Locked in Heaven

 
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たれはんだ



登録日: 2007年11月 26日
投稿記事: 9

投稿1時間: 2008年4月16日(水) 10:36    題名: Locked in Heaven    

こん**わ、たれはんだです。

前回に引き続いて2chの投稿分です。
ただ、今回のものは分校には保存されておらず、またごくわずかですが違う部分があります。
(誤字脱字の修正程度になりますが)

一人だけでも読んでいただければ幸いです。
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たれはんだ



登録日: 2007年11月 26日
投稿記事: 9

投稿1時間: 2008年4月16日(水) 10:37    題名:    

Locked in Heaven


 (なぜ、なんだろ)

 最近、頭から離れなくなった言葉。
 アイツのことなんてどうでも良かったはずなのに、『あの時』からどうし
ても気になってしまう。体育祭が終わった後だって、私はアイツとフォーク
ダンスを踊って、そして

 『・・・いつか、また』

と、つい言ってしまった。多分、聞こえてはないと思う。アイツ、聞き直そ
うとしてたから。確かにあの時は何かしてあげたいと思って、つい独り取り
残されたアイツを誘ってしまったけど、ただそれだけ。アイツは今までと同
じ『イヤな奴』のはず、だったのに。それに今は・・・

 「どうかした?」

 後からの突然の声。最初は聞こえなかったけど、もう一度聞こえた。確か
に私に対してだったみたい。

 「晶、呼んだ?」

 後ろを振り向くと、晶は相変わらず本を読んでいた。文庫本らしいけど。

 「ええ。呼んだわ」
 「一体、何の用? って何読んでるのよ?」

 晶は平然と本に目を向けたまま、私の質問を無視して

 「悩み事があるなら、相談に乗るけど」

 と言った。私は晶を軽く睨んで

 「別に何も悩んでなんか無いわよ」

 と言ってやった。別に晶を信用してないわけじゃない。と言うか、ある意
味信用できるとは思う。尤も、私自身、何を悩んでるのか分からなくなって
しまうくらいで、相談以前の問題なんだけど。

 「なら、いいけど」

 それで会話は途切れてしまった。そもそも会話になっているかどうかさえ
疑ってしまう。まぁ、今の私にとってはどうでもいいこと。

 (・・・)

 ちらっとアイツの席を見ると、アイツもまた席に座って本を読んでる。晶
と違って、アイツは明らかに漫画を読んでるみたい。

 (なぜ、なんだろ)

 またそう考えてしまって、つい、溜息をついてしまった。

 「やっぱり」

 後ろから、小さく、そして私だけに聞こえる声で晶は呟いた。おまけに溜
息まで。

 「何よっ」

 ついカッとして、彼女に怒鳴ろうと振り返る瞬間、頬に本のカドが当たっ
た。

 「ちょっ、何すんのよっ!」
 「やーぃ、ひっかかった」

 頬を抑えながら、改めて後ろを振り向くと、本を読み終えたらしい晶が真
顔のまま頬杖を付いて私を見つめていた。相変わらず、何考えてるのか全く
分からないんだけど。

 「ちょっと、晶」
 「パイロンの詩集」

 私が一言言おうとした時、差し出された一冊の本。それはさっきまで晶が
読んでいた本、だったと思う。

 「へっ?」
 「読む?」

 本を差し出されて気が付いた。さっき、晶に何を読んでいるか聞いたんだ。
まあ、ただ何となくで別に知りたいと思ったわけじゃなかったけど、今更答
えるなんて。天満といいアイツといい、もう、どうして私の周りにはこんな
のばかりなのよ。

 「読・ま・な・い」
 「そう」
 
 怒るのを忘れ、どちらかと言えば呆れた感じで私は前に向いた。
 それにしても

 (どうしちゃったのよ、私)

***

 (結局、今日も一日中アイツの事ばかり。なんなのよ、一体)

 独りでの帰り道。ふと、見るとアイツが歩いてるのが見えた。なぜか私の
足は自然とアイツの後をついて行ってしまう。私はアイツのことなんて考え
たくないのに。別について行く必要だって無いのに。

 『さてと』

 アイツは一軒の店に入っていった。そこは割と大きな本屋で、本だけじゃ
なくてCDとかも売ってて、レンタルもしてるみたい。私にはあまり必要が
無いから忘れてたけど、前に美琴や天満と一緒に来た事があった気がする。

 (そういえば、あの時に聴いた曲、何だったかしら)

 ふと、前に来たとき店内に流れていた曲が頭に浮かんだ。あの時は特に気
にもしなかったけど、なぜ今になって思い出したのだろう。そんなに何度も
聞いた曲でもなかったはず。

 (あっ、いた)

 アイツはDVDのコーナーにいた。何を見てるのか気になったけど、気付
かれたくないから、このまま離れて見てることにした。

 (前にも同じ事してたような気がするんだけど?)

