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はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.16
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- 日時: 2007/01/22 11:18
- 名前: 無遠人形
- 12時25分
「そろそろだねっ、八雲」 「そうだね、姉さん」 「………」 「??高野先輩。どうしたんですか?そんなにパンフレットを凝視して」 「………」
高野は無言でまるで急遽刷られたようなメインイベントの対戦表の訂正版を固まったまま見ていた。 不安そうにする八雲に対して、
「大丈夫よ八雲。……これは私が思ってたよりも楽しめそうで少し驚いてただけ」
と優しく微笑んだ。
人がひしめく暗闇の中、中央のリングがライトアップされる。気合いの入った光量により白く光るその四角形は、今日も己が強さを比べ合う戦場と化す。血気盛んな観客は固唾を呑んでただその時を待つ。色彩のライトが大きく派手に回っていた。 小太りで黒いスーツを着ていてハゲそうで蝶ネクタイが怪しげな司会者はマイクを掴んで勢い良く立ち上がる。 その小指はピンと立っていた。
『レディィィィィーーースエェェェーーンジェントルメェン!!!!!!さぁ〜ここ素人格闘コロシアムに御出のみなさま、今日もグゥッレェイトなこの時間がやって参りま〜したぁ!!!!』
う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ
司会者のあおりに、怒号のようなざわめきが場内を包む。
『素人の情けない姿が好きか?!素人の強い姿が好きか?!今日もポロリがあるかもしれないみんなカメラを用意してきたかぁぁぁ?!午前最後のこの試合、みんなエンジョイアンドエキサイトしてくれやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ
『チャンピオン』チーム マスク・ザ・メガネ マスク・ザ・D
VS
『チャレンジャー』チーム ハ○マ☆ハリオ エリ・シャイニングウィザード
今日一番の盛り上がり所に、場内は徐々にヒートアップしていた。
選手控室にて。 『チャレンジャー』なのか『ガーディアン』なのか、はたまたスタッフなのか、控室は若い男性や女性などが入り混じって大変に混雑していた。
その片隅で。 沢近愛理は落ち込んでいた。 ベンチに座り悲壮な顔を隠すように俯く。 その横にはつける予定の沢近用覆面が置いてあった。憂鬱だ。外にいるときからつけるような馬鹿にはなれそうにない。 それも落ち込む要因の一つであるのだが、今は他の要因の方が大きかった。
「あの目はマジだったわ……。あぁ〜あの馬鹿なんでこんな時に心配ごとを増やすのかしら」
先程この控室で偶然出会った、執事のナカムラのことを言っているのだった。沢近も驚いて、あんたなんでこんなとこにもしかして追い掛けて来たわけ、と問い詰めたのである。 そこまでは良かった。 しかしその執事服を着て髭を生やしたナカムラにしか見えない人物は、はてどちら様ですかな、と言い唖然とする沢近に不思議そうな眼差しを送りつつ、それでは私は試合がありますので失礼いたします、と言い残しそのまま出ていった。
「ウ〜ン……」
俗に言う記憶喪失というやつかもしれない。頭部に強い打撃が加わったとか。 詳しくはわからないがそんなところなのだろう。
「……まぁいっか」
沢近は非道にも放置することにした。あのナカムラならそう簡単には死なないだろうし、実に面倒であり、更に言えばいてもいなくても実害はそんなに無い、と思う。 しかし結論が出ても溜め息が出る。気になるものは気になるのだ。 そこで沢近はふと気づいた。
寂しい、と。
控室を見回してみても、播磨の姿は見当たらなかった。
その頃播磨は、たまたま美琴と出会っていた。
「いや、ビックリしたよ。こんなとこで播磨に会うなんてさ。今度の対戦相手は播磨なんだ?」 「おう。ちょっと色々事情があってな」
二人で冷たい廊下を歩く。 美琴は覆面は無く胴着だけ着ていて、播磨は覆面をつけたまま。 それにしても学ランにサングラスに覆面はやっぱり明らかな不審人物だ。
「じゃあもしかして……このエリ・シャイニングウィザードってのは、沢近のことだよな?……なぁ?」 「うっ……。まぁ……そうだ」 「ほ〜ぅ、やっぱそうか。……ふ〜ん、土曜に二人でデートねぇ?いつの間にそんな仲になったんだ?昨日播磨から誘ってたみたいだけど……なんだ、沢近のこと好きになったとかか?」 「や!バカ!そんなんじゃねぇ!そんなんじゃねぇって!!ぜってぇありえねぇ!!やめてくれ!!……ただの謝罪っつうかそんなんだ」 「謝罪?」 「そう、謝罪だ」
これ以上の事情は言いそうにない。美琴はなんだろうなと思いつつも追求はやめといた。
「あ〜あ、しっかし沢近とガチ対決かよ。しかも播磨も一緒だろ?強敵だなー。一応花井と戦略でもたてとこうかな」 「……ん?花井?あのマスク・ザ・メガネってのは花井なのか?」 「ああそうだけど……。もしかしてお前気づいて無かったのか?」 「……あ、お、おう!もちろん気づいてたに決まってるぜ!」
播磨拳児、馬鹿、確認。
「そ、そういや周防はなんで『チャンピオン』なんかやってんだ?」 「あん?……こっちも色々金が入り用なんだよ。急ぎの金が必要だったからね。私から花井に頼んだの。………。でもここで稼ぐのもそろそろ終わりかもな?沢近ってすっごい負けず嫌いだからな。簡単には勝たせてもらえなさそうだ」
そう明るく笑いながら、美琴は選手控室の扉を開いた。
「あれ?沢近じゃん」
片隅に座っている沢近の姿を確認する。広くもない控室に人目を引く美貌にたおやかな金髪の存在は一層際立っていた。
「ん?」
しかし沢近の顔に精彩は無い。 チャラい系の若者数人が、一人でいたのだろう沢近に話しかけているようだった。座っている沢近を囲むように立ち並んでいる。こんな場所でナンパのつもりなのだろうか。
「……なぁ播磨」
美琴も沢近がナンパされている場面はよく見掛ける。一緒に街を出歩いたなら、それはもう凄いものだ。だから、その時の沢近の様子もよく知っている。洗練された受け流し方や、熟練された断り方はいつも美琴を感心させていた。 しかし。 今日の沢近にその意気は感じられない。
元気がないのか?……いや、播磨とデートしてんだ、それは無いか……。 むしろあの様子は怖がってる? 怯えている? 何に? ……あの男達に?
沢近が男に対して怯えているなどという性格では無いことは知っている。しかし現に怯えているのだ。美琴は困惑を隠し切れず、
「なぁおい播磨。……今日、なんかあったのか?なんかあったなら……いや、何でもいいから教えてくれ」
親友の不自然な様子に疑問と不安と心配を抱き、後ろの播磨にそう尋ねた。
12時27分
『さぁ『チャンピオン』チィィィームの一人目はこいつだぁぁぁぁ!! 成績優秀・文武両道・質実剛健!!! 好きな言葉は「義を見てせざるは勇なきなり」!! しかしその実情は!! 一年の美人さんに片想い!!届かぬ想いにそのままストーカー入ってま〜す!!!! そのマジメさは罪となる?! 青コーナーより入場するは。現在18連勝中、まだまだ最強伝説は続くのか?! 怪しい覆面に輝くメガネ!! その名も、 マァァァスク・ザ・メェェェーーガァァァーーーネェェェェェェェェーーーーー!!!!!!!』
う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ
歓声と同時に胴着に覆面に四角いメガネの男、花井春樹は堂々と中央のリングに歩み寄る。 その様子はさすがに手慣れたものがあった。王者としての貫禄か。 花井が入場し終わると、司会者は次なる選手を召喚する。
『最強を誇る『チャンピオン』チームに挑む、勇敢なる『チャレンジャー』の一人目はぁぁぁぁ!!!! 猪突猛進・軽挙妄動・無謀に果敢なこの男!!! 不良で魔王と呼ばれても!!喧嘩がめっちゃ強くても!! 一人の少女に恋をした!!!! 揺るぎ無きその恋は、最強無敵の力とな〜り!!!! そしてランブルが始まったァァァァァァァァ!!! 赤コーナーより入場するは。五人相手に圧勝できるエクセレントなその力!!『チャンピオン』チームを撃破することはできるのか?! 怪しい覆面に隠すサングラス!! その名も、 ハァァァマルゥゥゥゥマッ・ハァァァァァリィィィィィィーーーーーオォォォォォォォォォォォーーーーー!!!!!!』
う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ
挑戦者に対する大歓声の中、学ランを着た覆面のサングラス男、播磨拳児は怯え尻込みなどを一切見せず中央のリングに辿り着く。 その顔には獰猛な歓喜が洩れ出ていた。
『さてお次はぁぁ…………』
司会者はタイミングをはかり一番盛り上がると計算していた女性陣の紹介へ移ろうとする。 しかし、
『……え?………はぁ?』
出てきたスタッフが頭の上につくる大きな×印を見て、頓狂な声をあげた。
「ねぇ、キミも『チャレンジャー』なのかな?初挑戦だよねぇ?僕がキミみたいな美しい人を見落とすはずがないから」 「は、はぁ」
全く今日はついていない。本日二回目のナンパだった。
「でもキミみたいな美しい女性にこんな野蛮な場所は似合わないよ。もしよろしければお昼でも一緒にどうかな?」 「………」
どうということはない、愚にも付かないナンパなのに。こんなの慣れているはずなのに。 沢近はどうしようもなく怯えていた。 答えられない応えられない受け流せない立ち去れない笑えない。
……ヒゲ!
沢近は傍らに置いてあった覆面を握り絞めた。まるで手を握りたがる幼児のように。 自分は弱い女じゃないと思う。こんな程度で怯える女じゃ無かったはずだ。強くあろう、強くあろう。父親がいないから、母親がいないから、自分は強くなければダメなのだ。 でも、
……助けてよ。
心は無意識に助けを求める。 沢近の中の何かが決壊していた。
「どうかな?……ダメなのかな?」 「………」
目の前のナンパ男達にも応えられない。なんと言えば良いのかわからない。沢近は自分ではどうすることもでき無かった。
しかし、そこに救いの手が伸びる。
「よ〜う」
ナンパ男の肩を流麗な手がポンポンと叩いた。ナンパ男達が振り返ると、そこには見覚えのある覆面姿があった。
「ゲッ……お前は……」 「マスク・ザ・Dか……」 「今そこにいるそいつは、次の私の対戦相手なんでね。不用意に挑発するとあの膝がお前達の顔にめり込むぞ?」 「えっ?」
男達は驚きながら沢近を振り返った。『チャレンジャー』としてここに参加しているからには、このマスク・ザ・Dの強さも知っている。自分達では挑戦する気にもなれない『チャンピオン』チームに挑むやつが現れたというから、どんなゴリラかと噂していたら……。まさか自分達がナンパしている美しい女性がそうだとは……。
「……ちっ……行くぞ」
ナンパ男達は去って行った。 鼻で溜め息をついた美琴は、覆面をはぎとり膝をつき屈む。座っている沢近に目線を合わせた。 沢近は目を合わせようとしない。播磨のことも当然気づいているだろう。色々と気まずかった。でも一応ありがとうを言おうと口を開く。 その瞬間に、細い肩を美琴はつかんだ。
「沢近、播磨から全部聞いたぞ」
驚いた。 唇を噛む。
あのヒゲ余計なこと言うんじゃないわよ……。余計な心配かけるじゃない……。
「そんなことがあったのになんでこんなとこに出てんだよ……。今は静かにゆっくり休むべきだろ?」 「……大丈夫よ。大丈夫なんだから。私は美琴の次の対戦相手よ?敵に塩を送ってどうするのよ」
なおも沢近は意地を張る。親友には弱い姿を見せたくない。 しかし美琴も、こいつ意地張ってんなとすぐにわかった。いくら笑顔で塗り固められてもすぐにわかる。 美琴は沢近を真っ直ぐ見つめて、
「絶対無理すんなよ?沢近お前は変に頑張るからな。泣きたいなら泣いてもいいんだぞ?心の傷ってぇのはすぐ治さないと広がっちまう……」 「……大丈夫よ。私は全然平気……。それに」
ヒゲに迷惑かけちゃうし……。
俯く沢近がポツリと呟いたその言葉に、全てが集約されていると美琴は感じた。
しばし考え、そして悩む。 しかし美琴の頭にはどうしても妙案は浮かばなかった。どうにかして沢近を出させないようにしないと………。どうにかして無理をするのをやめさせないと………。
「だーーっ!!もうっ!!ヤメだヤメだ!!!!ヤメだぁーーー!!!」
美琴は盛大に溜め息をつき、乱暴に言い放つ。何事かと沢近が驚いているのも気にせず、美琴は続けた。
「いいか沢近。よ〜く聞けよ。私は今から棄権の宣言をしてくる。いいか?私は試合を棄権するからな」 「……えっ!ちょ、ちょっと美琴!!あんた何言ってんの?!」
しかし美琴は構わない。
「もちろん棄権するのは私だけだ。花井はちゃんと出させる。わかったな?花井一人だけが試合に出るということになるわけだ」
美琴はもう言うことは言ったという感じで、沢近の所を立ち去り、その足で入念にストレッチをして試合に向け余念の無い花井の元に向かった。 沢近の不調の理由は避け、だいたいの事情を説明し終えた美琴は、
「というわけだ。だから花井、一人で頑張って戦ってちょーだい」 「僕は別にいいが……周防はいいのか?治療費はもう足りたのか?」 「いーんだよ。もうあたしら十分稼いだだろ?……それにこの試合だって、花井が勝ってくれれば問題ないさ」 「……そうか」
呟く花井の背中を叩き。
「頑張れよ!!」
その様子を全部見ていた沢近は、美琴の言葉にまだ戸惑っていた。その覚悟にすぐに応えられる勇気は、今の沢近にはまだ無かった。 ちょうどそこに覆面姿の播磨がやってくる。沢近は何気なく切り出した。
「ねぇヒゲ。今言われたんだけど、この試合美琴は棄権するらしいのよ」 「ああん?……マジか?」 「……うん」
ヒゲ、私はどうすればいいの?……棄権、してもいい?
という言葉は心の中で思っただけで口にはできない。播磨に失望されたくない。ガッカリされたくない。これはもう意地でしかなかった。 しかし播磨は、眉をよせて沢近を凝視しつつこんなことを言った。
「お嬢、おめー試合に出たいか?」 「っ!!なっ、なんでそんなこと聞くのよ!!」 「あのな。その話がホントなら向こうはメガネ一人なんだ。ならこっちも一人で出たほうがいいんじゃねーの?」 「………」 「俺は一人でへーきだから。棄権できるならお嬢も棄権すべきだろ?」
おそらく美琴はそういうつもりだったのだろう。片方の一人が棄権しても、もう片方が一人棄権すれば一対一の試合になる。沢近も薄々それに気づいていたが、自らそれを口に出すことはできなかった。 しかし、それが播磨の口から語られることにより、
「あんた、勝ちなさいよ……」 「はぁ?」 「わかったわ。そこまで言うなら出ないであげる。でも私が出なかったから負けたとかいう泣き言は全然聞く気ないから。言い訳遠吠え一切禁止!!ぜぇぇぇーーーったいに勝ちなさい!!」
どこまでも沢近は沢近だった。
「……全くお嬢はこれだから……」
播磨は呆れて肩をすくめるも、サングラス越しに目を光らせる。
「おうよ。俺にまかしとけ」
『えーっ………ただいま入りました報告によりますと『チャンピオン』チームのマスク・ザ・D選手と『チャレンジャー』チームのエリ・シャイニングウィザード選手、なんと棄権、両者とも棄権です!!!!!』
え・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・
歓声よりも大きな、露骨なブーイングが吹き荒れる。女性同士のくんずほぐれつを見たい観客が大多数を占めていた。ざわめきが一層大きくなる。リング上の播磨と花井は気にしていないが。
『ちなみに両者ともM仕様で〜す』
司会者のその言葉にブーイングは収束に向かった。ちなみにMとはマスクの略。 段々としぼんでいくざわめきの中では、
「ハ・リ・オ頑張れーーーっ!!!覆面メガネも応援してるゾ〜!!!」
塚本天満の声はよく響いた。
天満ちゃん??!?!!
播磨は当然その方向を即座に向いて、暗闇の中の天満をすぐさま発見する。その天満は輝く笑顔大きく手を振って応援しているようであった。
この俺を!!!!! 天満ちゃん応援ありがとう!!!感謝感激雨あられ!!!お礼にキミに勝利をくれてやるぜ!!!!!
播磨アイ100%稼働中。
危ねぇ危ねぇ。もしお嬢がここにいたりしたらまた誤解が深まっちまうとこだったぜ!ナイス判断俺!!
もうすっかり播磨は天満一色であった。 花井も花井で、播磨が客席を向いたことに疑問を持ちその方向を見る。 もちろんその目に飛込んでくるのは、
八雲くん??!!?!?
やはり暗闇の中の八雲を発見した。八雲は戸惑っていた。その整った美しい顔はどこか心配そうであった。
この僕を!!!!! そんな顔をしないでくれ!!!!大丈夫だ、安心しろ八雲くん!!!僕は負けたりなんかしない!!!!
花井アイ120%稼働中(勘違い)
播磨と花井ゆらりと向き合い対峙する。覆面同士の怪しい睨み合い。もう周囲の喧騒など聞こえていなかった。
「おいメガネ。この勝負、もらったぜ。一瞬で秒殺……いや一秒で瞬殺してやんよ」 「貴様は僕を絶対に倒せない……。なぜなら僕は絶対に倒れないからだ!!」
あほなことを言い合う二人。互いに負けられない勝負となりそうだった。 もう段取りが滅茶苦茶になって空気を読むのが面倒になった司会者は、早口にまくし立てる。
『んじゃスタートしちゃいましょう!ルールは簡単、金的目突き武器使用以外はオールオッケー!寝技立ち技なんでもあり!白熱した試合をしてくださ〜い!!』
勢いのまま、ゴング係とリング上にいるレフェリーに目で合図を送る。 花井は両手のグローブの具合を確かめメガネをずり上げ唇を引き結ぶ。播磨はグローブをはめた拳をぶつけあい首をゴキゴキと鳴らして不遜に笑った。
『いきますよ?両者よろしいですか? それでは…………… ………レディィ〜……………ッゴォォォーーー!!!!!!!』
カーン!
12時30分
ゴングの音、リングの上、 二人の愛の戦士の戦いが今始まる。
次回予告はあてにしないでください(笑) 次回こそ次回予告通りです。 あらしに負けずに書いていくので、どうぞ楽しんでいってください。
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Re:
はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.19
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- 日時: 2007/01/24 18:25
- 名前: 無遠人形
- ゴングの音。
両コーナーから、 花井は中段に構え、 播磨はそのまま花井に歩みより、
「うおらぁぁぁぁ!!!」
急速、播磨は花井めがけ突っ込んでいく。 その唸る右拳はあのチンピラたちを地面に沈めたものと同じだった。 必殺の威力を秘めた一撃。 しかし、花井も只者ではない。 メガネをかけた猛者なのだ。 慌てず「ふっ」と息を吹いて、播磨の動きと自身の呼吸を合わせた。 そのまま斜め前に踏み込み、拳の予測到達位置から身をずらす。耳元を拳が通り過ぎるが、すでに花井は播磨の懐に入っていて、その突き出された腕を抱え、腰を跳ね上げる。
ドッゴォォン 「っぐはっ!」
播磨をマットに叩き付けた。 見事な一本背負いだった。 叩き付けられた播磨は一瞬呼吸が止まるが、構わずに無理矢理飛び跳ね起きる。 見ると、やはり感じた通り、花井は倒れたあとの播磨をすぐさま追撃をしようと下段突きを放とうとしていたところだった。播磨は数歩後ろに跳ねて体勢の立て直しをはかる。 花井は落ち着き払って不気味に構え直した。 覆面に隠れた顔からは表情すら読み取れない。 本気も本気の超本気だった。
さすがにあのザコどもとは一味ちげぇか……。
一筋の冷や汗を流し、しかし獲物を狙う肉食獣の低い姿勢で播磨は思う。
だが関係ねぇ!!俺は俺の戦い方で、天満ちゃんのために、ぜってぇ勝つ!!!
