ツンデレラ−本章−………(旧S3の掲載作品
日時: 2007/07/21 00:26
名前: 一日一膳

この作品は旧S3に掲載したものです。
実は私個人のPCが壊れかけており、修復の際この作品が失われる可能性があるため、こちらへ保存をさせて頂きたく投稿しました。(PCの調子が悪いため、メディアへのバックアップが不可能;;;)
迷惑のようでしたら、バックアップが取れしだい消しますので、どうぞこの場をお貸しください。

  ツンデレラ1 ( No.1 )
日時: 2007/07/21 00:27
名前: 一日一膳


――むかーしむかし、とある小さな国の物語――


 あるところに一人の意地っ張りなお嬢様がいました。
 でも彼女は、本当は淋しがりやで、気になる男の子がいて、
 そんな彼に素直になりたいなどといつも考えていたりしました。

 これはそんな女の子のお話です。




――ヤガミ王国、沢近伯爵の屋敷
 夜。自室で机にあごをつき、愛理はぼぉっと窓の月を眺めていた。



「……なーんで素直になれないんだろ…」
「誰に?」
「ん……、あのバカにってわぁう!?」

 いつのまにか彼女の横に一人の少女が座っていた。
 紺の法衣を身にまとった彼女の名は高野晶。
 ヤガミ王国の宮廷魔術師であり、兼茶道部部長の
「違うわ。茶道部部長兼宮廷魔術師よ」

 ……失礼しました。茶道部部長兼宮廷魔術師の正真正銘、本物の魔法使
い。そして愛理お嬢様のご親友のお一人です。


「……ったく、いきなり人の部屋に入ってこないでよ。
ってか誰に話しかけてるのよ?」
「気にしないで。それより、あのバカって誰のことかしら?」

――何のことよ――
 白を切る愛理。紅茶、飲むでしょ? と席を立つ。
 そんな何気ない動作にもどこか気品を感じさせる。
 そんな親友が本当はとても繊細な心を持っていることを、晶は知ってい
るつもりだ。
 だから好きなのだ。彼女達が。
 見守っていきたいと思う。



「播磨君?」

 がっちゃん!


 よく持ち堪えたな、と晶は素直に感心した。


「か、かかかか、関係ないわよ、あんなやつ!! 
そう、これっぽちも、微塵たりとも!」
 必死に否定しながらもすこぶる挙動不審な友人に、彼女はふとため息を
ついた。

「どーでもいいのよ、あんなやつ。そんなことより、
早くお父様帰ってこないかしら。」
 こちらは机に突っ伏すと盛大にため息……というか文句を垂れ始める。
 幼いころに母を亡くした愛理はすっかり父親っ子となってしまったのだ。
 彼女の父親は、役目上家を空けることが多い。そんな事情を知る晶だが、
それでも愛理がそのことを人前で洩らすのは珍しいと思った。
 それほどにまで会いたいのか、あるいは

「よっぽど話をそらしたいのか」


 何かいった? と手で何かを弄びながら愛理がいぶかしんだ目を向けて
くる。
「なんでもないわ。それよりも……」
 晶はじっと愛理の手の上に視線をそそいだ。
「あ、これ? えへへ、綺麗でしょ」
 嬉しそうに笑って開く彼女の手のひらには一足の小さな靴がのっていた。
「ガラスの靴?」
 彼女は一度、目を瞬かせた。

「そう、お父様からの誕生日プレゼントなの! 去年のね」
 もう一度、綺麗でしょと言う彼女はやっぱり嬉しそうだ。実際それは細
やかな細工がしてあり、窓から差し込む月の光を映して幻想的な輝きを放
っていた。

「あ〜あ、もっと大きければ、履いたりなんかもできるのになぁ」
「履けるわよ?」

 あ、本当? でもさ、ガラスじゃ割れたりしたら危ないわよね。
 ダンスなんかも大変そう……




「ってうっそ!?」
「愛理、なかなか”引き”が上手くなったわね。」
「……なんだかそこはかとなくバカにされてるような気がするけど、
まぁいいわ。それより、今の話は本当なんでしょうね、晶!?」
「勿論」


