たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年2月23日(金) 00:32    題名: それゆけカメさん討伐隊(播磨・天満・愛理・八雲もちらほら)  

〜はじめに〜

『それゆけカメさん討伐隊』はカメさんの脅威に怯える青少年の救済を目的としたカリキュラムです。
が、実際に討伐できるだけの実力が身につくかは個人差があります。
なので、あまりアテにしすぎることなく用法・用量を守って正しくお付き合いください。

                         入隊受付 担当:高野 晶
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年2月23日(金) 00:41    題名: 1かいめ。 〜カメさんの入隊願書受付中〜  

 だいぶ寒さも和らいできた三月のある日。
 最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴り、担当教師が席をはずす。
 とたんに教室全体が、帰りのSHRまでのわずかな時間でさえ、惜しむかのように喧騒に包まれる。
 放課後の予定を確認する者、宿題の多さに愚痴をこぼす者、携帯電話の相手をはじめる者などさまざまだ。
 とりわけ今日は金曜日。休日の計画を立てる最後のチャンスでもある。
 そんな彼らは谷先生が教室に入ってきたことなど気づくはずもない。
 谷先生も、自分の存在感の薄さは十分に理解しているので、静かにさせるという無駄な努力を試みることなく手短にSHRを終わらせる。
 曲者ぞろいの2−Cの担任を務めるには、これくらい思い切った放任主義のほうがうまくいくのかもしれない。
 ダラけきったゆとり教育を率先して推し進めている谷先生。そそくさと教室をあとにしようとしたが、ふと播磨に目を向ける。

「そういや播磨、来週の月曜追試だったよな?」
「あ? そういやそんなこと言ってたっけな」

 まったく勉強なんてカツアゲの次にいらねぇモンだ。
 そう信じ込んでやまない播磨は、谷先生の言葉に興味を持とうともせずに窓際へと視線を送る。
 その先に、播磨拳児が密かに想いを寄せる塚本天満の姿があった。
 彼女に逢うためだけに学校に通う播磨にとって、勉強なんて二の次三の次。
 例え赤点がいくつ降り掛かろうとも、これっぽっちも気にちゃいなかった。

「大丈夫か? 今度の追試頑張らないと留年確定だぞ」
「ま、まじかよ! んなこと聞いてないぞ、谷サン!」
「ああ、そういやまだお前には伝えてなかったな。今度の追試でひとつでも不合格なら留年だって職員会議で決まったんだぞ、結構前に」
「結構前に、じゃねえだろうが! なんでそんな重要なことを真っ先に俺に言わねぇんだよ!」
「いやぁ、それがだな、俺にもイロイロ事情ってもんがあってだな・・・・・・」

 学校という組織に所属する以上、谷先生にも制約が存在するって事ぐらい、播磨にもわかる。
 おそらく校長や教頭あたりに口止めでもされていたのだろう。
 そう思うと、バツが悪そうに頭を掻く谷先生の姿も、心なしかくたびれたように見えてくる。
 最近白髪が増えたように感じるのも、ストレスが原因なんだろうな。
 そんなことを播磨が考えていると。

「非常に言い難いんだが、まぁ噛み砕いて言うとだな、言い忘れてたんだ、スマン」
「んなくだらねえ理由かよ! そんなんで納得できるか! スマンで済んだら警察要らねぇって教えたことぐらいあるだろうが!」
「ま、お前のことだから一夜漬けだろ、どうせ? 今から頑張ればいいじゃないか」
「俺をナメてんのか! 一晩でどうにかなるような学力なんかじゃねぇぞ、コラァ!」

 のほほんと処刑宣告してくれる谷先生に、必死に噛み付く播磨君。
 留年なんかしてしまったらクラス替え時に、天満ちゃんと同じクラスになれますように、と星に願いをかける事さえままならない。
 それどころか新たな級友に『先輩』と呼ばれつつ、同い年の旧友を『蛍の光』の合唱で送り出すハメになってしまう。
 なんだ、その夢も希望もない灰色のスクールライフは。




 俺、バカを呪った。




「ダメだよ〜、播磨君。しっかり勉強しなくちゃ〜」
「なに言ってんだ。塚本も追試だぞ」
「ええっ!? 本当?」

 谷先生のありがたいお言葉に、驚きの表情を浮かべる天満。
 といいますか、あれだけ絶望的な点数を取り続けて、追試が無いと信じ込める思考回路に驚きだ。

「あのな・・・追試だということはちゃんと伝えただろが」

 とにかく来週の月曜だ、ふたりとも頑張れよ、と言い残して谷先生は教室をあとにした。

「うう〜、すっかり忘れてたよ。せっかく遊びに行こうと思ってたのに・・・」
「そんな大事なこと忘れるか、フツー? ま、運命だと思って諦めろ」
「そうだよね。留年なんかしちゃって、もし八雲とおんなじクラスになっちゃったら、塚本がふたりになって、先生が呼ぶとき大変だもんね」
「・・・・・・おまえ、コトの重大さ、全然わかってねえだろ?」
「そしたら塚本Aと塚本Bって呼ばれるのかな? それとも上様とイカ? どうせなら万石って呼ばれたかったよぅ〜」
「おいおい、おまえホントに大丈夫・・・・・・じゃなさそうだな」

 力なくうなだれる天満に美琴は声をかける。
 どんなに傷だらけの答案が帰ってこようとも、ヘコむことなく暖かい笑顔でお出迎えしてきた天満。
 しかし、さすがにここまで来ると情けなく思えてくるらしい。
 ピコピコ髪の動きにも心なしかキレがない。
 おまけになにやら論点がずれていることを口走り始めた。
 なんだか心配になってくるぞ、いろんな意味で。


 その横で小さくガッツポーズをとる播磨。
 これはまさしく恋のアタックチャンス。
 留年という危機を、ともに力をあわせて乗り越える。
 そこに生まれた連帯感は、やがて恋へと発展し、ふたりは結ばれる。
 その先に待ち受けるものは天満ちゃんとのラブラブの毎日、長年夢見たバラ色のスクールライフ。
 完璧だ。完璧すぎるシナリオだぜ。




 俺、バカでよかった。




 一緒に勉強して一気に天満ちゃんとの距離を縮めちまおうって魂胆の播磨君。
 『よかったら一緒に勉強しようぜ』と声をかけるタイミングを見計らう。
 あくまでもさりげなく、ナチュラルに切り出すことが重要だ。

「塚本、よか 『塚本さん、よかったら一緒に勉強しない?』

 あくまでもさりげなく、ナチュラルにいつの間にやら天満の傍に立っている晶さん。
 意気揚々と声をかける播磨の存在がかすれるほどに、これ以上ないグッドなタイミングでかぶせてきた。
 はたしてこれは故意か偶然か。
 晶の、ポーカーゲームにうってつけな表情からは窺い知ることなどできはしない。

「ホント、晶ちゃん? ありがとう!」
「高野が自分から勉強しようって言うなんて珍しいな」
「親友のピンチは放っとけないだけよ。それに、イロイロおもしろそうだから」
「それが本音か!」

 なんだか盛り上がっている横で、次なる作戦を提案中の播磨拳児。
 こんなことでめげるようでは天満への愛を貫いてはいない。
 カッコよく『俺も手伝ってやろうか?』とキメてやるぜ。

「塚本、俺も 『じゃあ、私も手伝ってやるよ』

 またしても計画を阻止する刺客の登場、美琴さん。
 播磨を邪魔するつもりは微塵もなかったのだが、よく言えば面倒見がいい、悪く言えばおせっかいな性格の彼女。
 困っている人を見ると、つい手を差し伸べたくなる。

「さっすがミコちゃん。ありがとう!」
「いいって。どうせヒマだしな」

 涙目になって抱きついてくる天満をなだめるように、髪の毛をなでる美琴さん。
 実は晶ひとりに天満の相手をさせるということに一抹の不安を感じたので参加表明した、というのは彼女だけの秘密。
 親友のピンチは放っとけない。いやマジで。

「沢近はどうする?」
「私はパス。デートの予定あるから」

 三人の会話の輪に加わらず、自分の席で座ったままの愛理さん。
 声をかけられても興味なさげに拒否。
 夏休み、花火大会の前日に美琴に対して『友達よりオトコ ね・・・ サイテー』という名言を残した本人が言う台詞ではないと思いますぞ、お嬢様。

「そっか・・・残念だな・・・。愛理ちゃんがいれば英語は敵なしだったのに」

 天満ちゃんが落ち込んでいる。ここで手を差し伸べなきゃ男じゃないよ播磨君。
『心配すんな、塚本。俺がついてりゃ百人力だぜ』
 なんか少しキザすぎるような気もするが、もうなりふり構っちゃいられない。

「心配す 『でも心配しないでね。晶ちゃんとミコちゃんがいれば百人力だよ』

 チクショウ! ワザとか?
 木枯らしが身に凍みるぜ。誰だよ、こんな日に窓開けっ放しにしてんのはよ!
 おかげでお誘いのタイミングを完全に失ったじゃねえか。
 もういいさ。俺は一人寂しく追試を乗り切ってやるぜ。

 リストラされたお父さんのように背中に哀愁を漂わせている播磨くん。
 そんなアナタのすぐ傍に、気まぐれな天使が舞い降りた。

「播磨君も、来るよね?」
「天・・・、塚本・・・・・・いいのか?」
「あったりまえじゃん。私たちは同志なんだから一緒に頑張ろうね」
「ああ! 俺はやってやるぜ!」

 播磨にとって、天満の笑顔は心の栄養ドリンク。
 あっというまに充電完了、気合十分。これで24時間戦えます。

 播磨と天満のやり取りを頬杖つきながら眺めていた愛理。
 ふと、視線を感じて我に返ると、晶が無表情でこちらを見ていることに気づいた。

「・・・なによ?」
「播磨君も来るみたいよ。愛理、本当に参加しないの?」
「しないわよ」

 少し語気を強めて否定する。

「意外ね。愛理なら喜んで引き受けてくれると思ったのに」
「なんで私がヒゲのために・・・」

 別にアイツが留年しようが私には関係ないわよ、とか。
 霊長類みたいに無駄に体ばっかり逞しくて、頭にちゃんと栄養が行き届いていないからこういうことになるのよ、とか。
 で、でもヒゲの場合、動物に芸を教えるような感じで案外おもしろいかもね、とか。
 こんな感じのことを周りには聞こえないように、でもしっかりと晶の耳には届くように矢継ぎ早にまくし立てる。
 つまり噛み砕いて言うと。

『播磨君のことが心配で心配でたまらないから、私が勉強教えてアゲルわ』

 もちっと深層心理なども踏まえたうえで忠実に要約すると。

『こちらの心の準備は出来てるんだから、得意の話術で私を勉強会に参加せざるをえない状況にさっさと追い込んでしまいなさい。晶の働き、存分に期待してるわ』

 てな具合。
 如何せん、このキンパツお嬢様。自分の気持ちを素直に表現できないという、なかなか不器用な性格をしていらっしゃる。
 自分に正直になれるのは、ツッコミを入れるときぐらいじゃないだろうか?
 ボケを発見したときの愛理のイキイキとした表情。今なら冬木君が5枚セットで販売中(値段は要相談)。
 一方、勝手に期待されてる晶さん。だが、愛理の考えなどお見通し。長年、愛理の相方を務めてきたキャリアは伊達じゃない。

「あら、私は天満のために、と言おうとしたのだけど?」
「えっ?」
「播磨君のために一肌脱いでくれるの?」
「そ、そんなわけないでしょ!」

 真っ赤になって反論するが、そんなリアクションは肯定と受け取られても仕方ない。

「あら、残念。それじゃみんな、茶道部の部室に移動よ。詳しいことはそこで決めるから」
「は〜い♪」

 だが、今回は違った。
 ストレートに尋ねると、意地をはる性格だということを十二分に理解している晶。
 いつもと表情を変えずにさらっと言い放ち、みんなを連れて教室から出て行った。

 そしてひとりポツンと取り残される愛理。

「なによ、晶ったら、すぐに諦めるなんて薄情ね」

 もうちょっと誘ってくれたら参加したのに、と自らの天邪鬼ぶりを棚に上げる愛理。

「でも、脱ぐって・・・いくらアイツのためでも・・・」

 頬を紅く染めてそっとつぶやく愛理。
 なに考えてるんだか。




 沢近愛理、国語は苦手。
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年2月23日(金) 00:50    題名: 2かいめ。〜集えカメさんの名の下に〜  

 愛理をほったらかしにしたまま教室をあとにして、茶道部の部室へ到着した御一行。
 茶道部といっても和の心に触れるといった趣の空間ではなく、エレガントなティータイムを味わうための憩いの空間といった感じである。
 このあたりは顧問の趣味、なのだろうか。

「それでは今から作戦会議を始めます」
「イエッサー!」

 企画提案者なので自動的に司会進行も勤めさせていただくことになった晶。
 これから共に戦い抜く有志の面々をざっと見渡す。
 自分のおかれた状況を理解できているのかいないのか、元気よく敬礼をする天満。
 ちゃっかりしっかり天満の隣をゲットして内心ウキウキの播磨。
 この集団が変な方向に暴走を始めないようにうまく舵を取る役目が期待される美琴。
 その中にさりげなく紛れ込んでいる不安要素はない。
 ・・・・・・なんだか違和感を感じた晶だが、とりあえずスルーすることにした。
 なんのことか気づいた視聴者の皆さん、ここは見なかったことにしましょう。うん、それがいい。
 さっぱり訳がわからない視聴者の皆さん、そのままのアナタでいてください。

「とりあえず塚本さんと播磨君の現在の状況を判りやすく説明するわ」

 晶は指先をパチンと鳴らした。
 それを合図に床がパカッと開き、超大画面のプラズマビジョンが登場する。
 アンティークな家具が立ち並ぶその真ん中に、どっかりと腰を下ろす金属の固まり。
 明らかに茶道部の景観を損なうシロモノである。

「なんで茶道部にそんなものがあんだ?」
「こんなところにもIT化の波が押し寄せてるのよ」

 なぜにこのようなハイテクな設備が旧校舎なんかに搭載されているのか。
 それは、どこぞの美人物理教師が校長を脅迫しただとか、黒髪の女子高生がマフィアの裏金を流用しただとか、まことしなやかな黒い噂が茶道部内に流れているが、真相は定かではない。
 というか現実を受け止められる自信がない。
 そうこうしているうちに晶さんによる状況分析が始まった。

「まず、塚本さん。現国・古典・数学・化学・物理・英語の6つが赤点ね」

 カメさんが6匹、モニターの端からトコトコと歩いてくる。
 しかも、このカメさん、80年代を髣髴とさせるドット絵である。

「なんつーか、ショボいグラフィックだな」
「最新の機種は買えなか・・・もとい、いらない」

 さすがに画面にお金をかけすぎたのか、相当古いタイプの『ふぁみりーこんぴーた』がプラズマビジョンに接続されている。
 しかし所詮旧式コンピューターと侮るなかれ。
 キーボードの代わりに搭載されたコントローラーは十字キーとABボタンのみというシンプルな操作性を追及。
 しかも二人で同時に操作することも可能で、ツーコンにはマイクを標準装備。ただ、あまり感度がよろしくないのはご愛嬌。
 白と赤のツートンカラーのボディの両サイドにはコントローラーの収納スペースが設けてあり、おかたづけもラクラク。
 生産中止となった今でもいまだに熱狂的なファンを確保し続ける伝説のマシンである。
 そんなシロモノをしっかりと仕入れてくるあたりはさすが、というべきか。

「この6匹のカメさんを退治することが出来ればクリア、つまり3年に進級できるわ」

 モニターでは赤いオーバーオールをお召しになったヒゲオヤジが軽快に飛び跳ねてカメさんを踏んでゆく。
 カメさんいじめはただの趣味です、動物愛護もなんのその。

「どう? 自信ある?」
「うん、大丈夫だよ。上から踏むだけだもん。楽勝だね♪」

 天満は親指をグッ! と突き上げて元気よく返事する。
 とても心強い言葉のはずなのに、どこからか隙間風が吹き込んでくるような気分になるのはなぜだろう?

「播磨君はこれに世界史を加えた7つよ」

 またしてもカメさんが7匹画面上に現れる。
 今度は緑色のヒゲオヤジが軽快に飛び跳ねて。

「あ。失敗」

 勢い余って7匹目のカメさんに激突。

「オイ、高田! こりゃどういう意味だ?」
「高野よ」

 一年近くも一緒のクラスにいて、いまだに晶の名前を覚えていない播磨くん。
 彼の記憶力では厳しいものがあったのだろうか。
 それならいま留年の危機を迎えていることも偶然ではなく必然だと納得することが出来る。
 晶の頭脳の中で、静かに播磨の評価が下方修正された。

「気にしないで。コイン100枚取ったらもう一回挑戦できるわ」
「俺に追試なんてメンドくさいもんを二回も受けろってか?」
「いいえ。そんなまわりくどいことはしなくてもいいわ。二年生をもう一回よ。おめでとう、播磨君」
「全然めでたくねえよ」

 天満のいない学生生活なんて、万石の登場しない『続・三匹に斬られる』みたいなもんだ。
 これっぽっちも魅力を感じない。それならいっそ辞めたほうが・・・。
 そんなことを考えているすぐ横で、天満と美琴がおしゃべりしてる。

「塚本って、日本史は得意なんだな」
「日本史だったら追試でも自信あるのになぁ。得意なヤツだけ外すのってズルイよね」
「あのな・・・苦手だから追試をやるんだよ」
「へえ、ミコちゃん、物知りだね〜」
「おまえ、そんなこと言ってるとホントに留年するぞ」

 天満ちゃんも留年・・・。そうか、その可能性をすっかり忘れていた。
 うまくいけば天満ちゃんと過ごせる時間が1年増えるってことじゃねーか。
 しかも天満ちゃんは烏丸と離れ離れ。
 願ったり叶ったりのシチュエーションじゃねーか。
 留年も案外悪くねーかも。つーかむしろビバ留年。

 なんだか留年に対して親近感を抱き始めた播磨くん。一方の天満はというと。

「うう・・・留年は絶対ヤダな。頑張ろっと」


 留年、ダメだ!


 たった3秒で前言撤回の播磨くん。
 先程見せた歩み寄りの姿勢は所詮ただの見せ掛けだったのか。
 まあ播磨にとって天満の言葉は神のお告げに匹敵する影響力を持つため仕方がないといえばそれまでか。

「俺は留年する気はさらさらないぜ。えっと・・・」
「高野よ」

 播磨拳児、暗記は苦手。

 先程言ったばかりのはずなのにもう頭からすっぽりと抜け落ちているらしい。
 暗記科目に関してはなにか特別なカリキュラムを組んだほうがいいかもしれない。

「私が理数と播磨君の世界史を担当するわ。美琴さんは英語と国語をお願い」
「まかせとけ」
「担当教科以外の時は好きにくつろいでていいわ。紅茶を飲むもよし、適当にツッコミをいれるもよし、よ。じゃあ、ここまでで何か質問はあるかしら?」
「ハイ、晶ちゃん。質問っ!」
「なにかしら、塚本さん?」
「おやつはいくらまでですか?」
「もちろん300円までよ」

 少なくとも天満にくつろいでる余裕はないかと思われますが。

「ハイ、質問」
「なにかしら、播磨君?」
「バナナはおやつに入るのか?」
「いいえ。バナナは主食よ」
「それを聞いて安心したぜ」

 食生活までお猿さんになる必要はないかと思われますが。

「ハイ、質問」
「なにかしら、花井君?」
「いつになったら僕に話を振ってくれるんだ?」
「つーかメガネ、どっから湧いて出てきてんだ?」
「初めからいたぞ。気付かなかったか? ちゃんと紹介文付きだ」

 さりげなく花井が紛れ込んでいました。気付いた人は少ないと思われますが。

「・・・不安要素はない、ね」
「なんか言ったか、高野?」
「・・・別に」

 ひらがなになって溶け込むとは、敵もなかなか・・・。晶には通用していなかったようだが。

「ところで、どうして花井君がここにいるのかしら? この文字が読めないわけじゃないでしょ?」

 晶の指差す方向にはでっかく『花井の立入を禁ず』と書かれた張り紙があった。
 八雲が茶道部に入部する際、花井対策の一環として設置したあの張り紙だ。

「ははは。愚問だな、高野君。播磨が留年しそうだと聞いて見過ごすわけにはいかないからな。茶道部への立ち入りも八雲君がいなければ支障はあるまい」

 質実剛健、文武両道。好きな言葉は『義を見てせざるは勇なきなり』。
 そんな男が、この事態にじっとしていられるわけがない。

「播磨の魂胆はみえみえだ。留年して八雲君と同じ学年になろうなどと、たとえ加藤先生が許してもこの僕が許さん!

 そして八雲に首っ丈。この男、頭はいいがバカなところが玉にキズ。

「播磨君、そんなこと考えてたの? いくら八雲と一緒にいたいからって留年なんかしちゃダメだよ〜。播磨君がいなくなったら寂しいんだからね」

―――天満ちゃんに心配かけるなんて・・・コンチクショウ、俺はなんて罪作りの大バカヤロウなんだ。でもかわいすぎるぜ、天満ちゃん。

 天満の顔が至近距離にあり、しかも上目遣いに、どこか物悲しさを宿した瞳を向けてくる。
 そんな風に見つめられるとサングラスでガードしていても意味がない。
 情け容赦なしに降り注ぐ眼差しに頬が綻びそうになりながらも、辛うじて言葉を搾り出す。

「そりゃ誤解だ。俺はな、お前らと一緒に卒業してえんだよ」

 どれだけ追い込まれていても、こッ恥ずかしいセリフを臆面もなく放つことが出来る男、播磨拳児。
 これで気になるあの子もキミにメロメロさ。

「なっ・・・、感動したぞ、播磨。そういうことならこの花井春樹、できることならなんでも協力しようじゃないか」

 って、花井かよ。

「オウッ! 頼むぜ、メガネ!」

 そして播磨拳児もバカ。確認。

 ガシッ!

 2−Cで常に対立してきた二人、終生のライバルと謳われた野郎どもがいま、熱い・・・熱い抱擁を交わしております。
 皆さん、ご覧ください、この美しい男と男の友情を。ワタクシ、涙で前が見えません。

「つーか早く離れろ、暑苦しい」
「ストーブがわりにはなるんじゃない?」

 悲しいかな、女性陣にはこの『はーとうぉーみんぐ』な感動が理解し難いようだ。

「私、感動したっ! 播磨君、花井君、がんばろうね!」

 よき理解者がここに。
 塚本天満、熱いドラマに触発されやすい女の子。

「結局、花井も参加ってことになってるけど、いいのか?」
「不本意だけど・・・まあいいわ。計画に支障はないし、八雲もいないから」
「あいつは成績だけはいいからな。ちっとは役に立つだろ」
「だといいけど」

 冷静なる傍観者がここに。
 高野晶、常に打算的な女の子。CPUは10GHz(自己申告)。


「ところで、僕は何を担当すればいいかな?」
「花井君は、そうね・・・・・・オチ担当で」
「納得いかんぞ! 僕には勉強を教える資格がないというのか?」
「花井君、さっき『できることなら何でも協力する』って言ったわよね」
「言ったがそれは学問における話であって・・・」



「男に二言があるとでも?」


「ぐっ・・・。いつもながら引くに引けない理由をそれとなくつけおるわ」
「まあまあ、花井、落ち着けって。私の代わりに古典を担当してくれよ。高野もそれでいいだろ?」


 晶はいつのまにか和服に着替えていたりするがそこは突っ込むべきポイントではない。
 審判のときを緊張した面持ちで待つ花井を前に、晶は静かに緑茶を口に運ぶ。
 ・・・不味い。
 この渋さは淹れる際に自らの心になんらかの動揺があったためか、それともこの男の目の前で味わうことが原因か。
 そんなことを考えたまま湯飲みを置く。そして、気付いた。

 今日の緑茶はティーパック。(塚本さんのお手製)

 そりゃ不味いの当たり前だわ。心に浮かんだもやもやを自分ですっきりさせた晶さん。改めて花井に目線を送る。

「ま、いいわ」
「よかったな、花井」
「ああ。恩に着るぞ、周防」

 こうして花井も正式メンバーに加えたカメさん討伐隊。
 今まさに矢神高校が誇るおバカツートップの進級を賭けた熱き戦いの火蓋が斬って落とされようとしていた。
 果たして天満と播磨は望みどおり進級できるのだろうか、それともカメさんの前になすすべもなく敗れ去ってしまうのか。
 すべては晶の手に委ねられているような気がする。



 そして。



「遅いわね、ヒゲ・・・いつまで待たせるのよ」

 播磨のバイクが止めてあるその横で。
 ひとり待ちぼうけの沢近愛理さん。
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年2月23日(金) 01:01    題名: 3かいめ。 〜ツンとデレとヘビとカメさん〜  

 どうして私はここにいるのだろう?
 沈み行く夕日を眺めながら愛理はふとそんなことを考える。
 男性のために待つなんて、ほとんどしたことがない。唯一の例外はお父様なのよね。
 あのヒゲのために待つ価値なんてあるのかしら?
 確かに他のオトコとは違うモノを感じるけど・・・。

 例えば・・・・・・そう・・・バカ?
 それから・・・えっと・・・・・・バカ?
 まったくもう。留年しそうだなんてもうちょっと考えて行動しなさいよ。ホントにバカなんだから。

 でも、ああ見えて優しいところもあるのよね。
 さりげなく傘に入れてくれたり、ジャージをかけてくれたり。
 あのときは、少しだけ見直したわ。・・・それにうれしかった。

 べ、別にアイツの事が好きだとかそういうのじゃないんだからね。
 あんなデリカシーのカケラもなさそうなオトコと付き合うなんてありえないわ。
 たまにアイツとのデートを想像してみることもあるけどね。
 言っとくけどそんなこと考えるのってたまに、よ。ホントにすっごくレアなことなんだから。
 アイツとデートなんかしても絶対に気の利いたところなんて連れて行ってくれないわ。
 結局私が引きずり回して、アイツはブツクサ文句をいいながらついてくるだけ。
 でも、それも悪くないかも。

 ち、違うのよ。私はヒゲと付き合いたいなんて思ってるわけじゃなくて・・・。
 ああ、もう。変なこと考えるのもアイツがこんなに待たせるからだわ。
 ヒゲが来たらひとこと文句言ってやる。


 自分で勝手に待ってるだけなのになぜかテンションがたまるたまる。
 さすが金持ちお嬢様。貯蓄の方法をよくご存知で。放っておいても勝手にたまっていくなんて、凡人には真似できません。

「うう、さむ」

 両手に息を吹きかけて、軽くマッサージ。
 暦の上では春になったとはいえ、日が落ちると風が冷たくなってくる。
 手袋、持って来ればよかったかな、と少しだけ後悔。

「ただ待つのは辛いわよね」

 黙々と主人を待つバイクに同意を求め、そっと座席に触れる。
 指先にひんやりとした感触が伝わってきた。

「人の気も知らないで・・・・・・早く来てくれたらいいのに」

 そうつぶやく愛理の表情は完全に恋する乙女。

「なにやってんだ、お嬢?」
「うひゃぁ! ・・・・・・ヒ、ヒゲ・・・アンタなんでこんなところにいるのよ?」
「いや、それ俺のバイクだし。つーか、まだ帰ってなかったのか?」
「わ、悪い?」
「別に悪かねえけど、なにやってんだ、こんな時間まで?」
「私の勝手でしょ」

 恋する乙女はとても気まぐれ。
 播磨を確認したとたん、すぐさま奥へ引っ込んで、代わりに飛び出した天邪鬼。決して本音を見せません。
 そんなお嬢の姿を見て、機嫌悪いのか、と思う播磨。
 こんなときは無理して会話を続けようとしても悪い結果に陥ることが多い。
 それ以上会話を続けることを諦めて、愛理の脇をすり抜ける。

―――待って。まだ、いかないで。

「迎えが来ないのよ」

 これはウソ。迎えには来ないよう、ナカムラにはすでに伝えてある。
 つまり播磨を待つという行為を正当化するための口実。
 播磨を少しでも引き止めるための時間稼ぎ。

「でなきゃ誰が好き好んでアンタのバイクなんかと仲良く並ばなくちゃいけないのよ!」

 播磨に背を向けたまま勢いに任せてまくし立てる。しかし口から出るのは偽りの言葉ばかり。

―――違う、こんなことが言いたいんじゃない。

「そりゃ、悪かったな」

―――なんで・・・・・・なんでアンタが謝るのよ。アンタが悪いんじゃないのに。

「そこまでだったら送ってやるぜ。ホントにそこまでな」
「え?」
「ほれ」

 ヘルメットを投げてよこす播磨。
 辛うじて受け取るが、急な展開についていけず、あたふたしながらヘルメット、播磨と交互に視線を送る愛理。

「なにしてんだ? 早く乗れよ」

 つまりそれって。
 ヒゲのバイクの後ろに乗って。
 ヒゲの腰にしっかりと腕を回して。
 ヒゲの背中にぴったりと体を密着させて。
 ヒゲとふたりっきりの時間を満喫するってこと?



 うっひょー! ラブラブだねっ♪



 なぜか変な幻聴が聞こえたような気がするがきっと愛理の脳がオーバーヒートを起こしているからだろう。
 決して愛理が心の中で叫んだわけではない。きっと、ない。
 本人が必死で否定しているのだから信じてあげることも優しさです。

「そ・・・そんなことできるわけないじゃない!」
「ま、無理にとは言わねえよ」
「で、でもアンタがどうしてもって言うのなら考えてあげてもいいわ」
「いや、だから強制はしねえって・・・・・・」



「なによ、ヒゲから誘ったんでしょ?」


 その言葉は地中深くに封印されし邪悪なる大蛇を呼び覚ます。大地は荒々しく引き裂かれ、砂埃が立ち上る間から巨大な鎌首が高々と宙に舞い上がる。
 黄金色をした球のような瞳は真っ直ぐに播磨を見据え、身の毛もよだつ咆哮が響かせながら、サーベルのように長く鋭い毒牙がこれでもかと言わんばかりに自己主張している。


もはや誰にも止められねぇ。 これが恋ってヤツか! (違います)


「ゼヒノッテクダサイ、サワチカサン」
「ありがとう、播磨君♪」

 生命の危機を感じた播磨君。素直に従っておくことにしました。
 愛理さんも大蛇を速やかにキャッチ&リリース。そしてヘルメットを着用する。

「あ、そうだ。コレ使え。ちっとばかしデカイかもしれねえけえどな」

 播磨はそういって手袋を差し出した。

「でも、そしたらアンタが寒いでしょ?」
「俺はいつも使わねえんだよ」
「・・・じゃあなんで持ってきてんのよ?」
「・・・悪いかよ」

 きっと播磨は愛理に気を使わせないようにそう言ったのだろう。
 しかし頭では理解していても、つい突っかかってしまう。
 ホントは素直にうれしいんだけど。
 だって、手袋をはめる間、頬は緩みっぱなしだったから。
 フルフェイスに隠された素顔は愛理だけの秘密。
 手袋を持ってこなくてよかった、と思ったことも、もちろん秘密。

―――アイツの手、こんなにおっきいんだ。

 自分の手を入れてもひとまわり以上余裕のある手袋を眺めながらそんなことをふと思う。

「んじゃ、出発するぞ。しっかり掴まってろよ」
「え、ええ・・・」

 播磨の腰にそっと手を回す愛理。それを合図に播磨はゆっくりとアクセルを入れる。
 体育祭で足を引きずる私を庇いながら優しくリードしてくれたダンスのときにも(←誇張表現)、海水浴にいったとき初めての経験でパニックに陥った私に、そっと『静かにしろ』と囁いてくれた裸の付き合いのときにも(←さらに誇張表現)、アイツに触れたことはあるけど、これほど胸が高鳴ったことは、ない。そして・・・・・・私の中でドンドン大きくなるアイツの存在。

 幸せな時間は流れ行く景色と共にあっというまに過ぎてしまい、バイクはスピードを緩め、愛理の家の前に止まる。
 愛理は名残惜しむかのようにヘルメットと手袋を脱ぐと播磨に返した。

「ありがとう、助かったわ」
「気にすんな」
「でも、アンタに借りを作るなんてなんかすっきりしないわ」

 沢近愛理、やられっぱなしは趣味じゃない。

「仕方ないから明日の勉強会、手伝ってあげる」

 やられたらやり返す。コレ、基本。

「でもよ、お嬢、明日用事あるって言ってなかったか?」

 明日はデートの予定が入っていると愛理が言っていたことをしっかり覚えていた播磨くん。
 思いがけないカウンターに少し戸惑うお嬢様。

「・・・アンタのために一肌脱いであげるって言ってんのよ!」

 頬をほのかに赤らめてやっとの思いで言葉にする。
 しかしただのひとことと思うなかれ。
 愛理にとってはとても勇気のいるひとこと。
 そして、播磨に向けられた愛理からの精一杯の素直な気持ち。
 ちなみに一肌脱ぐの意味はさっきちゃんと辞書で調べておいたので抜かりはない。
 沢近愛理、勉強熱心。

 お嬢様だってたまには強引に誘いたくなることもある(いつものような気もするが)。
 いきなりこんなことを言われた播磨はどんな反応をするだろう。やっぱり困ってるかな。
 愛理は真っ赤になってそんなことを考えながら、するすると襟元のリボンをほどく

 ってちょい待てや。

 ・・・ゴメンナサイ。オネガイデスカラ、シバラクマッテイタダケナイデショウカ?

