Like a balancing toy (愛理、播磨他)
日時: 2005/11/02 08:46
名前: によ

 【まえがき+お詫び】

 このSSは「Be blue」の続編となります。
 書こうか、書かまいか迷っていたSSではありますが…マガジン43号を読んでみて、個人的に「えー」だったこともあり、書く決心がつきました。
 なお、このSSにおける主に愛理の心境等について前作を読まないと判らない可能性があります。前作も読んで頂ければ幸いです。
 また、9月21日に初投稿した本SSを愛理一人称形式で掲載致しましたが、物語展開の都合上、三人称形式の方が良いと感じ、再度、三人称形式にて掲載させて頂きました。内容的には変わっていないですが、文体の変更は私自身の力量のなさが原因であり、ご迷惑をおかけすることを深く陳謝致します。
 最後に前作「Be blue」は本編の一解釈として描いたSSですが、本SSにつきましては前作での設定を最大限に活かして書き上げたいと思っておりますので、本編の展開と整合性がつかなくなると思います。数多あるIFストーリーの一つとして読んで頂ければ幸いです。

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 2学期の期末テストが終わって、あとは冬休みを待っていた頃が精神的に一番きつかったわ。
 いつもの私なら冬休みを如何に楽しむか、きっとそんな事を考えていたはずだし。
 でも、あの頃の私はアイツの…彼への想いが絶望的だと思っていたから……
 彼の好きな人が天満だっていうコトを知ってしまってこともあるけど、それ以上に天満の好きな人が烏丸君だってことを彼も知っていたのが一番のショックだったわね……
 だって、そうでしょ!?
 好きな人の想い人が他の人のコトを好きになっているのに、それでも想っているんだから……
 さすがに敵うわけがないって絶望してしまったってワケよ。
 そんなタイミングに矢神を離れなければいけないなんていう最悪な話も舞い込んできたしね。
 もう二度とあんな思いをするのは嫌よ。

 (メルカドで美琴と交わす愛理の会話より抜粋)



 − 序 章 − ある提案



 学校から帰ってきた愛理はテラスでずっと外の景色を眺めていた。
 眺めることでしか心の痛みを忘れることが出来なかった。
 愛理は何もかも忘れたかった。
 播磨の好きな人が天満だったことも、その播磨が天満の好きな人は烏丸だったという事実を知っていたことも。
 そして、自分が播磨のことを好きなことも。
 しかし、忘れようと思っても忘れられるものではない。
 想いが強ければ強いほど、絶望的だと思えば思うほど……
 忘れることが出来なくても、景色を眺めることで何も考えないことは出来る。
 今日は幸いにも学校で播磨と接することがなかった。
 いつもなら何かにつけて口喧嘩をしてしまうが、殆どの時間を机で臥せっていたこともあって。
 ただ、親友である晶や美琴、天満には「具合が悪いの?」と心配をかけてしまう結果になってしまった。
 何も考えず景色を眺めているとすっかり陽は暮れて夜になっていた。
 部屋の明かりをつけていないので月明かりだけが愛理を照らし、静寂だった。
 まるで世界に自分だけしかいないような、愛理はそんな感慨にふけってしまった。
 しかし、実際はそんなことはない。
 夜空に浮かびつつある半月を眺めていると、部屋の扉をノックする音が静寂な世界の終わりを告げた。

「どうぞ」

 ノックの音が聞こえた扉に向かってそう言うと、執事のナカムラが「失礼します」と頭を下げて部屋の中に入ってきた。

「お嬢様、御食事の用意が出来ました」
「そう…わかったわ。すぐ行くから」

 ナカムラは愛理の言葉を聞くと、もう一度恭しく頭をさげて部屋をあとにした。
 それを見届けた愛理は化粧台の前へと移動して、鏡に映る自分の髪に乱れがないか確認しているときに化粧台の端に置いていたあるモノが視界に入った。
 渡すことの出来なかった播磨へのプレゼント。一度は捨てようと試みたが、どうしても捨てられなかった。
 綺麗にラッピングされたケースの中には銀のネックレスが入っている。
 絶対彼に似合うだろうと思って、バイトをしてまで買ったものだ。
 その時の思い出が愛理の胸にわき起こったが、同時に辛くもなった。