――我に秘策有り――

 そうつぶやく晶さんをよそに、愛理お嬢様はぴょんぴょん跳ねて喜んで
います。だってなんだか素敵じゃありませんか。もしかしたらこのガラス
の靴を履いてお城の舞踏会なんかに行っちゃったりして、王子様に見初め
られちゃったりするかもしれません。でも魔法は12時に解けてしまうか
ら、あわてて帰ろうとして靴の片方を落としてしまって……。
 っとそちらの方は先客があったようで無理だそうです。残念。


 何はともあれ、晶さんは懐から瓶を取り出すと一滴、二滴と何やら液体
を靴に振りかけました。そしておもむろに呪文を唱え始めます。







   ――ツン ツン デレデレ

             ツン  デレデレ


    ガラスの靴よ 大きくなぁれ

     意地っ張りなあの娘を包んでおやり 



    ――ツン ツン デレデレ
 
              ツン  デレデレ
  





「……何なのこの呪文?」
「気にしないで」





 するとどうでしょう。手のひらほどの大きさだったガラスの靴が、みる
みる大きくなって立派な靴になってしまったではありませんか!



「すごい、すごーい!!」

 お嬢様は大喜びです。早速、履いてみるとぴったりです。ガラスの靴は
今の彼女の気持ちを表すかのように一層と輝きを放ち始めます。


――そうだ、あいつにも見せてやろう――

 お嬢様はふと思いました。いつもならその後に沸いてくる敵愾心や
恥ずかしさなんかでうまくいかないそんな思いつきも、夢が叶った嬉しさ
からか今夜は素直にいけそうです。椅子に座ってぷらぷらさせていた足を
床に下ろすと勢いよく立ち上がろうとします。


「まって、愛理」

 それを止める晶さん。 
 不思議そうにする愛理さんですが、流石そこはお嬢様。

「あ、そうか、これガラスだったっけ」

 そう、これはガラスなんです。こんな靴で踊りまわったり、階段を駆け
下りたりしたら割れて大けがしてしまいます。普通。




 すぐに気がつくと、てへっと舌を出しておどけた仕草をしてみせたりす
るお嬢様。普段のお姿からは想像もつきません。
 もとの靴に履き直そうとあたりを探し始めます。
 そんな愛理様を見つめながらやっぱりこちらも嬉しそうな晶さん。


「よかったわね、愛理」
「うん、アリガト、晶!」
「そう言えば一つ忠告があるんだけど」
「ん? 何?」


 愛理お嬢様、どうやら靴が片方見つからないご様子です。







「その靴、一度履いたら二度と脱げないから注意してね」


「そーゆーことは先に言いなさいよ!!!」











――今回、ノリ突っ込みは無しだそうです。



  ツンデレラ2 ( No.2 )
日時: 2007/07/21 00:28
名前: 一日一膳



――それから暫くして――

 現在、沢近家は異様な緊迫感に包まれています。
 それもそのはず。緊急時にしか開かれることのない、
「沢近家緊急対策家族会議」が急遽開かれる事となったのですから。



 今回の出席者は、重要参考人の沢近愛理お嬢様。
「まちなさいよっ! これじゃ、私が一番悪者みたいじゃない!!」 

 証人Aの高野晶さん。
「神に誓って虚偽の証言はいたしません」
(「ちょっと! 今回、明らかにあんたが原因……)

 沢近家の名執事、ナカムラさん。
「よろしくお願いいたします」

 そしてなぜか両頬が真っ赤な、同じく沢近家に仕える執事見習の播磨拳
児くん。
「何で俺たちの紹介は普通なんだ?」
「人物設定がしっかり伝わってないと困ると思って」


 以上四名。






 そんなこんなで始まった家族会議。静まり返った食堂で、テーブル上
に並んだ四つのティーカップから細い湯気が立ち上ります。
 晶さんが口火を切りました。

「少し長くなるけど、ここに至るまでの過程を説明するとつまり……
     『かくかく、しかじか』    というわけなの」


「…………」
「…………」
「なるほど、それは困りましたな」


 日本語って素晴らしい。





「……そりゃ、言葉の用法としては正しいんだろうけど……」
 愛理お嬢様はどことなく納得しかねている様子です。
 そんな彼女の隣で播磨青年が挙手をしました。

「……なぁ」
「何かしら? ここへ来る前に話を聞くなりほんとかよ、と言って靴を脱
がそうとして脱げないからってムキになって強引に足と靴を掴んだ挙句、
スカートをはいた愛理をすっ転ばせて鋭い往復ビンタを受けて両頬に見事
な紅葉を咲かせた播磨拳児君」