「りゃぁぁぁ!!!!」
再び突っ込んだ。今度は手数を多く出して、投げ技を出させないようにさせる。 だが、
「甘いっ!!!」
播磨の放つ強烈な波状攻撃は、全て受けられ避けられ流された。花井にとって、喧嘩で慣らしただけのテレフォンパンチを見切るのは造作もないことだった。 側面に回りこむ足捌きで、播磨を翻弄する。
「次はこっちの番だ!!!」
息が切れ始めた播磨に、花井はとうとう攻勢に出た。基本通り左ジャブの牽制からの右ストレートや右アッパーを、腰を入れ連続で放つ。 播磨もその容赦なく降り注ぐ拳の雨を反射神経を駆使して避ける、避ける、避ける。 だがしかし次第にロープ際に追い詰められる播磨。避け方が直線的すぎた。路上ではないリングという限られた空間での戦いに、慣れていなかった。 もう後がない。 両腕をガードに使い、なんとかしのぐ。しかし、いくらグローブでも殴られ続ければ危険だった。動かなくなる可能性がある。 花井は亀のように丸くなった播磨を上から容赦なく殴る。 しっかりと防御の隙を狙いつつ、一撃一撃に腰を入れて。
「せやっ!!!!!」
左ボディからの右上段回し蹴り。 肘や腕を使いなんとか防御しきる。 播磨はひたすらに耐えていた。
ハリオ〜!!負けるな頑張れ〜!!
ざわめきの中それでも播磨の耳にははっきり聞こえる天満の声援を、特大の力に変えて。 そこに壮絶な怒りを溜めながら。
花井は攻撃はあまり得意ではなかった。基本的にカウンター型なのである。しかし、自ら攻めて、播磨をここまで追い詰めることができた。 これはこのままいけるのではないか? と、少し調子にのっていた。 いつの間にか播磨の堅い防御を崩すために、振りかぶり思いっ切り殴っていた。 播磨に攻める気配がないため、自分の防御を顧みず、大きな油断を作ってしまっていた。 播磨相手にそれは重大なミス。
それに気がついたのは、
「甘いのはてめぇだ!」 「っ!う、ぐはっ………」
大振りになったうちの一発に、カウンターを決められた時。 攻撃の播磨の左拳が肝臓にめりこんだ時であった。
ぐっ………。
急所を完全に捉えられて、花井は脇腹を押さえ無意識に後ずさってしまう。 一撃で完全に足を止められていた。
お・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ
播磨、いやハ○マ☆ハリオのあまりの劣勢さにこのまま負けてしまうのではないか、と思っていた観客達は、一撃による逆転劇に息を飲んだ。 天満も応援していた方が優勢になり大喜びだ。 ……ちなみに、天満はもちろんその覆面サングラスを播磨だとは気づいておらず、ただ単に負けている方をひいきして応援したくなる質のものであるということは言うまでもない。
一方播磨は殴られていた両腕を垂らしながら、なおも笑う。もち覆面だが。
「さぁ喧嘩の醍醐味はこっからだ。行くぜぇ、メガネ。覚悟しろよ。愛ある限り、俺は負けん!!!」
自身の回復を待たず、相手に回復させず、躊躇なく飛込んでいった。
「播拳龍襲(ハリケーンドラゴン)!!!!!!!!!!!!」
花井もたった一撃で怯んでいるはいられない。
「敵ながら天晴れだ!!だが僕もここで負けるわけには!!」
覚悟を決め、動かない後ろ足に力を込めて、播磨を迎え撃つ。
「奥義、百花虎撃(フラワータイガー)!!!!!!!!!!!!」
ドッガッドスッドドッドガドスドッ
互いに互いを殴り合い殴り合う。 それはもう凄まじく。 全力の潰し合い。 腹に顔面に、あらゆる所に拳を打ち込む。 防御をする気もなく。攻撃は最大の防御とでも言うように。
バスッガッドドバガンッドッガスッ
殴る蹴る殴る殴る殴る蹴る蹴る殴る殴る。 体は軋み、腹はよじれ、口からは血がにじみ出る。 大きく振りかぶった拳は播磨の右側頭部を直撃し、天につき上げた拳は花井の脳をシェイクした。 しかし互いに殴り合う手は止めずに。
「ゥオラァァァァァァァァ!!!!!!!!!」 「セィヤァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
バッコォン
気合いの雄叫び。互いに渾身の力で打ち込んだ一撃が、互いの顔面を捉えた。 二つの覆面が拳で歪む。 一方が崩れ落ちた。 腰が砕け、力が抜け、マットに落ちた。 その覆面はごろりと仰向けになる。
播磨拳児は自分が天井のライトを眺めていることを理解できずに、倒れたまま思考不能に陥っていた。 マットの感触が後頭部にある。
なんで……俺は……寝てるんだ?
横を見るとレフェリーがカウントをとりはじめていた。
「ワ〜ン。ツ〜。スリ〜……」
やばい……くそ……なんなんだ……。
ぼんやりする頭の中でそればかりを繰り返す。 花井の攻撃を腕で受けていたため、痛めた腕は本来の力が出せず、最後の最後でその差が出た。 起き上がろうと手をつくが、体に力が入らない。
「ファ〜イブ。シックス〜……」
俺は……俺は……。
判然としない考えを繰り返す。 だが、ふと。 カウントをとるレフェリーの向こう側に。 怪しげな司会者の姿が見えた。 そして、その手には白い紙切れがひらひらと。
あれはっ!!!!!
「エ〜イト。ナ〜イ」 「ぬおォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
精根尽き果て脳震盪で意識は朦朧。 だが播磨は立ち上がった。 手をマットに必死につっぱり、ロープをつかみ。 ぎりぎりで、立ち上がった。 観客から息が洩れる。レフェリーがやれるか?と聞いてきた。
「もちろんだゼ……」
播磨はサングラスをぎらつかせ、構えをとる。レフェリーは頷いた。
試合続行!
花井は苦しげに叫ぶ。
「なぜだ!!なぜ貴様は立つことができる?!意識と体を完全に断ち切られた、あの倒れ方はもう絶対に起き上がることは出来ないはずだ!!僕の拳にも確かな手応えがあったんだぞ!!」 「……へっ。理論的なだけの格闘家じゃ一生わかんねぇよ」
播磨は静かに言い放ち、 スッと間合いをつめる。
「なっ!」
そして気づけば拳を振りかぶっていて、
ドガスッ!!
「この俺の、愛力(ラブパワー)はなぁぁぁ!!!!!」
居合いの理想形のように修練された動作で放った強烈な一撃は、花井の鼻柱を真っ正面から捉えて、一回転、二回転。 花井大回転。 愛の復活を遂げた播磨は、見事に花井を討ち倒したのだった。
ラブパワー…………。
播磨はラブパワーと言った。
あぁ、ラブパワー…………。
力なく倒れた花井の頭の中に八雲の姿が明滅する。
八雲君………すまない………。 僕にはラブ、パワー、が、足り、な、い……よ………。
そして花井の意識が暗闇に落ちようとしたその瞬間。
「花井君!!これを!!」
コロシアムの中空を茶色いごくふつーの紙袋が舞う。その紙袋は花井の顔面に直撃した。
「な、なんだ……」
紙袋は花井の顔から落ちて、引っくり返って中身が出る。 花井の目に止まった一枚の色紙。
『親愛なる花井先輩へ。 花井先輩、強くて優しい貴方はとっても素敵です。普段から恥ずかしくて顔も合わせられないくらい、私にとって眩しい存在です。 花井先輩は私の憧れです。だから一生懸命応援するので、絶対に負けないでください。負けたら花井先輩のこと嫌いになります。 ……花井先輩……大好きです!!!(はーと) PS.中にあるものは私からのプレゼントです。着けて戦ってください。 塚本八雲より』
花井春樹。 ついに空を飛ぶ。
「フォォォォォォォォォォォォォォォォォlォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」
花井は飛んだ。 きりもみで回転しつつ、涙を滂沱と流しながら。気持ちの悪い笑顔で。その涙はライトの光でキラキラと輝き、なぜか幻想的な雰囲気をかもしだしていた。 ……スローモーションな感じです。 口から無意識の雄叫びが漏れ出る。
「ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」
八雲君………やっぱり僕は間違ってなかったんだね!!!! 君からのラブパワー………不肖、花井春樹、しかと受けとめたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!
花井、完全復活。 空中にて、一緒に入っていた八雲からのラブアイテムを装着。邪魔な胴着は脱ぎ捨てた。 そして花井はスラリと着地する。
「ハ○マ☆ハリオ……貴様のラブパワー、確かに強かった。だが足りない!!!弱すぎる!!!ヤクモンから最強のラブパワーを得た今の僕に、もう勝てるものは存在しない!!!!誰にも負ける気がしない!!!!」 「メ、メガネ……お前」
播磨は花井に圧倒される。 その姿に畏怖すら感じる。 そして全力で突っ込んだ。
「なんじゃその格好はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」 「ふっふっふっ……はぁっはっはっはっ。聞いて驚くな!!これを着たものはヤクモンの寵愛を一身にうけることができる、最強の猫型装備なのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
黒い猫耳! 黒い猫手!(にくきゅー) 黒い猫足!(にくきゅー)
それらだけを見れば額に十字の傷がある黒猫のようにも見えた。 花井は、そのつけるものがつければおそらく全世界を支配できるアイテムを、ある意味完璧に着こなしていた。 最強に、そして最悪に。 ピョンとはねる猫耳は四角いメガネに怪しげな覆面で、たんなる怪しい髪飾りとなり果て、ふかふかの猫手は引き締まった肉体により、単なる嫌がらせにしかなっておらず、もこもこの猫足は、脛毛に真っ白なフンドシだ。最早説明の必要すらない。
「きっもちわりぃんだよ!!!このメガネ!!」 「ふはははは、ヤクモンの愛が僕に向いたことがそんなに認められないか。ふ、ふ、ふはははは!!この美しい姿を見るがいい!!この素晴らしき愛の戦士の姿を!!!」 「すっぱだかで何言ってやがる!変態ヤロウ!!」
総合すると、化け馬鹿猫男。いや猫だとすら認めたくない。その馬鹿男は地球環境を全身全霊で悪化させていた。 そのことに一人だけ気づいていない馬鹿は不気味に哄笑する。
「ふっふっふっ……。力が、力が湧いてくる!!無限のエネルギーが僕の体を駆け巡る!!最高だ!!最高の気分だ!!」
気分良く絶叫する花井に、横槍が入った。
『え〜、マスク・ザ・メガネ選手』 「なんだ!!」 『只今審判内で審議をしたところ、それらが外部から持ち込まれ、装着したことにより選手が強化されたため、それらを武器と認めることにしま〜した』
ちょっと待て。 これって武器?
「……………は?」
『うん、だからね。君、反則負け』
花井絶句。 そりゃないぜ、だった。
「なぁぁぁぁぁぁぁんだぁぁぁそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ぶっくっ、あははははははははははははははは!!」
高野晶は腹を抱えて転げ回り、『涙』がでるほど笑ったとかいうそんなオチ。
パシャリ、 と鳴るシャッター音にも気付かずに。
応援されれば書きたくなり、誹謗されれば書きたくなる。 結局書くのです。 嫌な人は我慢しましょう!! そして絶対見事に伏線を回収してみせましょうぞ!!
PS.すいませんロックの仕方がわからないのです。誰か教えて〜。
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Re:
はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.20
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- 日時: 2007/01/27 09:21
- 名前: 無遠人形
- どよめきと歓声が支配する暗闇の闘技場。
少し汗臭く酸素が薄い。 明るいリング上では二匹の雄がガチンコしたりごちゃごちゃと馬鹿をやっている。その戦いっぷりは、目の肥えた常連すら唸らせているようだった。 白熱する戦い。 その傍ら。
「あいつら、やっぱ強いよな。身のこなし方が半端じゃねぇ」 「そうなの?よくわからないけど……」
棄権した二人の少女がリング上を見守っていた。今は覆面はかぶっていない。 もう必要なかった。 短い沈黙の後、目を合わせずに金髪の少女は隣の少女に囁いた。
「……ありがとね、美琴」
その言葉に胴着の少女は少し驚いたように固まって。 笑った。 全てを許す笑顔だった。
「いいってことよ」
金髪の少女も口元を緩め、二人の間に微笑が洩れる。意地っ張りがありがとうと言ったというだけで、なぜか満たされ嬉しかった。 フォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!! リングの上ではまだ馬鹿が馬鹿をやっている。それは放っておいて。
「しっかし沢近。今日はやけに素直だな?普段ならそんなことぜってぇ口にしないのに………」 「普段私はどんな目で見られてるのよ……。私だってちゃんと言うときは言うわ」 「いや、沢近ならべ、別に感謝なんてしないからとか言いそうだけど………ははぁ、ほほぅ、ふんふん?さては沢近、今日播磨となんかあったな?……そういえばそのナンパ男達を撃退したのは播磨なんだろ?かっこよかったか?」 「……っ!!………!………!そっ!そ、そんなわけないでしょ!?!!むしろ何も無かったわ!!!!」 「怪しいなぁ……。本当か?」 「本当よ!!!」 「……本当だな?」 「そうよ、本当よ!!!」
しかし、そうか嘘か、と胴着の少女は笑う。 な、なんでそうなるのよ、と金髪の少女は憤慨してそっぽを向いた。
そんなやりとりをしながら、ふと見ると、リング上ではやけにあっさり試合が終わっていた。 知り合いすら、いや知り合いだからこそ目を向けることが不可能な変態の、情けなき反則負けだった。 しかし、棄権をした二人の少女にとって、勝敗はあまり気にならなかった。
「いいの?美琴。あなたの同門。また公衆の面前で恥を晒しているわよ?」 「……うん……まぁ……覆面だしな……」
額に手をあて苦々しく言うだけで。 そして盛り上がったんだか盛り下がったんだかよくわからん試合も終わり観客達は続々と帰り始める。 胴着の少女は気分を変えて宣言する。あの馬鹿幼馴染みの恥を考えると鬱になりそうだったので。
「さて!済んだことは済んだことだ!!もうあの不快な存在は忘れよう!!」 「……あら可哀想じゃない。せめて美琴が慰めてあげないと」 「んじゃあ、試合は沢近の愛が勝ったということにして、この後あそこの馬鹿二人連れて着替えて食事でもすっか?」 「あ、愛ってなによ!!ってか無視すんな!!」
すかさず突っ込む金髪の少女。 会話の合間のからかいにもこの反応、やっぱ可愛いよな、と無視した胴着の少女はニヤニヤしていた。何だかもっとからかってやりたくなり、口を開こうとした。
そんな二人の目の前を、 デジタルカメラを振り回した、 一人のメガネの少年がやってきて、 必死の形相で、 必死に通り過ぎ、 必死に走り去った。 その少年を二人ともしっかりと見届けて、二人して疑問を持つ。
「今のは、もしかして?」
金髪の少女は頷き、
「美琴も見た?今走ってったのって、ふ」
言いかけて、
バビュン!
二人の目の前を、人間大の黒い影が凄まじい速度で駆け抜けた。 髪は舞い服はたなびく。 あまりの速度にその影が人間かどうかも認識できなかった
「………」 「………」
呆気にとられている二人。 しかしその事態は更に急転直下。
「待って〜〜!!」
その情けない声は、天満のものだった。 手をフリフリ、走る。 一生懸命走っている様子なのだが、あまり早くはない。あの特徴的な髪型はピコピコ、その幼い足はドタドタ、という感じで。
「待ってよ〜〜!!」
そこにいる二人の少女にも気づかずに、天満はさっきの影を追って闘技場の闇に消える。 その様子に、天満の表情に何かの事情を感じて。二人の少女は顔を見合わせ互いに頷いた。 メガネの少年を追う謎の影を追う天満。 これは何かあったに違いない。
「よっしゃ、いっちょ追い掛けるか……。行くぞ、沢近!」 「……はぁ、まったくもう……仕方ないわね」
二人は走り出した。 天満が去った方向へ。
「はぁ……はぁ……。姉さん」
息を弾ませて、塚本八雲は走る。 大きなバッグのせいで、スタートダッシュがおおいに遅れた八雲は、さっきまで金髪と胴着の少女二人が居た場所で立ち止まった。 八雲は姉を捜していた。いきなり走り出した高野を追い掛けて、そのままどこかに行ってしまっていた。 周囲の薄暗闇が支配する客席は、無人でガランとしている。 それが八雲に圧迫感を与える。 自分の存在が小さく感じる。 焦燥感だけがつのる。
「……姉さん……。……姉さん!」
不安げに辺りを見回すその姿は、迷子の少女そのものだった。
「はぁ……はぁ……」
サングラスを顔にぶら下げた学ランの男は、素人格闘コロシアムの外にいた。覆面はさすがに無い。 顔や体はいたる所が傷つき、服もボロボロ。息も絶え絶えに足を引きずり、道の端の植え込みぞいを歩いていた。緊張の糸が切れると、体の疲労が一挙に噴き出てきたのだった。 息を切らしながら、それでも懸命に前に進む。
「はぁ……はぁ、……ふう……」
……天満ちゃん……あぁ、天満ちゃん……キミはいったいどこにいるんだ?見つけたらこれを使って今夜一緒に………。
播磨拳児はそんなボロボロになりながら、塚本天満を捜していた。 右手には二枚の白い紙切れを握り締め。 新矢神ランドを、ゾンビのように、さ迷い歩く。
播磨は花井との試合が終わってすぐに、怪しげな司会者ことクーベル伊藤に真っ直ぐ向かった。 クーベル伊藤はとにかくとりあえず勝ってくれた播磨に対し、大絶賛と労いの言葉をかけまくり、この後食事でもどうかと誘ってきた。 播磨的には冗談ではない。何が悲しくてこんなオッサンと食事しなきゃなんねぇんだという心境だった。 交渉の時にてめぇが言った、例のブツを早くくれ俺は急いでるんだ、と狂暴に言う。試合の後ということもあり、少し気が荒れていたことはいなめない。 おおあれですか、とわざとらしく言い、秘中の秘である白い紙切れを播磨に手渡す。 播磨の手の中に入る、それはチケット。 洒落た明朝体で書かれているそれは、とある高級レストランの二名様特別コース招待券だった。 クーベル伊藤はこれを餌に播磨を釣り上げたわけであり、更に後からポケットマネー十万円の入った封筒も渡す。少し名残惜しげだったが。 そして、クーベル伊藤はニヤリと不潔に笑い、それじゃああの綺麗な彼女とよい夜を、と言う。 播磨も覆面をはぎとり、心得たような笑顔で大きく頷いた。 ……だがしかし、この二人の間に大きな勘違いがあることは言うまでもない……。
とにかくその後播磨は即座にコロシアムを飛び出して、天満探しの旅に出た訳だ。 しかし当然見つからない。 播磨アイをもってしても、視界に入らなければ、その輝く姿が見つかるはずも無く。どこにいても天満の位置を察知できる播磨的超能力は、まだ会得していなかった。欲しいけど。
「…………」
そろそろ歩くのも辛くなってくる。 しかし、播磨は構わず足を動かす。
天満ちゃん!!!待っててくれ!!!
愛する少女を一心に想いつつ。
ドガシッ!!
