はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他)
日時: 2007/02/11 17:40
名前: 無遠人形

こういう投稿は初めてなので少し緊張ぎみです。
適宜更新していきたいので、どうぞよろしくお願いします。
ちなみに題名は、決して泥沼にさせないという決意の証です。
ようやく完結しましたよ〜。

  Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.1 )
日時: 2006/12/19 01:43
名前: 無遠人形

真っ青な秋晴れの下。

「水やり水やり楽しいなっと♪」

今日も今日とてハイテンションの塚本天満は学校裏の花壇で花に水をあげていた。
何故なら今日彼女は日直で、日直は花壇に水をやらなければならないという世界の不文律のため、彼女は楽しくホースを振り回しながら……そこらの木々にまで水をあげているのだ。
ちなみに日直の相方は美術の課題で居残り。美術が得意な天満は早々に書き終わり、部活に勤しむ妹と一緒に帰る都合上放課後はずっと暇なのだった。

「てやぁっ!ハイパー十文字切りっ!……やっぱかっこいいな〜万石は。……てやぁっ!てやぁっ!」

水を刀に見たててホースを振り回す。とても万石のようにはいかなくても、天満はとても楽しそうだった。

「ガキィン!ガキィン!」

だが、そんなことしてると……。

「ん?」

水がかかってしまいますよ。
この場合は他人にだったが。

「え?播磨くんっ?」

妙な手応えに慌てて振り返ると、ちょうど通りかかり天満の斜め後ろにいた播磨拳児に、大きくホースを振った時、見事どびちゃぁぼだぼだと水がかかってしまっていた。

「………」

頭からずぶ濡れである。髪の毛は濡れ鼠のようにへたれて、顎からは情けなさげに雫が落ちる。
本当に運の悪い男だ。いや、決して天満をストーキングしていた訳ではない。たまたま、たまたまなのだ。
天満はハイテンションを素早く切り換え本当に申し訳無さそうに、

「うわぁ。ごめん!ごめんね播磨くん!びしょびしょだね!今拭いてあげるから」

と、ホースを置いて可愛らしいハンカチを出しやや茫然と立っている播磨に駆け寄る。
播磨は少し前、やはり得意な美術の課題を即座に終えていた。漫画を書き途中なので暇ではないのだが、どこかにいってしまった天満をなんとなく探していた中での突然の出来事に戸惑いつつも、サングラスから水を滴らせながらとっても喜んでいた。これが他の人の仕業ならば魔王という呼び名らしくそれなりの対応をしたのだろうが、相手は他ならぬ天満ちゃん。

あぁ天満ちゃん♪水が冷たかろうがなんだろうが俺は君に会えて幸せだ!そんな顔しないでくれ、俺は大丈夫だぜ!

……変態だろうか?

「播磨くんこんなに濡れちゃって、って私のせいだよね。寒くない?大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」

まぁとにかく天満は水に濡れている播磨のYシャツを懸命にハンカチで拭う。あまり効果がでなくとも、その小動物のような姿には万人が一致する愛らしさが見られた。
なんて健気な子なのだろう。
そのころ播磨はというと、水の冷たさなどという些細なことは気にならず。

あぁ、天満ちゃんが俺を触っている……。

悦に入っていた。
……変態だな。
しかし流石は不幸な男、幸せはそう長くは続かない。

「播磨くん。頭とか顔も拭いてあげるからちょっとしゃがんでくれるかな?」
「お、おう」

要望に応えようと播磨はしゃがもうとするが、天啓、普段は絶望的に察しの悪い頭に閃きが舞い降りた。
そう、顔を拭くのだから、

……サングラス外されるんじゃねぇか?

これはマズイ。
幸せとピンチのギャップに小さな脳はオーバーヒート寸前だ。ヤバイヤバイと焦るままに、播磨は天満からハンカチを取って顔と頭を拭い、

「ゴシゴシ……。よし!あ、ありがとな塚本!俺はもう大丈夫だ!……自分に水がかからんよう気を付けろよ!……え〜っと……。じゃあな!」

と走り去った。

「あ!播磨くん!」

天満が止めるも既に遅く。
ってかハンカチ返してあげなさい。


次回は沢近さんの登場です。
  Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.2 )
日時: 2007/01/06 23:15
名前: 無遠人形

「ふぅ……」

沢近愛理は持っていた筆を止め溜め息をついた。
動かない筆に意味はない。持っているだけではなにも生み出さないのだ。
誰もいない美術室。金色のツインテールをかき上げて、膝に乗せていた画板を一旦机に置き「んんっ」と延びをする。
何を隠そう沢近が美術の課題、最後の居残りであった。

「はぁ……」

沢近は肩を落として再び溜め息をつく。誰もいない美術室にもれ出た声が空しく響いた。笹倉先生は大事な用事があるとかで帰ってしまっている。
いつの間にか窓の外に蔭りが見え始めていた。

なかなか絵が書けなかった。
さて、文武共に優秀な沢近が苦しむ課題とはなんなのだろうか?

沢近は葉子先生のにこやかな顔を回想する。
『みなさん、今回の課題はですね、一学期にもやりました、クラスの異性の顔を書きましょう。……いいですか?もう二学期にもなってみんなの顔も覚えたでしょう?だから書く人は自由です。……大丈夫です、絵は私しか見ませんから。あぁどうしても書けないという人は持って帰ってもいいですよ』
フェードアウト。

「はぁ……」

なによ、まったく!あの先生絶対狙ってるわよね!

憤慨しながら沢近は嘆く。
そうなのだ誰か異性の顔を自由に書けと言われた時、誰を書こうとするだろうか。
まさか嫌っている人を書く奴は余程ひねくれていない限りいないだろう。
好きな人がいるなら好きな人を。もしいなくても、それに準ずる相手を書くに違いない。

そう、沢近はそこまで考えが及ぶと、

うがー!!!!!!

と叫びたくなる。

天満は当然のことながら神速で書き終わり、美琴もなんだかんだ隠し赤くなりながら授業時間内に書き終えていた。
高野は授業中筆はぴくりとも動かしてはいなかったが……。家に帰って書くのだろう。
高野の書く相手も気になるが、とにかく沢近はなんとしても授業時間内に書き終わりたかった。こんなこと、どうってことない。私は全く動揺なんてしていませんよ、と……。
しかし、無理だった。

最初に書く相手を考えた時なぜかあいつが浮かんできて、即座に却下。
『愛理ちゃんどうしたの?顔真っ赤だよ?』と天満に言われつつ、他の男子も考えるが、なんか違う。印象に残っている人があまりいなかった。

花井くん……いや無いわね。麻生くん……これもタイプじゃないわ。今鳥くんも菅くんも、う〜んって感じだし……。他は記憶すら……。

結局最後に残るのが、

…………ヒゲ…………。
うがー!!!うーがー!!!

沢近は顔を朱に染め頭を抱えてツインテールを振り乱す。誰もいないのをいいことに随分素に戻っていた。

「……いえ……そうよ!そうなんだわ!誰でもいいんだから別にヒ、ヒゲを書いてたって、別に、別に……」

確かに誰でもいいんだから誰を書いたところでおかしくはないのだ。だから播磨を書いても特に問題無い。
しかしそれがわかっても、なぜか沢近は書けなかった。

「うぅ〜」

沢近は一人机に突っ伏しうなる。
家に持って帰ってもどうせ書けないだろうし、何よりナカムラが嫌だ。この課題のことを知ったら、絶対食い付いてくるに違いない。だから今学校でとにかく書き終えたい沢近である。

「なんで私ばっかしこんなに悩まなきゃいけないのよ……。不公平じゃない……」

文句を言いつつ再び画板を膝に乗せて筆を手に取った。書かなければ終らないことにようやく気がついたようである。

「これはただの絵なのよ。……そう絵なの。……私ったら絵に真剣になっても馬っ鹿みたい!」

自己暗示まがいの宣言をしつつ、ぎらりと筆を構える。そして意識して乱暴に筆を走らせた。

「……こんな顔だったかしら……。いえこんなにかっこよくないわよね……。ヒゲは、どうしようかしら……。……ふん!別にあんたを書くって決めた訳じゃないんだからね。下書きよ下書き。しーたーがーきー!……あいつはもう少し鼻の下が長いわよね……。……んでサングラス〜っと」

ぶつぶつ呟きながら順調に筆を進める沢近。
眉を寄せ、不機嫌そうだが、絵はどんどん完成していく。やはり腐っても万能選手だ。
意外と早く終りそうで、このまま一気に書いてしまおうと、ラストスパートをかけた。沢近は嫌だ嫌だと言いつつも、なんだかんだで集中してしまっていた。

それは扉が開く音にも気がつかない程に。

「あれ?お嬢?」

瞬転、沢近は腕を止め声のした方を向く。

そこにはサングラスとカチューシャの無い濡れたYシャツを着た目つきの鋭い男が驚いた顔をして立っていた。
目を見開き呆然と振り向いている少女を無視して、男はゆっくりと指を差す。

「今書いてるその絵……………」







数分前。

「つめてー!」

播磨は校舎裏のよく水を飲みにくる場所で上半身だけ裸体を晒していた。
濡れてから時間が立つとどんどん体が冷えていくので、人がいないのを良いことに、脱いでしまった。ついでにサングラスとカチューシャも取り、犬のように頭を振る。水が飛び散る。
ここを誰かが目撃しても面白かったのだがそんなことにはならず、

「うおー、さびーさびー」

とYシャツだけはおる。流石に濡れた下着は着たくない。

「さてどーすんべ。このまま帰るのもあれだしなぁ……」

播磨は透けている肌を見てぼやく。

「仕方ねー。絃子でも頼るとすっか」

と言うわけで物理研究室を外から密かに覗いて見たが絃子さんは居なかった。その時絃子さんは旧校舎にて茶道部の部活を平和に楽しんでいるのであり、しかしそこに行くためには人の多い所を通らねばならい。それに。

妹さんにはこれ以上迷惑かけらんねぇ、ってか恥ずかしいしな。

確実に茶道部にいるであろう、播磨が世話されっぱなしの女性のことを思い。

「しゃーねーな」

葉子ンとこででも隠れておくか。絃子にメールしてっと……。
美術室に向かう播磨であった。

というわけで、以下続き。







「今書いてるその絵…………」
「い……」
絶叫。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ぶんっ!
ゴキッ!
「んぎゃっ」

先ず画板が飛んで播磨の鼻柱にぶつかった。

「な、なにす………」

播磨が怯んだその隙に沢近は肉食獣の如く駆け寄り両手で頭を掴みその勢いのまま飛び膝蹴りをその顎にぶちこみ、自分の体重を乗せて相手を仰向けにぶち倒そうとする。

スカートから美脚を覗かせる見事な蹴りだった。
沢近に乗っかられた播磨はなすすべなく倒れていき、

「……ふげっ!」

記憶を失う感じで無防備に後頭部を打った播磨はそのまま気絶。
1R5秒KO。勝者ツインテール愛理、キメ技フライングニードロップ。

「はぁっはぁっはぁっ………」

なっなんでここに人がっ?!嘘っ?!あの絵を見られたっ?!

慌てふためく沢近さん。
いまだ彼が播磨だと気がついていないご様子だった。沢近のことをお嬢と呼ぶクラスメイトは後にも先にもいないと言うのに。まぁ無理もない。サングラスとカチューシャのない播磨など沢近の頭には存在しなかった。

「だ、誰なのよあんたっ……」

と沢近は腕で胸を隠すようにして、気絶している播磨に向かって問いかける。意味無いけども。

「………?」

男が完全に気絶しているのが判明。沢近はようやくほっと一息つく。

大丈夫、よね?記憶を飛ばす勢いで蹴ったけど……。ちゃんと消えてるかしら?
なんならもう一撃くらい……。

……鬼デスか?

鬼な沢近が本当にもう一撃加えようとするが、目鼻立ちの整った顔に、たらりと一筋の鼻血が流れていることに気がついた沢近は、「……あ、あんたが悪いんだからね」と言いながらそっぽを向き、ふわりとカバンから出したピンクのハンカチを顔の上に乗っけてやる。
鼻血を流している顔が見苦しかったのもあるが、突然で最悪のタイミングだったとは言え、やりすぎたと罪悪感が芽生えだしたのだ。

結局一撃は加えなかった。

しかし沢近は居た堪れなくなり、いそいそと帰り支度をする。
どうやら絵は家で書くしか無さそうだった。

仕方ないわね……。

カバンを抱えてドアのそばに無惨に倒れた播磨の上を跨ぎ

「……私のせいじゃないわよ……。あんたがいけないんだからね。……それじゃ」

ぷいと帰ろうとするが、ふと立ち止まる。

こいつ私が書いてた絵、見たわよね……?
……もし万が一のことがあったら、ナカムラに消してもらお。

仏頂面で沢近は引き返し、カバンから携帯を出して播磨の顔の上にあるハンカチをどけた。
なんとなく犯罪者の写真撮影を思い出しながらしゃがみこみ、男の顔にカメラを向けて、

パシャッ。





ちなみに播磨は、

「今書いてるその絵、美術の課題だろ?だっせぇなお嬢、まだ書き終ってねぇのかよ」

と言いたかったかどうかは定かではない。








数分後。

「私を顎で使おうとはいい度胸だな拳児くん。まぁいい、葉子は私の用事で出かけたことだし。借り一つと、しておこうか」

メールを受けて白衣を着た絃子さんが美術室にやってきた。ドアを開けると播磨が倒れていたが動揺などみじんもせず、

「拳児くん。おい拳児くん!起きろ!喧嘩でもしたのかね君は」

と倒れている播磨にがしがしと蹴りを入れる。流石絃子さん容赦がありません。
すると蹴られるがまま動かない播磨のポケットからぽろりとハンカチが出た。

「ん?」

顔の近くにあったハンカチとそのハンカチを手に取り、名前を見比べて言った。

「これは何かの伏線か?」

そうなると良いですね。
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.3 )
日時: 2006/12/23 11:20
名前: 無遠人形

「あうっ」
「我慢しろ。……はい消毒完了。あとこれは綿だ。鼻に突っ込んどけ」
「………」
「さて拳児くん、一体なにがあったのかね?極端な君のことだ。ただの喧嘩か、もしくは女の子のことなんだろう?」
「……けっ、知るかってんだ。……っ!!いやいやわからねぇんだよ!俺にもさっぱり!だから拳銃向けんじゃねぇ!」
「……ふむ。まぁいい、その時の状況を説明してもらおうか?」
「はぁ?なんで俺が絃子にいちいち説明しなきゃなんねーん」
バンッ!「ぎゃんっ」バンッ!「ぎゃんっ」
「……それで?まだ口答えする気かね?やれやれ拳児くん、これ以上私に無駄な労力を使わせないでくれたまえ」
「いってぇな……。けっ、なに言ってやがる。てめーがそんなもん振り回さなきゃいいん」
パラララララララララ
「だ、か、ら。何度言えばいいのかね。いい加減私のペットとしてせめて最低限の学習機能つけて欲しいものだ」
「ってぇな……誰がペットだっ!誰がっ!ったく。でも説明するつったって、今日は俺お嬢と話しすらしてねぇんだぜ?……それをいきなり蹴るか普通、あの暴力女……」
ふむ、沢近くんがらみか……。
「いいから。とんと乙女心のわからん拳児くんが考えるより、私ならば何かわかるかもしれないだろう?」
それに拳児くんで楽しむのは私の役目だからな。情報はきちんと仕入れておかないと。
「……頼りにしてるぜ、絃子」
「さん、をつけろ」
バンッ!







「ふむ」
美術の授業、か。
「どうだ絃子。何かわかったか?濡れて美術室に入ることがそんなにいけないことだったのか?」
「んなわけあるか。まぁ待て」
この時期の課題といえば葉子が毎年やってるあれ、か。
一人残って書いていたということは沢近くんは恐らく拳児くんを書こうとしていたのかな?まぁいい私も毎年後で見せてもらっているからきちんと書いてもらうことにして……。
とにかくそれを拳児くんに見られた、と。いやサングラスとか外していたからわからなかった可能性も……。
「なぁ絃子。なんかわかったか?」
ふむ。
「せっかちだな拳児くんは。……私の考えを言わせてもらうと恐らく彼女は君の体を見てそんなことをしたのではないかね?」
「あちゃ〜。やっぱりそうだったか」
「まがりなりにも喧嘩で鍛えられた体だ。濡れYシャツと組み合わせれば色っぽさ抜群で雑誌の表紙を飾れるぞ」
「何言ってんだバカ。……だけどあ〜ぁなるほどなぁ。だからお嬢はあんな怒ってたのか。なるほど、よし!わかった!四苦八苦、万事休して解決だぜ!」
「おぉ、かなり意味は違うが難しい熟語を使えるようになったな、拳児くん。……しかしな拳児くん、っとあぁ待て待て話はまだ終わっていない、寝に行くな」
「ちっ。なんだよ」
ふふ、私を楽しませてくれよ?
「しかし、彼女がその事を友達に言いふらさないと言えるかい?」
「……え?」
「そうだね、例えばびしょびしょに濡れてた変態に襲われそうになったとか、いきなり部屋に押し込められて強姦されそうになったとか。最近の若者は怖いからね。あることないこと言いふらすかも知れないぞ?」
「……やべぇ!それは有り得る、有り得るぞっ!あの高飛車女なら言いそうだっ!そしたら間違いなく天満ちゃんに伝わって………」
播磨くんサイテー、となるわけか?まぁその時の美術室の状況でそんなこと言う奴はいないと思うがな。
しかし悪口を言ってしまい、すまないな沢近くん。
けどこれは君の為でもあるんだ。
「さてそこで、これ、だ」
「……はぁ?なんだこれ?新矢神ランド?んで二枚?」
「そう、新矢神ランド。この近くで新しくできたテーマパークさ。君は興味が無いから知らないだろうけでな。……いや、場所も名前もどうでもいいんだ。つまりな、彼女が君に持っているであろう印象を払拭する為に、これでデートに誘えと言うことだ」
「……はぁ?デート?いやいやいや、ちょっ、ちょっと待てよ絃子。……なぁおい、なんで俺がお嬢をデートに誘わなきゃなんねぇんだ?」
「男と女で下ネタ系の問題が起きた時、圧倒的に不利になるのが男だからな。どんな場合であれ男が負けると相場が決まっている」
「うっ……それはなんとなくわかるけどなぁ……。お嬢をデートに誘うなんて俺は嫌だぜ」
「けど他に誤解を解く方法があるのかい?それとも他にもっと良い案を君が思いつくか?」
もっとも思いついたら私が困るがな。
「でもなぁ……」
「ふん、嫌なら返せ」
「ちょ、ちょっと待て絃子!だからって拳銃をつきつけながら奪うなって!…………ちっ………………あぁ………………くそっ仕方ねぇか、これも天満ちゃんの為だ……」
「そう、それでいいんだ。ちなみに行動するなら早い方が良いぞ。噂ってのは広まるのだけは早いからな」
「……あぁ、わかったぜ。しかしなんでこんな事に……やや釈然としないけど、一応礼を言っとくぜ、絃子」
「素直じゃないな拳児くん。それとさんをつけろ。さんを」
「……わかったよ絃子サン。おやすみ」
「おやすみ。良い夢を、拳児くん。そうそう、ハンカチは洗っておいたからちゃんと返しておくんだぞ」
「ん?……おぅ」







その後、絃子さんは一人ベランダでビールを片手に独り言を呟いていた。

「ふん、まさかこの私が沢近くんの助けをするとはな……。塚本くんのこともあるから不干渉でいようと思ってたのにな。まったく勢いとは怖いものだ。高野くんにこのチケットを渡されて、播磨くんと二人で遊びに行ってくださいなどと言われた時には、何事かと驚いたが、まさかこんな事に使うとは……。この年で遊園地デートなど恥ずかしいから使わなかったのが幸いしたか……。……いや、高野くんは私が使わないだろう事を予想して渡したのかも知れないな。……ふふ、敵わん敵わん」

ぐびりとビールを一口飲み、

「まぁいい。今回は部外者で楽しませてもらう事にする……いや寧ろ葉子と一緒に……。川合くんの事を今日も頼んでしまったしそのお礼も兼ねるか……。それで葉子に借りを返して……そういえば拳児くんには貸し二つだね。……はて、これは重要な伏線になるのかね?」

そうなると良いですね。
……わかりましたよ、努力しますから拳銃を向けないでください。




その頃沢近はというと。

「どうかしましたかお嬢様。そんな所におられては風邪を引いてしまいますぞ」

「!!!!!なっ!ちょっ!ナカムラ!ここ私の部屋よっ!あんたいつの間にっ!……バカッ!バカ
ッ!出てけバカぁっ!」

「おっとこれは失礼を」

自分の部屋の備え付けのベランダに出て顔を真っ赤にしながら絵を書いているのだった。
後ろに監視カメラがあるのにも気づかずに。
それに結局夜をかけても絵は完成しなかったし。




さてさて次回は播磨初めてのお誘い?編。
しかしこの後すぐ出す場合予告が必要なのでしょうか。
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.4 )
日時: 2006/12/16 13:22
名前: 無遠人形

翌日。
今日も今日とて晴天が続き、誰しも気分が暖かくなる、そんな矢神高校で。
昼休み、播磨は自分の席でかなり落ち着かなさげに振る舞っていた。
具体的にはやれ自分の机をがたがた動かしたり、やれ吉田(山)を殴ったり、やれバナナを持って見つめていたり………。実は昨日の晩、播磨は自分でじっくり考えて、絃子さんの論はやはり納得がいかない、と思うようになっていたのだ。
どう考えてもおかしいんだよなぁ……。
天満ちゃんならともかく、何でまた俺がお嬢を誘わなきゃいけないのか……。
ってそうだよな、……そんなことしたらまた天満ちゃんに妙な誤解されちまう!
俺ってあったまいいぜ!とか思いつつ、無い頭をひねって思い出したのが妹さんとの誤解で天満ちゃんに謝った時の事だった。という訳で沢近をデートに誘う代替手段としてバナナを持ってきたのだが……。
普通の人にはバナナ謝罪は通用しません。普通の人には。
とにかくバナナ謝罪の効用を信じ切っている播磨的には、準備万端どんと来いといった風でとなりの女子四人組の話を密かに盗み聞きしているのであり、それに……、
もしかしたらお嬢が何も言わないかもしれないし、な……。
ともサングラスの下で考えている播磨であった。




「最近大変なんだよなー。体力使うバイトでさ、全身筋肉痛。ほらこことか、ここも痛いんだ」

「へ〜っ、ミコちゃんが筋肉痛になるなんて珍しいね。よっぽど大変なバイトなんだ。………ニヤリ、チャーンス!くらえ!えやっ♪えやっ♪」

「だー!いってぇ、こら塚本ぉ!筋肉痛だって言ってんだろ!あ、こらつつくな!だから・つ・つ・く・なぁっ!」

「駄目よ天満。美琴は花井君と毎晩遅くまで組んず解れつ組み合って、特に足腰とか疲れてるんだから。労ってあげないと」

「ちょっと待て高野!誤解を招くような言い方するなっ!確かに最近バイト以外にもアイツに組手してもらってるけど……お前の言い方だと違う意味にもとれるだろ!」

「ほえ?どういう意味?」

「あら?美琴ったら。そんな意味にとってたの?」

「……たーかーのーっ!!キサマぁ!」

「…………はぁ。みんな元気でいいわねぇ」

「あれ?愛理ちゃん、どうしたの?」

「ほら美琴さん落ち着いて。それはね天満、きっと昨日の美術のことよ。そうだよね愛理?」

「な、な、な、何言ってんのよ!!」

「あーん?なんだ沢近。昨日残るとか言って結局書けなかったとかいうオチか?いとしのはり」

「美琴!それ以上言ったら怒るわよ……。……だから違います!絵のことじゃないわ。ホントだってば、いいから三人とも聞いてよ、昨日帰ろうとした時にね、いきなり濡れた変態が私の……」
ドンッ!
「おっ嬢ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」




間一髪危機一髪。
髪の毛一本分の余裕しかなかったが、播磨はなんとか間に合った。昼休みの教室で机を殴って勢いよく立ち上がり、女子の名前を叫ぶ男などという存在に何か余裕を求める事がすでに間違っているが、播磨的に天満にだけは誤解をされたくなかった。
……でももう少し後先考えようよ。
話を中断された沢近は胡散臭げに近づいて来る播磨を半眼で見ながら、周りのクラスメイトの目を気にしつつ言う。

「なによヒゲ。うるさいわね。静かにできないの?」
「お、お嬢。用がある。ちょっと来い。いいから来い」
「な、なによ。って痛いわ!そんなに強く腕を引っ張らないで!」
「………」

やや不機嫌面の播磨に無理矢理引きずられ出ていった沢近を、残された三人&クラスにいた全員はポカーンと見送った。

「は、播磨くん?」

と天満。

「どうなってんだ?」

と美琴。

「………」

と高野。
魔王とも呼ばれたことのある札付きの不良がクラス……いや学校一の美少女を無理矢理誘拐する。
警察を呼ばれても仕方がない状況ではあるが、しかし今の播磨拳児と沢近愛理の関係を知っているものならばそんなことは考えない。
数瞬したあと、2‐Cは爆発的に盛り上がった。

「今の見た?」
「播磨君から」
「あの細い腕を」
「絶対死なす!」
「俺の沢近さんを奪って」
「真剣な」
「嘘でしょ?」
「俺知ってるぜ!」
「付き合って」
「告白す」
「今度こそ」
「いつかは来ると思ってた」などなど。

確かに盛り上がれるネタではあった。
様々な因縁がそこらじゅうで蒸し返される中、一人冷静な高野姉さん。

「……自発的に播磨君からは有り得ない……。しかしあの行動……。私が唯一知り得ない範囲からの……。ならもしかしてあの時蒔いたタネが?これは聞いてみる価値がありそうね……」

と呟く。その声はクラスの喧騒に紛れて天満と美琴の耳には届かなかったが。
沢近と播磨が問題を起こす度にやはり問題が起きて、一度は当事者でもあった美琴は、

「あちゃー、おいおい今度は何事だ?また巻き込まれるのだけはごめんだぞ」

とぼやいていた。苦労人の言葉である。
天満も天満で、

「そんな……まさか播磨君……八雲のことは……愛理ちゃんに乗り換えて……やっぱりお猿さんだね!」

とぶつぶつ呟いていた。やはりクラスの人とは一味違う感想があるようだ。妹が播磨の事を好きだと確信している天満は、未だ彼が他の女子と仲良くするのを快く思っていなかった。それが沢近であれ、むむーとなるのは致し方ない。

「おい高野、どこ行くんだ?」

美琴は唐突に席を立った高野に向けそう聞いた。天満も高野のことを見る。こいつ何か知ってるな、と直感的に思った美琴に向けて、珍しく楽しそうに口元を緩めた高野は、

「刑部先生に確認の電話。……これから楽しくなるかもよ」

と言い置いて、去っていく。

「刑部先生に」
「電話ぁ?」

天満と美琴は顔を同時に見合わせて、収まりそうにない喧騒の中、疑問一杯の頭を互いに傾げるのであった。



次回は屋上でラブラブ?!(一方だけ)
そろそろ八雲も出したいなと思いつつ。
やっぱり晶姉さんは大好きです。
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.5 )
日時: 2006/12/19 01:34
名前: 無遠人形

心地良いな。
あの人と居るとそう思うことが何度もあった。

寂しいな……。
あの人と居るとそう思うことも何度もあった。

私の何かが変わるかも。
あの人の行動はいつも私を揺り動かす。

……私、変わっていいのかな?
あの人への感情はいつも私を突き動かす。

らしくない、私。

でも。

ここにあるのは、私の憧れ。

あの能力を持って以来、私の心の中にある、小さな夢。

だから。

私は、私の意志で、あの人を助けたい。

だって、あの人は……とても大事な人だから……。

…………。

…………でもきっと。

あの人は私なんかを見てなくて……。





「………」

まどろみの中から。
塚本八雲はぼんやりと瞼を開けた。

「………」

首を回して周囲を確認する。八雲は壁に寄りかかり体育座りをしていた自分に気づき、自分は寝てしまったんだなと理解した。

また……寝ちゃった……。

昼休みの短い間ですら熟睡できるなど、八雲にとっては自慢できない特技の一つであった。

しかし最近はあの能力の出番もめっきり減って、クラスの男子とも最初の頃よりかはまだ話せるようになり、この症状が起こる回数も減る一方であったのだ。何より授業中に寝ることが少なくなったことが、真面目な八雲には嬉しかった。

しかし今日は、

「よしよし伊織……」

教室からグラウンドを見た時に伊織が歩いているのを見つけて、なんとなく昼休みに探してしまい……。今そばで寝ている伊織を見つけたこの場所で、八雲も陽気にあてられて寝てしまった次第である。
猫というのは暖かく気持ちが良い場所を見つける天才であり、日夜最適な場所を求めてさまよい歩いているのだ。

「………」

八雲は優しげに寝ている伊織の背を撫でる。空気は冷たく陽は暖かく、触る伊織の鼓動を感じる。

あったかい……。

しかしこうして伊織と接していると、なぜかあの人との思い出を思い出して、

「………はぁ………」

視線を落とし深く溜め息をついてしまう八雲であった。
……八雲さん。
ここは顔を赤らめてもらわないとダメだよ?
……リテイクッ!
…………え?無理?
……とにかく非常にアンニュイな気分の八雲なのであった。

さて、一方。



ちっ、まったくよぉ……、油断も隙もあったもんじゃねーぜ、このお喋り女め、と沢近を引っ張って屋上までやってきた播磨は、今更ながら頭の中で愚痴っていた。
意味もなくポケットに手を突っ込んで、ぐるぐる同じ場所を歩き回ってみたりもする。

なかなか収まりが悪く感じられた。

お嬢もなんだか黙って下を向いちまってるし……。ちっ、いつもみたく文句でも言ってくれりゃ話やすいんだが……。

播磨はともすれば脅えているようにも見える沢近に、体を回転させかったるげに向き直る。

……しゃーねぇな。

「おい!お嬢!」
「な、なによ」
「その……、えっとな」
「なによ。はっきりなさい」
「実はな、お嬢に似合う髪飾りを買ったんだが、つけてみるか?」
「……。……こう?」
「ぷっ!ぶはははは!なかなか似合ってるじゃねぇか!その豚み」
ドカッバキッグシャッ。

よりにもよって豚耳ですか。
豚耳属性なんてものは存在してません。たぶん。
つける沢近も沢近だけれど。

「……くぅ。相変わらずお嬢の蹴りは効くぜ……。昔なんか習ってたのか?」
「イギリス時代にナカムラにちょっと……。ってそんなことはどうでもいいのよ!それで?あんたの用ってなんなのよ?まったく教室であんな大声出して……。もし大した用事じゃ無かったらぶっ飛ばすわよ!」
「……それはマジで勘弁して欲しいぜ……」

最近顔ばっかり蹴られている気がする播磨は嫌そうにそう言った。そして覚悟を決め、ポケットから二枚組のチケットを取り出し沢近に突きつけた。
沢近は不思議そうに、

「……これは?」
「あー、これはな。そのー、そうだ!たまたま雑誌の懸賞で当てたんだがな。だけど残念なことに俺は行く暇が無いからな。いつも暇そうなお嬢にくれてやるぜっ!」
「………え?」
「ほらあれだ。お嬢には演劇で一番迷惑かけたしな。俺は借りは返すんだぜ」

ガッハッハッと笑い。

「……まぁなんだ。あんま深くは考えず、受け取ってくれや。誰か付き合ってる彼氏とでも行けよ」

じゃあな、と言いたいことだけ言って教室に戻ろうとする播磨。
でも、あれ?播磨くん?
先日の美術室でのことを謝るのを忘れてませんか?
……チケットを渡す言い訳ばかりで綺麗さっぱり最も大事な台詞が抜けている、ヘタレでバカな播磨であった。

だが一方沢近はというと。

え?え?なに?うそ?も、も、もしかして私、ヒゲに誘われてる?!

とまぁ大変混乱しながら、

やだっ!うそっ!ちょっとなんでこんなに顔がほてってこんなに胸が高鳴るの?!

とまぁ大変喜んでいた。

恋について百戦錬磨を自負する沢近。その経験則に基づいて播磨の行動を分析すると……、こいつは間違いなく一緒に行こうという男からのお誘いであった。

……播磨はその手の計算には全く当てはまらない事をそろそろ理解して欲しいものだが、彼女がそれに気づくのはバレンタインデーあたりの事であろう。対播磨だけは、とことん鈍くなる沢近であった。

とにかく素直でない沢近さん。理由とか原因とか因果関係がさっぱりわからない播磨のお誘いに、なぜだか喜びから対抗心に意識が転換してしまう。

私を誘おうなんてヒゲの癖に生意気なのよっ!……ふん、でも心意気だけは買ってあげようかしら……。
なるほど……、自分は全然興味がないことを強調して相手の気を引く作戦ね。中々の高等技術、やるじゃないヒゲ。……仕方ないわね、今回だけは気づかないフリしてあげる。感謝なさいっ。

そして、ふふん、と笑う姿はかなり素の沢近に戻りつつもドアを開け帰ろうとするその背に向け、

「待ちなさいヒゲ!」

と呼び掛ける。

「あん?」

振り向いたまぬけ面に、沢近は赤いであろう顔を意識して不機嫌そうに歪め、またふんと傲慢に笑い、

「ヒゲ、いいかしら?こんなチケットをもらっておきながら悪いのだけれど、私とデートするような男にこんな場所に行く趣味の人は一人もいないのよ。……この理屈、わかるかしら?」

あぁん?こいついきなり何言い出してんだ?バカか?などと思いつつも頷く。

「……お嬢の相手は金持ちが多そうだもんな」
「そうなのよ。お金があるから高級レストランとか夜会とかに招待してくれるわけだけど……。だから女の子から貰ったチケットを使うのはプライドが許さないらしいのよ」
「……そんなもんか」
「そんなもんよ」

ちっ。だからこいつは何が言いてぇんだ?とは思いながら後が怖いのでおとなしく聞いている播磨。

「そこで、よ。でもそうはいっても私としてはせっかく貰ったんだし有効につかいたいのよね。……あら?目の前にちょうどいい人がいるじゃない」

……俺の事か?

「ほ、ほら!どうせあんたデートなんてしたことないんでしょっ!後で本当に大切なデートの時のためになんであれ場数をふんでないといけないのよ!」

播磨的にデートだった天満との単なる買い物を、なんとなく思い出しつつ、

「……そうなのか?」

沢近は顔を真っ赤にして、

「そうなのよ!」






その後、沢近はなんだかんだで強引に既成事実をつくりだすことに成功した。

しかし決め手は彼女の必死な説得ではなく、その時沢近が苦し紛れに読み上げた新矢神ランドの展示内容、……世界のバイク名人伝に素人格闘コロシアム、漫画歴史愽とあとは下町カレー横丁などという、全く統一性の無い作為に満ちた中身に、さすがの播磨も興味を惹かれたらしかった。

あとつい最近行ったカレースタジアムで天満といい感じになれた(播磨目線)ので、その流れに乗って新矢神ランドにも誘って……むふふふふ、とまぁその下見も兼ねるつもりらしい。

……動機はなんであれ、それは本当にどうでもいいことだ。そこまでの経過が誤解に満ち溢れていようが、なんだろうが。

ここに沢近愛理と播磨拳児がデートをするという事実さえあれば!!