 出来るだけ、さり気なく品物を選んでる振りをして、横目でアイツを見張
ってると、目的のDVDを見つけたのか、顔をニヤつかせながら離れていっ
た。どぉっせアイツのことだから、イヤらしいDVDでも買ってくんでしょ
うけど。そう思うとなぜか余計にアイツのことが気になってきて、内心ムカ
ムカしながらあいつが見てたコーナーを私も見てみた。

 (じ、だい、げ、き?)

 時代劇。確か『侍』が『刀』を振り回して『チャンバラ』する映画だった
ような気がする。見たことが無いから良く分からないけど。

 「これかしら?」

 アイツが持っていったDVDがあった場所には、同じ? 物がまだ何枚か残
っていた。下を見ると『最新作』と書いてあったから、たぶん発売されたばか
りみたい。

 「えっと、『さんびきがきられる べすとこれくしょん』?」

 そういえば、天満が前に『三匹が斬られる』というドラマの『万石』とい
う人物のことで熱く語っていたのを思い出した。パッケージの裏面を見てみ
ると、確かに『万石』という人物の名前と顔写真が載っていた。どうやらこ
の『三匹が斬られる』と言う時代劇の主役らしい。何か「冴えないおじさん」
って感じで、私はあまり好みじゃないわね。

 「これって、面白いのかしら」

 そう呟いてしまった後で気が付いた。何で私はこんなものを持ってるんだ
ろう? 私は何がしたいんだろう? って。アイツがどこで何をしようが、
何を買おうが私には全く関係ないのに。

 (ふぅ)

 溜息一つ付き、DVDを元の場所に戻そうとして、手を止めた。

 (やっぱり、買って帰ろ)

 私は結局、このDVDを買って帰ることにした。その後は何も考えないよ
うにして。

 (あっ、ヒゲは?)

 私がDVDのことで悩んでいる間に、アイツはDVDを買って帰ってしま
ったみたい。私も元々ずっとついて行くわけじゃなかったから、丁度良かっ
た。

 (何やってんのかしら、ホントに)

 手には学生鞄とさっき買ったDVDの袋。家に帰っても何もすることが無
いから、時間つぶしに丁度良いかも。そう考えつつ、横断歩道を渡ろうと信
号が変わるのを待っていた時。

 (この曲! あの時の!)

 交差点の角にあるコンビニから流れてきた曲。それはあの時、あの店で私
が聞いた曲そのものだった。

 (ラジオ? それともCD?)

 私は横断歩道を渡るのも忘れて、曲が流れているらしいコンビニに駆け込
んだ。店内には人は居ないみたいで、女性の店員が一人だけ。年は20代ぐ
らいだと思う。私はすぐにレジに向かい、その店員に聞いてみることにした。

 「さっき流れていた曲だけど、良かったら教えてもらえないかしら」

 店員はなぜか陽気な声で

 「この曲?ごめんなさいね、私、分からないのぉ。これ有線だからぁ」

 と言った。何か癪に障る話し方だったけど、所詮はアルバイトだからと思
いそれ以上聞くのはやめて「そう」の一言だけ言って店を出ようとした。そ
の時、店の奥からもう一人、若い男性の店員が出てきて、女性の店員と何か
話をした後、私を呼び止めると曲名を教えてくれた。

 「『カギのかかる天国』?」

 その男性は音楽、特にインディーズなどが好きだとかで、偶然知っていた
のだと言う。歌っている歌手は昔は割と有名だったそうだけど、今はインデ
ィーズで細々とCDを出していると、丁寧に教えてくれた。ただ、その歌手
のCDはとてもマイナーだとかで、専門店でも殆ど置いていないとも言って
いた。私ならすぐに手に入るとは思うけど。

 「教えてくれてありがと」

 男性の店員にそう言って、私はコンビニを後にした。

 (もう一度、行ってみよ)

 どうしてもあの曲が聞きたくなって、わざわざ帰り道を引き返してあの本
屋へ行く事にした。別にナカムラに頼んでも良かったのだけど、なぜか自分
の手で探したい気分になってしまったから。