「うげっ!!」
播磨の脇腹に、何かがぶつかった。 ボロボロの播磨は踏ん張れずひっくりかえる。中々に強烈な一撃だった。 なんだ何が起きたんだ、と播磨が確認しようと手をつき体を起こすと慌てたようなメガネの少年がそこにいた。 なぜか物凄い焦っているようで、早口にしかもまとまりの無いことを一方的に喋る。
「あ、あああ、悪いごめんなさい!!だ、だ、大丈夫?ぶつかってすんません!!」
播磨は睨みつけながら言う。
「……てめぇ……カメラ小僧か?」 「正解。名前くらい覚えておいてほしいけど……。そんなことは無理だって知ってるから大丈夫。それはそうと播磨くんずいぶんフラフラだね??ああいや説明の必要は無いよ、僕は一部始終見てたし。ちゃんとその勇姿を写真に収めさせてもらったからね?」 「……てめぇは、何が言いたい?」 「……!ああ、ごめん。どうでもいい、どうでもいいことなんだ、そんなことは。ホントどうでもいい。……んじゃ僕は急いでるから………………」
そのメガネの少年は最初から最後まで顔をひきつらせて、慌てて去ろうとする。まるで何かに追われているように。 しかし、その少年は途中で反転して播磨の所に戻って来て、
「ちょっとちょっと……」 「ん?」
手招きをして播磨に近付く。 さらに播磨の耳元に接近する。 何かを囁くように近付き、
「………」 「………」 「………」 「………」 「いーや、なんでもない!!」
しかしそのまま結局何も喋らずにその少年は去った。やって来た時と同じく全力疾走で。 ぶつかられた播磨はなにがなんだかわからない。わからないものはわからないので、それ以上深くは考えないことにした。 座っていても仕方ないので、播磨は立ち上がろうとする。 ボロボロの体にぐぐぐと力を込めて。 歯を噛み締めて。 立ち上がり、
「……うぐ……ぐっ」
うめいてしまう。 我慢できない。 駄目だった。 もともとボロボロの体に少年の体当たりが相当効いた。とどめの一発。蓄積ダメージは播磨の肉体の限界を越えて、その瞬間に痛みは我慢できる許容量を軽く突破してしまう。 一度座ったことも関係がありそうだ。 さすがに辛い。 播磨はヨロヨロと街路樹の根元に倒れこむように座る。 息をつく。 このままここで寝てしまいたくなる。
あぁ………天満ちゃん………。
頭がボーッとしてきた。 本当に限界なのだろう。花井のラッシュをモロに喰らった結果だった。
ちくしょう………こんなトコで………。
本格的に意識が薄れて、自分が何を考えているのかわからなくなる。 眠くなった。眠気が神秘的な魅惑を発揮して播磨を誘惑する。
マジヤバイヤバイヤバイ………………。
目もほとんど閉じて、意識も半分閉じかける。 その時、まさにその瞬間、
「……播磨さん?!」
播磨を呼び覚まそうとする声が聞こえた。
ああ………。
播磨は夢うつつに思う。 声を出したその人物は播磨を抱き抱えたようだった。暖かく優しく柔らかな感触が播磨を包む。
……やっぱり……キミは迎えに来て……俺を……。
播磨はなかば無意識に、ガシッとその人物の腕を掴む。
もう……もう放さないぜ……俺の……俺だけの……。
そうして、
考えることだけ考えて、
播磨の意識は闇に落ちた。
………スイート………エンジェル………。
その少し後のこと。
「………無い」
高野晶は額に汗をかき、とある建物の裏のちょっとした場所で、不機嫌オーラを出していた。
「………無いわ」
いつもの無表情をさらに殺菌漂白した表情で下を見下ろす。そこには情けなくうつ伏せに倒れたメガネの少年、冬木武一がいた。 完全に気絶しているようであった。
「………教えなさい」
何を隠そう少年を追い掛けていた謎の影は高野だったのだ。 実は先程の試合で、冬木は爆笑する高野を激写することに成功。それにいちはやく気づいた高野はそのデータを処分すべく走ったのだ。
「………メモリーカードのありかを、教えなさい」
あそこで笑ってしまうとは高野一生の不覚だった。それに写真は嫌いなのだ。 いつも高野はドタバタを楽しんではいるが、笑ったことは滅多に無い。 だから花井に対して笑ってしまったこと、それを写真に撮られてしまったこと、そのどちらにも撮られるまで気づかなかったことが無性に悔しかったのだ。
「聞いてる?」
高野の足元にいる冬木は、追い付かれた高野に頸動脈を締め落とされたのち、全身をくまなく身体検査されていた。しかしその結果、問題のデータの入ったメモリーカードはデジカメから消えていることが判明したのだ。
「シカト?」
先程から高野は何かを言っているが、冬木は気絶している訳であり、それに気づかず高野は話しかけているようだった。
「違うわ。あなたに言っているのよ」
地を這うような声音で言う。 高野は冬木ではなく、こちらを強く睨みつけていた。 ………ってあれ?こちらを?
「知っているんでしょ?あなた(作者)なら。メモリーカードのありかを」
な、なんで会話が出来るの? ……これって疑問に思ったら負け?
「そんなことはどうでもいいから。さっさと教えなさい」
………。 ……カコーン!
「ししおどしのフリをしたって、駄目」
……いや姐さん。 それはさすがに反則ですよ。 だから無理ですって。
「……何か問題が?あなた(作者)が私に文句があるわけ?生意気な」
……ああ不機嫌な高野はめっちゃ怖いっす。無表情なだけに。
……おっと。 そこに突如すらりとした人影が現れた。 さてこの人物は、私(作者)を助ける救世主となるのだろうか?
「なんだか面白そうなことになっていそうではないか。どうした?何かあったのかね?」
絃子さんだった。 ラフな普段着を綺麗にまとめている格好である。 高野は意外であり余計でもある登場人物に、舌打ちをした。 実は現在地は『世界の名酒百選市場』と呼ばれる建物の裏であり、中では一緒に来た葉子さんがグデングデンに酔っぱらっていた。 絃子さんは入り口付近を通りすぎた高野を見掛けて、ここに辿り着いたのだった。 っていうかまず地面に倒れている冬木に突っ込んであげましょうよ。
「なんでもありません。だから先生はどうぞ好きなだけ酔っぱらって死んだように寝てください。邪魔なだけなので」 「なんだか無闇に棘があるな、今日の君は。だが残念なことに帰りは車なのでね。私まで酔っぱらう訳にはいかないよ」 「………」 「で、何があったんだい?」 「………」
無言で下を向く高野。 答えないというはっきりとした意思表示だった。 この人に弱味を握られるのはマズイ。笑顔の写真などとんでもなかった。のちのち何に使われるかわからない。 更に悪いことに、その弱味は花井に対して笑っている写真である。 ……とにかく色々マズイのだ。 しかし絃子さんは、
「ほう!高野君の笑顔がとうとう写真に収められたか。花井君を、ね………ふふふ、それはとても興味深いな」
「!!!!」 なっ?! も、もしかしてこの人もインターフィアラー(地の文に干渉できる者)?!
……この二人、ズルすぎだろっ!!!
しかしその言葉を聞き、高野は何かを悟ったようだった。落ち着き払って絃子さんを見る目を細める。
「……そうですか。先生は知ってはいけないことを知ってしまったようですね」
ジャキッ!
高野の両方の袖口から一挺ずつ合計二挺の細身のモデルガンが飛び出てきた。 拳銃を握り締め、ジャリ、と地面を踏みしめる。 高野はマジ暗黒オーラの臨戦体勢に入っていた。
「全ては私の威厳の為に。先生の記憶を、それか先生自体を消去させて頂きます」 「………。おお、怖い怖い」
絃子さんは肩をすくめて、しかしクルリと一回転。 いつの間にかその手には黒光りするモデルガンが握られていた。
「私も先生として生徒にむざむざ負ける訳にはいかなくてね。高野君の笑顔を永久保存、ついでにネット流出、更には学校あるいは街中に等身大ポスターとして貼りつけるまで、私は死ねないな」 「……あまり私をナメないでください。そんな贅沢な要求は有罪も同然です。罰として先生も、あの変態執事と同じ目にあわせてあげましょうか?」 「くっくっくっ、どんな目かは知らないが、そんなことができるならな。高野君、楽しみだよ」 「……私もですよ」
ふふ、ふふふふふふふふふふ。
どちらともない不気味な笑い声が、昼間の晴れた平和な空に、黒々と響き渡った。
注:冬木の喋り方はフィクションです。 よし!!フォローOK!! さて次回は、 『は、播磨さん……。そこはちょっと………あの、やめてください』by八雲
え〜、以下謝辞です。 ガルガルさん、ロックのかけかた教えて頂きありがとうございます。 あと応援してくださった、無用さん、AirShipMT さん、面白いですよさん、花鳥風月さん、通りすがりさん、どうもありがとうございます。感想掲示板はつい最近読ませていただいたのですが、なんだか返事もせずに申し訳ない………この場を借りて感謝の程を表したいと思います。 ではこの『はっぴーはっぴー』、頑張って存続していくのでこれからもよろしくお願いします。
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Re:
はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.21
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- 日時: 2007/02/01 09:21
- 名前: 無遠人形
- 夢を見ていた。
きっと今夢を見ているのだろう。 そう播磨は考える。 夢の中で考える。 夢とは現実ではなくて、空想なのだ。所詮偽物だ。絵空事であり、虚構の世界。ああそうさその通り、そんなことはいわれなくともわかっている。 こいつは偽者なんだ。 目の前に居る妖精姿の可愛い天満ちゃんも所詮は偽者さ。 いくら可愛くても虚構は虚構。俺はそこら辺の区別はしっかりしているのさ!
「は〜りまくんっ」 「な〜あに?」
ああ可愛い……。 ……はっ! しまった、一瞬で鼻の下が伸びちまった。あせあせ。 ふぅ、サスガ天満ちゃん。夢の中でも俺を惑わせてくれるぜ。……ああでもほんとにかわいい………。
「お願いなの播磨くん……私を……私を、捕まえて愛して欲しいのっ!!!いっぱい飛び回る私だけど……播磨くんならきっと私を捕まえられるから!……それで、あのその……私を捕まえたあとは……うんとね……えっと、播磨くんの……私を播磨くんの好きにしていいよ!!(ポッ)……これが私のお・願・いだよっ」
チュッ
………。 そうかそうか。 ウインクに投げキッスときたか。 そうかそうか、うむうむ。
「もっちろんだぜっ、天満ちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!男、播磨拳児!!俺が全力で君を捕まえてそして愛してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
………俺、鼻息荒すぎ? ………、そんなことないよな。
「……んでもちろんその後は……」
ムフフ、ハァハァ……。 これって夢の中だよな?そうだよな?仮想なんだろ?現実じゃないんだよな?ここで何をしても現実には関係ないんだよな?だからなにをしてもいいんだよな? ムフ、ムフフフフ……。
「じゃあおいかけっこスタ〜ト!播磨く〜んこちら!手〜の鳴〜るほうへ〜!!」 「うふふ〜待てぇ〜」
……俺!幸せ!
ムッ! ………!!! お前は?
「ここを通すわけにはいかない」
烏丸のヤロウ、夢の中までお邪魔虫してやがるのか。ピエロの格好なんかしがって、このピエロが!俺と天満ちゃんとのラブラブを邪魔すんじゃねぇ!! おりゃあ!!くらえ、デコピン!!
「うわぁやられた」
ふん、死様までピエロみたいだな。 正義は必ず勝つんだよ!覚えとけ!! ……おっといけねぇ天満を見失っちまったみてぇだ。
「オ〜ッホッホッホッ。妖精天満をお探しのようね、ヒゲ?」 「ん?そうだ。お嬢はどこに行ったか知ってるのか?」 「……知らないし、知っててもアンタなんかに言わないわ!!ここから先はぜぇぇぇったい通さないんだから!!」
な!お嬢?!
「えい!落とし穴!」
嘘だろっ?! おいやめそこの紐を引くなぁぁぁぁぁ!!!! う…、わ…、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。 落ちる!! 落ちる!! 落ちる!! 落ちる!! 落ち……
ボスンッ
………落ちてねぇ………痛くねぇ?
「な、なんだ?」
これはなんだ? もんの凄い柔かいし、それに良い匂いがして、そして温かい……。クッション……いや大きな枕か? いったいなんなんだ? フカフカでモフモフなもの……。 でもあぁ……なんだか眠くなってきたな。 すっげぇ睡魔が……。 ………。 ………。 ……じゃあい〜や、天満ちゃん探しも一旦ここで休憩だ!むふふ、楽しみに待っててくれよ、天満ちゃん!!!この俺が必ず探し出す!!! ……しっかしこのフカフカ、抱き心地といい触り心地といい最高だな……。 抱き枕かもしれねぇなぁ……。
モミモミ。
おっ!すっげぇ!! なんだこの枕、揉み心地も最こ
グルッ、ゴンッ!! 「うぇっおぁ?!」
回転して、落ちた。 いや、投げられた。 実際痛い。今度は夢ではなく現実のようである。たいした高さでは無かったが、しかし播磨は頭をしたたかに打っていた。 目を白黒させて困惑する。意識が追い付かない。
「いってぇ………」 お、あ、俺は?あれ?夢を見てて……?あれ?幸せで……?あれれ?メガネと試合?それとも烏丸と??体も痛いし……。
と、そこまで考えて。 ようやく目の前のことに思考が至る。 そう、そこには、
「………あ、の」
背中に背負っていた播磨を投げたままの姿勢で硬直し、
「え………えっと」
目をぐるんぐるん回し、顔をこれでもかと紅く染め、
「………そ、その!」
いつもの冷静さはどこへやら。
「へ、へ、変なところを………も……ももも、揉まないでください!!!!」
そう真っ赤に主張する、塚本八雲がそこにいた。
「はぁ〜あ」
ホンワカした音楽が店内を流れる。 塚本天満はカウンターに肘をついて溜め息をついた。そこは烏丸がアルバイトしているカレー屋『元禄亭』である。 天満の目の前の調理台には烏丸がいる。烏丸は無駄の無い手際の良さで、無表情にカレーを煮込んでいた。途中知らない名前の香辛料を適宜加えている。 それをボーッと見つめる天満の背後、四人がけのテーブルには二人の美少女がなんだか言い争っていた。 その片方、沢近愛理は腕を組みかったるげに言う。
「ねぇ美琴。いい加減、そこの存在がウザイんだけど?どうにかしてくれない?」 「う、うっせぇな!私に言うな、私に!」 「あら〜?あなた達幼馴染みでしょ。敗北のショックくらい慰めてあげなさいよ」 「……こんな変態は私の幼馴染みじゃない!!」
もう片方、周防美琴は床の上にあるその存在を指差して激昂した。 実はここ『元禄亭』は今日休業日であった。というより店長が入院中。店の表にはクローズがかけられており、現在天満達三人以外お客はいない。 ……床で足を抱えて目も虚ろに廃人している猫耳的存在は人間とは数えません。 今日烏丸はカレーの味を練りこむ為にここに来ていたのだ。そこに天満達がやって来た。ちょうどいい実験台……否、お客さんだという訳である。天満以外のメンバー二人が変わっているが、そんなことは気にしない。ちなみに今のメインの研究は煮込んでいる時にかける音楽の味との関係性。 天満は再び溜め息をつく。
「はぁ〜あ……。晶ちゃんどこ行ったんだろ。八雲もいなくなっちゃうし……」
そうなのだ。 あの高野が冬木を追う後を天満は追い掛けたのだが、結局見失ってしまった。その時ようやく八雲を置いてきたことにも気づき、アワアワと途方に暮れていた。 しかし、何故か天満の後を追って来た美琴と沢近に、待ち合わせの場所とかは無いの、と聞かれてふとお昼をここで食べると予定していたことを思い出したのだ。いなくなった二人もお昼になればここに来るだろうという典型的な迷子を探す処置だった。そこで天満は当然美琴と沢近を誘い、美琴は着替え廃人になっていた花井を引きずってここに来た。 だから今はおとなしく烏丸のカレーでも食べるしかなかった。
でも楽しみだな〜美味しそうだな〜、烏丸くんのカレー。スパイシーな香りが漂ってくるし……。料理のできる烏丸くんは将来ぜったい良い夫になれるね、な〜んて、キャッ(はーと)
ピコピコさせながら天満がそんなことを考えていると、 突如廃人だった変態がいつの間にか立っていた。 両方の拳を握り、無駄に力強く天井の照明を見上げる。 そして、
「今!今僕はビビッときた!!この感覚は八雲くんがこぉの僕に助けを呼んでいるに違ぁいない!!八雲くんに危険な事がぁ!!!!危険だ危険だ危険だはぁぁぁぁ!!!!!待ってろ八雲くん!!男、花井春樹!すぐに助けに行ってやるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」
絶叫する。播磨が持っていない特殊能力を存分に発揮する変態だった。 その着替えたものの猫耳だけはつけたままのメガネの変態は、今にも飛び出して行きそうだった。 すかさず美琴、
「危険はてめぇだっ!!」
その首筋にチョップ。 フニャ、とあっけなく花井は崩れ落ちる。 威力角度共に申し分無い手刀だった。
「おい烏丸。この店にロープとかは無いか?こいつはもう今日は駄目だ。頭が冷えるまでふんじばる」 「ロープじゃなくてガムテープの方がいいんじゃない?簡単に拘束できるし痕もつかないわ」
床に倒れた変態を渡されたガムテープでグルグル巻きにする。 天満はそんな光景を見つつ、
「八雲と晶ちゃん遅いなぁ……」
深々と溜め息をついた。
播磨拳児と塚本八雲はと言えば。
「………」 「………」
晴天の下、風香る芝生の上。 木々に囲まれるちょっとした丘のてっぺんに、二人の姿があった。 冷たい微風に日光が暖かい。 播磨は芝生にあぐらをかいていて、八雲は播磨の学ランを下に敷いてその上に座っている。 互いに無言。 八雲は心配げに播磨を見つめ、播磨は下を向いて止まっている。 動かなくなった播磨にじれったくなった八雲はとうとう、
「………どうですか?」
聞いた。 播磨もとうとう、
「………うめぇ」
答えた。 答えた後は勝手に言葉が紡ぎ出される。
「なんて………なんてうめぇんだ妹さん!!この絶妙の味付け!!舌で転がる旨味!!なんでかほおが緩んでくるぜ!!!美味としか言いようがない、この弁当はまさに絶品だな!!!最高だぜ、感動ありがとう、妹さん!!!!」
播磨の正直な大絶賛に、八雲もようやく安心して笑顔が浮かぶ。
「ありがとうございます、播磨さん……」
新矢神ランドの公園で。 二人は仲良くお弁当を食べていた。
土下座。
それは日本において最大級の謝罪と服従を表すポーズであり、事情を理解した播磨が、まず始めにとった行動でもあった。 赤くなって息を詰まらせる八雲の表情から、珍しく正しく状況を受け取った播磨は、
ゴーンゴーンゴーン
「すすすすまねぇ!!!すまねぇ妹さん!!!!俺は……俺はなんてことを!!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁぁぁ〜い!!!!!」
即座に土下座を開始した。 ちなみにゴーンという音は頭とコンクリの激突音。播磨はとりあえず動揺していた。動揺もするだろう。播磨にとって女性の体は神秘であり神聖不可侵の未体験ゾーンであった。 当然八雲も相当に動揺している。 混乱している。 今播磨が何をしているのかが、見えてはいるが理解できない。今自分がどんな状態でいるのかもわからない。 思考もグチャグチャ、意識もメチャメチャ。
わ、わたし播磨さんに、その………む……む……へ、変な所を揉まれて………あんなに力強く………。
ゴーンゴーンゴーン!!!!
「すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!ごめんなさい!!マジでごめんなさい!!こんな謝罪じゃ足りないくらいに謝るから許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」
ピタリと止まり小さな声で、
お姉さんには言わないで。
また土下座を再開。 叫ぶ謝る叫ぶ。
播磨の頭突きも最高潮に達して。 頭蓋骨の危険な音が響き渡る。 何事かと見てくる通行人もいたが、関わり合いになりたくないのか素通りしていく。 そんな播磨を八雲は見る。 悪気は全く無かったのだろう。心は見えないが、わかりやすい播磨の言動にはそれが感じられた。
こんな時はどうすればいいんだろう……。
八雲は困惑する。 播磨が倒れたのを見掛けた八雲は、怪我を治療するためにどこか医療施設に運ぼうと背負ったのだ。 重かったのだろうが、火事場の馬鹿力というやつか、播磨の安否を心配するあまり全く気にならなかった。 そして一歩一歩運んでいると、いきなり播磨に胸を鷲掴みにされ激しく………何?訂正してくれ?……ふむ、仕方ないな。いきなり変な所を揉まれて驚きはしたが、別に怒っている訳ではない。 ただ驚いただけ。 もし下心などがあるのだったら、心が見えてしまうだろう。そして軽蔑してしまうかもしれない。しかし見えない。ならば播磨は故意ではなかったはずである。 だから、
そんなに謝られても……。
普通の女の人だったら怒るのだろうか。そう八雲は疑問を持つ。しかし自分は播磨に触られて、不快感よりもむしろ嬉し……何さ?また訂正しろって?……仕方ない、今回だけだぞ。 とにかく、故意でないのならば自分が怒る理由はどこにもない。播磨が謝る理由もどこにもないと八雲は結論づけた。
「あの……大丈夫ですよ」
慈悲の言葉をかける。 万死に値する罪を犯したサングラスの馬鹿は、土下座を止めて、ゆっくりと鼻水と涙でグチャグチャの顔を上げる。
「ホントに?」
情けなく首をかしげて聞いた。その額は赤かった。
「大丈夫です……私は……。播磨さんが反省してくれるならそれで……」
八雲は馬鹿を許す。 まるで聖女。信じられない心の広さだった。
「妹さん……。ありがとう……」
播磨も露骨に喜びの表情を浮かべる。本気で感動したようで目に涙がにじむ。鼻をすすりながら、絃子もこのくらい心が広かったらなぁ、とか呟いていた。 落ち着いてきた播磨を優しげに見ていた八雲は、あることに気づく。
「そうだ播磨さん!怪我は、怪我は大丈夫ですかっ?花井先輩との試合で凄い怪我してて……倒れたのはそのせいですよね?それに私も投げちゃいましたし……」
慌てたように播磨を撫でまわす。 播磨も怪我を今思い出して、しかしもうキツさはなかった。あまりの八雲の衝撃に痛みとか疲労はだいぶ吹き飛んだようであった。そんなわけはないのであるが。
「ああ、こっちこそ大丈夫だ妹さん。こんな程度なら少し休めばすぐに治るぜ」
どっこいしょ、と立ち上がり体の健康をアピールする播磨。そんな様子を八雲が不安げに見ていると、案の定、
「うぐ」
播磨は腹を押さえてかがみこむ。 だ、大丈夫ですか!と八雲が近寄るとその額には脂汗が出ていた。相当無理をしているのだろう。 八雲は自分の肩を播磨に貸して、端の植え込みまで播磨を運ぶ。痛みにうめく播磨を座らせると、投げ出していたバッグを拾ってきてその隣に自分も座った。
「………」 「………」
沈黙。 前にある歩道を幾人もの通行人が通りすぎる。 播磨は何も喋らない。 八雲はまたも困惑していた。
どうしよう……。
播磨と居ると、こんな状況は結構ある。播磨は必要がない限りあまり話さない。もともとコミニケーションが苦手なのだ。 八雲も苦手だがそうも言っていられず、何か話すこと何か話すこと何か話すこと、と考えていると、はたと思い出されることがあった。 それは昨日の出来事。 八雲が新矢神ランドに訪れることを決意した理由。 屋上で話していた事。
なぜ沢近先輩をデートに誘ったのか。 播磨さんは姉さんのことが………ではなかったのか。 だったら、なぜ………。
実は今が最大のチャンスなのかもしれない。 播磨の真意を聞く、最大の。
「………」
八雲は膝を抱えなおす。 しかしなんと聞けばいいのだろう。まさか真正面から真正直に聞ける訳もない。 そんなことは出来ない。 播磨を傷つけたくないし、変に踏み込んで嫌われたくもない。
でも、知りたい。 播磨の気持ちを把握したい。
何か……何かきっかけがあれば……。
そう思い悩んでいたその時、
グゥ〜
隣から音がした。 八雲はその音が播磨の腹の音であることに気づくのに数秒かかる。 しかしその後、今自分が持っているバッグの中身に考えが辿りつくのにさして時間はかからなかった。
「……播磨さん」
偶然と運命が積み重なり、 物語は紡がれる。
「一緒に……お弁当を食べませんか?」
八雲はその物語に感謝する。 表向きは播磨の真意を聞き出せる事に。 しかし心の奥底では。
播磨と共にいられる事にこそ、 歓喜の念を心にいだいて。
……駄目。 今度こそ訂正却下。
所変わって『元禄亭』。
「花井くんも罪な男よね〜。こんなに美人で気立てのいい幼馴染みがいるのに、こんな子の妹にベタ惚れなんだから。それをただ見ているだけの幼馴染みも辛いわよねぇ?」 「ぶ〜!!エリちゃんこんな子の妹ってどういうこと?!八雲はとってもいい子だよ!!ミコちゃんより胸はないけど……」 「なぁお前ら、殴っていいか?……いいよな?褒めてんのか馬鹿にしてんのかわからんからグーでいいよな、グーで」 「「痛い痛い!」」
美琴は二人の頭に容赦なくゲンコツをグリグリ押し付ける。 そんな三人娘の前には綺麗に空になったお皿が置かれていた。 烏丸作『モーツァルトカレー』。 普段高級料理を食べ慣れている沢近として、その味は素晴らしいと絶賛できるものではないが決して不味くはない。普通においしいのだが、ただ単においしいとは言わせない独特な風味がまた何とも言えない。コアな客はつくかもしれないが、沢近としては遠慮したい。所詮は試作品である。 だがまぁ当然としては当然、天満は嘘偽りなく大絶賛であり、三杯をおかわりした。それでいて他の二人と食べ終るタイミングが一緒なのだから驚異的だ。美琴も沢近と同じ意見であるらしく、二人して頷きながら食べていた。 しかし、沢近が思うのは。 好きな人の料理を食べて、それを心から褒められる、天満の素直さだった。
私は……どうなのかしらね。 嘘と偽りの笑顔ならばいくらでもできるけど……。
「そ・れ・よ・り!!!お前の方が何してんだよ沢近ぁぁ!!!あいつとデートするなんてわたしたちぁ聞いてねぇぞ?さては昨日あいつがお前を引っ張ってったのはこのことだったんだな?」
この話題は沢近の急所であった。
「………!!!……。……っ!!」 「ほらエリちゃん落ち着いて」 「プハァ、ハァ……。そうだけど……そうだけど!!いいじゃないの!!別に変なことは無いわ!!!」 「いやあいつから誘ったんだろ?十分変。ぜぇ〜ったい変。なんで普段あんな喧嘩してんのに、いきなりデートなんてしてんだよ。確実に変だろ」 「……あっ、あいつがきっとようやく私の魅力に気がついたのよぉっ!!!!!」 「………。お前、それ自分で言ってて恥ずかしくないか?」 「…………」
沢近は耳までイチゴのように真っ赤になって、口をパクパクさせる。
「ねぇねぇミコちゃん。さっきから言ってる『あいつ』って誰のこと??」 「『あいつ』って……もちろん播磨のことに決まってんだろ」 「……!播磨くんのことなの?!?!じゃ、じゃあ今日エリちゃんは播磨くんとデートしてる訳?!」 「………」 「……おいおい塚本ぉ。もしかして気づいてなかったとか?……一応念のために言っておくが、さっきの素人格闘コロシアムで戦ってたハ○マ☆ハリオってのは播磨のことだぞ?」
天満は口と目を真ん丸に開けて驚く。
「えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!!!」
塚本天満、ザ・鈍感王、確認。
「……まぁいいや。んで沢近。今日はどうだった?播磨に惚れなおしたのか?」 「なっ!!何をバカ言ってんのよ美琴!!やめてちょうだい。そんなことを言うからこの子が真に受けて妙な噂を広めるんでしょうが!!!」
勢いよく指差した先。
「播磨くんかぁ……。私、播磨くんにはあやまらなきゃなぁ」
マイペースに話す天満がいた。 とんと空気が読めない子である。 沢近も、ホンット話の腰を折るのが好きな子よね、と思いつつ話題転換しそうな空気に密かに感謝。
「なに天満、どうしたのよ。あの馬鹿ヒゲに何かしちゃったの?あいつになら何をしても許されると思うけど」 「エリちゃんヒド〜イ。うんまぁ、しちゃったんだけどさ」
身振り手振りを加えて話だす。
「一昨日くらいだったかなぁ……。私が日直で、こう!こう!花壇に水を撒いてホースを振り回してたらさぁ……、ちょうどそこに播磨くんがいて……。私知らなくて……水がザップリかかっちゃって、こうびしょびしょ〜って」
ああそりゃひでぇな、と美琴。 でしょ〜?でもまだしっかり謝ってないんだよ〜それにまだハンカチ返してもらってないし、と天満。 しかし一人。 そんな二人の話を聞く余裕すら失っている少女がいた。
え?え?まって?ちょっとまって?え?どういうこと?
混乱しながらも、もしかしたら間違いがあるかもしれないとひきつった笑顔で天満に確認をとる。
「ね、ねぇ天満。一昨日っていうのは昨日の昨日、つまり二日前のことよね?」 「うん、そうだよ?」 「こうびしょびしょ〜ってことは、頭からもう服の中まで濡れてたりするのかしら?」 「……う〜ん。結構な量の水だったからなぁ。中まで濡れたかもね」
でもなんでそこまで聞くの、という天満の言葉に答える余裕はない。
まさか、まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまっかーさー!!!!
沢近愛理は混乱している。
「あっ!」
沢近は唐突に気がついた。 しまったヒゲを置いてきたままだった、と。瞬間とても不安になる。何か嫌なよかんがする。 沢近は居ても立っても居られず、あの写真をおさめた携帯が入ったバッグを乱暴にひっつかみ、
「ゴメン私トイレ!!」
と言い残し、ドアから外に向けて飛び出した。それはもう勢い良く勢い良く……。
「エリちゃんトイレはあっちだよ!」
と的外れなことを言う天満に、やれやれといった感じで首をすくめる美琴。 無言の烏丸は調理台でその一部始終を見つつ、また新しく作ったカレーをグツグツ煮込み始めていた。
走る。 走る。 駆ける。 駆ける。
「ハァッ、ハァッ」
髪を揺らして走る。 笑みを浮かべながら走る。 手には携帯を持って。 揺れる液晶画面に写る、凛々しい鼻血の顔。
これが……ヒゲかもしれない。
サングラスの下の素顔。 始めて見る素顔。 沢近は何故だか興奮してしまう。 だが沢近はその顔をしっかりと見ることが出来なかった。直ぐに携帯を閉じてしまう。今はまだじっくり見たくない。 そう、まだ可能性の段階なのだ。 万が一、その日播磨と同じようにたまたま水に濡れた人がいたら……。これは播磨の素顔ではない。 もし違ったら、こんなことに振り回される自分が馬鹿みたいだ。 しかし興奮は止められない。
ヒゲの素顔、ヒゲの素顔、ヒゲ……。
もう駄目だ。 崩壊しそう。
「うふふぅ」
笑みが溢れて顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
だってしょうがないじゃない!! 理由は全然わかんないけど、私、とっても嬉しいんだもの!!!
いまだ思考回路が復調しないまま、この広い園内に、播磨の姿を追い求めて。 そこに何が待ちうけているかも知らずに、無垢なる少女はただ追い求める。
次回予告は…………無し!!!(笑)
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Re:
はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.22
) |
- 日時: 2007/02/04 09:06
- 名前: 無遠人形
- 姉さんのことが好きですか?
狂うくらいに愛していますか?
大事な、大事な姉なのです。
途中で気が変わるような半端な恋なら、 私はきっと許しません……。
………。
でももし姉さんが、 他の人が好きだって、 そう知ったらどうしますか?
好きになるのをやめますか?
それとも、
それでも自分の想いを届けますか?
粉砕するのがわかっていても……。
私にはわかりません……。
………。
沢近先輩のことはどう思っていますか?
好きですか? 嫌いですか?
もしかして、
もしかしたら、 沢近先輩が播磨さんのことが好きだって知ったなら、 あなたはどうしますか?
好きになりますか? それでも嫌いになりますか?
もし姉さんのことが本当に好きならば、 どうして沢近先輩をデートに誘ったのでしょうか?
そういうことって、してもいいのでしょうか?
私にはわかりません……。
………。
関係ないのに気にしてしまう。 一緒にいたいと思ってしまう。 その人のことを、もっと知りたいと思ってしまう。
播磨さん。
こういう気持ちは、なんて説明したらよいのでしょうか?
教えてください。
好きって、なんでしょうか? 恋って、なんでしょうか? 愛って、なんでしょうか?
私にはわかりません……。 私にはわかりません……。 私にはわかりません……。
「ぷは〜。食った食った」
丘の上の男は、ポンポンと腹を叩いた。 目の前の芝生にはたくさんの重箱が並べられていて、その全てが空になっていた。オカズの一欠片、ご飯の一粒さえ残さない見事な食べっぷりであった。
「いやー、それにしてもこんなにマトモで旨いもん食ったのは久しぶりだぜ。最近は全部インスタントか水だったからなぁ」 「……水って……食事だったんですね」 「ああ、カロリーゼロでダイエットには最高だぜ。栄養的に最悪だがな」
播磨は笑った。つられて八雲も笑う。 和やかな雰囲気だった。 温かく、平和な食事だった。
「しっかし妹さんは料理上手いよなー。家庭的っていうか……。食事は妹さんが作ってるのか?」 「……はい、だいたいは……。あっ、でも姉さんも結構手伝ってくれますよ」 「ほ〜。ならてん……塚本もこのくらい料理が上手くなるのかね?そうじゃないとこっち身がもたねぇし(笑)」 「はい……きっと。姉さんの作ったマグロカレーとかは絶品ですよ」 「そりゃ食べてみたい」
会話をしながらも、八雲は別のことを考えていた。播磨に何をどのタイミングでどのくらい質問しようかを。
でも、そう簡単に聞けたら……苦労はしません……。
八雲はなかなか質問を口に出せない。 この会話を続けていたい。この雰囲気を壊したくない。壊れるのが、怖い。
「そういや妹さん。今日は一体どうしたんだ?」
びっくりする。考えていることがバレたのだろうか?
「ど……どうしたってなんですか?」 「ん?今日はなんで塚本と一緒にここに来てんのかなぁ〜って。嫌なら答えなくてもいいけどさ……」
ああ……なんだそっちか。
「えっと……高野先輩に誘われて……。それで姉さんと遊びに来たんです」 「へ〜……」
播磨はなぜかポケットに手を入れて、やや伺うように低姿勢で聞いてくる。
「それで、今てん……塚本がどこにいるか、わかるか?」 「あ……」
そういえば姉さんと高野先輩、どうしてるだろう……。私がお弁当を持ってきて、でも確かお昼は……。
「多分、姉さんと高野先輩は烏丸先輩の所に……」 「なっ!!!烏丸だとぅ!!!!!!」
播磨はガッと八雲の肩を掴む。 サングラスの奥の目を見開き最悪の展開に驚愕していた。よりにもよって烏丸とは。
俺がこのチケットを使って天満ちゃんを誘おうとしてたのに!!!横取りか、あんのお邪魔虫がぁぁぁぁぁぁ!!!!
ポケットの中には、ハンカチの他、十万円と共にクーベル伊藤に貰ったあのチケットが入っていた。 せっかく天満の為に花井と激闘を繰り広げたのだ。しっかり使わないとこの怪我が無駄となる。 八雲は脅えながら、
「あの……痛いです……」 「あっワリィ。つい力が……」
八雲は感じた。 やけに天満のことを聞いてきて、烏丸の名が出た途端にこれだ。
やっぱり播磨さんは姉さんのことが……。
もう確信に近くなる。 ならばなぜ沢近をデートに誘ったのだろうか。それだけが疑問に残る。 一方播磨はというと、重箱の片付けを手伝ってもう今すぐにでも走り出そうとしていた。というかもう走っていた。
「じゃあな妹さん!俺は大事な用事があるからなっ!」
播磨が離れて行く。 八雲はその唐突さに驚き、彼女にしては珍しく、叫んだ。 自分の、願いを。
「播磨さん!『待って』!!!!」
……あれ?『待って』? 今の『待って』は? まだ聞きたいことが残っているという『待って』? 自分が敷いている学ランを忘れているという『待って』? それとも……。
まだ一緒にいたいという『待って』?
その願いが届いたのかどうなのか。 とにもかくにも播磨は、「ぶげっ」と無様に転んだ。まだ丘の下りにも達していない場所だった。 八雲は慌てて重箱を詰めたバッグと播磨の学ランを持ち、倒れている播磨に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか?!」 「い……いてぇ……」
播磨はうめいていた。 見れば、体全体を押さえてプルプル震えている。
「試合の怪我……ですか?」 「ああ……まだ……治って……ねぇみてぇいだ……」
当たり前だ、こんな短時間で治る筈がない、と八雲は嘆息する。お昼を食べていた時間を合わせても、まだ一時間も経っているまい。
この人はいつも無茶するんだから……。無理にでも休ませないと……。
と八雲は出来の悪い弟を持った姉のように思い、播磨の側の芝生に座り込み、播磨の頭の下に自身の膝を滑り込ませる。 自然に、そうしてしまった。 俗に言う膝枕というやつだ。 女の子の太股を枕の代わりにするという贅沢な行為。
「なっ!」
何だ何だ、と驚き顔を上げようとする播磨を無理矢理自分の太股に押さえつけた。
「動いちゃダメですよ播磨さん。まだ痛いのでしょう?傷が開きますよ……。……だから今はゆっくり休んで下さい」 「あ、ああ……」
播磨は戸惑いつつもおとなしくしていた。本当に痛いのだろう。そうでなければ意地でも天満の所に向かおうとするはずである。 そうなのだ。別に播磨は、八雲に膝枕されていたいから動かないという訳ではない。 八雲もそう考える。 なぜなら、
心の声は見えない……。だから播磨さん私に何も感じていない……。
胸を揉まれた時もそうだった。 播磨の気持ちは全く見えない。播磨の心は八雲に向かっていない。だから気絶する直前に見えたあの気持ちもただの勘違いなのだろう。 悲しいけれど、それが事実だった。 膝枕されている播磨は動かない。驚いているのだろうか。サングラスの為、目を開けているのか閉じているのかすらわからなかった。 播磨の顔を覗き込む勇気も起きずに八雲は何気無く周囲を見渡す。 播磨はまだ動かない。
「………」 「………」
無言のままふと気づく。 最初に気づくべきことに、気づいた。
この姿勢。 この体勢は。 他人に見られると。 相当に恥ずかしいのではないか、と。
………八雲、お前気づくの遅すぎ!! 八雲の顔には静かに朱がさしてくる。首筋から徐々に赤くなっていった。もう絶対に播磨に顔を向けることが出来なくなる。 恥ずかしくて。
な、なななな何てことを私はしているの……。勢いだけで……こんな……。
しかし今更やめるわけにもいかない。播磨は本当に怪我を治癒するのに専念しているようだ。そうしろと言ったのは自分なのだ。膝枕が恥ずかしくても我慢しなければならない。 幸いにも周囲に人影は無く、丘を囲む木々の向こう側の八雲の正面にある道にたまに人が通る程度だ。 ならば逆にチャンスなのかもしれない。 さっきと変わった雰囲気で。 聞けなかった疑問が聞けるかもしれない。 それにしてもサングラスが邪魔だなぁ。 そう考えていると。
「なぁ妹さん」 「は、はぃっ!」
先手を取られた。まぁどうせ八雲からは話せなかっただろうが。 赤い八雲を気にせずに、播磨は続ける。
「妹さんは……俺が怖くないのか?」 「………?」
唐突な、質問だった。 それは播磨の心の闇。 天満以外の人といる時に巻き起こる、寂しい卑屈。 唯一の、弱さ。
「俺は不良で……乱暴で……魔王とか呼ばれてて……ガラも悪くて……頭も悪くて……。ずっと喧嘩してきて、今日も喧嘩してて……」 「………」 「さっきも、その……へ、変な所を……も、揉んだりして……わざとかもしれねぇのに!!わざと揉んだかもしれねぇのに!!」 「………」 「なのに、弁当まで食わせてくれて……すっげぇ優しくて……」
泣いているの?