「あとお嬢。おまえそろそろ豚耳とれよ」
「……あっ」




沢近と播磨が去った屋上で。
蔭からそっと、額に傷を持った黒猫を両手に抱えた一人の女の子が出てきた。

「そんな……播磨さん……」

ふと彼女のポケットが振動する。彼女は猫を優しく降ろし、ポケットらか携帯を取り出した。

「播磨さんは……姉さんのこと……」

ディスプレイに表示された、部長からの緊急招集に彼女は携帯を強く握り締める。黒猫は彼女をじっと見ている。

「確かめなきゃ……」

メールにある、今聞いたばかりのその場所を見て、優しい彼女は、強く強く決心する。
チャイムはもう、鳴っていた。

塚本八雲、参戦。








『これは私からのささやかなプレゼント……。私みたいにはならないことを祈るわ、八雲……』

天に浮かぶ少女はそう微笑んでいた。

『………』

………。

『私の出番、もう少し増やせないの?』

無理ですって。





その頃教室では。

「おっ、高野。なに電話してきたんだ?」
「ヒミツ。それより天満、明日の休みは空いている?」
「ほえ?もちろん空いてるよー!でもなんで?」
「茶道部の課外実習をやるから。天満も一緒にどうかと思って」
「……なぁ高野。なんであたしにゃ予定を聞かないんだ?」
「あれ美琴。聞いたほうが良かった?」
「いやその日はバイトが入ってるけど……」
「ならいいじゃない」
「……なぁもしかしてお前、バイトの事知ってたりしないよな?」
「さあね」
「えー、ミコちゃんなんのバイトしてるの?」
「いやその……」
「いいのよ天満。明日教えてあげるから」
「おいっ!高野!」
「うわぁ〜、楽しみにしとくねっ」
「そうそう。明日は八雲にたくさんお弁当を頼んでくれるかしら?」
「お弁当?オッケーッ!了解っ♪」





「ぶー。八雲遅い!」
「あ……サラごめん……」

昼休み八雲を待って弁当を食べようとしていたサラは、八雲共々お昼を食いそびれたというそんなオチ。



次回はとうとう決戦の地へ?!
……それとも新鮮さ目指してモブキャラ編か?!

Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.6 )
日時: 2006/12/24 18:52
名前: 無遠人形

《烏丸大路の憂鬱》




僕は、少し変なんだ。

いつからなのかは、わからないけれど。

気づいた時にはそうだった。

周りの人とは、違うんだ。

漫画が売れたり、カレーを極めたり。

なんだかギターがうまかったり。

UMAハンターが夢だと言ったら、先生には変な顔をされた。

特に河童が好きなんだ。

塚本さんの家の倉には、河童のミイラがあるらしい。……いつか見てみたい。

よく僕に話しかけてくれる塚本さん。

誰とも関わらないようしていた僕なのに。

彼女にだけは別だった。

顔を描いたり、指を舐めたり。

スキージャンプ人文字は、なかなか疲れたけども。

彼女といると、楽しいと思う。

彼女の行動を、面白いと思う。

彼女の笑顔は、かわいいと思う。

どれも僕には似合わない感情。

昔は無かった、感情の起伏。

でもその変化は当たり前だと思うんだ。

だって彼女はすごいから。

人を助け、人を元気づける。

そんな強いちからを持っているから。

そう……。

それは平凡で変な僕とは釣り合わないくらい、光り輝くもので……。

…………。

…………。

だからこそ彼女には幸せになってもらいたい。

いつもいつも、その笑顔を絶やさないで欲しい。

だから決して悲しまないで。

僕がなんかが言うには過ぎた言葉だけど。

君のちからで、救われる人は必ずいるから。

…………。

…………。

でも僕には自信がない。

君の笑顔を守る自信が。

だから。

その上。

しかし。

これ以上。


決して。


僕は。

君を悲しませたくは無いのだから……。






《スズキマサルの溜め息》





……………………。

………ムゥ………。

……………………。







《播磨修治の退屈》

「なぁ兄キ」
「んだよ」
「暇だ」
「知るか」
「なんだよ兄キ。つれないなぁ。だって暇なんだよ〜」
「ッせぇな。ガキは黙って勉強でもしてやがれ。こちとらいろいろと忙しい」
「また漫画かよ?兄キの方がマジで勉強したほうがいいと思うんだけど?」
「お子ちゃまにはわからん大人の世界なんだよ。ほらさっさと寝やがれ」
「なぁ兄キ。漫画描くんならアシさんとしてまた八雲お姉ちゃん呼んでくれ」
「はっ、なに言ってやがる。妹さんにはこれ以上迷惑はかけられねぇし。というかなんでそのことをお前が知っている?」
「ああ暇だ。……また高野姉ちゃんになんか頼もうかな〜。八雲お姉ちゃんち行ったり……それとも明日、美緒でも誘ってどっかに……」
「……ちっ。女関係ばっかじゃねぇか。これだから最近のマセガキは……」
「……ああ暇だなぁ……」





《執事ナカムラの消失》

「……あら愛理お嬢さま。こんな時間にお部屋を出て……まぁスリッパも履いてないではないですか」
「ごきげんよう。……ふふ、総婦長に見つかるとは私も運が無いわ」
「……どうかなさいましたか?夜食ならば私めがすぐにご用意いたしますが?」
「そんなご迷惑はかけられませんわ。いえ、大したことじゃないんだけれど……。さっき部屋にいたらなんだか胸騒ぎがしまして、ね。気をまぎらわすのに散歩をしていただけですわ」
「……胸騒ぎ?」
「なんだか悪い予感というか虫の知らせというか……。こう、お腹がくすぐったくなって眠れなくなるんです」
「……くす……くすくす。お嬢さま。あぁ愛理お嬢さま。差し出がましい真似だとは思いますが、でもあまりにもお嬢さまが可愛らしいので言ってしまいますが、それはもしかしてお嬢さまの明日のご予定のせいではないのですか?」
「………ッ?!!?!!うぇぇ??!!!な、な、なんで総婦長がそのことをッ?!?!」
「あら。使用人室でナカムラが言っておりましたよ。それはもう自慢気に」
「……ナ・カ・ム・ラぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!何で知ってるのよあの変態ヒゲ執事め……っていうかさっきの胸騒ぎの原因は絶対そっちだわ!」
「お嬢さまのこととなると、すごく過保護になりますからね、あの方は」
「ぜんっぜん嬉しくないわ!!絶対死なす!総婦長!あの変態……じゃなくてナカムラは今どこに??」
「さぁ……?今夜は大仕事だとか言って喜々とした表情でどこかに出かけて行きましたけど?……大きな軍隊鞄を背負って」
「うぅぅ……。ほとんど嫌な予感しかしないわ」
「……くす……くすくす。でもああいう方も一人はいらっしゃらないと、面白くありませんわ。それにあの方の行動は全て、愛理お嬢さまの為であると存じておりますが」
「私にとってはただひたすらに余計なお世話よ!!」






《執事ナカムラの暴走》

「ふ…ふ…ふ…。なんですかこの警備状況は!甘い!いかにも民間企業という感じな甘さですぞ!夜中過ぎとはいえ、警備員すらいないとは……」

「警報も無かったのでせっかく赤外線スコープを持ってきたというのに無駄に終ってしまいましたか。この警戒体制の甘さにはこの私めですら、日本の将来に危惧を覚えてしまいますな。それにしても、誰もいないテーマパークとは……また乙なもので」

「さて………沢近家に遣えるこの身。粉骨砕身万全従事。お嬢様の為にも最高のパフォーマンスを得る準備をしなくては……」

「ここに設置、と。ケーブルは……。お嬢様のあられもなく恥ずかしい姿をばっちり……。じゃあここにはびっくり箱を……。下からの送風機は……。飲み物にはこれを混ぜて……。観覧車を止める仕掛けも……」






「はっ、殺気っ!私の背後をとるとは……。貴様一体何者!!」
「邪魔は、させない」
「うぐっ……ふ、不覚……」
「貴方の好きには、私がさせない。愛理は愛理のままで十分だもの。だから貴方はここでしばらく反省しなさい」
「む、無念……………………」




Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.7 )
日時: 2006/12/24 18:59
名前: 無遠人形

ちゅん  ちゅんちゅん

「………」

柔らかな朝日が眩しく、庭の木々からは鳥の優しいさえずりが聞こえる。
大きな窓から広がる空は、文句なく青かった。
沢近は大きなベッドの上で目をパチクリさせた。むくりと起き上がると、繊細で流れるような金髪がまとまり一房の束となる。

「………」

明るい……。とても明るい。
沢近は眩しさに目を細める。
太陽は今日も元気に昇っていた。それも結構高い位置に。

「………」

沢近は寝起きのかなり混乱気味な頭で時刻を確かめようと頭を回す。混乱しているので当然だが未だ何がマズイのかは気づけないでいた。
首の回転だけで目当ての物を探す。
壁際の低い棚の上に乗っている、昔高野がくれた猫の目覚まし時計にはこう表示されていた。

   9:47

ちなみに今日の播磨との待ち合わせは、9:30に矢神駅。

あらためて現在時刻。

九時、四十、七分。

「………あえっ?!」

驚愕のあと、自分の目を疑い、時間の流れと世界の仕組みについて考慮し、そして焦燥にかられる。
沢近愛理。完全な遅刻だった。








「あーもうなんでなんでなんでなんでなんでなんでぇーッ!!」

叫びながら沢近は文字通り飛び起きて、しかしあまりに焦りすぎたため足から着地できず絨毯の床に転がっていってしまうくらい焦っていた。
さすがに直ぐに起き上がるが、ぐちゃぐちゃの頭は適切に働いてくれなくて、まずなにを支度するべきかわからずに右往左往。

お腹は空いていたが、とにかく朝御飯よりも先に着替えるべきだと思い、洋服箪笥に駆け寄り竹を割る勢いで扉を開けて、いつもの制服からお気に入りのドレスまでを端から端まで凝視する。沢近愛理、服の数は多かった。

えっと……、あっと……、どんなの着て行けばいいのかしら。ヒゲの好みって……。
あーもう昨日のうちに選んでおけば良かった!

片っ端から洋服を掴んでは投げ、掴んでは投げているうちにも、無情に時間はたっていく。
いくら急いだところで時間が戻る筈もなく。
進む時計の秒針をチラチラ見ながら、沢近は考えをめぐらせていた。





パターン1

「遅れちゃてごめんね、播磨くん!」
「なぁに、いいってことよ」
「……怒らないの?」
「お嬢相手に怒れるか。それより早く行こうぜ。出来るだけ長い時間お嬢といられるようによ……」
「播磨くん……いえ拳児……」
「バカ。ンな顔してんじゃねぇよ。こっちまで恥ずかしくなっちまうだろ」



って私何考えてるのぉぉ!





パターン2

「遅れてごめん、ヒゲ!」
「ちっ、おせぇぞお嬢。もし本気で謝りたいなら俺の舎弟になれ」
「は?なにそれ?情婦?」
「……じゃあ情婦でもいいぜ。俺は別によ」
「えっ……ちょっ……それってどういういm」(以下略)



いやぁぁぁぁぁぁ。私って馬鹿ぁ〜。





パターン3

「ヒゲごめん!寝坊しちゃったの!待たせてごめんね」





「ってヒゲいないじゃない!!!」



あぁこれが一番ありそう……。





パターン4

「ヒゲ!遅くなってごめんね」
「ヒゲ?私にヒゲは生えていないが」
「……貴方は、誰?!」
「私は今三匹が切られる最新作ガクラン☆侍に出演中の役舎丸広事」
「………」
「……役者だ」
「はぁ?」



……これはさすがにいくらなんでも有り得ないわね。


「おはようございます、お嬢さま」

そう呼び掛けられて正気に戻る。考え事に夢中になっていた沢近の手はいつの間にか止まっていた。
振り返り手で髪をなでつけたりして誤魔化しながら、下に散乱した服に気がつき、顔を朱に染めながら服をかき集める。

「お、おはよう総婦長。今日はいい天気ね」
「ええ、とても。ところでお嬢さま、今日はお出掛けの日ではないのではないですか?」
「……寝坊したのよっ!」

沢近はなんで起こしてくれなかったのよと思いながら、頼んでいなかった手前八つ当たりも出来ずに、その不満を表す為に不機嫌に口を尖らせるに留めた。

「いえ、お嬢さまの寝顔があまりにも健やかでしたので、起こさなければ起こさなければと思いながらも、一同起こすのが躊躇われまして」
「人の心に勝手に答えないで!」
「そうですか。これは失礼いたしました」

沢近の罵倒もさらりと躱される。その笑顔にある小皺に年の功が感じられた。
初老の女性はてくてく歩み寄り、右手に持っていた沢近お気に入りであるシャネルのバッグを沢近に渡す。

「この中に朝御飯と携帯や財布などは一通り準備しておきました。手抜かりは無いと存じます。お嬢さまは一刻も早く着替えを終えて、お出掛けになってくださいまし。ご相手をいつまでも待たせていてはよくありませんよ?」

未だ寝間着姿の沢近は手際の良さに呆然としながら、総婦長に頷き感謝を示す。
総婦長もにこりと笑い頷き返してくれた。

そうして沢近が種種の用事を済ませて、出掛ける準備を終えたのはそれから20分後、10:07のことであった。

総婦長にも服選びを手伝ってもらい、結局奇抜な服装よりは当たり障りのない地味めのものを選りすぐった。
地味とはいえ、沢近が着れば大概似合ってしまい、紺のダッフルコートは引き締まった体躯を程良く強調して、モデル並の脚線美を覗かせる藍色のミニスカートの破壊力は絶大だ。
さらに、総婦長の意見で加えられた色取り取りのブレスレットをアクセントとして、地味なだけではない可愛らしさも引き出していた。
しかし、本人としては播磨相手にお洒落はあまりしたくなかった。気が乗らない。こっちばかりが気を使って馬鹿みたい。
それになんだか、そうした自分に、敗北感やら寂寥感を感じてしまうのであった。

沢近は玄関で、んしょ、と靴を履く。
腕にはめた時計を見てみると、既に待ち合わせから40分の遅刻。いつもは天満に遅刻するなと言っておきながら、遅刻してしまった自分が情けない。しかし、なにより播磨がどう反応するかが恐ろしく、それ以上先に考えが進まない。
どうにも悪い方向に考えてしまう沢近がそこにいた。
なので高野が無理矢理教えてくれた播磨の電話番号を使うことが出来ない。
携帯はバッグの中に閉まったままだ。

「行ってきます……」
「行ってらっしゃいませ、お嬢さま」

総婦長は手伝ったついでなのか玄関先まで見送りに来てくれていた。

「………」
「どうかなさいましたか?」
「……ナカムラには絶対ついてこないでって言っておいてね?」
「かしこまりました。見つけ次第、邪魔をしないように言い聞かせますので。お嬢さまは気兼無くデートをお楽しみになってくださいますよう」
「……そ。ならいいわ」

優しく手を振る総婦長に軽く会釈をして豪勢なドアをゆっくりゆっくり開ける。まだ対播磨の心構えが出来ていなかった。

どうしようかしら……。
今から歩いて10分ちょっと……車で行く?でも今更急いでも……。むしろどう謝るべきかよね。悪いのはこっちなんだし……でもでも、ヒゲに私が謝るぅ?!……なんか腹立つわね。いやでもここはしっかり謝らないと、ヒゲにナメられちゃうわ。正論で馬鹿にされるのも腹が立つし……。ここはこっちが大人にならないと……。

とりあえずまず一番に謝ることを決める。それは沢近にとって大きな決断だった。
シャネルのバッグを握り締め正面の門へと歩いていくと、沢近の耳にバイクの音が聞こえてくる。
あまり車の通らない道だけに、その音は大きく響き。
そしてその音は沢近の家の正面に止まった。

……………………………え?

住宅街特有の静けさの中に、そのバイクライダーは沢近の方を向く。
遠くにいる筈なのに、沢近の目にはその顔が大きく映る。
相変わらずのノーヘルの、相変わらずの制服で。

迎えに、来てくれたの……?
…………ヒゲ…………。

何を隠そう、沢近の家の前に止まったのは、播磨拳児その人だった。
目を大きく見開き、驚愕に胸が高鳴る。
パクパクと口を開閉させながら慌てて播磨に駆け寄ると、挨拶も無しに、

「あんた!なんでここに?!」

と言った。そんな沢近の様子に播磨は気にする風も無く、ポリポリ頬を掻きながら平然と答える。

「いや、お嬢の携帯から電話があってな。だから迎えに来た」

沢近は驚き携帯を取り出す。すると……着信履歴にあった。
播磨拳児、と。
そこで気づいた。まさか!と後ろを振り返ると総婦長は相変わらず優しく手を振っている。まるで驚いた様子も無く、まるで予期していたかのように。

「……お礼、言うべきかしらね……これって」
「?なんだって?声ちいせぇぞ」
「な、何でもないわ」

そうか、と播磨は軽く言って、白いヘルメットをポイと沢近に渡す。

「んじゃあさっさと行こうぜ。立ってるだけじゃしゃーねーべ」
「……それもそうね」

沢近はすっぽりヘルメットをかぶり、玄関に立つ女性に向けて大きく手を振り返した。





「……お嬢よぉ。お前んとこのメイドって……怖いよな」
「はぁ?なんで?」
「いやなんでもねー………」




次回、ようやく新矢神ランドに着きそうな予感。
……長いぜ。


追伸;ホザキ様の晶、大好きです!!!!
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.8 )
日時: 2006/12/29 13:49
名前: 無遠人形

車が並ぶ広大な駐車場に一台の二人乗りバイクが滑り込んだ。道を道とも思わぬ豪快な走りで車の間をすり抜けていく。
全くスピードを落とす気配のないバイクは専用の駐車場に空きを見つけると、後輪を力強く滑らせるドリフト駐車。見事空きに車体をピタリと収めるとエンジンの音が静かに収まっていく。
そのまま無言の沈黙が数秒過ぎ、突如前に乗っていたサングラスの男、播磨拳児がガバッと首だけで振り返る。
そして怒鳴った。

「いい加減にしやがれぇぇっ!苦しいぞっ!お嬢このやろ!もう止まったぞ、離れやがれ、ちくしょう、ストマックをキメるのを止めてくれぇ!」

一方。

「っ………ぷはぁ。え?あれ?と、止まったの?」

ちっ、白々しいぜ。
播磨は精一杯憎々しげににらみつけてやる。
そんな男の腹に全力で抱きついていた少女、沢近愛理はヘルメットの顔を上げて辺りをキョロキョロ見回す。しかしそんな可愛らしい様子にも関わらず播磨は益々苛立ってくる。
沢近の腕は未だ播磨の腹を絞めていた。
沢近はふと眼前の不機嫌そうな顔に気づき、するとなんだか顔を赤く染めて抱きついていた体を押し返し、負けずに猛然と抗議し始める。

「………あんたのせいよ………。あんたのせいなのよ!馬鹿じゃないの?!あんな無茶な運転してっ。殺すつもり?ホンット怖かったんだから!もう三回くらい脳の手術をするがイイわ!」
「だぁー!うっせぇうっせぇぇぇ!俺のはいつもこんな感じだなんだよ!だからキャーキャー、キャーキャーわめくんじゃねぇって」
「あぁもう信じらんない!いっつもこんなスピード出してんの?!いくらなんでも血の気が引いたわ。つい、抱きついちゃったじゃない……………」

沢近はバイクを揺らし飛びおりて、乱れたスカートの裾をハタハタと直す。

「まったく、ヒゲの馬鹿さ加減ここに極まりね。しかもあんたヘルメットもつけてないじゃないの。なに?自殺志願?」
「いいじゃねぇか。俺は………不良だからな」
「……ふん、何カッコつけてんの。バッカみたい。あんたもっかいヒゲはやしなさいよ。また私がハサミで切ってあげる」
「お、お嬢。お前そのことちっとも反省してねぇのな」

怯む播磨に向けて沢近は精一杯馬鹿にした顔を作り、

「べーっ、だ」

播磨拳児と沢近愛理の会話は、一事が万事こんな感じだった。









新矢神ランド。

新と言うからには旧があるわけで、矢神ランド(旧)は確かにあった。
開園当初、矢神ランド(旧)は全く人気がなかった。それもそのはず、この矢神ランド(旧)は当時の市長がテーマパークが欲しいと駄駄をこねたためにできた、市長の市長のによる市長のためのテーマパークだったのだ。
今はその中身についての言及は避けるが、しかし市長が市長自身しか立案者を認めなかったために、言わずもがなただスケールがデカイだけの酷いものが出来上がった。言わばあの有名歌手のような横暴だったのだ。
そんな矢神ランド(旧)がなぜすぐに潰れなかったのかというと、その市長が建てるために市のお金を使ったので巨額の赤字を出しつつもせめて市長の任期中は存続させなければならず、任期満了後閉園してもその土地の買手がなかなか見つからずに放置されていた。委員会側も使わずとも維持費が必要なこの金食い虫の処理に困っていた。
そしてごく最近になってようやく、とある日本芸能の財閥が購入を希望したのだ。そこの長は有能な人物らしく、購入後即座に新たな土地を付け足し駐車場を完備。他の都市からの客を考えてのことだ。
残っている建物はリフォームのみに留め、ノーマルな建物は美術館や展示を開き、特殊な建物やアトラクションはそれに合う用途で用いて、もちろんデートスポットになるようにレストラン街やゲームセンターの設置も完璧だ。さらに若者のニーズに応えられるように二ヶ月に一回は内容をリニューアル。豊かな自然のみの大公園も備えている。
そうして購入から三ヶ月というハイペースで新矢神ランドは開園となったわけである。
矢神ランド(旧)は宣伝したにも関わらず誰も来なかったのと裏腹に、この新矢神ランドはほとんど宣伝しなかったにも関わらず入園料一律800円という安さが年齢を問わないリピーターを呼び、さらに一般人からマニアまでを満足させる充実した内容に口コミで人が集まった。あとはとどまる事を知らないねずみ算方式で人が集まり、それを今までなんとかギリギリ受け入れるだけの器量が新矢神ランドにはあったのだ。



まぁここまでウダウダと説明してきたのだが、つまり言いたいことは。

「混んでるな……」

ということであり、

「大丈夫よヒゲ。そんな楽しめないほどじゃないわ」

ということだ。
開園は10時であり、播磨の運転のお陰で現在開園30分といった所だが、四車線くらいはありそうな広い正面大通りにはすでに人がごった返していた。
播磨拳児は呆然と制服姿で、沢近愛理は紺のコートに手を突っ込みながら、動かない播磨を気にしつつ、二人して立ち止まり人の流れを遮っていた。
播磨はあまりの人の多さに驚いているようだった。

駐車場にあれだけの車があるんだから当たり前じゃない?真っ直ぐ歩けるだけまだマシよ。

東京ネズミランドにデートと称してよく行く沢近にとってこのくらいの混雑は当然のことだった。田舎のテーマパークがこんなにも混むのは珍しいとは思うが……。
だから播磨の驚きには少々納得がいかなかった。

「ほらヒゲ。こんなとこに立ってないでさっさと進むわよ」
「………」

無言でしかもややぎこちないが、おとなしく歩きだす播磨。
沢近はそれを見ると満足したのか、入り口で貰ったパンフに目を通し始める。

「えっと最初はどこ行こうかしらね……。ふ〜ん結構広いわね……。うっわ色々あるわ」

目移りしちゃうと呟く沢近の揺れる金髪を見つつ、播磨は一人考えていた。

なんか嬉しそうだなお嬢……。よし、もう恩は返したな。
………。……じゃあ、あれ?もう俺が着いて行く必要無いよな?

……おいおい無責任だぞ拳児くん、と突っ込んでくれる優しいお姉さんもいないので、播磨の考えはどんどん進む。

普段から群れることに慣れていないこの男は人混みが嫌いだった。人と同じに歩いていると、なぜか脇道に逸れたくなる。自分は普通とは違わなければならないのではないか、と。
それは傲慢でもなんでもなく、不良時代に背負った負の遺産であった。
劣等感。
いや、そういう孤独な自分がかっこいいと思っていた時期はまだ良かった。しかし天満を好きになった時、すでになんとなく気づいてしまっていたのだろう。
ああ、これは寂しいってことだったんだな、と。

だからこそ人混みをなんの躊躇もなく歩ける沢近が羨ましくもあり、また自分とは違うんだなと考えてしまう。
これこそが播磨が誰かと深い付き合いができない理由でもあるのだが、播磨自身は天満のことで一杯一杯なのでそこら辺のことはだいぶどうでもいい。

ただ。
ただなんとなく。
寂しさを感じてしまうのだった。

……それにお嬢も俺がいない方が楽しめっだろ。

とまるで的外れなことを考えて、これが天満ちゃんだったらなぁなどと大通りぞいにある木製ベンチにどかっと座る。
ベンチが軋む音に気づき沢近が振り返った。

「じゃあお嬢。俺はここで休んでるからそこら辺適当に遊んで来いよ」
「っ………」

唖然。
その突き放たれた唐突な宣言に。
どこか脅えるような目で。

「……はぁ?」








その頃。

「ふぅ〜わ〜。すーごいなーすーごいなー。ねぇねぇ!今度はこっち行こうよっ」

塚本天満一行は新矢神ランドにすでに入園していた。

「ほら姉さん。そんなに慌てなくても大丈夫だって。何も逃げないから。そんなに走ると迷子になるよ」
「そうよ天満。その調子じゃ後半バテるわね」

そんな落ち着き払った二人の言葉にも天満は聞く耳持たず、今はコカ・コーラ風ポップコーンに目を引かれているようであった。屋台でポップコーンがかき混ぜられる様子を興味深々に覗き込む。
そんな天満に塚本八雲は微笑みと共に溜め息をついた。

「姉さんったらもう。……でも高野先輩。サラ来られなくて、残念でしたね」
「そうね。でも仕方無いわ、急なことだったしね。また今度、皆で予定を合わせて来ましょうか」

タダ券は沢山あるし、とボソリと呟くのは高野晶。
八雲は肩にかけた大きなカバンからパンフを広げて、

「でもここの新矢神ランド。なんでテーマパークなのに茶室があるんでしょうか?」
「なんでもここを買い取ったのがそういう日本の伝統を守っている所らしいよ。日本の心を忘れないようにいくつかはそうなってるんだって」
「……へぇ。そうなんですか」

高野は親指をくいっと立てて、自分の背後を指す。

「じゃあ早速行ってみる?」
「え?……えっと……」

行っても良いのだがそれだと天満が退屈なのでは、と迷った八雲は信頼する姉に意見を求めようと、天満の姿を捜す。
だが………

「あれ?」
「……ん?」

高野と八雲は二人して首を回した。









さて一方。

「ちょ、ちょっと。ヒゲあんた何言ってんの?」

沢近は信じられない宣言をした播磨に心底戸惑っているようで、内心の動揺を隠し切れない。パンフを持った手が震える。
それを抑え込み、不信の目をそらさないまま播磨の隣に座った。播磨は前を向いたままぶっきらぼうに答えた。

「別に。疲れたんだよ」
「……疲れたって。あんたまだ入って何分も立ってないわよ……」
「いいんだよ。もう歩きたくねぇ」
「……ガキくさっ」
「………」

沢近の悪態にも播磨は何の反応も見せなかった。いつもとは違いすぎる対応に、わけがわからない。

いきなり一人で行けって……。ホント、何考えてるのかしら……。
……………。
私、嫌われたの……?……喧嘩をする価値も無いってこと……?

しかし様々な不安が広がる中、それでもいつもの播磨より暗く沈んでいる気がした。普段は何も考えていない馬鹿にしか見えないが、今は何か思い悩む様子が見られる。
沢近にとってそんな播磨はかなり珍しく……。新たな一面を見られたというだけで、嫌われてるかもしれないのに……なぜか距離が近くなったように感じられて。沢近はそっぽを向いている播磨の横顔をじっと見ていた。
一向に動こうとしない沢近に苛立ったのか、播磨は舌打ちをして更に言葉を重ねる。

「さっさと行けよ、お嬢。お前だって一人の方が楽しめるだろ?」
「ヒゲ」

沢近は下を向き足をばたつかせながら、答えない。

「あんたいったいどうしたの?いきなりそんな落ち込んで」
「……なーんでもねぇよ」
「……はぁ。せっかくの休日なのに、いい迷惑よ」
「わりぃ。だから一人で楽しんで来いって。俺はここで待ってるからさ」

……あれ?と沢近は思う。
これは……拒絶ではない?そう……もっともっと……優しい感じの……。

「ねぇヒゲ」
「あん?」
「……サングラス外してよ」
「……はぁ?……ななななな、なにいきなり言ってんだ?!ダメに決まってんだろ!」

そう返されるとは予想もしていなかったのだろう。播磨は顔を真っ赤にして断固拒絶した。しかし沢近はそんな播磨を見ようともせずに、

「………そう………」

とだけ。

「………?」

それ以上何を要求するでもなく沢近の返答は一言で終わった。一連の会話に疑問を感じつつも沢近が黙ってしまったので、自然と播磨も黙るしかない。

不思議な沈黙。

双方もう喋ることも何もない。その二人だけ、周りの喧騒とは切り放されていた。

寂しい沈黙。

動いた方が負けというルールも無いのに、どちらも全く動かない。播磨はそっぽを向いたまま。沢近は下を向いたまま。

……もう耐えられない。

どちらかがそう感じて、その場から逃げ出そうとするかもしれなかった。
お互いに逃げて、そのまま逃げ続けるかもしれなかった。

しかし、救いの手は、そっと差し出される。

それは迷子センターからのアナウンスだった。




Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.9 )
日時: 2007/01/05 00:33
名前: 無遠人形

ピンポンパンポン

『迷子のお知らせを申し上げます。迷子のお知らせを申し上げます。矢神市在住の塚本天満さま。矢神市在住の塚本天満さま。ご家族の方がお探しでいらっしゃいます。おりましたら迷子センターまでご連絡下さい。繰り返します。矢神市在住の塚本天満さま、塚本天満さま…………』






チャリーン

一枚の硬貨が落ちる音がした。
播磨はバイクに跨り、目の前の画面に集中しハンドルを握りアクセルをふかす。
ジワリと手に汗がにじむ。

Ready?


GO!!

一気にフルアクセルへ。
播磨のバイクはトップスピードでスタートを切った。






ここは新矢神ランドのゲームセンター。
レーシングゲームコーナーの一角だった。
完走後、次々とランキング表示がされる。
播磨の記録は七位。
その瞬間、

「………だああああああああああ!!!!また負けかよ!ちくしょぉぉー!!!」

叫ぶバカがいた。

「……十分凄いと思うけど」
「………ぅぅ、くっそ………」

嘆く播磨は擬似バイクから降りて悔しげな表情を見せる。無理もない。もう都合8回挑戦しているのだが中々上位に入れないのだから。
無言のまま画面を見つめている。無駄に哀愁が漂っていた。
上位はとある二人のネームで埋め尽されていて、いくら頑張ってもそこに食い込めない悲しい播磨だった。
そして諦めの悪い播磨も忘れてはいけない。

「……もっかいやる。絶対勝ってやる」
「はぁ?またぁ?あんた何回したら気が済むの……。ってかヒゲ自分だけ遊びすぎなのよっ。……、聞こえてんの?!!」
「………」

ゲーム機にアタックをかける播磨に沢近は文句をつけるが、まるで聞いちゃいない。最初こそ、バイクの運転の巧さに驚いていたが、そう何度も見せられてはいい加減うんざりだった。
口を尖らした沢近は並べてある隣のバイクに座りながら買わせたジュースにストローを挿す。




沢近にとって入園直後の播磨の奇妙な言動は謎のままだったが、今の播磨は不思議と楽しそうだった。
あの沈黙が続きそうになった時に響いた放送で、天満が新矢神ランドに居るということを知った沢近な訳だが、あまり良い知らせとは思わなかった。
天満には散々播磨との妙な噂を立てられているのであり、散々な目に散々あった。

更にその妹も気に食わない。
特に播磨との関わりとなると、その名前が浮きあがり、少女の心を刺激した。

せっかくのヒゲとのデートなんだから、邪魔無しに二人っきりでおもいっきり楽しみたいんだけどなぁ……。
………………って、ちょっと私ったら何考えてるのかしらべ別にそんな意味なんかじゃなくてあのその…………。

沢近の顔が真っ赤に染まる。
ずぞぞぞぉぉ、とジュースを飲み干した。
とにかく沢近としては誰にも知られないで、密かに遊びたかったのだ。
二人っきりの時間を持ちたい……。

いつも仮面をかぶっていた私……。

いつからか仮面が私になっていた……。

でもあいつが相手だと……。

………。

………。

………。

………。

ふん。

別にいいじゃない。

ヒゲの中にいる、

お嬢としての時間があったって!!





と、突然沢近の目の前がバサリと暗くなった。

「ひやぁっ」と叫び突然の出来事にあわわと引っくり返りそうになる。
しかしそこは運動神経抜群の沢近。バランスをとるため、倒れないために足をバタバタさせて手をグルングルンと激しく回してなんとか体勢を戻そうとする。
かなりヤバイ状況だ。
しかしその時播磨はというと、うすい財布から取り出した硬貨をバイクゲーム機に投入していた。
……播磨、あんたってやつは。

しばしその状況が続くが、沢近がなんとか気力で復帰。
肩で息をする姿が戦いの激しさを物語る。もし足が前のバイクに引っ掛からなかったら、そのままマトモに後ろに倒れていただろう。
沢近は転倒の恐怖による涙目を拭きながら自分の上にある物を確める。
それは播磨の学ランだった。Yシャツ姿でバイクに跨る播磨から考えるに、播磨が沢近の上に学ランを放り投げたらしかった。
なんとも失礼なやつ。
そんな播磨は意気揚々とYシャツの腕を捲り、「よっしゃ!今度こそこのMICOTOとYOKOに勝ってやる!!」などと今度の勝負に意気込んでいた。
しかし沢近にとってはそんなことはどうでも良いのであり、そ・れ・よ・り・も、播磨の失礼な振る舞いに全力で怒るべきだと即断する。

ふっふっふっ、どんな目にあわせてやろうかしら?蹴り?肘?拳?金的?

