒には洗いませんでした!」
「それだ」
「へ?」
「なぜ自分のことを播磨と呼ぶ? 何かの風習なのか?」
「いや、それはその―――」

 迂闊だった。
事情がばれないように(というか、こんなことに気づく人間なんていやしないだろうが)、あれだけ念入りに打ち合わせをしたはずが、つい、刑部先生と播磨が同居しているなんてことを知ってしまい、しかも播磨の想い人が八雲くんではなく姉の方だったと知るや、喜びのあまり全てがどうでもいいように思えてしまったのだ。
 まったく僕もまだまだ修行が足りない。
 しかし、一体なんと答えればよいのだろうか? そういうキャラ作りです、とかか? それとも流行ですか? なぜ疑問形なのだ僕は? あ〜なんと答えればいいのだ、あー刑部先生の目がだんだん妖しく光り輝いてきたー! 早く言わなければ!

「病気です」
「だろうな」
「ところで刑部先生はどうして僕と同居を?」
「………」
「あ、いや、もちろん知っておりますとも。はっはっは」
「だったら、いつもの呼び方にしてくれないか? 君が刑部先生などというと、何故か鳥肌がな」

 そういって、シャツをめくって擦る絃子の白い肌を思わず凝視する播磨(花井)。慌てて視線をそらし、「それじゃあ」と一つ咳払いをする。

「えっと、名前ですよね」
「ああ」
「い、絃子」
「………」

 絃子は頬をひきつらせ、再び銃口を播磨(花井)に向けた。

「何故ですかー!」
「いや、なんだか今日の君に呼び捨てにされると、無性に寒気がする」
「だ、だったら………絃子さん(上目遣い)」

 ドパララララ!

「あじゃぱー!」
「刑部先生でいい………」

 再び弾丸をくらってヒキガエルのように仰向けに倒れる播磨(花井)に、絃子は頭を抑えながらそう言い放った。
二人の夜は長い――(続く)


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