「……ここに運んでくるために、かつぎ上げたらいきなり貰った一発分が
抜けてるぜ」
「な、なによ! それでおあいこでしょ? いいじゃない!!」
 真っ赤になりながら一生懸命抗議する沢近お嬢様。
 だって、びっくりしたんだもん――なんてごにょごにょ言っていますが、
残念ながら彼には聞こえてないようです。


「んで、どーすんだよ。脱げねぇならぶっ壊しゃいいんじゃねーのか?」
 ガラスだろ? と提案する彼に晶さんがやんわりと首を振ります。
「ガラスだから問題なの」

 ガラスというのは存外危険なものでして。ちょっとした欠片でも体内に
入ると、血管を通って心臓に達してしまったりするそうです。
 それにこの靴は複雑な装飾が施されており、どの様に割れるのか全くわ
かりません。割れたガラスによる傷というものはなかなか消えず、一生残っ
てしまったりもします。
 例え大きなケガでないにしろ、年頃の女の子にはやっぱり大問題です。
 つまり、無理矢理壊したりすると……

「キズモノになってお嫁にいけなくなっちゃったじゃない。責任取りなさ
いよ、播磨君! ってことになるわね」
「「どーしてそこにヒゲ(オレ)が出てくるのよ!(んだよ!)」」


 流石はお二人。息もぴったりです。顔を赤くしながらもすごい剣幕。
 そんな二人をどこ吹く風で、晶さんは紅茶を一口、口にします。

「大丈夫、魔法を解けばすぐ脱げるわ。ただ、使った魔法薬がノリで作っ
たのだから解呪の方法がとんと見当つかなくて、解くのにどれだけ時間が
掛かるかわからないなんて口が裂けても言えないけど」
「聞こえてる! 全部、聞こえてるから!! あんた、絶対楽しんでるで
しょ!?」

 わかる? とかわいらしく首をかしげたりする晶さん。
 がっくりと肩を落とす御両人。なんだか辺りに疲れた空気が漂います。


 そんな中、一人すっと立ち上がるナカムラ氏。








「皆様、紅茶の御代わりはいかがですかな?」


 プロの執事って素敵です。






 結局、晶さんが解呪の薬を完成させるまで、下手に手出しはしないとい
うことになりました。無難と言えば無難ですが、この際仕方がありません。
 という訳で、早速研究所
「部室よ」

 ……部室に戻るわ、と晶さんはテラスに出ると庭に下りました。


 見送りの播磨くん
「本当に大丈夫なのかよ、高……」
「高野よ」
はかなり心配しているようです。なんだかんだで人のいい青年ですから。
 そんな彼に微笑みながら、心配しないでと彼女は言う。

「茶道部だからね」

「?」


――アイル・ビー・バック――


 やっぱり謎な呪文を唱えると、パッと彼女の姿は消えました。
流石は魔法使い。……ちゃんとした魔法も使えるんですね……。
 一人、残された播磨くん。まだ不安気な様子ですが、今はどうすること
もできません。彼は頬をかくと空を見上げます。
 夜もすっかり深けてしまいました。