しかし。

………。

「………はぁ」

結局、沢近は怒らなかった。
バイクに跨る馬鹿みたいに真剣な男を見て、諦めた。その姿には、諦めざるを得なかった。

……うん、私って、大人になったわ……。

代わりに学ラン没収したが。








周りからまばらに拍手が聞こえる。

「勝てねぇ………」

燃え尽きたぜ、真っ白にな。
という感じで両手両膝をつき俯く播磨。頭からは白い湯気が出ていた。それだけ全力を尽したのだろう。まぁ結局勝てなかったようだが。
いい加減諦めろって。

「ほらヒゲ。さっさと次のとこ行くわよ。こんなとこで……。ほら立ちなさい。……立ちなさい!はぁっ、情けないわね…………くっ、んもう重いんだからっ」

引きずるように播磨を別の場所に連れていく。そんな沢近の顔は真っ赤だった。
実は播磨のラストランのあまりの力走ぶりに初めはちらほら、最後は続々と大勢のギャラリーが集まってしまっていた。やりこんだゲーマーへの憧れ的な、方向を間違えた熱意に包まれていた。
注目されることには慣れていた沢近だが、こういった雰囲気に慣れていなかったので沢近には居心地の悪い時間だった。
更に引きずられている播磨は気がついていないようだが、好奇の目は他の場所にも向けられている気がした。
例えば沢近と播磨の関係についてとか。
そのように見られることは嬉しくないことはないが、……何か嫌だった。
というわけで早々にこの場所を離れたくて、一向に自分で歩こうとしない播磨を無理矢理に引っ張っているわけで、しかし少し考えてみると、今不快感を感じているのも重労働をしているのも全てが播磨の所為であるということに気がつき、はらいせに顔面を蹴ってやった。

「くぅ〜…………ってェな!何すんだ!」
「……あらあら元気一杯じゃない。それはとても良いことだわ。そんな叫ぶ元気があるならもう自分の足で歩いてはいかがかしら?いい加減にしてくださらない?優しい私も、なんだかそろそろ限界が近い気がするのだけれど?臨界突破は色々と危険だわ。ねぇ播磨君?」

可視のオーラ(蛇)を背後にして、とびっきりの笑顔を作るデンジャラス沢近に、一触即発を感じ、播磨は飛び上がるように即座に立ち上がり、素直に頷いた。

「………お、おう!」ガクガクブルブル(怯え)
「……ふうん、そう。わかればいいのよ」

沢近は半眼で睨みながら口だけだが納得してくれたようだった。
ほっと胸を撫で下ろす播磨。
こんな所で失神KOは勘弁だった。
そんな播磨をよそに急に沢近は播磨の腕を引っ張り、

「あっ。ねぇねぇヒゲ、こんどはあれやってみたら?」
「……あん?」

打って変わって機嫌が直った沢近に戸惑いながら、その細い指の差す先を見ると、

「DDRだな」
「でぃーでぃーあーる?なにそれ?」
「ダンスダンスレボリューションの略。ってかお嬢そんなことも知らんで俺にすすめたのか?」
「だってゲーセン行ってもほとんどプリクラしかやってないし。そもそもゲームにあんまり興味ないのよ」
「ん?興味ないのか?」
「!!……え、えっと、いやそうじゃなくて、今はむしろ興味があるわ!」
「ふうん、そうか?……んじゃ、よし今度はお嬢やってみろ」
「え?私が?」
「当たり前だろ。俺ばっかゲームしたってしょうがねぇじゃねぇか。こういう庶民の遊びをやってみンのもたまにはいいんじゃねぇの?結構楽しいぜ」

何故か熱心に勧める播磨。その提案に沢近は渋々と、

「……そうね」

というわけでDDRに初挑戦!


「え?え?じゃあ足でこのパネルを踏めばいいの?えっと、どのタイミングで?……は?重なった時?」

そんなこんなで、とりあえず初級で始めさせてみる。するとさすがは沢近、初めはテンパっていたがすぐにコツをつかんで、音楽に合わせてうまく調子を刻み、なんと二曲目はパーフェクトをだした。

「へ〜、結構簡単じゃない。なんだか拍子抜けだわ」

と生意気な事を言う沢近。それに対して播磨は不気味にもにやりと笑い、もちろん沢近のお金で最高難度の曲を選択し、挑発してやる。

「ふっふっふっ。お嬢にこれがクリアできるかな?」
「……なによ。感じ悪いわね。私にそういうこと言っちゃうわけ?………。ふん、いい度胸してるじゃないの。わかったわ。受けて立ちましょう。……その代わり私がクリアしたらなんか一個、言うこと聞きなさいよ!」
「……ふふん、いいだろう」

鷹揚に播磨は頷く。とてもじゃないが初心者が挑戦するレベルではない。それを知っているからこそのこの勝負であり、絶対の勝率だ。
案の定、

「うわっ!は、早っ!速度が!なにこれなにこれ!!なんかいっぱい来た!!足がお、おいつか……ふべっ」

よろけてコケた。
倒れている間にも矢印は無情に通過して。
GAMEOVERの文字が。
呆然とその画面を見上げる沢近に、くっくっと忍び笑いを洩らす播磨。
沢近の顔が一気に赤くなって、そしていきり立つ。

「もう一度挑戦よ!!!!!」

さっきの播磨の再現のよう。






しばし無謀なアタックを繰り返す沢近。
一方の播磨はというと。

ニヤーリ、シメシメ。作戦成功だぜ!!

とほくそ笑んでいた。なぜかというと、

よっしゃ!これで天満ちゃんに会いに行けるぜ!

というわけだ。
実はこの男、天満がいるというアナウンスを聞いた時点からこの計画を考えていた。
題して“天満ちゃんを捜しだして二人で一緒に遊んじゃうゾ!!”作戦。
題名そのままだが、どこかで迷子になっている天満を捜しだして一緒に遊ぶという計画なわけだ。
普段の播磨ならば即座にこの計画を実行に移しただろうが、今回の播磨は一味違った。
つまり今デートのような真似をしてしまっている沢近を置いて、自然に一人になれるような状況を作りだそうとしたのである。そうでなくても誤解されているというのに、もしも二人で居る姿を見られたらもうヤバすぎる。何を言われるかわからない。おめでとーかもしれないし、お猿さんかもしれない。しかしそれでいて、沢近に播磨が天満のことを好きだということもバレてはいけないのだ。
だから天満が一人で来なさそうなゲームセンターに入り、時間をおいて天満の事を忘れさせて、沢近に気づかれずに脱出する為に、沢近を別のことに集中させたのだ。
今のところ、それはうまくいっているようだった。

ふっふっふっ。
俺ってあったまいーな!!
やっぱりマンガ書いてるお陰だぜ!完璧な作戦だよな〜。
とうとう俺も諸葛亮みたいな男になれたか……。

……播磨っ!!諸葛亮孔明に謝れっ!!といくら地の文で突っ込みを入れても播磨の耳には届かない。

まぁお嬢には悪いとは思うがな。
これも俺と天満ちゃんのタメだ。一人でおとなしくゲームを楽しんでいてくれ。
俺は天満ちゃんと………ムッフフッフフフッ。

……何を考えているのか、鼻の穴を広げ不気味な表情になる播磨。
沢近が気づいていないのをキチンと確認する。そんな懸命に足を動かす少女を後にして播磨はマジで立ち去った。
その背中は無駄に男らしかった。

というわけだ!アディオス、お嬢!!








あけましておめでとうございまする。

次回は、沢近の背後に迫る影。そしてバトルバトルにまたバトル!!
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.10 )
日時: 2007/01/07 23:20
名前: 無遠人形

「………」

少女は無言で立ち尽くしていた。

「………」

なかば放心するように、なかば恍惚の表情で。

「………できた」

息を荒げながらも、自らの足でしっかりと地面に立つ。

「………やった」

Dという判定結果を見ながら、それでも少女は嬉しそうだった。

「……できた……やったわ!!クリア、クリアしたのよ!!やった!!私って凄い!!!最高!!どうよヒゲ!!どんなもんよ!!」

喜色を満面に表して、金髪ツインテールを振り乱し、勢いよく振り返る。

「ちょっとは見直した?」

その生き生きした姿は、単純な美しさではなく、自然でいて複雑な魅力。

間違いなく彼女は輝いていた。

しかし、

「………あれ?………ヒゲ?」

沢近愛理の振り向いた先に、意中の人はいなかった。











カコーン!

「ふう」

和風美女、高野晶は荘厳な茶室で茶をずずずと飲み終えた。
ことりとお椀を畳に置き、ずずいと目の前で優美に正座する清楚な美人、塚本八雲へと押し返す。

「結構なお手前で」

八雲は照れたように顔を伏せ、ありがとうございますと小さな声で言った。

カコーン!

そんなやりとりをする横では、

「はううう。八雲ぉ、もう足が痺れたよぉ〜。正座無理〜。お茶も苦くて飲めない〜」

小動物的美(?)少女、塚本天満が情けない前傾姿勢で、もぞもぞと足を動かしていた。
天満らしい様子に妹である八雲はくすりと笑う。

「無理しないでね、姉さん」
「ダメよ天満。我慢なさい。そんなんじゃ体育教師体罰型放置プレイに耐えることが出来ないわよ」
「??晶ちゃん何言ってるの?」
「別に」
「はい、姉さん。茶菓子だよ」
「うわ〜い!!!待ってました!!これお花??かわい〜!………そして、あっま〜い!!八雲、もっといっぱいちょうだい!!!」
「天満、太るよ」

カコーン!

平和に茶道を満喫する三人であった。




実は高野と八雲は迷子センターに申し出た後、すぐに天満を見つけていたのだ。
八雲が放送を頼んで姉の安否を心配していると、高野が突然、「もしかしたら」と言ってある場所に向かった。八雲も着いて行くと、案の定天満はそこにいた。
「烏丸くんがいるの!!」
ある場所とはカレー横丁で、その中の喫茶店のような雰囲気のある店舗を天満は覗いていたのであり、自分が迷子になっていたことの自覚などこれっぽっちも無いような笑顔でそう言った。
『元禄亭』と名のつくその店には確かに烏丸がいた。高野はこれを知っていたのだろうか?と八雲は不思議に思ったが、姉が見つかったのもまた事実なのでそこは突っ込まずにただ安堵した。
天満が「お昼はここで食べよう!」と強烈に主張して、お弁当無駄になっちゃうなと思いつつ、姉のことを第一に考えて同意した。
烏丸のことが好きな、姉のことを。
そうして、お昼まで適当に時間を潰そうということで、お茶会を楽しんでいたのだ。
天満は烏丸を誘ったようだが、「ごめん」と断られたらしく、しかし「お昼は美味しいカレーをご馳走してあげる」とかなんとか言われたようで、ひたすらにご機嫌だった。

そんな天満を見て微笑みつつ、
しかし八雲はこの新矢神ランドにいるであろう人のことを想った。

考える必要はないのに……。

気にしてもしょうがないことなのに……。

でも、

「……播磨さん……」


私は、あなたに、何が出来ますか?



塚本八雲はただそう想った。












さて一方。

「なによ……。どこ行っちゃったのよ……」

周囲を見回すが、播磨がいたという痕跡すら無い。
一人ぼっちの沢近愛理は、怒りよりも不安を感じていた。

「……トイレ……なのかしら?」

確かに播磨の性格を考えれば、トイレに行くのに一々声をかけたりはしないだろうが、それでも沢近は不安になる。

自分が置いて行かれる。

「………嫌………」

一瞬、閃光のように自らの家庭の、嫌なことを思い出してしまいそうになるが、

「……ヒゲの、ばか」

播磨を思い出し罵ることで、なんとか自制心を取り戻す。ぎりぎりで、本当に瀬戸際で、ネガティブなループから抜け出すことが出来た。

「………」

チャリーン

不安をかき消す為に再びゲームを始める。
ほとんど何も考えることができない。

パーフェクトの文字が出た。

沢近の心情とは反対に、適当に選んだ曲をパーフェクトでクリアしていた。
しかし、全く嬉しくない。

「………アホらし」

その判定を冷めた目で見る沢近。

私ったら、何してんだろ……。

すると唐突に、背後から声がかかった。

「ひゅう。すっげ、パーフェクトだってよ。ヤリ込んでんなぁ。可愛い彼女、ゲーセンとかはよく来るわけ?」
「………」
「バッカてめぇぶしつけなこと言ってンじゃねぇよ。ごめんな、いきなり。ほらてめぇも謝れ」

そこには若い男が5人いた。
みな髪を染めて、ちゃらちゃらした格好である。原宿辺りにいそうな、ビジュアル系だった。
ナンパなのだろう。沢近はすぐさま見抜く。こんなことは初めてではなくよくあることだった。

「………何の用?」
「何の用?何の用って………。それはもちろんアナタとお茶したいのさぁ!!」

初めに話しかけてきたその軽い茶髪の男は正直にそう言った。別に美徳にはならないが。
間をつなぐように、リーダー格の男が前に出てくる。
その時五人の名前をそれぞれ紹介したが、マジでどうでもいいので省略。

「俺たち今男だけで遊んでたんだけど、なかなか寂しくってねぇ。誰かいい人探してたら美しい女性が激しく踊っているじゃン!!」
「………」
「そんで今まで君の美しさにみとれてたのさ。だからきみ、俺たちと遊ばない?一人よりもたくさんで遊んだ方が楽しいぜぇ?」
「………」

今ここでお嬢様の仮面をかぶれば、どんな男も意のままに出来る、好きなように受け流せる自信がある。どんなでまかせも並べられる。その自信があった。
だが今はいつもの仮面をかぶる気力も起きなかった。

「ごめんなさい」

それでも言葉は丁寧に。

「今私には連れがいるの。だから諦めてくださらない?」

力無い笑顔で、なんとか言えた。
嘘ではない嘘を。
しかし、

「ふ〜ん。連れ、ね」

男たちは全く動じない。互いに顔を見合わせて、ニヤニヤしている。

………何なのよ。

「きみが言ってる連れってのが制服を着てサングラスをかけた男のことなら、向こうはきみのことを連れとは思ってないみたいだよ?」
「………」
「だって俺たちその男がここから出ていくのを見てたもんなぁ。なぁ?皆も見たよな?」

その男は他の男たちと共に頷き合う。
そのニヤけた顔で。
明らかに沢近をからかっていた。

その様子に、
沢近は唇を噛み締める。
血がにじみ出る程、強く。

この男に言われたこと、播磨が沢近に興味がないということは、自身はっきり自覚していたが、
それでも他人から言われると、ただ悔しかった。
何故かはわからないが、腹立ちよりも悔しさが上を行った。
あと一つわかったことだが、この男たちはおそらく播磨がバイクレースゲームをしているときから沢近に目をつけていたのであろう。しっかり観察してからナンパをするとは、抜け目のないやつらだ。

「うっひょー!!シャネルのバッグだぜっ。しかも最新のやつ。俺知ってるぜ、これってむっちゃたけーんだぜ?もしかして彼女めっちゃお嬢様だったり?」

ギャハハと笑う、空気の読めない軽い男がいた。
手には沢近のバッグを持って。

「!!ちょっとあんたなにやってんの!返しなさい!」

あまりの失礼な行為に、丁寧な言葉も使わず沢近はバッグを奪い取ろうとする。その必死な様子に、本当は地が出ただけなのだが、豹変したと感じた男は驚いた表情で「おぉ、こわっ」と言い、

「こーまんちきなお嬢様はこれだから」

これにはカチンときた。
それが単なるからかいの言葉で、それが言われたことがないわけではない言葉で、普段なら笑って受け流せる言葉であっても、極度に腹が立った。

もう限界だ。

やはり先程の、はっきりと沢近と播磨の関係を指摘されたのも、響いているのであろう。それ以前の不安も。
楽しい時間も跡形なく消え、目の前には悲しくて腹立たしい現実しか残らない。

もう最悪だ。

こいつらなら八つ当たりも構わない。
相手は学校の生徒でもない、二度と会わない野郎共なのだ。

もうどうとでもなれ、よ。

そして沢近は言った。

「…………このクズども」
「………え?」
「……蛆虫以下の価値しかないゴミ滓ども………。地球の資源の浪費しか出来ない、自分達のことしか考えられない愚か者ども………。人が優しくしてたからって調子にのるんじゃないわっ!!」

これでもかと激しく罵る。

「自分たちにはカスほどの価値も無いことを知りなさい!いくらカッコよく着飾っても、その人格が汚いならそんなもの相乗効果で見苦しい、見ていられないわ!気持ち悪い!その程度の存在が私を誘うなどとは高望みも甚だしいわっ!馬鹿馬鹿しい!」

大きく息を吸って、

「胎児からやり直して神様と両親に謝りなさい!!!!」

世界に空白が開いたようだった。
ふう、と沢近は息をつく。
こんなに毒を吐いたのは久しぶりだ。とりあえずすっきりはしたので、よしとしよう。
固まったまま、信じられない物を見るかのような目でポカーンとしている男たち。
沢近は微動だにしない男からバッグを取り返す。

「ふん」

鼻息だけを残し、早急にその場から立ち去ろうとする沢近。
しかし、その肩を男の手が掴んだ。

「ちょっと待てやこのアマ」
「なによ……。放しなさいっ!」

沢近は振りほどこうとするが、男の力は案外強く、

「きゃっ」

近くの壁に押し倒された。
倒れた沢近を男たちが囲む。

「お嬢さん、ちょっと口が過ぎたねぇ。さすがに温厚な俺らもカチンときたよ」
「そうだ、調子のってんのはそっちだろクソアマ。てめぇその可愛い顔ぼこぼこにされてぇのか?あぁん」

沢近の胸ぐらを掴んでそう言ってくる。
しかし沢近も負けてはいない。男の顔に爪を立てて足で男の体を突き飛ばす。

「は・な・し・な・さ・い!!口が臭いわ!!」
「……てめぇ……マジで殺されてぇのか?」
「いいんじゃねえの?やっちまおうぜ」

熱り立つ男たち。
するとリーダー格の男が、

「まぁ待て」

と言いゴソゴソとポケットから黒い物体を取り出した。なんだ?と見ていると、男は横にあるスイッチを押して。

バヂッ

男か手に持つ、その黒い物体から一瞬火花が散った。

「こういうプライドが高いやつは体をいくら傷つけてもダメだが、心はあんがい脆いもんだ」
「スタンガン?」
「この女はちょっと痛い目にあいたいらしいからな。こんな目立つ場所じゃなくて、もっと良い場所で色々楽しもうぜ?誰にも見つからない所でよ」

リーダー格の男はスタンガンを沢近に向ける。男たちは即座に意味を受けとり、ニタニタといやらしく笑って沢近を押さえつけにかかった。
沢近もその意味に気づき、今更ながら恐怖に襲われる。

「いやっ!そんな……やめっむぐっ」
「口はちゃんと押さえとけ。声出されっとマズイからな」

あっという間に沢近は四肢を固定されて身動きがとれなくなる。
じたばたともがこうとするが、いかんせん男と女の差は大きかった。

「残念だったなお嬢ちゃん。回りの人達からは俺たちの影に隠れてあんたは見えないし、気絶したあんたを担いでいてもさして問題ないだろう」

バヂッとスタンガンが鳴る。

…………………いやっ…………………。

現実的な恐怖に沢近の気迫も萎え果てて、男たちに逆らう力すら出てこない。

「まぁ俺たちの怒りを買ったんだからこんくらいの罰はあたりまえだよな?俺たちも最近女はご無沙汰だったからまぁそこらへんは勘弁してくれよ?」

………………助けてよ………………。

「大丈夫大丈夫。そんなに長くは遊ばねぇって。二・三週間楽しんだらちゃんと解放してやっからよ。社会勉強だと思って、な?」

………………ヒゲ………………。

「おい早くやろうぜ。周りのやつらに気づかれるとまずいしよ」
「ん?ああそれもそうだな」

リーダー格の男は沢近の首筋にゆっくりとスタンガンを近づける。

い……………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

「良い夢を」

バヂッ

ビクン!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

沢近の体が跳ね上がる。

しかし、

「あれ?気絶しねえな」

そう、沢近の意識はまだあった。
意識があるといってもそうとうに混濁していて、呼吸も荒く、眼球の動きも定まらないが。
その目から勝手に涙が溢れ出てくる。

い、や、だ。

「心臓とかにやるんじゃねぇの?そうすりゃさすがに気絶すんだろ」
「そうだな………」

リーダー格の男はやおら沢近の胸元に手を伸ばすと、ダッフルコートの上部を強引に開いた。
ボタンが床に弾け飛び、辺りに転がっていく。
そのあらわになった胸元に、男たちはごくりと息を飲んだ。

「やっべぇ、俺もうタッてきちゃったよ」
「馬鹿。股間を押さえるな」

視界は涙で何も見えず、混濁する思考の中でひたすらに繰り返す。

いやだ。
いやだ。
おねがい。
たすけて。
わたし。
いやだ。
うばわれる。
ひげ。
たすけてよ。
もうむり。
こわれる。
わたし。
いやだ。

いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。

ひげ。
はりま、けんじ。

「いいからわたしをたすけなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!」

全身全霊を込めた。
魂の叫びだった。

「おい馬鹿っ!!口押さえとけっていっただろ!!」
「あっ、わりい」
「むぐぅ」

いまさらながら沢近の口を押さえる男。

しかし時既に遅し、だ。

非道な振る舞いにはそれ相応の天罰が待っている。





「お嬢の叫び。確かに聞いたぜ」





「うっ!」とリーダー格の男は顔を押さえて、更に次の瞬間にはそのスタンガンは持った手ごと蹴り飛ばされた。蹴った勢いを利用して一回転、二撃目の蹴りはその顔にぶち込まれ、その男は飛んでった。

「うぎゃぁ〜!!」

その様子をポカンと見ていた他の男も、走り込んで来た人影に一瞬四撃、簡単に殴り飛ばされる。

「お、お前はっ!!」

そしてそのままその人影は沢近の前に、男たちから沢近を守るようにして、立つ。
その姿を見た沢近は、どうして良いのかわからない。

「……ヒ、ヒゲ……ど、どうして」

沢近の目から流れるのは安堵の涙か。
沢近の顔に浮かぶのは喜びの表情か。

「ふふん」

その人影、播磨拳児はちらりと沢近を見て不適に笑った。

「なっさけねぇなぁお嬢。普段の気迫はどうしたよ?鬼のような蹴りは不調気味か?お嬢を倒したこいつらを、俺が倒せばいいんだな?そうすりゃ俺はお嬢よりも強いってことだよな?」

沢近は胸が一杯になる。
今何を言っても、意味のある言葉にならない気がした。

「………ばか」

せめて邪魔にはならないようにと、痺れて動かない体に無理を言って後ろに下がる。
既に臨戦態勢の播磨は、前の五人を威嚇しながら獰猛に言い散らかす。

「いいかお嬢。よぉく見とけよ」

破顔一笑。

「お前に乱暴をした男たちの、無惨で無様な散り様をよぉっ!」

もうダメだ。
沢近はそう思った。
何がダメかはわからないが。
塞き止めていた何かが、はっきり決壊したのを感じる。

「うん」

淡く輝く笑顔。
それは仮面をかぶる前の沢近。
まだ両親がいたころの、沢近で。

「……頑張って」

儚く脆い笑顔だった。

しかし、それでもなお。

その笑顔を受けとり、男は力強く笑う。

「……まかせとけ!!」

威風堂々。

播磨拳児、戦闘開始!!












前回の予告、大嘘ですね(笑)
次回こそは間違いなくバトルです!!
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.13 )
日時: 2007/01/10 21:56
名前: 無遠人形

播磨の戦い方には一つ特徴があった。

それは自身の経験によって練り上げられてきたものであり、長年の喧嘩人生で続けてきたものである。

そんな戦い方をする根拠はどこにも無くて、とことん非効率的なのだが、しいて言えば、根拠としてあげるとするならば、

播磨自身の野生の勘か。



その戦い方は、

ごく単純。

ただ、全力でブッ飛ばす。

フェイントだろうが関係ない。
体勢が崩れようが構わない。
ペース配分を考えない。

ただ、全力でブン殴る。

避けられたら避けられた。
それはその時考える。

そして、全ての攻撃に、
一撃必殺の威力がある。

その鋭い拳は、
当たった部位を急所に変える。


圧倒的暴力。


だからこその、最強。

だからこその、魔王。










不穏な空気。
遊びの要素の一切を排除した殺気。
沢近は感じたことのない質の雰囲気に、ざわりと肌が総毛立ち、心配そうに目の前の男、播磨拳児を見上げた。

「てンめェ……。彼女の前だからってカッコつけてんじゃねぇよ、このガキが。殺すぞ?」
「調子のってんじゃねー!!ぜってーぶっ殺す!!」
「おいサングラスのクソ野郎、てめーなに笑ってンだよ。気でも狂ったか?てめー状況わかってんのかよ?五対一だぜ、五対一。てめーが勝てる要素なんか寸分の一もねぇんだよ」

五人の若者は……いやもうチンピラでいいか。チンピラ達は次々と播磨を囲う。リーダー格の男は拾ったスタンガンを構えていた。
皆一様に殺気立った目を、播磨に向けていた。

一般的に喧嘩というものは戦う人の数が物を言う。
集団での戦いには、個人個人のスキルよりも、団体での一体性、息の合った戦闘行為が要求される。だから個人で見れば大した力を持っていなくとも、集団で戦うと思いも寄らない力を発揮する。
さらに人数が多いと言うだけで戦略の幅が広がり、相対的に被負傷率も減少する。
それに相手は一人だ。
余裕で勝てる。
このチンピラ達はそう思っていた。

「ぼこぼこに殴るだけじゃ済まされねーからな」
「自殺にたくなるような屈辱を味あわせてやる。死ねバカ。ザマァ見ろだ」

たくさんいれば、一人相手に、負けるはずがないと思ってしまった。
そう、その考えは正しい。

ある例外的存在を除くならば。

例えば、
中学生から喧嘩に明け暮れ、
いつも一人で多人数相手に戦い、
自分より強い相手に喧嘩を売っていた、
そんな男がいたとしよう。

その男にとって、
多人数相手の戦い方と一撃必殺の力を持っている男にとって、
半端な力しか持っていない敵が五人が並んだところで、それは恐るべき脅威になり得るのだろうか。

「ごちゃごちゃうっせぇな」

播磨は中指を立てて挑発する。

「御託はいいから、さっさとかかってこいって。……はっはーん、それとも」

とっても嬉しそうな顔で。

「てめェら俺が怖いんだな?……はっ、ザコどもめ」
「っ!!ナメんなこのっクソガキがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

挑発に引っ掛かったチンピラが二人播磨を殴ろうと拳を振りかぶり飛び出してきた。
播磨の読み通りに。

VS多人数の秘訣。
一対一の状況を作り上げる。

播磨は立った状態からノーモーションで姿勢を低くし、一番近くに来ていたチンピラの懐に入り込んだ。突如間合いが近くなり、そのチンピラはタイミングを外されるが、それでも播磨の顔面目がけて右拳を振り下ろす。
播磨は構わず勢いのまま右足を踏み込み、アッパーに近い右のパンチをくりだした。
一瞬の交錯。
チンピラの顔面が跳ね上がる。

「っ!ぶぅっ!!」
「お嬢に手を出すやつはこの俺が許さねぇ!」

吠える播磨。
播磨の拳は鼻柱を的確に捉えていた。
鼻からは血が飛び散り、そのチンピラはそのままばたりと引っくり返る。
一人目が撃沈。

……それにしてもカッコいいではないですか。
……しかし、まぁ、この台詞は本心じゃなくてその場のノリとかマンガやドラマのパクりで言っているのが残念と言えば残念だけれど。

播磨の心の中といえば、

久しぶりの喧嘩だぜぇぇぇぇぇぇっ!!!
ひゃっほう!!!最高っ!!!!

くらいしか考えていなくて、ただ単に喧嘩の理由が与えられたことが嬉しくて仕方がない。
理由のない喧嘩は、問題が起きかねない。しかし、女の子を傷つけたとあらば、それは全て正義の戦いとなる。
だから、このチンピラ達をぼこぼこにできる理由を与えてくれた沢近には感謝しているのであった。

VS多人数の秘訣。
一ヶ所にとどまらない。

播磨は倒れていくチンピラにはもう見向きもせずに、次の標的へと向かう。
仲間があっというまにやられた光景を、ポカーンと見ていた次のチンピラは播磨が歩いてくるのを見て、慌てて両手でガードする。
しかし、そのガードお粗末なもので顔しか防御しておらず、腹がすっかり空いていた。それを見逃す播磨ではない。
痛烈な鳩尾への一撃。

「ぶほぇぁっ」

真正面からの内臓にめり込むような容赦のない一撃だった。

「あ……ぐぅ……うぅ」

顔を真っ青にさせ、腹を押さえながら腰から崩れ落ちる。
二人目が撃沈。
しかし播磨は二人を瞬殺した感慨もなく、ただ殴ったその拳を見つめた。

「………」

ニヤリ

そして不適に笑う。
黒いサングラスが妖しく光った。

「………っ!……なんなんだよくそったれっ!」

残った三人のチンピラはその様子を不気味だと感じた。
無意識に体が震えてくる。
今更ながらに、薄れていた野生の本能が叫び出す。
実は今自分達が相対している男は、単に食われるだけの弱者ではなく、カッコつけてる学生などではなく、
人を喰らい貪り尽す存在なのではないかと。

しかし、彼らの理性は、
生物学的な本能を否定する羞恥心と言う名の理性は、敵からの逃亡を許さなかった。

ジャッキィン

二人のチンピラは顔をひきつらせながらも、ポケットからバタフライナイフを鳴らす。
作りはちゃっちいが、人を怯ませるには十分に凶悪で、

「………!!……う……っ!!」

そのナイフの姿を確認した沢近は、人間として当然の恐怖から声もなく叫ぶ。

ヒゲに刺さるかもしれない。
ヒゲが傷つくかもしれない。
ヒゲが………死んでしまうかもしれない。

全て可能性でしかないのだが、言い知れない恐怖が、座り込み見ているだけしか出来ない沢近を襲う。

そんな沢近の心配をよそに、播磨は全く動揺しなかった。残った三人のチンピラがじりじりと播磨を取り囲んで行く中でも、播磨の心は動かない。

VS多人数の秘訣。
囲ませない。

現在の状況は最悪。
凶器を持った男達に三方を囲まれている。
援護は無し。
沢近が心配になるのも当然のことで、播磨の勝ち目が無いようにも見えるのだ。

しかし播磨は動かない。
堂々と、臆すること無く、

………ふん

播磨は知っていた。
もしこのまま普通に戦えば、セオリー通りに戦えば、問題無く勝てるだろう。なんの面白みもなく勝てる。

それじゃあ、つまんねぇんだよ。

播磨はそう思った。

たとえ俺を大人数で囲んでも

たとえナイフやらスタンガンやらを持ったとしたって

それでもなお、

俺とお前らの戦力の差はそれ以上だ!!!!!!















ベリーグッド!!
すばらしい
獰猛で野蛮で
しかし計算され尽した動き
パーフェクト!!
背後からの攻撃を避けるか
そして即座に反撃すりあの体捌き
エクセレント!!
当たれば吹き飛ぶあの威力
殴られても止まらない不屈の精神
もしかしたら………
あの男ならば………
できるかもしれない………
………チャンピオンチームを倒すことが………











「はぁっ………はぁっ………」

喧嘩はもう終りに近かった。
ナイフを取り出していたチンピラ二人は地面に討ち伏せ気絶していた。

「ふぅ」

播磨は息を整え終わる。
流石の播磨も一撃もくらわないなんてことは無くて、いいのが入った脇腹の辺りがズキズキ痛む。しかし三方向からの同時攻撃は程良い緊張感を播磨に与えていて、気分が高揚していたので痛みもそんなに気にならなかった。

「さぁて」

播磨は残るリーダー格のチンピラにゆらありと向き直る。
その手にスタンガンは無い。
播磨が一番最初に狙ったのが凶器を落とすことだったのだ。ファーストコンタクトでナイフもスタンガンも全て蹴り飛ばしていた。

「あと残るはてめぇだけだぜ。おらザコ、かかってくるのか?こねぇのか?」

播磨はチンピラを変わらず挑発する。

「あ、あ、う、あ」

しかし残るチンピラは挑発にのる気力さえ無い。
既に播磨に食い尽された。
その圧倒的実力差に。
精神も体力も、そして希望すらも。
………………魔・王………………。
チンピラは暴力をふるう播磨を見て、図らずも播磨不良時代のあだ名を思い浮かべていた。
体がガタガタ震えて、

「う、う、う、うわあああああああああああああああああ!!!!!!」

恥も外聞もなく逃亡した。
地面に倒れている仲間を助けようともせず、最後に男気を見せて播磨に対して戦いを挑む事もなく、播磨に背を向けて逃亡した。
そんなチンピラに播磨は舌打ちする。

「締まらねぇなぁおい」

もちろんそんな逃げ姿が情けなくても、容赦無く追い撃ちをかける。
いつのまにか喧嘩を見物していたギャラリー達をかきわけ逃げようとするチンピラに向けて100メートル12秒を切る速力で、猛然とダッシュする。

「てめぇらそこをどけぇぇぇぇぇぇ!!!」

その声に、チンピラを中心にギャラリー達は一斉に身を引き、避ける。

「ひぃぃぃぃぃ〜」

チンピラはその空いた空間を逃げようとするが、全然遅い。

「覚悟ぉぉぉぉ!!!!!」

タンッ

と播磨は跳んで、

「播拳キィィィィィィィィィィック!!!!!!」

綺麗な飛び蹴り。
その飛び蹴りの靴底は、振り返ろうとしたチンピラの顔面を、ジャストミート、見事に捉えた。

ええここではもちろん『ハリケーンキィィィィィック』と読んであげましょうね。








「お嬢大丈夫か?」

蹴り飛ばした後、ざわめくギャラリーを無視して播磨は沢近の元へ向かっていた。

「お嬢?」

もうそろそろ正義感の強い野次馬によってここの店員が来る頃だろう。向こうが悪いにしても事情聴取などやると、天満にも会えなくなるし面倒なことになりそうなので、播磨はすぐさまこの場を離れたかった。

「?」

沢近は下を向き肩を震わせている。
泣いているのか、と播磨がいぶかしげに覗き込むと、

「ぷっ……ぷっ、くっくっ」

沢近は笑っているのであった。

「ヒゲ、あんたバカじゃないの?ぷっ……ハ、ハリケーンキィィィックって叫んじゃって……。マンガじゃないんだから……くっくっくっ……」

沢近は涙がでるほど笑っていた。どうしてか笑いが止まらない。
激情の乱高下が笑いのツボにハマったようだ。嫌な思いは、消え去っていた。
自分の必殺技を馬鹿にされたと感じた播磨はぶすっとしながら言い返す。

「ちっ、んだよ、元気あんじゃねぇか。お嬢だって人のこと言えねぇだろ。なぁにが『いいから私を助けなさぁぁぁい』だ。助け呼ぶ時も高慢なお嬢様っぷりは変わんねぇのな」
「ふふふっ。それもそうね」

沢近は素直に笑った。
なぜか播磨にお嬢様だと言われても嫌な感じはしない。

なぜなんだろう?