八雲はそう思う。思ってしまった。
「なんで嫌わねぇんだよ!!なんでそこまで心配してくれるんだよ!!なんで、なんで、なんでなんでなんで」 「播磨さん」
八雲は止める。 止めなければ、辛すぎた。 そして、問う。
「あなたは好きな人がいますか?」 「……は?」
八雲は静かに強く、問う。
「答えて下さい」
「好きな人は、いますか?」
塚本天満。
「……いる」
「……大切な仲間は、いますか?」
動物達や、今はクラスメイト。
「……たくさん」
「……いつも喧嘩している人は、いますか?」
花井春樹、そして沢近愛理。
「……ああ」
「……信頼出来る人は、いますか?」
刑部絃子、そして塚本八雲。
「……ここに」
その返答に少し驚いた八雲は、そのまま至高の笑みを浮かべる。 救済の微笑み、天使の微笑み。
「ではその人達は、あなたのことを怖がったりしていますか?」
それを聞き、播磨は呆然とする。
「播磨さん、大丈夫、大丈夫なのです。みんなあなたを大切に思っていますから。播磨さんは一人なんかじゃありません。例え何が起ころうとも、絶対に一人にはさせません」
八雲は空を見上げる。 青く広い、この空を。
「播磨さんはとっても強い。強すぎるから独りで背負い込む。もっと他人を……もっと私を頼ってもいいんです。一緒に漫画を書いたあの時のように……」 「妹さん……」
八雲は下を向き、播磨の顔を見つめて、照れくさそうに続けた。
「そう……私もそうだったんです。一人で背負って……。一人で潰れて……。でも友達がそこから助けてくれたんです。壊れそうだった私を……。だから私も……播磨さんを助けてあげたい……。……播磨さんは強いから、余計なお世話かも知れませんが……」
頬を染め、八雲は小さく微笑した。 それを見て、播磨は目を瞑る。
「そうか……」
目を開き、そして笑った。
「そうだよな」
播磨は考え過ぎていた。 否、考えが足りなかった。 中学の時からずっと、畏れられ馬鹿にされてきた。だから、どこへ行っても、誰と会っても、そう思われるものとばかり考えていた。 しかし、そうではない。 そうではないことが、今更わかった。 この自分より年下の彼女のお陰で……。
「妹さん……」 「はい?」
ありがとう。
口には出さずそう思う。 すると播磨は急激な睡魔に襲われて、八雲の温かみを頭の後ろに感じつつ、 静かに深い眠りに落ちた。
『ありがとう』
見えた。
播磨の心の声。
たった一言だけど。
それでも八雲は幸せな気持ちに包まれた。
あの時美術室で会った、あの男がヒゲだった。 びしょ濡れの、あの男。 ガビーンって感じよね。なんとなく。 ……まぁ天満の発言もあまり信用できないから、人違いだった場合も考慮に入れないといけないけれど。 それにしても……まさかヒゲだったとは……。見破れなかった私が悪いの?……サングラスかけてなきゃわかるわけないわよ、あれがヒゲだなんて。……タモリとかその辺かしら?
………。 ああもう細かい顔なんか思い出せないわ!あの時はびっくりしちゃってたから……。それに顔面を蹴り飛ばしちゃった罪悪感でまともに見てないし……。でも目鼻立ちはまぁそれなりだった気が…………。 それにヒゲってどこでもいっつもサングラスかけてるわよね?……も、もしかして私だけなのかしら……ヒゲの素顔を見たのって……。
私だけの素顔……。 私だけの……ヒゲ……。
バ、バカッ!!私ったら何言ってんの!!……ふ、ふん、どどどどうでもいいのよ。バ、バカらしいわ!!ヒゲの素顔だろうがなんだろうが、なんで私がそんなに思い悩まなきゃ…………………………
……はっ!!! そんなことより!! ………ヤバイかもぉぉぉ?!?!! もし……もしよ、あれが本当にヒゲだったとしたなら………、もしかしてあの時ヒゲは私の描いていた絵を、見た? ……見ちゃったの? ……私が……その……ヒゲの顔を……描いていたのを…………。 見て……。 見てて……。 見たのに……。 見たから……。 ヒゲは私をデートに誘った……。 見たから私を誘ってくれた……。 見たから私に優しくしてくれた……。 見たから私を助けてくれた………とか? ………。 ………。 ………。(ボンッ) まっさか〜!!!! あっははは!!!! まさかね〜!!!! まさかあり得ないわよね〜、そんなこと!!ふふっ、私ったらなんてご都合主義なのかしら!!! ………。 ……うん。 そんなことはあり得ない。 ………あり得ないんだからっ!! うん。 ……うん……。
………。
でも……。 でも願ってしまうの……。 もしかしたら本当にそうなのかも、って……。
ホント、馬鹿よね、ふふふ……。
「あ……」
播磨が静かになってから数分後。 迷惑をかけないようなるべく足を動かしていなかったら、自分の足が痺れていることに気がつき、少しだけモジモジしていた八雲は、無意識に声を上げていた。
「………」
沢近……先輩……。
木を挟んだ向こうの道を、沢近が一人でトタトタ走っていた。 走って何かを探していた。 探しながらどこか嬉しそうだった。 遠くからでもわかる、道行く人誰もが振り返りそうな輝きを放って。 沢近愛理は走っていた。
沢近……先輩……?
そういえば、と八雲は思う。 今日沢近と播磨は二人でこの新矢神ランドに来ているのだった。……ならば沢近は播磨を探しているのだろうか?
………………………。
なんとなく見つかっては駄目な気がした。 沢近が放つ輝きに、何故か恐怖じみたものを感じる。何かが変わってしまうような。 しかし八雲は動けない。播磨を膝枕したまま、動けない。できる事と言えば、沢近が無事通りすぎるのを祈るだけだ。 はてさてその祈りは天に届いたのか。 沢近はあちこち見回しながらも、木々で隠れたこちらに気づくことなく走り去って行く。 その姿が八雲の視界から居なくなった。 見届けて、
「……ほっ」
無意識のうちに詰めていた息を抜くと、体の緊張も自然とほぐれた。 八雲は沢近が通りすぎてくれた事に単純に感謝する。良かった、と。沢近は播磨を探していたのだろう。今考えればそうとしか思えない。
やっぱり沢近先輩は……。あんなに嬉しそうに探して……。
よくわからないが、しかしとにかく、この状況のままでいるのもマズイ。見つかるかもしれないのだ。 八雲は播磨の顔を覗き込む。 グ〜、という寝息が聞こえた。
播磨さん……いつまで寝るのかな?
怪我が完治するまでであろうか。んな馬鹿な。
起こさなきゃ……。
沢近が播磨を探しているのを知った今、ここで膝枕をし続けるのもどうかと思う。波を荒立てない為には……播磨と沢近をさっさと会わせた方がいいだろう。もともと今日は二人のデートだった筈だ。 だから播磨はこんな所で八雲と居る必要はない。沢近と居るべきなのだ。 でも、 でもしかし、
私……何を考えているの?
八雲は不定形の圧迫感を感じていた。 先程とは違った、動けない感覚。 このままで居たい。 播磨と一緒に。 理屈の上ではわかっている、このままではマズイ事になるであろうことが。 でも、
播磨さんを探していた沢近先輩は行ってしまったし……。
ムクムクと。 ムクムクと。 黒い感情が沸き上がってくる。 このままでも平気。播磨は自然に寝たのだし、自然に起きるまではそのままにしていてもいいのではないか。あわよくば、その後播磨と一緒に居てもいいのではないか、と。 まだ聞きたいことがたくさんある。まだ聞けていないことが、たくさん。 ずっと、ずっと話していたい。
私が何もしなければ………。そう……それだけだから……。
何もしない。
『執心ね、八雲。でも……そういうのもありだと思うわ。あなたが一時の満足感だけで足りるというならば……』
八雲は驚き空を見上げる。 しかし、晴天が広がるのみで、そこには何もない。……空耳?
「………」
空から顔を戻すと、そこには播磨の顔がある。幸せそうな、寝顔。 当たり前のことだったが、八雲は目が覚めたように感じた。
やっぱり起こさなきゃ………。
質問したいならばすればいい。話したいならば話せばいい。だがそれは、今でなくてもいいはずだ。確かになんで沢近をデートに誘ったのかは気になるところだが……。 八雲は播磨の頭を優しく撫でながら、一人決心する。
今日はやめよう。 やめておこう。 沢近先輩も可哀想……。 これは沢近先輩が誘われたんだから。 でも……。 やっぱり私は播磨さんと一緒に居たい。 話していたい。 だから……。 またいつか、きちんとした手順を踏んで。 誰かを気にする必要の無い、二人っきりの時間を作ろう。 ゆっくりお弁当でも食べて、二人で一緒にのんびりと……。 播磨さんと一緒なら、漫画とかまた描きたい……かな。 この気持ちが『好き』で、播磨さんのことが『好き』なのかは、まだわからないけど……。
『ありがとう』って。 播磨さんが、そう思ってくれた。 私に向けて、そう思ってくれた。 今はまだ、それだけで十分だから……。
播磨拳児は鈍感である。 他人が自分をどう思っているのかが、全く想像出来ない。他人の立場に立って考えることが出来ない。 対人経験が少なかったり、単に他人に興味がない、或いは自分のことで一杯一杯の場合にそうなりやすい。 まぁそれはどうでもいいとして。 八雲は一大決心をしたのち、沢近を追わせるためにすぐさま寝ている播磨を起こしにかかった。 しかし、これがまた起きない。 播磨拳児は鈍感なのだ。 怪我に響く可能性があるため体を大きく揺らしはしなかったが、大声を出したり、くすぐしたり、顔をペチペチ叩いたりした。だが一向に起きる気配が無い。ムゥ、とか、ンニュ、とか漏らすのみである。 これには八雲も困った。せっかく播磨を起こす決心をしたというのに、これでは台無しだ。
「………どうしよう」
困った八雲は考える。 なるべく無理をさせずに起こしたいのだが……。
「………あ」
そして気づく。 気づいてしまった。 播磨の顔の上にある、邪魔なもの。播磨の目を隠す、邪魔なもの。さっきから、邪魔なもの。 それはサングラス。 今は太陽の位置が高い真っ昼間である。サングラスを外せば、眩しくて起きるかもしれない。
「………播磨さん……ごめんなさい」
これは起こすためこれは起こすためこれは起こすため別に播磨さんの素顔が見たいとかそういうんじゃありませんすみませんごめんなさいこれは起こすためこれは起こすため……。
八雲は内心で壮絶な言い訳を展開しながら、ゆっくりと手を伸ばす。 普段は特に素顔は見たいとは思わない。サングラスがあろうがなかろうが、播磨は播磨だ。 しかし、気にならないと言えば、嘘になる。見られる機会があるならば、それはやっぱり見てみたかった。 心臓をドキドキさせながら、体感時間数分を経て八雲の手は播磨のサングラスに到達する。指先で……掴んだ。
……え〜い!!
サングラスの下に隠れていた、播磨の素顔が露になる。八雲はそれをくいいるように見つめた。
播磨さんの……素顔。
引き締まった鼻筋に、鷹のような鋭い目。今は閉じてるけど。
「………」
八雲はまだ見つめている。というより、目が離せない。 何も考えられず、その顔だけを視界に収めて。
「う〜んむ」
播磨は眩しいのだろうか、眉をしかめて寝返りをうつ。まだ起きない。しぶとい奴である。 播磨の顔が動いたことで、ようやく八雲は硬直から解かれて、太股の上を捻るように動く播磨の頭に敏感に反応していると、その寝返りをうった播磨の制服ズボンから、何かが落ちるのが見えた。
これは……?
ほてった顔を誤魔化すように、八雲はその落ちたものを拾ってみる。 それはハンカチだった。しかも二枚。 八雲はその二枚のハンカチを両手に持ち、じっくり見る。 そこにはそれぞれ名前が書いてあり、
テンマと……エリ……。 姉さんと……沢近先輩?
どちらも重要人物である。 だが、なぜ播磨が持っているのだろうと疑問に思う間も無く、
「ぅ、う〜ん」
眠りの馬鹿が八雲の上で伸びをした。眠りの馬鹿とは、眠りのお姫様とは違い、起こしても起きないのに起きて欲しくない時に起きる。 瞬間。 八雲は慌てる暇もなく、持ち前の反射神経を存分に使い、片手でサングラスを播磨にかけ、片手でポケットに『一枚』ハンカチを入れることに成功した。
「……んあ?」 「……お、おはようございます」 「……あ、ああ……」 「………」 「……妹さん、どうしたんだ?」 「あ、あのちょっと滑っちゃって……」 「?ふうん?そうか……」
何に滑った?とも聞かれない。 播磨は寝惚けていたので、何とか誤魔化せたようだった。 播磨はまた大きく伸びをして、ムクリと起き上がる。八雲の足から重みが消える。
「ん〜……はぁ。本格的に寝ちまったみたいだな」
ゴシゴシとサングラスの下の目を擦りながら八雲に振り向く。
「すまねぇな、妹さん。案外人肌ってのも良いもんだ。お陰ですっかり怪我の痛みは、治、っ、た………ぜ……………」
八雲を向いた播磨の動きが、段々と鈍くなってくる。顔も心なしか青ざめて見え。 八雲は不審に思い、聞く。
「播磨さん?」
だが播磨は八雲の後ろを凝視したまま、
「………お嬢………」
八雲の心臓がすくみ上がる。 播磨の一言で、血液の流れが停止した。 沢近はさっき目の前の道を走っていたのに。
そ・ん・な…………。
お願い嘘であってと願いながら、恐々と播磨の視線を辿り振り向く。
丘の上。
そこには。
嘘ではなく。
幽鬼のように佇む。
沢近がいた。
『いえー!ひゃっほう!パンパカパーン!祝!はっぴーはっぴー登場二回目の幽霊娘でぇっす!!ああ幸せ〜!!!……、なに?テンションが高い?ふん、煩い黙れ。……いや〜欠場期間長かったわ。私って八雲の話くらいにしか出られないんだもの。仕方ないっちゃあ仕方ないけどね……。この作者、八雲の心理描写は難しいとか言って書くのを躊躇ってたからね〜。蹴り飛ばしてやったわ。それにしても上の方は修羅場よね。どうなるのかしら?気になるわ……。まーそれは置いといて、無用さんよ無用さん。私幽霊だからパソコンとかよくわかんなくて何も出来ないけど、背後からこっそり応援しとくから新サイト設立頑張ってね〜!これ見てる方も雑談掲示板とか覗いてみて下さーい。んじゃこの作品も、ラストに向けて、れっつごー!!!』by幽霊娘
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Re:
はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.23
) |
- 日時: 2007/02/08 16:57
- 名前: 無遠人形
………。 ………。 ………。
………。 なんなのよ……。
沢近は立ち尽くしていた。 丘を囲む、木の陰に。 そこにいる播磨と八雲を見ながら。 憤怒とも嫌悪とも悲哀ともとれる、感情の静寂。 沢近はこんな時、何を考えればいいのかわからない。これまで、自分がこんなに播磨に会いたいと思ったことも、またそれが一瞬にして蹴り落とされたことも、なかった。経験したことが、ない。 播磨に会いたいという沢近の希望は、この光景を見ただけで、絶望の底に沈んでしまった。
なんで……八雲が……、ヒゲを……膝枕してるのよ……。
沢近は別に自分が膝枕したかったわけでもなく、八雲がそうしていることに対する文句も、多分ない。八雲が播磨を膝枕したいというなら、すればいいと考える。 だけど、
なんとなく悔しいし……。 なんとなく嫌なのよ……。 私は……こんな光景を見る為に……見せつけられる為に……ヒゲを探していたんじゃないのに……。
なんで播磨に会いたくなったのかすら曖昧になってしまう。播磨を探して走っている最中は話したい事がたくさんあったはずだったが、それももう全部吹き飛んだ。 感情をうまく表に出せないまま、何をすべきなのかもわからず、しばらくそうしている。 黙って立っている。 あの美術の宿題以来、自分はおかしい。自分で自分の感情を持て余し気味だった。何がその原因なのかよく理解している分、余計に沢近を苦しめる。 その根元である男について聞かれれば、即座に十個以上の悪口を並べられる自信がある。しかし、もしその男に対する気持ちを聞かれたなら、途端に何も言えなくなってしまうだろう。 未だ、好きか嫌いかすら、わからない。
でも………なんかね………ムカつくし………それに………悲しい………。
嫉妬……なのだろうか。 それでも沢近は表面上は冷静さを保てていた。 すると八雲に動きがあった。太股の上で寝ている播磨を、起こそうとしているようだ。だが色々試していたようであったが結局播磨は起きない。 沢近はそれを意識せず冷めた目で見る。 その光景を。 金色の目を鋭く細めて、ただ見つめる。 そんな沢近にも気づかない八雲は、最終手段としてか播磨の顔からサングラスを掴み、そして持ち上げた。
やっ………。
開いた口から音無き声が洩れる。 沢近の感情が、外に出た。
………嘘………。
サングラスを持ち上げたまま下を向いている八雲へと、沢近は夢遊病者のようにフラフラと近づいて行く。木の陰から、陽の光の下に。
やめてっ…………。
浮き彫りになる感情。 それは、焦り。 そして、恐怖。
ヒゲを……見ないでっ…………。
段々と歩幅の小さくなった五歩目。 沢近は立ち止まり、両方の拳を強く握り、目をギュッと閉じた。 現実を否定する。現実を否定したい。
私の………私だけの………。
葛藤が、沢近の頭の中で様々な物が衝突し合った。 ヒゲなんかどうでもいいんだから八雲と仲良くしててもいいし別に素顔がどうかしたの、と吐き捨てる沢近。 一方。 今日私をデートに誘ったのはあんたでしょなに八雲に膝枕されてんのふざけんなこの馬鹿ヒゲ、と怒る沢近。 一方。 デートに誘ってくれて……助けてくれて……優しくしてくれて……私はヒゲの素顔を見てて……なのに……八雲と一緒にっ……八雲が見ててっ……、と涙をこぼして叫ぶ沢近。
「ぅ、う〜ん」
播磨の声に、はっ、と沢近は涙のにじんだ目を開ける。いつの間にか播磨は起き上がろうとしていた。サングラスはもうその顔に戻っている。 沢近は焦る。八雲の後ろにいるのが見つかってしまうと。 しかし、
……いやよ、見ないで、いやだ、やだ、やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだ。
沢近の頭の中はそれを繰り返すばかりでなにもできない。 周囲の音が聞こえなくなる。 播磨の動きもやけにゆっくり見えた。
「………お嬢………」
播磨が驚いたように呟いたのが聞こえる。八雲も振り向き沢近の姿に目を見張ったのが見えた。 沢近は下を向き唇を噛み締める。
私は……私は……。……何をするべきなの?……自分は何がしたいの?……ヒゲにどうしたいの?……ヒゲにどうされたいわけ?私は……私は……。
そして静かな目で二人を見た。 冷めたというより、虚無的な瞳で。 そこにいるのはいつもの馬鹿面に、隣に座る綺麗な少女。 日本人形のような、精緻な造形。
清楚で純粋そうで……意地悪で醜い私とは、大違い。 ……本当に……綺麗な子……。 ………………………。 …………ははっ。
沢近は突如、自分が悩んでいるのが馬鹿らしくなる。
…………もうどうでもいいわ。
唖然とする二人を置いて沢近はクルリと後ろを向き、無言で林の中に走り去った。
必死に木々をかきわける。 全速力で。 全てを忘れるような、全速力で。
「沢近先輩………」
八雲が振り向くと、お互いしばし見つめ合ったあと、逃げるように去ってしまった。 八雲の怖れていた通りの展開になってしまった。いや、思っていた通り、か。 いつから見られていたのかわからないが、八雲のあのためらいが致命的なタイムロスだったのかもしれない。今更ながら後悔する。
「………」
しかし、もう起きてしまったことだった。 不思議と焦りは無い。 落ち着いていた。 八雲は去った沢近を見て心配になる。こんな自分に気遣って欲しくはないだろうが、それでも八雲は気遣ってしまうのだ。
大丈夫……かな?