 愛理さんの理性が少しでも残っているうちに、さっき参考にしたという辞書を大急ぎで紐解いてみよう。


 ひとはだぬぐ [一肌脱ぐ]
 肌脱ぎ(和服の袖から腕を抜いて、上半身をあらわにした状態)になって手助けすること。

 いうまでもないがこの言葉の意味は手助けする、というところに重点を置くべきである。
 決して生まれたままの姿をさらけ出す必要はない。
 というかありのままの愛理さんを見せ付けられても困ります。
 たぴには矢神に舞い降りたブロンドのビーナスの魅力を描ききる表現力もなければ、SSの削除規定に真っ向から勝負を挑むほどのファイティングスピリットも持ち合わせておりません。


(注)それゆけカメさん討伐隊はよいこのためのSSです。


 このSSを存続の危機から救うべく立ち上がった男がいる。
 それは天満バカ一代、播磨拳児。例え食事がお猿さんになろうとも、踏み外せぬは人の道。
 惚れた女以外にゃ興味ねえ。つーかリボンを外したことにすら気づいてない。

「一肌脱いでくれるのか?」
「そうよ。ありがたく思いなさい」

 お嬢が手伝ってくれるなら、英語は効率上がるだろうな、と考える播磨。
 一肌脱ぐ、という意味を正しく理解していることに驚きだ。
 これは播磨が愛理に頭脳対決で勝利した記念すべき青春の1ページ。

 だけどわざわざ勉強を教えるために予定をキャンセルしてもらうのは悪いな、と思った播磨君。
 愛理さんの好意に感謝しつつも、丁重にお断りの言葉を述べました。



「余計なお世話だ」


 ことあるごとに自爆したがる播磨君。そんな彼はまさしく歩く核弾頭。
 だからといって、地雷地帯を鼻歌まじりにスキップするのはやめなさい。
 見てるこっちの寿命が縮むから。

「あら、そう・・・」

 あら踏んだ。ポチッとな。

 突如愛理からはちきれんばかりのオーラがほとばしる。
 それと共にせっかく目覚めた大蛇が大慌てで冬眠を再開するほどの寒波が関東地方を襲う。
 蛇に任せるなんて生ぬるい。手に入らぬなら、いっそ自らの手で始末してくれよう。
 地面を静かに蹴って軽やかに飛び上がり、およそ15センチの身長差をもろともせず、播磨の顔面へ想いのすべてを込めた右ひざを叩き込む。

 閃光の魔術師が、ここに降臨。

 せめて痛みを感じさせることなく一瞬で意識を断ち切る。それがお嬢のささやかな思いやり。
 熱い想いを受け取り、ぴくりとも動かなくなった播磨を確認すると、愛理は後ろを振り返ることなく玄関へと歩を進め、静かに奥へと消えていった。

 一直線に自分の部屋に向かい、後ろ手にドアを閉めて。

「はぁ、なんでこうなっちゃうんだろ・・・・・・」

 溜め息と共に激しく自己嫌悪に陥る愛理。

「これじゃ明日いけないじゃない」

 残念ながらカメさん討伐隊の入隊手続きは完了しておりません。

「ヒゲのバカ・・・」

 それでも口から出るのはこんな言葉。
 欲しいものはアイツとの時間。
 必要なものは本音を見せる少しばかりの勇気。
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年2月26日(月) 00:32    題名: 4かいめ。 〜恋愛偏差値の中にも潜むカメさん〜  

 愛理さんが播磨とのめくるめく愛の逃避行(違)に勤しんでいるそのころ、カメさん討伐隊のブレイン、高野晶は職員室に訪れていた。
 ぐるりと職員室の中を見渡すが、どうやらターゲットとなる人物はいないようだ。
 とりあえず近くにいた笹倉先生に声をかける。

「あら、どうしたの、高野さん」
「刑部先生はいらっしゃいますか?」
「刑部先生ならもう帰っちゃったわよ。確か3時ごろに」
「そうですか。・・・それじゃ、電話してみます」

 3時って、まだ6時間目終わってない時間じゃないですか。
 そんな時間なのにすでに帰宅しているとは。
 ・・・なんとなく予想はしてた晶はごく自然にその事実を受け止め、職員室をあとにすると、携帯を開き、番号をプッシュした。

「先生、今、お時間大丈夫ですか?」
「高野君か・・・。ああ、大丈夫だ」
「土日と、部室で勉強会を開きたいのですが」
「ああ、別に構わんよ。どうせ誰も使わんしな」

 特に問題もなく顧問の許可を得た。
 OK。これで不慮の事故が起こっても、責任は刑部先生が取ってくれる。
 面倒な先生に見つかってもすべて刑部先生が揉み消してくれる。

「備品も少々お借りしたいのですが」
「使った後はキチンと元の位置へ戻しておくように」

 およそ、茶道部の備品らしからぬものであることはうすうす感づいていることかと存じますが、私の口からはあえて何も言わないでおきましょう。

「播磨君も少々お借りしたいのですが」
「・・・なぜそこで私の意見を仰ぐんだ?」

 受話器の向こう側でグラスを傾ける音が聞こえる。

「刑部先生は播磨君の担任になりたいのかな、と思いまして」

 晶が言い終わるか終わらないかのうちに、受話器から激しく咽る声が発せられた。
 まさか、矢神高校が誇るクールビューティであらせられる所の刑部絃子先生が、喉を潤すために流し込んだビールをわざわざ万有引力に逆らってまで空中に放り出して、リビングに小さな虹を架けるといったような醜態を晒すわけがない。きっとテレビの音だろう。うん、そうに違いない。

「どうかしましたか?」
「・・・い、いやなんでもない」

 呼吸が乱れているのはほんの少しばかり有酸素運動を行ったからだろう。
 これだけのスタイルを維持するには陰の努力も必要なのだよ。By刑部絃子

「まあ、生徒の自主性を重んじるという方針を変えるつもりはない。彼については部長の裁量にまかせるよ」
「ありがとうございます。それから・・・」
「まだなにかあるのか?」
「もうひとつお願いしたいことが―――」







 晶は満足そうな表情を浮かべて通話を切った。
 これで準備は万端、いつでもカメさんに戦いを挑むことが出来る。
 ・・・はずなんだけど。

「なんか忘れてるような気が・・・」

 カメさん討伐隊に興味津々だった親友のことなどすっぽりと頭の中から抜け落ちている晶さん。
 あまつさえ、ま、いっか、忘れるということはたいしたことじゃないのだろう、という結論に到達する始末。
 アナタにとって愛理さんはその程度の存在だったのですか?

 高野晶、マイペース。すぎ。







 所変わってこちらはシャイニングウィザードによって強制的に与えられた永い眠りから目覚めた播磨君。

「おや、お目覚めですかな?」
「ここは・・・?」

 チョビヒゲに黒スーツを羽織った『いかにも執事』っぽい雰囲気を醸し出した男を前に、ハテナマークを乱舞させている。
 目の前にいるおっさんは以前どこかであったような気がするが、寝起きのせいかうまく頭が働かない。

「ふむ。今の状況が理解できていないようですな。よろしい、ご説明しましょう。お嬢様の、目を奪われるかのように芸術的な一撃で意識を失った播磨様を、玄関の前に放置するのは忍びなく、まことに勝手ながら私の判断でこちらまでお越しいただきました」

 そういえば、お譲と一緒にいるところを見かけたことがあったな。
 そんなことを思い出す播磨君。
 頭がはっきりしてくるにつれて、左頬がズキズキと痛み出す。

「お嬢様は大変気難しいお方ですので」
「いや、それは知ってるけどもよ・・・」

 仰向けになったまま、空に浮かぶ満月を眺める播磨君。
 月が妖しく放つブルーツ波を浴びて、播磨の中のお猿さんの血が騒ぐ・・・・・・わけではないが、なにやら違和感を感じた。

 トンデモない豪邸のくせに、怪我人を安静にしておく場所が屋外ってどういうことだ?
 そんでもって目の前の男は介護を行うにはおよそ似つかわしくないであろう物体を右手に握り締めている。
 なんか変だ。そんなことを思いながら左頬に手を当てようとして。
 さらにトンデモないことに気づく。



 腕、動かねえ。


 つーか腕どころか、全身地面に埋められているんですけど。
 気が付けば播磨の体の上にこんもりと聳え立つ砂の山。
 それはすべて目の前の男の仕業。
 フォーマルなスーツを着こなした長身の男がスコップ片手にえんやこら。
 土をすくっては降りかけ、すくっては降りかける。
 そのスピードたるや、わんこそばのおかわりを盛り付けるおばちゃんもビックリだ。
 なのに眼帯とヒゲがひときわ異彩を放つその顔には一粒の汗すら見受けられない。
 うーん、なんてダンディ、憧れるぅ。大人になったらこんなジェントルメンになりたいな。

「って、なに勝手に生き埋めにしてくれてんだ!」
「お嬢様が殺人を犯したなどというおかしな噂が広まるとなにかと面倒ですので」
「俺はまだ死んでねえぞ、オッサン!」

 そういや、バカみたいに長いリムジンに突っ込んだ際、『埋めますか?』とか抜かしてたな。
 あの衝撃はそうやすやすと拭い去ることは出来ない。埋蔵マニアか、コイツは。



 証拠隠滅は立派な犯罪です。(よいこは真似しないでね)



 一方、オッサンと呼ばれた男は眉ひとつ動かすこともなく。
 かといって播磨を埋める動作は微塵も狂うことは無く。
 あくまでも播磨に対する敬意を含んだ口調で言葉を発す。

「これは失礼、申し遅れました。私、執事のナカムラと申します」
「自己紹介よりもまず、そのスコップを動かしてる手を止めやがれ!」
「しゃべると砂をかみますぞ」
「やめろっつってんだろーが!」

 ナカムラの体力はいまだ衰える気配を見せず。
 母なる大地に包まれる感覚を全身で味わいながら、播磨は悲痛にも似た叫び声を上げる。
 しかしここは沢近邸の敷地内。
 その声は外部に漏れることなく闇の中に葬り去られることになった。







 さて、こちらは部屋の電気をつけることなくベッドに身を預けているお嬢様。
 もう今日は何もする気になれない。
 ただ、耳に残るのはあのひとこと。


―――余計なお世話だ


「・・・そこまで言わなくてもいいのに」

 枕を抱きしめる手に僅かばかり力がこもる。

「やっぱ、嫌われてるのかな・・・・・・」

 アイツとのいつものやり取りを思い浮かべれば。

「でも、それも仕方ない、か」

 突如部屋に携帯のメロディが響き渡る。
 気だるそうに手に取り、内容を確認すると、明日約束をしていたオトコからのメール。

「そういえば、約束してたっけ」

 心に何も抑揚がないまま指を動かし、承諾のメールを返す。
 今は、あのヒゲのことを考えたくない。
 アイツに会いに行く勇気なんてないから。
 もう一度、拒絶されることが怖いから。

「別にヒゲが私のことをどう思っていようがカンケーないわ」

 考えたくないといっても自然と浮かぶ強がりの言葉。
 これはただの現実逃避だってことはわかってる。
 一線を越えることができず、立ち止まったままだってこともわかってる。
 今にもはちきれんばかりの悲鳴を上げそうな、胸の痛みがその証拠。

「なにやら騒がしいわね。・・・静かにして欲しいわ」

 それはナカムラさんが一線を越えつつある状況を表しています。
 深夜の沢近邸に木霊する、はちきれんばかりの悲鳴がその証拠。







「はぁ〜〜〜〜〜」

 帰ってくるなり自室に閉じこもり、日本海溝よりもふか〜い溜息をついている天満。

「このままじゃ烏丸君と離れ離れになっちゃうな〜。頑張らなきゃ」

 それなのに机に向かうわけでもなく、身近にあったチョキしか出せぬ怪人のぬいぐるみを抱えながら無駄に時間を浪費している。
 かれこれ3時間ほど天満に圧迫され続けている『馬流淡星人』の身にもなって欲しいものだ。

「どうしたの? おなかでも痛いの?」
「悩み事してるの!」

 『続・三匹が斬られる』が始まる時間なので姉を呼びに来た八雲。
 塚本家、夜は姉妹で時代劇。

「今度の追試でダメだったら留年しちゃうんだよ? そしたら烏丸君と離れ離れになっちゃうんだよ? そんなのダメに決まってるじゃん。も〜、察してよね、姉の悩みを」
「ご、ごめん・・・・・・」

 なんら身に覚えのない言いがかりをつけられても自然と出てくる謝罪の言葉。

「じゃあ、今日はビデオに撮っとくね」
「えっ、もうそんな時間? たいへんっ」

 これが体育でカメさんを取得した少女の動きだろうか。
 八雲が口を開こうとする前に、目にも止まらぬスピードでテレビの前に陣取った天満。
 おせんべいと日本茶も添えて臨戦態勢バッチシ。

「勉強はしなくていいの?」
「ヘーキだって。1時間や2時間勉強しなくたって、成績は下がらないよ♪」
「姉さん、それは違・・・」

 こぶしを握り締め、熱く語る天満。
 というか、1時間や2時間勉強したところで上がらないような成績だから留年の危機に瀕しているんじゃないかな?
 八雲はふとそんな思いが脳裏に浮かんだが、それは違うと、すぐに頭をフリフリ記憶から抹消する。
 私の姉さんはやればできる人です。・・・たぶん。
 お姉ちゃんには無限の可能性が広がっていることに確固たる自信を持つ八雲。

「やっちゃえ、万石!」
「・・・ほんとに大丈夫?」

 少しだけ、自信が揺らぎました。







「あ〜、おもしろかった。やっぱり万石は最高だね」
「うん。でも、そろそろ勉強を・・・」

 実は姉が気になって、あまりテレビに集中できなかった八雲。

「八雲、明日お弁当お願いね」
「え? 明日は土曜日だよ」
「播磨君とお勉強会やるんだよ♪」
「播磨さんと・・・?」

 突然、播磨の名前が出てきて驚く八雲。どう考えても播磨が姉に勉強を教えるなんてシーンは思い浮かばない。
 そんな戸惑いを隠せない八雲に向かって、天満が不敵な笑みを投げかける。

「あ〜っ、もしかしてやきもちやいてる? 八雲って意外と独占欲強いよね〜」
「べ、別にそういうわけじゃ・・・」
「大丈夫だよ、八雲の播磨君に手を出したりしないから」
「だからそれは違・・・」
「あっ、そうだ。明日の準備しなきゃ」

 いつもどおり天満は八雲の言い分を聞くことなく、あっという間に居間から姿を消した。

―――播磨さんとは漫画のお手伝いをしてるだけなんだけどな・・・。

 そんなことを考えながら、お弁当の下拵えのために台所に移動した八雲。
 邪魔にならないように後ろ髪を結び、準備を始めようとして、ふと思う。

―――播磨さんにもお弁当、作ってあげようかな。1人分も2人分もあんまり変わらないし。

 ごく自然にそんな結論に到達する八雲。
 ヤクモンの半分は優しさでできています。

 いつもは姉の喜ぶ顔を思い浮かべながらメニューを考える。
 でも今日は。
 あの人が豪快に頬張る姿と。
 『うまかったぜ、妹さん』という感謝の言葉と。
 サングラス越しに見せる笑顔を思い浮かべながら。

 台所に佇む少女は、この胸のときめきが意味するものを知らないけれど。
 ときに赤面しつつ、ときには硬直したりもしつつ。
 それでもお弁当の下拵えはつつがなく進行中。

「やくも〜、明日のお弁当も期待してるぞ♪」
「うん・・・楽しみにしててね」

 台所をひょっこり覗きながら横に結んだ髪をピコピコと動かす姉の言葉に、いつもどおり控えめに答える八雲。
 だけど、紡ぎだされた言の葉はいつもよりすこしだけ弾んでいた。
 そう、ほんのすこしだけ。だけど確かに弾んでいた。
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年2月26日(月) 00:46    題名: 5かいめ。 〜下手な鉄砲、数撃ちゃカメさん〜  

 とあるマンションの一室で、ひとりビールを飲んでいる女性がいた。
 一体何時間飲んでんだ、と勇気あるツッコミを入れる同居人もまだ帰宅していないので、リビングには空き缶が散乱している。
 もう何本目かもわからない缶ビールを開く音が部屋に響き渡ったとき、玄関が開き、播磨が帰ってきた。

「遅かったじゃないか、拳児君。留年がかかっているのに夜遊びとは余裕だな」
「好きで遅くなったんじゃねーよ! まったく、ヒドイ目にあったぜ」
「しかも泥んこ遊びとは・・・いくつだい、君は?」

 『埋めますか事件』に巻き込まれ、変わり果てた姿で帰ってきた従姉弟をみて、絃子は目を丸くした。
 別に遅くなろうがどこをほっつき歩いていようが、別に構わんが、その年になって砂のお城を建設するのはどうかと思うぞ。
 満面の笑みを浮かべながら砂と戯れているグラサン男を見かけたら、小学校のPTAが対策本部を結成しかねんな、てなことを考える絃子サン。
 一応心配はしてくれているみたいだ。

「そんなことより、俺に勉強を教えてくれ」
「なぜ私が勉強なんてつまらないものを教えなければならんのだ?」
「じゃあ、なんで教師なんかになったんだよ」

 刑部絃子、物理教師。確認。

「そんなに俺を留年させたいのかよ」
「確かに、君を留年させて私のクラスに編入させるというのも捨てがたい。が、一縷の望みを託して無駄な足掻きをする拳児君を見守るのもそれはそれで面白い」

 刑部絃子、物理教師。再確認。

「それに今回はすべて高野君に任せてあるからな。私は手も口もださんさ。それにせっかく勉強会を開くのに、君が教師に頼っていると知ったら、塚本君はどう思う?」

『ふたりでこの危機を乗り越えようねっていったのに・・・。信じてたのに・・・播磨君の嘘つきっ!』

「うぉぉぉぉっ! すまねえ、俺が悪かった天満ちゃん!」

 ひとしきり悶え苦しむさまをビールを飲みながらじっくりと観賞する絃子さん。
 これだけ見事な酒の肴になるのだから、播磨拳児という男はたいしたものだ。

「まあ、私も鬼じゃない。塚本君と一緒に勉強するよりも、私を選ぶと言うのなら考えてもいいぞ」

 かたや、荒れ果てた心の荒野に突如舞い降りた微笑みの天使。
 かたや、全校男子生徒を魅了してやまない絶世の美女。
 このふたりを天秤にかけろというのか。これぞ究極の選択。
 普通なら天満を選ぶはずだが、留年の危機に瀕している今、わらにもすがる思いで絃子センセに協力を依頼するのが得策か。



「そりゃ、ありえねえ」(←即答)



 ふたりを天秤の上に置いた瞬間、天満側に圧倒的なGがかかり、絃子さんは雲の彼方まで飛んでった。
 播磨にとって天満は女神であり、彼女の笑顔を見るだけで心が癒される存在である。
 それに引き換え、播磨にとって絃子さんはただの従姉弟であり、彼女の手に握られた黒光りする物体を見るだけで胃がキリキリと痛む存在である。
 たとえ絃子さんの体重が、天満より圧倒的に勝っていたとしても、この天秤はビクともs バキュン!

「イテェ! なんで撃つんだ!」
「うるさいハエが飛んでいたのだよ」

 ・・・たとえ絃子さんの大人の女性としての魅力が、天満より圧倒的に勝っていたとしても、この天秤はビクともしない。
 美女と拳銃というなかなかオツな組み合わせも、悲しいかな、お子ちゃまな播磨君には理解できないらしい。

「くそっ、イトコなんかに頼むんじゃなかったぜ」
「絃子さん、と呼べ」
「呼んだら教えてくれるのかよ?」
「それとこれとは話が別だ」
「ちっ。わかったよ。もう頼まねぇ。だからイトコも邪魔だけはするなよ」

 その瞬間、絃子のマグナムが火を噴いた。
 播磨の脳天を撃ち抜いた弾丸は、意識を刈り取るには十分すぎるほどの破壊力を持っていたのだけど。
 辛うじて耐え切った播磨は、眼をしばたたせながら噛み付いた。

「邪魔するなっつったトコだろーが! お前の人格疑うぞ!」
「私はキミの記憶力を疑うけどね。絃子さん、と呼べと言っただろう?」
「だからって頭を狙うか、フツー? これ以上悪くなったらどう責任取ってくれんだ、コラァ!」
「そのときは私のクラスに捻じ込んでやる。有り難く思え」

 真顔でさらりと恐ろしいことを仰る絃子を前に、返す言葉も失う播磨君。
 絃子はそんな播磨を尻目に、マグナムから缶ビールに持ち替える。

「心配しなくてもこれ以上馬鹿になることもないだろう。それにさっきキミに撃ち込んだ場所は記憶力上昇のツボだ」
「マジかよ。そんなんあんのか?」
「ショック療法と言うのを聞いたことはないかい? あれに似たようなものだよ」

 播磨は、絃子に撃たれた跡に手を添える。
 まだズキズキと痛むのだけど、それとは裏腹に頭の中は妙にすっきりした気分になってくるのは気のせいか。

「信じる信じないはキミの自由だけどね」
「いや、信じてみるぜ。見てろよ、俺はやってやるぜ!」
「ま、せいぜい頑張りたまえ」

 播磨は一直線に自室へと戻り、リビングには静寂が訪れる。
 絃子はしばらく手に持った缶を指先で弄ぶと、残っていたビールを一気に飲み干した。

「やれやれ、記憶力上昇のツボなんて嘘だということぐらい、気付いてもよさそうなものだがな」

 ま、その嘘を本当にするぐらいはやってもらわんとな。
 そう呟いた絃子は、ほんの少し唇の端を緩めて、また新しい缶を手に取った。


〜翌朝・塚本邸〜


「姉さん、今日は勉強会だよね?」
「そうだよ〜♪」
「その格好でなにがしたいのかわからないんだけど・・・」

 燃え盛るような情熱を表す赤のシャツに、それをクールに覆い隠す青のオーバーオールをお召しになった天満ちゃん。
 これぞカメさん討伐隊の正式コスチューム。
 激しい運動にも耐えられるよう、動きやすさを追求した柔軟性。
 驚くほど伸縮自在で成長期のお子様にも最適だ(当社比2倍)。
 カメさん討伐隊の生命線である足元をしっかりとガードするブーツは、カメさん踏んでも大丈夫。
 だけどトゲを踏むとスッゴク痛い、絶妙の耐久性を実現。
 少し大きめの帽子は水にもぐっても外れないほどの抜群のフィット感。
 あんまり外さないんで、『もしやハゲてるのでは・・・』と噂になったときは、寛大な心で笑い飛ばしてあげましょう。
 オプションで付いてる真っ白な手袋は、お花を摘むとアラ不思議。
 指先から炎を出すことが出来ます。もちろん種も仕掛けもございません。

「いったい、どこにあったの?」
「物置のなかだよっ♪」

 なんせ本物の河童が保管してあるほどのキャパシティを誇る塚本家の物置。
 ヒゲオヤジのコスだってないワケないとは言い切れない。

「これでカメさんは怖くないよ」
「そうなの・・・?」

 本人が満足しているから、まあいっか。
 八雲はそんな結論に達しました。

「姉さん、ハイ。お弁当」
「ありがとー。さっすが八雲!」
「あ、それと、播磨さんにも作ったんだけど・・・」

 もうひとつお弁当箱を差し出す八雲。

「播磨君への愛情弁当ってワケだね♪」
「え? そ、そうじゃなくて、ただ播磨さんが喜ぶかなって・・・」
「くぅ〜、羨ましいね〜。そんなことを想いながらお弁当を作れる相手がいて」
「ち・・・ちがうよ・・・」

 姉の勘違いに流されながらも、かろうじて否定する八雲。
 でも、ほのかに紅く染まった頬を見せられたら、説得力はありません。

「心なしか播磨君の弁当箱、おっきいね」
「え? それはただ、播磨さん、たくさん食べてくれるかなって思ったら、つい作りすぎちゃって・・・」
「やっぱり彼氏へのお弁当は気合の入り方が違うね〜。ニクイよ、このこのっ♪」
「え? だから・・・・・・ちがうって・・・」

 姉の迫力に押されながらも、消え入りそうな声でささやかな抵抗をする八雲。
 でも、三段重ねの立派な重箱を見せられたら、説得力は皆無です。

「腹が減っては戦は出来ぬっていうモンね♪」

 昔の偉い人は言いました。空腹は兵隊の士気を著しく低下させる。
 愛しいあの人を戦地へ送り出すのだから、せめて悔いの残らないよう存分に戦ってきて欲しい。
 そして願わくば、生還したあの人をこの腕の中に迎え入れる日が来ることを信じて・・・。

「え? それは違っ・・・本当に違うから・・・」
「じゃあ、行ってくるね」
「あ、うん・・・勉強頑張ってね。それから・・・」

 八雲がしゃべっているのもお構いなく、天満はクラウチングスタートの構えを取った。
 その身に纏った服装は、彼女の中に隠れた野性を呼び覚ます。
 そして、何の前触れもなく、天満は爆風を携えて走り出した。

 塚本天満、Bダッシュ習得済み。

「・・・本当に違うからね」

 風になびく髪を押さえながら、小さくなる姉の背中を見送る八雲。
 八雲の最後の抵抗は、天満には届いちゃいない。







 おそらく烏丸君がいたら『コースレコードだよ、塚本さん』と褒め称えてもらえるほどのスピードで茶道部に到着した天満。
 しかし、残念ながら烏丸君などいるはずがない。
 でも代わりに播磨が来ていた。しかも緑色の配管工のコスも完璧だ。

「わぁ〜、播磨君、おそろいだね」
「お、おう。奇遇だな、塚本」

 昨日は殺人未遂事件に巻き込まれたせいで制服は泥んこになったので、代わりに着てきました。

「でも、付けヒゲ曲がってるよ。直してあげるね」

 つま先立ちして、播磨の付けヒゲを直す天満。
 なんか出勤前にネクタイを直してもらう新婚さんみたいでドキドキだ。

「よし、カンペキ。カッコいいぞ、播磨君♪」
「お、おう。サンキュな」

 播磨拳児、幸せの絶頂。

「花井、こねーな。私より早く出たはずなんだけど・・・」
「花井君は辿り着けな・・・もとい遅れるって」

 部室からひょっこり顔を出して、廊下を眺めながら、幼馴染のことを気にかける美琴。
 アイツが遅れるなんて、珍しいこともあるもんだな、と思ったところで、ふと浮かんだ疑問を隣の少女にぶつけてみる。

「なんで高野が知ってるんだ?」

 その疑問に答える代わりに、晶は黙って写真立てを飾る。
 そこに映されたのは在りし日の花井春樹。

「アナタがいたこと、忘れないわ」(ちーん)
「手ぇあわせるな、縁起でもねえ!」

『本日未明、市内の高等学校に通う男子生徒が何者かに襲われるという事件が発生しました。幸い男子生徒にケガはありませんが、ショックのためか錯乱状態に陥り、時々「いかないでくれヤクモン」などと訳のわからないことを繰り返しているとのことです。犯人はいまだ見つかっておらず、付近の住民に注意を呼びかけています』
「物騒な世の中になったねぇ」
「そーだな」

 プラズマビジョンから流れるニュースを眺めながらまったりと紅茶を楽しむ天満と播磨。
 天満ちゃんとふたりっきりのティータイムを満喫できるなんて・・・勉強会も悪くねえな。
 ティーパックの紅茶ですら天満ちゃんが淹れると特別な味がするぜ。



 薄れ行く意識の中、そんなことを思ったり、思わなかったり。



 播磨拳児、天満の紅茶によりノックアウト。
 そんでもって天満も自滅。

 茶道部内に横たわる、本日の主役を飾るはずのふたり。
 どこに出しても恥ずかしくないほど見事な死に様だ。
 それゆけカメさん討伐隊、順調に留年街道まっしぐら♪
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年3月04日(日) 23:27    題名: 6かいめ。 〜油断大敵、カメさん強敵〜  

 床にころりと転がった、天満ちゃんと播磨君。
 いつまで経っても起きる気配がなかったのだけど、晶がドコからともなく調合してきた秘薬をお口に流し込めばアラ不思議。
 二人とも、この世のものとは思えない叫び声を上げておめめパッチリ、息リフレッシュ。

「なあ、高野。ソレって何が入ってるんだ?」
「ああ、コレ?昨日仕入れたマンドラゴラを・・・ゲフンゲフン。えーと、どこにでもあるただの根っこをいれただけよ」

 昔の偉い人は言いました。毒を盛って毒を制す。(誤字にあらず)
 カレーの材料になるおいしい野草を知っているのだから、強力な解毒剤の材料になる魔界の植物だって知っているはずさ。だって晶さんだもん。

「じゃあ、さっそく英語からはじめるか」

 そんな晶の様子など気にすることなく、英語担当の美琴が声を上げる。
 すでに6かいめに突入したのに『さっそく』という表現はいかがなものかと思われますが、カメさん退治に立ち向かうための勉強会がついに始まった。

「まずは簡単な挨拶からはじめるぞ」
「おう」
「How are you?」
「なすとミートソース!」

 自信満々に応える播磨君。もしかしてNice to meet you.のつもりですか?
 のっけからツッコミどころ満載の珍回答に、美琴の中で何か熱いものが沸々と湧きあがるのを感じた。

 『つーかI’m fine.だろ』とやんわり訂正してやるべきか。
 いや、いくら播磨でもそこまでバカじゃないだろ、さすがに。
 そうさ、これはボケだ。ボケたんだよな。
 私はツッコミをいれていいんだよな? 信じてるぞ、播磨。

 この間、わずかに0.2秒。
 幼少の頃より格闘技の世界にどっぷりと浸かっているため、肉体の瞬発力もさることながら、頭脳の瞬発力も知らぬ間に鍛えられていたようだ。
 幼馴染がツッコみやすい体質だということも、彼女をここまで立派に育て上げた一因であろう。
 加えて2−Cになってからというもの、そこらじゅうに転がっている大ボケ小ボケ、天然モノから確信犯的なモノに至るまで、まさによりどりみどりの大安売り。
 こんな環境に放り込まれては、知らぬ間に腕が上がってしまう。



 周防美琴、ツッコミ属性。



 そんな彼女の熱い一撃が播磨に炸裂する。

「あー、そうそう。やっぱパスタには、なすとミートソースだよな、って欧米か!
「・・・・・・は?」

 呆気に取られた表情で美琴を見つめる播磨君。
 サングラスの奥では目が点になっているに違いない。
 見えないけどなんとなくわかる。

「スマン、周防・・・。こんなこと言いたくねーんだけどよ・・・」

 神妙な面持ちで、続きを言うか少し躊躇う播磨君。
 それに対して、先ほどのツッコミの切れ味の悪さに苦虫を噛み潰したような表情の美琴さん。
 そうだよな、パスタは欧米じゃなくてイタリアだよな、と自らダメ出しを始める始末。
 ツッコミに対して真面目に返されるとなんか切なくなるのは何故だろう。
 そんな乙女心と春の空。

「・・・・・・さっきの英文の訳、教えてくれ。全くわかんねえ」
「冗談だろ!?」

 あのツッコミが英語に聞こえたのか?
 コイツ、バカか?

「なるほど。冗談だろ・・・、と」

 今しがた覚えたことをしっかりとノートに書き取る播磨君。
 書き終わったあとはご丁寧に、カンペキだぜ、とガッツポーズ。



 コイツ、バカだ。



「あ、あのよ、播磨・・・・・・言い難いんだけどよ」
「ねえねえ、ミコちゃん」

 ツッコミのタイミングを失った美琴に天満が笑顔で問いかける。

「ミコちゃん、『歯は湯』ってな〜に?」
「・・・こっちが聞きたい」

 ナメてた。矢神高校が誇るおバカツートップの学力を完璧にナメてた。
 軽々しく勉強に付き合うと言ってしまったことを開始3分で後悔した美琴さん。
 そんな美琴を嘲笑うかのように晶がトドメの言葉を発す。

「入れ歯は熱湯消毒が一番ってことよ」
「ええ〜っ! ミコちゃんって入れ歯だったの? 大変だね〜」
「ちなみにさっきの英文を続けて訳すとこうなるわ」



『歯は湯』
『なすとミートソース!』
『あー、そうそう。やっぱパスタには、なすとミートソースだよな、って欧米か!』

 ↓

『入れ歯は熱湯消毒が一番だ』
『ウチはいつもなすとミートソースに漬けて消毒してるよ』
『冗談だろ? そこまで消毒に情熱を燃やすとは、お前のフロンティア精神には完敗だぜ、ブラザー』



「なるほどぉ、サッスガ晶ちゃん。勉強になるなる。でもさ、三行目の英文だけやたらと訳が難しいよね?」
「それは英語独特の慣用表現だからよ。何故そうなるのかはあまり深く考えずに丸暗記したほうがいいわ」
「くそっ、結局暗記かよ。だから英語は嫌いだぜ」
「実際に発音する際は『欧米か』の部分にアクセントがつくから注意が必要よ」
「はーい♪」

 晶に良いように翻弄されていく天満と播磨を前にして、引きつった笑いを浮かべる美琴さん。
 一体ドコからツッコんでやればいいのやら、すっかりさっぱりわかりません。
 こいつら3人のボケを自分一人のツッコミで捌ききることができるのだろうか。
 今までに築き上げてきた意地とプライドみたいなものが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちるのを感じたような、そうじゃないような。

 負けないで、ミコちゃん。いつか魂のツッコミが彼等に届く日がきっとくるから。
 そして忘れないで。君はツッコミを入れるために存在するのじゃなく、勉強を教えるためにここにいるのだということを。


 周防美琴、この中で一番まとも。たぶん。




「もう勉強飽きたよ〜。10時のティータイムしよーよ」
「あのな、塚本。オマエには忍耐ってモンがないのか?」

 勉強を始めてまだ1ページも進まぬうちに音を上げる天満ちゃん。

「そんな事言ったってさ、ミコちゃん。ガマンばっかしてたらストレスで太るんだよ」
「いや、ちょっと待て。なんかおかしいぞ、その理屈」
「なるほど」

 自信満々に力説する天満の言葉に、感心したようにうなずく晶。
 その視線は確実に美琴を捕らえている。

「・・・なんでアタシを見るんだよ?」
「だから美琴さんの胸はおっきいんだ?」
「ええっ、ミコちゃんの胸ってストレスで大きくなったの? じゃあ私もガマンするっ!」
「いやだからちょっと待て、お前ら。アタシにもたまには弁論の機会を与えろっての」

 こぶしを握り締め、唐突に決意表明する天満。
 その熱意に応えてか、背後では波がザッパーンと打ち寄せている。
 さらには午前中だというのに太陽も気を利かせて西の空に浮かんでいる。
 水平線から放たれた光は、そこら中をオレンジ一色に染め上げ、場の雰囲気を一層盛り上げる。

「塚本さん。その誓いは夕日に向かって吼えるといいわよ」
「わかりました。デッカくなるぞー!」
「あなたならいつの日かきっと叶えられると信じてるわ」
「はい、コーチ。私、諦めません」

 スポ根漫画よろしく、夕日をバックに互いの絆を深め合う二人。

「そんなことばっかやってっと、進級諦めたって見なすぞ、バカヤロウ」

 気の済むまでやらせておこうかとも思った美琴さんなのだけど。
 時間がもったいないので現実に引き戻してあげました。

「播磨を見習え。ちゃんと勉強してるだろ?」

 美琴の指差す方向にはテキストを真剣に睨み付けている播磨の姿が。

「三人称・単数・現在のs? なんだこりゃ?」

 カメさんを討伐するためにこつこつと力を蓄える播磨君。
 何事も基本が大事。日々の積み重ねがいつか実を結ぶのです。



 (注)即効性はありません。



―――って、なに真面目に勉強してんだ! 俺、不良だぞ?