***

 結局CDは見つからず、そのまま屋敷に帰ってきた。やっぱりあのコンビ
ニの店員の言う通り、そう簡単には見つからないみたい。まあ、

 「見つからないからって、別にどうでも良いわよね」

 特に急ぐことも無いから、私は素直に諦める事にした。

 「お帰りなさいませ。 お嬢様」

 屋敷に帰ると、執事のナカムラが出迎えてくれた。いろいろと良くしてく
れるのはいいけど、得体が知れないと言うか・・・

 「どうかなさいましたか?」
 「別に。何でもないわ。それよりお父様は?」

 お父様は仕事の関係で、自宅に居る事は殆どない。昔からだけど。

 「いえ。まだお戻りにはなられてはおりません」
 「そう」

 慣れたとはいえ、せめて、週に一度くらい一緒に食事をしたり、いろいろ
な話をしたいのに。もちろん、それは私のわがままだとは思ってるけど、な
んと言うか・・・

 「今日、夜会用のドレスが届きましたので、お部屋の方に」
 「え? そういえば、そうだったわね」

 夜会、ね・・・。いつもなら出ること自体別にいいんだけど。今はなぜか
出たくない。どぉっせ、『イロイロな』男に言い寄られるのがオチだし。嫌
いというわけじゃないんだけど、今はなぜか、ね。

 「ねぇ、今からキャンセル・・・ いい。なんでもない」
 「ハッ」

 部屋に戻ると、ベットの上に大きめの箱が置かれていた。中には夜会用の
ドレスが入っているはず。ドレスくらいなら衣裳部屋に行けばいくらでも有
るんだけど、やっぱり新しいものじゃないと、ってあの時は選んだんだけど。
 
 (ふぅ。何だか、ね)

 今更、どうでも良くなった気分になって、カバンとDVDの袋をベットに
放り投げると、仰向けに寝転がってみた。いつも見ている天井。そして、ふ
っ、と一瞬だけ浮かんだアイツの顔。

 (・・・DVDでも見よ)

 夕食等を済ませて普段着に着替えると、私は買ってきたDVDを見ること
にした。長細いケースにディスクが4枚と薄いチラシのような本が2冊入っ
ていて、ディスクの表面には登場人物らしい4人の人物の写真が印刷されて
いた。そのうちの1枚に写ってるのが『万石』だと思う。

 「へっ? 8時間?!」

 4枚のディスクのうち、3枚には3時間のドラマが2本と2時間のドラマ
が1本収録されていて、全部で約8時間ぐらい。もう1枚が特典ディスクと
かで、この時間も含めると9時間以上になる。まぁ、『タイタニック』でも
見ると思えば・・・って、内容とか全然違うけど。

 (・・・はぁ)

 とりあえず、1枚目を見てみることにした。一緒に入っていた本を見てみ
ると、今から2年位前にTVで放送されてた番組みたい。

 (つまらなかったら、天満にでもあげ)

 始まった。タイトルからナレーションが入り、そして『万石』を始めとす
る登場人物? が画面上に現れた。

 (ふーん)

 思ってたよりはそんなに悪くないかも。でもやっぱり私の趣味じゃないわ
ね。

 (あ。もうこんな時間)

 気付いたら時計の針はすでに1時を過ぎていた。おまけにテーブルの上に
は無かったはずのティーセットまで。

 (声かけてよね。ったく)

 DVDはすでに終わってメニューが表示されてる。結局最後まで見ちゃた
みたい。

 (今日は寝よっと)

 ナカムラを呼んで片付けさせると私はベットに入り眠ることにした。

***

 翌日の昼休み。

 私は相変わらず、アイツのことばかり。アイツが八雲と付き合っているの
は分かってる。そうさせてしまったのは私のせい。なのに、今も頭に引っか
かってる。

 「でねでね、万石がとぉってもカッコいいの。もうあれは絶対に買いだよ
っ! 美コちゃんもせっかくだから買お。ねっ?」
 
 相変わらず、天満は小さなフォークを握り締めて、万石について語ってる。
昨日あのDVDを買って見たのはまず間違いないわね。あのコのことだから、
朝までずっと見てたかも。

 「ね、愛理ちゃんは見た? 『三匹が斬られる ベストコレクション』の
DVD。すっごく面白いんだよ。やっぱり万石はサイコーだよね?」
 「あのなぁ、沢近が時代劇なんか見るわけ無いだろ?」
 「(ムッ)見たわよ。『三匹が斬られる』のDVD。全部じゃないけど」