きっと沢近は八雲が膝枕をしていた光景を見ていたに違いない。特に考えがあってした膝枕では無かったが、外から見れば仲良さげに見える。それであんな風に悲しげだったのだろう。
やっぱり沢近先輩は播磨さんのことが……。
なかば確信に近く思う。八雲ですら気づく。 だが、播磨はといえば、
「どうしたんだ?お嬢のヤツ。腹痛か?あっ、わかった、アイツまだ昼飯食べてねぇんだな。なるほどそれで妹さんの弁当を見て……。なるほどなるほど」
と、わけのわからん解釈をしていた。 八雲は軽く溜め息をつく。
私達の中で一番変わらなきゃいけないのは……播磨さんなのかもしれません……。
しかしその鈍感さが、沢近と八雲の最大の敵であると共に、最高の味方でもあるのだが……。 播磨はそのまま動く気配が無い。沢近を追い掛けるという考えすら浮かんでいないようであり。 駄目なのだ。 それでは駄目なのだ。 八雲はなるべく気合いを入れて、言った。
「播磨さん、今すぐ沢近先輩を追い掛けて下さい」
案の定播磨はポカンとした表情を浮かべて聞き返す。
「は?なんで?」 「なんでって……播磨さん、あなたって人は……。もう理屈は抜きです。理由も無くて結構です。播磨さん、沢近先輩を追い掛けて、今日の続きをしてきて下さい」 「………?なんで?」
八雲は播磨の顔に近づき、その手を握り、更に力強く言い直した。
「今すぐ追い掛けなさいっ!!!!!」
播磨は不思議そうな顔をしながらそれでも沢近を追って走ってくれた。 これで良いのだ。 取り残された八雲は、後悔の念は無い。 後悔などしないはずだ。
自分だけでは駄目………。みんなと一緒にいないと、そのみんなが幸せでいてくれないと………私は嫌だ………。 サラも高野先輩も姉さんも烏丸先輩も播磨さんも沢近先輩も、みんながみんな幸せになって欲しい………。『はっぴー』で『はっぴー』な生活を送って欲しい………。この結末がどうなるかはまだわからないけれど………私はそう願っている………だから………。
その時、空から声が聞こえた、
『ふふふもがっ』
気がしたのだが気のせいだった。 調子にのるから出番取り消し。 代わりに地の文で問いましょう。
その中で、八雲自身は幸せになれるのか、と。
………私は幸せってなんなのかすら、まだよくわからない………でも。
八雲は青く晴れた空を見上げた。 太陽が高い。 決意を込めたその表情は、美しく白く輝く。 手には播磨のポケットに入れることができなかった、『もう一枚』のハンカチを持って。 『エリ』と書かれたそのハンカチを。
播磨さんといることで、幸せとは………『はっぴー』とは何なのかがわかるのなら………。
声に出してみた。
「もしかしたら沢近先輩とは……勝負することになるかもしれませんね」
今日一番の、笑みだった。
「おっ嬢ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
なんだかよくわからない。だけど大声を出してみる。 通行人がこちらを注目するのがわかる。もちろん無視。 よくわからないが、とりあえず播磨は全力で追い掛けていた。 追い掛けるならば全力で。 涼しい風の中を気持ちよく突っ走る。 前方にはもう沢近の背中が見えていた。 沢近は林を抜けた道をただ真っ直ぐ走っていただけらしい。すぐに見付かった。 沢近も引き締まった美脚を必死に動かし走っているようだが、とても播磨の速度には敵わない。
「待てやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
播磨自身なんで自分がこんなにハイテンションなのかはわからないが、怪我の痛みもひいて、元気が有り余っていた。八雲の膝枕はベホマに違いない。
追走、そして並んだ。
沢近は隣に追い付いてきた播磨を一瞥して、さらに速度を上げる。 播磨も速度を上げて、余裕で再び並んだ。 沢近を止めるでもなく、並んで一緒に走っていた。
「………」 「………」
更に走り続ける。 沢近は息を荒げて、播磨は余裕で。 何故か、並んで走っていた。 沢近は顔を赤くしながらとうとう口を開いた。
「……な、な、なんで、お、追い掛けて、くんの、よっ!!!!」 「さぁ?なんでだ、ろうな」
喋っている間も走り続けていた。 周りの景色が後ろにすっとんで行く。 播磨はたまに走るとなんか良いよな〜、などと思いつつ大股で走る。 隣で金髪が後ろにたなびいているのが見える。その少女は全力で腕を振りながら、再び口を開いた。
「このッ、バカッ、ヒゲッ。や、くもの、ところに、いれば、いいじゃ、ないの!!!」
沢近は苦しげながらも、言う。眉をしかめながら口元を緩めるという複雑な表情であった。 もちろんおニブな播磨は、何も考えずに事実だけを口にする。
「しゃーねー、だろ。その、妹さんが、お嬢を追い掛けろって、言ったんだからオブッ」
地雷は、踏んではいけません。 「言ったんだから」の「ら」を言い終わる前に、沢近の拳が飛んだ。播磨の顔面に、容赦なく。 走りながらだったので、威力はそんなになかったが。
「なっ、なぁにしやがる!!!!」
それでも播磨は鼻を押さえながら殴ったあと立ち止まった沢近に向け文句を言った。 沢近はというと、殴った拳をヒラヒラと振りつつ、
「勝手に発情してやがれこの大馬鹿モンキー野郎がっ!!!」
おもいっきり睨みつけ怒鳴りつけた。 播磨は突然な物言いに困惑してしまう。自分のせいだとも気づかずに。
「あんたは私より八雲がいいんでしょ!!!なら別にいいわよ!!好きにすればいいじゃない!!!私が口出すことじゃないわ!!私だってあんたみたいなバカヒゲのことなんてなぁんとも思ってないんだから!!!バカッバカバカバカバカァァァァ!!!!イチャイチャすればいいじゃない!!!膝枕とかなんでも!!!!他の事も色々したいなら……好きにすれば?……猿……。……その代わり、私にはもう、関係ない。近づくな、二度と、関わらないで」
一方的に言い捨てると、
「もう絶対ついてこないでよ」
播磨に背を向けて走り去った。 負のオーラを身に纏って。 その背中には何を背負い、その心は何を思うのか。 播磨にはわからない。
「………」
播磨は沢近を見送りつつ、なんだか難しい顔をした。
「………」
顎に手をやり、何かを考える。
「………」
思い悩むように、天を見上げた。 そこには抜けるような青空。 頭の中に、膝枕で寝る前八雲と話したことが鮮明に蘇った。
『播磨さん、大丈夫、大丈夫なのです。みんなあなたを大切に思っていますから。播磨さんは一人なんかじゃありません』
そうか……そういう意味だったんだな、妹さん。いつも喧嘩ばかりしている人も……大切なんだな。
沢近、愛理。 何かあるごとに衝突ばかりしている相手。最近はよく向こうから喧嘩を売ってくるようになった。 確かに沢近に播磨を怖がっている様子など全くなく、播磨を馬鹿にしてばかりいる。逆に播磨の方こそ沢近のことを怖がっていたりする。 まぁとにかく、
喧嘩出来る相手も貴重……か。天王寺のヤツもそうだったな……。
「……よっしゃ!」
播磨は凶悪な笑みを浮かべ、拳を突き合わせる。 さっきの沢近の台詞は早口すぎてほとんど理解出来なかったが、沢近が怒っていることだけはわかった。沢近は喧嘩を売っているのだ。播磨が反撃すれば喧嘩になる。 播磨は沢近の最後の台詞を思い出していた。
もう絶対ついてこないでよ。
沢近はそう言った。
ならば播磨のするべきことはただ一つ。
絶対に、ついていく。
喧嘩するなら……出来る時に出来る相手ととことんやれ!!! そういうことだよな??妹さん!!
ふるふると必死に首を横に振り否定する八雲の幻影を無視し、喜々として播磨は走りだした。
何もかもが違うけれど。
播磨は再び、沢近を追い掛け始めた。
後日談パート2
〜華麗なる大人達の食卓(仮)〜
「カンパ〜イ」 「カンパイ」 ガチャンガチャン 『カンッパァ〜イ!!』 ガッチャン! 「「『ゴクッゴクッゴクッ、プハァッ!!』」」 「やっぱり冷えたビールは良いですね〜、……先輩?刑部先生?」 「……ああ、そうだな」 「顔色悪いですよ。……ビール、傷に響きますか?」 「なに、大丈夫。かすり傷さ、この程度。相応の報酬は得られたしな」 『葉子、ほっといてやりなさいな。絃子は誰かさんに似て意地っ張りなんだから。それよりガンガン飲みましょ!!こたつに入っての仕事後のビールはとっても美味しいわ!!』 「………」 「そうですね〜。まだ本編は終わってないですけど、一仕事終わったって感じですよね、私達。でも仕事って言っても実は私ほとんど登場してないんですよ〜?最初の回想シーンくらいしかないんですからー」 『そうなの?……やった!勝った!……一回取り消されたけど……。私は三回よ!登場三回!!』 「そうなんですか?」 「………」 『フッフッフッ。そろそろこの幽霊娘様も、モブキャラ脱却の日も近いわね。ちょっとそこのミカンとって』 「……失礼ですが、それは難しいんじゃないでしょーか?漫画でもアニメでも多分私の方が出演していますよ?はいどうぞ」 『あっ!ひっどぉっい!!そんなはっきり言わなくてもいいじゃない!!うわーん絃子〜、葉子がイジメるの〜、モグモグ』 「………ときに葉子」 「はい?何でしょう?」 『あっ!スルーしやがった!』 「ああくそ、うるさい……。疑問なんだが……このコーナーは一体何なんだ?」 「ああ、はい、そうでした。読者の方への説明をしなければなりませんね」 「……葉子、お前もしかしてそれ忘れてたのか?」 「(無視)えっとこのコーナーは、はっぴーはっぴー最大の伏線であった筈の、異性の顔を描くという美術の宿題について、読者の方々もすっかり忘れているであろうし、更には本編に組み込むタイミングももうなさそうなので、ならばせめて私達のお酒の肴として活用してやろうじゃないか、ついでにあとがきも兼ねてしまえという非常にあざといコーナーなのです」 「……長い説明だな」 『ねぇねぇ。じゃああのパート2っていうのは?1はどこ行ったの?』 「……さぁ?」 『さぁ、って……』 「……まぁわかった。この作者はその伏線を敷いた時点からこんなことなることは予想していたみたいだが、しかしなんにしろ間が悪いぞ。本編では拳児くんと沢近くんがいいとこなのに、こんなコーナーを作ることによってその流れを切っているんじゃないか、と心配になるのだが……」 「う〜ん……良いんじゃないでしょうか?スクランですし」 『そうよ!スクランはアップとダウンが激しく入り乱れるマンガだもの、大丈夫よ!!それに私を三回も出してくれたこの作者を悪く言うことは私が許さないわ!!私が楽しければ何でも良いのよ!!!』 「………。……じゃあもう一つ質問……ここのこたつに発生している半透明で非常識な騒がしい小娘は……何なんだ?」 『……え?私のこと?』 「……彼女ですか?何って言われても……そりゃあ……ねぇ?」 『……ねぇ?』 「見ての通り幽霊ですよ」 『そ、幽霊。そんなのもわからないの?バッカねぇ、石頭〜』 「……そういう意味じゃないんだがなぁ……。私はとても心が広いのでこんないつまでも成仏しない頭の悪いガキの発言なんか全く気にしない」 『ふ〜ん……へ〜……そう……。……やーいやーい、能なし物理教師〜大年増〜』 ビキビキブチッ 「なんだ?そんなに私を怒らせたいのか?」 『うぶすぎて可愛い〜でもその年でそれだとちょっとひく〜』 「……私は一切怒ってなどいないが、だがしかしそこまで言うのならキサマに礼儀や人間性ってものを骨の髄まで叩き込んでやる。体罰と言う名のトラウマをな。有難く思えこのクソガキ」 「あ、あの先輩、お落ち着」 『もう死んじゃってる幽霊にそんなの効果ありませ〜ん。いい年なのに男性と恋も出来ないお・ば・さ・んにガキとか言われたくないも〜ん。精神年齢は私の方が大人ですぅ〜。バーカバーカ、オシリペンペ〜ン』 「……ふん、あーあー可哀想だ。こんなお子ちゃまに偉そうにされている八雲くんに心底同情するよ。八雲くんも相当鬱陶しいだろうな。人の心に首を突っ込む生意気なマセガキがいると」 「あのちょ」 『ムキー!!突然八雲のこと出さないでよ!!!わからないことを聞いたっていーじゃない!!!それに八雲は絃子と違っていい子だからそんな性格の悪いことぜぇーったい思ってないわよ!!!!』 「はっ、どうだか。案外、いい加減成仏しろよ幽霊ごときが、とか思ってるかもなぁ?クックックッ」 『……ぬぅぁんでぇすってぇぇー!!!!!絃子なんか呪われてしまえ〜しまえ〜しまえ〜』 「……お?やるのか?」 パンパンッ(葉子さんの手の音ですよ、拳銃じゃありません) 「はいはいはい、喧嘩終わり!終らせなさい!!いい加減にするのはあなた達です!ほら、ビールも温まりますし、もうお鍋も冷めちゃいますよ!」 『………』 「………」 『一時休戦、いいわね絃子?』 「ふん、私は最初からキサマとなんか戦ってなどいない」 『うわ生意気』
グツグツ煮込み。 パクパク食べる。
『ねぇ絃子、そこのぽん酢取って』 「自分で取れ。っていうかなんで普通に食べてるんだ?さっきも普通にビール飲んでたし」 『えっと……、ヒ・ミ・ツ』 「しなを作るな、気持ち悪い」
パクパク食べて、 ゴキュゴキュ飲む。(ビールです)
『ねぇ葉子』 「ほら先輩、人参も食べないと……。はい、幽霊ちゃん。なんでしょう?」 『幽霊ちゃんって……。まぁいいか、あのさ、さっさと美術の宿題の話、進めないの?』 「人参はいらん肉をくれ……。おお、そうだぞ葉子。このコーナーはそれが主題なんだろ?このままではグダグダで終わってしまう」 「…………あ、あ、あなた達がそれを言いますか?私は頑張りましたよ!でもあなた達グダグダの元凶が人の話を聞かないんじゃないんですか〜」 「甘いぞ葉子、そんなんじゃ人間社会の荒波に耐え抜けないぞ」 『そうよ、死んでからも人付き合いとか大変なんだから。今世でちょっとは鍛えなさい』 「なんでそんなとこだけ仲良いんですか〜。まったくもー」 「ほら、進行させい」 「…………あ、ゴホン、えっと読者の方々、大変失礼いたしました。既にこのコーナー本編並に長くなりすぎているので、美術の主題は紹介できませんすみません……。ほら幽霊ちゃんに先輩も謝ってください」 『私のせいじゃないも〜ん』 「右に同じ」 「そう思うんならこっちに目を合わせなさい!そっぽ向くなぁー!!……………はぁ、この人達は……。……ふるふる、ううん、私が頑張らなきゃ私が頑張らなきゃ……。……次回こそは!次回こそは必ず私が全力で紹介いたします。それでは」
『次回をお楽しみに〜』 「右に同じ」
「あ、こら、あなた達!!人のキメ台詞をとらないでください!!!」
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Re:
はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.24
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- 日時: 2007/02/12 11:59
- 名前: 無遠人形
- 頭は冴えていた。
感覚が鋭敏になる。 意識もはっきりしている。 思考がクリアになっていく。
だが言葉は何も出てこない。
己の意思を紡げない。
「ハッ……ハッ……」
息がしづらい。 喉の裏が張り付いていて、気持ち悪い。ツバを飲み込む。 地面を蹴る足の裏がジンジンと痛む。風を切る足が冷える。 寒い。 体を動かしているはずなのに、全然温まらない。 肩にかけたバッグも邪魔だ。 筋肉の動きが悪い。関節もギシギシ軋む。 そのくせ、勝手に手も足も動き続ける。
走る。 走る。走る。走る。
走りながら、さっきの自分を頭の中で繰り返す。
『勝手に発情してやがれこの大馬鹿モンキー野郎がっ!!!』
播磨に対し、自分が何を言ったかを明確に認識していた。 しかし何故言ったのかは、よくわからない。 いや、今更その理由などわかりたくない。 拒絶の言葉、嫌悪の宣言。低レベルの、最低な、悪口。 それを言ってしまった後では、特に。 もしかしたら自分は播磨に近づきたかったのかもしれないということなど。
混乱なんかしていない、錯乱なんかしていない。 私に、心残りなんかない、後悔なんかない。 私は、泣いてなんか、いない。
そのはずだ。
『もう絶対ついてこないでよ』
そのはずなのに。
「フッ……ヒッ……ヒック……」
息がしづらい。 一回だけ、横隔膜が痙攣した。 それをきっかけに。 目から大粒の涙が溢れる。 溢れ出る。 ポロリポロリ、と。 宝石のようにきらめきながら。
「うっ……くっ……」
沢近は必死に涙を止めようと洋服の袖で目を押さえる。 腕で目を隠す。 もちろん頭は冴えている。 悲しくなんかない。 だけど涙は勝手にたまり、瞬きをするたびに外界へと溢れてしまう。 心から絞り出される、涙。
「くそっ……何よ……この、涙はっ!!ちくしょー……バッカ、みたい!!」
沢近は懸命に毒づく。 文句を言って、非難して、この感情を落ち着かせようとする。 いや、自分の意思が届く範囲の感情は落ち着いていた。 冷静だった。 ただ。 違う部分の感情が。 無意識の、気持ちが。
「うぅっ……」
沢近の目から涙を流させていた。 後から後から溢れてくる。 止まらない。
「……くっそー……」
沢近はそれでも。
走る。 走る。走る。走る。
温まらない体でも、今は、今だけは、動かし続けていたい。 そうでないと、終わってしまう。 今日が、終了してしまう。 物語が、閉幕してしまう。 そんな気持ちでいっぱいだった。
「……ふぅ……はぁ……」
落ちた涙と一緒に、熱も抜けていた。 冷静さを取り戻してくる。 体は冷えきっていたが。 肩のバッグをかけ直す。 走ってきたこの場所は、さっきの丘周辺より人通りが多くなっていた。
…………邪魔。
今は一人がいい。 一人でいたい。 静かに、一人で。
一人で。 一人で。 独りで。
走る方向を大通りから変える。 ちょうど見えた細道を曲がり、木の鬱蒼とはえた公園へと突入していった。