 突如、自らのアイデンティティに気づき、机の上で縮こまって鉛筆動かしてる自分に違和感を覚える播磨君。
 肩書きばかりにとらわれているとロクな大人になりませんよ。

―――勉強なんて、学校出ちまったら役に立たねえしな。

 なんだか無駄な時間を費やしているような予感がひしひしと湧いてくる。
 誰でも一度は心に浮かべる未成年の主張を胸に、たどり着いた結論がコチラ。

―――フケるか・・・。

 播磨が自分探しの旅へ出発を決意しているなんて露知らず、相変わらず熱心に勉強していると思い込んでいる天満たち。

「播磨君、えらいね〜。見習わないと。でも、私って忍耐力ないからなぁ・・・」
「ま、そこは自分の意志の強さが必要だな。それに恋愛にだって忍耐は必要だぞ」
「美琴さんの場合、耐えてばかりのような気もするけど」
「どーゆー意味だよ?」
「言ってくれたらいつでもセッティングするよ?」
「ちょ、ちょっと待て。オマエいま誰を想像してるんだ?」
「モチロン、美琴さんが思い浮かべてるアノ人」

 さらっと言い放つ晶を、真っ赤になって慌てふためきながら、肩を掴んでゆっさゆっさと揺らす美琴。
 にぎやかな二人とは対照的に、その横で静かに物思いに耽る天満。

―――忍耐かぁ。烏丸君も耐え忍ぶ女性が好きなのかな・・・。

 烏丸君に逢えないけど、ガマンして勉強を続ける私。
 あえて連絡を取らず、烏丸君への思いを胸に頑張る私。
 現状がわからなくてやきもきする烏丸君。
 そして逢えない時間は二人の愛をさらに熱く燃え上がらせる。



 コレだわ!



 忍耐の素晴らしさを認識した天満。すっくと立ち上がると、忍耐のお手本となっている播磨の元へ歩み寄った。

「天・・・・・・塚本、どした?」
「ありがとう、播磨君」

 天満は播磨の両手をそっと自分の掌で包み込みこんだ。
 イキナリの展開で戸惑う播磨に、天満は優しくほほえみかける。

「播磨君のおかげで私、頑張れるよ」

 スプリング カムズ!

 このときを、いまかいまかと待ち侘びた春の訪れを、拙い英語力で表現する播磨君。
 今ならカタカナ表記ではなく筆記体でお出迎えできそうだ。
 なんでこんなことになったのか全くもって身に覚えがないが、愛しの天満が自分に感謝していることに変わりはない。
 このチャンス、逃してなるものか。

「塚本・・・俺だってオマエがいるから頑張れるんだぜ」

 この学校に入ったのも。
 留年しないように勉強してるのも。
 すべては天満の傍にいたいから。
 天満にこの想いを届けたいから。

「じゃあ、お茶いれよっ♪」

 って聞いてないし。
 天満はすでにお湯を沸かす準備の真っ最中。
 せっかくやってきた春は、播磨の静止を聞く暇もなく立ち去って、厳しい冬に逆戻り。

「・・・三単現のsなんて必要あんのか?」

 手持ち無沙汰になった播磨は、とりあえず教科書に目を落とすことにしました。
 そして。

「塚本、オマエはもうお茶いれるの禁止な」
「え〜っ!? ヒドイよ、ミコちゃん」

 天満のお茶汲みについにレフェリーストップがかかる。
 周防美琴、賢明な判断。いろんな意味で。
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年3月10日(土) 16:21    題名: 7かいめ。 〜溺れるカメさん、弾にもすがる〜  

「さて、ここからは世界史ね」
「晶ちゃん、私は世界史必要ないんだけど?」
「塚本さんはそのまま英語の勉強、頑張って」
「はーい♪」

 塚本天満、元気だけは人一倍。

「それじゃ播磨君、こっちへ」
「立ったまんま勉強すんのか?」
「あ、教科書は持ってこなくていいわ」

 部室の隅っこの空いてるスペースで手招きする晶に誘われて。
 訳がわからないといった表情で促されるままに所定の立ち位置に移動する播磨。

「播磨君の理解度をチェックするためにテストをしてみるわ」
「げっ! 抜き打ちかよ」
「大丈夫よ。初歩的なものばかりだから、いくら播磨君でも・・・」

 そこまで言いかけて晶は言葉を切った。
 目の前にいるこの男はときに予測不能な行動を取ってくる。
 張り巡らせた策はちょっとやそっとじゃ破られはしないという自信はあるが、万が一ということもある。
 ここは慎重にいくべきか。

「・・・無理かもね」
「くっ。あっさりと言ってくれるじゃねーか」

 できない自信が満々な播磨君。何も反論できません。
 そんなこんなで世界史のテスト開始。

「ピョートルの特徴は?」
「首が長い」

 キリンだからな。一目瞭然だろ。
 いや、そう見せかけて実は斑模様か?

「アレクサンダーの職業は?」
「とても優秀な占い師」

 朝の星占いよりもよく当たると評判なんだ。
 あれほどの才能を持った奴はなかなかいねえぜ。

「ナポレオンの残した有名なセリフは?」
「・・・・・・ぶひ?」

 アイツ、無口だしな。他に何も思い浮かばねえ。
 さすがにコレは自信ねえな。

「・・・もしかしてふざけてる?」
「俺はいつだって大マジだぜ!」
「でしょうね」

 歴史上の人物の中でもポピュラーな方々を選んで出題しているのに、なぜそのような解答が返ってくるのだろうか。
 ふがいない成績を目の当たりにしても、いつもの冷静な表情を崩さない晶さん。
 だけど自らのおかれた状況をよく理解していない播磨を見ると、つい溜息が出てしまう。
 それは周りにいる人間には気づかれないほど、とても小さなものだったけど。
 そして思う。

 すべて、計画通り。

 ただ、ひとつだけ心残りなのは、不測の事態に備えていくつか用意してきた他の作戦を試せないことか。
 もう少し張り合いがあると思ったのだけど、期待外れね、てなことを考える晶さん。もう一度小さく溜息をついた。
 だけどいつまでも落ち込んでばかりはいられない。

「播磨君は暗記科目が苦手みたいだから、特別なカリキュラムを用意したわ」

 気を取り直して、プラスチック製の小さな玉がジャラジャラと詰まっているダンボールを取り出してきた晶さん。

「なんだ、それ?」
「何の変哲もないただのBB弾よ。このひとつひとつに暗記すべき単語が記されているわ」
「んなモン、どっから仕入れてきやがるんだ?」
「刑部先生に事情を説明したらよろこんで作ってくれたわ」

 なにを隠そう、この改造BB弾は刑部先生が拳児君のためにひとつひとつ手作りで作り上げたもの。
 昨日、晶からの依頼を受けたあと、急ピッチで製作したシロモノだ。
 かわいい拳児君のことを思い浮かべると地道な作業もまったく苦にならない。
 コレを見た彼がどんな反応をするか想像するだけで思わず頬が緩んでしまう。
 人前ではめったに見せない笑みを浮かべながら、BB弾に細工を施していく絃子さん。

 デキの悪い従姉弟を持つと、何かと心配なのだよ。

 絃子さんだって、ごくフツーの女性なのだから、ほのかな淡い感情のひとつやふたつ、胸に秘めていたって不思議じゃない。
 だけど、従姉弟というポジションはあまりに距離が近すぎて、いまさら素直になるのも恥ずかしい。
 だから拳児君に対する愛情表現は、そこはかとなくサディスティックなのだよ。


 さて、そんなことを説明している間に、茶道部では晶さんがどこからともなく茶道部備品を引っ張り出してきた。
 ただ、その備品の入れ物が一般の部活動では考えられないほど厳重に保管できるように細工されたジュラルミンケースであったり、ご丁寧に『開けるなキケン』という忠告つきだったり。
 そしてその中から取り出されたのはマガジン装填式のハンドガン。
 しかも絃子さんが持ちうる限りの技術の結晶をすべて投入して作り出した最恐モデルだ。

「センセー、質問デス」
「なにかしら、播磨君」
「ナゼニ茶道部ニソンナ物騒ナモノガアリマスノデショウカ?」
「気にしないで。ちゃんと使用許可はとってあるから」

 身の危険を感じると自然と丁寧な言葉遣いになってしまう播磨君。
 そんな誠心誠意を込めた質問も、晶の前ではさらりとかわされてしまう。

「まあ、所詮オモチャだし、死にはしないわ。・・・・・・たぶん。少々威力は大きめだけどね」

 なんてったって、このモデルガンは絃子さんが念入りにカスタマイズして、ギリッギリの限界まで威力を高め上げたもの。
 ほんの少しの悪戯心を抑えきれない絃子さん。なかなかお茶目な一面をお持ちのようで。

「つーか、そんなので発射された弾なんか読めるわけねえだろ」
「大丈夫よ。播磨君の動体視力を持ってすればよめる? と思うから」
「明らかに無理あるだろ。つーかなんだその疑問符は!」

 教科書をカバンに詰め込むかのように、慣れた手つきでマガジンを装填していく晶さん。
 アカン、この人、目がマジだ。
 何故に播磨拳児というオトコの周りには、銃火器の取り扱いに秀でた女性が転がっているのでしょうか?


 高野晶、マフィアとの戦闘経験アリ。


「さて、播磨君も納得できたところで、さっそく始めましょうか。時間ももったいないし」
「ちょい待て。俺はまだやるなんて一言も・・・」

 なにやら強引に流されてしまいそうな勢いを、必死に押しとどめる播磨君。
 この勉強方法は明らかに危険な香りが漂っている。
 そんでもって晶の説明には不安を掻き立てられるような表現がそこかしこに散りばめられている。
 これはヤバイ。どうにかして切り抜けないと絶対ヤバイ。
 播磨はこの束縛にも似た状況を突破するための打開策を必死に考えた。


 ・・・だけど、何も思い浮かびません。


 所詮、播磨の頭脳など、天満のことを考えるだけでフリーズしてしまうのだから、10GHzの容量を誇る晶には敵うわけがない。
 もはや覚悟を決めるしか残された道はないのか。
 そんなどうしようもない播磨のもとに天使が舞い降りた。

「播磨君、ガンバレ〜♪」
「オウ、まかせとけ塚本」

 ナイスアシスト、塚本さん。
 天満の黄色い声援で、播磨は一気にノリノリだ。

 天満ちゃんのためならたとえ火の中水の中。
 雨が降ろうが槍が降ろうが蜂の巣にされようが、愛しい彼女が無事を祈ってくれるなら、そのすべてに耐えてやるぜ。
 そして傷だらけになって帰ってきた俺を見て、天満ちゃんはこういうのさ。


『私のためにこんなに傷ついて・・・』
『オマエの愛が俺に力をくれたのさ』
『播磨君・・・好き』
『俺もだぜ、ベイベ』


 この危機を乗り越えれば、こんなステキ展開が待っている。
 そう、これは播磨拳児に与えられた恋の試練。
 この機会、逃してなるものか。

「それじゃ、覚悟はいい?」
「たりめーだ、コラ」

 たとえどんなに不純な動機であったとしても、勉強に対するモチベーションがあがるのはいいことだと思います。
 だからその気持ちが冷めないうちに、晶さんはゆっくりと銃口を向けました。
 それは播磨の夢も希望も跡形もなく吹き飛ばすものだったのだけど。

(注)この暗記術は専門家の立会いのもと、銃の威力、周りの環境、安全面、被害者の身体能力等を十分に(?)考慮した上で行っています。
 危険ですのでよいこは絶対にマネしないでね。





 世界史の暗記強化が行われているその横で、必死に英語の勉強をしている天満。
 さっきからペンはまったく動いていないけれど、脳をフル稼働させて考えているようだ。
 そんな様子を、頬杖突きながら眺めている美琴。
 たまには真剣に悩むことも大事だろ、と思い、しばらくそのまんまにしてみた。
 と、そのとき、部室のドアが音を立てて開いた。

「ずいぶん遅れてしまったな・・・」

 肩で息をしている幼馴染の姿を確認した美琴。
 全力疾走で走ってきたのだろうが、この体力の消耗の仕方はハンパじゃない。
 もしかしたら体育祭のときみたいに風神が乗り移ったのかもしれない。
 あの空気抵抗によって形成される表情はハンパじゃない。
 通報されてなきゃいいけど、と少し心配になったトカ、ならなかったトカ。

「遅かったな、花井。なにしてたんだ?」
「それが・・・家を出て行くところまでは覚えているんだが・・・何者かに教われて、気が付けば病院のベッドに横になっていたんだ」
「・・・は?」

 いつもは胸を張ってうるさいくらいに声を張り上げている花井が、俯きながら自信なさげに応える。

「本当はもう少し休んでいけといわれたんだが、いつまでも病人専用のベッドを占領し続けるわけにもいかんからな。早めに退院してきたんだ」
「・・・花井」

 公共交通機関の優先座席ですら座ることはないということを知っている美琴。
 コイツらしいな、とほんの少し笑みを浮かべながら花井に声をかけた。

「遅刻の言い訳ならもちっとマシなもの考えてこいよ」
「僕の言うことが信用できないのか」
「たりめーだろ。オマエを倒せる奴なんざめったにいないしな」

 いつも拳を交わす仲だから、たとえ誰から不意打ちを食らおうとも、 花井は返り討ちにできるだけの実力を持っていると信じて疑いのない美琴。

「ふむ。そうなると犯人は周防という線が一番・・・」
「なんでそうなるんだよ!」

 幼少の頃から磨き上げてきた、ツッコミという名の手刀が花井に炸裂する。
 相手の言動に対する反応の速さから、身のこなし、入射角、絶妙の力加減から手首のスナップに至るまでどれをとってもカンペキだ。

 パシッ!

「冗談だ、周防。本気にしなくてもよかろう」

 しかし、美琴のクリティカルヒットは花井の右手の中にすっぽりと吸い込まれた。
 全身全霊を込めた会心の一撃をあっさりと受け止められてしまった美琴。
 はっきりいってショックだ。
 きっと今日は調子が悪いんだ、という自己暗示をかける美琴さん。
 終いには、ツッコミのキレも悪いし、もう帰ろうかな、てなことを考え始める始末。
 ツッコミに自らの存在意義を見出そうとする姿勢は、ある種尊敬できる部分もあるかと思いますが、それにこだわりすぎるのもどうかと思います。

「ところで、なにをやっとるんだ、播磨は?」

 カメさん討伐隊を脱退しようか、と思い始めている美琴を引き止める花井。

「え? ああ、世界史の勉強だってさ」
「そうは見えんが・・・」
「だよな。私もそう思う」

 確か、ここは茶道部の部室であるはずだ。そして、そこでは級友たちが厳かな雰囲気で勉学に励んでいるはずだ。
 それなのに目の前ではテレビでしかお目にかかれないような壮絶なる銃撃戦が繰り広げられている。
 特筆すべきは標的となっている播磨君の身のこなし。
 ハリウッドスター顔負けのアクションで、晶の放つBB弾をただひたすらに避けまくる。

「やはり播磨はただものではないな。あれだけの弾丸の嵐をことごとくかわすとは」
「花井だって、あれくらいできるだろ?」
「無茶を言うな。僕には無理だ」
「つーか、よく見りゃアイツ眼閉じてるんじゃねえか?」
「おそらく眼を閉じることによって感覚を最大限に研ぎ澄ましているのだろう。視覚に頼ることなく直感で避けているのだろうな」
「マジかよ。ケモノか、アイツは」

 播磨君の奮闘振りに、感心するやら呆れるやらの花井と美琴。
 そんな彼らの目の前で飛び交うBB弾の嵐がピタリと止まる。
 どうやら弾切れのようだ。

「まさか、播磨君がそこまでやるとは思わなかったわ」
「へっ、そりゃドーモ」
「だけど、避けてばっかりじゃ埒が明かないわよ」
「そうでもねえぜ。なんせ気付いちまったからな。お前が思いもよらなかった重大なミスってやつをよ」
「へえ、なにかしら?」
「へっ、聞いて驚け!」

 勝ち誇ったような播磨のその言葉に、晶のリロードする手が止まる。

「この暗記術、意味ねえぜ。なんせ眼、閉じてるから何にも頭に入ってこねぇんだよ」
「そんなんで威張るなっての。眼、開けときゃ済む話だろが」
「ああ、そうか。そう言われりゃそうだな。いいこと言ったぜ、周防!」

 カメさんの考え、休むに似たり。
 もう少しマシな回答を期待していた晶は。

「確かに、私の考えが甘かったみたいね」

 小さく溜め息をつくとリロードを完了し。

「このままじゃ間に合わないからペースアップするわよ」

 さらにもう一丁、同じタイプのモデルガンがこんにちは。

「銃は二丁、放たれる弾数は二倍よ。避けてみれば?

 姐さん、ときどき無茶ばっか。

「さっきので一杯一杯だっつーの! 俺の実力でこれ以上ついていけるわけねえだろ!」
「狙った獲物は外さない。私は欲張りな女。だけど心配しないで。いたぶるような趣味はないから
「なに真顔でコエーこと言ってくれてんだ!」
「じゃあ、れっつらごー」
「いやだからちょっとまtあばばばべしひでぶやんでぼん

 そして播磨は星となる。

「ちょっと待ちたまえ、高野君! 播磨を倒してしまったら、時間的に取り返しがつかなくなるぞ」
「待つ? いいえ、続行よ。やるからには本気で
「そこまで言うなら仕方がないな。僕は全力で阻止してみせようじゃないか」

 勉強会として集まったはずなのに、このままでは成績ではなく射撃の腕が上がってしまう。
 そのような矛盾を感じてしまっては、訂正せずにはいられないオトコ、花井春樹。
 果敢にも立ち上がり、BB弾の乱れ飛ぶ中へ一歩ずつ踏み出してゆく。

「やめとけ。説得の通じる相手じゃないって」

 死ぬとわかっていて戦地に赴く幼馴染を引き止める努力はする美琴。
 コイツも説得の通じる相手じゃないってことは十分すぎるぐらい知ってるけど。

「高野君、いいかげんにしtあばばばべしひでぶやんでぼん

 そして花井は風となる。

「まさか勉強会に来てこんなことになるなんて・・・・・・まあ、思ったけど」
「ねえ・・・、ミコちゃん、助けて」
「ん、どした塚本? アタシは何も見てねーぞ
「それがね、どーしてもわからないことがあるの」

 目の前の惨劇に、現実逃避を始めた美琴さん。
 英語の教科書片手に救難信号を発する天満のレスキューに向かうことにした。
 しかしこっちもすでに天満の思考回路はショート寸前。
 頭からはプスプスという擬音語と共に蒸気が立ち上っている。

「ケンとかユキとか、なんで英語話してるんだろ・・・。日本にいるんだからちゃんと日本語使ったらいいのに」

 今までの時間、教科書の住人達への苦情を延々と考えていた天満ちゃん。
 彼らだって、教科書改訂の荒波を乗り越えるために必死なのだから、そんな無茶は言わないでください。
 編集者に逆らっては存在自体が危うくなってしまうのですから。

「どう、はかどってる? 塚本さん」
「ま、見ての通り、全然ダメだな」
「そう・・・こっちも進歩なし。困ったわね」

 モデルガンをくるくると回しながら、わずかに声のトーンを落として呟く晶。

「高野が弱音吐くなんて珍しいな」
「ええ。どうも私はオートマティックに向いてないわ。衝撃を肘を曲げて吸収してしまうクセがあるみたい。どちらかというとリボルバー向きね」
「お望みなら、なんかツッコミいれようか?」

 高野晶、彼女も山猫(オセロット)

「播磨の勉強のほうはどうなんだよ?」
「あ、それなら心配ないわ。暗記は数撃ちゃ当たるものよ」
「なんかスゲー違和感あるな、その表現」

 茶道部の一角には、避けきれなかったBB弾に葬り去られたサングラス男の亡骸がひとつ。

「ところで、花井はどした?」
「大丈夫。説得は済んだから」

 そして同じように横たわるメガネ男がもうひとつ。
 返事はない。ただの屍のようだ。

「それじゃ塚本さん、この問題が出来たら休憩にしましょう」

 英文の書かれたプラカードをどこからともなく取り出す晶。

「そんなの簡単だよ」
「そう? じゃあ、大きな声で読んでみて」


「アイラブユー、ケン♪」


 おお、勇者ケンヂよ。死んでしまうとは情けない。
 このままでは麗しの姫君が嘆き悲しんでしまう。
 今一度立ち上がれ、アーメン。

「みぃとぅぅぅぅ!」

 どうやら播磨には『ケンヂ』に聞こえたらしい。
 天満のふっかつのじゅもんにより、ラブパワー全開になった播磨は、奇跡の生還を果たした。
 ラブパワー。それは愛の力。
 ときに人の心に勇気を与え、ときに都合のよい脳内変換を招く。

「じゃあ、お昼にしましょう」

 天満がきちんと英文を読むことが出来たので、約束通り休憩を取ることにした晶。

「む・・・もう昼か」

 なんと花井春樹が起き上がり、仲間になりたそうにこちらを見ている。
 仲間にしてあげますか?

「花井君はダメよ」

 まったく考慮する時間もとらず、あっさりと拒否。

「今来たところなんだから、床の掃除ぐらいしてくれない?」

 BB弾の散乱した床を指差す晶。

「なにを言ってるんだ。普通こういうことは散らかした者が片付けるものだろう」
「確かに・・・それもそうね」
「た、高野君がちゃんと話を聞いてくれている・・・。ついに僕の熱意が伝わったのか。感動だ」

 珍しく晶は花井の言葉に素直に頷く。
 いままで彼女からまともな扱いをされないことが多かったが、この一年共に過ごした時間はそんな二人の関係にちょっとした変化をもたらしたらしい。

「それじゃ、掃除は私がやるわ。茶道部の連帯責任ということで、八雲とサラにも手伝ってもらうけどね」
「待ちたまえ。それは聞き捨てならんな」

 八雲という言葉に敏感に反応する花井。

「やはり掃除は僕がやろう」
「そう? じゃあ、お願いね」
「八雲君・・・君をこの苦行から救うために! 僕は喜んでこの身を捧げよう!」

 愛する八雲の手を煩わせるわけにはいかない花井。
 持ち前の決断力と行動力でさっそくお掃除を開始する。
 高野晶、この一年で、花井の扱いがうまくなりました。

「まったく・・・アイツは毎度毎度こりねーな」
「いいの? 同門の恥さらしといて」
「いまさら隠す必要もないだろ」

 花井春樹、コイツもラブパワー全開だ。
 ラブパワー。それは愛の力。
 ときに人の進むべき道を指し示し、ときに人の心を大きく惑わす
戻る
たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 19:50    題名: 8かいめ。〜腹が減っては戦はできぬだけどカメさん料理もできぬ  

 お昼休み。
 苦学生である播磨君にとって、身も心も懐もシベリア並みの寒波に見舞われるこの季節。
 いつもならとりあえず水で腹を膨らませるという手段をとるが、集中力を持続させ勉強の効率を上げるために今日はきちんと食料を持ってきました。
 かばんをガサゴソとあさり、取り出したるは房つきバナナ。
 腹持ちもよくて、疲れた頭に必要な糖分も効率よく補給できる。
 しかも余った皮は、ブービートラップに再利用できるという優れた一品だ。

 播磨拳児、主食はバナナ(晶公認)

 黄金に輝く果実を前に、いただきます、と手を合わせて農家への感謝の気持ちを述べる播磨君。
 そんな播磨の目の前に、どどん、という効果音と共に三段重ねの重箱が現れた

「播磨君、お弁当だよ♪ 八雲から」
「お、俺のために? わざわざ持ってきてくれたのか?」(天満ちゃんが俺のために作ってきてくれるなんて・・・今日はツイてるぜ)
「これぐらいトーゼンだよ♪」(八雲の大切な彼氏なんだもん。八雲のお弁当ぐらい届けてあげるよ)

 愛しの天満がお弁当を持ってきてくれたという衝撃の事実。
 あまりの出来事に、『八雲から』というフレーズはすっぽりと抜け落ちている。
 それはテストには出なくても、ぜひとも抑えておきたい重要単語ですぜ、旦那。

「サンキュ、天・・・・・・塚本。俺は幸せモンだぜ」

 天満の想いを受け取った播磨。親指をグッ! と突き上げてほほえみかける。
 それを見た天満も弾んだ笑顔を見せてそれに応える。

 静かに見詰め合う二人に、これ以上会話は必要なかった。

 目と目で通じ合う・・・そんな関係に憧れるお年頃。
 でも、もう少しぐらいお互いの本音を知る努力をすべきかと。

 さて、感動の嵐に襲われている播磨君。
 震える手で、ゆっくりとお弁当のふたを開ける。
 三段重ねの立派な重箱の中ではきちんと整列したタコさんウィンナーや出し巻き卵、トンカツなんかが播磨のお口にダイビングする瞬間を今か今かと心待ちにしている。
 サラダの草原の中ではウサギの形をしたリンゴがちょこんとお座りなんかしちゃったり。
 ボリューム満点のお弁当を目の当たりにした播磨は、心の中でそっと呟く。


―――うまそうだよな・・・。見かけだけは。


 そうさ、忘れちゃいけない。これは天満の作ったお弁当(と勘違い中)。
 ということは、一見まともに見える・・・いや、不器用な天満が作ったとは到底思えないほど、彩り鮮やかに盛り付けされたこのお弁当。
 そのおかずひとつひとつに壮絶なる破壊力が込められているに違いない。
 なんせただのおにぎりでさえ、火山も噴火するほどの威力に早代わり。
 今日の形は正方形ではなく三角だけど、あの独創的な味付けが影を潜めたという淡い期待は持つべからず。
 むしろ更なる高みへ到達しちゃってる恐れだってあるのだから。
 塩振って握るだけという単純作業の中に、どれほどのオリジナリティあふれる追加要素が盛り込まれているのやら、凡人には理解できまい。
 本日のメインディッシュであるトンカツなんかに至っては核爆発に匹敵する破壊力を秘めているかもしれない。
 これを口にすることは午後からの勉強会のリタイヤ、それすなわち即留年を意味する。

 目先の幸福を取るか、それとも共に進級し、輝ける未来に夢を託すか・・・。
 男、播磨拳児。さりげなくこれからの人生を大きく左右するであろう選択を迫られていた。



 カツ核爆発カツ核爆発カツ核爆発。 皆さんも一度御賞味あれ。



 かまずに言えたら大喝采。
 いくらパンチが効いていようとも、当たらなけれバどうということはナイ。
 とはいえ噛まずに食べたら大顰蹙。
 いくら腕によりをかけて作ろうとも、味わってもらわなければ作りがいがない。

 ここで確認しておくが、播磨が手にした弁当は八雲が腕によりをかけて作った自信作。味のほうの説明は不要だろう。
 勘違いで足りない頭脳の無駄遣いをしている播磨君。なかなか見事な一人相撲だ。

 やがて結論を導き出す。否、答えなど初めから決まっていた。
 ホレた女が頬を赤らめてまで持ってきてくれたお弁当。(←誇張表現)
 それを食さずに突っ返すことが出来るだろうか、いや出来まい!
 フッ。さりげなく反語を使ってしまった・・・今日の俺は一味違うぜ、てな具合の播磨君。

 とはいうものの、実際に口に運ぶには相当の覚悟と勇気がいる。
 震える指先を必死に抑えながらトンカツを掴み、断頭台への13階段を一歩一歩踏みしめるかのように、おそるおそる箸を口元へ運んでゆく。
 途中でへこたれそうになったこともありました。でもその衝動をグッとガマンできたのは、愛しの天満が目の前で頬杖を付きながら見つめているから。
 その無邪気な笑顔から紡ぎだされる『たべてたべてオーラ』を感じ取ってしまったら、もはや逃げ場なんて存在しねえ!


 さらば、俺の青春!


 トンカツを口の中に放り込んだ播磨は、躊躇することなく一気に噛み砕き、胃の中に押し込んだ。
 そして押し寄せる衝撃に備えて身構える。


 ・・・あれ?


 もしかして不発弾だったのだろうか。
 おめめぱちくりさせた播磨君。
 震える箸先でカツを掴み、おそるおそるもう一口。


 いやちょっと待てありえねえ。


 これが彼女の料理なのだろうか?
 舌の上にのせるだけで理性が月まで吹っ飛ぶほどのインパクトがない。
 それどころか。

「・・・うまい」

 あまりに意外だったので、普段なら天満への率直な意見は胸にしまいこむ播磨でも、普通に感想を述べてしまった。
 リアクション芸人としてあるまじき姿だ。何たる醜態、カッコ悪。

「塚本、これうめーな」
「本当? やったー!」
「こんなうまいもんが食えるなんて俺は幸せモンだぜ」

 きっと天満ちゃんは俺のために涙ぐましい努力をして料理の特訓したんだろうな。それほどまでに俺のことを・・・こりゃ相思相愛確定だぜ、てな感じの播磨君。
 男泣きに涙を流しながら、ガツガツとお弁当を平らげる。

 八雲の愛情弁当で涙を流すなんて、播磨君、よっぽどうれしかったんだね。そんなに八雲のことを想ってくれてるなんて・・・んもう、ラブラブだねっ、てな感じの天満ちゃん。
 播磨の様子をほほえましく眺める。

「そんなに喜んでもらえると嬉しいよ。明日も楽しみにしててね」
「マ、マジか!」
「うん。まかせといて。腕によりをかけて作っちゃうよっ♪」

 作るのは八雲だけどねっ♪





 同じ頃。

「いいお天気・・・」

 縁側に座って日向ぼっこをする八雲。その傍では飼い猫の伊織が寝そべっている。
 風の厳しさもずいぶんと弱まり、太陽の柔らかな光を浴びると、ぽかぽかとして気持ちいい。
 気を緩めると、睡魔に襲われそうになりながらも、八雲は静かに大切なあの人に想いを馳せる。


「姉さん、勉強頑張ってるかな・・・」


 って、播磨のこととちゃうんかい!