「ねぇヒゲ。……ううん播磨君」
「あん?」
「さっきは……あの」

さっきはすっごい、カッコ良かったよ……。
それに嬉しかった……。
私の為に戦っているって言ってくれて……。

「さっきは……本当にありがとう」

沢近は顔を赤くしながらも、なんとか素直にそう言えた。初めてのことだった。異性にここまで素直にありがとうを言えたのは。

「その……本当に……」

極限の恐怖は沢近の精神を追い詰めながら、同時に精神を成長させてもいた。
人にありがとうを言えるということは、その証なのだった。

播磨はその様子を見て不思議そうに口の中で、「怖がらないんだな……」と言うのだが、沢近の耳には届いていない。

すると播磨は突然、「ん?」と沢近に近づく。
その華奢な顎をくいと持ち上げた。
当然沢近は驚くわけで。

「ちょっ!ヒゲなにす……」

播磨はそんな沢近を無視して段々と顔を近づけてくる。
沢近の視界に黒のサングラスが広がっていく。

え?え?なにこれ?
う、嘘。
も、もしかして……………キ、キス???

まだ体に力が入らないので拒絶も出来ない。顎を上げられたままの状態で。

やだ……まだ心の準備が……。

そうは思いながら沢近はゆっくりと目を閉じる。
完全に受け入れ体勢に入った。

しかし、この播磨がそんなことする訳ない。

「あ〜あ。こりゃひでぇ」

播磨は沢近の首筋にあるミミズ腫れのようなスタンガンの痕をじっくりと見つめていた。
その為に顔を近づけたのだ、馬鹿らしい。
播磨は優しく撫でるようにその痕に触れる。

「ひやぁっ」

目を閉じて口を突き出していた沢近は、不意打ちに敏感な部分を触られて飛び上がった。

「くすぐったいって!!や、やめて」
「う〜ん。これ大丈夫か?痛くないか?」
「だ、大丈夫だから。触るのやめて、は・な・し・な・さ・い!」

惜し気もなく、ぱっと放す播磨。
沢近は息を荒げて心臓をバクバク鼓動させていた。

「……べ、別に期待なんてしてないんだからね!!」
「はぁ?いったい何の話だ?」
「うぅ〜………うっさい!!バカッ!!」

その罵声に播磨は首をすくめて呆れ果てた。
さっきまでおとなしかったのに、早速これかよ、と。
一方沢近も、

はっ!私ったらまた………。
勝手に勘違いしたのは私なのに………。

と思っていた。
それでも間近の播磨の顔を思い出すと、勘違いであれショボーンとなってしまう沢近であった。

「ほらお嬢」

声をかけられてふと見ると、播磨はしゃがんで後ろを向いていた。

「さっさとここを離れるぞ」

背中に……乗れってことかしら?

「ほら早く」
「う、うん」

おとなしく播磨の背中によじのぼる。
播磨は沢近をおんぶして、そして何の苦もなく立ち上がった。

わ。おっきい背中………。

沢近は安心したのか、急にとろんとした目つきになり、そしてそのまま播磨の背中に身を預けた。播磨の胸の前でギュッと手を組む。

「そうそうお嬢。マジで忘れそうだったんだけど」
「ん?何よ?」
「あとで学ラン返せな。お嬢が持ってんだろ?」
「………後ででいいでしょ」

気分を壊すのが得意なやつである。
播磨は、おらどけやぁ見んじゃねぇ、と周囲のギャラリーを威嚇して無理矢理に道を作っていた。





するとそのギャラリーの中から一人の男が進み出てきた。

「す〜んばらしくエクセレントな戦いぶり、とくと見せていただきましたよ?」

怪しげな男が歩み寄って来た。
その男は黒いスーツを着て、首には蝶ネクタイを絞めている。ハゲそうな黒髪で小太りのその姿は、講演会の司会者と言った風情であった。そうは言ってもここはゲームセンターであり、場の雰囲気に合わないことこの上ない。

「姫君を悪漢から守る騎士。いんや〜カッコ良かった。私も年甲斐もなく感動してしまいましたよ〜」

その騎士は姫君を背負ったまま怪しげな男を不審な目で見ていた。

「……あんた、誰?」
「おっと、ソーリーソーリー。私としたことが興奮して、名乗るのを忘れていましたよ」

男は胸ポケットから名刺を取り出して、不適にこう言った。

「私の名前はクーベル伊藤。ここ新矢神ランドのアトラクション、素人格闘コロシアムの担当者をしている者で〜ございます」

播磨と沢近の理解を待たずに、

「さて貴方の強さを見込んで頼みたいことがあるのですが……………」
















ええ次もバトルですとも。
皆さん拙作にご感想ありがとうございます。
暖かい目で見守ってやって下さい。
気を悪くされた方も、今後の展開で楽しんでもらいたいものです。
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.15 )
日時: 2007/01/15 18:46
名前: 無遠人形

12時10分、
『素人格闘コロシアム』前

「わ〜。すっごいいっぱい人がいる〜。しかも皆ここに入ってるよ?なんでかな?」
「これからメインイベントがあるからね」
「メイン、イベント……ですか?」
「そう」
「メイン……イベント?……すっご〜い!なにそれ?面白そうっ!!私プロレスとか大好きだよ!八雲っ、晶ちゃん、はやくいこー!れっつごー!ふぁいとおー!いぇ〜!」
「天満は元気ね。……若いって、良いわ」
「……高野先輩はいったい今何歳なんですか……」
「ひみつ」
「秘密って……。……それはそうと、その紙袋は?」
「持ち物が何もなかった筈なのにいつの間にか持っていたこの茶色いごくフツーの紙袋のこと?……それはね八雲、中にとても大事なものが入ってるのよ。私が楽しむ為のね」
「………???」








11時40分、
ここは新矢神ランドにおいても一日の来客人数が最も多い大人気円形闘技場。
その名も

『素人格闘コロシアム』

そのアーチがかった巨大な入り口に、一組の男女が立っていた。
腕を組み、堂々と立つ男は見るからに怪しかった。佇む男の横を通る客達も、ほぼ全員がその男に不審な目を向けた。
学ランをマントのようにはためかせ、その顔にはサングラスと、

そして覆面。

……怪しすぎる。
文句を言わせず警察に職務質問されそうなくらいに。
その隣に立つ、上着を脱いでいて寒そうな、金髪ツインテールの美少女は複雑そうな表情で溜め息をついた。

「さぁ!行くぞお嬢!!いざ、決戦の地へ!!!」

さぁ燃えてきたぜと言いながら、その覆面サングラスはハイテンションのままに入り口をくぐりぬけた。














素人格闘コロシアムとは。

観客参加型勝ち抜き方式の賭け試合のことである。

…………。

以上!!説明終わり!!



これだと余りに不親切なの〜で、詳しくは下記へ。クーベル伊藤より。













少し前のこと。

「………………挑戦してくるはずなので〜す!!!……ドゥーユーアンダスタン?」
怪しげな英語を入れる喋り方がベーシックスタイルのギリギリハゲな中年男、クーベル伊藤は頼み事の内容を『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた部屋の前に辿り着くまでの時間で、ぴたりと語り終えた。
話を聞いていた播磨と背負われている沢近は共に無言。
何と言えばよいかわからずお互い顔を見合わせた。




播磨がチンピラを撃退してそこを立ち去ろうとした時に現れた怪しげなこのオヤジは、頼みたいことがあると言った後、播磨が承諾もなにも返事すらしていないというのに、お二人が休むのにフィットする静かな場所がありますよと言って、無理矢理播磨の腕を引っ張った。
播磨も拒否しようと思えば出来たが、特に用事があるわけでもなし強いて拒む理由も無い気がして、頼み事だけでも聞いてやるかという気分で、クーベル伊藤の後ろに続いた。
素直に後ろから着いて来る播磨に満足したのか、真っ直ぐに迷いなく歩くクーベル伊藤は、蝶ネクタイをイジリながらまず最初に愚痴を言い出した。
客が多くて忙しいだの、スタッフ少ないだの、そのくせに給料が安いだの、13歳の子供がいるだの、でも可愛くないだの、人間関係が嫌いだの、自分の名前も嫌だだの、髪の毛の量についても愚痴っていた。
それが頼み事ですか?と幾分か復調した沢近が播磨の背中から聞くと、クーベル伊藤は、おおっとソーリー若い人にはこの悩みはわかりませんよねウザいだけですよ〜ね、と謝った。謝られた。どことなく腹が立つ。
その後にクーベル伊藤がやはり愚痴を交えながらグダグダと事情を説明したのを要約した所によると、
一言で言うなれば、

『チャンピオン』チームの撃破

が頼み事の内容だった。
この『チャンピオン』と呼ばれる二人組が強すぎる為に、ここ最近素人格闘コロシアムでは『チャレンジャー』がめっきり減ってしまったのだという。

「この素人格闘コロシアムでは二人で一組制をとっておりまして、これは単純なパワーだけではない、素人らしい意外な戦い方をさせるためなので〜す」

「一日に10試合ファイトしております。インザプレイス、そこでは『チャレンジャー』と『ガーディアン』が戦うので〜す。こちらが雇ったプロの格闘家など人達のことを『ガーディアン』と呼んでおりまして。ま〜要するに『チャレンジャー』から賭け金をガードする役目ですね」

『チャレンジャー』とは挑戦する素人側を指す称号だ。客席参加型と呼ばれている所以は、客席にいる人なら皆『チャレンジャー』になる資格があり、書類さえ出して試合が空いてさえいればいつでも飛び入り参加できる。
この『ガーディアン』と『チャレンジャー』が戦って、その試合前に観客が賭けたお金の、諸々を差し引いた儲け分を勝った方が貰うことができるのだ。

「『ガーディアン』は負けても別に給料を貰えま〜すが、『チャレンジャー』側は負ければペイ無しです。怪我をしただけでゴーホームなどはよくありま〜す。しかしそれでも、若者の挑戦者はインクリ〜スする一方でした。若いって、良いですね」

そして、『チャンピオン』という称号は、また特別なものである。これは、ある『チャレンジャー』チームが五組の『ガーディアン』を一日の内に倒すことが出来れば得られるのだそうだ。五試合に出場して全てに勝利しなければならない。そうすることで『チャレンジャー』から『チャンピオン』へと昇格出来る。

「『チャンピオン』にはグレ〜トな特権がいくつかありまして〜はい」

『チャンピオン』になった暁に、なんと『ガーディアン』としての資格が得られるのだそうだ。つまり試合に出れば給料が貰えるというわけだ。播磨は成程と思った。これならば格闘家を本職としなくても、強ければ永続的にお金が稼げる。喧嘩好きの小遣い稼ぎや、引退した格闘家、学生のアルバイトなどには丁度良いかもしれない。

「それで〜ですね。この間初めて一組目の『チャンピオン』が誕生したのですが……」

これがまた強すぎるらしい。
それぞれの運動能力もさることながら、二人でのコンビネーションが相乗効果を表し半端なく強いらしい。

「現在18連勝中でして〜……。怖れをなして『チャレンジャー』達が皆チャレンジしなくなりまして〜……それに伴い全体の『チャレンジャー』の量にも影響が……」

「でももしこの『チャンピオン』チームに一回でも泥がつけば、間違いなく他の人達も挑戦してくるはずなので〜す!!!……ドゥーユーアンダスタン?」

んでここでぴったり目指していた『関係者以外立ち入り禁止』の場所に着いた訳である。







そこは、良く言えば使い込まれている、悪く言えば汚い、良くも悪くも雑然とした事務室だった。
とりあえず色の抜けたソファーに沢近を横たえさせる。
沢近は「だ、大丈夫よ」とか言いながらミニスカートの裾を引っ張りつつ座り直した。だいぶ復活してきたらしい。
向かいのソファーに座った播磨はクーベル伊藤の提案を反芻する。しかしもう考えるまでもなく答えは決まっていた。

強いやつとは戦いたいけど、今日ここに来たのは喧嘩しにじゃなくて天満ちゃんと楽しむタメだしなぁ。

だから今からすぐに天満を捜し出さなければならず、こんな事で時間をとられている余裕は無い。それに事情付きの喧嘩は気が乗らないし、もしタッグを組むならば、今正面で居心地悪そうにお茶を出してくれたオヤジに会釈をしているこの沢近と組まなければならない。

それは嫌だ。

……本当の所、天満は既に迷子にはなっておらず、今日ここに来た目的は美術室で播磨の淫らな姿を見たことに気分を悪くしたであろう沢近に謝るためである。
目的を完全に書き直して上書き保存している、どこまでも都合の良い脳味噌をした男だった。

「という訳だ」
「……?はい?」
「この依頼、断る。俺達はそんなに暇じゃないぜ」

少しばかり休ませてはもらうけどな、と初対面にも関わらず播磨は堂々と言った。
何がという訳なのか全くわからないクーベル伊藤は突然の宣言に目を丸くする。
沢近も播磨の意見に異存は無いのか、横目で播磨を見つつ、ずずずとお茶をすするだけ。
しかしクーベル伊藤も伊達に歳は重ねていない。ニヤリと笑い、

「そう言われると思ってま〜した。いきなりな話ですしね。バット私がなんの準備も無く声をかけると思いますか?」
「準備?」
「ザッツライト」

頷いて肯定の意を表したクーベル伊藤は机の引き出しから取り出した封筒をバンッとその上に置く。
そして腕を組んで偉そうに言った。

「ここに私のポケットマネーからの十万あります。これで手を打ちませんか?」

十万?なにそれ端金じゃない。

と沢近は思った。
企業の利益に関わる問題ならばこの五倍でも少ないと思う。身近でお金が動いている沢近ならではの考え方だった。
まさかヒゲもこんな程度に誤魔化されはしないだろうと、播磨に向き直ると、

「じ、十万……」

涎を垂らさんばかりの播磨がいた。

「……ちょっとヒゲ!落ち着きなさい!!たった十万ぽっちよ!!そんなんで承諾するつもり?」

精一杯のポケットマネーをぽっち呼ばわりされたクーベル伊藤は目を剥いたが、それを無視して焦る沢近。
もう封筒しか見ていない播磨を揺さぶる。
沢近は焦っていた。

播磨とは話したいことが沢山あるような気がする。
今なら出来ることもあるかも知れない。
かなり復活してきたとはいえ、まだ心には傷が残る。
癒して欲しい。
ヒゲに。
二人が良い。
これ以上の邪魔は、

もう嫌だ。

しかし播磨の口からは壊れたテープのように、……十万……お金……家賃……バイクのローン……と繰り返していた。

「そんなお金くらい私が貸してあげるから!!落ち着いて!!」

沢近は懸命に叫び揺さぶるが、播磨の耳には届かない。
眼前の封筒に釘づけのままだ。
彼女は警戒してるけど彼氏の方はもう一押しだな、と狙いをつけたクーベル伊藤は秘中の秘を使うことを決断する。
ちょっとちょっと、と播磨の耳に近づき、

そしてコソコソと囁いた。

その秘策は播磨に対して効果覿面だった。
みるみるサングラスに隠れたその顔に喜色が浮かび、ニコニコしている蝶ネクタイのオヤジと力強く握手を交した。
蝶ネクタイとサングラスの結託は怪しい以外の何物でもなく。
まさか、と沢近は絶句する。
悲しくなる。
承諾してしまったのか、と。

その時クーベル伊藤は何故か沢近に向けて親指を立ててきた。





「そ〜れでは契約成立ですね。ここにサインを」

差し出された怪しげな書類に播磨は生き生きと書き込む。その勢いを止める力は沢近のどこにも残っていなかった。
沢近は溜め息をついて、頭を抱える。
観念するしかなさそうだ。

……まぁ……これもヒゲと近づくチャンスなのかもね……。

憂鬱ではあるが、少しだけ前向きになってみる。
そう考えなければやってられない。
クーベル伊藤は書類と一緒に一枚の写真を出していた。
対戦相手なのだろうか、興味が湧いた沢近は手に取って見てみる。

「……うぇっ?!」

そこに写されたものを見て、奇妙な声を出して固まってしまう。
そこには胴着に覆面のやはり怪しい男と女が、揃ったハイキックで対戦相手を吹き飛ばしている姿があった。
女の方は胸が大きく、男の方は覆面の上に四角い眼鏡がかけられている。
クーベル伊藤は平然と、

「ああ、その二人が君達がファイトする相手ですよ。リングネームは……………」

マスク・ザ・メガネ
マスク・ザ・D

どう見てもその姿は、
花井春樹と周防美琴のものだった。















『ガーディアン』となった天王寺(巨大版)と『チャレンジャー』の執事のナカムラ(記憶喪失)が前座のスーパーイベントが、今、開幕する!!

男の意地を賭けた世紀の決戦!!

花井が○○○○に目覚めた?!

そして高野が見せる涙のわけとは??

次回!!
「なんだかんだ言っても友達っていいものよね」by愛理


注:一部に誇張表現の可能性あり。


だいぶ更新遅れました。申し訳ない。
次回は早く出せるかと思い。

Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.16 )
日時: 2007/01/22 11:18
名前: 無遠人形

12時25分

「そろそろだねっ、八雲」
「そうだね、姉さん」
「………」
「??高野先輩。どうしたんですか?そんなにパンフレットを凝視して」
「………」

高野は無言でまるで急遽刷られたようなメインイベントの対戦表の訂正版を固まったまま見ていた。
不安そうにする八雲に対して、

「大丈夫よ八雲。……これは私が思ってたよりも楽しめそうで少し驚いてただけ」

と優しく微笑んだ。










人がひしめく暗闇の中、中央のリングがライトアップされる。気合いの入った光量により白く光るその四角形は、今日も己が強さを比べ合う戦場と化す。血気盛んな観客は固唾を呑んでただその時を待つ。色彩のライトが大きく派手に回っていた。
小太りで黒いスーツを着ていてハゲそうで蝶ネクタイが怪しげな司会者はマイクを掴んで勢い良く立ち上がる。
その小指はピンと立っていた。

『レディィィィィーーースエェェェーーンジェントルメェン!!!!!!さぁ〜ここ素人格闘コロシアムに御出のみなさま、今日もグゥッレェイトなこの時間がやって参りま〜したぁ!!!!』

う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ

司会者のあおりに、怒号のようなざわめきが場内を包む。

『素人の情けない姿が好きか?!素人の強い姿が好きか?!今日もポロリがあるかもしれないみんなカメラを用意してきたかぁぁぁ?!午前最後のこの試合、みんなエンジョイアンドエキサイトしてくれやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ


『チャンピオン』チーム
マスク・ザ・メガネ
マスク・ザ・D

   VS

『チャレンジャー』チーム
ハ○マ☆ハリオ
エリ・シャイニングウィザード


今日一番の盛り上がり所に、場内は徐々にヒートアップしていた。











選手控室にて。
『チャレンジャー』なのか『ガーディアン』なのか、はたまたスタッフなのか、控室は若い男性や女性などが入り混じって大変に混雑していた。

その片隅で。
沢近愛理は落ち込んでいた。
ベンチに座り悲壮な顔を隠すように俯く。
その横にはつける予定の沢近用覆面が置いてあった。憂鬱だ。外にいるときからつけるような馬鹿にはなれそうにない。
それも落ち込む要因の一つであるのだが、今は他の要因の方が大きかった。

「あの目はマジだったわ……。あぁ〜あの馬鹿なんでこんな時に心配ごとを増やすのかしら」

先程この控室で偶然出会った、執事のナカムラのことを言っているのだった。沢近も驚いて、あんたなんでこんなとこにもしかして追い掛けて来たわけ、と問い詰めたのである。
そこまでは良かった。
しかしその執事服を着て髭を生やしたナカムラにしか見えない人物は、はてどちら様ですかな、と言い唖然とする沢近に不思議そうな眼差しを送りつつ、それでは私は試合がありますので失礼いたします、と言い残しそのまま出ていった。

「ウ〜ン……」

俗に言う記憶喪失というやつかもしれない。頭部に強い打撃が加わったとか。
詳しくはわからないがそんなところなのだろう。

「……まぁいっか」

沢近は非道にも放置することにした。あのナカムラならそう簡単には死なないだろうし、実に面倒であり、更に言えばいてもいなくても実害はそんなに無い、と思う。
しかし結論が出ても溜め息が出る。気になるものは気になるのだ。
そこで沢近はふと気づいた。

寂しい、と。

控室を見回してみても、播磨の姿は見当たらなかった。




その頃播磨は、たまたま美琴と出会っていた。

「いや、ビックリしたよ。こんなとこで播磨に会うなんてさ。今度の対戦相手は播磨なんだ?」
「おう。ちょっと色々事情があってな」

二人で冷たい廊下を歩く。
美琴は覆面は無く胴着だけ着ていて、播磨は覆面をつけたまま。
それにしても学ランにサングラスに覆面はやっぱり明らかな不審人物だ。

「じゃあもしかして……このエリ・シャイニングウィザードってのは、沢近のことだよな?……なぁ?」
「うっ……。まぁ……そうだ」
「ほ〜ぅ、やっぱそうか。……ふ〜ん、土曜に二人でデートねぇ?いつの間にそんな仲になったんだ?昨日播磨から誘ってたみたいだけど……なんだ、沢近のこと好きになったとかか?」
「や!バカ!そんなんじゃねぇ!そんなんじゃねぇって!!ぜってぇありえねぇ!!やめてくれ!!……ただの謝罪っつうかそんなんだ」
「謝罪?」
「そう、謝罪だ」

これ以上の事情は言いそうにない。美琴はなんだろうなと思いつつも追求はやめといた。

「あ〜あ、しっかし沢近とガチ対決かよ。しかも播磨も一緒だろ?強敵だなー。一応花井と戦略でもたてとこうかな」
「……ん?花井?あのマスク・ザ・メガネってのは花井なのか?」
「ああそうだけど……。もしかしてお前気づいて無かったのか?」
「……あ、お、おう!もちろん気づいてたに決まってるぜ!」

播磨拳児、馬鹿、確認。

「そ、そういや周防はなんで『チャンピオン』なんかやってんだ?」
「あん?……こっちも色々金が入り用なんだよ。急ぎの金が必要だったからね。私から花井に頼んだの。………。でもここで稼ぐのもそろそろ終わりかもな?沢近ってすっごい負けず嫌いだからな。簡単には勝たせてもらえなさそうだ」

そう明るく笑いながら、美琴は選手控室の扉を開いた。

「あれ?沢近じゃん」

片隅に座っている沢近の姿を確認する。広くもない控室に人目を引く美貌にたおやかな金髪の存在は一層際立っていた。

「ん?」

しかし沢近の顔に精彩は無い。
チャラい系の若者数人が、一人でいたのだろう沢近に話しかけているようだった。座っている沢近を囲むように立ち並んでいる。こんな場所でナンパのつもりなのだろうか。

「……なぁ播磨」

美琴も沢近がナンパされている場面はよく見掛ける。一緒に街を出歩いたなら、それはもう凄いものだ。だから、その時の沢近の様子もよく知っている。洗練された受け流し方や、熟練された断り方はいつも美琴を感心させていた。
しかし。
今日の沢近にその意気は感じられない。

元気がないのか?……いや、播磨とデートしてんだ、それは無いか……。
むしろあの様子は怖がってる?
怯えている?
何に?
……あの男達に?

沢近が男に対して怯えているなどという性格では無いことは知っている。しかし現に怯えているのだ。美琴は困惑を隠し切れず、

「なぁおい播磨。……今日、なんかあったのか?なんかあったなら……いや、何でもいいから教えてくれ」

親友の不自然な様子に疑問と不安と心配を抱き、後ろの播磨にそう尋ねた。











12時27分

『さぁ『チャンピオン』チィィィームの一人目はこいつだぁぁぁぁ!!
成績優秀・文武両道・質実剛健!!!
好きな言葉は「義を見てせざるは勇なきなり」!!
しかしその実情は!!
一年の美人さんに片想い!!届かぬ想いにそのままストーカー入ってま〜す!!!!
そのマジメさは罪となる?!
青コーナーより入場するは。現在18連勝中、まだまだ最強伝説は続くのか?!
怪しい覆面に輝くメガネ!!
その名も、
マァァァスク・ザ・メェェェーーガァァァーーーネェェェェェェェェーーーーー!!!!!!!』

う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ

歓声と同時に胴着に覆面に四角いメガネの男、花井春樹は堂々と中央のリングに歩み寄る。
その様子はさすがに手慣れたものがあった。王者としての貫禄か。
花井が入場し終わると、司会者は次なる選手を召喚する。

『最強を誇る『チャンピオン』チームに挑む、勇敢なる『チャレンジャー』の一人目はぁぁぁぁ!!!!
猪突猛進・軽挙妄動・無謀に果敢なこの男!!!
不良で魔王と呼ばれても!!喧嘩がめっちゃ強くても!!
一人の少女に恋をした!!!!
揺るぎ無きその恋は、最強無敵の力とな〜り!!!!
そしてランブルが始まったァァァァァァァァ!!!
赤コーナーより入場するは。五人相手に圧勝できるエクセレントなその力!!『チャンピオン』チームを撃破することはできるのか?!
怪しい覆面に隠すサングラス!!
その名も、
ハァァァマルゥゥゥゥマッ・ハァァァァァリィィィィィィーーーーーオォォォォォォォォォォォーーーーー!!!!!!』

う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ

挑戦者に対する大歓声の中、学ランを着た覆面のサングラス男、播磨拳児は怯え尻込みなどを一切見せず中央のリングに辿り着く。
その顔には獰猛な歓喜が洩れ出ていた。

『さてお次はぁぁ…………』

司会者はタイミングをはかり一番盛り上がると計算していた女性陣の紹介へ移ろうとする。
しかし、

『……え?………はぁ?』

出てきたスタッフが頭の上につくる大きな×印を見て、頓狂な声をあげた。











「ねぇ、キミも『チャレンジャー』なのかな?初挑戦だよねぇ?僕がキミみたいな美しい人を見落とすはずがないから」
「は、はぁ」

全く今日はついていない。本日二回目のナンパだった。

「でもキミみたいな美しい女性にこんな野蛮な場所は似合わないよ。もしよろしければお昼でも一緒にどうかな?」
「………」

どうということはない、愚にも付かないナンパなのに。こんなの慣れているはずなのに。
沢近はどうしようもなく怯えていた。
答えられない応えられない受け流せない立ち去れない笑えない。

……ヒゲ!

沢近は傍らに置いてあった覆面を握り絞めた。まるで手を握りたがる幼児のように。
自分は弱い女じゃないと思う。こんな程度で怯える女じゃ無かったはずだ。強くあろう、強くあろう。父親がいないから、母親がいないから、自分は強くなければダメなのだ。
でも、

……助けてよ。

心は無意識に助けを求める。
沢近の中の何かが決壊していた。

「どうかな?……ダメなのかな?」
「………」

目の前のナンパ男達にも応えられない。なんと言えば良いのかわからない。沢近は自分ではどうすることもでき無かった。

しかし、そこに救いの手が伸びる。

「よ〜う」

ナンパ男の肩を流麗な手がポンポンと叩いた。ナンパ男達が振り返ると、そこには見覚えのある覆面姿があった。

「ゲッ……お前は……」
「マスク・ザ・Dか……」
「今そこにいるそいつは、次の私の対戦相手なんでね。不用意に挑発するとあの膝がお前達の顔にめり込むぞ?」
「えっ?」

男達は驚きながら沢近を振り返った。『チャレンジャー』としてここに参加しているからには、このマスク・ザ・Dの強さも知っている。自分達では挑戦する気にもなれない『チャンピオン』チームに挑むやつが現れたというから、どんなゴリラかと噂していたら……。まさか自分達がナンパしている美しい女性がそうだとは……。

「……ちっ……行くぞ」

ナンパ男達は去って行った。
鼻で溜め息をついた美琴は、覆面をはぎとり膝をつき屈む。座っている沢近に目線を合わせた。
沢近は目を合わせようとしない。播磨のことも当然気づいているだろう。色々と気まずかった。でも一応ありがとうを言おうと口を開く。
その瞬間に、細い肩を美琴はつかんだ。

「沢近、播磨から全部聞いたぞ」

驚いた。
唇を噛む。

あのヒゲ余計なこと言うんじゃないわよ……。余計な心配かけるじゃない……。

「そんなことがあったのになんでこんなとこに出てんだよ……。今は静かにゆっくり休むべきだろ?」
「……大丈夫よ。大丈夫なんだから。私は美琴の次の対戦相手よ?敵に塩を送ってどうするのよ」

なおも沢近は意地を張る。親友には弱い姿を見せたくない。
しかし美琴も、こいつ意地張ってんなとすぐにわかった。いくら笑顔で塗り固められてもすぐにわかる。
美琴は沢近を真っ直ぐ見つめて、

「絶対無理すんなよ?沢近お前は変に頑張るからな。泣きたいなら泣いてもいいんだぞ?心の傷ってぇのはすぐ治さないと広がっちまう……」
「……大丈夫よ。私は全然平気……。それに」

ヒゲに迷惑かけちゃうし……。

俯く沢近がポツリと呟いたその言葉に、全てが集約されていると美琴は感じた。

しばし考え、そして悩む。
しかし美琴の頭にはどうしても妙案は浮かばなかった。どうにかして沢近を出させないようにしないと………。どうにかして無理をするのをやめさせないと………。

「だーーっ!!もうっ!!ヤメだヤメだ!!!!ヤメだぁーーー!!!」

美琴は盛大に溜め息をつき、乱暴に言い放つ。何事かと沢近が驚いているのも気にせず、美琴は続けた。

「いいか沢近。よ〜く聞けよ。私は今から棄権の宣言をしてくる。いいか?私は試合を棄権するからな」
「……えっ!ちょ、ちょっと美琴!!あんた何言ってんの?!」

しかし美琴は構わない。

「もちろん棄権するのは私だけだ。花井はちゃんと出させる。わかったな?花井一人だけが試合に出るということになるわけだ」

美琴はもう言うことは言ったという感じで、沢近の所を立ち去り、その足で入念にストレッチをして試合に向け余念の無い花井の元に向かった。
沢近の不調の理由は避け、だいたいの事情を説明し終えた美琴は、

「というわけだ。だから花井、一人で頑張って戦ってちょーだい」
「僕は別にいいが……周防はいいのか?治療費はもう足りたのか?」
「いーんだよ。もうあたしら十分稼いだだろ?……それにこの試合だって、花井が勝ってくれれば問題ないさ」
「……そうか」

呟く花井の背中を叩き。

「頑張れよ!!」



その様子を全部見ていた沢近は、美琴の言葉にまだ戸惑っていた。その覚悟にすぐに応えられる勇気は、今の沢近にはまだ無かった。
ちょうどそこに覆面姿の播磨がやってくる。沢近は何気なく切り出した。

「ねぇヒゲ。今言われたんだけど、この試合美琴は棄権するらしいのよ」
「ああん?……マジか?」
「……うん」

ヒゲ、私はどうすればいいの?……棄権、してもいい?

という言葉は心の中で思っただけで口にはできない。播磨に失望されたくない。ガッカリされたくない。これはもう意地でしかなかった。
しかし播磨は、眉をよせて沢近を凝視しつつこんなことを言った。

「お嬢、おめー試合に出たいか?」
「っ!!なっ、なんでそんなこと聞くのよ!!」
「あのな。その話がホントなら向こうはメガネ一人なんだ。ならこっちも一人で出たほうがいいんじゃねーの?」
「………」
「俺は一人でへーきだから。棄権できるならお嬢も棄権すべきだろ?」

おそらく美琴はそういうつもりだったのだろう。片方の一人が棄権しても、もう片方が一人棄権すれば一対一の試合になる。沢近も薄々それに気づいていたが、自らそれを口に出すことはできなかった。
しかし、それが播磨の口から語られることにより、

「あんた、勝ちなさいよ……」
「はぁ?」
「わかったわ。そこまで言うなら出ないであげる。でも私が出なかったから負けたとかいう泣き言は全然聞く気ないから。言い訳遠吠え一切禁止!!ぜぇぇぇーーーったいに勝ちなさい!!」

どこまでも沢近は沢近だった。

「……全くお嬢はこれだから……」

播磨は呆れて肩をすくめるも、サングラス越しに目を光らせる。

「おうよ。俺にまかしとけ」










『えーっ………ただいま入りました報告によりますと『チャンピオン』チームのマスク・ザ・D選手と『チャレンジャー』チームのエリ・シャイニングウィザード選手、なんと棄権、両者とも棄権です!!!!!』

え・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・

歓声よりも大きな、露骨なブーイングが吹き荒れる。女性同士のくんずほぐれつを見たい観客が大多数を占めていた。ざわめきが一層大きくなる。リング上の播磨と花井は気にしていないが。

『ちなみに両者ともM仕様で〜す』

司会者のその言葉にブーイングは収束に向かった。ちなみにMとはマスクの略。
段々としぼんでいくざわめきの中では、

「ハ・リ・オ頑張れーーーっ!!!覆面メガネも応援してるゾ〜!!!」

塚本天満の声はよく響いた。

天満ちゃん??!?!!

播磨は当然その方向を即座に向いて、暗闇の中の天満をすぐさま発見する。その天満は輝く笑顔大きく手を振って応援しているようであった。

この俺を!!!!!
天満ちゃん応援ありがとう!!!感謝感激雨あられ!!!お礼にキミに勝利をくれてやるぜ!!!!!

播磨アイ100%稼働中。

危ねぇ危ねぇ。もしお嬢がここにいたりしたらまた誤解が深まっちまうとこだったぜ!ナイス判断俺!!

もうすっかり播磨は天満一色であった。
花井も花井で、播磨が客席を向いたことに疑問を持ちその方向を見る。
もちろんその目に飛込んでくるのは、

八雲くん??!!?!?

やはり暗闇の中の八雲を発見した。八雲は戸惑っていた。その整った美しい顔はどこか心配そうであった。

この僕を!!!!!
そんな顔をしないでくれ!!!!大丈夫だ、安心しろ八雲くん!!!僕は負けたりなんかしない!!!!

花井アイ120%稼働中(勘違い)

播磨と花井ゆらりと向き合い対峙する。覆面同士の怪しい睨み合い。もう周囲の喧騒など聞こえていなかった。

「おいメガネ。この勝負、もらったぜ。一瞬で秒殺……いや一秒で瞬殺してやんよ」
「貴様は僕を絶対に倒せない……。なぜなら僕は絶対に倒れないからだ!!」

あほなことを言い合う二人。互いに負けられない勝負となりそうだった。
もう段取りが滅茶苦茶になって空気を読むのが面倒になった司会者は、早口にまくし立てる。

『んじゃスタートしちゃいましょう!ルールは簡単、金的目突き武器使用以外はオールオッケー!寝技立ち技なんでもあり!白熱した試合をしてくださ〜い!!』

勢いのまま、ゴング係とリング上にいるレフェリーに目で合図を送る。
花井は両手のグローブの具合を確かめメガネをずり上げ唇を引き結ぶ。播磨はグローブをはめた拳をぶつけあい首をゴキゴキと鳴らして不遜に笑った。

『いきますよ?両者よろしいですか?
それでは……………
………レディィ〜……………ッゴォォォーーー!!!!!!!』

カーン!