「ハッ……ハッ……」
しばらくその細道を走る。 両側には木が生い茂り、足には雑草が触れる。ミニスカートには、ちと辛い。 でも、走る。 人もいない。 今の気分にぴったりの場所だった。 雑踏の音も遠くなり、鳥の鳴く声がたまに聞こえる。 公衆トイレの前を通りすぎると、左側の木の向こうに草むらの広場が出現した。 明るい、黄緑。 親子連れが数組いる。 子供達が愉しそうに騒いでいた。 だが今はそんな気分ではない。 右側を見る。 そこにはまだ昼近いのに、薄暗闇が広がっていた。 木の葉による、陰。 下の地面には膝の高さ程もある雑草が生えている。
私には……こっちがお似合いよね。
そう決めて、すぐに方向転換。 走っている勢いのままその雑草の中に一歩目を踏み出して、
「?!?!!」
沢近は声もなく転げ落ちた。
視界が転がる。 華奢な体が地面と強烈に激突し、そのまま勢いよく転がる。 とっさに丸まった。 服はもちろん顔、髪の毛にも土が擦り付けられる。 素足にはもろに地面や草の感触を感じた。 どこが、何にぶつかっているのか、まったく把握できない。 腕、足、腰、肩、頭、あちこちに痛みがはしる。 雑草が口の中に入る。 かかとが木の幹にぶつかる。 片方の髪がほどけた。 髪のゴムが飛ばされたようだ。 ゴロゴロと転がり、やがて草むらの抗力により停止する。 止まった。 沢近は横向きに丸まったまま、暗い地面の上に倒れた。
「………」
無言で、横たわる。 しばし、動かない。 土の上を転がった全身は無惨なもので、髪の毛もダッフルコートもミニスカートもぐちゃぐちゃになっていた。しかも雑草は少し湿気をおびていて更にタチが悪かった。 だが沢近はこのくらいではへこたれない。
「……うぅぅ〜」
下唇を噛んで力を込める。 うめきながら軋む腕を動かした。 身体中が痛い。 打撲、切り傷、スリ傷、裂傷、打ち身。 それに走っている最中は気づかなかったが、服の内側にはかなりの汗をかいていた。
「むっ、くぅ」
手を突っ張って、体を起こそうとする。 ゴムが飛んでほどけた右側の金髪が顔の横に垂れる。いつも整えているその髪の毛は泥にまみれて汚れていた。
「ははっ……」
薄く笑いながら沢近はなんとか上半身を起こした。 走っている状態から突然停止したので、妙に全身の血管の鼓動が感じられる。身体中の痛みもその鼓動に共振して痛覚を刺激する。 周囲は斜面と言っても急斜面ではない。単に草の生い茂った緩やかな坂。足をすべらしたのが転がった原因だろう。 沢近はペッと口の中の草を吐き出す。 見れば手の甲から血が流れている。 靴も片方吹き飛んでいた。 脇腹も肩も、ズキズキと痛む。 近くにあった木に寄りかかると、その抱えた膝からも血が流れていた。 なんとなく膝の傷をペロリと舐めてみる。 血と土の味がした。
「はははっ……」
馬鹿らしい………。
後ろの木に後頭部をゴンとぶつける。
今日はもう、帰ろう………。
沢近は木に寄りかかったまま首を回し、自分のバッグを探した。 携帯から家に電話してナカムラ……は無理か、マサルか総婦長に迎えに来てもらおう、とそう考える。 しかしそのバッグが見当たらない。周囲には暗い茶色か緑色しか見えない。 少なくとも目の届く所には無い。 それどころか吹き飛んだと思われる片方の靴すらない。髪のゴムはとても探す気は起きなかった。
「………ふふふ」
沢近は無性に笑いたくなった。
「くふふ………はははっ………」
腹部に痛みがはしるがそんなことは気にならない。 今の自分が、滑稽で、滑稽で。
「あはは………はははっ、うふははは、ははっ、はっ………」
笑い続ける。 それと一緒に涙も溢れた。
「ふふ………うぅ………くふっ………」
泣きながら笑い。 笑いながら泣き。 出てくる涙を汚れた掌で拭く。 泥が顔についた。 鼻をすする。 膝を抱えて小さくなり、顔を膝に押し付ける。 温かい涙が、傷ついた素足を流れ落ちた。
「ふふっ……」
沢近は、寂しさから独白する。
「なんて惨めで、なんて情けない……」
「ホント、ワガママよね……」
「一人ぼっちは嫌で……」
「いつも誰かに救われたくて……」
「人に対して……意地しか張れない私なのに……」
「いつも優しくされたくて……」
「友達以外には猫をかぶって振る舞って……」
「みせかけだけの優しい日常を手に入れて……」
「でもヒゲだけは私に優しくなくて……私に馬鹿ばっかしてきて……」
「いつもムカついてて……喧嘩ばっかりしてて……」
「なのに私が望む時、いつもそこにいて……」
「私を助けてくれて……私に優しくしてくれて……」
「でも私はヒゲに優しくなんて出来なくて……」
はぁ、と溜め息をついて空を見上げる。 木の葉に隠れてその隙間にしか青空は見えない。 涙はもうおさまっていた。心拍数も落ち着いていた。 沢近は気の抜けた表情で、木に体重を預ける。 沢近はゆっくりと目を閉じた。
………寝よ………。
なんだか疲れた。 そのまま真横にパタリと倒れる。 薄暗い草むらに、ほどけた金髪が地面に広がった。 土の匂いがした。顔を草がくすぐるが、それをどかす元気もない。 遠くに子供達の騒ぐ声が聞こえる。 目を強く閉じる。 寝ようとした。 無理矢理、寝ようとした。
そして、意識は闇に落ちた。
その頃、播磨は。 別れ道に立っていた。
「う〜む。どっちに行った」
目の前には行き先表示の看板が。 右に行けば下町カレー横丁、左に行けば大自然公園。
「あのヤローの行くとこっていったら、……どこなんだ?こっちに向かっていたかもわからねぇしなぁ……。ああそういえばお嬢は腹が減ってるんだっけ」
そんなことを言いながら、腕を組んで考え込む。 播磨は完全に沢近を見失っていた。 例え勘が鋭い人でもこの状態から捜し出すのは至難の業だ。播磨に至っては、天満のことではないのでさらに勘が鈍っている。 絶望的だった。 なんとなく着ている学ランの汚れをはたいてみたりする。 動かしてもあまり意味の無い頭をフル回転させて、その場で考え込み無為に時間を潰す。 じっと看板を見つめていると、右側から声が聞こえてきた。 聞き覚えのある声が。
「あれ〜?そこにいるのは播磨くん?」 「!!なっ?!」
天満ちゃん?!
驚いて右を見ると、そこにいるのは間違いなく塚本天満その人だった。 サングラスの奥の目を大きく見開く。
やっぱ私服も可愛いぜ、天満ちゃん!!
隣にはデカイ麻袋を引きずっている美琴も挨拶してくるがまぁどうでもいい。 唐突な幸福に播磨の胸は高鳴った。 ポケットの中に手を突っ込んで、ハンカチやら色々な物が入っている中から、二枚の紙切れを探し出し握り締める。
「ずいぶん汚れてるね〜。今一人なの?エリちゃんには会ってない?」 「え?おう、ああ、いや……あ、会ったような、会ってないような」
舌をもつれさせながらしどろもどろに答える。 美琴が眉をひそめた。
「なんだそりゃ?はっきりしねぇなぁ」 「えっ、ばっ、ンなこたぁいいじゃねぇか!!それより、つ、塚本はななな何してんだ?」 「私?さっきまでお昼食べてて、今から晶ちゃんと八雲を捜してるとこなの。播磨くんは二人、見なかった?」 「お、おう。えっと、妹さんならそっちの方の丘にいるはずだぜ」
天満は髪をピコピコさせて喜んだ。
「ホント?!やったねミコちゃん!!よーやく一人見つかった〜。ありがとっ♪播磨くん♪」 「……私としてはなんで播磨が八雲ちゃんの居場所を知ってるのか、そっちの理由を知りたいけどな……」
常識人の美琴は、あるとわかる地雷はなるべく踏まない主義だ。首を横に振って好奇心を抑える。 播磨は緊張の汗をダラダラ流していた。
今しかねぇ……。 天満ちゃんを誘うなら今しかねぇぜ!!! ようやく会えたマイ・スイート・エンジェル……。 頑張れ!!頑張れ、俺!!! 頑張れ、播磨拳児!!!
「じゃね〜播磨くん。ありがとね〜」 「それじゃあな、播磨」
天満は播磨に背を向けて、美琴は麻袋のヒモを肩にかけて重そうに引きずり、その場を離れようとする。
マズイ……行っちまう……。 ……くっ!!
「待ってくれぇ、塚本ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
とうとう叫んだ。
「ほえ?」
可愛いらしく振り向く天満に、ポケットから出したその紙切れをつきつける。
「これを!!これを受け取ってくれぇぇぇぇぇぇ!!!」
そう叫ぶ播磨の足元に、 手に張り付いて一緒に出てきた、 二枚の『洒落た明朝体で文字の書かれた白い紙切れ』が、 ヒラヒラと地面に落下した。
****************************************
「ん……」
沢近は赤く腫れたその目を開く。 何度か瞬きをする。 それだけで眠気が吹き飛んだ。
「あれ……」
周囲が暗い。 寝る前までの薄暗さではなく、完全な漆黒に包まれていた。沢近の目は周囲の様子をうっすら捉える。 虫の声がする。 木の間から漏れる星明かり、月明かりが眩しいくらいだ。 そう今は、完膚無きまでに夜だった。
「………」
身体中が痛い。 怪我のせいもあるだろうが、地面で寝ていたことにも原因があるようだ。思ったよりも土の上は寝づらいものだった。 風が吹いた。草木がざわめく。 沢近はその夜の風に身震いして、
「……くしゅんっ……はっ……くしゅんっ」
くしゃみを連発した。 鼻をこすりながら頭を上げる。 気温の低い中、汗に濡れたまま寝たので風邪をひいてしまったようだ。 目が腫れぼったい。涙や泥が乾燥して酷いことになっていそうだった。 沢近は頭を下ろしそのまま動かず全身に地面を感じながら自嘲した。
なーにやってんだろ……。
自分が何をしたいのかがまったくわからない。
あ〜あ、閉園とかしてたりして……。大丈夫かな?
こんな所に人がいるなんて誰も気がつかないだろう。閉園している可能性も十分にあった。
ヒゲも……さすがにもう帰っちゃったわよね……。
別に何かを期待していたわけではないが、なんとなく寂しい。 一旦、目を閉じる。 しかし、気力は寝る前よりかは幾分回復していた。
「よいしょ……っと」
気合いを入れて、起き上がる。
「いてて……あれ?」
体を動かすたびに傷が痛んだ。 しかし沢近は他の事に意識がいった。 起き上がってみると、自分の上から何かがずり落ちたのだ。
何かしら……。
不思議に思いながら、その落ちたものを手に取りバサリと掲げて見てみる。 真っ黒い中に、光るボタン。
「……これは?」
寝起きの頭はよく働かず、ただ疑問に思っていると、 突然、 沢近の上から、 沢近が走っていた細道の方から、
「おっ、ようやく起きたか」
声が聞こえた。 その人影は斜面を安定して滑り降りる。 草を撒き散らしながらズザァと沢近の横に降り立つ。 そして茫然としている沢近に向かって、
「お嬢、おい、聞いてンのか?」
その人影、播磨拳児は、驚く沢近の顔をグイと覗き込んだ。
「俺はもー疲れたぜ。このテーマパーク無駄に広いんだよ。あっちからこっちまでお嬢を探し回って走り回ってよぉ……」 「………」
播磨は沢近を背負いながら斜面を上り、沢近が走ってきた細道に出た。 そのままゆっくり歩き出す。 学ランは沢近の肩にかけられて、ほどけた髪の毛は下に垂れていた。 沢近は播磨の首にギュッと抱きつく。 播磨の体温を感じる。 温かい。 背負われている沢近は、静かに播磨の話を聞いていた。 播磨は笑いながら語る。
「マジ苦労したぜぇ。手掛りがなんもなくってさ。ところでなんであんなとこで寝てたんだ?あれじゃフツー見つかんねぇって」 「………」
沢近は俯く。 なんとなく恥ずかしかった。
「寝るにしたってもあんな探しにくい所で寝なくてもいーだろうが」 「……………なんでよ」 「あん?」 「そんなに大変だったなら………なんで私を探したのよ」 「………」 「私は……探してくれだなんて……頼んでない」
沢近は小さな声でそう言った。 口から自然と出たのは文句の言葉だった。 言ってしまった沢近は顔を播磨の肩にうずめる。 播磨は、あ〜、と何かを迷い、照れながらそれを口にした。
「俺にとって、お嬢は大事で貴重なヤツなんだ」
沢近は驚いて播磨を見る。 その横顔からは発言の真意は読みとれない。沢近は揺られながらぼーっとその横顔を見続けた。 ああそれにな、と播磨は思い出したように付け加える。
「平等な分配ってやつは人間社会の基本らしいからな」
沢近の目の前にビッと白い封筒を差し出す。
「……これは?」
その白い封筒を開けてみると、ぐしゃぐしゃになった一万円札五枚が入っていた。 頭の上に疑問符が出る。しかし播磨は詳しい説明はせずに適当にはぐらかした。
実はあの時、天満に向かって叫んだあの時、突き付けた二枚の紙切れは両方とも一万円札だったのだ。 封筒に入っていたものがポケットの中でいい具合いに出たらしい。 突き付けてすぐに本命の紙切れは下に落ちていることに気づいたが、もう全て手遅れだった。天満と美琴に万札のことを追及され、試合の賞金だとバレると、何故か怒られた。 そんな状況で天満をレストランに誘うわけにもいかず、泣く泣く別れを言って沢近を探したのであった。 まぁ、どうでもいいといえば、どうでもいい話。
「ほら着いたぞ」
播磨は立ち止まる。 沢近は戸惑い周囲を見渡す。 障害物のない広い空間。 木々は遠くになっていた。 月明かりに照らされた草原。 そこは沢近が走っている時に左側に見えた広場の中央だった。
「いやなに。閉園前にはお嬢を見つけられたんだが、怪我もしてるし寝てるし起こすなって怒鳴られたし」 「……誰に?」 「お嬢に」 「……私そんなこと言ってないわ」 「じゃあ寝言だな。まぁそれで寒そうだったから学ランかけてやって、でもずっとそばにいるのも変な気分だったから、そこら辺適当にぶらついてたわけよ。誰かに見つかってもマズイからコソコソとな」
それで見つけたのがこの場所らしい。 背負っていた沢近を芝生の上に下ろす。 播磨も一緒に座り、勢いよく寝転んだ。
「んでこうやって、大の字に寝てみな。マジすっげぇぜ」
戸惑う沢近も、謎に思いながら芝生に寝転んだ。 その瞬間、沢近は息を飲む。
目に飛び込んでくる。 広大な、星空が。
「昼間晴れてたからなー。星もよく見えるだろ?それに周りにビルがないから空が広く感じられるんだろーなぁ」
播磨は楽しそうに話しかけるが、応答がない。不思議に思い体を起こして沢近を見る。 そこには寝転んだまま空を見つめ続ける沢近がいた。 月明かりに白い肌が一層際立ち、金色の瞳は麗しくキラキラと輝く。 一枚の絵画のような美しさ。 茫然と見とれていると、沢近が突然口を開いた。
「……シャネルの、バッグ……」 「……あぁ?」 「……靴……片方……」 「そういやおめー、バッグ持ってねぇし靴も片方ねぇな。落としたのか?」 「……髪の、ゴム……」 「……ちっ、ああ、わかったよ!探してくっからちょっと待ってろ!」
播磨が慌ただしくその場を去っていく。 沢近は寝転んだままの姿勢で動かない。
なんて、綺麗で……。
なんて、雄大……。
その目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おーい、お嬢。バッグと靴は見つかったけど………」
沢近を見て、
「なに泣いてんだ?」 「!!バカッ!泣いてなんかないわよ!!」
寝転んだままで、沢近は慌ててゴシゴシと顔をこする。 その顔の上に、ハンカチが落ちてきた。驚いて見上げると、播磨が照れてそっぽを向いていた。
「顔、拭けよ」
播磨はポケットにあったハンカチをよく確かめもせずに、泣いている沢近に放ったのだった。 その優しさが嬉しい。 笑顔が勝手に出てきた。 上半身を起こして、立っている播磨に聞いてみる。 星空から得た勇気を振り絞り。
「ねぇヒゲ」 「んだ?」 「私達って……いっつも喧嘩してるじゃない」 「……ああ。そうだな」 「だから……私のこと、嫌い?」
播磨に自分はどう思われているのだろうか。 知りたかった。 しかし播磨はその質問を鼻で笑い飛ばした。
「バーカ」 「?」 「さっきも言ったろ。お嬢は大事なヤツなんだぜ?嫌うわきゃねーだろ」 「………」
沢近の鼓動は高鳴っていく。 下を向き、もう一つ、聞いてみた。
「……もし」 「………」 「もし、私が襲われたり……私が寂しかったりしたら……ヒゲは……私のこと、助けてくれる?」 「……ふふん」
これも播磨は鼻で笑う。 沢近の隣に座って言った。
「お嬢が俺に助けを求めれば、いつでも助けやんよ」
播磨の言葉にまた涙が落ちる。
「うん……」
感情が月明かりに浮かび上がる。 金髪を輝かせ、隣の播磨に振り返る。
「そうだね……」
首を傾けた、満面の笑みで、
「播磨くん……」
名前を呼んで、
「……ありがと」
言えた。 本当の気持ちを。 心からの、気持ちを。
「ははっ……お嬢おめー」
播磨はそんな沢近を見て、笑った。
「ひっでぇ顔」
殺意がわいた。
「ムード読めないにも程があるわよ!!」
近くにあった公衆トイレで沢近はそう愚痴をこぼした。
「確かに涙と泥で汚れてたし、強くこすったから目とか腫れまくってすごいことにはなってたけど……」
沢近は洗面台の鏡を覗き込み、泥をはたき落とした髪の毛を一個の髪のゴムで束ねる。 ポニーテイルにしてみた。結局落ちたゴムは見つからなかったらしい。
「あの場面でそれを指摘するヤツは頭がどうかしてるとしか思えないわ、まったく!!」
ぶつくさ文句を言いながら、バシャバシャと顔を洗う。
「ふう……」
播磨から借りたハンカチで顔を拭く。
「せっかく人が……心を近づけてあげたのに……。……ねぇ?台無しよ、あ〜あ」
再び鏡を見る。 いつもの美貌が蘇っていた。
「……ま、ヒゲは特に鈍感だからね」
ゆっくりやっていくか、強攻手段でいくしかないのだろう。
強攻手段、か……。 でもやっぱりこの気持ちって、『好き』……なのかなぁ?
沢近は首を振る。 今の自分はきっとそのことを認めない。 でもいつか観念して認める日もあるかもしれない。 楽しみだ。 そして沢近はハンカチをしまおうとする。
洗って返さなきゃね……ってあれ?