「播磨さんに迷惑かけてないといいけど・・・」

 とツッコミを入れてみたところで八雲には届くはずもなく。
 オーバーオールを着た姉の姿を思い出し、あの格好で果たしてマトモな勉強会ができるのか、不思議に思う八雲。
 伊織は、八雲の頭上に出現したハテナブロックを物珍しそうに眺めていたが、やがて毛繕いをはじめた。

「そういえば播磨さん・・・お弁当、食べてくれたかな・・・」

 播磨のために、とはいえ自分が勝手に作ったお弁当。
 播磨も昼食を用意してくると考えるのが普通だろう。
 もしかすると迷惑に思われているかもしれない。

「ね、伊織はどう思う?」

 急に名前を呼ばれた黒猫は、毛繕いの手を休めて、もとい舌を休めて飼い主に視線を送る。
 播磨なら猫の思いとやらを汲み取ってくれるのだろうが、残念ながら八雲とは、鳴く以外に意思疎通の仕方を知らぬ。
 イキナリ意見を求められても、まあなんだその、困る。

「・・・・・・よろこんでくれてると、いいな」

 伊織の返答を待たずして、八雲は淡い期待を込めて、そっと呟いた。
 瞳を閉じると、あの人がおいしそうに食べる姿が瞼の裏に浮かんでくる。

『妹さんと付き合う男は幸せモンだぜ』

 一度、彼の自宅で料理を振舞ったときに、自分に言ってくれた言葉を思い出す。
 あのときもそうだったけど、今も思い出すだけで頬が火照るのを感じた。

「でも、そろそろ姉さんの誤解、解かなくちゃ・・・」

 二人の関係は、姉の思っているような恋人同士とかいうものではないのだから。
 それに・・・・・・あの人も、姉の誤解を快く思っていないはずだから。

 そんなことを考えていると胸がちくりと痛んだのだけど。
 彼女はその正体に気づかないまま。
 姉の誤解を解く計画を立て始めた。


―――え、と。

 八雲は考えている。

―――うんと。

 八雲は学年考査8位の頭脳をフルに回転させて必死に考えている。

―――・・・っ。

 ダメだ、思いつかない。

―――・・・・・・。

 こういうときは一度頭の中を空っぽにしてみると良いアイディアが浮かぶはず。

―――・・・・・・ぐう。

 失敗。

 そんな八雲の様子をじっと眺めていた伊織。
 起こすべきか、という衝動にも駆られたのだけど。
 主人の安らかな眠りを邪魔するのもどうかと思い、静かに毛繕いを再開した。

 塚本八雲、寝つきの良さで右に出るもの無し。
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 19:51    題名: 9かいめ。 〜春はあけぼの。夏は夜。秋は夕暮れ。冬はカメさん  

 八雲の手作り弁当で身も心もリフレッシュした播磨君と天満ちゃん。
 これで午後からの勉強会も乗り切れるはずだ。たぶん。

「んじゃ、午後からは古典だな。ガンガンいくぞ」

 美琴がはりきって声を上げる。

「あれ〜?古典は花井君の担当じゃなかった?」
「あー、花井はあんな状態だから・・・」

 そんなどうでもいいことだけは覚えてんのな、と美琴は苦笑しながら隅っこのほうを指さす。
 その方向を見ると、どよ〜んという効果音を響かせながら真っ黒な雲を頭の上に浮かばせて、床に散らばったBB弾を淡々と弾いている花井の姿があった。

「八雲君が播磨に弁当を・・・八雲君が播磨に弁当を・・・八雲君が・・・」

 八雲のお弁当をうまそうに食べる播磨君。
 そんな逃れようのない現実をまざまざと見せ付けられた花井は浪速のボクサーよろしく真っ白な灰になって燃え尽きていた。

「何言ってんだ?メガネのヤツ?」

 あれは塚本の持ってきた弁当だろが、と呟く。
 周りにいる人間には聞こえないようなボリュームだったはずなのだが、晶のレーダーにはしっかりと捕捉されていたり。
 さて、どうしようか。

―――おもしろいから放っとこう。

 でも訂正はしない。
 晶は静かに確信した。いや、知ってたけど再確認。
 不安要素はない。

 というわけで、古典のお勉強の始まり始まり。

「さっそくだけど、この訳わかるか、播磨?」

 『春はあけぼの』という、枕草子の冒頭の部分を指す美琴。

「春場所は曙が強い・・・ってことか?」

 いつの時代の話ですかそれは?
 枕草子は日本古来の四季それぞれの良さを綴ったもの。
 十二単を身に纏った煌びやかな女性達が『春の明け方は趣があってよろしいですわね、オホホホホ』と優雅に語り合っている姿を描いたものだ。
 脂肪という名の戦闘服を身に纏った暑苦しい大男が『ごっちゃんです』と叫びながらぶつかり合っている姿を描いたものではない。

「『あけぼの』の後ろには『いとをかし』が省略されてるからな」

 おおっと、美琴選手。はりまくんのボケを華麗にスルー。

「つーことは・・・『春場所の曙はわたあめみたいでうまそうだ』ってか?」
「どっからわたあめが出てくんだよ?」
「何言ってんだ、周防。糸のお菓子っつったら、わたあめに決まってるじゃねーか」

 つーかお前が何言ってんだ。
 真顔でそんなことを主張されても対応に困る。

「播磨君、それは違うよ。『いと』は『とても』とか、『すごい』って意味なんだよ」

 播磨の犯した重大な間違いを訂正したのは、珍しいことに天満ちゃん。
 そんな天満を見た美琴は、基本的なことは知ってるんだな、とほんのすこし見直した。

「それにこの時代、お菓子っていったらパフェしかないんだよ」

 あ。やっぱ塚本は塚本だわ。
 自信満々に言ってのける天満の姿に、美琴の中でせっかく上昇気流に乗った天満株は一目散に直滑降。

「なるほど。『をかし』はパフェと思っていいんだな?」
「うん。だから『いとをかし』は『すごいパフェ』ってことになるから・・・」
「つーことは、『ハリケーンパフェ』ってことになんのか?」
「あたり〜♪播磨君、飲み込み早いね〜」
「天・・・・・・塚本の教え方がうめーんだよ」

 自分の説明をカンペキに理解してくれたことで、少しうれしく思う天満ちゃん。
 天満ちゃんが先生なら100点取れるかも・・・と本気で考える、身の程知らずな播磨君。
 二人の間には誰も踏み込めない領域が形成されてしまったようだ。
 それは何者にも脅かされることのない、ふたりだけの禁断の世界。
 共に奏でる旋律は、進級への未練などすっぱり断ち切る鎮魂歌。

 マイナスとマイナスは、かけるとプラスになるけれど。
 おバカ同士が合わさると、ただの大バカになりました。まる。

「ひとつ言っとくけど、平安時代にパフェなんかないからな?」
「でも、塚本さんなら平安時代に十二単を着てパフェ食べてても違和感ないかもね」
「八雲もきっと似合うよ〜♪」

 美琴の的確なツッコミも、晶の言葉ですべて水の泡。
 そして、可憐な少女が十二単を着ている姿を想像し、壊れてしまった男が一人。

「十二単を着たヤクモン・・・サイコーでござる!」

 花井である。
 さっきまで頭の上に浮かんでいたどんより雲はどこへやら。突如生気を取り戻した花井は、ものすごい勢いで鼻血を出しながら叫んだ。
 そのとめどなく流れる血流は、そこはかとなく大自然に悠然と構えるナイアガラを髣髴させる。

 血液は人工的に作ることは出来ません。
 無駄遣いをするその前に、献血にご協力ください。

 さて、日本赤十字からのお知らせも済んだところで、晶はそっとアクションを起こす。


 慌てず、騒がず、落ち着いて。
 音もなくそっと背後に忍び寄り。
 一握りのためらいの心も持たず。
 首筋めがけてただまっすぐに振り下ろす。

 崩れ落ちる級友には一顧だにせず、晶はしみじみと呟いた。

「それにしても、真面目な花井君を、ああまでさせる八雲の魅力って恐ろしいわね」
「花井を一撃で葬り去るオマエのほうが恐ろしいっての」
「鼻血を止めるには首の後ろを軽く叩くと効果的なのよ」
「・・・軽く?」

 花井春樹、17歳。全国大会出場の猛者。確認。

「ねえ、花井君痙攣起こしてるみたいだけど大丈夫?」
「騙されちゃダメよ、塚本さん。彼、演技派だから

 高野晶、17歳。たぶんフツーの女子高生。確認。





 さて、夕日も翳ってきたので、太陽も本日のお勤めを終了し、空をお月様に明け渡そうかと考え始めたそんな時刻。

「そろそろ終わりにする?」
「さ・・・さんせ〜い」

 ざっと部室の中を見渡し、提案する晶。
 他のメンバーはというと、ぐったりとして部室内に転がっている。
 疲労困憊。満身創痍。ツワモノどもが夢のあと。
 カメさん相手に勇敢に戦った形跡がそこかしこ。

「でもよ・・・こんなんで間に合うのか?」

 みんなが思っていても口にしない疑問を平然とぶつける美琴。
 いや、もしかしたら、そう思ってるのが美琴しかいないだけかもしれないけど。

「・・・・・・」

 なんか言えよ、高野。





 すっかりあたりは暗くなったころ。
 着替えもせずにベッドに身を預けているお嬢様が一人。
 勉強会を犠牲にして行ってきたデートのことを思い出す。

「・・・サイアク」

 デートだけなら、社会勉強の一環と割り切って付き合っている。
 その習慣は今でも変わらない。
 でも・・・最近は。それが苦痛に感じるようになってきた。

『もし、隣にいるのがアイツだったら・・・』

 ことあるごとにそんなことを思い浮かべてしまう自分に気づいたから。
 彼のことを考えないようにするためだったのに、逆効果。

「なんで出てくんのよ・・・ヒゲのくせに・・・」

―――どうしてだと思う?

「それは・・・」

 その原因はわかってる。

「あのヒゲが勝手に出てくるのよ。いいメーワクだわ」

 その言葉が強がりだってこともわかってる。

―――いつまでも自分に嘘をついてていいの?

「アイツが私に惚れるならともかく、なんで私が・・・」

 その先は言葉にださなかった。
 そんなこと、認めない。認めたくない。

―――・・・いじっぱり。

「うっさいわね! アンタにはカンケーないでしょ!」

 フラストレーションがたまりにたまっている愛理さん。
 思わず暗闇に向かって不満をぶつけた。
 もちろん返事はない。だってそこには誰もいないはずだから。
 でも。

「えっ? ・・・あ、あ・・・あ?」

 礼儀作法の類は幼少の頃から体得済みのお嬢様。
 にもかかわらず、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。
 だって誰もいないはずのベランダに、高野晶がいたのだから。

「ふふっ。自分の本当の気持ちに気づいて、うまく言葉が出ないといったところね」
「あんたの突拍子のない登場の仕方に驚いてんのよ! なにしてんのよ、こんなところで!?」
「神のお告げごっこ」

 ちなみにここは沢近邸のお二階でございます。
 地上からゆうに3メートルは離れているこの場所へ乗り込んで、涼しい顔をしている晶さん。

「どうして晶がこんなところにいるのよ?」
「たまたま通りかかったから」
「たまたまでどうやったら2階のベランダにたどり着くのよ?」
「とりあえず中に入れてくれない? 寒いから」

 窓ガラスを開けてスタスタと部屋に上がりこんでくる晶。

「晶・・・ちょっと待ってくれないかしら?」
「あ、お構いなく」
「構うわよ! まずどうやって忍び込んだのか説明しなさい!」
「そうね・・・立ち話もなんだし、なにかあったかい飲み物でも頂けるとうれしいわ」

 ひとん家に勝手に入り込んで、おもてなしを催促ですかい、姐さん。

「もうヤダ。あんたと話してると頭痛い」
「よかったら診てあげようか? ちょうど頭痛薬を調合してみたところなの」
「いいわ。遠慮しとく」
「残念。半分は優しさで出来てるのに」

 あとの半分は興味本位で出来ています。

「で、何の用?」
「ごちゃごちゃ言ってもしょうがないから単刀直入に言うわ。明日の勉強会、愛理も手伝ってくれないかしら?」
「そんなにヤバイの?」
「まあね」

 播磨と天満のお勉強進行度を考えると、伊織の手も借りたくなるような状況だ。

「播磨君に手取り足取り教えてあげて」
「ヒ、ヒゲの手を握りながら勉強教えろっていうの? 無理無理。そんなの絶対無理よ!」
「くんずほぐれつ勉強するのも意外と楽しいものよ」

 それってつまり。
 ペンを握る彼の手に、そっと自らの右手を添えて。
 二人羽織の要領で、背後から優しく抱きついて。
 間違いを指摘する声は、愛を囁くように耳元で。
 そして彼は照れながらこう言うの。

『あのよ・・・ムネが当たってんですけど』
『・・・・・・当ててんのよ』

 わお。どっからどーみても立派なバカップルだね。うっひょー!

 人生バラ色、幸せ一色、ヒゲを私色に染めてあげるわ的な妄想に浸りきっている愛理。
 真っ赤になった顔からは大量の湯気が立ち上っている。
 どうやら脳へ多大なる付加がかかってしまったために思考回路が停止してしまったようだ。
 復旧まで今しばらくお待ちください。

 そんな愛理の様子を表情ひとつ変えずに観賞する晶さん。

―――そういえば愛理、身体測定のとき、『イヤよねー。想像力だけムダに逞しい男って』って言ってなかったっけ。

 ふっと浮かんだ疑問をそっと胸の奥にしまいこむ晶さんの心意気に乾杯。

「じゃあ、明日は9時に茶道部の部室に集合だから」

 そしてさりげなくアポを取る。

「ちょ、ちょっと・・・。私は行かないわよ」
「明日は来てくれるかな?」
「だから行かないって言ってるでしょ」
「愛理なら、いいともって言ってくれると信じてたのに。ハァ・・・」
「そんなのに付き合うのは天満ぐらいよ」

 まったく・・・このコはいつもドコまで本気かわからない。

「愛理、なにか勘違いしてない?」
「なによ?」
「私はただ、あなたとお茶を楽しみたいだけよ」

 いつもどおり晶は感情を表に出すことなく愛理を見つめる。
 だけど、その瞳が少しだけ和らいだように見えたのは、きっと気のせいじゃない。
 長い付き合いだ。それくらい、わかる。

「明日はおいしい紅茶を用意して待ってるわ。じゃあね」
「晶・・・」

 いつだってトラブルを巻き起こしては無表情で楽しんでいる。
 ヒネくれてて、いたずら好きで、厄介者。
 だけど。
 不器用な自分のためにそっと背中を押してくれる・・・。
 そんな親友の優しさに胸が一杯になる。
 立ち去る晶に感謝の気持ちを述べようとして。
 ふと我に返る。

「って、そっちベランダよ!

 その言葉が届く前に、晶の姿は暗闇の中に溶けていった。
 慌ててベランダに出てみても、そこには影も形もなく。
 彼女の類まれなる才能の片鱗を垣間見たようなそうじゃないような。


 高野晶、17歳。たぶんフツーの女子高生。・・・・・・たぶん。
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 19:59    題名: 10かいめ。〜例え歩みは遅くともそれでも必死に頑張るカメさん  

〜絃子邸〜

 退屈だ。
 ビール片手に枝豆つまみながら、刑部絃子先生は暇を持て余していた。
 いつもならそんなときは居候をからかって楽しむものだが、今日は帰ってくるなり自室に閉じこもり、休むことなくペンの音を響かせている。
 教師である手前、勉強に精を出すな、とは言えないが、はっきりいって面白くない。

―――差し入れを持っていくついでに、ちょっと邪魔してみるか。

 時計を見ると11時。夜食を運ぶ、という理由で敵陣に奇襲をかけるにはちょうどよい頃合だ。
 心の中で悪戯心がすくすくと育っていく絃子さん。
 台所をガサゴソとあさり、適当に夜食になりそうなものを見繕ってみた。
 間違っても自らの手料理を振舞おうなんて、欠片も思わないのは彼女なりの優しさなのかどうなのか。
 そこんところの真相は彼女本人と、食したことのある者にしかわかるまい。
 とりあえずビーフジャーキーを発見。賞味期限は一週間前に切れているが拳児君の胃袋なら問題ないだろう。
 次に冷蔵庫を開けて飲み物を物色。

「なんだ、発泡酒しかないじゃないか」

 差し入れに発泡酒はマズイか・・・、てなことを考える絃子さん。

「まあ、ビールのほうがよかったと文句を言うなら、一発ぶち込めばすむだけの話か」

 しかしマズイの捉え方が弱冠ずれているご様子。
 差し入れを持っていくのだから感謝されるならともかく、文句を言われる筋合いなどさらさらない、とお考えのようである。
 そりゃごもっとも。ごもっとも、ですが。
 お勉強時にアルコールはいかがなものか。
 いや、つーかそれ以前に。

 お酒は二十歳になってから。

 今日はメガネをかけていないので、アルミ缶の隅っこの小さな注意書きには目もくれず、トレイに発泡酒をのっける絃子さん。
 拳児君の部屋の前まで行き、ドアをノックする。
 しかし返事はない。かすかにペンを動かす音だけが響いている。

「はいるよ、拳児君」

 返事を待たずに乗り込んだ部屋で、目に飛び込んできたのは一心不乱にペンを動かす従姉弟の姿だった。
 本当なら丹精込めて作り上げた世界史暗記BB弾の感想のひとつでも聞いてみたいというのが本音ではある。
 が、彼のあまりにも真剣な表情を前にすると、からかうことさえ憚られてしまった。

「ここに置いとくぞ」

 それ以上何も言えないまま、部屋をあとにしようとドアノブに手をかけた絃子は。
 やっぱりひとことだけ。
 背中越しに言葉を投げかけた。

「まあ、頑張るな、とは言わんが無理はしないことだ。睡眠時間を削るとロクなことがないからな」

 そう残して部屋をあとにする。きっと彼には絃子の言葉など届いていないのだろう。
 ひとつのことに夢中になると周りが見えなくなる・・・そういう男だ、拳児君は。
 今回は彼の好きにさせてやろう、そう心に決めて。

「こういうことで夢中になれるのは、今だけだしな・・・」

 誰に言うでもなく、ひとりごちる。
 好きなひとのためならなりふり構わず突き進む。
 そんな播磨がすこしだけ、羨ましく思えた。

「あとは進んでいる方向さえあっていれば申し分ないのだが・・・」

 リビングへ戻り、従姉弟の書き殴っていたモノを思い出した絃子さんは、軽い頭痛に襲われた。
 てっきり勉強に打ち込んでいるのかと思いきや、Gペン片手にお絵描きしてるんだから救えない。
 私のクラスに迎え入れるプランを考えておいたほうがいいかもな、と本気で思ったことは秘密である。





 日曜日。
 お勉強会二日目である。ついでに付け加えておくと追試は月曜日に予定されている。
 何を隠そう、カメさん討伐隊に残された時間は今日一日しか残っていないというわけだ。
 絶望へのカウントダウンがチクタクと順調に進んでいく中、緊張感ゼロの大あくびが部室内に響き渡った。

「どうした、播磨? 眠そうだな?」
「ああ、昨日はペンが止まらなくてよ、つい徹夜しちまったんだ」
「正気か? 熱でもあるんじゃないか?」
「どーゆー意味だコラ」

 あまりに意外なあくびの理由を聞いて、思わず忌憚のない意見を述べてしまった花井くん。
 播磨拳児、天満ちゃんのためならやるときはやる男。
 もとい、やる前からやらかす男。

「ダメだよ〜、ちゃんと寝なくちゃ頭がしっかり働かないよ。私なんて9時にはぐっすりだったんだよ」
「それはちょっと早すぎだろ?」
「だって昨日はテレビぜんぜんおもしろくなかったんだもん」
「勉強しろ、ベンキョー」

 あまりに意外な就寝の理由を聞いて、思わずスタンダードなツッコミを入れてしまった美琴。
 塚本天満、いくら追い込まれても気にしない女。
 危機感? ナニソレ、オイシイのー?

 そんな感じで、休日にもかかわらず部室に集合したカメさん討伐隊。
 昨日とかわらず隊員達が賑やかに騒いでいる。
 そんな様子を眺めながら首を傾げる晶さん。

 なにか足りないような気がするのはなぜだろう?
 天満と播磨の服装が、オーバーオールではなくて制服に戻っているけど、それはそれで問題無い。
 美琴のツッコミはいつもどおりだし。
 花井は・・・・・・まあどうでもいいか。
 他には特に変わったところはないみたいなのだけど。

「ん〜、でもやっぱなにか忘れてるような気が・・・・・・」
「バイトかなんかじゃね?」
「いや、それは絶対忘れない」

 いつでもマイペース、晶姐さん。
 ツンデレお嬢様のことなどすでに忘却の彼方。
 鞄に入れっぱなしの携帯が、寂しく震えているのにも気づかなかった。
 晶さんの携帯は常にマナーモード。ミッション遂行中に着信音が鳴ろうものなら命に関わゲフンゲフン・・・・・・学校にいる間は音が出ないようにしておくのは最低限の身だしなみ♪





 さて、数学の時間。教師は晶さんである。

「さすがに今から試験範囲をすべて網羅することは時間的に厳しいわ」

 うんうん、と一同そろって首を縦に振る。

「たとえ時間があっても習得できるかどうか定かではないし」

 うんうん、と一同さらに激しく首を振る。

「だからこの問いと、この問いと、この問いだけやるわ」
「また、えらく大胆にヤマはるんだな」
「なんとなく出そうな予感がするだけよ」

 ま、コイツのカンはよく当たるしな、てなことを考える美琴さん。

「それに昨日、ちゃんとウラはとったから

 なんですとー。

「オイオイ、それって・・・」
「言うな播磨。なんも言うな」

 地雷地帯に足を踏み入れかけた播磨を、かろうじて引き止める美琴さん。
 世の中には知らないほうが幸せなこともある、ということでここはひとつ。





 現国の時間。教師は花井君である。

「なんでメガネが教えるんだ?」
「ほら、古典はアタシがやったろ? だから現国は花井に、ね」
「まあ、大船に乗ったつもりでついてきたまえ」
「わ〜、花井君たのもしー」

 なんてこった、愛しの天満ちゃんがメガネヤローに尊敬のまなざしを送っているではないですか(播磨にはそう見えるらしい)。
 これを黙って見過ごすなんざ男が廃る。
 売っときますか、ケンカを。

「つーかむしろ泥舟だろ」
「むっ、そんなことを言うのは、いまから言う慣用句を使って例文を作ってからにしてもらおうか」

 なんかよくワカランが男同士の熱きバトルが始まったようなのでお付き合いください。

『うりふたつ』

「バナナをひとつうり ふたつ買った」
「どういう意味だ?」
「一個トクしたぜ、ラッキーってことだろ」


『することなすこと』

「今年の夏は、する子となす子と一緒に海に行った」
「誰だそれは?」
「俺に聞くな」


『きのみきのまま』

「あまりに腹がへってたので、木の実 木のまま食いきった」
「すごい食欲だな」
「俺の胃袋に限界なんてねーのよ」


「播磨・・・おまえは果てしなきバカだな」
「あんだと、このメガネ!」
「事実を言ったまでだ」

 きっと誰もが胸に浮かんだことを包み隠さずに言葉にする花井。
 さすが見事なまでに心と言動が一致する男である。 

「だいたいなんで俺がメガネなんかに教えを請わなくちゃなんねーんだよ!」
「無論、バカだからだろう?」
「ほう、言うじゃねーか。上等だ、表出ろ」
「よかろう。そろそろ決着をつけるのもいいかもしれん」

 ふたりとも指をコキコキと鳴らしてもはや臨戦態勢。
 そんな二人を見てただオロオロとうろたえるばかりの天満ちゃん。

「ど、どーしよ〜、晶ちゃん?」
「私も参加するけど、いい?」

 でも、姐さんのほうが準備万端のようです。
 右手にはサブマシンガン。左手にはコルトパイソン。
 そんでもって、腹部をぐるっと囲むのは何十発ものダイナマイト。
 その戦力は味方に向けるべきではありませんぞ、隊長。

「「スンマセン。勘弁シテクダサイ」」

 二人仲良く声をそろえて誠心誠意を込めた土下座をする播磨君と花井君。
 皆様、ご注目ください。これが二人にとって初めての共同作業でございます。

「あのよ、高野。前々から気になってたんだけど、オマエどっからそんなモン仕入れて来てんだよ?」
「私にもツテがあるのよ、イロイロと」
「あ、そう。一応確認しとくけど、そのダイナマイトみたいなもんって花火、だよな?」
「・・・・・・企業秘密よ」
「そこは肯定してくれよ、頼むからさ」





 お昼休み
 昨日と同じように鞄をガザゴソとあさる播磨君。

「あれー、オカシイなー。バナナどこいったかなー?」

 不自然に時間をかけ、ぎこちない独り言を呟きながら鞄をあさるあさる。
 でもサングラスでガードされた視線はちらちらと天満を盗み見ている。

 今日は天満のお弁当ないのだろうか?
 聞きたい。すっごく聞きたい。
 でも直接聞いたら、がめついヤツって思われるかもしれない。
 かといって遠まわしに聞いたとしても、超絶鈍感なる天満には伝わらないかもしれない。
 どうしたらいいのやらさっぱりわからずに頭を抱えて悩む播磨君。
 もしかしたら忘れられてんのかもな、と諦めモードに入ったそのとき。
 肩をちょんと叩かれて顔を上げると天満が播磨を覗き込んでいた。
 ついに来たぜマイエンジェル、なんていう魂の叫びを表現したい衝動に駆られた播磨君。
 だけどココはぐっと堪えて、なるべく平常心を保ちつつ言葉を紡ぐ。

「天・・・・・・塚本、どした?」
「播磨君、このあと屋上に来てくれない?」
「そ、それってどういう・・・・・・」
「んもう、わかってるくせに♪」

 意味ありげにウィンクする天満ちゃん。
 そしてほんのりとほっぺをピンク色に染めてトドメのこの一言。

「みんなの前で渡すのは恥ずかしいんだからね♪」



 俺の時代、来たんじゃね?



「なに話してたんだ?」
「えへへ。秘密だよ〜♪」

 席に戻るとき、美琴に質問されても軽くかわす天満ちゃん。
 親友に対しても守秘義務を貫くこの展開。
 もはや相思相愛、疑いないんじゃね?

 そんでだ。
 恥ずかしそうにお弁当を差し出す天満ちゃんに、播磨君はかっこよくキメてやるのさ。

『俺に味噌汁を作ってくれないか?』
『でも・・・わたし料理下手だよ? それでもいいの?』
『おまえの味噌汁でなら、俺のこの命、どうなろうと構わねぇ!』
『ありがとう・・・播磨君・・・すき』
『おれもだ』

 今日の播磨君、ハイパーポジティブ。
 もはや非の打ち所もない、というかツッコミようのない完璧なプランを引っさげて、屋上への階段を5段抜かしで駆け上がる。


「待たせたな」

 ルンルン気分で開け放つ、屋上へのサビついたドアはさながらヘブンズドア。
 その先には愛しのマイエンジェルがお弁当を持って待っている。
はずなのだが。
 勢いよくドアを潜り抜けても、誰もいない。

「まだ来てないのか・・・」

 そりゃそうだ。天満よりも先に部室を出たんだから。

「いくら弁当が待ちきれないからって、ちっと先走りすぎちまったか」

 いや、弁当だけじゃねえ。もっと大事なことがある。
 せっかく天満ちゃんのほうから運んできてくれたこのチャンス。
 ここで気持ちを伝えなきゃ漢じゃねえ!
 今日、ここでケリをつけてやるぜ! ってな具合の播磨君。

「弁当を受け取ったとき。そんときがチャンスだ!」

 握りこぶしにグッ! と気合を入れる。

「なんのチャンスですか?」
「そりゃモチロン俺の想いを・・・」

 ってちょっと待て。

 錆び付いたロボットのように。
 キリキリと鈍い音を立てながら。
 ゆっくりと首を回す播磨君。
 その先には、おそらく屋上でのエンカウント率が一番高いと思われる女の子が立っていた。

「い、いもうとさんがなんでここに?」
「あ、あの・・・お弁当を届けに・・・・・・」

 突如目の前に現れた巨大な弁当箱を前にして。
 一体今がなんのチャンスなのか、播磨君にもさっぱりわからなかった。


 本日は高気圧の影響で午前中は晴れ晴れとした陽気となるでしょう。
 しかし午後からは自信過剰を伴った強い妄想癖が発達し、一部地域で能天気となる恐れがあります。
 その影響で大気の流れが不安定となり、ところによって恋の嵐が吹き荒れるでしょう。



 ラブハリケーンにご注意ください。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 20:07    題名: 11かいめ。 〜急がば敢えて回り道、お勉強はさっぱりカメさん  

 時間を少し巻き戻して、午前7時半。塚本邸。
 いつもの日曜日なら、天満は夢の中で烏丸王子もとい烏丸大路との連日連夜繰り返される舞踏会を満喫しているお時間である。
 朝帰りでも気にしない。場合によっちゃ正午さまだって全然OKよ、ってな具合の彼女。
 心ゆくまで烏丸君とのめくるめく愛のステップを堪能しているはずである。
 でも今日はカメさんとの最終決戦の結果を左右する大切な日。
 すでに八雲に起こされていた天満は、縁側で太陽の光を浴びながら大きく伸びをする。

「ん〜。今日もイイお天気だね〜。絶好のお勉強日和だよ」
「お勉強に天気は関係ないんじゃない?」

 卓袱台に朝食を運んできた八雲。
 早く食べないと遅刻するよ、と付け加える。

「わかってないな〜、八雲は。お日様がサンサンと輝いているだけで、気合の入り方が違うんだよ」
「でも・・・窓際の席だとポカポカしててよく眠れるって言ってなかったっけ?」
「そうそう。だからあっという間に授業が終わっちゃうんだよね。いいモンだよ、窓際は」
「姉さん、それって・・・」

 気合が抜けてるんじゃないかな?
 そう思ったのだけど。

「じゃ、食べよっか」
「あ、うん」
「いただきま〜す♪」
「・・・いただきます」

 言うタイミングを逃しました。

「あ、そういえば、ちゃんとオーバーオール洗ってくれた?」
「うん、洗ったよ」

 今日は制服に身を包んでいる天満。
 ヒゲオヤジのオーバーオールはというと、いまもお外でひなたぼっこ。

「ちゃんと明日の決戦には間に合うように乾かしといてね」
「明日は平日だから制服じゃないとダメだよ。それに、洗ったら縮んじゃったよ、アレ」

 洗濯機から取り出してみるとアラ不思議。
 天満が着ていたはずのものが、子供用に早変わり。

「大丈夫だよ。キノコをくっつけると元のサイズに戻るんだよ♪」
「・・・そうなの?」
「うん。晶ちゃんがそういってたよ」
「姉さん・・・それ、きっと騙されてる・・・・・・」

 スーパーなキノコに触れると二倍二倍♪
 毒入りのキノコに触れると縮みます。

「あ、もうこんな時間。早く行かないと。ごちそうさま!」
「待って、姉さん・・・忘れ物・・・・・・」

 ものすごい勢いで鞄を引っ掴んだ天満。
 台所に置き去りにされたお弁当箱に気づかず廊下に飛び出した。

「二年生になって慌てないように、八雲も遊んでばっかじゃなくて勉強しなきゃダメだよっ!」
「あ、うん・・・でも・・・・・・」

 経験者はかく語りき。あまりにも説得力のありすぎる忠告に、素直に頷く八雲。
 その一瞬の隙が致命的なロスを招く結果となる。

「いってきま〜す」

 八雲が次の言葉を発する前に、元気よく玄関を閉める音が響いた。

「・・・おべんとう・・・・・・」

 箸を持ち上げたまま卓袱台にぽつんと取り残された八雲。
 もはや姉には届くことのない言葉が、静かに響いた。





 そんなわけで、時刻は12時ちょっとまえ。
 かわいらしい姉のお弁当箱と、ムダに立派な重箱を引っさげて、矢神高校までやってきた八雲。
 なんだけど。

「あれ? ・・・いない」

 いつもは止まることを知らぬ喧騒に包まれている2−C。
 その教室が、人っ子一人いない閑散とした光景に変わり果てている。
 茶道部の部室で勉強会を開いているなんて聞いてない八雲は途方にくれる。

―――今日は制服で出かけたから学校だと思ったんだけど、違ったのかな。

 そんなことを考えながらメールを打つ。

『いまどこ? お弁当、持って来たよ』

 しばらく待っていると姉からの返信が。

『屋上で待ってて。すぐ行くからね♪』

 なぜに屋上?
 そんな疑問は当然のように頭に浮かんだけれど。
 足は自然と屋上に向かう。
 誰もいない屋上に出て、入り口の脇にもたれながら。
 そういえば、姉さんと屋上に来るのってひさしぶりだな・・・。
 そんなことを、思い出す。

 あれは二学期の中間テストのときだっけ。
 播磨さんの家に漫画の手伝いに行って、そのまま泊まることになっちゃって。
 でも、姉さんにはちゃんと言えなくて。
 ここで説教されたっけ。
 全部、私がちゃんと言わなかったせいだけど。
 それでも、播磨さんは私をかばってくれたっけ。
 屋上のドアを勢いよく開けて入ってきたときは驚いたけど・・・。

 そんなことを考えていたら、爆発音に近いような音を立てて、屋上のドアが開いた。

「待たせたな」
「あ・・・」

 まさかこんなところで播磨に会うなんて思っていなかったから。
 イキナリの登場に、思わず声がでた。
 大きな音にビックリして胸のドキドキが止まらない。
 でも、播磨は八雲に眼もくれることはなく、脇をすり抜けていった。

「まだ来てないのか・・・」
「あ、あの、来てますけど」

 ぽつりと呟いた播磨は、やはりまったく八雲に気付いた様子も無く。

「いくら弁当が待ちきれないからって、ちっと先走りすぎちまったか」
「あ、お弁当ならここに・・・」

 鞄の中からお弁当を取り出そうとしたのだけど。

「弁当を受け取ったとき。そんときがチャンスだ!」
「え?」

 その言葉に思わず、お弁当を取り出す手が止まる。

「なんのチャンスですか?」
「そりゃモチロン俺の想いを・・・」

 想いってなんだろう?
 すごく気になったのだけど。

「い、いもうとさんがなんでここに?」
「あの・・・お弁当を届けに・・・・・・」

 ようやく八雲の存在に気付いた播磨に、とりあえず自分でもビックリするぐらい重いお弁当箱を手渡した。

「お、俺に?」
「あ、はい」
「もしかして・・・・・・昨日も妹さんが作ってくれたのか?」
「はい。月末はお昼抜きだって聞いてたので」
「そっか。どーりで・・・・・・」

 少しだけ。ほんの少しだけ播磨の表情が曇ったように見えたのは。

「もしかして、迷惑でしたか?」
「え? いや、そんなことねえぜ。さんきゅな」

 気のせい、だったのだろうか。
 不安げに送る視線の先に、いつもと変わらない播磨の笑顔があった。

「あのな、妹さん。黙っとこうかと思ったんだけどよ、やっぱそんなことできねーわ」

 急に真剣な表情になる播磨。

「俺のすべてを受け止めてくれないか?」
「え・・・?」

 あんまり突然だったから、うまく言葉が出なかった。

「昨日、徹夜で書いたんだ。読んでくれ!」

 どこから取り出したのかわからないけど、いつのまにか目の前には、できたてほやほやの原稿の束。
 たぶん、文化祭のときに見せてもらった120ページの超感動巨編に匹敵するんじゃないかな。
 それだけの量を一晩で書き上げる播磨君はすごいと思います。
 だけど、少しだけ心配になりました。

「あ、あの・・・明日追試ですよね?」

 原稿を描くのに徹夜したのなら、お勉強はいつしたんだろ?
 気になって気になって仕方がない八雲の言葉に、播磨は。

「わがままだってのはわかってる。でもこの溢れる想いを留める術を俺は知らねえんだ」

 八雲の肩を掴んでこれでもか、というほどに力説する。

「で、でも・・・お勉強は・・・」
「俺には妹さんしかいないんだ!」
「あ、あの・・・」
「黙って俺についてきてくれないか?」

 播磨の漫画に詰め込まれた『この溢れる想い』。
 サングラス越しに見詰めてくるその真摯な眼差しから、彼がどれほど真剣なのか伝わってくる。
 それはきっと、誰にも止められないものだから。
 それに、播磨の漫画を楽しみにしてたのは事実だから。