 まるでどうでもいいような感じで答えたんだけど、それがかなり意外だっ
た見たいで、美琴どころか天満まで驚いてた。そんなに意外かしら。まぁ自
分でも意外に思うけど。

 「おいおい、まさか沢近まで万石のファンだとか言うんじゃないだろうな」
 「別にファン、って訳じゃ」
 「ねっ、ねっ、面白かったでしょ。やっぱり見てる人は見てるよねぇ」

 このままだと、天満の万石話が延々と続きそうだから、ふと思い出したこ
とをさり気なく聞いてみた。

 「ねぇ、この近くに大きなCDショップ、無い?」
 「へ? CDしょっぷ?」
 「もしかして、『三匹が斬られる』のボックス買うの? いいなぁ。あれ
私も欲しいんだけど、高くて買えなくって。愛理ちゃん、良かったら今度」
 「違うわよっ! 今、CDを探してるんだけど、中々見つからないのよ。
だから、いい所があったら教えて欲しいんだけど」
 「あの、執事、だったっけ? に頼めばいいんじゃねぇのか?」
 「まぁ、それでもいいんだけどね。何と言うか」
 「うんうん、分かる分かる。欲しいものを自分で探して手に入れるって、
結構うれしかったりするんだよね」
 「別にそんなんじゃないけど」
 「あたしが知ってる場所、ったら『TATSUYA』とか『アワー』、後
は『MHV』とかぐらい、だな」
 「その場所教えてくれる?」
 「そりゃ、別にかまわねぇけど。何だったら一緒に探してやろうか?」
 「遠慮するわ。そこまで大げさな事じゃな」
 「じゃあ、帰りに寄ろっか。晶ちゃんもさそって、ね? でも晶ちゃん、
今日部室によるって言ってたし」
 「だ・か・ら、遠慮するって言ってるでしょっ!」
 「ぇーっ。せっかく一緒に帰ろうって思ってたのにぃ」

 相変わらず、話を聞いてないと言うか、マイペースなのか、話が上手くい
かないんだから、ほんとに。まぁ、本当はこうして一緒に楽しんだ方が、ア
イツのことを少しの間だけでも忘れられるかも知れないから、それはそれで
いいんだけど、天満を見てると今度は八雲の事を思い出しそうで。

 「(ふぅ)悪かったわ。でも本当に大した物じゃないし、ただ、思い出し
てるうちにと思っただけだから」
 「まぁ、いいけどな」

 結局、そんな感じでいつも通り昼休みは終わって、午後の授業が始まった。

 (古文って、苦手)

 タダでさえ古文とか現国って苦手なのに、最近のユウウツが重なって余計に
集中できない。で、気が付くとアイツの席に目が向いてしまう。珍しくアイツ
は今日も出席してるけど、見事に寝てる。おまけに天満も。

 (いいわよね、のんきで。私の気持ちも知らないで)

 気持ち? 気持ちって、えっと、私? のよね。(溜息)

 ツンツン

 頬杖を付いて自己嫌悪な気分になった時、後ろから肩をつつかれた。肩越し
に後ろを向くと、晶が小さな紙切れを渡してくれた。

 『CD、探してるって聞いたけど?』

 紙切れにはそう書かれていた。一体誰から聞いたのかしら。って、大体の
見当はつくけど。

 『ええ。まぁ、そんなに大した物じゃないけど』

 普段はどちらかといえば真面目に授業を受ける方なんだけど、ユウウツな
せいもあって、授業は気にせず晶に返事を書くことにした。

 『タイトルは?』

 返事を書いて肩越しに後ろに渡すと、すぐにまた紙切れが回ってきた。

 『『カギのかかる天国』』

 別に隠す必要も無いし、タイトルくらいならと思ってメモを渡してみた。

 「ふーん」

 と、晶の一言。どういう理由で呟いたのか気になったけど、流石に後ろを
振り向くのはマズいかなと思って、返事を待つ事にした。

 結局、返事は無いまま授業は終わって、その後聞いてみたら

 『ただ、どんなCDを探しているのか気になっただけ』

 なんて。いつもの事だし、期待はしてなかったけど。

***

 放課後。美琴に教えてもらったCDショップのひとつに寄ってみた。昨日
の本屋に比べると品揃えは豊富みたい。でも探しているCDがあるかどうか
は分からないけど。

 (やっぱり無い、か)

 探してみたけど、そんなタイトルのCDは見当たらない。店員にも聞いて
みたけど、在庫が無くて取り寄せるのに一週間はかかると言われた。

 (やっぱりナカムラに頼んだ方がいいかしら)