12時30分

ゴングの音、リングの上、
二人の愛の戦士の戦いが今始まる。











次回予告はあてにしないでください(笑)
次回こそ次回予告通りです。
あらしに負けずに書いていくので、どうぞ楽しんでいってください。
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.19 )
日時: 2007/01/24 18:25
名前: 無遠人形

ゴングの音。
両コーナーから、
花井は中段に構え、
播磨はそのまま花井に歩みより、

「うおらぁぁぁぁ!!!」

急速、播磨は花井めがけ突っ込んでいく。
その唸る右拳はあのチンピラたちを地面に沈めたものと同じだった。
必殺の威力を秘めた一撃。
しかし、花井も只者ではない。
メガネをかけた猛者なのだ。
慌てず「ふっ」と息を吹いて、播磨の動きと自身の呼吸を合わせた。
そのまま斜め前に踏み込み、拳の予測到達位置から身をずらす。耳元を拳が通り過ぎるが、すでに花井は播磨の懐に入っていて、その突き出された腕を抱え、腰を跳ね上げる。

ドッゴォォン
「っぐはっ!」

播磨をマットに叩き付けた。
見事な一本背負いだった。
叩き付けられた播磨は一瞬呼吸が止まるが、構わずに無理矢理飛び跳ね起きる。
見ると、やはり感じた通り、花井は倒れたあとの播磨をすぐさま追撃をしようと下段突きを放とうとしていたところだった。播磨は数歩後ろに跳ねて体勢の立て直しをはかる。
花井は落ち着き払って不気味に構え直した。
覆面に隠れた顔からは表情すら読み取れない。
本気も本気の超本気だった。

さすがにあのザコどもとは一味ちげぇか……。

一筋の冷や汗を流し、しかし獲物を狙う肉食獣の低い姿勢で播磨は思う。

だが関係ねぇ!!俺は俺の戦い方で、天満ちゃんのために、ぜってぇ勝つ!!!

「りゃぁぁぁ!!!!」

再び突っ込んだ。今度は手数を多く出して、投げ技を出させないようにさせる。
だが、

「甘いっ!!!」

播磨の放つ強烈な波状攻撃は、全て受けられ避けられ流された。花井にとって、喧嘩で慣らしただけのテレフォンパンチを見切るのは造作もないことだった。
側面に回りこむ足捌きで、播磨を翻弄する。

「次はこっちの番だ!!!」

息が切れ始めた播磨に、花井はとうとう攻勢に出た。基本通り左ジャブの牽制からの右ストレートや右アッパーを、腰を入れ連続で放つ。
播磨もその容赦なく降り注ぐ拳の雨を反射神経を駆使して避ける、避ける、避ける。
だがしかし次第にロープ際に追い詰められる播磨。避け方が直線的すぎた。路上ではないリングという限られた空間での戦いに、慣れていなかった。
もう後がない。
両腕をガードに使い、なんとかしのぐ。しかし、いくらグローブでも殴られ続ければ危険だった。動かなくなる可能性がある。
花井は亀のように丸くなった播磨を上から容赦なく殴る。
しっかりと防御の隙を狙いつつ、一撃一撃に腰を入れて。

「せやっ!!!!!」

左ボディからの右上段回し蹴り。
肘や腕を使いなんとか防御しきる。
播磨はひたすらに耐えていた。

ハリオ〜!!負けるな頑張れ〜!!

ざわめきの中それでも播磨の耳にははっきり聞こえる天満の声援を、特大の力に変えて。
そこに壮絶な怒りを溜めながら。


花井は攻撃はあまり得意ではなかった。基本的にカウンター型なのである。しかし、自ら攻めて、播磨をここまで追い詰めることができた。
これはこのままいけるのではないか?
と、少し調子にのっていた。
いつの間にか播磨の堅い防御を崩すために、振りかぶり思いっ切り殴っていた。
播磨に攻める気配がないため、自分の防御を顧みず、大きな油断を作ってしまっていた。
播磨相手にそれは重大なミス。

それに気がついたのは、

「甘いのはてめぇだ!」
「っ!う、ぐはっ………」

大振りになったうちの一発に、カウンターを決められた時。
攻撃の播磨の左拳が肝臓にめりこんだ時であった。

ぐっ………。

急所を完全に捉えられて、花井は脇腹を押さえ無意識に後ずさってしまう。
一撃で完全に足を止められていた。

お・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ

播磨、いやハ○マ☆ハリオのあまりの劣勢さにこのまま負けてしまうのではないか、と思っていた観客達は、一撃による逆転劇に息を飲んだ。
天満も応援していた方が優勢になり大喜びだ。
……ちなみに、天満はもちろんその覆面サングラスを播磨だとは気づいておらず、ただ単に負けている方をひいきして応援したくなる質のものであるということは言うまでもない。

一方播磨は殴られていた両腕を垂らしながら、なおも笑う。もち覆面だが。

「さぁ喧嘩の醍醐味はこっからだ。行くぜぇ、メガネ。覚悟しろよ。愛ある限り、俺は負けん!!!」

自身の回復を待たず、相手に回復させず、躊躇なく飛込んでいった。

「播拳龍襲(ハリケーンドラゴン)!!!!!!!!!!!!」

花井もたった一撃で怯んでいるはいられない。

「敵ながら天晴れだ!!だが僕もここで負けるわけには!!」

覚悟を決め、動かない後ろ足に力を込めて、播磨を迎え撃つ。

「奥義、百花虎撃(フラワータイガー)!!!!!!!!!!!!」

ドッガッドスッドドッドガドスドッ

互いに互いを殴り合い殴り合う。
それはもう凄まじく。
全力の潰し合い。
腹に顔面に、あらゆる所に拳を打ち込む。
防御をする気もなく。攻撃は最大の防御とでも言うように。

バスッガッドドバガンッドッガスッ

殴る蹴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る殴る。
体は軋み、腹はよじれ、口からは血がにじみ出る。
大きく振りかぶった拳は播磨の右側頭部を直撃し、天につき上げた拳は花井の脳をシェイクした。
しかし互いに殴り合う手は止めずに。

「ゥオラァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
「セィヤァァァァァァァァ!!!!!!!!!」

バッコォン

気合いの雄叫び。互いに渾身の力で打ち込んだ一撃が、互いの顔面を捉えた。
二つの覆面が拳で歪む。
一方が崩れ落ちた。
腰が砕け、力が抜け、マットに落ちた。
その覆面はごろりと仰向けになる。

播磨拳児は自分が天井のライトを眺めていることを理解できずに、倒れたまま思考不能に陥っていた。
マットの感触が後頭部にある。

なんで……俺は……寝てるんだ?

横を見るとレフェリーがカウントをとりはじめていた。

「ワ〜ン。ツ〜。スリ〜……」

やばい……くそ……なんなんだ……。

ぼんやりする頭の中でそればかりを繰り返す。
花井の攻撃を腕で受けていたため、痛めた腕は本来の力が出せず、最後の最後でその差が出た。
起き上がろうと手をつくが、体に力が入らない。

「ファ〜イブ。シックス〜……」

俺は……俺は……。

判然としない考えを繰り返す。
だが、ふと。
カウントをとるレフェリーの向こう側に。
怪しげな司会者の姿が見えた。
そして、その手には白い紙切れがひらひらと。

あれはっ!!!!!

「エ〜イト。ナ〜イ」
「ぬおォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」

精根尽き果て脳震盪で意識は朦朧。
だが播磨は立ち上がった。
手をマットに必死につっぱり、ロープをつかみ。
ぎりぎりで、立ち上がった。
観客から息が洩れる。レフェリーがやれるか?と聞いてきた。

「もちろんだゼ……」

播磨はサングラスをぎらつかせ、構えをとる。レフェリーは頷いた。

試合続行!

花井は苦しげに叫ぶ。

「なぜだ!!なぜ貴様は立つことができる?!意識と体を完全に断ち切られた、あの倒れ方はもう絶対に起き上がることは出来ないはずだ!!僕の拳にも確かな手応えがあったんだぞ!!」
「……へっ。理論的なだけの格闘家じゃ一生わかんねぇよ」

播磨は静かに言い放ち、
スッと間合いをつめる。

「なっ!」

そして気づけば拳を振りかぶっていて、

ドガスッ!!

「この俺の、愛力(ラブパワー)はなぁぁぁ!!!!!」

居合いの理想形のように修練された動作で放った強烈な一撃は、花井の鼻柱を真っ正面から捉えて、一回転、二回転。
花井大回転。
愛の復活を遂げた播磨は、見事に花井を討ち倒したのだった。











ラブパワー…………。

播磨はラブパワーと言った。

あぁ、ラブパワー…………。

力なく倒れた花井の頭の中に八雲の姿が明滅する。

八雲君………すまない………。
僕にはラブ、パワー、が、足り、な、い……よ………。

そして花井の意識が暗闇に落ちようとしたその瞬間。

「花井君!!これを!!」

コロシアムの中空を茶色いごくふつーの紙袋が舞う。その紙袋は花井の顔面に直撃した。

「な、なんだ……」

紙袋は花井の顔から落ちて、引っくり返って中身が出る。
花井の目に止まった一枚の色紙。

『親愛なる花井先輩へ。
花井先輩、強くて優しい貴方はとっても素敵です。普段から恥ずかしくて顔も合わせられないくらい、私にとって眩しい存在です。
花井先輩は私の憧れです。だから一生懸命応援するので、絶対に負けないでください。負けたら花井先輩のこと嫌いになります。
……花井先輩……大好きです!!!(はーと)
PS.中にあるものは私からのプレゼントです。着けて戦ってください。
                塚本八雲より』

花井春樹。
ついに空を飛ぶ。

「フォォォォォォォォォォォォォォォォォlォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」

花井は飛んだ。
きりもみで回転しつつ、涙を滂沱と流しながら。気持ちの悪い笑顔で。その涙はライトの光でキラキラと輝き、なぜか幻想的な雰囲気をかもしだしていた。
……スローモーションな感じです。
口から無意識の雄叫びが漏れ出る。

「ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」

八雲君………やっぱり僕は間違ってなかったんだね!!!!
君からのラブパワー………不肖、花井春樹、しかと受けとめたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!

花井、完全復活。
空中にて、一緒に入っていた八雲からのラブアイテムを装着。邪魔な胴着は脱ぎ捨てた。
そして花井はスラリと着地する。

「ハ○マ☆ハリオ……貴様のラブパワー、確かに強かった。だが足りない!!!弱すぎる!!!ヤクモンから最強のラブパワーを得た今の僕に、もう勝てるものは存在しない!!!!誰にも負ける気がしない!!!!」
「メ、メガネ……お前」

播磨は花井に圧倒される。
その姿に畏怖すら感じる。
そして全力で突っ込んだ。

「なんじゃその格好はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「ふっふっふっ……はぁっはっはっはっ。聞いて驚くな!!これを着たものはヤクモンの寵愛を一身にうけることができる、最強の猫型装備なのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

黒い猫耳!
黒い猫手!(にくきゅー)
黒い猫足!(にくきゅー)

それらだけを見れば額に十字の傷がある黒猫のようにも見えた。
花井は、そのつけるものがつければおそらく全世界を支配できるアイテムを、ある意味完璧に着こなしていた。
最強に、そして最悪に。
ピョンとはねる猫耳は四角いメガネに怪しげな覆面で、たんなる怪しい髪飾りとなり果て、ふかふかの猫手は引き締まった肉体により、単なる嫌がらせにしかなっておらず、もこもこの猫足は、脛毛に真っ白なフンドシだ。最早説明の必要すらない。

「きっもちわりぃんだよ!!!このメガネ!!」
「ふはははは、ヤクモンの愛が僕に向いたことがそんなに認められないか。ふ、ふ、ふはははは!!この美しい姿を見るがいい!!この素晴らしき愛の戦士の姿を!!!」
「すっぱだかで何言ってやがる!変態ヤロウ!!」

総合すると、化け馬鹿猫男。いや猫だとすら認めたくない。その馬鹿男は地球環境を全身全霊で悪化させていた。
そのことに一人だけ気づいていない馬鹿は不気味に哄笑する。

「ふっふっふっ……。力が、力が湧いてくる!!無限のエネルギーが僕の体を駆け巡る!!最高だ!!最高の気分だ!!」

気分良く絶叫する花井に、横槍が入った。

『え〜、マスク・ザ・メガネ選手』
「なんだ!!」
『只今審判内で審議をしたところ、それらが外部から持ち込まれ、装着したことにより選手が強化されたため、それらを武器と認めることにしま〜した』

ちょっと待て。
これって武器?

「……………は?」


『うん、だからね。君、反則負け』

花井絶句。
そりゃないぜ、だった。

「なぁぁぁぁぁぁぁんだぁぁぁそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」










「ぶっくっ、あははははははははははははははは!!」

高野晶は腹を抱えて転げ回り、『涙』がでるほど笑ったとかいうそんなオチ。

パシャリ、
と鳴るシャッター音にも気付かずに。














応援されれば書きたくなり、誹謗されれば書きたくなる。
結局書くのです。
嫌な人は我慢しましょう!!
そして絶対見事に伏線を回収してみせましょうぞ!!

PS.すいませんロックの仕方がわからないのです。誰か教えて〜。
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.20 )
日時: 2007/01/27 09:21
名前: 無遠人形

どよめきと歓声が支配する暗闇の闘技場。
少し汗臭く酸素が薄い。
明るいリング上では二匹の雄がガチンコしたりごちゃごちゃと馬鹿をやっている。その戦いっぷりは、目の肥えた常連すら唸らせているようだった。
白熱する戦い。
その傍ら。

「あいつら、やっぱ強いよな。身のこなし方が半端じゃねぇ」
「そうなの?よくわからないけど……」

棄権した二人の少女がリング上を見守っていた。今は覆面はかぶっていない。
もう必要なかった。
短い沈黙の後、目を合わせずに金髪の少女は隣の少女に囁いた。

「……ありがとね、美琴」

その言葉に胴着の少女は少し驚いたように固まって。
笑った。
全てを許す笑顔だった。

「いいってことよ」

金髪の少女も口元を緩め、二人の間に微笑が洩れる。意地っ張りがありがとうと言ったというだけで、なぜか満たされ嬉しかった。
フォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!
リングの上ではまだ馬鹿が馬鹿をやっている。それは放っておいて。

「しっかし沢近。今日はやけに素直だな?普段ならそんなことぜってぇ口にしないのに………」
「普段私はどんな目で見られてるのよ……。私だってちゃんと言うときは言うわ」
「いや、沢近ならべ、別に感謝なんてしないからとか言いそうだけど………ははぁ、ほほぅ、ふんふん?さては沢近、今日播磨となんかあったな?……そういえばそのナンパ男達を撃退したのは播磨なんだろ?かっこよかったか?」
「……っ!!………!………!そっ!そ、そんなわけないでしょ!?!!むしろ何も無かったわ!!!!」
「怪しいなぁ……。本当か?」
「本当よ!!!」
「……本当だな?」
「そうよ、本当よ!!!」

しかし、そうか嘘か、と胴着の少女は笑う。
な、なんでそうなるのよ、と金髪の少女は憤慨してそっぽを向いた。




そんなやりとりをしながら、ふと見ると、リング上ではやけにあっさり試合が終わっていた。
知り合いすら、いや知り合いだからこそ目を向けることが不可能な変態の、情けなき反則負けだった。
しかし、棄権をした二人の少女にとって、勝敗はあまり気にならなかった。

「いいの?美琴。あなたの同門。また公衆の面前で恥を晒しているわよ?」
「……うん……まぁ……覆面だしな……」

額に手をあて苦々しく言うだけで。
そして盛り上がったんだか盛り下がったんだかよくわからん試合も終わり観客達は続々と帰り始める。
胴着の少女は気分を変えて宣言する。あの馬鹿幼馴染みの恥を考えると鬱になりそうだったので。

「さて!済んだことは済んだことだ!!もうあの不快な存在は忘れよう!!」
「……あら可哀想じゃない。せめて美琴が慰めてあげないと」
「んじゃあ、試合は沢近の愛が勝ったということにして、この後あそこの馬鹿二人連れて着替えて食事でもすっか?」
「あ、愛ってなによ!!ってか無視すんな!!」

すかさず突っ込む金髪の少女。
会話の合間のからかいにもこの反応、やっぱ可愛いよな、と無視した胴着の少女はニヤニヤしていた。何だかもっとからかってやりたくなり、口を開こうとした。

そんな二人の目の前を、
デジタルカメラを振り回した、
一人のメガネの少年がやってきて、
必死の形相で、
必死に通り過ぎ、
必死に走り去った。
その少年を二人ともしっかりと見届けて、二人して疑問を持つ。

「今のは、もしかして?」

金髪の少女は頷き、

「美琴も見た?今走ってったのって、ふ」

言いかけて、

バビュン!

二人の目の前を、人間大の黒い影が凄まじい速度で駆け抜けた。
髪は舞い服はたなびく。
あまりの速度にその影が人間かどうかも認識できなかった

「………」
「………」

呆気にとられている二人。
しかしその事態は更に急転直下。

「待って〜〜!!」

その情けない声は、天満のものだった。
手をフリフリ、走る。
一生懸命走っている様子なのだが、あまり早くはない。あの特徴的な髪型はピコピコ、その幼い足はドタドタ、という感じで。

「待ってよ〜〜!!」

そこにいる二人の少女にも気づかずに、天満はさっきの影を追って闘技場の闇に消える。
その様子に、天満の表情に何かの事情を感じて。二人の少女は顔を見合わせ互いに頷いた。
メガネの少年を追う謎の影を追う天満。
これは何かあったに違いない。

「よっしゃ、いっちょ追い掛けるか……。行くぞ、沢近!」
「……はぁ、まったくもう……仕方ないわね」

二人は走り出した。
天満が去った方向へ。











「はぁ……はぁ……。姉さん」

息を弾ませて、塚本八雲は走る。
大きなバッグのせいで、スタートダッシュがおおいに遅れた八雲は、さっきまで金髪と胴着の少女二人が居た場所で立ち止まった。
八雲は姉を捜していた。いきなり走り出した高野を追い掛けて、そのままどこかに行ってしまっていた。
周囲の薄暗闇が支配する客席は、無人でガランとしている。
それが八雲に圧迫感を与える。
自分の存在が小さく感じる。
焦燥感だけがつのる。

「……姉さん……。……姉さん!」

不安げに辺りを見回すその姿は、迷子の少女そのものだった。














「はぁ……はぁ……」

サングラスを顔にぶら下げた学ランの男は、素人格闘コロシアムの外にいた。覆面はさすがに無い。
顔や体はいたる所が傷つき、服もボロボロ。息も絶え絶えに足を引きずり、道の端の植え込みぞいを歩いていた。緊張の糸が切れると、体の疲労が一挙に噴き出てきたのだった。
息を切らしながら、それでも懸命に前に進む。

「はぁ……はぁ、……ふう……」

……天満ちゃん……あぁ、天満ちゃん……キミはいったいどこにいるんだ?見つけたらこれを使って今夜一緒に………。

播磨拳児はそんなボロボロになりながら、塚本天満を捜していた。
右手には二枚の白い紙切れを握り締め。
新矢神ランドを、ゾンビのように、さ迷い歩く。



播磨は花井との試合が終わってすぐに、怪しげな司会者ことクーベル伊藤に真っ直ぐ向かった。
クーベル伊藤はとにかくとりあえず勝ってくれた播磨に対し、大絶賛と労いの言葉をかけまくり、この後食事でもどうかと誘ってきた。
播磨的には冗談ではない。何が悲しくてこんなオッサンと食事しなきゃなんねぇんだという心境だった。
交渉の時にてめぇが言った、例のブツを早くくれ俺は急いでるんだ、と狂暴に言う。試合の後ということもあり、少し気が荒れていたことはいなめない。
おおあれですか、とわざとらしく言い、秘中の秘である白い紙切れを播磨に手渡す。
播磨の手の中に入る、それはチケット。
洒落た明朝体で書かれているそれは、とある高級レストランの二名様特別コース招待券だった。
クーベル伊藤はこれを餌に播磨を釣り上げたわけであり、更に後からポケットマネー十万円の入った封筒も渡す。少し名残惜しげだったが。
そして、クーベル伊藤はニヤリと不潔に笑い、それじゃああの綺麗な彼女とよい夜を、と言う。
播磨も覆面をはぎとり、心得たような笑顔で大きく頷いた。
……だがしかし、この二人の間に大きな勘違いがあることは言うまでもない……。

とにかくその後播磨は即座にコロシアムを飛び出して、天満探しの旅に出た訳だ。
しかし当然見つからない。
播磨アイをもってしても、視界に入らなければ、その輝く姿が見つかるはずも無く。どこにいても天満の位置を察知できる播磨的超能力は、まだ会得していなかった。欲しいけど。

「…………」

そろそろ歩くのも辛くなってくる。
しかし、播磨は構わず足を動かす。

天満ちゃん!!!待っててくれ!!!

愛する少女を一心に想いつつ。




ドガシッ!!

「うげっ!!」

播磨の脇腹に、何かがぶつかった。
ボロボロの播磨は踏ん張れずひっくりかえる。中々に強烈な一撃だった。
なんだ何が起きたんだ、と播磨が確認しようと手をつき体を起こすと慌てたようなメガネの少年がそこにいた。
なぜか物凄い焦っているようで、早口にしかもまとまりの無いことを一方的に喋る。

「あ、あああ、悪いごめんなさい!!だ、だ、大丈夫?ぶつかってすんません!!」

播磨は睨みつけながら言う。

「……てめぇ……カメラ小僧か?」
「正解。名前くらい覚えておいてほしいけど……。そんなことは無理だって知ってるから大丈夫。それはそうと播磨くんずいぶんフラフラだね??ああいや説明の必要は無いよ、僕は一部始終見てたし。ちゃんとその勇姿を写真に収めさせてもらったからね?」
「……てめぇは、何が言いたい?」
「……!ああ、ごめん。どうでもいい、どうでもいいことなんだ、そんなことは。ホントどうでもいい。……んじゃ僕は急いでるから………………」

そのメガネの少年は最初から最後まで顔をひきつらせて、慌てて去ろうとする。まるで何かに追われているように。
しかし、その少年は途中で反転して播磨の所に戻って来て、

「ちょっとちょっと……」
「ん?」

手招きをして播磨に近付く。
さらに播磨の耳元に接近する。
何かを囁くように近付き、

「………」
「………」
「………」
「………」
「いーや、なんでもない!!」

しかしそのまま結局何も喋らずにその少年は去った。やって来た時と同じく全力疾走で。
ぶつかられた播磨はなにがなんだかわからない。わからないものはわからないので、それ以上深くは考えないことにした。
座っていても仕方ないので、播磨は立ち上がろうとする。
ボロボロの体にぐぐぐと力を込めて。
歯を噛み締めて。
立ち上がり、

「……うぐ……ぐっ」

うめいてしまう。
我慢できない。
駄目だった。
もともとボロボロの体に少年の体当たりが相当効いた。とどめの一発。蓄積ダメージは播磨の肉体の限界を越えて、その瞬間に痛みは我慢できる許容量を軽く突破してしまう。
一度座ったことも関係がありそうだ。
さすがに辛い。
播磨はヨロヨロと街路樹の根元に倒れこむように座る。
息をつく。
このままここで寝てしまいたくなる。

あぁ………天満ちゃん………。

頭がボーッとしてきた。
本当に限界なのだろう。花井のラッシュをモロに喰らった結果だった。

ちくしょう………こんなトコで………。

本格的に意識が薄れて、自分が何を考えているのかわからなくなる。
眠くなった。眠気が神秘的な魅惑を発揮して播磨を誘惑する。

マジヤバイヤバイヤバイ………………。

目もほとんど閉じて、意識も半分閉じかける。
その時、まさにその瞬間、



「……播磨さん?!」



播磨を呼び覚まそうとする声が聞こえた。

ああ………。

播磨は夢うつつに思う。
声を出したその人物は播磨を抱き抱えたようだった。暖かく優しく柔らかな感触が播磨を包む。

……やっぱり……キミは迎えに来て……俺を……。

播磨はなかば無意識に、ガシッとその人物の腕を掴む。

もう……もう放さないぜ……俺の……俺だけの……。


そうして、

考えることだけ考えて、

播磨の意識は闇に落ちた。


………スイート………エンジェル………。
















その少し後のこと。

「………無い」

高野晶は額に汗をかき、とある建物の裏のちょっとした場所で、不機嫌オーラを出していた。

「………無いわ」

いつもの無表情をさらに殺菌漂白した表情で下を見下ろす。そこには情けなくうつ伏せに倒れたメガネの少年、冬木武一がいた。
完全に気絶しているようであった。

「………教えなさい」

何を隠そう少年を追い掛けていた謎の影は高野だったのだ。
実は先程の試合で、冬木は爆笑する高野を激写することに成功。それにいちはやく気づいた高野はそのデータを処分すべく走ったのだ。

「………メモリーカードのありかを、教えなさい」

あそこで笑ってしまうとは高野一生の不覚だった。それに写真は嫌いなのだ。
いつも高野はドタバタを楽しんではいるが、笑ったことは滅多に無い。
だから花井に対して笑ってしまったこと、それを写真に撮られてしまったこと、そのどちらにも撮られるまで気づかなかったことが無性に悔しかったのだ。

「聞いてる?」

高野の足元にいる冬木は、追い付かれた高野に頸動脈を締め落とされたのち、全身をくまなく身体検査されていた。しかしその結果、問題のデータの入ったメモリーカードはデジカメから消えていることが判明したのだ。

「シカト?」

先程から高野は何かを言っているが、冬木は気絶している訳であり、それに気づかず高野は話しかけているようだった。

「違うわ。あなたに言っているのよ」

地を這うような声音で言う。
高野は冬木ではなく、こちらを強く睨みつけていた。
………ってあれ?こちらを?

「知っているんでしょ?あなた(作者)なら。メモリーカードのありかを」

な、なんで会話が出来るの?
……これって疑問に思ったら負け?

「そんなことはどうでもいいから。さっさと教えなさい」

………。
……カコーン!

「ししおどしのフリをしたって、駄目」

……いや姐さん。
それはさすがに反則ですよ。
だから無理ですって。

「……何か問題が?あなた(作者)が私に文句があるわけ?生意気な」

……ああ不機嫌な高野はめっちゃ怖いっす。無表情なだけに。

……おっと。
そこに突如すらりとした人影が現れた。
さてこの人物は、私(作者)を助ける救世主となるのだろうか?

「なんだか面白そうなことになっていそうではないか。どうした?何かあったのかね?」

絃子さんだった。
ラフな普段着を綺麗にまとめている格好である。
高野は意外であり余計でもある登場人物に、舌打ちをした。
実は現在地は『世界の名酒百選市場』と呼ばれる建物の裏であり、中では一緒に来た葉子さんがグデングデンに酔っぱらっていた。
絃子さんは入り口付近を通りすぎた高野を見掛けて、ここに辿り着いたのだった。
っていうかまず地面に倒れている冬木に突っ込んであげましょうよ。

「なんでもありません。だから先生はどうぞ好きなだけ酔っぱらって死んだように寝てください。邪魔なだけなので」
「なんだか無闇に棘があるな、今日の君は。だが残念なことに帰りは車なのでね。私まで酔っぱらう訳にはいかないよ」
「………」
「で、何があったんだい?」
「………」

無言で下を向く高野。
答えないというはっきりとした意思表示だった。
この人に弱味を握られるのはマズイ。笑顔の写真などとんでもなかった。のちのち何に使われるかわからない。
更に悪いことに、その弱味は花井に対して笑っている写真である。
……とにかく色々マズイのだ。
しかし絃子さんは、

「ほう!高野君の笑顔がとうとう写真に収められたか。花井君を、ね………ふふふ、それはとても興味深いな」

「!!!!」
なっ?!
も、もしかしてこの人もインターフィアラー(地の文に干渉できる者)?!

……この二人、ズルすぎだろっ!!!

しかしその言葉を聞き、高野は何かを悟ったようだった。落ち着き払って絃子さんを見る目を細める。

「……そうですか。先生は知ってはいけないことを知ってしまったようですね」

ジャキッ!

高野の両方の袖口から一挺ずつ合計二挺の細身のモデルガンが飛び出てきた。
拳銃を握り締め、ジャリ、と地面を踏みしめる。
高野はマジ暗黒オーラの臨戦体勢に入っていた。

「全ては私の威厳の為に。先生の記憶を、それか先生自体を消去させて頂きます」
「………。おお、怖い怖い」

絃子さんは肩をすくめて、しかしクルリと一回転。
いつの間にかその手には黒光りするモデルガンが握られていた。

「私も先生として生徒にむざむざ負ける訳にはいかなくてね。高野君の笑顔を永久保存、ついでにネット流出、更には学校あるいは街中に等身大ポスターとして貼りつけるまで、私は死ねないな」
「……あまり私をナメないでください。そんな贅沢な要求は有罪も同然です。罰として先生も、あの変態執事と同じ目にあわせてあげましょうか?」
「くっくっくっ、どんな目かは知らないが、そんなことができるならな。高野君、楽しみだよ」
「……私もですよ」

ふふ、ふふふふふふふふふふ。

どちらともない不気味な笑い声が、昼間の晴れた平和な空に、黒々と響き渡った。













注:冬木の喋り方はフィクションです。
よし!!フォローOK!!
さて次回は、
『は、播磨さん……。そこはちょっと………あの、やめてください』by八雲



え〜、以下謝辞です。
ガルガルさん、ロックのかけかた教えて頂きありがとうございます。
あと応援してくださった、無用さん、AirShipMT
さん、面白いですよさん、花鳥風月さん、通りすがりさん、どうもありがとうございます。感想掲示板はつい最近読ませていただいたのですが、なんだか返事もせずに申し訳ない………この場を借りて感謝の程を表したいと思います。
ではこの『はっぴーはっぴー』、頑張って存続していくのでこれからもよろしくお願いします。

Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.21 )
日時: 2007/02/01 09:21
名前: 無遠人形

夢を見ていた。
きっと今夢を見ているのだろう。
そう播磨は考える。
夢の中で考える。
夢とは現実ではなくて、空想なのだ。所詮偽物だ。絵空事であり、虚構の世界。ああそうさその通り、そんなことはいわれなくともわかっている。
こいつは偽者なんだ。
目の前に居る妖精姿の可愛い天満ちゃんも所詮は偽者さ。
いくら可愛くても虚構は虚構。俺はそこら辺の区別はしっかりしているのさ!

「は〜りまくんっ」
「な〜あに?」

ああ可愛い……。
……はっ!
しまった、一瞬で鼻の下が伸びちまった。あせあせ。
ふぅ、サスガ天満ちゃん。夢の中でも俺を惑わせてくれるぜ。……ああでもほんとにかわいい………。

「お願いなの播磨くん……私を……私を、捕まえて愛して欲しいのっ!!!いっぱい飛び回る私だけど……播磨くんならきっと私を捕まえられるから!……それで、あのその……私を捕まえたあとは……うんとね……えっと、播磨くんの……私を播磨くんの好きにしていいよ!!(ポッ)……これが私のお・願・いだよっ」

チュッ

………。
そうかそうか。
ウインクに投げキッスときたか。
そうかそうか、うむうむ。

「もっちろんだぜっ、天満ちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!男、播磨拳児!!俺が全力で君を捕まえてそして愛してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」

………俺、鼻息荒すぎ?
………、そんなことないよな。

「……んでもちろんその後は……」

ムフフ、ハァハァ……。
これって夢の中だよな?そうだよな?仮想なんだろ?現実じゃないんだよな?ここで何をしても現実には関係ないんだよな?だからなにをしてもいいんだよな?
ムフ、ムフフフフ……。

「じゃあおいかけっこスタ〜ト!播磨く〜んこちら!手〜の鳴〜るほうへ〜!!」
「うふふ〜待てぇ〜」

……俺!幸せ!

ムッ!
………!!!
お前は?

「ここを通すわけにはいかない」

烏丸のヤロウ、夢の中までお邪魔虫してやがるのか。ピエロの格好なんかしがって、このピエロが!俺と天満ちゃんとのラブラブを邪魔すんじゃねぇ!!
おりゃあ!!くらえ、デコピン!!

「うわぁやられた」

ふん、死様までピエロみたいだな。
正義は必ず勝つんだよ!覚えとけ!!
……おっといけねぇ天満を見失っちまったみてぇだ。

「オ〜ッホッホッホッ。妖精天満をお探しのようね、ヒゲ?」
「ん?そうだ。お嬢はどこに行ったか知ってるのか?」
「……知らないし、知っててもアンタなんかに言わないわ!!ここから先はぜぇぇぇったい通さないんだから!!」

な!お嬢?!

「えい!落とし穴!」

嘘だろっ?!
おいやめそこの紐を引くなぁぁぁぁぁ!!!!
う…、わ…、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
落ちる!!
落ちる!!
落ちる!!
落ちる!!
落ち……

ボスンッ

………落ちてねぇ………痛くねぇ?