 ───まるで今の私と一緒ね……

 行き場所のなくなったプレゼントと自分の想い。
 見ていると辛さがますますこみ上げてくる。でも、捨てることもできない。
 愛理は溜め息をつくとそのプレゼントから目を逸らして、そのまま部屋から出て行った。


          *


 ダイニング・ルームを見渡すと、昨日の夜遅くに京都から戻ってきた母が既に腰掛けていた。
 その母と一緒に食事をするのは実に約1ヶ月ぶり。それまで、仕事と実家の所用とやらで母は京都の実家に戻っていた。
 
「遅れてしまい申し訳ございません、お母様」

 愛理はそう言いながらメイドのひとりが座りやすいように引いたイスに腰掛けた。
 母はにこやかに「気にしなくていいわ」と首を振ると、一緒に食事を取り始めた。
 久しぶりに一緒に食事をすることもあり、会話も弾んだ。
 主に学校での出来事、期末テストのことや仕事のことだった。
 ただ、愛理は京都の実家のことについては聞かなかった。
 実家の話をすれば必ず、あの祖母の話題がでる。
 愛理は祖母が嫌いだった。旧家の当主ということもあり、やたらと伝統や格式ばかりを重んじる。
 そして、それを自分にも押しつける。幼少期をイギリスで過ごした愛理にとっては理解出来ない人だった。
 幸い、母からも実家の話題、特に祖母の話題が出なかったこともあって、会話は終始和やかだった。
 食事も終わり、デザートとお茶が運ばれてきた時だった。

「愛理、少しお話があります」

 今までにこやかだった母が急に真面目な顔で話を切り出してきた。
 昨日まで京都に、実家に帰っていた母である。
 真剣な眼差しになったのはきっと祖母絡みの話であろうと思うと、愛理は一抹の不安を覚えた。

「…何でしょうか? お母様」
「実はね、京都で林さんとお会いしたのよ。いい男性(かた)ね」

 愛理は母が林さんと会ったという話に首を傾げずにはいられなかった。
 林さん、11月末に愛理が隣町のレストランで一緒に食事をした男性の名前だった。
 祖母が母を通じて頼んできた見合い話の相手でもあった。
 しかし、明確な言葉にこそはしなかったが丁重にお断りをした話でもあったし、当の人物は近くロンドンに留学するとかで、結婚を前提としたお付き合いをするような余地はないはずだった。
 そのことは母にも伝えている。
 なんで今更その人の話題が出るのか不思議だった。

「確かにいい男性とは思いましたけど…林さんは留学をされるようですし……」
「ええ、ご本人からもそう伺ったわ」
「では、何故林さんの話題を今頃……?」
「林さんとご一緒したのはお祖母様と一緒に食事をしてた時でね、その時、お祖母様からある提案があったの」

 愛理は顔が引きつってくるのが自分でもわかった。
 祖母が絡む話はろくな話がない。
 留学する前に結婚しろという話であろうか、という途轍もなく嫌な想像が浮かぶ。
 
「その…提案とは一体…何でしょうか……?」

 最悪な予想が当たらないことを祈って、愛理は恐る恐る聞いてみた。

「愛理は幼少の頃はロンドンで暮らしていたでしょ? そろそろ向こうに戻ってみてはどうか、と言われたわ」
「えっ!?」

 ───な…何で今更ロンドンで暮らす必要があるの!?