「あ・・・・・・はい・・・・・・」


 八雲は静かに頷いた。


 原稿を読もうとしたのだけど。
 さっきから、どうしようもなく気になってしょうがない。
 原稿から目を離し、播磨へそっと視線を送る。
 播磨も箸をとめたままじっと八雲を見つめている。

「ど、どうだ?」
「あ・・・まだ読み始めたばかりですので」
「そ、そっか。ワリィな。俺、あっち向いてるわ」

 こちらに背を向けた播磨はようやく箸を動かし始めた。
 再び原稿に目を落とした八雲なのだけど。
 やっぱり気になってしょうがない。

「あ、あの・・・」
「どした? どっか変なところでもあるのか?」
「あ、いえ・・・そうじゃなくて」
「遠慮なく言ってくれていいぜ。ぜひキタンのない意見を聞かせてくれ」
「じゃあ、ひとつだけ・・・質問してもいいですか?」
「ん、なんだ?」


―――キタンのない意見とはちょっと違うと思うけど。


「あの・・・お弁当・・・・・・どうですか?」

 姉さんなら、心が視えるから、聞かなくてもわかるんだけど。
 播磨さんの心は視えないから、聞かないとわからない。
 知りたい。播磨さんはどんなふうに想っているのか。

「ん〜、製作者の立場からすりゃ、次はもっといいものをって思う気持ちは料理も漫画もおんなじかもな。でも俺は料理あんま詳しくねえ・・・つーかまったくしねえからな。アドバイスのひとつでもできりゃいいんだが・・・」
「あ、あの・・・そういうつもりじゃ・・・・・・」
「感想っつっても俺なんかがうまく言えるわけないと思うんだけどよ・・・」

 真剣な表情で悩み始める播磨さん。
 そこまで本格的な評価をもらうつもりで言ったんじゃないんだけど・・・。

「でもよ、また食ってみたいな、って思うぜ。妹さんの料理、うまいからな」

 微笑む播磨さんが眩しくて。
 この瞬間。柔らかな風が吹き抜けた。

「ワリーな、うまく言えなくて」
「いえ・・・そんな・・・」

 十分です。それだけで・・・。
 その言葉で、私の胸の中はなにかで満たされたような気がした。
 もちろん、うれしい。だけどそれだけじゃない、もっと別の。
 うまく言えないんだけど、なんだかあったかいような、ふわふわするような、そんな感じ。
 なんだろう、この気持ち。

「あ、そろそろ行かなきゃなんねーな」

 お弁当を片付けた播磨さんは、携帯で時間を確認し、そう呟いた。

「あの・・・これはどうすれば・・・?」

 私の手元にある原稿の束。あまり集中できなくて、結局まだ半分程度しか読み終わっていない。

「そうだな、持っててくんねーか。追試終わったら感想聞かせてくれ」
「わかりました・・・お勉強、頑張ってくださいね」
「おう。弁当、ありがとな」

 播磨さんを見送った私は、原稿の束をしっかり抱えて屋上をあとにした。

 播磨さんと一緒にいる時間は、嫌いじゃない。
 ときどき、突拍子もない行動を取るけど、それも全部ひっくるめて、嫌いじゃない。
 それはきっと、何事にも一生懸命で、周りが見えなくなってるだけだから。
 そういうところ、姉さんにそっくり。
 だから、なのかな。


 傍にいて、手を差し伸べたい・・・そう思う。


 跳ねるような足取りで階段を下りる八雲。
 先程の播磨の笑顔を思い出す彼女の表情は、いつもより少しだけ柔らかく。
 お弁当、作ってきてよかったな。
 そんな想いをのせて心地よいリズムを奏でる彼女の足音は。

 しかし1階に降りてきたところで、はたと止まる。

 何者も無断で通ることなどできはしない、そんな無言の重圧があたりを支配する。
 その中心に位置するのは、金髪ツインテールのお嬢様。

「あら、八雲」

 気さくに放たれる言葉は、しかし氷のように冷たく。
 その背後で大蛇がとぐろを巻いているように見えるのはきっと、気のせいじゃない。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 20:13    題名: 12かいめ。〜お勉強はどうしたの?蛇に睨まれ動けぬカメさん〜  

「八雲も勉強会、手伝ってるの?」
「あ、いえ・・・そうじゃなくて」
「だったらどうしてこんなところにいるの?」
「それはその・・・」

 はっきり言って展開についてこれていない八雲。
 そんな彼女にチクチクと突き刺さるような言葉を投げつける愛理。
 しかし、その言葉はそっくりそのままアナタにお返ししますぞ、お嬢様。

 というわけで、愛理さんの最近の行動をプレイバック。





 時間を少々巻き戻してちょうどお昼になった頃。

「晶ったら、いくら電話しても繋がらないなんて・・・」

 そんな苦情を言いながら茶道部へ続く廊下をてくてく歩いているお嬢様。
 約束の時間には行けなくなったから、連絡しようとしたのだけれど、何度コールしてもさっぱりつかまらない。

「ま、いつものことか」

 なんせ相手は闇に生きる女。お仕事中は繋がらないことがほとんど。
 そんなことはあまり気にしないほうがいいはずだ。お互いの身の安全のために。
 まあ、そんなことを本気で彼女が考えているかどうかは本人の強い希望で秘密にしておく。

「でも、まさか・・・こんなに時間がかかるなんて」

 手に持っている鞄を開き、そっと中を覗き込んで。
 その中に大遅刻の原因となる物がちゃんと忍び込んでいることを確認する。
 それは、アイツのために作ってきたお弁当。
 どんなリアクションをするか想像して、自然と頬が緩んでいる自分に気づく。


 てゆーかなんでこんなことしてんのかしら。
 なんとなくアリかな、って思ったんだけど。
 べ、別にあのヒゲが気になるとかそんなんじゃなくて・・・。
 そ、そう。アレよ。
 膝蹴り食らわせて謝ってなかったから。
 ただのお詫びのしるしよ。うん。


「ま、せっかく作ったんだから、ちょっとは驚きなさいよね」

 ただ問題はいつ渡すか、よね。
 なんとなくみんなの前で渡すのは恥ずかしいし。

 そんなことを考えていたら、廊下の向こう側からものすごい地響きと共に播磨が走ってきた。

「あ。ちょうどよかった。ねえ、ヒゲ・・・」

 いまここで渡しちゃえばいいんだわ、てなことを考えたお嬢様。
 郡山先生に見つかったら確実にお説教部屋に連行される速度で暴走中の播磨に声をかけた。
 しかし播磨は天満ちゃん(実際は八雲だけど)の待つ屋上へ、一刻も早く辿り着かねばならぬ。
 そんなわけで愛理の言葉など耳に入るはずもなく。というか姿すら目に入るはずもなく。
 愛理の目の前で華麗に直角ターンを決めて階段に向かう。
 その動きは、もはや人間の限界を超えているのではないかと疑いたくなるような身のこなし。
 愛する者のためなら己の限界を超えて突き進む男、播磨拳児。

「ちょ・・・なんで逃げんのよ!」

 愛理にしてみると、全力で避けられてしまったかのようなこの仕打ち。
 こいつはとっ捕まえてお仕置きしなきゃいけないわね、てな考えにたどり着く前に走り出す。
 背中を見せられると、つい追いかけたくなってしまう女、沢近愛理。
 もしかすると前世は猟犬だったのかもしれない。

 そして。

「・・・見失ったわ」

 慌てて追いかけたけど、男女間の体力差からか、5段抜かしで階段を駆け上がる播磨はあっという間に見えなくなった。

「まったく、体力だけはバカみたいにあるんだから・・・」

 正真正銘バカなので比喩として成り立っていないような文句を述べるお嬢様。
 呼吸を整えながら辺りを見渡しても、ヒゲの影も形も見当たらない。

 そのとき、上のほうから何やら声が聞こえたような気がした。
 もしやと思い、屋上へ上ってみると、やはり聞き覚えのある播磨の声。
 自ら行き場のない場所へ逃げ込むなんて、やっぱバカね、てなことを考えるお嬢様。
 意気揚々とドアノブに手にかけようとして。
 もうひとつ、播磨のものとは違う声が聞こえてきた。

 会話の内容までは聞き取れないが、それはきっと女性の声。
 一体誰と会っているのだろう?
 そっとドアを開けて隙間から覗き込んで。

「俺のすべてを受け止めてくれないか?」

 その言葉を耳にしたのと、相手が八雲だと認識したのはほとんど同時だった。

「昨日、徹夜で書いたんだ。読んでくれ!」

 アイツの取り出した封筒は、かなりの厚さがあって。
 一体何が入っているのか疑問に思ったけれど。

「わがままだってのはわかってる。でもこの溢れる想いを留める術を俺は知らねえんだ」

 八雲の肩を掴んで力説するアイツを見たら。
 答えなんかひとつしかない。

「俺には妹さんしかいないんだ!」

 それはきっと。アイツの想いが綴られたもの。
 それはきっと。アイツから八雲へのラブレター。

「黙って俺についてきてくれないか?」

 その言葉に彼女がなんと答えたのか・・・。
 それはあまりに小さくて。
 私の耳に届く前に掻き消された。





 その場から逃げるように立ち去ったあと。
 どこを通ったのか覚えていないけれど、気がつけば下駄箱の前にいた。

「別にヒゲが誰と付き合おうがカンケーないわよ」

 強がってみてもこの胸の痛みが和らぐわけでもなく。

「そもそもアイツが先に告白してきたんじゃない!」

 初めて閃光の魔術師が矢神に舞い降りてきた記念すべき日を思い出す。
 間違えて告白されたあの日から、すべての歯車が狂ってきたように思う。

 でも・・・。

「でも・・・悪い気はしなかったわ」

 若き日のほろ苦い青春として、胸の中にこの思いを封印しようとして。
 ふと我に返る。

―――もしかして・・・あの告白も間違いなんじゃないかしら?

 先程の八雲への言葉も、じつは告白なんかじゃないのかも。
 そんな考えがふっと脳裏をよぎる。
 なんせ相手はあの播磨だ。コチラの思考の斜め上を、何も考えずに飛び越えていくような男である。
 一世一代の大勝負、そうそう間違うわけないだろ、なんていうマトモな意見はこの際シャイニングウィザードで黙らせておくことにして。
 いまはこの可能性に賭けてみよう。

 そんな結論に達したお嬢様。
 八雲を迎え撃つべく下駄箱付近に陣取った。





 そんなわけで、冒頭の場面に至る。

「八雲も勉強会、手伝ってるの?」
「あ、いえ・・・そうじゃなくて」
「だったらどうしてこんなところにいるの?」
「それはその・・・」

 漫画の打ち合わせのことは播磨に口止めされているので言えない。
 かといって嘘をつくのも苦手な八雲。
 しどろもどろになりながら、なにか理由はないかな、と考えて。
 見つけた回答がコチラ。

「ただ播磨さんにお弁当を・・・」

 嘘はついていない。でも。
 気がつけばそこは地雷でいっぱいでした。

「なんでアンタがそんなモン・・・。もしかして天満に言われたの?」
「いえ・・・お昼はお水だけで過ごすって播磨さんから聞いてたから・・・。勝手に、ですけど・・・」

 おそるおそる進むたびに、ぽちっ、ぽちっとピンポイントで踏んでいく。
 いまの愛理さんに『お弁当』という単語はタブーです。

「へぇー、あなたって困ってる人がいたらお弁当作ってあげるんだ? やっさし〜」
「え・・・そ、それは・・・」
「ま、アンタってそーいう性格なのかもね。面倒見がいいっていうの?」
「は、はぁ・・・」

 愛理の言葉はさらに鋭さを増し、八雲はただうろたえるばかり。

「だからアイツに言い寄られんのよ」
「え・・・?」
「挙句の果てにそんなものまで渡されて・・・。アンタもメーワクしてんでしょ?」
「あ・・・コレ・・・・・・」

 今気づいたかのように、小包に視線を落とす八雲。
 漫画のこと、知ってるのかな、と少し疑問に思ったけれど。

「テキトーに読んで突っ返しときゃいいのよ、そんなの」
「で、でも・・・これは播磨さんの想いがいっぱい詰まったものだから、ちゃんと読んでお返事しないと・・・」

 冷静に考えるより先に、口が動いていた。
 播磨が真剣に描いたものを汚されたくなかったから。

「それに・・・これはずっと楽しみにしてたものですから」
「え・・・?」

 封筒をぎゅっと抱きしめる八雲は。
 言葉を選ぶかのようにゆっくりと口を開いた。

「最初は・・・ひとりよがりで乱暴なところがあるかな、と思いました」
「へ〜。あんたでもそう思うんだ」
「播磨さんは、不器用ですから・・・」

 はじめは思いつくままに描いていた播磨さん。
 表現したい想いはとてもステキなことなのだけど。
 それを相手に伝える術を知らなかっただけ。

「でも・・・最近は周りを気遣うさりげない優しさとか、見てるとほっとするような穏やかな表情ができるようになってきたと思います」
「・・・ふ〜ん」

 お手伝いをするたびに、播磨さんはどんどん上手になっていく。
 ストーリーも、描写も見るたびに上手になっていく。
 それを発見するのは、私の密かな楽しみのひとつ。

「そういうところが・・・・・・」

 きっと、播磨さんの漫画のそういうところが―――


「私は、好き・・・なんだと思います」





 口下手な八雲が大切なものを紡ぎ上げるかのように放った言葉。
 その言葉が愛理にもたらした感情は。
 怒りとか、嫉妬とか、そんな類のものではなく。
 ただ、羨ましい。・・・そう、思った。
 自分の気持ちに気づき、素直に受け止め、相手に伝える。
 自分には足りない勇気を持ったこのコが。

「そっか・・・」

 きっと八雲は知っているのだろう。
 全てを包み込んでくれそうな、あの掌の大きさも。
 安らぎを与えてくれる、あの背中のぬくもりも。
 下手な言い訳をして手袋を貸してくれるような、あのさりげない優しさも。
 そして・・・愛理には決して見せることのない、穏やかな表情さえも。

「引き止めて悪かったわね」
「いえ・・・」
「・・・うまくやんなさいよ」
「・・・はい」



 八雲と別れたあと、その場にぽつんと佇む愛理さん。
 一人で盛り上がってお弁当を作っていた自分がひどく滑稽に思えた。
 しかも自分の気持ちを否定しているクセに。
 そりゃフラれるの当たり前だわ。
 自らの行動を振り返って自嘲気味な笑みを浮かべたところで。

―――って、なんで私がヒゲなんかにフラれないといけないのよ!

 さっきまでのネガティブな思考はどこへやら。
 突如怒りのスイッチが入るお嬢様。
 そのまんま一直線に部室に向かい、播磨の目の前にドカッと腰を下ろす。

「覚悟しなさい、ヒゲ!」
「・・・お嬢が教えるのか?」
「そうよ。なにか文句ある?」

 愛理の睨みで部屋の空気が一気に冷えたような気がする。
 俺、なにかしたか、と己の行動を振り返ってみてもまったく身に覚えのない播磨君。
 背後に控えている大蛇に尋ねてみても、答えは返ってこなかった。

 そして、そんな愛理さんを見て、小さな声を上げる晶姐さん。

「あ。」

―――忘れてたってことは黙っとこう。

 固い女の友情を再確認した、そんな春の日の午後のできごと。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 20:24    題名: 13かいめ。 〜敵を知り己を知れば、百戦危ういカメさん〜  

 丸太のように太い体を器用に部室内に押し込んでいる大蛇が見守るなか、向かい合って座る愛理さんと播磨君。
 張り詰めた雰囲気を漂わせながら愛理はゆっくりと口を開く。

「じゃあ、化学の教科書、216ページを開いて」

 化学の時間。教師は愛理さんである。
 って、いいのか? こんな展開!

「とりあえず簡単な実験の問題から始めるわよ」

 あっ。いいのか。
 すっかり忘れていたけれど、今日はお勉強会です。

「ヒゲ、水素が充満している試験管に火を近づけるとどうなると思う?」
「取り返しのつかないことになる」

 そんな悲惨な結果になる実験は理科室なんかで行わないでください。

「アンタね・・・その相変わらず知性のカケラも見当たらないその頭、なんとかなんないの?」
「だから教えてもらってんだろーが」
「だいたい、留年しそうだからって他の人に頼る神経が気に入らないわ。今になって焦るくらいなら初めから勉強してりゃいいじゃない」

 丹精込めて磨き上げられた鋭い言葉のナイフが風を切り、播磨に襲い掛かる。
 でもそれは播磨に当たる前に進路を変え、天満の胸にさくっと突き刺さった。

「勉強しても身につかないから焦ってるんだよぅ」
「単に努力が足りないだけじゃないの?」
「愛理ちゃんってホンットはっきり言うね・・・」
「そういう国の育ちなの。愚痴言うヒマがあるんなら単語のひとつでも覚えなさい」

 涙目になって訴える天満に躊躇せずトドメをさす愛理。
 自分の恋愛以外なら、いくらでもはっきり言えるタイプ。

「まあまあ。愛理、これでも飲んで落ち着いて」

 トレイの上に人数分のカップをのっけて持ってきた晶さん。

「今はそれどころじゃ・・・」
「そう言わずに。愛理のために用意した紅茶なんだから」

 そういえば・・・。
 昨日、自宅に不法侵入した帰り際に、晶が放った言葉を思い出す。

『明日はおいしい紅茶を用意して待ってるわ』

 あの言葉はただの誘い文句だと思っていたのに。
 しっかりと用意してくる晶の心遣いはさすがだな、と思う。

「・・・わかったわよ。ありがたく頂くわ」

 仕方なくカップを受け取り口に運ぶ愛理。
 すると不思議なことに、先程まであれほど昂っていた感情が、紅茶と一緒に流れていくように感じた。
 ほのかに香るハーブに心を静める効果でもあるのかしら、なんてことを考えながら。

 深い眠りに落ちた愛理さんは、そのまま重力加速度に導かれるままテーブルに向かって一直線。
 カメさんの元凶たるにっくき教科書の散らばるテーブルへ、渾身の頭突きをお見舞いした。
 ぴくりとも動かない愛理と、あれほどの衝撃を与えても傷ひとつつかないテーブルの頑丈さに注目が集まる中。



「あ。当たり」



 部室内に晶さんの小さな声が木霊する。
 当選者にはもれなく天国への片道切符をプレゼント。
 いきなりそんなデンジャラスゾーンまっしぐらなクジに当選しても、素直に祝福なんてできません。

「高野、なにしてくれてんだ、オマエは!?」
「ちょっと一服」

 ビシッとVサインを決める晶姐さん。
 無表情で誇らしげにされたら怖いです。

「なるほど。『一服』という言葉に『休憩』と『毒を盛る』というふたつの意味を持たせたのか。さすがだな、高野君」
「何に関心してんだ、花井。ボケに対して大マジメに反応すんなっての」

 そういいながら、愛理のほっぺたをぺちぺちと叩く美琴。
 しかしまったく起きる気配はない。

「どうでもいいけど、せっかく淹れてくれたんだ。冷める前にいただこうぜ」
「そうだね。飲もう飲もう♪」

 そういって二人でティーブレイクを始める天満と播磨。
 目の前で毒殺されたクラスメイトを尻目に、犯人の出したものを口にする度胸はたいしたものだと思います。

「沢近はどーでもいいのか?」

 愛理さんを介抱しながら四方八方にツッコミをいれる美琴さんは、本当に面倒見がいいと思います。
 もはや美琴が最後の砦。愛理を目覚めさせることができるかどうかは彼女の手に委ねられた。

「そういや、昨日使ってた気付け薬があったろ?」

 確か茶道部には、魔界から直輸入してきたという噂の秘薬があったはず。
 晶に場所を聞こうとして振り返り。
 だけどそこに姿はなく、置手紙だけがぽつんと置いてあった。


『バイト行ってきます。あとはよろしく』


「あんにゃろ・・・押し付けやがったな」

 そう呟きながら、朝の晶との会話を思い出す。

『ん〜、でもやっぱなにか忘れてるような気が・・・』
『バイトかなんかじゃね?』
『いや、それは絶対忘れない』

 なるほど。ここで逃げ出すのは計算のうちか。
 美琴はこの逃れようのない現実を目の当たりにして。
 やり場のない怒りとどうしようもないやるせなさを噛み締めるように、置手紙を握り潰した。



 さて、指導者を失ったカメさん討伐隊。
 トップが抜けると組織というものは自壊する。
 カメさん討伐隊も例外では・・・。

「やった〜! やっと範囲終わった〜♪」

 ・・・例外だったようだ。
 晶さんが抜けた穴を美琴と花井が見事に埋め、順調にお勉強がはかどったらしい。
 花井があんなに役に立つとは思わなかった、とは美琴の弁。

「諸君、よく頑張った。これだけ頭に入れておけば大丈夫だろう」
「おっしゃ、やっと帰れるぜ」
「あ、播磨は沢近が起きるまでみてやってくんねーか?」

 美琴の視線の先には、まだ眠り続けたまんまの愛理の姿が。
 保健室で借りてきた毛布が彼女の体にかけられているその姿はさながら眠り姫。
 そんな彼女を悪から守る騎士に任命された播磨君は。

「なんで俺がそんなメンドクセーこと・・・」

 思いっきり迷惑そうな顔をしましたとさ。

「アタシと花井は道場あるしさ。塚本に頼んでも、女の子同士で遅くなったりしたら危ないだろ」

 確かにお嬢はどうでもいいが天満ちゃんを危険な目に合わせるわけにはいかねえな、てなことを考えたのだけれど。
 でもよ、それならいっそ放っとけばいいんじゃね?
 そんな結論に到達した播磨は。

「それに播磨君なら信頼できるしね♪」
「オウ。まかせとけ、塚本」

 天満のこの一言で快諾。

 というわけで、愛理と共に取り残された播磨君。
 ただ待つのも暇だな、と思ったので、勉強を始めてみた。

 それから30分ほど経過して。

「ん・・・」
「おっ。目、覚めたかよ」
「あれ・・・? みんなは?」
「帰った」

 目が覚めたら、そこはふたりっきりの密室状態でした。
 起きたばかりでよくわかってはいないようだけど。

「アンタはいるじゃない?」
「お嬢をみてるように頼まれたんだよ」

 こちらに一度も目線を送ることもなく、ぶっきらぼうに答える播磨。
 それでも。たとえ頼まれたからだとしても。

「あ・・・ありがと」

 見守ってくれたことはうれしかったから。
 素直に感謝の言葉を述べた。

「でも、アンタが真面目に勉強してるなんて意外ね」
「悪かったな」
「別に悪いなんて言ってないわよ。むしろ・・・カッコいいかも・・・」

 自分でもなんでこんなことを言っているのかよくわからないけど。
 ムダに心臓が飛び跳ねるのを感じた。
 だけど返事はない。

「ねえ、聞いてんの?」

 やっぱり返事はなく。
 ちょっとは動揺ぐらいしなさいよ、てな感じに播磨にそっと視線を送る。
 そして、気づいた。

―――ホント、黙ってれば悪くないわよね。

 黙々とノートに視線を落としている播磨の姿に動揺しまくりのお嬢様。
 髭をキレイに剃り落とた、清潔感漂う口元にトキメキ120%。
 すらりと整った鼻からぶら下がった、まんまるちょうちんでさえス・テ・キ♪

―――って、ちょっと待ちなさいよ・・・。

「・・・ぐう」

 本当に安らかな寝息を立てる播磨を確認して。
 むかつくやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にした愛理さん。
 すっくと立ち上がったかと思うと、播磨のもとへ歩み寄り。

「マジメにやったんさいよ!」

 播磨の襟首をぐわしっ、と掴み、前後左右にゆっさゆっさと振り回す。
 かっくんかっくんと揺れ動く播磨の頭から、今日覚えたばかりの単語がこぼれ落ちても気にしない。

「ひとが真剣に話しているときに熟睡するなんてどういうつもり!?」
「ワ、ワリィ・・・昨日徹夜しちまったから」

 それは何の変哲もないただの言い訳。
 でも、今の愛理には深く心に突き刺さる。
 屋上でのやり取りを思い出してしまったから。


『昨日、徹夜で書いたんだ。読んでくれ!』


―――そういえば、八雲のために徹夜までしてたんだっけ。

 そのことを再認識した愛理は、播磨を掴む腕の力も失せて、椅子に座り込んだ。

「アンタのことだから、ツマラナイもんでも書いて、寝不足になったってとこじゃないの?」
「な・・・どうしてそれを・・・?」
「八雲が持ってたわよ」

 それでも、まだ突っかかるだけの元気はあるんだな、と冷静に分析する自分がいて。

「ま、まさかその内容、読んだのか?」
「そこまでヒマじゃないわよ。それに読まなくても大体わかるわ」

 これ以上、踏み込まないほうがいい。そう思ったけど。
 止まらない。止められない。

「ラブレターみたいなもんでしょ、どうせ」

 その言葉を放った瞬間、アイツのペンが鈍い音を立てて、木っ端微塵に砕けちった。
 言葉には力が宿るときいたことがあるけど、まさかこんな破壊力を持っているなんて。言霊って凄いのね。

「なな、ななななんのことやら」
「バレバレよ」

 もし仮に天満が見ても一発でわかりそうなぐらい、全身でYesと語っている。
 それでも勤めて冷静になろうと無駄な努力をしながら、アイツは新しいペンを手に取った

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 お互い無言。
 ペンの動く音だけが部室内に響き渡る。

「あのよ・・・」

 その沈黙を先に破ったのは、アイツだった。
 それでも、視線はノートに落としたまま。

「妹さんに渡したモンのことは他のやつらには秘密にしといてくんねーかな」
「別にいいけど・・・なんで隠すの? いっそのこと堂々としてりゃいいじゃない」

 アンタが八雲に気があるってことは、学校中が知ってるわよ。
 それに、あの娘のこたえも、もう決まってるんだから。

「こそこそしてるから余計気になるのよ」
「なんて言われようが、それはできねえ」

 アイツはそこで初めてノートから視線を外し。

「誰にでも見せびらかすようなモンじゃねーんだよ」

 私に視線を向けた。
 でも、その心は私に向いていないということがわかる。痛いほど。

「この気持ちは大切にしたいからな」
「そう・・・」

 それほど八雲のこと・・・。
 この空間には二人しかいないはずなのに。
 アイツの瞳に私が映ることなんて、ないんだ。

 しばらくまた、沈黙が続いて、それからどちらからともなく立ち上がり、部室をあとにした。

「なんなら送ってやろうか?」

 このヒゲは、さりげなく女泣かせなことを言う。
 下心なんてこれっぽっちもないだろうから、安心といえば安心だけど。
 そして・・・残念といえば残念だけど。
 でも。

「遠慮しておくわ。ナカムラに迎えに来てもらうから」

 断った。
 いつまでもアイツに甘えてばかりいたら前には進めない。
 そう思ったから。

「それに変な噂が立ったら困るでしょ?」
「そりゃそーだな」
「あっさりと肯定するわね」
「お嬢が変なこと言うからだろ」

 そう切り返す彼の言葉に、また胸がちくりと痛んだけれど。
 だけどそれは、私だけの秘密。


「まったく、想像しただけで鳥肌が立っ・・・」


 アイツの言葉は最後まで聞けなかった。
 気がつけば、私のフィニッシュブローで意識を刈り取っていたから。
 すこしだけ、胸がすっとしたのはやっぱり秘密。

 アイツが気を失っているその横で、携帯を取り出して、ナカムラにコールする。

「あっ、ナカムラ? 学校まで迎えに来てくれないかしら?」
「ハッ。そろそろお戻りになる頃かと思いまして、すでにそちらに向かっております」

 いつもながら、ナカムラの仕事の速さには舌を巻く。

「それから・・・」

 倒れたままの播磨に視線を送って。
 静かに目を瞑り、彼への想いを断ち切る決意をして。

「・・・スコップもお願いできるかしら?」
「ハッ。すでにトランクに搭載済みでございます」


 ナカムラの声がわずかに弾んでいるように聞こえたのは、きっと気のせいだろう。




 一方、そのころの塚本邸。

「あの・・・姉さん?」
「・・・・・・」

 卓袱台をはさんで正座して向かい合う姉妹。
 天満は帰ってくるなり八雲を呼びつけて、しばらく無言のまま。
 早くご飯作らないといけないんだけどな、と八雲が思っていると。

「やくも・・・」

 姉が重い口を開いた。

「・・・私のお弁当、忘れてたでしょ?」
「・・・え?」

 学校まで持っていったはずなんだけど・・・、と思いながら記憶を辿ってみる八雲。
 しかしいくら思い出そうとしても遭遇した人物として浮かび上がるのは播磨と愛理のみ。
 そういえば天満に手渡した記憶なんてきれいさっぱりどこにもない。

「・・・・・・あっ」

 おそらく、天満のお弁当は今も八雲の鞄の中に取り残されたまま。
 天満のお昼は播磨のバナナで切り抜けました。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 20:31    題名: 14かいめ。〜穴があったら入りたい冬眠準備もばっちりカメさん  

 天満のお説教はとどまるところを知らず。
 罪悪感に苛まれた八雲は、俯いたまま姉の言葉に耳を傾ける。

「そりゃふたりっきりで過ごしたいって気持ちはすっごくわかるよ。私だって烏丸君と一緒にお弁当食べたときなんかすっごい幸せだったもん」

 今でも思い出すだけでほっぺの緩みがとまらない。
 全力で羽ばたくピコピコ髪は、とまるつもりなんて毛頭無い。

「でもね、私だって最近ご無沙汰だから羨まし・・・じゃなくて・・・」

 コホン、と咳払いをひとつ。

「八雲ってほら、優しすぎるっていうか、流されやすいところがあるじゃない?」

 そういうところ、私にそっくりだもんね、と付け加える。

「だからたぶん、私のお弁当のこと、播磨君に切り出すタイミングが掴めなかっただけなんだよね?」

 天満のお弁当のことは、すっかり忘却の彼方にふきとばしていた八雲は、ただただ俯くばかり。

「でもね、恋人同士なんだから、もう少し自分の気持ちを伝えてみてもいいんじゃないかな。いつまでも播磨君に遠慮なんかしてちゃダメだよ」

 わかった? と念を押す姉に対して。

「・・・ごめんなさい」

 ただ素直に謝罪の言葉を述べる。
 お弁当のことは自分に非があると痛感しているから。

「でもね、姉さん。播磨さんとは別に・・・」
「八雲、おねーちゃんは反対してるんじゃないんだよ。ただ、高校生らしく健全なお付き合いをしてほしいなってこと。わかった?」
「う、うん・・・」

 漫画のお手伝いという関係は、高校生らしいかどうかは疑問だが、健全なお付き合いには違いない。
 八雲は躊躇いがちに、こくんと頷いた。

「それじゃ八雲と播磨君の将来を祝って夕飯は私がつくってあげるね。今日はマグロカレーだぞっ♪」
「あ、夕飯は私が・・・それに、ちがうから・・・・・・」
「照れるなって。かわいいな〜、八雲は」
「だ、だから、ちが・・・それに、お勉強・・・・・・」

 お勉強の事なんかすっかり忘れて夕飯の準備を始める天満。
 結局、姉をとめることはできませんでした。



 さてさて、所変わってこちらは矢神高校、校門前。
 愛理が播磨をほったらかしにしたまま校門に向かっていると、ちょうど迎えに来たリムジンが到着した。
 まるで辿りつくまでに費やす時間を正確に把握しているかのようなタイミング。
 いつもながら、仕事きっちりなナカムラに感心しながら。
 ナカムラが降りてくるのを待つ。

 だけど。

「・・・どうしたのかしら?」

 いつまでたってもナカムラは姿を現さない。

「もたもたしてたらヒゲが目を覚ましちゃうじゃない」

 そんなことを呟きながら校舎に視線を送り。

 固まった。

 なぜなら。
 校庭の真ん中で、ナカムラがスコップ片手にえんやこら。
 その傍らには気を失ったままの播磨が横たわっている。
 片時もリムジンから目を離した覚えはないのにいつのまに?
 ていうか、どうやって?