「な、なんだ?」

これはなんだ?
もんの凄い柔かいし、それに良い匂いがして、そして温かい……。クッション……いや大きな枕か?
いったいなんなんだ?
フカフカでモフモフなもの……。
でもあぁ……なんだか眠くなってきたな。
すっげぇ睡魔が……。
………。
………。
……じゃあい〜や、天満ちゃん探しも一旦ここで休憩だ!むふふ、楽しみに待っててくれよ、天満ちゃん!!!この俺が必ず探し出す!!!
……しっかしこのフカフカ、抱き心地といい触り心地といい最高だな……。
抱き枕かもしれねぇなぁ……。

モミモミ。

おっ!すっげぇ!!
なんだこの枕、揉み心地も最こ











グルッ、ゴンッ!!
「うぇっおぁ?!」

回転して、落ちた。
いや、投げられた。
実際痛い。今度は夢ではなく現実のようである。たいした高さでは無かったが、しかし播磨は頭をしたたかに打っていた。
目を白黒させて困惑する。意識が追い付かない。

「いってぇ………」
お、あ、俺は?あれ?夢を見てて……?あれ?幸せで……?あれれ?メガネと試合?それとも烏丸と??体も痛いし……。

と、そこまで考えて。
ようやく目の前のことに思考が至る。
そう、そこには、

「………あ、の」

背中に背負っていた播磨を投げたままの姿勢で硬直し、

「え………えっと」

目をぐるんぐるん回し、顔をこれでもかと紅く染め、

「………そ、その!」

いつもの冷静さはどこへやら。

「へ、へ、変なところを………も……ももも、揉まないでください!!!!」

そう真っ赤に主張する、塚本八雲がそこにいた。












「はぁ〜あ」

ホンワカした音楽が店内を流れる。
塚本天満はカウンターに肘をついて溜め息をついた。そこは烏丸がアルバイトしているカレー屋『元禄亭』である。
天満の目の前の調理台には烏丸がいる。烏丸は無駄の無い手際の良さで、無表情にカレーを煮込んでいた。途中知らない名前の香辛料を適宜加えている。
それをボーッと見つめる天満の背後、四人がけのテーブルには二人の美少女がなんだか言い争っていた。
その片方、沢近愛理は腕を組みかったるげに言う。

「ねぇ美琴。いい加減、そこの存在がウザイんだけど?どうにかしてくれない?」
「う、うっせぇな!私に言うな、私に!」
「あら〜?あなた達幼馴染みでしょ。敗北のショックくらい慰めてあげなさいよ」
「……こんな変態は私の幼馴染みじゃない!!」

もう片方、周防美琴は床の上にあるその存在を指差して激昂した。
実はここ『元禄亭』は今日休業日であった。というより店長が入院中。店の表にはクローズがかけられており、現在天満達三人以外お客はいない。
……床で足を抱えて目も虚ろに廃人している猫耳的存在は人間とは数えません。
今日烏丸はカレーの味を練りこむ為にここに来ていたのだ。そこに天満達がやって来た。ちょうどいい実験台……否、お客さんだという訳である。天満以外のメンバー二人が変わっているが、そんなことは気にしない。ちなみに今のメインの研究は煮込んでいる時にかける音楽の味との関係性。
天満は再び溜め息をつく。

「はぁ〜あ……。晶ちゃんどこ行ったんだろ。八雲もいなくなっちゃうし……」

そうなのだ。
あの高野が冬木を追う後を天満は追い掛けたのだが、結局見失ってしまった。その時ようやく八雲を置いてきたことにも気づき、アワアワと途方に暮れていた。
しかし、何故か天満の後を追って来た美琴と沢近に、待ち合わせの場所とかは無いの、と聞かれてふとお昼をここで食べると予定していたことを思い出したのだ。いなくなった二人もお昼になればここに来るだろうという典型的な迷子を探す処置だった。そこで天満は当然美琴と沢近を誘い、美琴は着替え廃人になっていた花井を引きずってここに来た。
だから今はおとなしく烏丸のカレーでも食べるしかなかった。

でも楽しみだな〜美味しそうだな〜、烏丸くんのカレー。スパイシーな香りが漂ってくるし……。料理のできる烏丸くんは将来ぜったい良い夫になれるね、な〜んて、キャッ(はーと)

ピコピコさせながら天満がそんなことを考えていると、
突如廃人だった変態がいつの間にか立っていた。
両方の拳を握り、無駄に力強く天井の照明を見上げる。
そして、

「今!今僕はビビッときた!!この感覚は八雲くんがこぉの僕に助けを呼んでいるに違ぁいない!!八雲くんに危険な事がぁ!!!!危険だ危険だ危険だはぁぁぁぁ!!!!!待ってろ八雲くん!!男、花井春樹!すぐに助けに行ってやるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」

絶叫する。播磨が持っていない特殊能力を存分に発揮する変態だった。
その着替えたものの猫耳だけはつけたままのメガネの変態は、今にも飛び出して行きそうだった。
すかさず美琴、

「危険はてめぇだっ!!」

その首筋にチョップ。
フニャ、とあっけなく花井は崩れ落ちる。
威力角度共に申し分無い手刀だった。

「おい烏丸。この店にロープとかは無いか?こいつはもう今日は駄目だ。頭が冷えるまでふんじばる」
「ロープじゃなくてガムテープの方がいいんじゃない?簡単に拘束できるし痕もつかないわ」

床に倒れた変態を渡されたガムテープでグルグル巻きにする。
天満はそんな光景を見つつ、

「八雲と晶ちゃん遅いなぁ……」

深々と溜め息をついた。














播磨拳児と塚本八雲はと言えば。

「………」
「………」

晴天の下、風香る芝生の上。
木々に囲まれるちょっとした丘のてっぺんに、二人の姿があった。
冷たい微風に日光が暖かい。
播磨は芝生にあぐらをかいていて、八雲は播磨の学ランを下に敷いてその上に座っている。
互いに無言。
八雲は心配げに播磨を見つめ、播磨は下を向いて止まっている。
動かなくなった播磨にじれったくなった八雲はとうとう、

「………どうですか?」

聞いた。
播磨もとうとう、

「………うめぇ」

答えた。
答えた後は勝手に言葉が紡ぎ出される。

「なんて………なんてうめぇんだ妹さん!!この絶妙の味付け!!舌で転がる旨味!!なんでかほおが緩んでくるぜ!!!美味としか言いようがない、この弁当はまさに絶品だな!!!最高だぜ、感動ありがとう、妹さん!!!!」

播磨の正直な大絶賛に、八雲もようやく安心して笑顔が浮かぶ。

「ありがとうございます、播磨さん……」

新矢神ランドの公園で。
二人は仲良くお弁当を食べていた。











土下座。

それは日本において最大級の謝罪と服従を表すポーズであり、事情を理解した播磨が、まず始めにとった行動でもあった。
赤くなって息を詰まらせる八雲の表情から、珍しく正しく状況を受け取った播磨は、

ゴーンゴーンゴーン

「すすすすまねぇ!!!すまねぇ妹さん!!!!俺は……俺はなんてことを!!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁぁぁ〜い!!!!!」

即座に土下座を開始した。
ちなみにゴーンという音は頭とコンクリの激突音。播磨はとりあえず動揺していた。動揺もするだろう。播磨にとって女性の体は神秘であり神聖不可侵の未体験ゾーンであった。
当然八雲も相当に動揺している。
混乱している。
今播磨が何をしているのかが、見えてはいるが理解できない。今自分がどんな状態でいるのかもわからない。
思考もグチャグチャ、意識もメチャメチャ。

わ、わたし播磨さんに、その………む……む……へ、変な所を揉まれて………あんなに力強く………。

ゴーンゴーンゴーン!!!!

「すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!ごめんなさい!!マジでごめんなさい!!こんな謝罪じゃ足りないくらいに謝るから許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」

ピタリと止まり小さな声で、

お姉さんには言わないで。

また土下座を再開。
叫ぶ謝る叫ぶ。

播磨の頭突きも最高潮に達して。
頭蓋骨の危険な音が響き渡る。
何事かと見てくる通行人もいたが、関わり合いになりたくないのか素通りしていく。
そんな播磨を八雲は見る。
悪気は全く無かったのだろう。心は見えないが、わかりやすい播磨の言動にはそれが感じられた。

こんな時はどうすればいいんだろう……。

八雲は困惑する。
播磨が倒れたのを見掛けた八雲は、怪我を治療するためにどこか医療施設に運ぼうと背負ったのだ。
重かったのだろうが、火事場の馬鹿力というやつか、播磨の安否を心配するあまり全く気にならなかった。
そして一歩一歩運んでいると、いきなり播磨に胸を鷲掴みにされ激しく………何?訂正してくれ?……ふむ、仕方ないな。いきなり変な所を揉まれて驚きはしたが、別に怒っている訳ではない。
ただ驚いただけ。
もし下心などがあるのだったら、心が見えてしまうだろう。そして軽蔑してしまうかもしれない。しかし見えない。ならば播磨は故意ではなかったはずである。
だから、

そんなに謝られても……。

普通の女の人だったら怒るのだろうか。そう八雲は疑問を持つ。しかし自分は播磨に触られて、不快感よりもむしろ嬉し……何さ?また訂正しろって?……仕方ない、今回だけだぞ。
とにかく、故意でないのならば自分が怒る理由はどこにもない。播磨が謝る理由もどこにもないと八雲は結論づけた。

「あの……大丈夫ですよ」

慈悲の言葉をかける。
万死に値する罪を犯したサングラスの馬鹿は、土下座を止めて、ゆっくりと鼻水と涙でグチャグチャの顔を上げる。

「ホントに?」

情けなく首をかしげて聞いた。その額は赤かった。

「大丈夫です……私は……。播磨さんが反省してくれるならそれで……」

八雲は馬鹿を許す。
まるで聖女。信じられない心の広さだった。

「妹さん……。ありがとう……」

播磨も露骨に喜びの表情を浮かべる。本気で感動したようで目に涙がにじむ。鼻をすすりながら、絃子もこのくらい心が広かったらなぁ、とか呟いていた。
落ち着いてきた播磨を優しげに見ていた八雲は、あることに気づく。

「そうだ播磨さん!怪我は、怪我は大丈夫ですかっ?花井先輩との試合で凄い怪我してて……倒れたのはそのせいですよね?それに私も投げちゃいましたし……」

慌てたように播磨を撫でまわす。
播磨も怪我を今思い出して、しかしもうキツさはなかった。あまりの八雲の衝撃に痛みとか疲労はだいぶ吹き飛んだようであった。そんなわけはないのであるが。

「ああ、こっちこそ大丈夫だ妹さん。こんな程度なら少し休めばすぐに治るぜ」

どっこいしょ、と立ち上がり体の健康をアピールする播磨。そんな様子を八雲が不安げに見ていると、案の定、

「うぐ」

播磨は腹を押さえてかがみこむ。
だ、大丈夫ですか!と八雲が近寄るとその額には脂汗が出ていた。相当無理をしているのだろう。
八雲は自分の肩を播磨に貸して、端の植え込みまで播磨を運ぶ。痛みにうめく播磨を座らせると、投げ出していたバッグを拾ってきてその隣に自分も座った。

「………」
「………」

沈黙。
前にある歩道を幾人もの通行人が通りすぎる。
播磨は何も喋らない。
八雲はまたも困惑していた。

どうしよう……。

播磨と居ると、こんな状況は結構ある。播磨は必要がない限りあまり話さない。もともとコミニケーションが苦手なのだ。
八雲も苦手だがそうも言っていられず、何か話すこと何か話すこと何か話すこと、と考えていると、はたと思い出されることがあった。
それは昨日の出来事。
八雲が新矢神ランドに訪れることを決意した理由。
屋上で話していた事。

なぜ沢近先輩をデートに誘ったのか。
播磨さんは姉さんのことが………ではなかったのか。
だったら、なぜ………。

実は今が最大のチャンスなのかもしれない。
播磨の真意を聞く、最大の。

「………」

八雲は膝を抱えなおす。
しかしなんと聞けばいいのだろう。まさか真正面から真正直に聞ける訳もない。
そんなことは出来ない。
播磨を傷つけたくないし、変に踏み込んで嫌われたくもない。


でも、知りたい。
播磨の気持ちを把握したい。



何か……何かきっかけがあれば……。

そう思い悩んでいたその時、

グゥ〜

隣から音がした。
八雲はその音が播磨の腹の音であることに気づくのに数秒かかる。
しかしその後、今自分が持っているバッグの中身に考えが辿りつくのにさして時間はかからなかった。

「……播磨さん」

偶然と運命が積み重なり、
物語は紡がれる。

「一緒に……お弁当を食べませんか?」

八雲はその物語に感謝する。
表向きは播磨の真意を聞き出せる事に。
しかし心の奥底では。

播磨と共にいられる事にこそ、
歓喜の念を心にいだいて。

……駄目。
今度こそ訂正却下。














所変わって『元禄亭』。

「花井くんも罪な男よね〜。こんなに美人で気立てのいい幼馴染みがいるのに、こんな子の妹にベタ惚れなんだから。それをただ見ているだけの幼馴染みも辛いわよねぇ?」
「ぶ〜!!エリちゃんこんな子の妹ってどういうこと?!八雲はとってもいい子だよ!!ミコちゃんより胸はないけど……」
「なぁお前ら、殴っていいか?……いいよな?褒めてんのか馬鹿にしてんのかわからんからグーでいいよな、グーで」
「「痛い痛い!」」

美琴は二人の頭に容赦なくゲンコツをグリグリ押し付ける。
そんな三人娘の前には綺麗に空になったお皿が置かれていた。
烏丸作『モーツァルトカレー』。
普段高級料理を食べ慣れている沢近として、その味は素晴らしいと絶賛できるものではないが決して不味くはない。普通においしいのだが、ただ単においしいとは言わせない独特な風味がまた何とも言えない。コアな客はつくかもしれないが、沢近としては遠慮したい。所詮は試作品である。
だがまぁ当然としては当然、天満は嘘偽りなく大絶賛であり、三杯をおかわりした。それでいて他の二人と食べ終るタイミングが一緒なのだから驚異的だ。美琴も沢近と同じ意見であるらしく、二人して頷きながら食べていた。
しかし、沢近が思うのは。
好きな人の料理を食べて、それを心から褒められる、天満の素直さだった。

私は……どうなのかしらね。
嘘と偽りの笑顔ならばいくらでもできるけど……。





「そ・れ・よ・り!!!お前の方が何してんだよ沢近ぁぁ!!!あいつとデートするなんてわたしたちぁ聞いてねぇぞ?さては昨日あいつがお前を引っ張ってったのはこのことだったんだな?」

この話題は沢近の急所であった。

「………!!!……。……っ!!」
「ほらエリちゃん落ち着いて」
「プハァ、ハァ……。そうだけど……そうだけど!!いいじゃないの!!別に変なことは無いわ!!!」
「いやあいつから誘ったんだろ?十分変。ぜぇ〜ったい変。なんで普段あんな喧嘩してんのに、いきなりデートなんてしてんだよ。確実に変だろ」
「……あっ、あいつがきっとようやく私の魅力に気がついたのよぉっ!!!!!」
「………。お前、それ自分で言ってて恥ずかしくないか?」
「…………」

沢近は耳までイチゴのように真っ赤になって、口をパクパクさせる。

「ねぇねぇミコちゃん。さっきから言ってる『あいつ』って誰のこと??」
「『あいつ』って……もちろん播磨のことに決まってんだろ」
「……!播磨くんのことなの?!?!じゃ、じゃあ今日エリちゃんは播磨くんとデートしてる訳?!」
「………」
「……おいおい塚本ぉ。もしかして気づいてなかったとか?……一応念のために言っておくが、さっきの素人格闘コロシアムで戦ってたハ○マ☆ハリオってのは播磨のことだぞ?」

天満は口と目を真ん丸に開けて驚く。

「えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!!!」

塚本天満、ザ・鈍感王、確認。

「……まぁいいや。んで沢近。今日はどうだった?播磨に惚れなおしたのか?」
「なっ!!何をバカ言ってんのよ美琴!!やめてちょうだい。そんなことを言うからこの子が真に受けて妙な噂を広めるんでしょうが!!!」

勢いよく指差した先。

「播磨くんかぁ……。私、播磨くんにはあやまらなきゃなぁ」

マイペースに話す天満がいた。
とんと空気が読めない子である。
沢近も、ホンット話の腰を折るのが好きな子よね、と思いつつ話題転換しそうな空気に密かに感謝。

「なに天満、どうしたのよ。あの馬鹿ヒゲに何かしちゃったの?あいつになら何をしても許されると思うけど」
「エリちゃんヒド〜イ。うんまぁ、しちゃったんだけどさ」

身振り手振りを加えて話だす。

「一昨日くらいだったかなぁ……。私が日直で、こう!こう!花壇に水を撒いてホースを振り回してたらさぁ……、ちょうどそこに播磨くんがいて……。私知らなくて……水がザップリかかっちゃって、こうびしょびしょ〜って」

ああそりゃひでぇな、と美琴。
でしょ〜?でもまだしっかり謝ってないんだよ〜それにまだハンカチ返してもらってないし、と天満。
しかし一人。
そんな二人の話を聞く余裕すら失っている少女がいた。

え?え?まって?ちょっとまって?え?どういうこと?

混乱しながらも、もしかしたら間違いがあるかもしれないとひきつった笑顔で天満に確認をとる。

「ね、ねぇ天満。一昨日っていうのは昨日の昨日、つまり二日前のことよね?」
「うん、そうだよ?」
「こうびしょびしょ〜ってことは、頭からもう服の中まで濡れてたりするのかしら?」
「……う〜ん。結構な量の水だったからなぁ。中まで濡れたかもね」

でもなんでそこまで聞くの、という天満の言葉に答える余裕はない。

まさか、まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまっかーさー!!!!

沢近愛理は混乱している。

「あっ!」

沢近は唐突に気がついた。
しまったヒゲを置いてきたままだった、と。瞬間とても不安になる。何か嫌なよかんがする。
沢近は居ても立っても居られず、あの写真をおさめた携帯が入ったバッグを乱暴にひっつかみ、

「ゴメン私トイレ!!」

と言い残し、ドアから外に向けて飛び出した。それはもう勢い良く勢い良く……。

「エリちゃんトイレはあっちだよ!」

と的外れなことを言う天満に、やれやれといった感じで首をすくめる美琴。
無言の烏丸は調理台でその一部始終を見つつ、また新しく作ったカレーをグツグツ煮込み始めていた。











走る。
走る。
駆ける。
駆ける。

「ハァッ、ハァッ」

髪を揺らして走る。
笑みを浮かべながら走る。
手には携帯を持って。
揺れる液晶画面に写る、凛々しい鼻血の顔。

これが……ヒゲかもしれない。

サングラスの下の素顔。
始めて見る素顔。
沢近は何故だか興奮してしまう。
だが沢近はその顔をしっかりと見ることが出来なかった。直ぐに携帯を閉じてしまう。今はまだじっくり見たくない。
そう、まだ可能性の段階なのだ。
万が一、その日播磨と同じようにたまたま水に濡れた人がいたら……。これは播磨の素顔ではない。
もし違ったら、こんなことに振り回される自分が馬鹿みたいだ。
しかし興奮は止められない。

ヒゲの素顔、ヒゲの素顔、ヒゲ……。

もう駄目だ。
崩壊しそう。

「うふふぅ」

笑みが溢れて顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。



だってしょうがないじゃない!!
理由は全然わかんないけど、私、とっても嬉しいんだもの!!!



いまだ思考回路が復調しないまま、この広い園内に、播磨の姿を追い求めて。
そこに何が待ちうけているかも知らずに、無垢なる少女はただ追い求める。











次回予告は…………無し!!!(笑)
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.22 )
日時: 2007/02/04 09:06
名前: 無遠人形

姉さんのことが好きですか?

狂うくらいに愛していますか?

大事な、大事な姉なのです。

途中で気が変わるような半端な恋なら、
私はきっと許しません……。

………。

でももし姉さんが、
他の人が好きだって、
そう知ったらどうしますか?

好きになるのをやめますか?

それとも、

それでも自分の想いを届けますか?

粉砕するのがわかっていても……。

私にはわかりません……。

………。

沢近先輩のことはどう思っていますか?

好きですか?
嫌いですか?

もしかして、

もしかしたら、
沢近先輩が播磨さんのことが好きだって知ったなら、
あなたはどうしますか?

好きになりますか?
それでも嫌いになりますか?

もし姉さんのことが本当に好きならば、
どうして沢近先輩をデートに誘ったのでしょうか?

そういうことって、してもいいのでしょうか?

私にはわかりません……。

………。

関係ないのに気にしてしまう。
一緒にいたいと思ってしまう。
その人のことを、もっと知りたいと思ってしまう。

播磨さん。

こういう気持ちは、なんて説明したらよいのでしょうか?

教えてください。

好きって、なんでしょうか?
恋って、なんでしょうか?
愛って、なんでしょうか?

私にはわかりません……。
私にはわかりません……。
私にはわかりません……。















「ぷは〜。食った食った」

丘の上の男は、ポンポンと腹を叩いた。
目の前の芝生にはたくさんの重箱が並べられていて、その全てが空になっていた。オカズの一欠片、ご飯の一粒さえ残さない見事な食べっぷりであった。

「いやー、それにしてもこんなにマトモで旨いもん食ったのは久しぶりだぜ。最近は全部インスタントか水だったからなぁ」
「……水って……食事だったんですね」
「ああ、カロリーゼロでダイエットには最高だぜ。栄養的に最悪だがな」

播磨は笑った。つられて八雲も笑う。
和やかな雰囲気だった。
温かく、平和な食事だった。

「しっかし妹さんは料理上手いよなー。家庭的っていうか……。食事は妹さんが作ってるのか?」
「……はい、だいたいは……。あっ、でも姉さんも結構手伝ってくれますよ」
「ほ〜。ならてん……塚本もこのくらい料理が上手くなるのかね?そうじゃないとこっち身がもたねぇし(笑)」
「はい……きっと。姉さんの作ったマグロカレーとかは絶品ですよ」
「そりゃ食べてみたい」

会話をしながらも、八雲は別のことを考えていた。播磨に何をどのタイミングでどのくらい質問しようかを。

でも、そう簡単に聞けたら……苦労はしません……。

八雲はなかなか質問を口に出せない。
この会話を続けていたい。この雰囲気を壊したくない。壊れるのが、怖い。

「そういや妹さん。今日は一体どうしたんだ?」

びっくりする。考えていることがバレたのだろうか?

「ど……どうしたってなんですか?」
「ん?今日はなんで塚本と一緒にここに来てんのかなぁ〜って。嫌なら答えなくてもいいけどさ……」

ああ……なんだそっちか。

「えっと……高野先輩に誘われて……。それで姉さんと遊びに来たんです」
「へ〜……」

播磨はなぜかポケットに手を入れて、やや伺うように低姿勢で聞いてくる。

「それで、今てん……塚本がどこにいるか、わかるか?」
「あ……」

そういえば姉さんと高野先輩、どうしてるだろう……。私がお弁当を持ってきて、でも確かお昼は……。

「多分、姉さんと高野先輩は烏丸先輩の所に……」
「なっ!!!烏丸だとぅ!!!!!!」

播磨はガッと八雲の肩を掴む。
サングラスの奥の目を見開き最悪の展開に驚愕していた。よりにもよって烏丸とは。

俺がこのチケットを使って天満ちゃんを誘おうとしてたのに!!!横取りか、あんのお邪魔虫がぁぁぁぁぁぁ!!!!

ポケットの中には、ハンカチの他、十万円と共にクーベル伊藤に貰ったあのチケットが入っていた。
せっかく天満の為に花井と激闘を繰り広げたのだ。しっかり使わないとこの怪我が無駄となる。
八雲は脅えながら、

「あの……痛いです……」
「あっワリィ。つい力が……」

八雲は感じた。
やけに天満のことを聞いてきて、烏丸の名が出た途端にこれだ。

やっぱり播磨さんは姉さんのことが……。

もう確信に近くなる。
ならばなぜ沢近をデートに誘ったのだろうか。それだけが疑問に残る。
一方播磨はというと、重箱の片付けを手伝ってもう今すぐにでも走り出そうとしていた。というかもう走っていた。

「じゃあな妹さん!俺は大事な用事があるからなっ!」

播磨が離れて行く。
八雲はその唐突さに驚き、彼女にしては珍しく、叫んだ。
自分の、願いを。

「播磨さん!『待って』!!!!」

……あれ?『待って』?
今の『待って』は?
まだ聞きたいことが残っているという『待って』?
自分が敷いている学ランを忘れているという『待って』?
それとも……。


まだ一緒にいたいという『待って』?


その願いが届いたのかどうなのか。
とにもかくにも播磨は、「ぶげっ」と無様に転んだ。まだ丘の下りにも達していない場所だった。
八雲は慌てて重箱を詰めたバッグと播磨の学ランを持ち、倒れている播磨に駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか?!」
「い……いてぇ……」

播磨はうめいていた。
見れば、体全体を押さえてプルプル震えている。

「試合の怪我……ですか?」
「ああ……まだ……治って……ねぇみてぇいだ……」

当たり前だ、こんな短時間で治る筈がない、と八雲は嘆息する。お昼を食べていた時間を合わせても、まだ一時間も経っているまい。

この人はいつも無茶するんだから……。無理にでも休ませないと……。

と八雲は出来の悪い弟を持った姉のように思い、播磨の側の芝生に座り込み、播磨の頭の下に自身の膝を滑り込ませる。
自然に、そうしてしまった。
俗に言う膝枕というやつだ。
女の子の太股を枕の代わりにするという贅沢な行為。

「なっ!」

何だ何だ、と驚き顔を上げようとする播磨を無理矢理自分の太股に押さえつけた。

「動いちゃダメですよ播磨さん。まだ痛いのでしょう?傷が開きますよ……。……だから今はゆっくり休んで下さい」
「あ、ああ……」

播磨は戸惑いつつもおとなしくしていた。本当に痛いのだろう。そうでなければ意地でも天満の所に向かおうとするはずである。
そうなのだ。別に播磨は、八雲に膝枕されていたいから動かないという訳ではない。
八雲もそう考える。
なぜなら、

心の声は見えない……。だから播磨さん私に何も感じていない……。

胸を揉まれた時もそうだった。
播磨の気持ちは全く見えない。播磨の心は八雲に向かっていない。だから気絶する直前に見えたあの気持ちもただの勘違いなのだろう。
悲しいけれど、それが事実だった。
膝枕されている播磨は動かない。驚いているのだろうか。サングラスの為、目を開けているのか閉じているのかすらわからなかった。
播磨の顔を覗き込む勇気も起きずに八雲は何気無く周囲を見渡す。
播磨はまだ動かない。

「………」
「………」

無言のままふと気づく。
最初に気づくべきことに、気づいた。

この姿勢。
この体勢は。
他人に見られると。
相当に恥ずかしいのではないか、と。

………八雲、お前気づくの遅すぎ!!
八雲の顔には静かに朱がさしてくる。首筋から徐々に赤くなっていった。もう絶対に播磨に顔を向けることが出来なくなる。
恥ずかしくて。

な、なななな何てことを私はしているの……。勢いだけで……こんな……。

しかし今更やめるわけにもいかない。播磨は本当に怪我を治癒するのに専念しているようだ。そうしろと言ったのは自分なのだ。膝枕が恥ずかしくても我慢しなければならない。
幸いにも周囲に人影は無く、丘を囲む木々の向こう側の八雲の正面にある道にたまに人が通る程度だ。
ならば逆にチャンスなのかもしれない。
さっきと変わった雰囲気で。
聞けなかった疑問が聞けるかもしれない。
それにしてもサングラスが邪魔だなぁ。
そう考えていると。

「なぁ妹さん」
「は、はぃっ!」

先手を取られた。まぁどうせ八雲からは話せなかっただろうが。
赤い八雲を気にせずに、播磨は続ける。

「妹さんは……俺が怖くないのか?」
「………?」

唐突な、質問だった。
それは播磨の心の闇。
天満以外の人といる時に巻き起こる、寂しい卑屈。
唯一の、弱さ。

「俺は不良で……乱暴で……魔王とか呼ばれてて……ガラも悪くて……頭も悪くて……。ずっと喧嘩してきて、今日も喧嘩してて……」
「………」
「さっきも、その……へ、変な所を……も、揉んだりして……わざとかもしれねぇのに!!わざと揉んだかもしれねぇのに!!」
「………」
「なのに、弁当まで食わせてくれて……すっげぇ優しくて……」

泣いているの?

八雲はそう思う。思ってしまった。

「なんで嫌わねぇんだよ!!なんでそこまで心配してくれるんだよ!!なんで、なんで、なんでなんでなんで」
「播磨さん」

八雲は止める。
止めなければ、辛すぎた。
そして、問う。

「あなたは好きな人がいますか?」
「……は?」

八雲は静かに強く、問う。

「答えて下さい」


「好きな人は、いますか?」

塚本天満。

「……いる」


「……大切な仲間は、いますか?」

動物達や、今はクラスメイト。

「……たくさん」


「……いつも喧嘩している人は、いますか?」

花井春樹、そして沢近愛理。

「……ああ」


「……信頼出来る人は、いますか?」

刑部絃子、そして塚本八雲。

「……ここに」


その返答に少し驚いた八雲は、そのまま至高の笑みを浮かべる。
救済の微笑み、天使の微笑み。

「ではその人達は、あなたのことを怖がったりしていますか?」

それを聞き、播磨は呆然とする。

「播磨さん、大丈夫、大丈夫なのです。みんなあなたを大切に思っていますから。播磨さんは一人なんかじゃありません。例え何が起ころうとも、絶対に一人にはさせません」

八雲は空を見上げる。
青く広い、この空を。

「播磨さんはとっても強い。強すぎるから独りで背負い込む。もっと他人を……もっと私を頼ってもいいんです。一緒に漫画を書いたあの時のように……」
「妹さん……」

八雲は下を向き、播磨の顔を見つめて、照れくさそうに続けた。

「そう……私もそうだったんです。一人で背負って……。一人で潰れて……。でも友達がそこから助けてくれたんです。壊れそうだった私を……。だから私も……播磨さんを助けてあげたい……。……播磨さんは強いから、余計なお世話かも知れませんが……」

頬を染め、八雲は小さく微笑した。
それを見て、播磨は目を瞑る。

「そうか……」

目を開き、そして笑った。

「そうだよな」

播磨は考え過ぎていた。
否、考えが足りなかった。
中学の時からずっと、畏れられ馬鹿にされてきた。だから、どこへ行っても、誰と会っても、そう思われるものとばかり考えていた。
しかし、そうではない。
そうではないことが、今更わかった。
この自分より年下の彼女のお陰で……。

「妹さん……」
「はい?」

ありがとう。

口には出さずそう思う。
すると播磨は急激な睡魔に襲われて、八雲の温かみを頭の後ろに感じつつ、
静かに深い眠りに落ちた。










『ありがとう』

見えた。

播磨の心の声。

たった一言だけど。

それでも八雲は幸せな気持ちに包まれた。















あの時美術室で会った、あの男がヒゲだった。
びしょ濡れの、あの男。
ガビーンって感じよね。なんとなく。
……まぁ天満の発言もあまり信用できないから、人違いだった場合も考慮に入れないといけないけれど。
それにしても……まさかヒゲだったとは……。見破れなかった私が悪いの?……サングラスかけてなきゃわかるわけないわよ、あれがヒゲだなんて。……タモリとかその辺かしら?

………。
ああもう細かい顔なんか思い出せないわ!あの時はびっくりしちゃってたから……。それに顔面を蹴り飛ばしちゃった罪悪感でまともに見てないし……。でも目鼻立ちはまぁそれなりだった気が…………。
それにヒゲってどこでもいっつもサングラスかけてるわよね?……も、もしかして私だけなのかしら……ヒゲの素顔を見たのって……。

私だけの素顔……。
私だけの……ヒゲ……。

バ、バカッ!!私ったら何言ってんの!!……ふ、ふん、どどどどうでもいいのよ。バ、バカらしいわ!!ヒゲの素顔だろうがなんだろうが、なんで私がそんなに思い悩まなきゃ…………………………

……はっ!!!
そんなことより!!
………ヤバイかもぉぉぉ?!?!!
もし……もしよ、あれが本当にヒゲだったとしたなら………、もしかしてあの時ヒゲは私の描いていた絵を、見た?
……見ちゃったの?
……私が……その……ヒゲの顔を……描いていたのを…………。
見て……。
見てて……。
見たのに……。
見たから……。
ヒゲは私をデートに誘った……。
見たから私を誘ってくれた……。
見たから私に優しくしてくれた……。
見たから私を助けてくれた………とか?
………。
………。
………。(ボンッ)
まっさか〜!!!!
あっははは!!!!
まさかね〜!!!!
まさかあり得ないわよね〜、そんなこと!!ふふっ、私ったらなんてご都合主義なのかしら!!!
………。
……うん。
そんなことはあり得ない。
………あり得ないんだからっ!!
うん。
……うん……。

………。

でも……。
でも願ってしまうの……。
もしかしたら本当にそうなのかも、って……。


ホント、馬鹿よね、ふふふ……。














「あ……」

播磨が静かになってから数分後。
迷惑をかけないようなるべく足を動かしていなかったら、自分の足が痺れていることに気がつき、少しだけモジモジしていた八雲は、無意識に声を上げていた。

「………」

沢近……先輩……。

木を挟んだ向こうの道を、沢近が一人でトタトタ走っていた。
走って何かを探していた。
探しながらどこか嬉しそうだった。
遠くからでもわかる、道行く人誰もが振り返りそうな輝きを放って。
沢近愛理は走っていた。

沢近……先輩……?

そういえば、と八雲は思う。
今日沢近と播磨は二人でこの新矢神ランドに来ているのだった。……ならば沢近は播磨を探しているのだろうか?

………………………。

なんとなく見つかっては駄目な気がした。
沢近が放つ輝きに、何故か恐怖じみたものを感じる。何かが変わってしまうような。
しかし八雲は動けない。播磨を膝枕したまま、動けない。できる事と言えば、沢近が無事通りすぎるのを祈るだけだ。
はてさてその祈りは天に届いたのか。
沢近はあちこち見回しながらも、木々で隠れたこちらに気づくことなく走り去って行く。
その姿が八雲の視界から居なくなった。
見届けて、

「……ほっ」

無意識のうちに詰めていた息を抜くと、体の緊張も自然とほぐれた。
八雲は沢近が通りすぎてくれた事に単純に感謝する。良かった、と。沢近は播磨を探していたのだろう。今考えればそうとしか思えない。

やっぱり沢近先輩は……。あんなに嬉しそうに探して……。

よくわからないが、しかしとにかく、この状況のままでいるのもマズイ。見つかるかもしれないのだ。
八雲は播磨の顔を覗き込む。
グ〜、という寝息が聞こえた。

播磨さん……いつまで寝るのかな?

怪我が完治するまでであろうか。んな馬鹿な。

起こさなきゃ……。

沢近が播磨を探しているのを知った今、ここで膝枕をし続けるのもどうかと思う。波を荒立てない為には……播磨と沢近をさっさと会わせた方がいいだろう。もともと今日は二人のデートだった筈だ。
だから播磨はこんな所で八雲と居る必要はない。沢近と居るべきなのだ。
でも、
でもしかし、

私……何を考えているの?

八雲は不定形の圧迫感を感じていた。
先程とは違った、動けない感覚。
このままで居たい。
播磨と一緒に。
理屈の上ではわかっている、このままではマズイ事になるであろうことが。
でも、

播磨さんを探していた沢近先輩は行ってしまったし……。

ムクムクと。
ムクムクと。
黒い感情が沸き上がってくる。
このままでも平気。播磨は自然に寝たのだし、自然に起きるまではそのままにしていてもいいのではないか。あわよくば、その後播磨と一緒に居てもいいのではないか、と。
まだ聞きたいことがたくさんある。まだ聞けていないことが、たくさん。
ずっと、ずっと話していたい。

私が何もしなければ………。そう……それだけだから……。

何もしない。

『執心ね、八雲。でも……そういうのもありだと思うわ。あなたが一時の満足感だけで足りるというならば……』

八雲は驚き空を見上げる。
しかし、晴天が広がるのみで、そこには何もない。……空耳?