 探すのをあきらめて、最近癖になってしまった溜息をまたついたとき、意
外な人に声をかけられた。

 「あの、沢近さん?」「え?」

 声がした方向を向くと、そこにはクラスメイトの一条さんが立っていた。
私と違って、どちらかといえばクラス内でも目立たない方で、特に仲が悪い
とか言うわけじゃないけど、今まであまり話したことは無かったと思う。

 「あら、一条さん? こんな所で会うなんて奇遇ね」
 「は、はい。あの、沢近さんもCDを買いに?」
 「え? えぇ。まぁ、ちょっと寄ってみただけだけよ。それより、一条さ
んは確か、部活、じゃなかった?」

 一条さんは確かアマレス部で、今テスト期間中にもかかわらず、今日もト
レーニングなんだとか教室で話していたのを聞いた気がする。

 「は、はい。今日は部活が早く終わったので、ちょっと買い物をしてたん
です。弟にCD頼まれて」
 「へぇ。テスト期間中なのに大変ね」
 「そうでもないです。弟が喜ぶ顔が好きなんです。それに、その」
 「何?」
 「私も、聞くのが楽しみなんです。ドジビロンのCD」
 「そ、そう」

 やっぱりいい娘(こ)よね。私と違って。私には兄弟はいないから分から
ないけど、もしいたら一条さんみたいになれたかも。なんて、ムリよね。

 「それじゃ、ね」
 「はい。また明日」

 そう言って、私は一条さんと別れて店を出ることにした。その時、後ろを
少しだけ振り返ると、友達2人とレジ向かう一条さんの姿が見えた。

***

 その日もCDは見つからず、その代わりに『三匹が斬られる』のDVDB
OXを買ってしまった。よりにもよって、何でこんなものを買ったのかしら。
重いし、持ちにくいし、よりによって今日は独りだし。買ったのは私だけど。

 屋敷に帰ると今日もナカムラが出迎えてくれた。私は今日もお父様の事だ
け確認してから自室へ行って着替えると、早速DVDを見る事にした。本当
はテストの勉強をしたほうがいいんだけど、こっちの方が気になってしまっ
て。

 「天満もこんな感じなのかしら」
 
 天満と違って私は別に好きではないし、どうでも良い事のはずなんだけど、
なぜか気になってしまう。まるでアイツの事みたい。あの時アイツが買った
りしなかったら、私だって別に見なくても良かったのに。

 コンコン

 ノックの音。多分ナカムラね。

 「失礼致します。お飲み物をお持ちいたしました」

 ナカムラがティーセットを運んできた。普段なら別にいいんだけど、今日
は気分的に紅茶より、やっぱり「お茶と団子」かしら。

 「ねえ。悪いけど別のお茶にしてくれる? えっと、ば、番茶? がいい
 わね。それをお願い。あと、お団子もね」
 「ハッ」 

 ナカムラは顔色変えず、返事だけをして部屋の外へ出て行こうとした。私
はもう一つ思いついて、そのことをナカムラに言った。

 「別に上等なのでなくてもいいわ。別にお客様に出すわけじゃないんだし」
 「ハッ」

 ナカムラが出て行った後、私はずっとDVDを見続けた。途中、ナカムラ
が運んできたお茶と団子を『万石』の様に食べながら。あまり行儀の良い食
べ方じゃないとは思うけど、この時代劇を見てると、なぜかこの方が「らし
い」感じがする。

 「ヒゲ・・・か」

 ただ、ぼーっと見てたんだけど、何だか『万石』がアイツに見えてきた。
もちろんアイツと『万石』は全然似てないし、どっちも別にカッコいいわけ
じゃないんだけど。

 「・・・ジョーダンじゃないわょ」

 心の中でそう思い込んでみたものの、結局その日に見た夢は『万石』の姿
をしたアイツにお姫様の姿をした私が助けられる夢だった。

 (ハーッ、夢にまで見るなんて、サィッッテーッ)

 なのに、もう一度だけ、いえ後5分だけでも続きを見てみたいと思う『私』
もいる。今更否定する気も無いけど。

***

 (今日は・・・やっぱりいた)