「ちょ・・・ストップ、ストップ!」

 慌ててナカムラのそばについたときには既に播磨の半身は地面と同化していた。
 本当に、ナカムラの仕事の速さには舌を巻く。

「誰がヒゲを埋めるっていったのよ!」
「違うのですか?」
「当たり前よ。そんなの一歩間違えたら犯罪じゃない」

 愛理さんの中ではどうやらぎりぎりセーフ。
 しかしこれだけは言っておきます。
 残念ながら、一歩間違えなくても確実にアウトです。

「埋めるのは、これよ」

 そう言って取り出したのは、播磨のために作ったお弁当。

「よろしいのですか?」
「いいのよ。私なりのけじめみたいなものだから」
「ですが・・・」

 どれだけ気合を入れてこのお弁当を作ったのか、おそらくナカムラが一番よく理解しているのだろう。
 いい性格をした執事だと思う。

「もったいないって思うなら、食べてもいいわよ」

 冗談交じりの言葉に、ナカムラは。
 めったに崩さない表情を微笑みに変えて。

「埋めますか。」

 にこやかに言い切った。
 ホント、いい性格してるわ。

「悪いわね。わがまま言って」
「いえ・・・。このナカムラ、沢近家にお仕えしたときから、この地に骨を埋める覚悟はできておりますので」

 この際、誰の骨を埋めるつもりなのかは不問にしようと思う。



 私の睡眠は浅いほうだと思う。
 もともとそういう体質なのか、それとも長い間、闇に身を置く生活がそうさせたのか、理由は知らない。
 どっちでもいいことだしね。
 それに、必要に迫られたときにすぐ目が覚めるというのは、役に立つ能力だと思ってる。
 だから。

「な、なんで晶がいるのよ!」

 私はその声で目が覚めた。
 今まで体を預けていたベッドから上半身を起こすと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした愛理がこちらを向いたまんま固まっていた。
 このまま、にらめっこをしていてもよかったのだけど。
 結果は目に見えてるから、自分から勝負を降りてみた。

「・・・・・・くるっぽー?」
「晶、お願いだからこれ以上リアクションに困るようなことはしないでよね」
「爽やかな朝は雄鶏が時を告げる声から始まるもの、でしょ?」
「そんなのに同意を求めないでよね。っていうかとっくに日が暮れてるわよ!」

 でしょうね。おなかの減り具合から換算すると、現在の時刻は20時13分32秒といったところかしら。

「で、晶・・・どうしてこんなところにいるの?」

 そんなこと聞かれても困る。だって、あまり記憶に残ってないから。
 ここがどこなのか、見覚えはあるけどいまいちピンとこないので。

「こんなところって?」

 率直な意見を述べてみた。
 頭の上にハテナブロックを出現させることにも成功したとは思う。

「アンタね〜。ひとん家のベッドにもぐりこんで、よくそんなことが言えるわね」
「あ、どーりで見覚えがあると思った」

 どうやらここは愛理のベッドの中らしい。
 なんでこんなところで寝てたのか、自分でも不思議に思う。

「バイト行ったんじゃなかったの?」
「もう終わったわ」

 それはしっかり覚えてる。

「ま、いいわ」
「いいんだ?」
「アンタの突拍子もない行動にはもう慣れたし、それに晶に聞きたいこともあるしね」

 あ。いま思い出した。
 そういえば、私も愛理に聞きたいことがあったっけ。
 播磨君との事を聞こうと家に忍び込んだはいいものの、つい眠たくなってベッドを拝借したんだっけ。
 やっぱり枕が替わると寝つきが悪くなるのって本当なのかしら。

「晶が仕組んだんでしょ? アイツとふたりっきりになれるように」

 そんなことを考えているうちに愛理がツッコんできた。
 どうやらバレてるみたいね。
 とりあえず、とぼけてみようかと思ったけど。
 あまり効果はありそうにないわね。

「まあね」

 愛理のクセは把握してるから、当たりの入った紅茶を握らせることは簡単。
 抵抗力もばっちり把握してるから、どれだけの分量でどれくらいの時間眠らせられるか、誤差数分のレベルで調整できるし。

「おかげでアイツの本音、聞くことになっちゃったじゃない」

 二人っきりの様子は、モニターで確認してたけど、あの展開ははっきり言って予想外。
 まさか、愛理が播磨君の漫画のこと知ってるなんて思わなかったから。

「フラれちゃったわ。せっかく晶が背中押してくれたのに」

 今まで認めることのなかった播磨君への想いを言葉にかえて。
 肩をすくめて愛理は笑った。
 それはきっと、気持ちの整理がついたという証。

「それでいいの、愛理?」
「ええ・・・。もう、決めたことだから」
「そう。・・・ならいいけど」

 愛理がそういうのなら、これ以上首を突っ込むのは野暮というものでしょうね。
 必要以上に首を突っ込んだような気がしないでもないけど。
 やっぱダメね。友達のために計画練るのって、苦手。
 愛理のためを思ってあれこれ動いてみたけれど。
 結局意味なかったかな、とちょっぴり自己嫌悪。

「ねえ、晶・・・」
「なに?」
「・・・ありがと」

 それでも、愛理が納得できたのなら、無駄じゃなかったかな。
 そんなことを思いつつ。

「らしくないわね、愛理。いつからそんなヤワに・・・」
「っさいわねー!」

 そう切り返す私はやっぱりひねくれる。
 でもいいの。ちゃんと自覚してるから。

「泣きたきゃ泣いていいわよ。好きなだけ胸、貸してあげるから」
「遠慮しとくわ」
「あら、残念。せっかく耳栓持ってきたのに」

 鳴り響く鐘の中でも熟睡できるシロモノだから、効果は折り紙つきよ。
 ・・・こないだ、試してみたし。

「アンタねー」
「冗談よ」

 これで、愛理をからかうネタがひとつ減ってしまったかと思うと残念だけど。
 人の心は変化するものだから、こればっかりは仕方ないわね。

 そして、反省をすこしだけ。


―――やっぱり親友相手だと本気、出せないのかしら。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 20:42    題名: 15かいめ。 〜カメさん出撃、敵は本能寺にあり〜  

 決戦当日。
 短期間に二度も生き埋めにされた播磨君は、奇跡的になんの後遺症も無く、この日を迎えることが出来た。
 こんなに丈夫な体に育ててくれてありがとう、と両親と絃子に感謝しているかどうかは定かではないが、とりあえず珍しく起こしに来てくれた絃子には感謝している。
 というわけで、寝坊の心配はなくなった播磨君。
 だけど、先程から家中をひっくり返して探し物の真っ最中。

「なあ、バイクの鍵、知らね?」
「君が探しているのはコレかい?」

 そう言って、袖の中の兵器格納庫からバイクの鍵をスライドさせて取り出す絃子さん。
 ご丁寧に『シャキン』という効果音付きだ。

「なんでそんなとこに入れてんだよ」
「なんだか今日は貸してやるような気分になれなくてな」

 言うが早いか、またもや鍵をスライドさせて袖の中にしまいこむ。

「気分なんかで俺の通学手段を奪うんじゃねえ!」
「残念だが私にはどうすることもできないのだよ」

 ふう、とため息をつきながらトーストをひとかじり。

「全部、お前がやってることだろが!」
「代わりといってはなんだが・・・」

 またしても、袖の中から何かを取り出して、播磨に放り投げた。

「餞別だ。持っていけ」

 いきなり投げつけられたものを、かろうじて受け止める播磨。
 手にすっぽりと収まった物体に目をやると、その正体は物理の暗記カード。
 しかも絃子先生直筆モデルだ。
 なんだかんだ言って心配してくれてる従姉弟に、拳児君は。

「絃子・・・・・・どーせならもっと早く渡してくれよ」

 恩をあだで返すその一言に。
 ぱららっ、という音が響き渡る。

「さん、をつけろ」
「イテェ! せっかく覚えたモンが飛んでったらどうしてくれんだ!」
「なら、言葉には気をつけることだ。次は君の意識が飛ぶ

 トーストをくわえたまんま、正確に狙いをつける絃子に。
 そんなことされたら留年確定だろが、と心の中で反論して。

「つーか、せっかくもらっても、もう見る時間ねーぞ?」
「だから歩いていけ、と言っている。なに、君の頭でも30分程度でひととおり目を通せるはずだ」

 なるほど、そういうことか、と納得した拳児君。

「さんきゅ。ありがたく使わせてもらうぜ」

 そう言い残して、学校へ向かった。
 そして、取り残された絃子さんは。

「まったく・・・。手も口もださん、と決めたはずなのにな」

 誰に言い訳するでもなく、そんなことを呟きながら、最後のひとかけらを口に放り込んだ。





 追試とはいってもほとんどの一般生徒には全く持って関係のないお話。
 2−Cはいつもと変わらない賑やかな雰囲気に包まれていた。

「おはよう、ミコちゃん」
「よっ。塚本。いよいよだな」

 遅刻常習犯である塚本天満も、ちゃんとその中にいた。

「そうそう、『続・三匹が斬られる』の2時間スペシャル、今日なんだよね〜。もう楽しみで楽しみで・・・」

 にこやかな表情でそんなことを口走る天満を見て。
 コイツ、あれから勉強してねーな、と確信する美琴さん。

「塚本、追試だいじょうぶなんだろーな?」
「ヘーキヘーキ。心配性だなぁ、ミコちゃんは♪」

 どうしてコイツの言葉にはこんなに説得力ないんだろ、てなことを考えている美琴を尻目に。
 天満はちらりと二つ後ろの席に視線を送り。

―――烏丸君・・・あなたのために、私、頑張る。

 心の中で想い人に誓いを立てる。
 物憂げに窓の外を眺める烏丸君もス・テ・キ、てな感じに見惚れていると。
 ふと、視線に気づいたのか、烏丸は天満へ顔を向けた。

「あ、塚本さん。今日、追試だってね」
「え・・・う、うん」

 そんな些細なことを彼が知っていたことに戸惑いを覚えながら。
 自然と絡み合う視線に頬はほのかなピンクに変化する。

「大丈夫、君ならできるよ。僕は信じてる」
「あ、ありがとう、烏丸君! 私頑張るっ!!」

 愛する人からの応援で、ラブパワーを発揮し始めた天満。
 烏丸の手を取ってぶんぶんと振り回す。
 そしてそんなふたりの様子をぼけーっと眺める美琴さん。

―――ホント、沢近っていいやつだよな。

 烏丸君がポツリと呟いた、『って沢近さんが言えっていった』というお決まりのセリフは、天満の心に響かない。





「いよいよだ、って思うとなんかドキドキだよねー」
「そ、そーだな」

 朝のSHRが終わったあと。
 天満と播磨は追試が行われる旧校舎の空き教室に向かっていた。

「播磨君も言ってたけど、やっぱりみんなと卒業したいモンね」
「へっ? 俺、そんなこといったっけ?」
「言ったよ。忘れちゃったの?」

 ほら、部室で勉強会の作戦会議したときだよ、と続けても、播磨にはピンと来ないらしい。
 花井との熱い抱擁を交わすきっかけになった、アノ言葉である。

「も〜。仕方ないなぁ。じゃあ、今度は忘れないようにちゃんと約束しよっ」
「約束?」
「一緒に三年生になれるように、って誓い合うの。そしたら、もっと追試、頑張れそうじゃない?」

 確かに。天満との誓いなら、播磨はどんな困難でも乗り越えられそうだ。

「やっぱり誓い合うっていったら、アレしかないよね・・・」

 そう呟いた天満の変化に、播磨は気づいた。
 上目遣いでこちらを見つめてくる天満の頬は、心なしか朱に染まっている。

「ちょっと恥ずかしいけど、誰も見てないし・・・」

―――ま、まさかそれって誓いのキスってヤツか? 今回の勉強会で、ようやく・・・いや、ついに俺の魅力に気づいちまったってワケか?。

「思い切って、やっちゃおっか?」

―――天満ちゃん・・・今日はいつになく積極的だな。よし、俺も漢だ。君の想い、しっかりと受け止めてやるぜ!

「ゆびきり」

 満面の笑みで、小指を立てる天満に。
 ほへ? と表現するのが一番しっくりくる表情を向ける播磨。

「やっぱ、高校生にもなってゆびきりは恥ずかしいかな?」
「い、いや・・・そんなことねえぜ。今日はなんか無性にゆびきりがしたい気分なんだ」
「なにそれー? 変なの〜」
「変とかゆーな」
「あはは。そうだね」

 勘違いを悟られたくなくて、下手な言い訳をする播磨。
 自分でも何を言ってるのかさっぱりだけど、天満の笑顔を引き出せたから、まあいいか。
 そんなことを考えながら、小指と小指を絡ませる。

「絶対、ふたりで三年生になろうね♪」

 ゆびきりをしたあと、弾けるような笑顔を見せた天満は。
 さあ、頑張るぞっ、と気合を入れて空き教室に向かう。
 そんな彼女の後姿を眺めながら。

―――天満ちゃん・・・俺は絶対にやってやるぜ!

 小指にかすかに残る彼女のぬくもりを胸に、決意を新たにする播磨。

―――なぜなら、この瞬間、俺と天満ちゃんの小指は運命の赤い糸で結ばれたんだからな!

 播磨拳児、愛に生き、愛に溺れる17歳。今日もラブパワーは絶好調。





 ついにこのときがやってきた。
 カメさんとの壮絶なる戦いの幕が開ける瞬間が。
 決戦の舞台となる旧校舎の空き教室の前に辿り着いた播磨と天満。
 お互いの決意を確かめるように、視線を交わす。
 不安がない、といえば嘘になる。
 しかし、自分は一人じゃない。
 共に支えあってきた仲間がいる。
 好きな人のためなら頑張れる、そう思えるひとがいる。
 そんな彼らとこれからも同じ道を歩んでいくために。
 今日、ここでカメさんとケリをつけなければならぬ。
 いざ・・・尋常に勝負!

「よーし、終わりだ。集めるぞ〜」
「は〜い」

 旧校舎の空き教室に、谷先生ののんきな声と、天満の元気な声が響く。

「あとひとつだね。これならなんとかなりそうだよ。播磨君はどう?」
「これぐらい、余裕だぜ」

 慣れないナレーションを入れている間に、追試のほうは滞りなく進んでいたようだ。
 気がつけば残りひとつという状態。
 どうやら、ラブパワー発動中のふたりにとって、追試などもはや敵ではないらしい。
 ラブパワー。それは愛の力。
 ときに不可能を可能にする奇跡を呼び起こし、ときにそれまでのお話の流れをものの見事に打ち砕く


 さて、残るは最後の教科、物理のみ。(播磨君の世界史はお昼休みに無理やり実行)
 これもちゃちゃっと終わらせるぞっ、てな具合に意気揚々と1問目に取り掛かる天満。

 が。

 全くわからない。

―――わからないときは、気にしないで次の問題から解けばいいんだよ。私ってあったまい〜。

 てなわけで、2問目。

―――これもわかんないからパス。

 続いて3問目。

―――き、気にしない、気にしない。パスパース。

 4問目、とみせかけて5問目。

―――パ、パス・・・。

 いったん戻って4問目。

―――・・・・・・だんく。



 そんなこんなで五分後。
 始まったときと全く同じ姿勢で固まったまんまの天満。

―――・・・・・・ない。

 わかる問題なんて影も形もみあたらない。
 物理に関する記憶なんてきれいさっぱりどこにもない。
 問題にはすべて目を通したのに、解答用紙はいまだに真っ白。
 このままいけば留年確定という事態に、頭の中もすでに真っ白。
 隣で軽快に動く播磨のペンの音がさらにプレッシャーとなって押し寄せる。

―――どどど、どおしよぉ?

 同じ勉強会に出ていた播磨ができているのに、自分は全く覚えていないというこの事実。
 自らの記憶力の悪さを呪いながらも、必死で何とかしようと昨日の勉強会のことを思い出す。

 さて、天満が記憶を遡っている間に、物理の記憶が抜け落ちていることに関する証言VTRを入手したのでご覧ください。
 本日のお昼休み、ふたりの少女が交わした会話です。

『美琴さん、そういえば物理って教えてくれたっけ?』
『なにいってんだ、物理は高野の担当だろ? アタシはなんも教えてないぞ』
『・・・・・・あ。』
『どした? まさか忘れてたなんて言い出すんじゃねえよな』
『・・・・・・』
『オイオイ、なんか言えって』
『・・・・・・ま、いっか』
『ちょっとマテ。なにがだ?』
『ま、いまさら慌てたところでどうにもならないわ。後は任せて。 ・・・・・・運に
『運任せかよっ!』


 というわけでございます。
 記憶を埋め込んでいないのなら、頭の中をどんなに探しても見つかるはずはない。
 つまり、今の天満は武器も何も持たぬまま、カメさん相手に特攻を仕掛けているようなものだ。
 ちなみに播磨の筆が進むのは、絃子先生直筆の暗記カードのおかげ。
 さて、そんなこととは露知らず。
 しっかりさっぱりちんぷんかんぷんな天満。
 このままじゃ、烏丸君と離れ離れになっちゃうよ〜、てなことを考えたのだけど。

―――わからない? そんなことない。私はやればできるんだ。だって烏丸君が信じてくれてるんだもん。

 ゆっくりと瞳を閉じて静かに深呼吸。
 今日の朝、励ましてくれた烏丸君の姿を瞼の裏に焼き付けて。

―――問題が解けないぐらいで、私はあなたを見失ったりはしない!

 この瞬間、内なる天満が発動した。
 次に彼女が目を開いたときには、問題が解けなくてオロオロしていた少女の面影はなく。
 ただ愛する者のために命を懸ける、戦乙女と化した天満の姿があった。
 左手に握り締めたペン先に自らの魂を詰め込んで。
 真っ白だった解答用紙に想いのすべてを刻み込んでゆく。

 そして30分後。

―――よし、我ながら会心のデキ。

 己のすべてを出し切り、通常モードに戻った天満は、満足そうに答案を見つめた。
 いままでこんなに自分の答案に自信を持ったことはない。
 だって、これは烏丸君への愛の結晶だから。
 その答案に、微笑を浮かべた烏丸君が浮かんでるように見えるのは気のせいかな。
 思わず頬が緩むのをとめられない天満は、もう一度解答用紙に目を通して。

―――って、似顔絵描いてるし!

 なぜか解答用紙に烏丸君の似顔絵がでかでかと描かれている事に天満自らセルフツッコミ。
 貴重な追試の時間を、似顔絵を描くことで浪費してしまったという衝撃の事実。
 そして相変わらず解答欄は空白のまんまという笑撃の事実。
 似顔絵を消そうと、慌てて消しゴムを手に取って。

―――・・・消せない。

 そのまましばらく動けなかった。
 これを消したら烏丸君の存在まで消してしまうような気がして。
 挙句の果てに、せっかくの渾身の一作なんだから永久保存しよっと、なんて考える始末。

―――とりあえず、選択肢の問題だけでも解いとこ。

 そんなこんなで、ようやくまともに試験問題と向き合うことになった天満。

―――全部(ア)って書いとけば、ひとつぐらいあたるよね。

 がけっぷちに立たされてるとは到底思えないようなお気楽発想で、さらさらっと解答用紙を埋めていく。
 彼女の辞書に危機感という単語は存在しても、意味が書いてないのかもしれない。
 ちなみに、もうひとつ付け加えると。

 物理の追試の選択肢は、すべてアルファベット形式を採用しています。

―――よしっ。カンペキ♪

 そんな思わぬ落とし穴がぽっかりと口を開けて待っているなんて露知らず。
 提出すべき答案が完成したと思い込んでいる天満は、小さくガッツポーズ。

 さて、カメさん相手に悪戦苦闘している愛の戦士、塚本天満のすぐ横で。
 もう一方の恋愛バカ、播磨拳児はというと。

―――よしっ。カンペキだぜ!

 絃子先生の暗記カードのおかげで、はっきり言って自信アリ。
 見直しも終了して、あとは提出を待つばかり。
 これで天満ちゃんと一緒に進級だぜ、と内心ウキウキの播磨。
 ガッツポーズをしている天満を横目で見ながら、そんなことを考えていたのだが。
 ついでに目に入った解答用紙の素敵すぎるデキばえに。

―――な、なんてこった、天満ちゃん!

 サングラスを突き破るほどの勢いで、目玉飛び出し世界新記録達成。
 それでも今は追試中。
 天満への溢れる想いは胸に秘めたまま、伝えたい衝動をグッとこらえる。
 でもせめて心の中でだけは、声を大にして叫んでみようと思う。

―――天満ちゃん・・・・・・名前書いてねえよ!

追試終了まで、あと五分。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 20:50    題名: 16かいめ。〜諦めたら試合終了、最後まで足掻けカメさん〜  

 解答用紙に名前が書いていないなんてことに、これっぽっちも気づいている様子のない天満。
 このままでは、どれだけ立派な答案を作成しようとも、問答無用で失格になってしまう。
 それだけはなんとしても阻止しなければ。
 しかし、今は追試中。声を出して注意するわけにはいかない。
 そう考えた播磨は。

―――テレパシーを送ってみるか。

 そんな結論に達しました。
 どうやって送るのかは具体的にはさっぱりわからないけれど。
 とりあえず人差し指を額にくっつけて、精神を集中してみる。

―――届け、この想い!

『天満ちゃん、名前書き忘れてるぜ』
『え? あ、ホントだ。教えてくれてありがとう。播磨君てやさしいんだね』
『ふっ。見て見ぬフリはできないだけさ・・・』
『播磨君・・・そんなに私のことだけ見つめていてくれたなんて・・・好き』
『俺もだ』
『優しくエスコートしてね』
『たりめーだ。もう離さないぜベイベ』

―――ってちょっと待て、俺! こんなことまで伝えちまったらやべぇじゃねえか。

 テレパシーと言うよりもただの妄想に変わり果てていることに播磨自らセルフツッコミ。
 ちろっと天満を盗み見ても天満に変わった様子はないので、伝わっていないことを確認する。
 ほっと胸をなでおろしたものの、やっぱりフクザツ。
 天満ちゃんってちょっぴり鈍いから俺の想いなんて伝わらねーのかもな・・・。
 ふとそんな考えが脳裏をよぎる。

―――そーだ、俺の答案に天満ちゃんの名前書いて、俺が身代わりで名無しになるってどーよ? そうすれば・・・。

『つかもとー。0点だぞー』
『あれー? おっかしいなー?』

―――天満ちゃんは晴れて二年生をもう一度・・・ってちょっと待て!

 なんだか妙にリアルに想像できてしまったこの展開。
 こんな結果になっちまった日にゃぁ、『すまねえ・・・。俺バカだったんだ』じゃ済まねえ。
 もし仮に合格したとしても、身代わりとなった自分は確実に留年してしまう。
 というワケで却下。

―――チクショウ、なんとか一緒に進級できる手はねぇのか?

 そんな奇跡を呼び起こす策など、簡単に思いつくはずもない。
 が、ふと播磨は気づいた。
 もしかして自分はカメさん退治に捕らわれすぎていたんじゃないか、と。
 もっと大切なことがあったはずではないか、と。
 そう、播磨は彼女と共に過ごすスクールライフを夢見てここまで頑張ってきたはずだ。


―――つーことは、二人とも名無しってことにすりゃいいんじゃね?


 その学年が彼女と一緒なら、ひとつあがろうが変わりないままだろうが全く支障はない。
 しかも二人とも名無しなら、どれだけヒットを打たれようが、たとえまぐれ当たりのホームランが飛び出そうが、確実に完封に抑え込める。
 運の要素を完璧に排除した勝利の方程式を導き出した播磨君。

―――イケる・・・こいつはイケるぜ!

 ここ数日のナカムラの働きのおかげか、墓穴に自ら突っ込むことになんの抵抗もない播磨君。
 消しゴムを手に取って、名前の欄に記された己の存在する証を躊躇うことなく闇に葬り去った。

「よーし、時間だ。集めるぞー」

 谷先生の声が響く中。

―――ふふふ。これで俺と天満ちゃんは運命を共に・・・。こんなことを思いつく俺の才能が怖いぜ。

 自らの見事な采配に酔いしれる播磨。
 だけど。

「あれ? 塚本、名前書き忘れてるぞ」

 目ざとく天満の答案の違和感に気づいた様子の谷センセ。
 しかし、烏丸君の似顔絵については一切触れず。

「名前書き忘れたら0点だからな。早く書いとけ」
「はーい」
「んじゃ、お疲れさん」

 言うが早いか、谷先生はあっという間に教室から出て行った。
 ていうことはつまり・・・。

―――名無し、俺だけかよ!

 まさか、試合終了後に逆転満塁ホームランをぶちこまれるなんて思ってもみなかった。
 しかしこうなった以上は仕方がない。
 職員室に辿り着く前に谷先生に名前のことを相談するしかない。
 もはや一刻の猶予も許されぬ。
 播磨は急いで鞄を掴み、扉に向かった。
 が。

「播磨君、よかったら打ち上げしない?」

 その前に、笑顔の天満が立ちふさがる。
 追試が終わってよほどうれしいのか、結んだ髪がピコピコとかわいらしく揺れている。
 そんな表情で見つめられたら、播磨に残された道なんてひとつしかない。

「予定とかあるなら無理に、とは言わないけど・・・」
「いや、全然ヒマだぜ。やることなくってどうしようかと思ってたんだ」

 谷センセに名前のこと直訴しにいかなきゃいけないだろが。
 なんてツッコミはどこ吹く風。
 播磨拳児は女性からのデートのお誘いを無下に断るほどデリカシーのない男じゃない
 こと天満に対しては、何があろうとも優先するに決まってる。
 そんな播磨の二つ返事を受けた天満は。

「よかった。じゃあ、みんなにも聞いてみるね」

 そう言って携帯を取り出した。

―――って、ふたりっきりじゃねーのかよ!

 この世知辛い世の中を呪った、そんな放課後のワンシーン。





「・・・ふう、ようやくひと段落、かな」

 メルカドの片隅で、バイト中の八雲は小さなため息をついていた。
 今日は特別忙しい、というわけではない。
 ただ、どうしても気分が優れないのだ。
 その原因は、わかっている。

―――やっぱり、ちょっと動きにくいな・・・。

 ちらっと、自分の身に纏っている服装に目をやる。
 本日の八雲の服装は、十二単をモチーフにしたもの。
 長いし重いし動きにくいことこの上ない。
 機動力重視のウェイトレスの服装に、どうしてこんなものが採用されているのか。
 そして何の因果で自分がそれに袖を通しているのか。
 おそらくマスターに答えを求めても、『趣味なのよ』で済まされてしまいそうだ。
 己の運命を素直に受け入れた八雲は、ちらりと時計に目をやって。

―――姉さん、大丈夫かな・・・。

 もう追試が終わったであろう姉のことを気にかける。

―――播磨さんは、どうだったのかな・・・?

 ふたりとも、うまくいってたらいいのにな。
 そう願う八雲の思考は、ドアの開く音で中断された。

「いらっしゃいませ・・・あ。」
「おっ。妹さんじゃねーか」

 播磨を見かけて思わず声を上げる八雲。

―――もしかして漫画のこと、相談しに来たのかな。

 ふとそんなことを思い浮かべたが、すぐにそれは間違いだということに気づいた。
 播磨の側には八雲のよく知っている女性がいたから。
 それは、播磨にとって一番漫画のことを知られたくないであろう姉の姿。

「あ、八雲。今日はシフトだったっけ?」
「うん・・・」

 席を案内しながら。

―――いっしょの席でいいのかな?

 そんな疑問が浮かんだけど。
 結論が出る前に到着してしまった。

「どうぞ、おかけください」
「サンチュ、妹さん」

 そう言って、播磨は腰を下ろしたのだけど、一方の天満は立ったまま。

―――もしかして、席バラバラがよかったのかな。

 そんなふうに八雲が思っていると、
 天満は突然八雲の首根っこを掴んでトイレまで引っぱっていった。
 物理的ダメージを与えないように拉致できる天満は、やはり妹への接し方を心得ている。

「気にしないでね」

 あまりの出来事にきょとんとしている八雲に。
 開口一番、天満はこう言った。

「追試の打ち上げしよってことになったんだけど、みんな都合悪いみたいでさ、結局私と播磨君だけになっちゃった」
「あ、そうなんだ・・・」
「イキナリあんなとこ見ちゃったら、やくも気にするんじゃないかな〜って思ってさ」
「えっ・・・それは別に気にしないけど・・・。でも・・・」
「ん? どうしたの?」

 漫画のこと、おしゃべりしたいな。
 そう思った八雲は。

「えと、播磨さんにバイト終わるまで待ってて、って伝えてくれないかな。その・・・少し、話したいことがあるから」

 自然とそんな言葉が出てきた。
 ただ、それに対する姉の反応は、何も言わず、含み笑いを浮かべたまま。
 ばむばむ、と肩を叩くだけ。
 どういう意味なんだろ、と思っていると。

『むっはー。八雲と播磨君のラブラブっぷりにはやっぱりドキドキだね♪』

 心が視えた。
 そこでようやく自分の発した言葉の意味に気づいた八雲。

「え・・・ちが・・・姉さん、それはちが・・・・・・」

 真っ赤になって否定するも、天満には届くはずもなく。

「よし。かわいい妹の頼みだもん。お姉ちゃんにまかせんしゃい♪」

 胸をドンと叩くと、播磨のもとへ駆けていった。
 そういう意味じゃないんだけどな、と思いながらも姉を眺めていると。

「やくもー。ハリケーンパフェふた・・・みっつ〜!」

 席についた天満からオーダーが入った。
 あんまり食べると太るよ、と思いながらも伝票に『3』と書き込んだ。





 ハリケーンパフェをトレイに3つのせて、姉さんのテーブルに向かったとき。
 目の前の光景にちょっぴり戸惑いを隠せなかった。
 だって、姉さんは銃を撃つまねをしているし、播磨さんは撃ちぬかれる様を迫真の演技で表現してたから。
 ちょっぴりスローモーション気味なのは、こだわり・・・なのかな。

「・・・なにしてるの?」
「あっ、やっときた〜♪」

 私からパフェを受け取った姉さんはすぐにスプーンを動かし始めた。
 本当に、姉さんってうれしそうに食べるよね。
 そんなことを思いながら、播磨さんの前にもパフェを置く。
 それにしても、いつまでやられたフリをしているんだろ?
 不思議に思っていたら、播磨さんは突然、ポツリと呟いた。

「あのよ・・・前々から言おうと思ってたんだけど、妹さんとはホントに付き合ってねえからな」

 ただ、本当のことを言っただけの播磨さんの言葉が、ただ悪戯に私を締め付けた。
 いつも否定しているのに、なぜ播磨さんの口から発せられると、こんなにも胸が苦しくなるんだろう?
 一刻も早くこの場から離れたい。
 そんな思いとは裏腹に、足は根を張ったように動かなかった。

「すいません、注文いいですか?」
「あ、はい・・・」

 他のお客さんからのオーダーが、救いの声に聞こえた。
 だけど。
 もう一度、姉さんと播磨さんのそばを通ったとき。
 聞いてしまった。姉さんの言葉を。

「うん・・・・・・わかった。信じるよ」

 私の中の大切な何かが壊れたような、そんな気がした。

 それでも、気がつくと視線を送っている私がいて。
 賑やかに語り合う二人は本当に楽しそうで。
 播磨さんの笑顔を独占している姉さんが、羨ましかった。
 播磨さんの表情がいつもより輝いて見えるのはきっと、気のせいなんかじゃない。
 だって、播磨さんは姉さんのことを、とても・・・とても大切に思ってくれているから。

 それに、私と播磨さんは・・・付き合ってるわけじゃないから。

 だから。

 これでいいんだよね。

 これで・・・。





 早くこの時間が終わればいいのに。
 そう思うときに限って、時間はのろのろと進んでゆく。
 ようやく天満と播磨が席を立ったとき。
 八雲はなぜかほっとしている自分に気づいた。
 そんな八雲のそばに、天満はそっと近づいて囁く。

「八雲、オーケーだって♪」
「えっ? なにが?」
「播磨君との約束だよっ♪」
「あっ・・・」

 先程まではあんなに楽しみにしていたのに。
 今では、彼と会っても何を話せばいいのか、何を話したかったのか、わからない。
 なんで、こんな気持ちになるんだろう・・・?
 そんなふうに考えることすら億劫で。
 すでに八雲は思考が麻痺してしまっているような感覚に陥っていた。
 だけど。

「播磨君、今日ウチに泊まりに来てくれるってさ」
「え・・・?」

 この展開についていけないのは、思考回路の低下だけが原因ではないと思う。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 21:03    題名: 17かいめ。〜あれもラブこれもラブ。愛に全てを捧げるカメさん  

 さて、天満が八雲をトイレに拉致監禁しているころ。
 ひとりでテーブルに取り残されていた播磨は軽い恐慌状態に陥っていた。


 俺は夢をみているのだろうか?
 さっきまで追試で苦しんでいたはずなのに、気がつけば天満ちゃんとふたりっきりでメルカドなんかでお茶っつーことになってやがる。
 これはデートと呼んでも差し支えねえんじゃねえか?
 しかもお誘いは天満ちゃんのほうから、ときたもんだ。
 間違いない・・・。完璧に流れは俺に傾いてるぜ。

「おまたせー」
「お、おう」

 八雲を開放して席まで戻ってきた天満に相槌を打って。
 豊富な話題でふたりの時間を盛り上げてやるぜ、と心に誓った播磨君は。

「やくもー。ハリケーンパフェふた・・・みっつ〜!」
「塚本、俺はパフェはいらな・・・」

 勝手にオーダーをとる天満に、とりあえずツッコミから入ることにしました。

「残念だよね〜。みんな都合が悪いなんてさ」
「ま、まあしょうがねえだろ」

―――天満ちゃんが落ち込んでいる・・・。よし、ここは華麗に決めてやるぜ!

「お前がいれば、それだけで十分だぜ」

 いままで手を伸ばしても届かなかった彼女の心を掴むために。
 自分の素直な気持ちを言葉に乗せた。

 だけど。

「あっ、あの猫かわいー。伊織にちょっと似てるかな」

 窓の外を眺めていた彼女の心は、通りすがりのドロボー猫にいともあっさりと持ってかれた。

「で、いればって何?」
「ああ、その入れ歯、フィット感が最高でよ・・・」
「へー。今度ミコちゃんにも教えてあげよっ」

―――ちげーよ! なんで入れ歯の話なんかになってんだよ! ちっとは話聞けよ、天満ちゃん。でもそんなとこもかわいいぜっ!