「………」

空から顔を戻すと、そこには播磨の顔がある。幸せそうな、寝顔。
当たり前のことだったが、八雲は目が覚めたように感じた。

やっぱり起こさなきゃ………。

質問したいならばすればいい。話したいならば話せばいい。だがそれは、今でなくてもいいはずだ。確かになんで沢近をデートに誘ったのかは気になるところだが……。
八雲は播磨の頭を優しく撫でながら、一人決心する。

今日はやめよう。
やめておこう。
沢近先輩も可哀想……。
これは沢近先輩が誘われたんだから。
でも……。
やっぱり私は播磨さんと一緒に居たい。
話していたい。
だから……。
またいつか、きちんとした手順を踏んで。
誰かを気にする必要の無い、二人っきりの時間を作ろう。
ゆっくりお弁当でも食べて、二人で一緒にのんびりと……。
播磨さんと一緒なら、漫画とかまた描きたい……かな。
この気持ちが『好き』で、播磨さんのことが『好き』なのかは、まだわからないけど……。

『ありがとう』って。
播磨さんが、そう思ってくれた。
私に向けて、そう思ってくれた。
今はまだ、それだけで十分だから……。













播磨拳児は鈍感である。
他人が自分をどう思っているのかが、全く想像出来ない。他人の立場に立って考えることが出来ない。
対人経験が少なかったり、単に他人に興味がない、或いは自分のことで一杯一杯の場合にそうなりやすい。
まぁそれはどうでもいいとして。
八雲は一大決心をしたのち、沢近を追わせるためにすぐさま寝ている播磨を起こしにかかった。
しかし、これがまた起きない。
播磨拳児は鈍感なのだ。
怪我に響く可能性があるため体を大きく揺らしはしなかったが、大声を出したり、くすぐしたり、顔をペチペチ叩いたりした。だが一向に起きる気配が無い。ムゥ、とか、ンニュ、とか漏らすのみである。
これには八雲も困った。せっかく播磨を起こす決心をしたというのに、これでは台無しだ。

「………どうしよう」

困った八雲は考える。
なるべく無理をさせずに起こしたいのだが……。

「………あ」

そして気づく。
気づいてしまった。
播磨の顔の上にある、邪魔なもの。播磨の目を隠す、邪魔なもの。さっきから、邪魔なもの。
それはサングラス。
今は太陽の位置が高い真っ昼間である。サングラスを外せば、眩しくて起きるかもしれない。

「………播磨さん……ごめんなさい」

これは起こすためこれは起こすためこれは起こすため別に播磨さんの素顔が見たいとかそういうんじゃありませんすみませんごめんなさいこれは起こすためこれは起こすため……。

八雲は内心で壮絶な言い訳を展開しながら、ゆっくりと手を伸ばす。
普段は特に素顔は見たいとは思わない。サングラスがあろうがなかろうが、播磨は播磨だ。
しかし、気にならないと言えば、嘘になる。見られる機会があるならば、それはやっぱり見てみたかった。
心臓をドキドキさせながら、体感時間数分を経て八雲の手は播磨のサングラスに到達する。指先で……掴んだ。

……え〜い!!

サングラスの下に隠れていた、播磨の素顔が露になる。八雲はそれをくいいるように見つめた。

播磨さんの……素顔。

引き締まった鼻筋に、鷹のような鋭い目。今は閉じてるけど。

「………」

八雲はまだ見つめている。というより、目が離せない。
何も考えられず、その顔だけを視界に収めて。

「う〜んむ」

播磨は眩しいのだろうか、眉をしかめて寝返りをうつ。まだ起きない。しぶとい奴である。
播磨の顔が動いたことで、ようやく八雲は硬直から解かれて、太股の上を捻るように動く播磨の頭に敏感に反応していると、その寝返りをうった播磨の制服ズボンから、何かが落ちるのが見えた。

これは……?

ほてった顔を誤魔化すように、八雲はその落ちたものを拾ってみる。
それはハンカチだった。しかも二枚。
八雲はその二枚のハンカチを両手に持ち、じっくり見る。
そこにはそれぞれ名前が書いてあり、

テンマと……エリ……。
姉さんと……沢近先輩?

どちらも重要人物である。
だが、なぜ播磨が持っているのだろうと疑問に思う間も無く、

「ぅ、う〜ん」

眠りの馬鹿が八雲の上で伸びをした。眠りの馬鹿とは、眠りのお姫様とは違い、起こしても起きないのに起きて欲しくない時に起きる。
瞬間。
八雲は慌てる暇もなく、持ち前の反射神経を存分に使い、片手でサングラスを播磨にかけ、片手でポケットに『一枚』ハンカチを入れることに成功した。

「……んあ?」
「……お、おはようございます」
「……あ、ああ……」
「………」
「……妹さん、どうしたんだ?」
「あ、あのちょっと滑っちゃって……」
「?ふうん?そうか……」

何に滑った?とも聞かれない。
播磨は寝惚けていたので、何とか誤魔化せたようだった。
播磨はまた大きく伸びをして、ムクリと起き上がる。八雲の足から重みが消える。

「ん〜……はぁ。本格的に寝ちまったみたいだな」

ゴシゴシとサングラスの下の目を擦りながら八雲に振り向く。

「すまねぇな、妹さん。案外人肌ってのも良いもんだ。お陰ですっかり怪我の痛みは、治、っ、た………ぜ……………」

八雲を向いた播磨の動きが、段々と鈍くなってくる。顔も心なしか青ざめて見え。
八雲は不審に思い、聞く。

「播磨さん?」

だが播磨は八雲の後ろを凝視したまま、




「………お嬢………」




八雲の心臓がすくみ上がる。
播磨の一言で、血液の流れが停止した。
沢近はさっき目の前の道を走っていたのに。

そ・ん・な…………。

お願い嘘であってと願いながら、恐々と播磨の視線を辿り振り向く。

丘の上。

そこには。

嘘ではなく。

幽鬼のように佇む。

沢近がいた。














『いえー!ひゃっほう!パンパカパーン!祝!はっぴーはっぴー登場二回目の幽霊娘でぇっす!!ああ幸せ〜!!!……、なに?テンションが高い?ふん、煩い黙れ。……いや〜欠場期間長かったわ。私って八雲の話くらいにしか出られないんだもの。仕方ないっちゃあ仕方ないけどね……。この作者、八雲の心理描写は難しいとか言って書くのを躊躇ってたからね〜。蹴り飛ばしてやったわ。それにしても上の方は修羅場よね。どうなるのかしら?気になるわ……。まーそれは置いといて、無用さんよ無用さん。私幽霊だからパソコンとかよくわかんなくて何も出来ないけど、背後からこっそり応援しとくから新サイト設立頑張ってね〜!これ見てる方も雑談掲示板とか覗いてみて下さーい。んじゃこの作品も、ラストに向けて、れっつごー!!!』by幽霊娘
Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.23 )
日時: 2007/02/08 16:57
名前: 無遠人形


………。
………。
………。

………。
なんなのよ……。













沢近は立ち尽くしていた。
丘を囲む、木の陰に。
そこにいる播磨と八雲を見ながら。
憤怒とも嫌悪とも悲哀ともとれる、感情の静寂。
沢近はこんな時、何を考えればいいのかわからない。これまで、自分がこんなに播磨に会いたいと思ったことも、またそれが一瞬にして蹴り落とされたことも、なかった。経験したことが、ない。
播磨に会いたいという沢近の希望は、この光景を見ただけで、絶望の底に沈んでしまった。

なんで……八雲が……、ヒゲを……膝枕してるのよ……。

沢近は別に自分が膝枕したかったわけでもなく、八雲がそうしていることに対する文句も、多分ない。八雲が播磨を膝枕したいというなら、すればいいと考える。
だけど、

なんとなく悔しいし……。
なんとなく嫌なのよ……。
私は……こんな光景を見る為に……見せつけられる為に……ヒゲを探していたんじゃないのに……。

なんで播磨に会いたくなったのかすら曖昧になってしまう。播磨を探して走っている最中は話したい事がたくさんあったはずだったが、それももう全部吹き飛んだ。
感情をうまく表に出せないまま、何をすべきなのかもわからず、しばらくそうしている。
黙って立っている。
あの美術の宿題以来、自分はおかしい。自分で自分の感情を持て余し気味だった。何がその原因なのかよく理解している分、余計に沢近を苦しめる。
その根元である男について聞かれれば、即座に十個以上の悪口を並べられる自信がある。しかし、もしその男に対する気持ちを聞かれたなら、途端に何も言えなくなってしまうだろう。
未だ、好きか嫌いかすら、わからない。

でも………なんかね………ムカつくし………それに………悲しい………。

嫉妬……なのだろうか。
それでも沢近は表面上は冷静さを保てていた。
すると八雲に動きがあった。太股の上で寝ている播磨を、起こそうとしているようだ。だが色々試していたようであったが結局播磨は起きない。
沢近はそれを意識せず冷めた目で見る。
その光景を。
金色の目を鋭く細めて、ただ見つめる。
そんな沢近にも気づかない八雲は、最終手段としてか播磨の顔からサングラスを掴み、そして持ち上げた。

やっ………。

開いた口から音無き声が洩れる。
沢近の感情が、外に出た。

………嘘………。

サングラスを持ち上げたまま下を向いている八雲へと、沢近は夢遊病者のようにフラフラと近づいて行く。木の陰から、陽の光の下に。

やめてっ…………。

浮き彫りになる感情。
それは、焦り。
そして、恐怖。

ヒゲを……見ないでっ…………。

段々と歩幅の小さくなった五歩目。
沢近は立ち止まり、両方の拳を強く握り、目をギュッと閉じた。
現実を否定する。現実を否定したい。

私の………私だけの………。

葛藤が、沢近の頭の中で様々な物が衝突し合った。
ヒゲなんかどうでもいいんだから八雲と仲良くしててもいいし別に素顔がどうかしたの、と吐き捨てる沢近。
一方。
今日私をデートに誘ったのはあんたでしょなに八雲に膝枕されてんのふざけんなこの馬鹿ヒゲ、と怒る沢近。
一方。
デートに誘ってくれて……助けてくれて……優しくしてくれて……私はヒゲの素顔を見てて……なのに……八雲と一緒にっ……八雲が見ててっ……、と涙をこぼして叫ぶ沢近。

「ぅ、う〜ん」

播磨の声に、はっ、と沢近は涙のにじんだ目を開ける。いつの間にか播磨は起き上がろうとしていた。サングラスはもうその顔に戻っている。
沢近は焦る。八雲の後ろにいるのが見つかってしまうと。
しかし、

……いやよ、見ないで、いやだ、やだ、やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだ。

沢近の頭の中はそれを繰り返すばかりでなにもできない。
周囲の音が聞こえなくなる。
播磨の動きもやけにゆっくり見えた。



「………お嬢………」



播磨が驚いたように呟いたのが聞こえる。八雲も振り向き沢近の姿に目を見張ったのが見えた。
沢近は下を向き唇を噛み締める。

私は……私は……。……何をするべきなの?……自分は何がしたいの?……ヒゲにどうしたいの?……ヒゲにどうされたいわけ?私は……私は……。

そして静かな目で二人を見た。
冷めたというより、虚無的な瞳で。
そこにいるのはいつもの馬鹿面に、隣に座る綺麗な少女。
日本人形のような、精緻な造形。

清楚で純粋そうで……意地悪で醜い私とは、大違い。
……本当に……綺麗な子……。
………………………。
…………ははっ。

沢近は突如、自分が悩んでいるのが馬鹿らしくなる。

…………もうどうでもいいわ。

唖然とする二人を置いて沢近はクルリと後ろを向き、無言で林の中に走り去った。

必死に木々をかきわける。
全速力で。
全てを忘れるような、全速力で。

















「沢近先輩………」

八雲が振り向くと、お互いしばし見つめ合ったあと、逃げるように去ってしまった。
八雲の怖れていた通りの展開になってしまった。いや、思っていた通り、か。
いつから見られていたのかわからないが、八雲のあのためらいが致命的なタイムロスだったのかもしれない。今更ながら後悔する。

「………」

しかし、もう起きてしまったことだった。
不思議と焦りは無い。
落ち着いていた。
八雲は去った沢近を見て心配になる。こんな自分に気遣って欲しくはないだろうが、それでも八雲は気遣ってしまうのだ。

大丈夫……かな?

きっと沢近は八雲が膝枕をしていた光景を見ていたに違いない。特に考えがあってした膝枕では無かったが、外から見れば仲良さげに見える。それであんな風に悲しげだったのだろう。

やっぱり沢近先輩は播磨さんのことが……。

なかば確信に近く思う。八雲ですら気づく。
だが、播磨はといえば、

「どうしたんだ?お嬢のヤツ。腹痛か?あっ、わかった、アイツまだ昼飯食べてねぇんだな。なるほどそれで妹さんの弁当を見て……。なるほどなるほど」

と、わけのわからん解釈をしていた。
八雲は軽く溜め息をつく。

私達の中で一番変わらなきゃいけないのは……播磨さんなのかもしれません……。

しかしその鈍感さが、沢近と八雲の最大の敵であると共に、最高の味方でもあるのだが……。
播磨はそのまま動く気配が無い。沢近を追い掛けるという考えすら浮かんでいないようであり。
駄目なのだ。
それでは駄目なのだ。
八雲はなるべく気合いを入れて、言った。

「播磨さん、今すぐ沢近先輩を追い掛けて下さい」

案の定播磨はポカンとした表情を浮かべて聞き返す。

「は?なんで?」
「なんでって……播磨さん、あなたって人は……。もう理屈は抜きです。理由も無くて結構です。播磨さん、沢近先輩を追い掛けて、今日の続きをしてきて下さい」
「………?なんで?」

八雲は播磨の顔に近づき、その手を握り、更に力強く言い直した。

「今すぐ追い掛けなさいっ!!!!!」










播磨は不思議そうな顔をしながらそれでも沢近を追って走ってくれた。
これで良いのだ。
取り残された八雲は、後悔の念は無い。
後悔などしないはずだ。

自分だけでは駄目………。みんなと一緒にいないと、そのみんなが幸せでいてくれないと………私は嫌だ………。
サラも高野先輩も姉さんも烏丸先輩も播磨さんも沢近先輩も、みんながみんな幸せになって欲しい………。『はっぴー』で『はっぴー』な生活を送って欲しい………。この結末がどうなるかはまだわからないけれど………私はそう願っている………だから………。

その時、空から声が聞こえた、

『ふふふもがっ』

気がしたのだが気のせいだった。
調子にのるから出番取り消し。
代わりに地の文で問いましょう。

その中で、八雲自身は幸せになれるのか、と。

………私は幸せってなんなのかすら、まだよくわからない………でも。

八雲は青く晴れた空を見上げた。
太陽が高い。
決意を込めたその表情は、美しく白く輝く。
手には播磨のポケットに入れることができなかった、『もう一枚』のハンカチを持って。
『エリ』と書かれたそのハンカチを。

播磨さんといることで、幸せとは………『はっぴー』とは何なのかがわかるのなら………。

声に出してみた。

「もしかしたら沢近先輩とは……勝負することになるかもしれませんね」

今日一番の、笑みだった。
















「おっ嬢ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

なんだかよくわからない。だけど大声を出してみる。
通行人がこちらを注目するのがわかる。もちろん無視。
よくわからないが、とりあえず播磨は全力で追い掛けていた。
追い掛けるならば全力で。
涼しい風の中を気持ちよく突っ走る。
前方にはもう沢近の背中が見えていた。
沢近は林を抜けた道をただ真っ直ぐ走っていただけらしい。すぐに見付かった。
沢近も引き締まった美脚を必死に動かし走っているようだが、とても播磨の速度には敵わない。

「待てやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

播磨自身なんで自分がこんなにハイテンションなのかはわからないが、怪我の痛みもひいて、元気が有り余っていた。八雲の膝枕はベホマに違いない。

追走、そして並んだ。

沢近は隣に追い付いてきた播磨を一瞥して、さらに速度を上げる。
播磨も速度を上げて、余裕で再び並んだ。
沢近を止めるでもなく、並んで一緒に走っていた。

「………」
「………」

更に走り続ける。
沢近は息を荒げて、播磨は余裕で。
何故か、並んで走っていた。
沢近は顔を赤くしながらとうとう口を開いた。

「……な、な、なんで、お、追い掛けて、くんの、よっ!!!!」
「さぁ?なんでだ、ろうな」

喋っている間も走り続けていた。
周りの景色が後ろにすっとんで行く。
播磨はたまに走るとなんか良いよな〜、などと思いつつ大股で走る。
隣で金髪が後ろにたなびいているのが見える。その少女は全力で腕を振りながら、再び口を開いた。

「このッ、バカッ、ヒゲッ。や、くもの、ところに、いれば、いいじゃ、ないの!!!」

沢近は苦しげながらも、言う。眉をしかめながら口元を緩めるという複雑な表情であった。
もちろんおニブな播磨は、何も考えずに事実だけを口にする。

「しゃーねー、だろ。その、妹さんが、お嬢を追い掛けろって、言ったんだからオブッ」

地雷は、踏んではいけません。
「言ったんだから」の「ら」を言い終わる前に、沢近の拳が飛んだ。播磨の顔面に、容赦なく。
走りながらだったので、威力はそんなになかったが。

「なっ、なぁにしやがる!!!!」

それでも播磨は鼻を押さえながら殴ったあと立ち止まった沢近に向け文句を言った。
沢近はというと、殴った拳をヒラヒラと振りつつ、

「勝手に発情してやがれこの大馬鹿モンキー野郎がっ!!!」

おもいっきり睨みつけ怒鳴りつけた。
播磨は突然な物言いに困惑してしまう。自分のせいだとも気づかずに。

「あんたは私より八雲がいいんでしょ!!!なら別にいいわよ!!好きにすればいいじゃない!!!私が口出すことじゃないわ!!私だってあんたみたいなバカヒゲのことなんてなぁんとも思ってないんだから!!!バカッバカバカバカバカァァァァ!!!!イチャイチャすればいいじゃない!!!膝枕とかなんでも!!!!他の事も色々したいなら……好きにすれば?……猿……。……その代わり、私にはもう、関係ない。近づくな、二度と、関わらないで」

一方的に言い捨てると、

「もう絶対ついてこないでよ」

播磨に背を向けて走り去った。
負のオーラを身に纏って。
その背中には何を背負い、その心は何を思うのか。
播磨にはわからない。

「………」

播磨は沢近を見送りつつ、なんだか難しい顔をした。

「………」

顎に手をやり、何かを考える。

「………」

思い悩むように、天を見上げた。
そこには抜けるような青空。
頭の中に、膝枕で寝る前八雲と話したことが鮮明に蘇った。

『播磨さん、大丈夫、大丈夫なのです。みんなあなたを大切に思っていますから。播磨さんは一人なんかじゃありません』

そうか……そういう意味だったんだな、妹さん。いつも喧嘩ばかりしている人も……大切なんだな。

沢近、愛理。
何かあるごとに衝突ばかりしている相手。最近はよく向こうから喧嘩を売ってくるようになった。
確かに沢近に播磨を怖がっている様子など全くなく、播磨を馬鹿にしてばかりいる。逆に播磨の方こそ沢近のことを怖がっていたりする。
まぁとにかく、

喧嘩出来る相手も貴重……か。天王寺のヤツもそうだったな……。

「……よっしゃ!」

播磨は凶悪な笑みを浮かべ、拳を突き合わせる。
さっきの沢近の台詞は早口すぎてほとんど理解出来なかったが、沢近が怒っていることだけはわかった。沢近は喧嘩を売っているのだ。播磨が反撃すれば喧嘩になる。
播磨は沢近の最後の台詞を思い出していた。

もう絶対ついてこないでよ。

沢近はそう言った。

ならば播磨のするべきことはただ一つ。

絶対に、ついていく。

喧嘩するなら……出来る時に出来る相手ととことんやれ!!!
そういうことだよな??妹さん!!

ふるふると必死に首を横に振り否定する八雲の幻影を無視し、喜々として播磨は走りだした。

何もかもが違うけれど。

播磨は再び、沢近を追い掛け始めた。














後日談パート2

〜華麗なる大人達の食卓(仮)〜

「カンパ〜イ」
「カンパイ」
ガチャンガチャン
『カンッパァ〜イ!!』
ガッチャン!
「「『ゴクッゴクッゴクッ、プハァッ!!』」」
「やっぱり冷えたビールは良いですね〜、……先輩?刑部先生?」
「……ああ、そうだな」
「顔色悪いですよ。……ビール、傷に響きますか?」
「なに、大丈夫。かすり傷さ、この程度。相応の報酬は得られたしな」
『葉子、ほっといてやりなさいな。絃子は誰かさんに似て意地っ張りなんだから。それよりガンガン飲みましょ!!こたつに入っての仕事後のビールはとっても美味しいわ!!』
「………」
「そうですね〜。まだ本編は終わってないですけど、一仕事終わったって感じですよね、私達。でも仕事って言っても実は私ほとんど登場してないんですよ〜?最初の回想シーンくらいしかないんですからー」
『そうなの?……やった!勝った!……一回取り消されたけど……。私は三回よ!登場三回!!』
「そうなんですか?」
「………」
『フッフッフッ。そろそろこの幽霊娘様も、モブキャラ脱却の日も近いわね。ちょっとそこのミカンとって』
「……失礼ですが、それは難しいんじゃないでしょーか?漫画でもアニメでも多分私の方が出演していますよ?はいどうぞ」
『あっ!ひっどぉっい!!そんなはっきり言わなくてもいいじゃない!!うわーん絃子〜、葉子がイジメるの〜、モグモグ』
「………ときに葉子」
「はい?何でしょう?」
『あっ!スルーしやがった!』
「ああくそ、うるさい……。疑問なんだが……このコーナーは一体何なんだ?」
「ああ、はい、そうでした。読者の方への説明をしなければなりませんね」
「……葉子、お前もしかしてそれ忘れてたのか?」
「(無視)えっとこのコーナーは、はっぴーはっぴー最大の伏線であった筈の、異性の顔を描くという美術の宿題について、読者の方々もすっかり忘れているであろうし、更には本編に組み込むタイミングももうなさそうなので、ならばせめて私達のお酒の肴として活用してやろうじゃないか、ついでにあとがきも兼ねてしまえという非常にあざといコーナーなのです」
「……長い説明だな」
『ねぇねぇ。じゃああのパート2っていうのは?1はどこ行ったの?』
「……さぁ?」
『さぁ、って……』
「……まぁわかった。この作者はその伏線を敷いた時点からこんなことなることは予想していたみたいだが、しかしなんにしろ間が悪いぞ。本編では拳児くんと沢近くんがいいとこなのに、こんなコーナーを作ることによってその流れを切っているんじゃないか、と心配になるのだが……」
「う〜ん……良いんじゃないでしょうか?スクランですし」
『そうよ!スクランはアップとダウンが激しく入り乱れるマンガだもの、大丈夫よ!!それに私を三回も出してくれたこの作者を悪く言うことは私が許さないわ!!私が楽しければ何でも良いのよ!!!』
「………。……じゃあもう一つ質問……ここのこたつに発生している半透明で非常識な騒がしい小娘は……何なんだ?」
『……え?私のこと?』
「……彼女ですか?何って言われても……そりゃあ……ねぇ?」
『……ねぇ?』
「見ての通り幽霊ですよ」
『そ、幽霊。そんなのもわからないの?バッカねぇ、石頭〜』
「……そういう意味じゃないんだがなぁ……。私はとても心が広いのでこんないつまでも成仏しない頭の悪いガキの発言なんか全く気にしない」
『ふ〜ん……へ〜……そう……。……やーいやーい、能なし物理教師〜大年増〜』
ビキビキブチッ
「なんだ?そんなに私を怒らせたいのか?」
『うぶすぎて可愛い〜でもその年でそれだとちょっとひく〜』
「……私は一切怒ってなどいないが、だがしかしそこまで言うのならキサマに礼儀や人間性ってものを骨の髄まで叩き込んでやる。体罰と言う名のトラウマをな。有難く思えこのクソガキ」
「あ、あの先輩、お落ち着」
『もう死んじゃってる幽霊にそんなの効果ありませ〜ん。いい年なのに男性と恋も出来ないお・ば・さ・んにガキとか言われたくないも〜ん。精神年齢は私の方が大人ですぅ〜。バーカバーカ、オシリペンペ〜ン』
「……ふん、あーあー可哀想だ。こんなお子ちゃまに偉そうにされている八雲くんに心底同情するよ。八雲くんも相当鬱陶しいだろうな。人の心に首を突っ込む生意気なマセガキがいると」
「あのちょ」
『ムキー!!突然八雲のこと出さないでよ!!!わからないことを聞いたっていーじゃない!!!それに八雲は絃子と違っていい子だからそんな性格の悪いことぜぇーったい思ってないわよ!!!!』
「はっ、どうだか。案外、いい加減成仏しろよ幽霊ごときが、とか思ってるかもなぁ?クックックッ」
『……ぬぅぁんでぇすってぇぇー!!!!!絃子なんか呪われてしまえ〜しまえ〜しまえ〜』
「……お?やるのか?」
パンパンッ(葉子さんの手の音ですよ、拳銃じゃありません)
「はいはいはい、喧嘩終わり!終らせなさい!!いい加減にするのはあなた達です!ほら、ビールも温まりますし、もうお鍋も冷めちゃいますよ!」
『………』
「………」
『一時休戦、いいわね絃子?』
「ふん、私は最初からキサマとなんか戦ってなどいない」
『うわ生意気』

グツグツ煮込み。
パクパク食べる。

『ねぇ絃子、そこのぽん酢取って』
「自分で取れ。っていうかなんで普通に食べてるんだ?さっきも普通にビール飲んでたし」
『えっと……、ヒ・ミ・ツ』
「しなを作るな、気持ち悪い」

パクパク食べて、
ゴキュゴキュ飲む。(ビールです)

『ねぇ葉子』
「ほら先輩、人参も食べないと……。はい、幽霊ちゃん。なんでしょう?」
『幽霊ちゃんって……。まぁいいか、あのさ、さっさと美術の宿題の話、進めないの?』
「人参はいらん肉をくれ……。おお、そうだぞ葉子。このコーナーはそれが主題なんだろ?このままではグダグダで終わってしまう」
「…………あ、あ、あなた達がそれを言いますか?私は頑張りましたよ!でもあなた達グダグダの元凶が人の話を聞かないんじゃないんですか〜」
「甘いぞ葉子、そんなんじゃ人間社会の荒波に耐え抜けないぞ」
『そうよ、死んでからも人付き合いとか大変なんだから。今世でちょっとは鍛えなさい』
「なんでそんなとこだけ仲良いんですか〜。まったくもー」
「ほら、進行させい」
「…………あ、ゴホン、えっと読者の方々、大変失礼いたしました。既にこのコーナー本編並に長くなりすぎているので、美術の主題は紹介できませんすみません……。ほら幽霊ちゃんに先輩も謝ってください」
『私のせいじゃないも〜ん』
「右に同じ」
「そう思うんならこっちに目を合わせなさい!そっぽ向くなぁー!!……………はぁ、この人達は……。……ふるふる、ううん、私が頑張らなきゃ私が頑張らなきゃ……。……次回こそは!次回こそは必ず私が全力で紹介いたします。それでは」

『次回をお楽しみに〜』
「右に同じ」

「あ、こら、あなた達!!人のキメ台詞をとらないでください!!!」

Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.24 )
日時: 2007/02/12 11:59
名前: 無遠人形

頭は冴えていた。
感覚が鋭敏になる。
意識もはっきりしている。
思考がクリアになっていく。

だが言葉は何も出てこない。

己の意思を紡げない。

「ハッ……ハッ……」

息がしづらい。
喉の裏が張り付いていて、気持ち悪い。ツバを飲み込む。
地面を蹴る足の裏がジンジンと痛む。風を切る足が冷える。
寒い。
体を動かしているはずなのに、全然温まらない。
肩にかけたバッグも邪魔だ。
筋肉の動きが悪い。関節もギシギシ軋む。
そのくせ、勝手に手も足も動き続ける。

走る。
走る。走る。走る。

走りながら、さっきの自分を頭の中で繰り返す。

『勝手に発情してやがれこの大馬鹿モンキー野郎がっ!!!』

播磨に対し、自分が何を言ったかを明確に認識していた。
しかし何故言ったのかは、よくわからない。
いや、今更その理由などわかりたくない。
拒絶の言葉、嫌悪の宣言。低レベルの、最低な、悪口。
それを言ってしまった後では、特に。
もしかしたら自分は播磨に近づきたかったのかもしれないということなど。

混乱なんかしていない、錯乱なんかしていない。
私に、心残りなんかない、後悔なんかない。
私は、泣いてなんか、いない。

そのはずだ。

『もう絶対ついてこないでよ』

そのはずなのに。

「フッ……ヒッ……ヒック……」

息がしづらい。
一回だけ、横隔膜が痙攣した。
それをきっかけに。
目から大粒の涙が溢れる。
溢れ出る。
ポロリポロリ、と。
宝石のようにきらめきながら。

「うっ……くっ……」

沢近は必死に涙を止めようと洋服の袖で目を押さえる。
腕で目を隠す。
もちろん頭は冴えている。
悲しくなんかない。
だけど涙は勝手にたまり、瞬きをするたびに外界へと溢れてしまう。
心から絞り出される、涙。

「くそっ……何よ……この、涙はっ!!ちくしょー……バッカ、みたい!!」

沢近は懸命に毒づく。
文句を言って、非難して、この感情を落ち着かせようとする。
いや、自分の意思が届く範囲の感情は落ち着いていた。
冷静だった。
ただ。
違う部分の感情が。
無意識の、気持ちが。

「うぅっ……」

沢近の目から涙を流させていた。
後から後から溢れてくる。
止まらない。

「……くっそー……」

沢近はそれでも。

走る。
走る。走る。走る。

温まらない体でも、今は、今だけは、動かし続けていたい。
そうでないと、終わってしまう。
今日が、終了してしまう。
物語が、閉幕してしまう。
そんな気持ちでいっぱいだった。






「……ふぅ……はぁ……」

落ちた涙と一緒に、熱も抜けていた。
冷静さを取り戻してくる。
体は冷えきっていたが。
肩のバッグをかけ直す。
走ってきたこの場所は、さっきの丘周辺より人通りが多くなっていた。

…………邪魔。

今は一人がいい。
一人でいたい。
静かに、一人で。

一人で。
一人で。
独りで。

走る方向を大通りから変える。
ちょうど見えた細道を曲がり、木の鬱蒼とはえた公園へと突入していった。

「ハッ……ハッ……」

しばらくその細道を走る。
両側には木が生い茂り、足には雑草が触れる。ミニスカートには、ちと辛い。
でも、走る。
人もいない。
今の気分にぴったりの場所だった。
雑踏の音も遠くなり、鳥の鳴く声がたまに聞こえる。
公衆トイレの前を通りすぎると、左側の木の向こうに草むらの広場が出現した。
明るい、黄緑。
親子連れが数組いる。
子供達が愉しそうに騒いでいた。
だが今はそんな気分ではない。
右側を見る。
そこにはまだ昼近いのに、薄暗闇が広がっていた。
木の葉による、陰。
下の地面には膝の高さ程もある雑草が生えている。

私には……こっちがお似合いよね。

そう決めて、すぐに方向転換。
走っている勢いのままその雑草の中に一歩目を踏み出して、

「?!?!!」

沢近は声もなく転げ落ちた。






視界が転がる。
華奢な体が地面と強烈に激突し、そのまま勢いよく転がる。
とっさに丸まった。
服はもちろん顔、髪の毛にも土が擦り付けられる。
素足にはもろに地面や草の感触を感じた。
どこが、何にぶつかっているのか、まったく把握できない。
腕、足、腰、肩、頭、あちこちに痛みがはしる。
雑草が口の中に入る。
かかとが木の幹にぶつかる。
片方の髪がほどけた。
髪のゴムが飛ばされたようだ。
ゴロゴロと転がり、やがて草むらの抗力により停止する。
止まった。
沢近は横向きに丸まったまま、暗い地面の上に倒れた。

「………」

無言で、横たわる。
しばし、動かない。
土の上を転がった全身は無惨なもので、髪の毛もダッフルコートもミニスカートもぐちゃぐちゃになっていた。しかも雑草は少し湿気をおびていて更にタチが悪かった。
だが沢近はこのくらいではへこたれない。

「……うぅぅ〜」

下唇を噛んで力を込める。
うめきながら軋む腕を動かした。
身体中が痛い。
打撲、切り傷、スリ傷、裂傷、打ち身。
それに走っている最中は気づかなかったが、服の内側にはかなりの汗をかいていた。

「むっ、くぅ」

手を突っ張って、体を起こそうとする。
ゴムが飛んでほどけた右側の金髪が顔の横に垂れる。いつも整えているその髪の毛は泥にまみれて汚れていた。

「ははっ……」

薄く笑いながら沢近はなんとか上半身を起こした。
走っている状態から突然停止したので、妙に全身の血管の鼓動が感じられる。身体中の痛みもその鼓動に共振して痛覚を刺激する。
周囲は斜面と言っても急斜面ではない。単に草の生い茂った緩やかな坂。足をすべらしたのが転がった原因だろう。
沢近はペッと口の中の草を吐き出す。
見れば手の甲から血が流れている。
靴も片方吹き飛んでいた。
脇腹も肩も、ズキズキと痛む。
近くにあった木に寄りかかると、その抱えた膝からも血が流れていた。
なんとなく膝の傷をペロリと舐めてみる。
血と土の味がした。

「はははっ……」

馬鹿らしい………。

後ろの木に後頭部をゴンとぶつける。

今日はもう、帰ろう………。

沢近は木に寄りかかったまま首を回し、自分のバッグを探した。
携帯から家に電話してナカムラ……は無理か、マサルか総婦長に迎えに来てもらおう、とそう考える。
しかしそのバッグが見当たらない。周囲には暗い茶色か緑色しか見えない。
少なくとも目の届く所には無い。
それどころか吹き飛んだと思われる片方の靴すらない。髪のゴムはとても探す気は起きなかった。

「………ふふふ」

沢近は無性に笑いたくなった。

「くふふ………はははっ………」

腹部に痛みがはしるがそんなことは気にならない。
今の自分が、滑稽で、滑稽で。

「あはは………はははっ、うふははは、ははっ、はっ………」

笑い続ける。
それと一緒に涙も溢れた。

「ふふ………うぅ………くふっ………」

泣きながら笑い。
笑いながら泣き。
出てくる涙を汚れた掌で拭く。
泥が顔についた。
鼻をすする。
膝を抱えて小さくなり、顔を膝に押し付ける。
温かい涙が、傷ついた素足を流れ落ちた。

「ふふっ……」

沢近は、寂しさから独白する。

「なんて惨めで、なんて情けない……」

「ホント、ワガママよね……」

「一人ぼっちは嫌で……」

「いつも誰かに救われたくて……」

「人に対して……意地しか張れない私なのに……」

「いつも優しくされたくて……」

「友達以外には猫をかぶって振る舞って……」

「みせかけだけの優しい日常を手に入れて……」

「でもヒゲだけは私に優しくなくて……私に馬鹿ばっかしてきて……」

「いつもムカついてて……喧嘩ばっかりしてて……」

「なのに私が望む時、いつもそこにいて……」

「私を助けてくれて……私に優しくしてくれて……」

「でも私はヒゲに優しくなんて出来なくて……」

はぁ、と溜め息をついて空を見上げる。
木の葉に隠れてその隙間にしか青空は見えない。
涙はもうおさまっていた。心拍数も落ち着いていた。
沢近は気の抜けた表情で、木に体重を預ける。
沢近はゆっくりと目を閉じた。

………寝よ………。

なんだか疲れた。
そのまま真横にパタリと倒れる。
薄暗い草むらに、ほどけた金髪が地面に広がった。
土の匂いがした。顔を草がくすぐるが、それをどかす元気もない。
遠くに子供達の騒ぐ声が聞こえる。
目を強く閉じる。
寝ようとした。
無理矢理、寝ようとした。

そして、意識は闇に落ちた。














その頃、播磨は。
別れ道に立っていた。

「う〜む。どっちに行った」

目の前には行き先表示の看板が。
右に行けば下町カレー横丁、左に行けば大自然公園。

「あのヤローの行くとこっていったら、……どこなんだ?こっちに向かっていたかもわからねぇしなぁ……。ああそういえばお嬢は腹が減ってるんだっけ」

そんなことを言いながら、腕を組んで考え込む。
播磨は完全に沢近を見失っていた。
例え勘が鋭い人でもこの状態から捜し出すのは至難の業だ。播磨に至っては、天満のことではないのでさらに勘が鈍っている。
絶望的だった。
なんとなく着ている学ランの汚れをはたいてみたりする。
動かしてもあまり意味の無い頭をフル回転させて、その場で考え込み無為に時間を潰す。
じっと看板を見つめていると、右側から声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声が。

「あれ〜?そこにいるのは播磨くん?」
「!!なっ?!」

天満ちゃん?!