 愛理は座っていたイスがガタッと揺れてしまうほど身を乗り出して驚いてしまった。
 
「そんなに驚くことじゃないでしょ、愛理。少し前まではお父様と一緒に暮らしたいって言っていたじゃない?」
「そ…それはそうですけど…今は……」

 少し前といっても、もう1年も前の話だった。
 当時は友達と呼べるのは晶だけで、美琴や天満、それに播磨と出会ってはいない時期の話だった。
 その晶や美琴、天満は愛理にとって親友とまで呼べる存在で、播磨に至ってはその想いが叶わないとはわかっても初恋の人。
 ロンドンで暮らすということは自分の大事な人達から離れることを意味している。
 今は播磨との恋が叶わないという現実を叩きつけられて辛くもあるが、それでも愛理にとって、とても承諾できるようなことではなかった。
 
「愛理の気持ちもわかるわ、学校に友達もいることでしょうし。でもね、お父様も愛理がロンドンに戻ってくることに賛成されているわ」
「お父様も……」
「それに、林さんもロンドンへ留学されるでしょ? 愛理もいい男性と思っていることだし、先方も愛理のことを気に入られているわ。向こうに行っても、林さんはきっと愛理を支えてくれると思うのよ」

 母の口から再度彼の名前を聞いた時、愛理は全てを悟った。祖母の企みに。
 要するに一緒にロンドンに行けということだ。結婚という言葉こそ出ていないが、意味していることは一緒だと思った。
 愛理は全身から血が引いていった。最悪な予想が当たってしまった。

「それは…あの家のご命令なんでしょうか?」
「そうじゃないわ…あくまでご提案よ……」

 愛理があまりにも低い声でそう言ったので、母も苦笑しながらそう答えた。

「愛理…私はお祖母様がそう言われたからロンドンへ暮らすことを勧めているわけじゃないのよ。お父様も賛成はされているけど、愛理の気持ちを第一に考えたいとも仰っていたわ。それに、確かに林さんのこともあります。ただ、母も…お祖母様も愛理の気持ちを無視してまで強引に結婚させようとまでは思っていらっしゃらないわ。私もお祖母様も…お父様だって愛理の幸せを願ってのことよ。愛理がロンドンで暮らしたくないなら、それでもいいわ。でも、少し考えてみてはくれないかしら?」

 母は愛理を諭すような口振りでそう言った。
 嫌なら行かなくてもいいとまで言っている。しかし、愛理は母がここまで言うのは祖母の強い勧めがあったからに違いないとも思った。
 あの家に逆らったら、どうなるのか? 母の立場はどうなるのか?
 そう思うと、愛理は答えに窮した。

「少し…考えさせて下さい……」

 そう答えることしか出来なかった。
 播磨とのコトですら辛いというのに、突然の渡英話で、更に自分の将来が大きく変わる話でもある。
 
「ええ。大事な話ですからゆっくり考えて、愛理」
「はい…お母様。あの…先に部屋に戻らせて頂きます」

 混乱の淵で藻掻きながら母にそう言い残して、愛理は逃げるようにダイニング・ルームをあとにした。


          *  


 階段を駆け上がって、自分の寝室に飛び込んだ愛理は部屋の明かりもつけずにベットの上に蹲るようにして横たわった。
 ひとりになって身体が微かに震えだした。これからどうなるのかという不安とやるせなさからだった。

 ───なんで、私ばっかりこんな目に……

 自分の運命を呪わずにはいられなかった。
 この手の話は薄々覚悟をしなければならない話だとはわかっていた。
 しかし、これほど早く、また最悪のタイミングで舞い込んでくるとは全く予想していなかった。

 ───私はどうしたらいいの? 誰か…誰か教えてよ!

 枕に顔を埋めて、愛理は心の中で何度もそう叫んだ。
 しかし、誰も答えてはくれない。
 愛理はただ叫び続け、次第に何も考えられなくなっていった。
 濡れた枕だけが、愛理の悲しみと辛さを受け止めていただけだった。




.....to be continued

 

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