 アイツは今日も真面目に教室にいた。でも、こちらを見るたびにビクビク
してるように思えた。なによ。別にもう何もする気は無いのに。

 「相変わらず、ご機嫌斜め?」

 晶が話し掛けてきた。そんなに斜めに見えるかしら。ユウウツなのはいつ
もの事だけど。

 「別に」
 「まだ、見つからない?」
 「何がよ」
 「CD。探してたでしょ?」
 「まだよ」

 結局、CDは未だに探していて見つかってもいない。ナカムラに頼んでれ
ば、もう手に入れたかもしれないのに。或いはさっさと諦めても・・・

 「はい。これ」

 差し出されたのは一枚のメモ。書かれていたのは住所と

 「店の名前?」
 「CDショップ。中古専門だけど。良かったら行ってみたら?」
 「え、ええ。ありがと」

 ハーベスト。それが店の名前。全然聞いたことはないけど、もしかしたら
案外見つかるかもしれない。それにしても、晶が教えてくれるなんて。
 
 (後で何かあるかも)

 そして放課後、私は晶のメモに書いてあったお店に行ってみることにした。
そのお店は商店街のアーケードから脇道に入ってその更に脇に入ったところ
に在った。

 「ここね、多分」

 飲食店の看板が見えるビルの一階に在ったんだけど、本当に真っ直ぐで長
細い店。一応、人の歩くスペースはあるんだけど、何か歩きづらそう。

 (とにかく、入ってみよ)

 自動ドアをくぐって店内に入ってみた。今は誰もいないみたいで、店員ら
しい人が一番奥のレジにいるだけみたい。

 (へぇー。こういうところも案外いいわね)

 店内にはジャズらしい曲が流れてるけど、そんなにうるさくなくて、結構
良さそう。ただ、あまり大勢で来るような店じゃないかも。

 「いらっしゃい」

 店員に声をかけられてふと見ると、そこには晶が立っていた。

 「な、なんで、アンタがいるのよ?」

 晶は当たり前のように、晶が身につけているエプロンを指差して

 「バイト中」

 と答えた。

 「そ、そう」

 晶が色々とバイトをしているのは聞いてるけど、まさかここでバイトして
るなんて全然知らなかった・・・ まぁ、聞かなかったのもあるけど。

 「CD、見つかった?」
 「今から探すところ」
 「ふーん」

 あまりジャマをするのも悪いし、他に用事もなかったから、私はサッサと
CDを探す事にした。

 「探し終わったら言って」

 と晶はレジへと戻っていった。ジャマとかされない分、その方が助かるけ
ど。

 (やっぱりここにも無い、か)

 店内を探してみたけど、探していたCDは見当たらなかった。

 「無かった?」

 私が店内を探し終えた頃、晶がまた声をかけてきた。

 「ええ。無かったみたい。折角教えてくれたのに、悪かったわね」
 「はい」

 いつもの溜息をついたとき、不意に差し出された一枚のCD。

 「何? そのCD」
 「探していたんでしょ?」
 「でしょ? って何よ? どういうこと?」
 「昨日、店内を探してたら出てきたの。シングルじゃなくてアルバムだけ
ど、探してる曲も入ってるから」

 そのCDのタイトルは『Locked in Heaven』。

 「『カギのかかる天国』、か・・・」

 裏面を見ると確かに3番目にあの曲が入ってた。これでようやく聞く事が
出来る。え? 待って。「昨日、探して見つけた」って・・・

 「何で先に言ってくんないのよ! 無駄に店内を探しちゃったじゃないっ
!」
 「その方が面白そうだったから」
 「あのねぇ・・・」

 そういう性格だったの忘れてた。何だか疲れた。

 「それともう一つ有るんだけど」
 「今度は何?」
 「はい。これ」
 
 出されたもう一枚のCD。それは『三匹が斬られる』のCDだった。

 「結構珍しいものだったから。欲しい?」
 「い・ら・な・い」
 
 私は探していたCDが欲しいだけで、そこまでは必要なかったんだけど、

 「ふーん。じゃあ、これは八雲にでもあげちゃおっかなぁ」

 と真顔でそう言うもんだから、つられてつい

 「やっ、やっぱり買うっ! 買うわよっ! 買えばいいんでしょっ!」

 と買うハメになってしまった。何でこうなるんだろ。

 「毎度あり」

 欲しかったCDと、どうでも良かったCD。その2枚を買って店を出た。
もちろんタダではなかったけど、ようやく手に入れる事が出来たのがちょっ
とだけ嬉しかった。『三匹が斬られる』のCDも本当は少しだけ。

 (帰ったら聞いてみよ)

 その日、屋敷に帰った後で独り、買ってきたCDを聞いてみた。

 (なるほどね。だから覚えていたんだ、私)

 彼の事がどうしても好き。だからこそ、そんな自分が嫌い。

 「・・・今の私なんだ・・・多分」

 こうして、この曲は私のお気に入りの一つになった。『三匹が斬られる』
のDVDも。

***

 テストの日の前日。放課後にみんなで勉強会をする事になった。いつもは
こういう時は天満の家に行く事が多いんだけど、今回は色々と理由をつけて、
図書室に変えてもらった。

 (なんか、どうでもよくなっちゃった)

 古文とか苦手な教科はともかく、他の教科までなんか面倒になってしまっ
て、ノートを開いたまま、ただぼーっとしてた。だから、美琴や天満が私に
呼びかけても全く反応できなかった。というか、全然気が付かなかったんだ
けど。

 「おいっ。おいっ、沢近。大丈夫か?」

 えっ?