 今夜は星がとても綺麗です。





  ツンデレラ3 ( No.3 )
日時: 2007/07/21 00:28
名前: 一日一膳




     朝

       目覚めの朝


    一日の始まり

        新しい始まり





   ――そして


          問題の


               始まり











 そう、問題は何も解決していないのです。
 むしろこれからが本番ってくらい。


 昨夜は夜遅いということもあり、その後すぐに眠りについた沢近家の面
々。しかし今朝、すぐにその問題が浮上したのです。

「…………」
 桜色のお顔でお姫様だっこされたお嬢様と共に。













 今朝、目が覚め着替えようとしたお嬢様は気がつきます。

   ベッドから下りられません。

 当然足にはまだガラスの靴を履いており、床に足をつくことができませ
ん。取りあえず播磨くんに抱えられて一階にまで降りてはきましたが、問
題はこれからの生活です。
 晶さんの解呪の薬待ちといっても、いつになるかもわからない状況。
 そしてその間、愛理お嬢様も日常を過ごさなくてはならないわけで。
 このままでは外を出歩くどころか、一人で紅茶を淹れることすらままな
りません。密かな楽しみのあいつの部屋の探索も、照れ隠しの膝蹴りだっ
てできやしないのです。
 これはもう、誰かが愛理様のお世話をしなくてはなりません。

 それこそ。四六時中。



「それでは播磨様、お嬢様の事をよろしくお願いいたします」


「……な!?」
「な、なんでこいつだけ!? ナカムラだっているじゃない!」



 飄々とたたずむナカムラ氏。その背筋は真っ直ぐに伸び、非の打ち所が
ありません。食って掛かる二人は大慌て。
 ……一人、怒っているわりには耳まで真っ赤ですが。

「申し訳ありませんが、それは無理なのです」

――私、執事ですので――


 失礼します――頭を下げると退室するナカムラさん。
 後に残るは呆然としたお二人。お部屋がとっても静かです。


「ねぇ、ヒゲ」
「なんだよ」



「執事の仕事ってなんなのかしら」

「……俺に聞くなよ」




   それでいいのか見習い執事?
















 そんなこんなで播磨くんが愛理お嬢様をお世話する日々が始まりました。
 とは言っても犬猿を絵に描いたような二人。そうそう、うまくいくもの
ではありません。
 勢い、生傷なんかも絶えなかったり。(主に一方が)
 それでも義理堅い男、播磨拳児。なんだかんだでしっかりと面倒を見て
あげます。
 見舞いと称して、この機にお嬢様へお近づきになろうとやってきた他の
男たちなんて……顎で使われることに耐えかね……姫君の我が侭に耐えか
ね……しまいには動けないことをいいことに、押し倒そうとして鉄拳を喰
らって泣き出す者も出る始末。
 ……ちなみに彼は後日、謎な元傭兵の手によって行方不明になったとか
ならなかったとか。


 そんな連中が訪れたり、二度と訪れなかったりする中。
 どんなに理不尽な事を命じられても……例え怒ったとしても……絶対に
側を離れず、懸命に世話をする播磨くん。男の鏡です。
 最初は意地ばかり張っていたお嬢様ですが、どこか満更でもないご様子。
 しだいに素直なところも見せるようになってきました。






「ヒゲ」
「なんだよ」

「紅茶を淹れなさい」
「ぐっ。……ほれ」




「ヒゲ」
「んだよ」

「窓、開けてよ」
「……ほらよ」




「ヒゲ」
「今度は何だよ」

「……肩、揉んでくれない?」
「……ったく、歩けないことと関係ねぇじゃねーか」

 …………

 …………

「……ねぇ、ヒゲ」
「あん?」


「……怒って……ないの?」
「しょーがねーじゃねぇか。俺がやんなきゃお前、困るだろ?」
「ウ、ウン」


 …………

 …………

「……ねぇ、ヒゲ」
「なんだよ」

「……アリガト」
「お、おぅ」

 …………

 ……

 …


 少しだけ……ね











              二人の日々は 流れていきます


                 ゆっくり  ゆっくり









  ツンデレラ4 ( No.4 )
日時: 2007/08/06 14:23
名前: 一日一膳


 ――まさかあいつがここまで一生懸命私の世話をしてくれるとは思わな
かった。嫌われてる……わけじゃないんだ。

 あいつに世話されるのは、別に嫌じゃない。
 その……だ、だってしょうがないし。
 流石に入浴なんかの男のあいつじゃ手伝えない事もあるから新しくメイ
ドを雇ったけど、(それが後々、ややこしいことになるなんて思わなかっ
たけれど……)後はほとんどあいつにやらせてる。
 だ、だってほら。どーしても移動とかあるから……


  ――あいつは軽々と私を抱き上げる――


 お、おおおお女の子のあの娘じゃ無理なことも多いし!
 首に腕をまわすのだって、い、いくらあいつがバカ力でも大変かなーっ
て……そ、そう、私の優しさよっ、優しさっ!!