驚いて右を見ると、そこにいるのは間違いなく塚本天満その人だった。
サングラスの奥の目を大きく見開く。

やっぱ私服も可愛いぜ、天満ちゃん!!

隣にはデカイ麻袋を引きずっている美琴も挨拶してくるがまぁどうでもいい。
唐突な幸福に播磨の胸は高鳴った。
ポケットの中に手を突っ込んで、ハンカチやら色々な物が入っている中から、二枚の紙切れを探し出し握り締める。

「ずいぶん汚れてるね〜。今一人なの?エリちゃんには会ってない?」
「え?おう、ああ、いや……あ、会ったような、会ってないような」

舌をもつれさせながらしどろもどろに答える。
美琴が眉をひそめた。

「なんだそりゃ?はっきりしねぇなぁ」
「えっ、ばっ、ンなこたぁいいじゃねぇか!!それより、つ、塚本はななな何してんだ?」
「私?さっきまでお昼食べてて、今から晶ちゃんと八雲を捜してるとこなの。播磨くんは二人、見なかった?」
「お、おう。えっと、妹さんならそっちの方の丘にいるはずだぜ」

天満は髪をピコピコさせて喜んだ。

「ホント?!やったねミコちゃん!!よーやく一人見つかった〜。ありがとっ♪播磨くん♪」
「……私としてはなんで播磨が八雲ちゃんの居場所を知ってるのか、そっちの理由を知りたいけどな……」

常識人の美琴は、あるとわかる地雷はなるべく踏まない主義だ。首を横に振って好奇心を抑える。
播磨は緊張の汗をダラダラ流していた。

今しかねぇ……。
天満ちゃんを誘うなら今しかねぇぜ!!!
ようやく会えたマイ・スイート・エンジェル……。
頑張れ!!頑張れ、俺!!!
頑張れ、播磨拳児!!!

「じゃね〜播磨くん。ありがとね〜」
「それじゃあな、播磨」

天満は播磨に背を向けて、美琴は麻袋のヒモを肩にかけて重そうに引きずり、その場を離れようとする。

マズイ……行っちまう……。
……くっ!!

「待ってくれぇ、塚本ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

とうとう叫んだ。

「ほえ?」

可愛いらしく振り向く天満に、ポケットから出したその紙切れをつきつける。

「これを!!これを受け取ってくれぇぇぇぇぇぇ!!!」

そう叫ぶ播磨の足元に、
手に張り付いて一緒に出てきた、
二枚の『洒落た明朝体で文字の書かれた白い紙切れ』が、
ヒラヒラと地面に落下した。











****************************************










「ん……」

沢近は赤く腫れたその目を開く。
何度か瞬きをする。
それだけで眠気が吹き飛んだ。

「あれ……」

周囲が暗い。
寝る前までの薄暗さではなく、完全な漆黒に包まれていた。沢近の目は周囲の様子をうっすら捉える。
虫の声がする。
木の間から漏れる星明かり、月明かりが眩しいくらいだ。
そう今は、完膚無きまでに夜だった。

「………」

身体中が痛い。
怪我のせいもあるだろうが、地面で寝ていたことにも原因があるようだ。思ったよりも土の上は寝づらいものだった。
風が吹いた。草木がざわめく。
沢近はその夜の風に身震いして、

「……くしゅんっ……はっ……くしゅんっ」

くしゃみを連発した。
鼻をこすりながら頭を上げる。
気温の低い中、汗に濡れたまま寝たので風邪をひいてしまったようだ。
目が腫れぼったい。涙や泥が乾燥して酷いことになっていそうだった。
沢近は頭を下ろしそのまま動かず全身に地面を感じながら自嘲した。

なーにやってんだろ……。

自分が何をしたいのかがまったくわからない。

あ〜あ、閉園とかしてたりして……。大丈夫かな?

こんな所に人がいるなんて誰も気がつかないだろう。閉園している可能性も十分にあった。

ヒゲも……さすがにもう帰っちゃったわよね……。

別に何かを期待していたわけではないが、なんとなく寂しい。
一旦、目を閉じる。
しかし、気力は寝る前よりかは幾分回復していた。

「よいしょ……っと」

気合いを入れて、起き上がる。

「いてて……あれ?」

体を動かすたびに傷が痛んだ。
しかし沢近は他の事に意識がいった。
起き上がってみると、自分の上から何かがずり落ちたのだ。

何かしら……。

不思議に思いながら、その落ちたものを手に取りバサリと掲げて見てみる。
真っ黒い中に、光るボタン。

「……これは?」

寝起きの頭はよく働かず、ただ疑問に思っていると、
突然、
沢近の上から、
沢近が走っていた細道の方から、

「おっ、ようやく起きたか」

声が聞こえた。
その人影は斜面を安定して滑り降りる。
草を撒き散らしながらズザァと沢近の横に降り立つ。
そして茫然としている沢近に向かって、

「お嬢、おい、聞いてンのか?」

その人影、播磨拳児は、驚く沢近の顔をグイと覗き込んだ。







「俺はもー疲れたぜ。このテーマパーク無駄に広いんだよ。あっちからこっちまでお嬢を探し回って走り回ってよぉ……」
「………」

播磨は沢近を背負いながら斜面を上り、沢近が走ってきた細道に出た。
そのままゆっくり歩き出す。
学ランは沢近の肩にかけられて、ほどけた髪の毛は下に垂れていた。
沢近は播磨の首にギュッと抱きつく。
播磨の体温を感じる。
温かい。
背負われている沢近は、静かに播磨の話を聞いていた。
播磨は笑いながら語る。

「マジ苦労したぜぇ。手掛りがなんもなくってさ。ところでなんであんなとこで寝てたんだ?あれじゃフツー見つかんねぇって」
「………」

沢近は俯く。
なんとなく恥ずかしかった。

「寝るにしたってもあんな探しにくい所で寝なくてもいーだろうが」
「……………なんでよ」
「あん?」
「そんなに大変だったなら………なんで私を探したのよ」
「………」
「私は……探してくれだなんて……頼んでない」

沢近は小さな声でそう言った。
口から自然と出たのは文句の言葉だった。
言ってしまった沢近は顔を播磨の肩にうずめる。
播磨は、あ〜、と何かを迷い、照れながらそれを口にした。



「俺にとって、お嬢は大事で貴重なヤツなんだ」



沢近は驚いて播磨を見る。
その横顔からは発言の真意は読みとれない。沢近は揺られながらぼーっとその横顔を見続けた。
ああそれにな、と播磨は思い出したように付け加える。

「平等な分配ってやつは人間社会の基本らしいからな」

沢近の目の前にビッと白い封筒を差し出す。

「……これは?」

その白い封筒を開けてみると、ぐしゃぐしゃになった一万円札五枚が入っていた。
頭の上に疑問符が出る。しかし播磨は詳しい説明はせずに適当にはぐらかした。

実はあの時、天満に向かって叫んだあの時、突き付けた二枚の紙切れは両方とも一万円札だったのだ。
封筒に入っていたものがポケットの中でいい具合いに出たらしい。
突き付けてすぐに本命の紙切れは下に落ちていることに気づいたが、もう全て手遅れだった。天満と美琴に万札のことを追及され、試合の賞金だとバレると、何故か怒られた。
そんな状況で天満をレストランに誘うわけにもいかず、泣く泣く別れを言って沢近を探したのであった。
まぁ、どうでもいいといえば、どうでもいい話。






「ほら着いたぞ」

播磨は立ち止まる。
沢近は戸惑い周囲を見渡す。
障害物のない広い空間。
木々は遠くになっていた。
月明かりに照らされた草原。
そこは沢近が走っている時に左側に見えた広場の中央だった。

「いやなに。閉園前にはお嬢を見つけられたんだが、怪我もしてるし寝てるし起こすなって怒鳴られたし」
「……誰に?」
「お嬢に」
「……私そんなこと言ってないわ」
「じゃあ寝言だな。まぁそれで寒そうだったから学ランかけてやって、でもずっとそばにいるのも変な気分だったから、そこら辺適当にぶらついてたわけよ。誰かに見つかってもマズイからコソコソとな」

それで見つけたのがこの場所らしい。
背負っていた沢近を芝生の上に下ろす。
播磨も一緒に座り、勢いよく寝転んだ。

「んでこうやって、大の字に寝てみな。マジすっげぇぜ」

戸惑う沢近も、謎に思いながら芝生に寝転んだ。
その瞬間、沢近は息を飲む。


目に飛び込んでくる。
広大な、星空が。


「昼間晴れてたからなー。星もよく見えるだろ?それに周りにビルがないから空が広く感じられるんだろーなぁ」

播磨は楽しそうに話しかけるが、応答がない。不思議に思い体を起こして沢近を見る。
そこには寝転んだまま空を見つめ続ける沢近がいた。
月明かりに白い肌が一層際立ち、金色の瞳は麗しくキラキラと輝く。
一枚の絵画のような美しさ。
茫然と見とれていると、沢近が突然口を開いた。

「……シャネルの、バッグ……」
「……あぁ?」
「……靴……片方……」
「そういやおめー、バッグ持ってねぇし靴も片方ねぇな。落としたのか?」
「……髪の、ゴム……」
「……ちっ、ああ、わかったよ!探してくっからちょっと待ってろ!」

播磨が慌ただしくその場を去っていく。
沢近は寝転んだままの姿勢で動かない。


なんて、綺麗で……。

なんて、雄大……。


その目から大粒の涙がこぼれ落ちた。












「おーい、お嬢。バッグと靴は見つかったけど………」

沢近を見て、

「なに泣いてんだ?」
「!!バカッ!泣いてなんかないわよ!!」

寝転んだままで、沢近は慌ててゴシゴシと顔をこする。
その顔の上に、ハンカチが落ちてきた。驚いて見上げると、播磨が照れてそっぽを向いていた。

「顔、拭けよ」

播磨はポケットにあったハンカチをよく確かめもせずに、泣いている沢近に放ったのだった。
その優しさが嬉しい。
笑顔が勝手に出てきた。
上半身を起こして、立っている播磨に聞いてみる。
星空から得た勇気を振り絞り。

「ねぇヒゲ」
「んだ?」
「私達って……いっつも喧嘩してるじゃない」
「……ああ。そうだな」
「だから……私のこと、嫌い?」

播磨に自分はどう思われているのだろうか。
知りたかった。
しかし播磨はその質問を鼻で笑い飛ばした。

「バーカ」
「?」
「さっきも言ったろ。お嬢は大事なヤツなんだぜ?嫌うわきゃねーだろ」
「………」

沢近の鼓動は高鳴っていく。
下を向き、もう一つ、聞いてみた。

「……もし」
「………」
「もし、私が襲われたり……私が寂しかったりしたら……ヒゲは……私のこと、助けてくれる?」
「……ふふん」

これも播磨は鼻で笑う。
沢近の隣に座って言った。

「お嬢が俺に助けを求めれば、いつでも助けやんよ」

播磨の言葉にまた涙が落ちる。

「うん……」

感情が月明かりに浮かび上がる。
金髪を輝かせ、隣の播磨に振り返る。

「そうだね……」

首を傾けた、満面の笑みで、

「播磨くん……」

名前を呼んで、


「……ありがと」


言えた。
本当の気持ちを。
心からの、気持ちを。

「ははっ……お嬢おめー」

播磨はそんな沢近を見て、笑った。


「ひっでぇ顔」


殺意がわいた。















「ムード読めないにも程があるわよ!!」

近くにあった公衆トイレで沢近はそう愚痴をこぼした。

「確かに涙と泥で汚れてたし、強くこすったから目とか腫れまくってすごいことにはなってたけど……」

沢近は洗面台の鏡を覗き込み、泥をはたき落とした髪の毛を一個の髪のゴムで束ねる。
ポニーテイルにしてみた。結局落ちたゴムは見つからなかったらしい。

「あの場面でそれを指摘するヤツは頭がどうかしてるとしか思えないわ、まったく!!」

ぶつくさ文句を言いながら、バシャバシャと顔を洗う。

「ふう……」

播磨から借りたハンカチで顔を拭く。

「せっかく人が……心を近づけてあげたのに……。……ねぇ?台無しよ、あ〜あ」

再び鏡を見る。
いつもの美貌が蘇っていた。

「……ま、ヒゲは特に鈍感だからね」

ゆっくりやっていくか、強攻手段でいくしかないのだろう。

強攻手段、か……。
でもやっぱりこの気持ちって、『好き』……なのかなぁ?

沢近は首を振る。
今の自分はきっとそのことを認めない。
でもいつか観念して認める日もあるかもしれない。
楽しみだ。
そして沢近はハンカチをしまおうとする。

洗って返さなきゃね……ってあれ?

そこで沢近は気づいてはいけないことに気がついてしまった。
沢近はじっと、『テンマ』と書かれたそのハンカチをいつまでも見つめ続けた。








「なんだお嬢。ずいぶん遅かっ」

振り向いた播磨の目の前には鋭い膝が。

ドガンッ
「ひでぶっ!!!」

最後はやっぱり、蹴りオチで。

いくら事情を説明しても『何故か』機嫌の直らない沢近をなだめるために、播磨があの『洒落た明朝体で文字の書かれた白い紙切れ』を使ったとかそういうことは、また別のお話。




















「よっ……と。おい、下に気をつけろよ」
「……ん」

暗闇の中、静まりかえった駐車場に柵を越えた二人は降り立った。

「おお良かった〜。あったぜ、俺のバイク」
「………」

広大な駐車場に播磨のバイクがぽつんと一台だけあった。よく撤去されなかったものである。
播磨は後ろで暗い顔をしている沢近にヘルメットを放り投げる。
そしてバイクに跨った。
沢近も播磨の後ろに座って、唐突に口を開いた。

「ねぇヒゲ」
「あん?」
「覚えてる?DDRのあの曲をクリアしたらなんでもいうことを聞くって約束」
「……ああ、そういやそんなのもあったな」
「私クリアしたわ」
「は?……嘘だろ。……マジか?」

驚く播磨に、マジよと頷いて肯定する。
播磨は溜め息をついて観念する。

「たいしたやつだよ、おめーはよ。で、なんだ?何をしてほしい?」
「……ん」

沢近は悩む。
いやもう内容は決まっているのだが。

強攻手段で……しかも賭けね。

「んと……」
「なんだ?」
「わ、わわ私に……その、キ、キー、キスしなさいっ!!」
「………。は?……はぁぁぁ?!」

播磨は驚いて沢近を振り返る。
無茶は承知。沢近は目をつぶり顎を少し上げてスタンバっていた。

「えっ、あのっ、ちょっ」
「………」
「キ、キスって言われてもなぁ」
「………」

約束だ、仕方がない。
播磨は沢近のおでこに短く口をつけた。
沢近はおでこに手をやりポカンとする。

キス……してくれた?

「今回はこれで勘弁してくれやっ!!」
「え……あ、キャー!!!!」

二人は一緒に急発進。

二人のデートは、こんな感じに終了した。












END



Re: はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.25 )
日時: 2007/02/11 17:40
名前: 無遠人形

後日談パート1

〜高野晶の後始末〜

ピーンポーン

刑部家のチャイムが鳴ったのは、朝早くだった。
異様に疲れたあの一日の、次の日の話。

「ん?」

チャイムの音に顔を上げる。
播磨はすっかり怪我からも疲労からも回復していて、自分の部屋に篭って昨晩からずっと何かを描いていた。
つまり徹夜で。

「まぁいいか」

播磨はチャイムを無視して机に向かい作業続行。
チャイム連打。

ピンポピンポピンポピンポピンポピンポーン

「お〜、だぁ、うっせぇ!!絃子、おい絃子!さっさと出ろよ!」

ドアを開けてリビングに向けそう礼儀知らずに叫ぶ。しかし、返事はない。
普段なら返事の代わりに鉛玉……じゃなくてBB弾が飛んでくるが。

そういや絃子はなんかの買い出しに出かけてるんだっけか?葉子と飲む、とか言ってたっけ。

絃子さんはビールやオツマミに鍋の具を大量に買い込みに出かけていた。朝はスーパーが安いのだ。
播磨がそう考えている間にもチャイムは鳴り続ける。とてもやかましい。
播磨は鋭く舌打ちして、憤然と玄関へ向かい乱暴にドアを開けた。

「うるせぇぞ!!何の用だっ、こん畜生!!!」

するとそこには、

「おっす」

と右手を上げて挨拶する痣だらけの高野晶がいた。
右手には新品の包帯が巻かれていた。

「邪魔するよ」
「あ、おい!ちょっと!」

高野は播磨の脇を抜け、ずかずかと刑部宅に入りこんだ。

「待てよ!勝手に何してんだこの…………えっ、と」
「高野よ。た・か・の。晶って呼んでも良いけど。とにかくいい加減覚えなさい」

そう言いながらも高野はあちこちを手際よく物色している。
余りに堂々とした空き巣ぶりに播磨は少し気圧される。

「ねぇ、播磨くん」
「な、なんだよ」
「あなたの学ランはどこにある?」
「はぁ?どこにあるってそりゃあ俺の部屋にあるけど……。なんでだ?」
「そ、ありがと」
「おいっ」

我が家のような迷いない足取りで播磨の部屋に向かう高野。

「あ、そっちは!!ちょっと待て!!」

播磨はそんな高野に無闇に焦っていた。
高野は当然無視。
播磨の部屋の扉を開ける。
部屋を見渡すと、お目当てのものはすぐに見つかった。
壁にかけられていた泥に汚れたヨレヨレの学ランに無造作に歩みより、そのポケットの中に手を入れて探る。
一方播磨は机の上にあったものを自分の体をそらして必死に慌てて隠しながら、

「あぶねえあぶねえ……。ところでお前、なに絃子と同じことしてるんだよ?」
「え、刑部先生と同じ?」

高野は驚き、すぐにその意味を理解する。
鋭い舌打ち。
先手を取られたか、と呟いた。だが仕方がない。自分の実力不足が原因だ。
ふと手の先に四角く薄い物体の感触が生じる。
あった。
そして探る手を止め、目標物を手の中に収めた。

ミッションコンプリート。

あとは野暮用だ。
高野がするべき、最後の用事。
高野は播磨のベッドに遠慮なく腰かける。
油汗を流しながら机を隠し、高野が部屋を出ていくのをひたすら待っていた播磨に向き合い、聞いてみた。

「どうだった?昨日愛理とデートして、楽しかった?」

播磨はきょとんと聞き返す。

「……は?デート?ってかなんでお前が知ってるんだ?」
「昨日の新矢神ランドには私もいたのよ。天満と八雲と一緒にね」
「……ほ〜」

高野はもう一度聞いてみる。

「播磨くん。昨日のデートはどうだった?」

播磨は息をつまらせ焦る。
遠い目をしたかと思うと、そーっと後ろを向いて自分が隠している机の上にあるものを見て、
そして一言。


「………疲れたよ………」


これで用事も終わりね。

そう、と高野は軽く頷き、ベッドから立ち上がった。
出口に向けて歩いていき、ふと立ち止まる。
振り返って、播磨が隠しているものを指差し、言う。

「万物流転。この世の中に変わらないことなんて、何もないわ。人の気持ちもまた然りよ。だから播磨くん、そこにあるその気持ちも、忘れずに」

なっ、と絶句する播磨に対して背を向けて、じゃあねと手を振る。
背後の騒ぎを無視して、高野は玄関を出た。

「あれっ」
「ん?」

そこには買い物帰りなのか、大量のビニール袋とビールの入った段ボールを抱えた絃子さんがいた。
その顔には高野と同じように無数の傷が。
一瞬互いに目を合わせ、
互いに同時に苦笑する。

そのまま通りすぎた。











「ん〜……」

マンションを出た高野は腕を上げて伸びをする。

「……はぁ」

息が白い。
陽射しはあるが、まだ冷えている。
今回の全ては終わったが、自分の蒔いた種は順調に成長しているようだ。
これからが楽しみね、と呟いた。
それに、

この世の中に、変わらないことはない、か。

ふふふと自嘲する。

私も変わる、かな。

部屋に入った時、目についたもの。
机の上にあった、それ。
それを見た時、高野の心にも何か動くものが、確かにあった。
胸にグッとくる、感動とかそういったものが。


みんな少しずつ変わっている……。
成長している……。

じゃあ私は変われるの?
成長、出来るの?

こんな自分でも?

………。

……わからないなぁ。


ああ楽しみ、と呟きながら、
高野はその場をのんびり歩き去った。


















後日談パート3

〜駄目な大人達の漫談〜

「………」
「………」
『………』
「………」
「………」
『………』
「………」
(ほら葉子、突っ込め)
「………」
(嫌ですよ)
「………」
(お前が突っ込まなくて、誰が突っ込むんだよ)
「………」
(でも嫌です)
『ななな、なんか題名が変わってるぅっ?!』

「「おお〜」」

「やるな、小娘」
「なんだぁ、結局幽霊ちゃんが突っ込みましたか〜」
『ってかあんたら少しはやる気出しなさいよ!!だからこの作者も怒ってこんな題名にしたのよ!!……ま、確かに私以外に対してだったら正しい題名だけどね』
「……本当に生意気なガキだな。前回進まなかった一番の要因はキサマだと思うが?呆れるばかりだ、最近のガキは反省という言葉すら知らないらしいな」
『ピクッ。……はぁん、なんですって絃子?もう一度言ってみなさいよ。今度こそ、今度こそ呪いをかけてやるぅ〜!!イボ痔になる呪いとか』
「ふん、イボ痔は嫌だが、お望みとあらば何度でも言ってやるぞこのクソガ」
「まぁまぁ先輩落ち着いて。ほらほら幽霊ちゃんも威嚇しない。そうじゃないといい加減話が進みませんし、また作者さんに怒られてしまいますよ?本編が終わったのでこのコーナーもこれで終わりなんですから」
「なるほど……それもそうだな」
『葉子えら〜い。前回とは違ってちゃんと進めようとしてるわね』
「ブイ、当然です」
「ふむ。で、葉子、最初は誰の絵を紹介するんだ?」
「こらっ、せ・ん・ぱ・い!!そういう流れとか段取りとかを完全に無視した発言はやめて下さい!」
「む、悪い」
『ぷぷ、だっせ、怒られてやんの』
「……黙れそこ」
「コ、コホン。よろしいですか?よろしいですね?」
「『は〜い』」

「……えっと、それではこれより、正々堂々職権乱用、第三回『若いっていいわね美術式典』を開催いたしま〜す」
パチパチパチ

「え〜、じゃあ早速紹介していきましょうか」
『楽しみ〜。ワクワク』
「それではまず前菜として、周防美琴さんから」
「前菜、か。ひどい言い方だな」
「仕方ありませんよ、だって周防さんの描く人とか決まりきっているじゃないですか。もしかしたら麻生くんかも、とか思いますけど。それでももちろん……。まぁ論より証拠。いきますよ?」

ジャジャーン

「『お〜』」
「これはまた」
『いいわね』
「絵は決して上手くないが、周防くんが花井くんのことをどう思っているかははっきりわかるな」
『あっ、絃子のヤツ早速実名出してやがる……。まぁいいか、読者も誰を描いたかはわかるでしょ。それにしてもメガネがないと凛々しいわよね〜。いつもこっちならモテるのに。下にちらっと見えているのは、胴着かしら?』
「ええ、そうでしょう。おそらく道場で組手中の視点から書いたのではないでしょうか?」
「なるほど、だからなるべくカッコよく描いているわけだ。しかし……葉子の言った通り、つまらんな」
『私も同意かも』
「幼馴染みって感じで、なんか腹が立ってきますよね〜。でも大丈夫です。オチはつきますから。では花井春樹くんが描いたのが、こちらです」

ジャジャーン

「『あちゃ〜』」
『バカ、丸出しね』
「ああ、馬鹿全開だな」
「私ちゃんとクラスの女子を描いて下さいって言ったのに、どうして花井くんは一年生を描きますかね?」
「しかもその絵が上手いのもなんとも言えんな。ほら見てみろ、目元の細かい特徴まで描いているぞ?ストーカーしているから、顔写真とかたくさん持っているのかな」
『……最低ねっ!!この変態メガネも絃子と一緒に呪ってやるぅ〜!!!八雲は私のものよ!!!』
「あ、また実名が出ましたね」
「おい葉子。変態はもういいだろう。次、紹介してくれ」
「はいはい、わかりました。じゃあ次は……塚本天満さんでいきましょう」
「おお、鉄板だな」
「彼女も描く人は決まっていますからね〜。それではいきますよ〜」

ジャジャーン

「『………』」
(絶句)
『す〜んばらしぃ……エクセレントッ!!!』
「……流石だな。やっぱり彼女には美術の才能がある」
「ってあれ?幽霊ちゃん?クーベル伊藤さんが乗り移ってません?」
『っていうかマジで写真よりよく描けてるわよ?!あんなボケッとした子がこんな絵を描けるとは……長生きしてみるもんね、感慨深いわ〜』
「ええ、提出された絵の中で断トツで心がこもっていて、しかも鉛筆なのに技巧にも凝っていますからね〜。もちろん彼女には最高点をつけてあげます」
「ふむ…………恋の力ってやつだな」
『あら〜、恋の力って……絃子ロマンチック!!』
「あら〜、先輩がそんなことを言うなんて珍しいですねぇ?昔は口が裂けてもそんなラブリーなことは言いませんでしたのに」
「………」ゴクゴク
『照れんなっ!!』バシッ(掌)
「そうですよ〜」グイグイ(肘)
「あぁもうこの酔っ払いどもは!!からむなやめろ!!おとなしく絵の感想だけ言ってりゃいいんだ!!おい葉子!さっさと先進めろっ!!」
「ブー、わっかりましたよ〜。それでは可哀想ではありますが、塚本さんにもオチをつけてあげましょうか。お次は烏丸大路くんで〜す。どうぞ」

ジャジャーン

「『………』」
(再び絶句)
「どうです?すごいでしょう?」
『あ〜あ〜。えっと、コメントのしようが無いわね』
「上手いのだが……」
『確かに上手いけど……』
「これは……ムンクの叫びの、模写か?びっくりするほど、そっくりだ」
「いえ、真ん中にいる人の頭の両側にある特徴的な髪型から想像するに、おそらく塚本さんを描いたものかと」
「………」
『こういう描かれ方も、なんか嫌よね……』
「ああ、そうだな……」
「……ほ、ほらほら、二人とも気をとりなおして!大丈夫ですよ、烏丸くんが変わってるってことは、みんな知ってる事実ですから」
『ま、それもそうね。じゃあ葉子、次は誰?』
「あ、えっと……」
「あと残ってるのは高野くんに、拳児くんに……沢近くんか?」
「そうですねぇ、他の人のもありますけど面倒……あっと本音が、紙面も足りなくなりそうなのではぶきますか〜」
「ああ、そうしろ」
『八雲にも描いて欲しかったなぁ〜。まぁ描く人は決まっているだろうけどね。クスクス』
「それじゃあ、次は高野晶さんといきましょうか。はい、どうぞ〜」

ジャジャーン

「『………』」
(三度目の絶句)
「どうです?すごいでしょう?」
『葉子、烏丸くんの時と発言が一緒よ』
「だってすごいじゃないですか」
『すごいけど……』
「葉子の宿題の意図を完全に汲み取った上で、さらにその上空彼方をいっているな……。……だがいくらなんでも特定できないように徹底しすぎ……」
「ですよねぇ。私も確かに異性を一人だけ描きなさいとは言っていませんが、まさかクラス全員の男子を描くだなんて……」
『びっくりしたわぁ〜。ここまで顔が並ぶと壮観だわね。すっごい徹底っぷり。ねぇ絃子、この子、極度の恥ずかしがり屋?』
「恥ずかしがり屋……まぁそうだな。人前で笑顔すら出せないくらいにな。……それはそうと葉子よ。この中で花井くんはどこにいる?」
「え?え〜っと……ほら、ここにいますけど……なんで花井くんなんですか?」
「ほうほう、これか。ふふふ、いやなんでもないさ。ニヤニヤ」
「先輩……顔が丸っきり悪ですよ?」
「………」(ニヤニヤ)
『ほら葉子、わけわからん絃子は放っておいて、一気にいきましょうよ』
「あ、はい、そうですね。じゃあ次は沢近……」
「あ、ちょっと待った!!葉子、拳児くんを先にやってくれ。面白いものがあるからな」
「??」
「ほら」
「は、はい。それでは播磨拳児くんを先に紹介しますね。どうぞ〜」

ジャジャーン

「『あ〜あ〜』」
『やっちゃってるわ。こっちもバカ、丸出しね』
「これが従姉弟と思うと、情けない」
「私も驚きましたよー。今度から美術の宿題に漫画の原稿を出してはいけませんって言った方がいいのでしょうか?」
『んなアホなっ』
「安心しろ、そんな馬鹿はコイツだけだ。賭けてもいい」
「上手いんですけどぉ〜。異性と同時に自分も描いてますからねぇ?しかも抱き合ってるし……。0点にします」
『うあ、葉子ちん鬼〜』
「ふん、当然の仕打だ」
「それでは最後に沢近愛理さんです。いきますよ〜」

ジャジャーン

「『おお〜……お?』」
「これは……?ああそうかそうか、あの時の状態だな」
『は?いや綺麗に描けてるけど……なんで鼻血出してる顔なの?っていうか誰?目つき悪いわね』
「あれ?わかりませんか?彼は今部屋で寝ている播磨くんですよ」
『……えっ……えぇぇぇぇぇぇ〜!!!』
「まぁサングラス無いとだれだかわからんな。しかし、沢近くんも可愛らしい。ほら、何度も消して描き直した跡があるぞ」
「沢近さんの提出が一番最後でしたからね〜。色々苦労もしたのでしょう。例えばどこかの遊園地に行って強姦されそうになったのを助けられたり友人の妹に嫉妬したり彼の言葉に涙したりとか」
『……それ例えじゃなくて事実じゃない』
「なぁ、小娘。今度『好き』について沢近くんに質問してみたらどうだ?楽しい答えが返ってくるかもしれないぞ」
『あぁごめんパス。私、超能力者にしか興味無いのよ』
「……嫌な選考基準だな」
「それはそうと、先輩がさっき言ってた面白いものってなんですか?」
「おお、そうだそうだ。フフフ、二人ともちょっと待ってろ。ソロリソロリ、と」
「『??』」


「はい、お待たせ」
『んんん?絃子その紙はなんなのよ?』
「なに、熟睡している拳児くんの机の上からちょいと失敬したものだよ。フフフ」
「もったいぶらずに見せて下さいよ〜」
「では……そぉーれ!!」

ジャジャーン

「『……おぉぉぉぉー!!』」
「……これは……ホントに播磨くんが描いたものなんですか?!」
「ああそうだ」
『なによなによ、播磨のヤツゥ!!八雲のことはどうするの?!』
「……さぁな」
「まさか播磨くんが……塚本さん以外をヒロインに漫画を描くだなんて……ちょっと信じられません」
「まぁあの馬鹿にもなんかしらの心境の変化があったということだろう」
『この二人、これからどうなるのかしら?八雲の恋の邪魔になるようなら、私が……』
「おいおい、やめとけ。これはまだ可能性の一つでしかないんだ。未来はまだ未知数。今後どうなるかわからない。その子供達の無限の可能性を、私達が潰してはいけないよ」
『でも、ねぇ……。むー』
「それが我慢出来ないからキサマはガキだというんだ」
『……ふんだ!!じゃあそういう大人の絃子はなんでまだ結婚しないのよ!!付き合ってる人すらいないじゃない!!』
「……大人の事情さ。子供には一生わからん。……ああすまん、幽霊でもう成長出来ないヤツに言うことじゃあないな」
『ななな、なんですってぇぇぇぇぇぇ〜!!!!!!』
「やるのか?!」

ドッタンバッタン

「コ、コホン。では最後に作者さんのお言葉を。
え〜読者のみなさま、長い間本作品『はっぴーはっぴー』にお付き合い下さいましてまことにありがとうございました。無事に連載を終えることが出来て、ほっとしております」

ガチャンズダダダダ

「物語はスクランらしさをずっと保とうと思っていたのですが、最近になって最初からスクランらしくなかったことに気がつきました(笑)小林先生は偉大だと思います。突飛な展開は思いつかず、ストーリーも予想通りだったとは思いますが、みなさまが少しでも『はっぴー』になっていただけたならば作者は満足です」

ミョンミョンミョ〜ン『呪われろ呪われろ〜』

「『はっぴーはっぴー』はこれで終わりますが、播磨達の物語は終わりません。一応続編も考えております。書くかどうかはわからないので、期待せずに待っていて下さい。
それでは……」

『おばさんや〜い。こっこまでお〜いで』「あっ壁を通り抜けやがった、待て!!反則だぞっ!!」

「……ああもう、二人ともうるさ〜い!!!最後までこのノリですか?!」















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