 「だ、大丈夫よ。勉強ぐらいキチンとしてるから、問題なんてないわ。
天満じゃあるまいし」
 「えーっ、愛理ちゃんひどいーっ 私と成績一緒なのにーっ」
 「あのね、私が悪いのは」
 「そうじゃなくて。最近ずっと休んだり、やっと出てきたかと思えば、
ずっとイライラしっぱなしで、何か変じゃねぇか?」
 「イライラなんてしてないわよっ! 別にイライラなんて・・・」
 「だって、なぁ」
 「うん。してた」
 「そうかなぁ。いつも通りだと思うけど」
 「あんたにゃ絶対わかんないと思うぜ」
 「えーっ、私だってそれぐらい気付くもんっ! ねっ、愛理ちゃんっ」

 一応、普段通りにしてたつもりなんだけど。そんなにイライラしてるのか
しら。何か他人事みたい。

 「播磨君のこと、気になる?」

 晶のボソと一声。

 「別に気にしてなんかないわよ」

 いつも通り、いつもの声で。あくまで気にしてない振りをして。それなの
に。

 「それを言うんなら、八雲の方なんじゃない?」
 「えっ、八雲? 八雲がどうかした?」
 「ねぇ。天満は八雲の事が心配じゃないわけ?」

 何とか会話をそらそうとしてる。だからってそれが変わるわけじゃないの
に。

 「八雲と、播磨君の事? うーん。お姉ちゃんとしては、少し心配だった
りするけど、相手は播磨君だもん。だいじょーぶだよ、きっと」
 「ああ見えて、案外大丈夫なんじゃないか? 播磨もああ見えて結構真面
目な奴だし」

 そう、よね。あの二人、とてもお似合いだし。今更私の入る余地なんて。
て、て、何考えてんのよ。

 「そうそう。播磨君はいい奴だから」

 いい奴。それは分かってる。分かってるんだけど。

 (これって、「墓穴」ってやつかしらね)

 結局、自分で自分を追い込んでるみたいで。私自身がイヤになりそうにな
った。

***

 夜会が終わった、あの日の夜。

 私はナカムラが運転する車の中にいた。夜会には出席したものの、やっぱ
りつまらなくて、余計に気分が重くなってしまった。折角手に入れたあの曲
も今は聞きたくない気分。

 (あの二人・・・)

 テストの期間中アイツは八雲と二人、バイクに二人乗りで堂々とやって来
てはテストが終わるとすぐにまたバイクに乗って行ってしまう。天満は何も
言わないし、どうも気になる。かといって、アイツに直接聞くのも

 (ちょっと、ね)

 そして、あの通りを抜けた時、私の乗った車とアイツの乗ったバイクがぶ
つかってしまった。アイツは怪我をしているにもかかわらず、談講社の本社
ビルへ行こうとしてた。アイツがなぜ出版社に用事があるのか知らないけど、
あまりに必死だったから、私の車で送る事にした。後でナカムラに聞くと何
かの封筒を渡すためだったのは確かだけど、中身までは分からなかった。
 アイツは怪我は大した事は無いと言って病院に行こうとせず、私もあまり
強く言えなくて、結局アイツのバイクを置いた矢神駅まで送ることになった。

 『ねぇ、ヒゲ』

 『あン?』

 『アンタが届けたかったものって、何だったの・・・?
  その・・・ケガまでして届けるほど大切なものだったの・・・?』

 あの時から久しぶりに交わした、たったそれだけの会話。体育祭のあの日、
フォークダンスを踊ってから、久しぶりのアイツとの二人きりの会話。

 『ああ、そうだ・・・』

 『それに−
  これが間に合わなかったら、塚本の妹さんに合わせる顔がねぇ・・・』

 『・・・ふーん・・・』

 アイツと八雲の仲が上手くいっていることを確認した、ただそれだけの事。
私にとってはつらいだけの内容だったけど、却って安心したような気もした。

 (結構うまくいってんだ・・・)