 想いが伝わらないショックはどこへやら。
 愛しき人の新たな魅力に気づいてしまった播磨君。
 ラブパワーの最大値がみるみる上昇していく。
 そんな播磨に、天満は。

「ところで、播磨君・・・イキナリ言うのもなんなんだけど・・・このあと、ウチに来ない?」

 笑顔でとどめの一撃をお見舞いした。
 思いを寄せるあの娘に自宅にお呼ばれなんかされっちゃったら、抗う術なんて存在しねえ。
 もはや天満ちゃんの愛のベクトルは俺に向かって突進中だぜ、と確信した播磨。
 乙女心をくすぐるサイコーの決め台詞(播磨の独断と偏見による)を口走った。

「俺が断るとでも思ってんのかよ。なんなら泊まっていってもいいんだぜ
「ホント? やった〜!」

 今度こそ、播磨の言葉は彼女の心に響いたようだ。
 諸手を小さく叩いて喜ぶ天満は本当にうれしそうで。

「八雲きっと喜ぶよ。ありがと♪」

 それでもやっぱり方向性はちょっぴり間違っているようで。
 拳銃と化した天満の右手は、まっすぐに播磨の心臓をロックオン。

「え・・・? なんで妹さんが?」
「あんなに想ってくれる彼女がいるなんて羨ましいね。この幸せものっ♪」

 天満の指先から放たれた『なにか』はそのまま播磨のハートへ、れっつらごー♪
 この数日、様々な種類の弾丸を味わった播磨であるが、この破壊力は身に沁みる。
 スローモーションで吹っ飛びながらも、やっぱサスガだぜ、天満ちゃん、てなことを考える播磨君。
 だけど、こんなところで負けるわけにはいかない。
 なんとか死の淵から這い上がり、反撃ののろしを上げた。

「あのよ・・・」

 いつのまにかテーブルに置いてあるハリケーンパフェに夢中の天満に。
 本当のことを伝えよう。そう、決心した。

「・・・前々から言おうと思ってたんだけど、妹さんとはホントに付き合ってねえからな」

 その言葉に、天満はスプーンを動かす手を止めて。

「またまたー。ごまかそうったって、そうはいかないぞ」

 軽く笑いながら応える。
 だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。

「ホントだ。誓って嘘じゃねえ。この瞳が嘘ついてるように見えるか?」

 親指で瞳を指しながら、自信満々に言い張る播磨。
 サングラスで完全にガードしてあるものを証拠として提出するのはいかがなものか。
 だけど、基本的にツッコミには慣れていない天満は、あまり気にすることなく。

「うん・・・・・・わかった。信じるよ」

 ただ、素直にうなずいた。

「ほんとか?」
「播磨君がそういうんなら、きっとそうなんだよね」

 姉としてはちょっとフクザツだけどさ、と続けながらも納得した様子の天満。
 思えばここまで長かった。
 勘違いされたときもありました。ついうっかり口を滑らせて、『お泊りする関係』なんていう、逃れようのない事実として定着してしまったこともありました。
 いつのまにやら学校公認のカップルに仕立て上げられ、噂だけが勝手に一人歩きしていったけど、そんな誤解など、今ここですっぱりと終止符を打ってやる。

「でも私にだけはホントのこと言っても大丈夫だよ。口堅いし、八雲と播磨君のことだもん、全力で応援しちゃうよ」

―――って、ぜんぜん信じてねえ!

「いや、だからそうじゃなくて・・・」
「わかったわかった。そういうことにしておいてあげるよ」
「いや、だから・・・」
「んまんま♪」

 すでに天満はハリケーンパフェの虜。
 播磨の言葉は右の耳から左の耳へ、どころか全方位バリア展開中によりすべて防がれている。

 まさにシ・ア・ワ・セを絵に描いたような表情でパフェを頬張る天満。
 パフェだけに向けられた輝くような瞳も。
 スプーンを動かす繊細な指も。
 ふとした拍子に優雅に揺れる黒髪も。
 口に運ぶたびに浮かべる満ち足りた表情も。
 そのすべてがいとおしい。

 ふと、天満がこちらをじっと見つめていることに気づいた。
 あまりに見惚れていたため、気づかなかった。
 もしや、変に思われているだろうか。

「ねえ、播磨君」
「な、なんだ?」

 なるべく気持ちを落ち着かせようとしながら応える播磨。

「ソレ、食べないの?」
「え? あ、ああ・・・コレか」

 目の前には自分の頼んだほとんど手付かずのパフェがひとつ。
 そして同じ形のカラの食器がもうふたつ。

「よかったら、食うか?」
「え? ホントに? ありがとう♪」

 言うが早いか、あっという間に自分の傍に引き寄せた。

「播磨君って優しいね」
「な、何言ってんだよ」

 播磨は真っ赤になってそっぽを向く。
 褒められて照れくさいのも確かにある。
 だけど。
 目の前で幸せ一杯の表情をした彼女が。
 自分の使ったスプーンを口に運んでいるのも原因のひとつ。
 この胸の高鳴りはしばらく止まりそうになかった。


「八雲はホントに幸せモンだよ♪」


 ・・・・・・止まりました。





 塚本邸。
 播磨、天満、八雲の三人は卓袱台を囲んで夕食をとった。
 本日のメニューは天満特製マグロカレー(一晩寝かせて熟成済み)。
 人様にお出ししても恥ずかしくない唯一のレパートリーである。
 そんなこととは露知らず、カレーを平らげてしまった播磨君。

「相変わらず、妹さんの料理、うめーな」
「ブッブー。残念でした。今日は私が作ったんだよ」

 終いにはこんなことまで言い出す始末。

「ま、まじか? 信じられねえ」
「えー。なんで?」
「いや、塚本って料理うまいイメージがねえっていうか・・・」
「なにそれー。ひど〜い」

 天満の上達ぶりに驚きを隠せない播磨。
 将来はきっといいお嫁さんだな、と心の中で叫んでいることは秘密である。

「食器片付けてくるね」
「あ、うん。ありがとう、八雲」

 食器を台所へ持っていく八雲を見送った天満は。
 播磨のほうを振り向くと小声で囁いた。

「ゴメンね、気が利かなくて。播磨君、ホントは八雲の手料理が食べたかったんじゃない?」
「いや、そんなこと・・・」
「お詫びといっちゃなんだけど、お邪魔虫は退散するからね。八雲とふたりっきりなんて羨ましいぞ♪」
「え? いや、妹さんとはべつに・・・」

 止まることを知らない勘違いに流されっぱなしの播磨。
 そんなしどろもどろになってる様を見て。

―――播磨君ってシャイなんだね。

 と、さらに違う方向へ走り出す天満。

「てれるな、てれるな。気持ちは素直に表現しなくちゃダメだよ」
「気持ちは素直に・・・」


 その言葉が、播磨のハートに火をつけた。


 そうだよな。
 誤解を解こうなんてウダウダ考えるなんて俺らしくねえよな。
 俺の素直な気持ちをぶつけりゃすむ話なんだからな。
 こんな簡単なことに気づかなかったなんて俺はどうかしてたぜ。
 天満ちゃん、ありがとう。
 俺は、・・・素直にキミを抱きしめる!


「好きだ!」

 素直な気持ちを言葉に変えて、最愛のあの娘を胸の中に引き寄せた。
 予想だにしていなかったのだろう。彼女の緊張がぬくもりと共に伝わってくる。

「妹さんと変な噂が立っちまったことはすまねえと思ってる。ホントはもっと早くにはっきりさせとくべきだったんだろうけど・・・勇気がなくてよ」

 誤解を解こうとして、勘違いされるのが怖かった・・・もちろんそれもある。
 だけど本当は、誤解を解いた先に待ち受けている『告白』に怯えていたのかもしれない。

「でもよ、さっき塚本に『気持ちは素直に表現しろ』って言われて、目が覚めたぜ」

 この気持ちはどれだけ強く想っても、想うだけじゃ伝わらないから。
 だから、胸の中に秘めた想いを、今こそ君に。

「俺、やっぱお前のこと、好きだわ」

 腕の中の彼女が、驚きとも、戸惑いともとれる声を発した。
 二年間、片時も絶えることなく想い続けた『好き』という想い。
 その想いを、ようやく届けることができた。

「初めて逢ったあのときから、君だけを見てきたんだ。ずっと、ずっと・・・」

 覚えてはいないだろうけど、変態さんと間違えられて投げ飛ばされたあの日から、ずっと。

「もし、君に出会わなかったら、俺はつまんねーヤツになっちまってたと思う。俺がここまで頑張ってこれたのはきっと、君がいてくれたからなんだ」

 高校に入るために死に物狂いで勉強したのは、君にもう一度逢いたかったから。
 退学しようかと思うたびになんとか踏みとどまったのは、君の笑顔に救われたから。

「君を想う気持ちは誰にも負けない自信がある」

 世界中の誰にも負けはしない。
 もちろん、アイツにも・・・烏丸大路にも。
 これだけは絶対に譲れない。

「君の気持ちを聞かせて欲しい」

 腕の中に抱いて始めて気づいた彼女のその華奢な肩を、ガラス細工を扱うかのようにそっと掴み、少しだけ距離をとる。
 やはり恥ずかしいのだろう、俯いたまま掌を胸の前できゅっと結ぶしぐさが愛しくて。
 ゆっくりと顔を上げた表情は儚げで。
 瞳がうっすらと潤んでいるように見えるのは気のせいか。
 そんな彼女の美しさに心を奪われている自分に気づく。

「――――――」

 彼女の唇から漏れた囁きは、言葉というよりはむしろ吐息のようなもので。
 播磨に届く前に霞んで消えた。
 でも、囁き以上に播磨の心を乱したものは、彼女の深く吸い込まれるような瞳の輝き。
 その真紅の眼差しが、播磨を捉えて離さない。

―――どうなっちまうんだろう、俺は・・・?

 胸の鼓動が徐々に早くなっていく。
 今頃になってこんなことに気づくなんて。
 だけど、もう引き返せない。
 伝えるべきことはすべて伝えた。
 あとは目の前に佇む少女の審判を待つしかないのだから。
 播磨が愛してやまない少女、塚本天満。



 ・・・・・・の妹、塚本八雲が、そこにいた。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 21:14    題名: 18かいめ。〜手も足も出なくともおにぎりだけは握れるカメさん  

 時計の長針を左回りにくるっと一回転させて、八雲のコトを少し。
 メルカドから帰宅した八雲は、着替えを済ませた後、一直線で台所へ。
 しかし、そこにはすでに先客が。
 目線の先には鼻歌まじりでカレーをかき混ぜている天満の姿があった。

「あ、姉さん・・・夕食の準備なら私が・・・」
「いいって、それぐらい私がやるよ」

 でも・・・、と言いかけた八雲を手で制した天満。

「そんなことより、ちゃんと播磨君に聞いてきた?」
「えっ? なにを・・・?」
「は〜っ。減点だね、八雲」

 まったくぜんぜんわかってないんだから、と溜息をつく。

「播磨君にはちゃんと、『ごはんにする? それともお風呂にする?』 って聞いとかないとダメじゃない」
「えっ・・・・・・? そ、そうなの?」

 お泊りするときのマナーなのかな?
 そんなことを考えながら、居間で伊織とじゃれあっている播磨のところまでやって来て。

「あの・・・ごはんとお風呂、どっちにしますか?」

 きちんと姉の言いつけ通りの質問をする。
 播磨は伊織から八雲へと視線を移し、口を開いた。

「・・・妹さん」
「はい?」
「もう、言ったぜ」
「え・・・?」

 それってつまり、播磨さんが選んだのは『妹さん』ってコト?
 私を選んだの?
 どうしよう・・・何をしたらいいのかな・・・。
 そんなおもてなし、家庭科の授業で習ったっけ?
 あ、そういえば茶道のお作法で、部長が冗談交じりに言ってたことがあったっけ。
 『ご飯にする? お風呂にする? それとも私?』だったっけ?
 こんなことならちゃんと聞いておけばよかったかな。

 などと本気で考えていたら、黙ったまんまの八雲に播磨がもうひとこと。

「さっき塚本がカレー温めてくるって言ってたから、俺も食うって言っといたぜ」
「あ・・・そうですか」

 姉さん、自分で聞いたのに忘れてたのかな、と思いながら台所に戻ろうとして。
 でも、一応お風呂も沸かしておこうかな。
 そんなことを思う。
 備えあれば憂いなし。起こりうる事態には迅速に対応すべきである。
 まあ、そこまで決意を硬くしたわけではないが、お風呂場へ足を向けた八雲。

「いった〜い! 指切った〜!」

 しかし、台所から天満の声が聞こえてきた。

「バンソーコーならここにあるよ」

 姉の危機に、最短経路を通って駆けつけたはずなのに、台所に入るときにはしっかりと右手に救急箱を持っている八雲の用意周到さには頭が下がる。
 テキパキと傷ついた人差し指に処置を施していく八雲を見ながら、ほんのちょっぴり劣等感を感じた天満。

「ダメだよね、こんなんじゃ。しっかり者の八雲が羨ましいよ」
「そんなこと・・・・・・」

 私は姉さんが羨ましい。
 楽しいときはいっぱい笑って。
 哀しいときはいっぱい泣いて。
 素直に感情を表現する姉さんは、私の憧れ。
 いつか、姉さんみたいになれたらいいな。

「はい、おしまい」
「ありがと、八雲♪」

 屈託のない姉さんの笑顔が眩しくて。
 きっと播磨さんも、姉さんのこういうところに惹かれたんだろうな、とそんなことを思う。

「姉さん・・・」

 だから、聞いてみたい。そう思った。
 姉さんの気持ちを。

「どうしたの?」
「あの・・・え、と・・・・・・」

 姉さんのつぶらな瞳に射抜かれて、思わず目を逸らしてしまった。

 播磨さんと私が付き合ってないって知ってるよね?
 だったらどうして播磨さんを泊めるの?
 播磨さんの気持ちを知ってるの?
 姉さんは播磨さんのこと、どう思ってるの?

 心に浮かぶ疑問はいくつもあれど。
 しかし言葉にならず、浮かんでは消えてゆく。
 それでも、勇気を出して、言葉にして。

「その・・・カレー暖めるだけなのに、どうやって指切ったのかな、って・・・」

 だけど、やっぱり聞けませんでした。





 三人で卓袱台を囲んでの夕食。
 テレビの中では万石が縦横無尽に暴れまわっている。

「やっぱり万石は最高だねっ」
「ああ、この斬られっぷりがたまんねーよな」
「そうそう、特に47話のアレなんて、どさくさにまぎれこんでたおばちゃんに大根で斬られてたもんね」
「おっ。そのシーンがわかるとは、塚本も通だな」

 語り合う二人は本当に楽しそうで。
 入り込む隙間なんてないんだ・・・と、思い知らされる。
 二人の間に流れる独特の空気の前に、声をかけることすら躊躇われて。
 八雲はただ、スプーンを動かすことしかできなかった。

 あまりのマニアックさに。


「相変わらず、妹さんの料理、うめーな」
「えっ・・・?」

 せっかく播磨が話しかけてくれても。
 反応が遅れてしまって。

「ブッブー。残念でした。今日は私が作ったんだよ」

 姉が会話を奪ってしまう。

「ま、まじか? 信じられねえ」
「えー。なんで?」
「いや、塚本って料理うまいイメージがねえっていうか・・・」
「なにそれー。ひど〜い」

 自分の居場所がなくなってしまったように感じた八雲は。

「食器片付けてくるね」
「あ、うん。ありがとう、八雲」

 手早く食器を集めると台所へ。

 逃げた。





 炊事場でカレー皿を水につけてゆく八雲。
 播磨の使った食器だけは、なぜか使用前より輝きを増していたことにも気づくことなく、ただ機械的に作業を進めていく。
 そのまま惰性でカレーの入っていた鍋に水を張ろうと、蛇口をひねった。
 だけど、手を止めてしまうと、つい先程の播磨の表情を思い浮かべてしまう。

 あのカレーが姉さんの作ったものだって知ったときの播磨さん。
 驚きもあったみたいだけど・・・だけどそれ以上に、すごくうれしそうだった。
 私がお弁当を持っていったときよりも。

『昨日も妹さんが作ってくれたのか?』
『あ、はい。月末はお昼抜きだって聞いてたので・・・・・・』
『そっか。どーりで・・・・・・』

 あのとき、播磨さんの表情が曇ったのは、もしかして・・・。
 姉さんが作ってきた物だと思ってたから、なのかな。
 だったら、私がお弁当を作ったことは間違い、だったのかな。

 蛇口から漏れた透明の液体は、鍋に落ちたとたんに黄褐色に染まり、渦を巻く。
 播磨が天満を想う気持ちは、とても素敵なことのはずなのに。
 なぜこんなにも胸がざわめくのだろう。
 八雲はその原因にたどり着くこともできないまま。
 ただ、鍋から溢れる水をぼんやりと眺めることしかできなかった。

―――だけど、私と播磨さんは・・・・・・。

『“私と播磨さんは特別な関係じゃない” そんな物分かりの良いコト言ってていいの?』

 もう何度も心の中で反芻した言葉を思い浮かべようとして。
 だけどそれは、いつだったか、あの不思議な女の子が発した問い掛けによって阻害された。

―――そう、特別な関係なんかじゃないから・・・・・・。

 八雲と播磨の関係は、ただ漫画を手伝うだけの関係。
 完成した作品を早く読みたいから、だから手伝っている。
 それだけの関係。


 だけど。


 本当にそれだけで、呼び出されたらすぐに駆けつけるだろうか。
 困っているからといって、泊り込みで手伝いをするだろうか。

―――私は・・・・・・。

 心の中はまるで霧がかかったかのようで。
 この想いを確かめようと手を伸ばしてみても、掴むこともできないまま、指の先から零れ落ちてゆく。
 なすすべもないまま途方にくれる八雲の思考は、その答えを見つける前に中断された。

「や〜〜〜〜くもっ♪」
「きゃっ」

 背後からイキナリ両肩を掴まれた八雲は驚きの声を発した。
 振り返ると悪戯っぽい笑みを浮かべた姉の姿があった。

「どうした? 手が止まってるぞ」
「あ・・・うん・・・・・・」

 流しっぱなしだった蛇口は、そこでようやく止められた。

「もしかして、気になる?」
「えっ?」
「あ〜、やっぱり。八雲もイマドキの女子高生だもんね」

 何も心配するなイモウトよ、と胸をドンと叩く姉の姿を見て。
 いつでも気にかけてくれるんだな、と改めて実感した八雲は。

「『続・三匹が斬られる』の2時間スペシャル、ちゃんと録画してるゾ♪」
「姉さん、それはちが・・・・・・」

 同時に姉の勘違いっぷりを再確認。
 自信満々にぐっ! っと突き上げた親指が、いかなるクレームも寄せ付けない。

「ところで、播磨君が呼んでるよ」
「えっ、播磨さんが・・・? じゃあすぐに洗い物済ませるから」
「いいからいいから。わたしがやっとくって」

 そういって八雲からスポンジを奪い取る。

「オトコノコを待たせるのは感心しないぞ」
「でも・・・」

 さっきから食器同士がかなりきわどい大合奏を奏でている。
 なのに、手元には目もくれずこちらを見つめている。
 はっきり言って気が気じゃない。

「やっぱり私が・・・・・・」
「いいから、早くいきなって」

 しかしお姉ちゃんパワー発揮ぎみの天満は聞く耳持たず。

「じゃあ、よろしくね」
「うん」

 仕方ない。ここは姉に任せよう。
 そう決心し、台所を後にしようとした八雲は。
 やっぱりひとことだけ言っておこう、そう思いました。

「あの・・・姉さん、今日お皿割ったの何枚目?」
「あ、ゴメン。数えるの忘れてた。次からはちゃんと数えるから心配しないでね♪」

 できればこれ以上割らないでね。





「播磨さん、話って?」

 播磨の前にちょこんと正座でおすわりする八雲。
 しかし播磨は神妙な面持ちのまま動かない。

「あの・・・播磨さん?」

 返事はない。でもただの屍ではなさそうだ。
 そういえばときどき、固有の呼び方じゃないと反応してくれないときがあったっけ。
 そう思った八雲は。

「あの・・・先生!」

 執筆モードに入っているときの呼び方をしてみた。
 だけど反応はない。

―――えと、えっと・・・他に呼び方あったっけ?

 一生懸命考えた末に導き出した答えがコチラ。

「・・・アシスタントのハリマ君」

 ベレー帽と伊達メガネをつけて、手塚本八雲先生降臨。
 なぜそんなものが都合よく塚本家にあるのか。
 そこにはもちろんふっかい事情ってもんが存在するのだろうケド。
 八雲だってイマドキの女子高生だもの。
 彼女のプライバシー保護のため秘密にしておきましょう。
 八雲本人に聞いてもきっとこう言うよ。

 それは守秘義務がありますから。

 そんな乙女心の見え隠れするような呼びかけに、播磨拳児は反応なし。
 手塚本八雲セットをいそいそと大事そうにしまいながら、次なる一手を考える八雲。

 そんなことを考えていたら。

 一瞬、体が宙を舞ったような感じがして。
 気がつけば。
 播磨の胸の中に引き寄せられていた。

「好きだ!」

 男の人にこんなふうに触れるのは初めてで、心臓が飛び出るかと思うほど、ドキドキが止まらない。
 頭の中は真っ白で、そのおかげで、播磨の言葉を理解するのに、ほんの少し時間がかかって。
 でも、理解すると同時に、ほっぺたがどうしようもないくらい火照るのを感じた。

「妹さんと変な噂が立っちまったことはすまねえと思ってる。ホントはもっと早くにはっきりさせとくべきだったんだろうけど・・・勇気がなくてよ」

 学校の屋上で漫画の打ち合わせをしていたとき。
 突然播磨から告げられた『俺達は付き合ってる・・・らしい』という言葉。
 その真意を、一度も確認しあうことはなかったのは。
 播磨の見詰める先にはいつも姉の姿があるからだって思っていたのに。

「でもよ、さっき塚本に『気持ちは素直に表現しろ』って言われて、目が覚めたぜ」

 播磨がずっと見詰めていたのは、本当は八雲本人だったのだろうか。
 もしかして、天満はその相談を受けていたのだろうか。
 だからあんなにも執拗に播磨と八雲の仲を取り繕おうとしていたのだろうか。
 必死に考えをまとめようとする八雲の耳元に、播磨の囁く声が響く。

「俺、やっぱお前のこと、好きだわ」

 八雲を抱き寄せる播磨の腕が、僅かに力強くなるのを感じた。
 そこから伝わる彼の鼓動は、心地よいリズムを奏でていて。
 その温もりは八雲の火照った体を優しく包み込んでくれた。

「初めて逢ったあのときから、君だけを見てきたんだ。ずっと、ずっと・・・」

 彼の瞳に自分の姿が映ることなんて無い。そう思っていたのに。
 すべては姉の勘違いなのだと、そう思っていたのに。
 ずっと勘違いしていたのは八雲のほうだったのだろうか。

「もし、君に出会わなかったら、俺はつまんねーヤツになっちまってたと思う。俺がここまで頑張ってこれたのはきっと、君がいてくれたからなんだ」

 その言葉に八雲の心が洗われる。
 漫画の手伝いをしていても、播磨の役に立っている自信がなかったから。
 でも、八雲の抱いていた不安とは裏腹に、播磨の心の支えになることができていたのなら。
 ただ素直に、うれしい。

「君を想う気持ちは誰にも負けない自信がある」

 播磨はそこで抱きしめる力を緩め、肩を抱いたまま距離を取った。

「君の気持ちを聞かせて欲しい」

 決断を迫られた八雲は恐る恐る顔を上げる。
 播磨の瞳はサングラスで覆われていたのだけど。
 八雲はそれでもしっかりと、その奥に輝く光を捉えて。

 そして。

 八雲に向けられた確かな想いを、そこに見つけた。


『君を好きになってよかった・・・。やっぱかわいいぜてんm・・・・・・』


「あ・・・視え・・・・・・」

 今まで視ることの叶わなかった心の声は、確かにそこに存在して。
 しかし目頭が熱くなるのを感じた八雲は、視界が滲んでしまい最後まで読み取ることができなかった。
 それは、とても力強く、でも押し迫ってくるような圧迫感のあるものなんかじゃなくて。
 柔らかく包み込んでくれるような声だった。

「私は・・・・・・」

 私と播磨さんは特別な関係じゃない。
 ただ、漫画を手伝うだけの関係。

 だけど。

 相手が播磨さんだからこそ、引き受けたんだと思う。
 男の人は苦手・・・。それは今でも変わらない。
 でも、播磨さんとなら、前に進める。そんな気がする。

「私は、きっと・・・・・・」

 私と播磨さんは特別な関係じゃない。

 でも、播磨さんは・・・・・・。

 ・・・私にとって、特別なひと。

 だったら。
 胸の中にあるこの想いは。
 ずっと前から淡く芽生えていたこの想いは、きっと。

「私も播磨さんのことが好き・・・・・・なんだと思います」

 好き・・・なんてフシギな言葉。
 その言葉を紡ぎだした瞬間、心の中に漂っていた霧は跡形もなく消え去って。
 播磨へ向けられた確かな想いを、そこに見つけた。

「い、妹さん! 早まっちゃいねぇか? ホントに・・・ホントに俺なんかでいいのか?」

 八雲の返事が信じられないのか、取り乱したように念を押す播磨に。

「うん・・・」

 この想いを慈しむように。
 この喜びを抱きしめるように。
 八雲はそっと頷いた。



「うん・・・・・・。播磨さんが、好き」
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 22:34    題名: 19かいめ。 〜天使にラブソングを、カメさんには挽歌を〜  

 愛を確かめ合った男女がふたり、静かに見詰め合っている。
 テレビから流れてくる時代劇のテーマソングでさえ、ふたりの新たなる門出を祝福する賛美歌のようだ。
 しかし、この状況を全く喜んでいない男が一人。
 現在ステージのど真ん中でラブシーン熱演中の播磨拳児である。

―――マズイ・・・なんでこんなことになっちまったんだ?

 天満に告白するはずが、気がつけば八雲に熱烈なラブコールを送っているというこの展開。
 播磨拳児、心底あわてんぼ。
 そんなコメントひとつで片付けるのも少々無理があるような、ないような。
 ここまで来ると、運命の女神様も播磨に何らかの恨みがあるのではなかろうか、そんな気さえしてくる。

―――つーか、妹さんに好きって言われちまったら、もう弁解できねえじゃねえか。

 彼女がどれほどの勇気を振り絞ってその言葉を口にしたか。
 間違いとはいえ、自分も先程経験したばかりだから、わかる。痛いほど。
 だからもう、『間違えました、ゴメンナサイ』なんて口が裂けても言えるわけない。

 さて、どうしたものか、と目の前の少女に視線を送る。
 ふたりの距離はわずかに30センチ足らず。
 播磨はしっかりと八雲の肩を抱いたまま動けない。

 とろ〜んとした瞳で上目遣いに見つめ返してくる八雲は。
 しかし次の瞬間、そっと目を閉じた。
 それが一体何を意味するのか、いくらカメさんの烙印を嫌というほど押された播磨といえど、わからないほど鈍くはない。
 日頃から鍛えてあるムダに逞しい妄想ryげふんげふん・・・漫画を描き続けるうちに自然と身についた発想力がこんなところで役に立つとは。

『よいではないか、よいではないか』
『あ〜れ〜!』

 テレビの中では、悪代官が女性の着物の帯を引っ張って、独楽のように回している様子が映し出されている。
 まあ、アレですよ。もうワンランク上の漫画家を目指すためにはキスのひとつやふたつ、やっといたほうがいいのかもしれません。
 経験に勝るリアリティはないのだから。
 さあ思い切ってドーゾ♪

―――オイ、いいのか、俺!

 天満に心奪われたあの日から、他の女にゃ目もくれずここまでやってきた。
 奇しくもその天満の家で、彼女の妹によって唇を奪われそうになる日が訪れようとは夢にも思っていなかった。
 だけど、そんなことはお構いなしに、少しずつ迫ってくる八雲の唇を前にして身動きの取れない播磨君に。
 この言葉を授けようと思います。

 なんであれ場数は踏んどかないと、本命の前で慌てるハメになるかもよ?

―――って、ナメんな! 俺はそんないい加減なヤツじゃねえ!

 操を立てるのも、播磨君らしくてステキだと思います。
 距離にしてほんの十センチという距離をゆっくりと、しかし確実に埋めていく八雲に。
 わずかに残った理性のカケラが播磨の中で反旗を翻す。

「い、いもうとさん・・・! 俺は・・・・・・」

 やっとのことで搾り出した播磨の言葉は、八雲の耳に届くことはなく。
 ここまで順調に上昇を続け、目標の高度まで達したかに思われた八雲。
 だが突如エンジントラブルに見舞われて急降下し、播磨の胸の中に軟着陸した。

「ど、どうした、妹さん?」

 いきなり胸の中に飛び込んできた八雲の行動が理解できず、慌てふためく播磨君。
 その返事の代わりに聞こえてきたのは、八雲のかすかな寝息。
 瞳を閉じるという動作は、ねぼすけ八雲にとって命取りだったらしい。
 そっと忍び寄る睡魔に気づくことなく意識を持っていかれてしまった。

―――助かった・・・のか?

 貞操の危機を脱したことを喜ぶべきか。
 弁解の機会を失ったことを悲しむべきか。
 胸の中で安らかに眠る八雲を眺めて、そんなことを考えつつ。

『おのれ曲者、であえであえ!』

 声を張り上げる悪代官の台詞をぼんやりと聞いていた。

「・・・で、そんなとこでなにしてんだ、塚本?」

 先程からドアの向こうで、こそこそと動く気配を感じていた播磨君。
 これでも中学時代はブイブイいわせてた名残であろうか、曲者探索はお手のもの。
 なんせ、八雲との初お泊りの際、完全に気配を消していた絃子先生の盗聴を見破った実績を持つほどの腕前。
 素人である天満がどんだけ頑張ったところで、気づくなと言うほうが無理である。
 というか、ドアの隙間からはみ出てるピコピコのおかげでバレバレである。

 しかし。

「・・・にゃぁ」

 ドアの向こう側から突如響き渡る猫の声。
 一度はこの身体を伊織に明け渡した天満は、その経験を生かして見事なまでのカモフラージュを演じてみせた。

「塚本・・・・・・伊織はここだぞ」

 だけどやっぱり意味は無く。
 見本はこうだ、と言わんばかりに、播磨の隣で伊織が鳴いた。

「・・・えへ♪」

 もはや観念したのか、ドアの隙間からちょこんと顔を出して、可愛く舌を見せた天満。
 そんな仕草をしても盗み聞きなんて趣味の悪いこと、簡単に許せるわけ・・・。

―――やっぱ可愛いぜ、天満ちゃん!

 果たしてそれは天使の笑顔か、悪魔の誘惑か。
 天満のそのあどけない仕草が、播磨のハートを鷲摑み。
 カメさんとの戦いで荒んだ戦士の心を一瞬のうちに癒してくれた。
 というわけで許す。よもや依存はあるまい。

「あはは、だってさ、テレビ見に来たらイキナリ告白してるんだもん。やっぱ気になるじゃん?」

―――聞かれたうえに、完全に誤解してやがる!

 八雲でさえ勘違いするシチュエーションなのだから仕方がないといえばそれまでか。

「メルカドで付き合ってないって言ったの、まだ正式には、ってことだったんだね」

 すっかり騙されてたよ、と続ける天満。
 はじめっから全然信じてなかったろ、という魂の叫びもどこ吹く風。

「でもこれでやっと正真正銘恋人同士だね。播磨君と八雲はお似合いだもん。なんてったってお姉ちゃん公認だからね♪」

 播磨の肩をぽんと叩く天満。
 ただ何気なく繰り出したその動作。
 しかし、播磨の心には、メガトン級のインパクト。
 このままでは妹の恋人というポジションが揺ぎ無いものになってしまう。

「いや、これは・・・ちがうっつーか・・」
「ちがう? なにが?」

 首を傾げる天満に。
 播磨は思い切って口を開いた。

「その・・・塚本だと思ってよ・・・・・・」
「えっ? 私・・・・・・?」
「ああ。妹さんだなんてこれっぽっちも思ってなかったから・・・」

 なんてカッコ悪い告白なんだろう。
 我ながら情けなく思えてくる。
 それでも。
 俺の気持ちを知って欲しい、その想いが強かった。

「そっか・・・そうだったんだ・・・・・・」
「でなきゃ、あんなこと言えねぇよ」
「播磨君がそんなふうに思ってるなんて知らなかったな」

 俺のこんな本心を知って、キミはどう思うだろう。
 やっぱり軽蔑するだろうか。
 妹さんを傷つけるようなマネをしてしまったから。

 だけど。

「ありがとう、播磨君」

 その声は、慈愛に満ちていて。
 その笑顔は、太陽にも負けないほど輝いていた。

「え? そ、それって・・・」
「うん。私も播磨君と付き合えてうれしいな」

 それってOKってことすか?
 予想だにしなかった返答に、感動で言葉も出ない様子の播磨に。
 天満は笑顔でもうひとこと。

「ホント、練習に付き合った甲斐があったよ」



―――Pardon?



 もっかい言って、という心の叫びを思わず英語で表現してしまった播磨君。
 こんなところでカメさん討伐による実力アップが確認できるなんて以外や以外。

「れ、練習って・・・?」
「ほら、私相手にいっぱい練習したじゃん、告白の♪」

 軽やかに振り下ろされた言葉の刃が快刀乱麻に播磨の心をぶった斬る。
 その斬れ味たるや、かの斬鉄剣も真っ青だ。

『安心しろ、峰打ちだ』

 言葉とは裏腹に、ばっさり斬られる万石の熱演がキラリと光る殺陣シーン。

「私だと思ってたから、八雲との本番でもしっかり告白できたんだね」

 ここまで言っても自分への告白だとはこれっぽっちも思わない天満。
 それどころか、海での告白の特訓は無駄じゃなっかんだね、とひとりで納得している。

―――なんで・・・・・・なんでそうなっちまうんだ?

