少女の不安、青年の決意

 
 
投稿者 メッセージ
ユグゼルド



登録日: 2008年2月 28日
投稿記事: 15
所在地: 引越しの後、沖縄

投稿1時間: 2008年3月03日(月) 13:22    題名: 少女の不安、青年の決意    

何時だったか、青年はその恋に区切りを付けた。
自分の勝利は無いと、はっきり理解したのだ。
だが、それでも想いが残る。
少女を想う繋がりが、断ち切れない。
理性が考える程、人間の感情は弱くはないのだろう…。
だから、今日もまた、少女を想う。


狭い部屋の中でペンを走らせる音が、絶え間無く籠る。
大柄な青年、その対面には一人の少女。
共に机に向かい、各々の思いを一枚の紙にぶつけている。
蛍光灯が照らす部屋の中で、時計の針が無情に進んでゆく。
「妹さん」
不意に呼ばれた少女が顔を上げる。
「…はい?」
話の続きを聞く為に双眸を相手に向ける。
「疲れたろう? もうこんな時間だし、先に休んでくれていいぞ」
一度上げた顔を更に上げて、少女は壁に掛った時計に目を向ける。
今日が明日に成ろうか、という時間だ。
「そんなに急ぐ作品じゃねぇし、何より妹さんに苦労ばっかり懸けらんねぇよ」
サングラス越しに視線が絡み合う。
少女は着恥ずかしさから、直ぐに鬱向いてしまう。
青年の優しさが嬉しかった。
「…でも、後もう少しで終わりますし」
それに明日は休日だ、少女は抗議の念をうかべる、が…。
「それに、妹さんに何かあったら塚本に顔向け出来ないからな」

―――また、姉さん、か…。
少女は自分の心に、何か棘が刺さったのを感じた。

―――やっぱり、諦められないよね…、姉さんが烏丸先輩と付き合ってても。

少女には、少しずつではあったが青年の心が視え始めていた。
初めて視えた時はつい嬉し泣きをして播磨を困らせてしまった。
だけど、今は視えない。
視える時の方が少ないくらいだ。
青年はまだ、少女に恋慕しているから。

―――私は、何時まで経っても妹さん。
姉さんの付属品に過ぎないのだろうか?

実際、青年は少女をそんな風には考えていなかった。
自分にとって大切な存在だと感じていた。
だが、その大切さは、家族を想う気持ちと異性を想う気持ちの狭間。
この紙一重の違いは、青年でさえ把握していないものなのだ。
だが、いや、だからこそ少女は不安を胸に抱いていた。
自分は、青年にとって何なのか?
日に日に、その答えを求める。
知りたかった。
青年の心が。

「…播磨さん、…やっぱり、まだ姉さんの事を…」
好きなんですか?
答えは帰って来ない。
只、痛い程の沈黙を部屋に産み出した。
無音の静寂は、少女の心にはあまりに辛いものだった。
溢れ落ちる涙の雫。

―――分かっている事だったのに…。

青年が好きなのは自分の姉。
私は、妹さんでしかない。
留まらない雫に青年が気付く。
「…妹さん」

―――もう、駄目…。

「…!? 止めてください!」
少女の中に渦巻く思念。
「私は、何時まで経っても妹さんでしかない!」
溢れ出す気持ち。
「…私は、貴方の一体何なんですか!?」
何よりも知りたい事だった。
「私は、姉さんの代わりには成れないんでしょうか…」

―――何を言っているんだろう、私。
私何かが姉さんの代わりになる筈が無い。

放った言葉に少女は直ぐ後悔したが、もう遅い。
部屋の時を止めた静寂は破られたのだ。
少女は流れる涙も気にせず、立ち上がり直ぐに部屋を出る。
一秒でも早く播磨の前から消えたかった。
「待ってくれ! 妹さん!」
青年も少女の後を追う。
玄関の鍵を開けて、今にも出ていこうとする少女の腕を青年が掴む。
ゆっくりと、振り返った端正な顔から雫が落ちる。
「すまない…、八雲」
どうすれば良いのか、分からない。
只、少女の涙を見たくなかった。
そっ、ときつくならない様に少女を抱き締める。
「…」

―――ずるいです。
こんな時だけ、名前で呼ぶんですね。

少女にはもう、何を信用すべきか分からなかった。
自分の心も。
青年の気持ちも。
分からない。

「…播磨さん、私の事を、どう思ってますか?」

聞きたい。
心の中を視るよりも。
偽りの無い声が聞きたかった。

「よく聞いてくれよ…」
小さく息を吸う青年。
「お、俺は、八雲の事が…」

―――好きだ。

耳元で囁かれた台詞は、少女の心に深く突き刺さった。
聴覚も視覚も、青年からの気持ちで埋め尽される。
いや、その他に触覚も、嗅覚も青年に奪われていた。

―――もう、他に何も考えられない。
播磨さん、播磨さん、播磨さん。

少女は腕を起こし青年の顔に触れる。
サングラスを外し、直接目を視る。

「…私も、です」

重なる二人の陰。
少女は五感を全て青年に委ねた。

―――貴方が好きです、播磨さん。
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