 そうよね。相手は八雲だもの。私なんかより、ずっと・・・

 そして、お互い黙ったまま、矢神駅へ着いてしまった。私はアイツの顔を
見る事も無く、そのままここで別れるはず、だったのに。

 『もし・・・ つかぬことをお伺いいたしますが』

 アイツを見送るはずのナカムラがそう切り出した。

 『貴方様には今−
  交際している女性はいるのですか?』

 アイツにそう尋ねた。そして

 『いたらこんな苦労してねっスよ』

 アイツはそう答えた。

 (へっ? うそ? でも、だって、それに・・・)

 私は車の中でその言葉を聞いて、つい狼狽してしまった。さらにそのこと
をわざわざ私に確認するナカムラに、恥ずかしくなって顔を見せる事が出来
なかった。

 (わかってるわよ。「その言葉」がうれしいと思ってる事ぐらい)

 私だって・・・

***

 屋敷に戻った後、ドレスはそのままに、途中のままになっていたDVDの
続きを見ることにした。今になって続きが気になってきたこと。そして、ア
イツの・・・

 (『いたらこんな苦労してねっスよ』、か・・・)

 喜んでいいのか、悪いのか良く分からないけど、望みは出てきたみたい。
って、望みって何よ?

 コンコン

 ノックとともに、今日も普段通りナカムラがお茶を運んできた。ただ今日
は紅茶みたい。悪くは無いわね。

 「ありがと。置いといて」
 「何か他に御用は御座いますか?」
 「無いわ」

 私は自分でもなぜか分からないくらい、気分が良かったせいか

 「ナカムラ」

 部屋を退出しようとしたナカムラをつい、呼び止めた。

 「はい」
 「これだけは言っておくけど、アイツには絶対に手を出さないで」

 私はTVに顔を向けたまま、ナカムラにそう言った。
 ナカムラは時々私を見張っているみたいで、何度か私をナンパしてきた男
をいつの間にか『片付けて』しまったことが有る。ボディーガードとしては
確かにありがたいけど、今日のこともあるし、何かヤな予感がしたから。

 「『アイツ』 と申しますと?」
 「『アイツ』といったら『アイツ』よ」
 「申し訳ございませんが、私には心当たりがございません」

 ナカムラはいつも通り平然とそう言った。知らないはずが無いじゃない!

 「『ヒゲ』よ『ヒゲ』!! 今日会ったでしょっ!!」
 「ヒゲ・・・ ムーンチャイルドレコードの米倉様でごさいますか」
 「違うわよっっっ!」

 私はつい、映画を見るのをやめて立ち上がり、ナカムラの方を向いて一気
に怒鳴ってしまった。

 「今日、帰りに車で引いた『彼』よっ!! 『播磨拳児』! 知らないな
んて言わせないわよっ! 彼には一切手を出さないでっ! 彼にもし何かあ
ったら絶対にタダじゃおかないからっ!」

 怒鳴ってしまった後で気が付いた。ナカムラの目が何か笑っているような
気がする。顔は相変わらずの無表情だけど。なんか、初めて見た。って、待
って。私、何かすごくマズい事言ったような・・・

 「畏まりました」
 
 呆然としてる私を置いて、ナカムラは一礼だけするとそのまま部屋を出て
行ってしまった。

 (えっ、えっ、えっっっっっっ!!)

 しばらく呆然として気が付いた。私、さっきとんでもない事言った。

 (うそ、なんで)

 自分でも顔が真っ赤なのは、鏡を見なくても分かる。相手がナカムラだか
らまだ良かったけど、ってそれでも良くないけど。もし相手が美琴や晶だっ
たりしたら・・・ 或いは天満とか、アイツとか・・・ それによりによっ
て、なんでナカムラがっ、もうっ!

 (ふぅ)

 結局、頭の中が一杯になってしまって、そのままソファーに倒れこんだ。

 (アイツに伝える事が出来たら、どれだけ楽かしらね)

 ずっと悩んできたけれど、よく考えてみたら何だか私らしくない気がして
きた。大体、まだ私からは「何も」言ってないんだし。

 『いたらこんな苦労してねっスよ』

 アイツはそう言ってはいたけど、私の事なんて気にしてもないだろうし、
悩むだけ無駄かも知れない。けど

 (でも、そう、決まったわけじゃないわよね。まだ)

 こうなったら、絶対に諦めないことにした。やれるだけやって、せめてア
イツにあの言葉だけは言ってやりたい。

 「私、アナタのこと−」

end
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