 どれだけ勇気を振り絞っても、この想いは天満に届かない。
 といいますか、八雲をしっかりと抱きしめたまんまの播磨に何を言われても説得力なんて微塵もない。

「オトウトよ、八雲を頼んだぞ♪」

 ぽむぽむ、と肩を叩く天満に、弁解をしようにも言葉が見つからず。
 播磨はただ酸欠状態に陥った金魚のように口を動かすだけ。
 うすうす気づいてはいた。
 この恋は果てしなく続く一方通行なのではないかと。

「だけど、どんな形であれ八雲を裏切ったりしたら承知しないからね」

 お猿さんは、めっ! と釘を刺す天満。
 それはつまり、天満に告白することはおろか、誤解を解くことすら許されぬということか。

「それじゃ、お邪魔虫は退散としますか」

 部屋から出て行く天満をただ見送ることしかできない播磨。
 終わりのない旅路なんてない。
 たとえ一方通行だとしても、いつかはこの想いを届けることができるはず。
 そう信じてここまで突っ走ってきたというのに。
 辿り着いた先で待ち構えていたものは。

 断崖絶壁、今いずこ。
 この先進入禁止です。


『これにて一件落着』


 他人事のようにテレビから流れてくる決め台詞が、やたら悔しく思えた。

「くそっ」

 リモコンを手に取り、テレビの電源を落とす播磨。
 とたんに辺りは静寂に包まれた。
 微かに聞こえてくるのは八雲の寝息だけ。

―――どこでどうずれちまったんだ・・・。

 まるで、もがけばもがくほど深みに嵌まるアリ地獄。
 己の運命を呪いながらも、相変わらず胸の中で眠る八雲に視線を落として。

「さすがに、このまんま置いとくわけにはいかねえよな・・・」

 風邪でも引いたら大変だしな、と続けた播磨は八雲を背中におぶった。

「・・・軽いな。メシちゃんと食ってんのか?」

 階段を上りながらふと口にして、気づいた。
 少なくともカップ麺が主食の自分よりも、バランスの取れた食生活を送っているはずである。
 苦笑を浮かべながら八雲の部屋に入り、彼女をベッドに寝かせた。

「寝顔はホントそっくりだな」

 安らかな寝息をたてて眠る八雲。
 その姿が、自分のアパートで看病したときの天満の姿と重なる。
 まるで絵本に出てくるお姫様みたいだな、とガラにもなく思った。


『播磨さんが、好き』


 ふと、先程の彼女の言葉が脳裏をよぎる。
 まさかそんなふうに思っていたなんて全然気づかなかった。
 彼女の気持ちは素直にうれしい。
 こんな自分に好意を持ってくれたことに。

 天満ちゃんの妹だけあって、すっげかわいいし。
 天満ちゃんの妹だけあって、しっかりしてて気立てはいいし。
 妹さんと付き合えるヤツは幸せモンだと思う。
 でもよ、やっぱ俺は・・・。

「すまねえな・・・・・・妹さん・・・」

 その言葉を残して、播磨は部屋をあとにした。





 寝床として与えられた書斎で、播磨は机に座って頭を抱え込んでいた。
 こうなった以上、残された道はふたつ。
 天満にすべてを伝えるか。
 もしくは彼女の前から姿を消すか。

「すべてはコイツにかかっている・・・」

 播磨の目の前には、運命の鍵を握る秘密兵器が置かれていた。
 それは・・・自作のあみだクジ。

「俺の進むべき道はどっちだ?」

 鉛筆でなぞっていく播磨君。
 真剣にあみだクジの行方を見守る不良というのもなかなかシュールな光景である。
 そして最後の分岐点に差し掛かったそのとき。

「ぐっ・・・」

 その先に待ち受ける運命が見えてしまった。
 それは、姿を消す、という選択肢。
 播磨は黙って紙を丸めるとゴミ箱に向かって投げ捨てた。
 しかし、すでにゴミ箱の中には同じような形の紙クズが占領完了。
 溢れかえるほどの大量の紙クズが、時間の経過を如実に物語る。

「・・・男はこんなもんに頼っちゃいけねぇ」

 ようやく悟りの境地にたどり着いた播磨君。
 天満にすべてを伝えようと立ち上がり、書斎のふすまを開けたところで。

「あ、播磨さん・・・」
「い、いもうとさん・・・」

 寝巻き姿の八雲と鉢合わせた。
 ノックをしようと挙げた右手を所在無さげに下ろす八雲。
 風呂上りなのだろうか、かすかに髪が濡れている。

「その・・・すこしお邪魔してもいいですか?」
「え・・・あ、いや・・・」

 思わず一歩後ろに下がった播磨。
 それを肯定と受け取った八雲は書斎に足を踏み入れて。

「ここなら姉さんの部屋までは聞こえませんから・・・」

 そう呟くと、後ろ手にふすまを閉めた。

―――すまねえ、天満ちゃん。俺は君の元に辿り着けそうにねぇ・・・・・・。

 八雲の真意を理解してしまった播磨に、彼女を追い返すことなんてできなかった。
 
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たぴ



登録日: 2007年2月 23日
投稿記事: 24
所在地: カメさんの集まるところ

時間: 2007年6月10日(日) 22:54    題名: 20かいめ。 〜カメさんはいつもあなたの傍に〜  

 翌朝。
 すずめのさえずりが爽やかに響き渡るその中で。
 ぱっちりと目が覚めた様子の播磨君。
 ゆっくりと上体を起こして、目覚めのひとこと。

「・・・・・・やっちまったぜ」

 弱々しく呟き、うなだれる播磨君。
 こんなことをしている場合ではない、ということはわかっていた。
 一刻も早く天満の誤解を解かなければならないというのに。
 それなのに。

「なんで・・・なんでこうなっちまうんだ・・・?」

 ちらりと隣に視線を送る。
 その先にはしっかりと布団に包まっている八雲の姿があった。
 八雲と一夜を共にしたなんてことが天満にバレてしまったら、取り返しのつかないことになってしまう。
 すでに後戻りなんてできないですよ? なんていう神のお告げは信じない。

「やっぱ本能には逆らえねえのか・・・」

 八雲が書斎を訪れた理由なんて初めからわかってた。
 自分に好意を持っているとわかった以上、彼女を受け入れるべきではなかったのに。
 きっぱりと断るべきだったのに。
 上目遣いに紡ぎだす、彼女の甘美な囁きに負けてしまった。

『あの・・・ここで抱きしめてくれませんか?』

 彼女が控えめに紡ぎだした言葉の破壊力は凄まじく。
 わずかに残った理性も雲の彼方に吹き飛んでしまった。
 溢れる衝動を抑える術など、播磨が持ち合わせているはずもなく。
 ただ、考えるよりも先に体が動いていた。

 そして現在に至る。

 さてどうしたものか。
 幸い、天満が朝に弱いということはすでにリサーチ済み。
 隣の席に座っていれば、それくらいの情報など十二分に手に入る。
 盗み聞き? ノンノン、人聞きの悪いことは言わないでくれたまえ。
 今の時代、情報戦を制するものが世界を牛耳るものなのだよ。
 とはいえ、天満が目覚める前に早急に策を練らなければならぬ。

―――こんなとこ、間違ってでも天満ちゃんには見せられねぇ。

 そんな結果に陥ってしまったら、今までに築き上げてきた大切な何かが音を立てて崩れてしまう。
 そりゃぁもう、どこぞのガキ大将のリサイタル並みに近所迷惑な騒音を奏でるに違いない。
 だけど、その崩壊を示す兆候は、それはそれは小さなノックの音でした。

「播磨君、起きて! 朝だよ〜っ!!」

 ビックリ仰天、播磨君。
 そりゃいつか夫婦になった暁には、天満ちゃんのモーニングコールで目覚める日が来るのだろうと漠然と思い描いていました。
 だけど、よりによってこんな状況でお目覚めの挨拶を受けるとは思ってもみなかった。
 こんなピンチにたたされた場合、どう切り抜けるべきか。
 急いで傾向と対策を練り上げる播磨君。

「まだ寝てるの? 開けるよ〜」

 だけど現実は甘くない。
 とろけるほどにスウィートな妄想渦巻く播磨の頭で乗り切れるほど、甘くない。
 考えがまとまる前にふすまがゆっくりと開かれていく。

―――もはや一刻の猶予も許されねえ! こうなったらギリギリ通れる隙間ができた瞬間に、抜く!

 覚悟を決めた播磨君。
 一瞬のタイミングを逃さずふすまを通り抜けると、天満の動体視力では捉えきれぬスピードでふすまを閉めた。

「あ、播磨君、おはよー」
「お、おう、塚本。早いな」
「播磨君も速いね〜」

 はやさの捉え方に弱冠の相違が見られるが、彼らの会話の中ではこれくらいの勘違いは許容範囲。

「じゃ、先に居間に行ってて。私、布団片付けてから行くから」

 そう言って再びふすまにロックオン♪

「い、いまはダメだ!」
「どうして?」

 ほへ? と表現するしかない表情で振り返る、天満はまさに見返り美人。
 しかし播磨にその美しさを堪能する余裕なんてなかった。
 なぜなら。
 ふすま一枚隔てた向こうには、秘密の花園が広がっているからですよ。
 あとは天満が少し腕に力を入れるだけで、見られては困るようなモノがあられもない姿で横たわっている光景が眼下に晒されてしまう。
 それだけは断固阻止せねば。

「なんつーか、その・・・妹さん、まだ寝てるから・・・」
「えっ? 八雲が寝てるの・・・?」
「ああ。昨日は遅くまで頑張ってたからな。だから布団片付けるの、もう少しだけ待ってくれねえか?」



 布団×(播磨君+八雲)=うっきっきー
 天満の脳内で、新たな公式が誕生した瞬間である。



「まさかそこまでは、って思ってたのに・・・。やっぱりお猿さんだよ、播磨君!」
「うぉっ! し、しまった・・・」

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。
 だけど、勇み足で入り込んだそこは、やっぱり自分の墓穴でした。

「あ、あのよ、塚本。それは誤解だ。俺達はなにもやましいことなんてしてねぇ!」
「だったら何してたの?」
「うっ。そ、それは・・・・・・」
「ほら、やっぱり言えないようなこと、してたんじゃん」

 それでも一心不乱に掘り進む、播磨のフロンティア精神に乾杯。

「ち、違う! ただマン・・・」
「・・・まん?」

 スコップだけでは飽き足らず、終いには掘削用ダイナマイトまで引っ張り出してきた播磨君。
 だけどこんなところで爆破させたら生き埋めになるのは必至。
 火のついた導火線が着実に起爆装置へと向かうその道を、辛うじて止めてみせた。

「・・・・・・マンボ」
「う〜っ! マンボ♪」

 mambo.
 それはラテン系の流れを汲むダンスミュージック。
 ルンバをさらにリズミカルにしたその踊りは、二人の愛を熱く激しく情熱的に奏であげる。
 ちなみに語尾に『ウ』をつけると珍プレーな顔立ちをしたお魚に変身するが、その進化の過程におけるメカニズムは、現代の科学をもってしてもいまだ解明されていない。

「そっかぁ。マンボかぁ。だったらしょうがないよね。もう少し寝かしてあげよっか」

 それで納得できる天満の生態は、生物学者の間で永遠の謎になっているとかいないとか。

「次に踊るときは、私も誘ってね♪」

 そう言い残して天満は台所へ去っていった。
 なんとか被害を出さずに勘違いハリケーンを切り抜けた播磨君。
 天満ちゃんとのダンスを妄想し、頬の緩みがとまらない。
 だけどすぐに我に返り、書斎に戻った播磨は大慌てで部屋中に散乱しているモノを回収していく。
 もし天満に見つかったら言い逃れなんてできない。
 そんなことは重々承知していたはずなのに。
 八雲を部屋に招いてしまった自分の軽率さを呪いながら。

 しかし、充実したひとときだったのも事実。

「もう妹さん無しじゃ、やっていけねぇのかもな・・・」

 気がつけば、いつも傍にいてくれた彼女。
 その言葉にどれほど勇気付けられたことか。
 その存在にどれほど救われたことか。
 通じ合うふたりに言葉なんてものは必要なく。
 若い男女がふたりっきりで一夜を共にすれば、やることなんてひとつしかなかった。

『あの・・・・・・ここで抱きしめてくれませんか?』

 八雲の言葉が、自分の中の足りない何かを埋めてくれたような、そんな気がした。
 いくら追い込まれた状況であっても、思いついてしまっては描かずにはいられない。


 それが漫画家としての本能であり、抗うことのできぬ性。


 八雲に預けていた120ページの原稿は、彼女のひとことで見違えるほどよくなった。
 夜を徹して手直しをした膨大な数の原稿がその証拠。
 見開きで主人公がピコピコ髪のヒロインと抱き合うカットをぼんやりと眺めながら、改めて八雲の存在の大きさを知った。


 アシスタントとして。





「う、ん・・・・・・」

 ふすまの向こうから聞こえてくる話し声に、夢の世界から連れ戻された八雲。
 姉さん、もう起きたのかな、と働かない頭を動かしてみたのだが。
 心地よい布団の誘惑に身をゆだね、抵抗することなく重たいまぶたを閉じて。

―――もう少しだけ、このまま・・・。

 もう一度夢の世界へ羽ばたこうとする八雲。
 だけど、完全に睡魔に連れ去られる前に、播磨が部屋に入ってきた。

―――ど、どうして播磨さんがここに?

 そこで初めて、書斎で横になっている、ということに気づいた。

―――あっ・・・。そういえば・・・・・・。

 ここなら姉に邪魔されずに漫画の打ち合わせができる。
 そう思って預かっていた原稿を持ってきたんだっけ。
 原稿が完成したあと布団に倒れこんだ彼に、きちんと布団をかけてあげたのはいいのだけど。
 押し寄せる睡魔に負けて、自分も布団にもぐりこんだことを思い出した。

―――播磨さんの隣、暖かかったな。

 自然に頬がほころぶのを感じた八雲。
 だけど、わがままに付き合ってもらったのに、片付けも手伝わないのは失礼だから。
 そろそろ起きなくちゃ、と思ったそのとき。

「もう妹さん無しじゃ、やっていけねぇのかもな・・・」

 彼がふっ、と漏らした言葉はとても小さくて。
 それでも、静寂に包まれた書斎の中では、耳に届くには十分で。
 あまりにうれしくて、眠気なんか吹き飛んでしまった。
 だけど、布団から出ることなんてできるはずもなく。

「・・・おはようございます、播磨さん」
「い、いもうとさん・・・。わりぃ、起こしちまったか?」
「いえ・・・」

 だって、ほっぺたがどうしようもなくぽかぽかしてきちゃったから。
 隠すようにちょっぴり深めに布団をかぶって。
 でも、視線だけは彼を捉えて離さない。

「その・・・ありがとうございます」
「な、なんのことだ?」
「・・・さっきの言葉、聞こえちゃいました」
「いや、あれはだな・・・漫画のことっつーか・・・」
「もしそうだとしても、やっぱりうれしいです」

 恥ずかしいのか、しどろもどろになりながら弁解するその姿がかわいくて。
 自然と笑みがこぼれた。

 まだ付き合ってるって実感は湧かないけど。
 相変わらず話題は漫画のことばかりだけど。
 それでも、声を聞くだけで。
 ただ、傍にいるだけで。
 どうしようもなく心が弾む。

―――もしかしたら私も、もう播磨さん無しじゃ、やっていけないかも。

 愛の深さを実感した、そんな爽やかな朝のひととき。





「ありゃ〜、雨だねぇ」

 登校しようと玄関へ向かった天満。
 しとしとと降り始めた空を恨めしそうに眺めている。

「マジか・・・。傘なんて持ってねえぞ」

 天満の隣に立って、一緒に空を眺める播磨。

「やくも〜、予備の傘あったっけ?」
「こないだ姉さんが遠出したとき、電車に置き忘れたって言ってたよ」
「あ、そういえばそうだっけ?」

 現在、家にある傘は天満用が一本。八雲用が一本。
 播磨の分はどうしようかと腕組みをして考え始める天満。
 そんな姉に助け舟。

「カッパならあるよ」

 そう言って、どこからともなく黄色いくちばしやら、甲羅やらを引っ張り出してきた八雲。
 もはや塚本家の蔵は四次元物置。何を入れても大丈夫。

「妹さん、それ・・・・・・河童じゃねえか!」
「はい。河童です」

 そんなんで雨水が防げるかっ! なんていうツッコミもどこ吹く風。
 こくん、と素直に頷かれてもリアクションに困ります。
 かろうじて雨を防げそうなのは、葉っぱぐらいであろうか。
 新フレッシュ製法で栽培されたその葉っぱは、いつまでも摘みたての新鮮さを損なわない。

「ま、しゃあねえ、濡れてくわ。これぐらいじゃ風邪ひかねえしな」

 昔の偉い人は言いました。
 馬鹿は風邪なんかひきません。
 だけど、そんなこと八雲は認めません。

「あ、あの・・・播磨さん・・・」
「ん、どうした? 妹さん」
「よかったら、その・・・一緒に・・・・・・」
「一緒に、なんだ?」
「あ、いえ・・・」

 なんとか必死に伝えようとする八雲。
 だけど、肝心のひとことがいえない様子。
 そんな妹に助け舟。

「そっか。相合いガサすればいいじゃん。やっぱり恋人同士といえば相合いガサだよね♪」

 わざわざ二本持っているときでも敢えて一本の傘に二人で入るのが相合いガサの醍醐味。
 一本しかないのなら、なにを躊躇うことがあろうか。

「あ、あのよ・・・それはちょっと・・・」

 躊躇いました。

「八雲がここまで頼んでるのに、断るなんて見損なったよ! 八雲を傷つけたら、承知しないんだからね」

 八雲がお猿さんに襲われるのは嫌だけど、相手にされないのはもっとヤダ。
 乙女心は複雑怪奇。播磨の手に負えるものではありません。

「なんてウソウソ♪ 播磨君の優しさ、私はよく知ってるもん。八雲のコト、しあわせにしてくれるって信じてるよ」

 その言葉、彼女に信頼されてることは喜ぶべきことのはずなのに。
 切なさが身に沁みるのは何故だろう・・・。

「じゃ、私は先に行くからね。なるべくゆっくりおいでね♪」

 播磨たちに手を振って、雨の中を駆けていく天満。
 そして取り残されたのは二人と一本の傘。
 しばらく無言で降りしきる雨を眺めていたが、先に口を開いたのは八雲だった。

「あの・・・これ、使ってください」

 播磨の手に傘を押し付けた八雲。

「私は河童着て行きますので」

 そう言ってくちばしの装着準備に取り掛かる。
 だけど、それは播磨の言葉によって中断された。

「その必要はねえよ」
「え・・・?」
「俺のとなり、空いてるだろ」
「で、でも・・・迷惑じゃ・・・・・・」
「そんなことねえよ。実際カサ借りてるの俺のほうだし。それに・・・」

 先程の天満の言葉を思い出して、苦笑を浮かべる播磨。

『八雲を傷つけたら、承知しないんだからね』

 明らかに、何らかの悪意が見え隠れした天満のセリフ。
 今は下手に刺激せずに、おとなしく従っておいたほうがよさそうだ。

「塚本にあそこまで言われたら断れねぇしな」
「え・・・?」
「い、いや・・・なんでもねぇ」

 ばつが悪そうにほっぺたを掻く播磨。
 そんな播磨を眺めながら、姉の言葉を思い返した八雲。

『八雲のコト、しあわせにしてくれるって信じてるよ』

「・・・失礼します」
「・・・おう」

 ぎこちなく、播磨のさす傘の下に入る八雲。
 それ以降、ほとんど交わす言葉もなく。
 耳に入るのは降りしきる雨音だけ。
 それでも。
 彼の包み込むようなぬくもりが、わずかに触れ合う肩から伝わってくる。
 彼のぎこちない優しさが、雨を遮る傘から伝わってくる。

―――私は、しあわせです。じゅうぶんすぎるほど・・・。

 相合いガサ。
 それは八雲にとって、精一杯の愛情表現。





 学校に到着して、八雲と別れた播磨。
 とりあえず知ってるヤツには会わなかったので、そっと胸をなでおろす。

―――こんなとこ見られたら何言われるか、わかったもんじゃねえからな。

 とっとと犯行現場から立ち去ろうとした播磨君。
 だけど。

「朝から見せ付けてくれるじゃない」

 朝から降り続く雨のおかげで、湿気をほどよく含んだ風が突如廊下に吹き荒れる。
 その水分が一瞬にして凝固し、コウテイペンギンが身を寄せ合って凌がなければ耐えられないほどのダイヤモンドダストと化す。
 凍てつくような冷気によって自由が利かなくなった首をキリキリと回して後ろを振り返った播磨君。

「げっ! お、お嬢・・・」
「げっ、てなによ?」

 その先には、今一番会いたくないランキングぶっちぎり第一位の沢近愛理さんがいました。
 八雲に渡した原稿が『ラブレターみたいなもん』だというコトを知っている以上、強烈に突っ込んでくることは想像に難くない。

「部室で、『誰にでも見せびらかすようなモンじゃない』って格好つけてたくせに、相合いガサとはね」
「ぐっ・・・これには深いワケが・・・」

 播磨は『お嬢は、俺の天満ちゃんへの想いに気づいてやがる』と勘違い中。確認。

「深いワケっていったって、八雲に告白したってとこじゃないの?」
「な、なんでわかるんだ!? さてはお前、エスパーか?」
「なわけないでしょ」

 愛理は『ヒゲは八雲のことが好き』と勘違い中。これも確認。

「なぁ、お嬢。・・・俺、これからどうすりゃいいと思う?」

 この追い込まれた状況を理解しているのは目の前にいる愛理だけ。
 天敵である彼女に頼るというのも情けない話だが、そうもいっていられない。
 藁にもすがる思いで愛理に助けを求める播磨。

「めそめそするなんて、アンタらしくないわよ」
「ウルセー」
「ま、いいわ。ひとつだけアドバイスしてあげる」

 愛理はそう言って優しく笑いかけた。

「アンタたち、お似合いよ。私が言うんだから、自信持ちなさい」

―――お嬢って、こんな顔できるんだな・・・。

 それは、播磨への想いを断ち切ったからこそできる笑顔。
 しかし、そんなこととは露知らず、普段はお目にかかれない愛理の表情に戸惑う播磨君。
 ついうっかりキタンのない意見を述べてしまいました。

「お嬢・・・オメー、相当性格悪いな」

 播磨の意識はそこで途切れた。
 閃光の魔術師は永遠の輝き。





 保健室のベッドで目が覚めた播磨。
 上半身を起こすと、左の頬に激痛が走った。

―――まったく・・・なんでお嬢はいっつもああなんだよ。

 ことあるごとに突っかかってくるお嬢様。
 口ゲンカで敵うと思ったことはないが、仮に拳同士のぶつかり合いを行ったとしても負けてしまうんじゃないか、という疑惑が渦巻いている。

―――それにしても、お嬢なんかに相談するんじゃなかったぜ。

『アンタたち、お似合いよ。私が言うんだから、自信持ちなさい』

 よくもまあ、あれほど嫌味なセリフを笑顔でさらっと言い放つことができたもんだ。
 その笑顔がまた、心から祝福してるように見えたんだから、腹立つムカツク。

―――・・・でも、まてよ。

 あの言葉は、天満のことなど諦めて八雲と付き合え、という意味だと思った。
 ありゃ相当ひねくれてるな、と思った。

 だけど。

―――も、もしかして・・・お嬢はずっと俺のこと見てたのか・・・?

 もしかしたら自分は誤解していたのではないか。
 本当は、お嬢は心から自分のことを想って、あのセリフを口にしたのではないか。

 もし、そうだとしたら。

―――悪いこと言っちまったな。まさかお嬢がそんなに・・・。

 ここから導かれる結論はひとつである。

―――俺と天満ちゃんがお似合いだって思ってたなんて・・・。見直したぜ、お嬢!

 ・・・・・・ちゃうって。





 教室へ戻ろう、と不良らしくない考えを胸に抱き、保健室のベッドから起きた播磨。
 しかし、珍しく・・・いや失礼。いつもと変わりなく熱心に職務をこなす姉ヶ崎先生の姿が目に入った。

「あら、ハリオ。おはよう、目が覚めた? とは言っても、もう下校時間だけどね」
「そんなに寝てたんすか?」

 時計を見ればすでに3時半過ぎ。
 これでは学校に来た意味が全く持って存在しない。

「せっかく保健室に来てくれたのに、ずっと眠ってるんだもん。退屈で死んじゃいそう」
「好きで眠ってたわけじゃないんすけど・・・」

 基本的に保健室を訪れる生徒に、姉ヶ崎先生の暇つぶしに付き合える元気が残っているひとはいないんじゃないかと思うのです。
 もっとも、西本軍団なら病気や怪我をしていようとも、普段の三割り増しのパワーを発揮するのではないかと思うのです。

「でも、うまくいってよかったわね。ずっとハリオのこと、影から応援してたのよ」
「へ? なんのことっすか?」
「そんなの、ひとつしかないじゃない」

 やけにニコニコしている姉ヶ崎先生を不思議に思っていた播磨君。
 だけど、ピンときた。きてしまった。
 姉ヶ崎先生に応援されることといったら、好きな娘のことしかない。

「・・・なんで知ってんすか?」
「だって、先生方のあいだで今日一日その話題で持ちきりなんだもの」

 生徒の恋愛話で盛り上がるなんて、教師ってやつは相当ヒマなんですね。
 ちらりとそんなことが思い浮かんだが、従姉弟の生活態度を考えると妙に納得。

「谷先生が、よく頑張ったって褒めてたゾ♪」

 谷先生、ひとの健闘を称える暇があるのなら、もっと自分が頑張ったほうがいいよ。
 そう思うのは余計なお節介でしょうか。

「・・・? あんまりうれしくなさそうね?」
「こっちにも事情があるんすよ、イロイロと」
「ふ〜ん」

 一向にはしゃぐ様子を見せない播磨を不思議に思ったお姉さん。
 正直病気やケガのことはわからないけど、恋愛のことなら任せてちょーだい。
 悩める子羊に救いの手を差し伸べました。

「ま、なるようになっちゃったんだから、諦めたら?」

 そんなふうに割り切って考えることができればどんなに楽か。
 しかし残念ながら播磨君はそんな思考回路など持ち合わせておりません。
 それでも傷口に塩を塗るがごとく心に染み渡るアドバイス。
 涙をこらえながら噛み締めていると、姉ヶ崎先生は机の上に置いてあった数枚の紙を播磨に差し出して。

「とにかく、進級おめでとう。頑張ったね、ハリオ♪」

 唐突に行われる、カメさんとの終戦宣言。

「へっ? い、いまなんて・・・」
「だからさっきから言ってるじゃない。ハリオ、三年生になれるんだって」

 どうやらずっと追試のことを祝福していた様子のお姉さん。
 対照的に、昨日の誤爆告白に完全に意識が飛んでいた播磨君。
 追試のことなんてキレイさっぱり忘却の彼方。
 先生達、もう大騒ぎしちゃって。ハリオも心外よね、と続ける姉ヶ崎先生を尻目に、解答用紙に目をやって。

―――つーかなんで進級できるんだ? 物理、名無しだったはず・・・。

 ようやく自分の置かれた状況を理解した播磨君。
 ぱらぱらと解答用紙をめくり、物理の名前の欄に目を通す。
 そこには確かに消去したはずの自分の名前が書いてあった。
 しかし、それは明らかに自分の筆跡ではなく。
 『名前はキチンと書くように』と添えられた注意書きと同じものだった。

―――絃子のやつ・・・。

 普段は必要以上に厳しく接する弦子先生といえども、これくらいの情けは持ち合わせているものなのだよ、拳児君。





 無事、カメさんとの死闘を乗り切った播磨。
 意気揚々と廊下を歩いていると、前方に天満発見。

「あ、播磨君、追試どうだった?」
「俺はやったぜ、塚本!」
「ホント? おめでと〜」
「で、塚本は?」
「えへへ、どうだったと思う?」

 にこやかにピコピコ髪を動かす天満を見れば、結果など聞かなくてもわかる。
 誇らしげに繰り出された右手のサインはV。

「なんと。私、塚本天満は物理で0点とっちゃいました」


?煤i ̄口 ̄;)


「ミコちゃんには、『追試で0点なんて、ある意味ファンタジスタだな』って褒められちゃったし」

 でへへ、と頬を緩める天満。
 それ、褒めてないから、とは美琴の弁。

―――な・・・なんてこった・・・・・・。

 ノックアウトされたボクサーのように、膝からがっくりと崩れ落ちた播磨君。
 これまでの苦労はすべて水の泡だったってことか。

「大丈夫? 播磨君・・・?」

 こんな事態に追い込まれていても、他人を思いやる気持ちを忘れない天満ちゃんに愛の手を。

「塚本・・・。おまえを残して進級なんかできねぇ」
「そんな・・・・・・気にしないで、播磨君」

 こうなったら、職員室に乗り込んで直訴するしかない。
 そう決意した播磨の耳に、天満の言葉は届かなかった。

「ちゃんと私も三年になれるから・・・って、あれ?」

 気がつけば播磨は遥か彼方。
 地平線へ向かって全力で駆け抜ける姿はまさに風神。
 あの体育祭の感動よ再び、である。

「あんなに慌ててどうしたんだろ・・・ま、いっか」

 いいんだ?

 といいますか。

 できるんだ? 進級。

「まさか、物理の追試に美術点が加算されるなんて、知らなかったよ」

 物理の追試中に描いた、渾身の一作。
 その烏丸君の微笑みは、刑部先生の琴線に触れ、笹倉先生の鑑定の結果100点が贈呈されました。
 一芸に秀でた生徒を私のつまらない試験なんかで縛り付けるわけにはいかんからな、とは刑部先生のありがた〜いお言葉。
 そんな採点形式を採用していても許されるほどの実力者なのだよ、彼女は。

「でもこれって、烏丸君のおかげで三年になれるってこと・・・だよね」

 ふと、そんなことに気づいた天満。
 やっぱり烏丸君は私の救世主なのかも、と烏丸君との運命をそんなところで感じてみる。

「ありがと・・・烏丸君」

 愛する人の名前を口にして。
 ほんのちょっぴりしあわせな気持ちを味わう天満。
 なのだけど。

「呼んだ? 塚本さん?」

 神出鬼没の烏丸君。
 想い人の突然の登場にすっかりパニックに陥る天満。

―――な、なんで烏丸君がこんなところにいるの? いるならいるって言ってよ。あ、でもそんなシャイなとこがサスガ烏丸君。だいすき!

 もはやどんなことが起ころうとも、変わらぬ愛を貫く覚悟はできている。
 へそでお茶は沸かせないがおでこでなら沸かせそうな勢いだ。

「か、烏丸君・・・。私ね、三年生になれるんだって」
「よかったね。塚本さん」
「う、うん・・・・・・」

 愛する人からの祝福の言葉。
 それが聞けただけで十分なのだけど。

「で、でね。三年になっても同じクラスになれたらいいね」

 神様、もう少しだけわがまま言ってもいいですか?

「僕、転校するんだよ。三年になったら」


?煤i ̄口 ̄;)


 天満にとって最大の敵はカメさんなんかではなく、自らの忘れっぽさなのかもしれない。




 さて、一方職員室に直訴しにきた播磨君。
 肩で息をしながら従姉弟の前に仁王立ち。

「ああ、拳児君か。今回は頑張ったな。これで留年は取り消し・・・」
「頼む! 俺にもう一度チャンスを!」
「・・・なんのチャンスだ?」

 1円玉の山を机の上にドカッと置いた播磨を不思議そうに眺める刑部先生。

「決まってんだろ。コイン100枚集めたから、もう一度留年のチャンスをくれ!」

 せっかく進級できるのに自ら棒に振る気か、とか。
 賄賂にしては安すぎやしないかい、とか。
 塚本君より私を選ぶとはなかなか見所があるじゃないか、とか。
 浮かぶ言葉はイロイロあれど。
 職員室で口に出すべきセリフではないのでグッと我慢。

「本気か、拳児君?」
「ああ。俺はこのまま三年になるなんて、とてもできねえ!」

 播磨にとって最大の敵はカメさんなんかではなく、自らの早合点なのかもしれない。





 それゆけカメさん討伐隊。
 それはカメさんの烙印を押された少年と少女が、自らの運命を変えるためカメさんに挑んだ戦いの軌跡。
 愛する者と同じ道を歩むために戦い、そして勝利した。
 だけど、戦争に勝利したからといって、望むものが手に入るとは限らない。

 少女は愛する者を引き止めることもできず、ただただ戦争の愚かさを噛み締めるだけ。
 少年は目の前に差し出された手柄を自ら放棄し、もう一度同じ道を歩む決意をした。
 果たして、少年と少女はこの先どこへ向かうのか。
 それは皆さんのご想像にお任せします。

 それゆけカメさん討伐隊はこれにて解散。
 だって、カメさんを退治した以上、討伐隊は必要ないのだから。





 最後に、八雲のことを少し。

 一緒に登校してきた播磨と別れて、教室へ向かう八雲。
 先程の相合いガサを思い出し、幸せ胸一杯の状態だったのだけど。

―――やっぱり、ちょっと眠いな・・・。

 漫画の打ち合わせに睡眠時間を大幅に削られたツケが押し寄せる。
 今日の授業、ちゃんと乗り切れるかな、てなことを考えていると。

「おっはよ〜、八雲っ♪」
「あ、サラ・・・・・・おはよう」

 後ろから、声をかけたサラに。
 込み上げるあくびを手で押さえながら振り返る八雲。
 八雲がねぼすけなのはこれまでの付き合いで十分把握している。
 だけどあくびなんて珍しいな、と思ったサラ。
 今日の会話のキャッチボールは、この話題から始めようと思いました。

「なんか眠そうだね。どうしたの?」
「うん・・・・・・。昨日は播磨さんが寝かしてくれなくて・・・」

 肩慣らしに、やんわりとしたボールを放ったはずなのに。
 八雲の返球はサラの予想を遥かに凌駕する、160キロを超す剛速球でした。
 この台詞を聞いて、おそらく十人中九人が思い描くであろう光景を想像してしまったサラ。
 本人の口からそんな惚気を聞かされてしまっては、聖職者といえども廊下の中心で愛を叫びたくなってしまう。

「うっひょ〜! ラブラブだねっ♪」
「サ、サラ・・・声が・・・・・・」

 何事か、と他の生徒達の注目を浴びる中、真っ赤になって慌てふためく八雲。

「で、どうだったの?」
「え、と・・・・・・」

 興味津々に聞いてくるサラの問いかけに、昨夜の幸せなひとときを思い返した八雲。
 この喜びをサラと分かち合いたい、そう思ったのだけど。
 やっぱり漫画は播磨と八雲にとってかけがえのない宝物だから。

「・・・・・・秘密♪」
「え〜っ。八雲のいじわるぅ」

 言葉とは裏腹に、その口調は慈愛に満ちていて。
 心から祝福してくれていると伝わってくる。
 そんな親友の笑顔に、つられて八雲も笑みがこぼれた。



 こうして既成事実がまたひとつ。
 播磨の未来に幸多からんことを。
 
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