 それにあいつ、結構気が利くし。この間なんか、車輪のついた変な椅子
――あいつは椅子車って呼んでたけど。あいつが考えて家具屋に作らせた
んだそうだ――を持ってきた。
 石畳じゃ振動が酷いけど、おかげで町に出られるようになった。
 家の中でなら少しくらい自分で動けるし。
 クッションも柔らかいし。
 ……ただ、そのせいでだっこして貰う機会が減っちゃったのが少し残念
かも……って何を言わせるのよ! もう!!
 だ、大体あいつは召使いなんだから私の世話をするのは当然なのよ!
 だから、嬉しいとか……と、とにかくそーゆーのは一切関係ないんです
からね!!






 ……

 …………でも






 ………

 ……………でへへ




















  ベランダ


 夜風が優しく頬を撫でる。
 女性ならば誰もが憧れるだろう髪が、さらりと優しくなびく。

 彼は今、少し席を外している。出来る限り側にいる彼だが、彼女が一人
きりになる時間が皆無というわけではない。今はそんな短い一時だ。
 それにこの椅子のおかげで、部屋やベランダ程度なら行き来することも
出来るので一人でも特に問題ない。
 夜空に浮かぶ満月をじっと見つめながら、物思いに耽る彼女。
 その白い陶磁器のような肌は月の光に晒され、最早透き通るかのようだ。
 それでいて憂いを帯びた瞳と、目元にほんのりと差した朱が、彼女によ
り幻想的な美しさと柔らかさを与えている。
 それはまるで、月の女神が地上に降り立ったかのようだ。








 昨日。昨日は町へ買い物に行った。
 この椅子は便利だけど、ガタガタする音が気になるから。
 あいつにだっこさせる事にした。
 あいつの顔、真っ赤だったな。




 

 今日。今日は暇だったからあいつの趣味の絵につき合った。

 絵を描いている時のあいつの瞳はとても真剣で。
 ……今まで、ろくに見もしないでヘタクソなんていってごめんなさい。
 謝ったらあいつ、困った顔をしていたな。
 今度、描き方を教えてくれる事になった。







 明日。明日は何をしよう。














「できたわよ」

「うにゃあっ!?」





「憂いを秘めた……つまり幸せな気分でとろけそうな顔をしていた愛理は、
突然かかった声に思わず椅子から滑り落ちそうになる」
「なんなのよ、その説明口調は! っていうか、いきなり出てこないでっ
て言ってるでしょっ!? そ、それに、別にとろけそうな顔なんて……」

 指先を互いに合わせて、もにもにさせたりしている愛理さん。
 そんな彼女を気にもせず、晶さんは小さな瓶を一つ取り出しました。
 中には何やら薄桃色の透き通った液体が入っています。



「できたわよ」
「? だから何が?」
「薬」
「?」



 …………

 …………


 はっと気が付く愛理お嬢様。
「いくら最近彼が優しくて幸せな日々が続いているからって、それはあん
まりです。がんばって薬を作った晶さん、かわいそう」
「なっ!? 何バカなこと言ってるのよ! わ、私、別に幸せな日々とか
……ってだからその口調はやめなさいよ!!」

 残念そうな晶さん。
「せっかく見栄っ張りなあの娘の思いを描写してあげてるのに……」
「しなくていいわよ!!」


 そうです。こちらの仕事がなくなってしまいます。
 でも、自覚はあるんですね、お嬢様。




 ところで、そろそろお話の方を進めてほしいのですが……

「そうだったわね」
 取り出した薬をいきなり愛理様の足先に振り掛けると、高野さんは呪文
を一唱え。



 ――ツンデレ デレの デレッ!