そこで沢近は気づいてはいけないことに気がついてしまった。 沢近はじっと、『テンマ』と書かれたそのハンカチをいつまでも見つめ続けた。
「なんだお嬢。ずいぶん遅かっ」
振り向いた播磨の目の前には鋭い膝が。
ドガンッ 「ひでぶっ!!!」
最後はやっぱり、蹴りオチで。
いくら事情を説明しても『何故か』機嫌の直らない沢近をなだめるために、播磨があの『洒落た明朝体で文字の書かれた白い紙切れ』を使ったとかそういうことは、また別のお話。
「よっ……と。おい、下に気をつけろよ」 「……ん」
暗闇の中、静まりかえった駐車場に柵を越えた二人は降り立った。
「おお良かった〜。あったぜ、俺のバイク」 「………」
広大な駐車場に播磨のバイクがぽつんと一台だけあった。よく撤去されなかったものである。 播磨は後ろで暗い顔をしている沢近にヘルメットを放り投げる。 そしてバイクに跨った。 沢近も播磨の後ろに座って、唐突に口を開いた。
「ねぇヒゲ」 「あん?」 「覚えてる?DDRのあの曲をクリアしたらなんでもいうことを聞くって約束」 「……ああ、そういやそんなのもあったな」 「私クリアしたわ」 「は?……嘘だろ。……マジか?」
驚く播磨に、マジよと頷いて肯定する。 播磨は溜め息をついて観念する。
「たいしたやつだよ、おめーはよ。で、なんだ?何をしてほしい?」 「……ん」
沢近は悩む。 いやもう内容は決まっているのだが。
強攻手段で……しかも賭けね。
「んと……」 「なんだ?」 「わ、わわ私に……その、キ、キー、キスしなさいっ!!」 「………。は?……はぁぁぁ?!」
播磨は驚いて沢近を振り返る。 無茶は承知。沢近は目をつぶり顎を少し上げてスタンバっていた。
「えっ、あのっ、ちょっ」 「………」 「キ、キスって言われてもなぁ」 「………」
約束だ、仕方がない。 播磨は沢近のおでこに短く口をつけた。 沢近はおでこに手をやりポカンとする。
キス……してくれた?
「今回はこれで勘弁してくれやっ!!」 「え……あ、キャー!!!!」
二人は一緒に急発進。
二人のデートは、こんな感じに終了した。
END
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Re:
はっぴーはっぴー(播磨×沢近、その他) ( No.25
) |
- 日時: 2007/02/11 17:40
- 名前: 無遠人形
- 後日談パート1
〜高野晶の後始末〜
ピーンポーン
刑部家のチャイムが鳴ったのは、朝早くだった。 異様に疲れたあの一日の、次の日の話。
「ん?」
チャイムの音に顔を上げる。 播磨はすっかり怪我からも疲労からも回復していて、自分の部屋に篭って昨晩からずっと何かを描いていた。 つまり徹夜で。
「まぁいいか」
播磨はチャイムを無視して机に向かい作業続行。 チャイム連打。
ピンポピンポピンポピンポピンポピンポーン
「お〜、だぁ、うっせぇ!!絃子、おい絃子!さっさと出ろよ!」
ドアを開けてリビングに向けそう礼儀知らずに叫ぶ。しかし、返事はない。 普段なら返事の代わりに鉛玉……じゃなくてBB弾が飛んでくるが。
そういや絃子はなんかの買い出しに出かけてるんだっけか?葉子と飲む、とか言ってたっけ。
絃子さんはビールやオツマミに鍋の具を大量に買い込みに出かけていた。朝はスーパーが安いのだ。 播磨がそう考えている間にもチャイムは鳴り続ける。とてもやかましい。 播磨は鋭く舌打ちして、憤然と玄関へ向かい乱暴にドアを開けた。
「うるせぇぞ!!何の用だっ、こん畜生!!!」
するとそこには、
「おっす」
と右手を上げて挨拶する痣だらけの高野晶がいた。 右手には新品の包帯が巻かれていた。
「邪魔するよ」 「あ、おい!ちょっと!」
高野は播磨の脇を抜け、ずかずかと刑部宅に入りこんだ。
「待てよ!勝手に何してんだこの…………えっ、と」 「高野よ。た・か・の。晶って呼んでも良いけど。とにかくいい加減覚えなさい」
そう言いながらも高野はあちこちを手際よく物色している。 余りに堂々とした空き巣ぶりに播磨は少し気圧される。
「ねぇ、播磨くん」 「な、なんだよ」 「あなたの学ランはどこにある?」 「はぁ?どこにあるってそりゃあ俺の部屋にあるけど……。なんでだ?」 「そ、ありがと」 「おいっ」
我が家のような迷いない足取りで播磨の部屋に向かう高野。
「あ、そっちは!!ちょっと待て!!」
播磨はそんな高野に無闇に焦っていた。 高野は当然無視。 播磨の部屋の扉を開ける。 部屋を見渡すと、お目当てのものはすぐに見つかった。 壁にかけられていた泥に汚れたヨレヨレの学ランに無造作に歩みより、そのポケットの中に手を入れて探る。 一方播磨は机の上にあったものを自分の体をそらして必死に慌てて隠しながら、
「あぶねえあぶねえ……。ところでお前、なに絃子と同じことしてるんだよ?」 「え、刑部先生と同じ?」
高野は驚き、すぐにその意味を理解する。 鋭い舌打ち。 先手を取られたか、と呟いた。だが仕方がない。自分の実力不足が原因だ。 ふと手の先に四角く薄い物体の感触が生じる。 あった。 そして探る手を止め、目標物を手の中に収めた。
ミッションコンプリート。
あとは野暮用だ。 高野がするべき、最後の用事。 高野は播磨のベッドに遠慮なく腰かける。 油汗を流しながら机を隠し、高野が部屋を出ていくのをひたすら待っていた播磨に向き合い、聞いてみた。
「どうだった?昨日愛理とデートして、楽しかった?」
播磨はきょとんと聞き返す。
「……は?デート?ってかなんでお前が知ってるんだ?」 「昨日の新矢神ランドには私もいたのよ。天満と八雲と一緒にね」 「……ほ〜」
高野はもう一度聞いてみる。
「播磨くん。昨日のデートはどうだった?」
播磨は息をつまらせ焦る。 遠い目をしたかと思うと、そーっと後ろを向いて自分が隠している机の上にあるものを見て、 そして一言。
「………疲れたよ………」
これで用事も終わりね。
そう、と高野は軽く頷き、ベッドから立ち上がった。 出口に向けて歩いていき、ふと立ち止まる。 振り返って、播磨が隠しているものを指差し、言う。
「万物流転。この世の中に変わらないことなんて、何もないわ。人の気持ちもまた然りよ。だから播磨くん、そこにあるその気持ちも、忘れずに」
なっ、と絶句する播磨に対して背を向けて、じゃあねと手を振る。 背後の騒ぎを無視して、高野は玄関を出た。
「あれっ」 「ん?」
そこには買い物帰りなのか、大量のビニール袋とビールの入った段ボールを抱えた絃子さんがいた。 その顔には高野と同じように無数の傷が。 一瞬互いに目を合わせ、 互いに同時に苦笑する。
そのまま通りすぎた。
「ん〜……」
マンションを出た高野は腕を上げて伸びをする。
「……はぁ」
息が白い。 陽射しはあるが、まだ冷えている。 今回の全ては終わったが、自分の蒔いた種は順調に成長しているようだ。 これからが楽しみね、と呟いた。 それに、
この世の中に、変わらないことはない、か。
ふふふと自嘲する。
私も変わる、かな。
部屋に入った時、目についたもの。 机の上にあった、それ。 それを見た時、高野の心にも何か動くものが、確かにあった。 胸にグッとくる、感動とかそういったものが。
みんな少しずつ変わっている……。 成長している……。
じゃあ私は変われるの? 成長、出来るの?
こんな自分でも?
………。
……わからないなぁ。
ああ楽しみ、と呟きながら、 高野はその場をのんびり歩き去った。
後日談パート3
〜駄目な大人達の漫談〜
「………」 「………」 『………』 「………」 「………」 『………』 「………」 (ほら葉子、突っ込め) 「………」 (嫌ですよ) 「………」 (お前が突っ込まなくて、誰が突っ込むんだよ) 「………」 (でも嫌です) 『ななな、なんか題名が変わってるぅっ?!』
「「おお〜」」
「やるな、小娘」 「なんだぁ、結局幽霊ちゃんが突っ込みましたか〜」 『ってかあんたら少しはやる気出しなさいよ!!だからこの作者も怒ってこんな題名にしたのよ!!……ま、確かに私以外に対してだったら正しい題名だけどね』 「……本当に生意気なガキだな。前回進まなかった一番の要因はキサマだと思うが?呆れるばかりだ、最近のガキは反省という言葉すら知らないらしいな」 『ピクッ。……はぁん、なんですって絃子?もう一度言ってみなさいよ。今度こそ、今度こそ呪いをかけてやるぅ〜!!イボ痔になる呪いとか』 「ふん、イボ痔は嫌だが、お望みとあらば何度でも言ってやるぞこのクソガ」 「まぁまぁ先輩落ち着いて。ほらほら幽霊ちゃんも威嚇しない。そうじゃないといい加減話が進みませんし、また作者さんに怒られてしまいますよ?本編が終わったのでこのコーナーもこれで終わりなんですから」 「なるほど……それもそうだな」 『葉子えら〜い。前回とは違ってちゃんと進めようとしてるわね』 「ブイ、当然です」 「ふむ。で、葉子、最初は誰の絵を紹介するんだ?」 「こらっ、せ・ん・ぱ・い!!そういう流れとか段取りとかを完全に無視した発言はやめて下さい!」 「む、悪い」 『ぷぷ、だっせ、怒られてやんの』 「……黙れそこ」 「コ、コホン。よろしいですか?よろしいですね?」 「『は〜い』」
「……えっと、それではこれより、正々堂々職権乱用、第三回『若いっていいわね美術式典』を開催いたしま〜す」 パチパチパチ
「え〜、じゃあ早速紹介していきましょうか」 『楽しみ〜。ワクワク』 「それではまず前菜として、周防美琴さんから」 「前菜、か。ひどい言い方だな」 「仕方ありませんよ、だって周防さんの描く人とか決まりきっているじゃないですか。もしかしたら麻生くんかも、とか思いますけど。それでももちろん……。まぁ論より証拠。いきますよ?」
ジャジャーン
「『お〜』」 「これはまた」 『いいわね』 「絵は決して上手くないが、周防くんが花井くんのことをどう思っているかははっきりわかるな」 『あっ、絃子のヤツ早速実名出してやがる……。まぁいいか、読者も誰を描いたかはわかるでしょ。それにしてもメガネがないと凛々しいわよね〜。いつもこっちならモテるのに。下にちらっと見えているのは、胴着かしら?』 「ええ、そうでしょう。おそらく道場で組手中の視点から書いたのではないでしょうか?」 「なるほど、だからなるべくカッコよく描いているわけだ。しかし……葉子の言った通り、つまらんな」 『私も同意かも』 「幼馴染みって感じで、なんか腹が立ってきますよね〜。でも大丈夫です。オチはつきますから。では花井春樹くんが描いたのが、こちらです」
ジャジャーン
「『あちゃ〜』」 『バカ、丸出しね』 「ああ、馬鹿全開だな」 「私ちゃんとクラスの女子を描いて下さいって言ったのに、どうして花井くんは一年生を描きますかね?」 「しかもその絵が上手いのもなんとも言えんな。ほら見てみろ、目元の細かい特徴まで描いているぞ?ストーカーしているから、顔写真とかたくさん持っているのかな」 『……最低ねっ!!この変態メガネも絃子と一緒に呪ってやるぅ〜!!!八雲は私のものよ!!!』 「あ、また実名が出ましたね」 「おい葉子。変態はもういいだろう。次、紹介してくれ」 「はいはい、わかりました。じゃあ次は……塚本天満さんでいきましょう」 「おお、鉄板だな」 「彼女も描く人は決まっていますからね〜。それではいきますよ〜」
ジャジャーン
「『………』」 (絶句) 『す〜んばらしぃ……エクセレントッ!!!』 「……流石だな。やっぱり彼女には美術の才能がある」 「ってあれ?幽霊ちゃん?クーベル伊藤さんが乗り移ってません?」 『っていうかマジで写真よりよく描けてるわよ?!あんなボケッとした子がこんな絵を描けるとは……長生きしてみるもんね、感慨深いわ〜』 「ええ、提出された絵の中で断トツで心がこもっていて、しかも鉛筆なのに技巧にも凝っていますからね〜。もちろん彼女には最高点をつけてあげます」 「ふむ…………恋の力ってやつだな」 『あら〜、恋の力って……絃子ロマンチック!!』 「あら〜、先輩がそんなことを言うなんて珍しいですねぇ?昔は口が裂けてもそんなラブリーなことは言いませんでしたのに」 「………」ゴクゴク 『照れんなっ!!』バシッ(掌) 「そうですよ〜」グイグイ(肘) 「あぁもうこの酔っ払いどもは!!からむなやめろ!!おとなしく絵の感想だけ言ってりゃいいんだ!!おい葉子!さっさと先進めろっ!!」 「ブー、わっかりましたよ〜。それでは可哀想ではありますが、塚本さんにもオチをつけてあげましょうか。お次は烏丸大路くんで〜す。どうぞ」
ジャジャーン
「『………』」 (再び絶句) 「どうです?すごいでしょう?」 『あ〜あ〜。えっと、コメントのしようが無いわね』 「上手いのだが……」 『確かに上手いけど……』 「これは……ムンクの叫びの、模写か?びっくりするほど、そっくりだ」 「いえ、真ん中にいる人の頭の両側にある特徴的な髪型から想像するに、おそらく塚本さんを描いたものかと」 「………」 『こういう描かれ方も、なんか嫌よね……』 「ああ、そうだな……」 「……ほ、ほらほら、二人とも気をとりなおして!大丈夫ですよ、烏丸くんが変わってるってことは、みんな知ってる事実ですから」 『ま、それもそうね。じゃあ葉子、次は誰?』 「あ、えっと……」 「あと残ってるのは高野くんに、拳児くんに……沢近くんか?」 「そうですねぇ、他の人のもありますけど面倒……あっと本音が、紙面も足りなくなりそうなのではぶきますか〜」 「ああ、そうしろ」 『八雲にも描いて欲しかったなぁ〜。まぁ描く人は決まっているだろうけどね。クスクス』 「それじゃあ、次は高野晶さんといきましょうか。はい、どうぞ〜」
ジャジャーン
「『………』」 (三度目の絶句) 「どうです?すごいでしょう?」 『葉子、烏丸くんの時と発言が一緒よ』 「だってすごいじゃないですか」 『すごいけど……』 「葉子の宿題の意図を完全に汲み取った上で、さらにその上空彼方をいっているな……。……だがいくらなんでも特定できないように徹底しすぎ……」 「ですよねぇ。私も確かに異性を一人だけ描きなさいとは言っていませんが、まさかクラス全員の男子を描くだなんて……」 『びっくりしたわぁ〜。ここまで顔が並ぶと壮観だわね。すっごい徹底っぷり。ねぇ絃子、この子、極度の恥ずかしがり屋?』 「恥ずかしがり屋……まぁそうだな。人前で笑顔すら出せないくらいにな。……それはそうと葉子よ。この中で花井くんはどこにいる?」 「え?え〜っと……ほら、ここにいますけど……なんで花井くんなんですか?」 「ほうほう、これか。ふふふ、いやなんでもないさ。ニヤニヤ」 「先輩……顔が丸っきり悪ですよ?」 「………」(ニヤニヤ) 『ほら葉子、わけわからん絃子は放っておいて、一気にいきましょうよ』 「あ、はい、そうですね。じゃあ次は沢近……」 「あ、ちょっと待った!!葉子、拳児くんを先にやってくれ。面白いものがあるからな」 「??」 「ほら」 「は、はい。それでは播磨拳児くんを先に紹介しますね。どうぞ〜」
ジャジャーン
「『あ〜あ〜』」 『やっちゃってるわ。こっちもバカ、丸出しね』 「これが従姉弟と思うと、情けない」 「私も驚きましたよー。今度から美術の宿題に漫画の原稿を出してはいけませんって言った方がいいのでしょうか?」 『んなアホなっ』 「安心しろ、そんな馬鹿はコイツだけだ。賭けてもいい」 「上手いんですけどぉ〜。異性と同時に自分も描いてますからねぇ?しかも抱き合ってるし……。0点にします」 『うあ、葉子ちん鬼〜』 「ふん、当然の仕打だ」 「それでは最後に沢近愛理さんです。いきますよ〜」
ジャジャーン
「『おお〜……お?』」 「これは……?ああそうかそうか、あの時の状態だな」 『は?いや綺麗に描けてるけど……なんで鼻血出してる顔なの?っていうか誰?目つき悪いわね』 「あれ?わかりませんか?彼は今部屋で寝ている播磨くんですよ」 『……えっ……えぇぇぇぇぇぇ〜!!!』 「まぁサングラス無いとだれだかわからんな。しかし、沢近くんも可愛らしい。ほら、何度も消して描き直した跡があるぞ」 「沢近さんの提出が一番最後でしたからね〜。色々苦労もしたのでしょう。例えばどこかの遊園地に行って強姦されそうになったのを助けられたり友人の妹に嫉妬したり彼の言葉に涙したりとか」 『……それ例えじゃなくて事実じゃない』 「なぁ、小娘。今度『好き』について沢近くんに質問してみたらどうだ?楽しい答えが返ってくるかもしれないぞ」 『あぁごめんパス。私、超能力者にしか興味無いのよ』 「……嫌な選考基準だな」 「それはそうと、先輩がさっき言ってた面白いものってなんですか?」 「おお、そうだそうだ。フフフ、二人ともちょっと待ってろ。ソロリソロリ、と」 「『??』」
「はい、お待たせ」 『んんん?絃子その紙はなんなのよ?』 「なに、熟睡している拳児くんの机の上からちょいと失敬したものだよ。フフフ」 「もったいぶらずに見せて下さいよ〜」 「では……そぉーれ!!」
ジャジャーン
「『……おぉぉぉぉー!!』」 「……これは……ホントに播磨くんが描いたものなんですか?!」 「ああそうだ」 『なによなによ、播磨のヤツゥ!!八雲のことはどうするの?!』 「……さぁな」 「まさか播磨くんが……塚本さん以外をヒロインに漫画を描くだなんて……ちょっと信じられません」 「まぁあの馬鹿にもなんかしらの心境の変化があったということだろう」 『この二人、これからどうなるのかしら?八雲の恋の邪魔になるようなら、私が……』 「おいおい、やめとけ。これはまだ可能性の一つでしかないんだ。未来はまだ未知数。今後どうなるかわからない。その子供達の無限の可能性を、私達が潰してはいけないよ」 『でも、ねぇ……。むー』 「それが我慢出来ないからキサマはガキだというんだ」 『……ふんだ!!じゃあそういう大人の絃子はなんでまだ結婚しないのよ!!付き合ってる人すらいないじゃない!!』 「……大人の事情さ。子供には一生わからん。……ああすまん、幽霊でもう成長出来ないヤツに言うことじゃあないな」 『ななな、なんですってぇぇぇぇぇぇ〜!!!!!!』 「やるのか?!」
ドッタンバッタン
「コ、コホン。では最後に作者さんのお言葉を。 え〜読者のみなさま、長い間本作品『はっぴーはっぴー』にお付き合い下さいましてまことにありがとうございました。無事に連載を終えることが出来て、ほっとしております」
ガチャンズダダダダ
「物語はスクランらしさをずっと保とうと思っていたのですが、最近になって最初からスクランらしくなかったことに気がつきました(笑)小林先生は偉大だと思います。突飛な展開は思いつかず、ストーリーも予想通りだったとは思いますが、みなさまが少しでも『はっぴー』になっていただけたならば作者は満足です」
ミョンミョンミョ〜ン『呪われろ呪われろ〜』
「『はっぴーはっぴー』はこれで終わりますが、播磨達の物語は終わりません。一応続編も考えております。書くかどうかはわからないので、期待せずに待っていて下さい。 それでは……」
『おばさんや〜い。こっこまでお〜いで』「あっ壁を通り抜けやがった、待て!!反則だぞっ!!」
「……ああもう、二人ともうるさ〜い!!!最後までこのノリですか?!」
AllHappyEND?
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