「さ、これで魔法は解けたわ。それはもう、ただのガラスの靴よ」
 大きさはそのままにしておいたから――


 言葉を続ける高野氏。お嬢様が止める間もありません。
 あっという間の出来事でした。いくらなんでも展開早すぎです。

「文句ある?」

 ……いえ。


 
 何か言いた気な愛理さんを残して、晶さんはひらりとベランダを乗り
越えます。ここは二階なのに、不思議と空中に静止する高野女史。
 足元には、ゆらゆらと空に浮かぶ絨毯……なんだか刺繍がやたら
豪勢です……が漂っています。

 じゃぁね――と一言残すと袖から妙な縦笛を取り出す高野さん。
 やっぱり妙なリズムの音楽を奏でながら、あっという間に夜の闇の中へ
飛び去ってしまいました。

 月をバックに飛んでいく絨毯に乗った少女。
 なんだかとってもメルヘンチックです。















 愛理はどこか狐につままれたような顔をして、晶の去った夜空を見詰め
ていた。
 あれだけ苦労した魔法が。
 これからもまだ続くと思っていた時間が。
 突然、終わりを告げたのだ。

 これでもう、本棚から本を取るのをいちいち人に頼まなくてすむ。
 思う存分に動き回れるし、馬にだって乗れる。
 階段を下りる度にわざわざあいつに……だっこして貰う事も……ない。
 ……ちょっとした、ほんの些細の用事で呼びつけることも……
 あいつがずっと側にいる必要だって……もうないのだ。



 愛理は不思議だった。
 自分は不自由から開放されたのに、どうしてあまり嬉しくないのだろう。
 あれほど自分の足で歩きたいと願っていたはずなのに、この胸に湧く…
…いや、何も湧くことのない、この空虚感は何なのだろう。
 先程まで心地好かったはずの風が、今は少し肌寒く感じるのは……何故
なのだろう。


 一瞬、両手で肩を抱き身をすくませると、彼女はかがんで足元に手を伸
ばす。
 靴は今までと同じ様に、まるで彼女の体の一部であるかの様に、優しく
足を包み込む。
 決して脱げることのなかったガラスの靴。
 それが今、力をこめると、何の抵抗もなく足を離れた。



「……そっか。魔法、解けちゃったんだ」





 目の前の靴はやはりとても綺麗で。
 月の光を浴びながら今も尚、輝きを放っている。


 彼女はそれをじっと見つめ続けた。

















 ――チュン チュン
           
             チチチチ……







 小鳥達が目覚めの歌を歌いだす。




――コンコン

「おい、お嬢。起きてるか?」


 播磨拳児はノックをすると中に声を掛けた。
 以前、いきなり開いて着替え中の少女と相対し、生命の危機に晒された
のだ。朝っぱらから大理石でできた置時計を投げ付けられるのは、健康上
よくないと思う。非常に。
 できれば、二度とごめんだ。


――ウ、ウン。起きてる――

 いつもより小さい返事に少し心配になりながら拳児が部屋に入ると、彼
女はまだベッドの上だった。
 なぜか掛け布団からちょこんと顔を出してこちらを窺っている。
 その瞳はどこか潤んでおり、顔も心なしか赤いようだ。
 そんな彼女に彼はますます心配になった。

「お、おい、お嬢。お前、熱でもあるのか?」
「えっ!? そ、そんなことないわよ?」

「んなこといったって……顔、あけぇじゃねーか。ほれ、ちょっと熱、計
らせてみろ」
「え、あ……。ひゃうっ!?」


 突然、お嬢様の額に手をあてる青年。
 更に真っ赤になる少女。
 
「……ほれ、やっぱり少し熱があるみてーだぞ」

「…………」



――あいつの手はおっきくて。ごつごつしてて……
 なのにとっても温かくて。優しくて……

 ……気持ち良くて




「…………じゃないもん

「あ?」



「…………熱じゃ……ないもん」









 いぶかりながらも、拳児はいつもの様に愛理を抱え上げる。
 何はともあれ、隣の部屋へ連れていって着替えさせなければならない。
 メイドの彼女も待っていることだ。

 愛理の背に優しく手を添え、揃えた両膝の下に手を差し込む。
 腕に流れるシルクが肌に心地好い。
 そっと彼女が腕を首にまわすと、彼女の頭がより近くになる。
 金色の髪から、どこか甘い柔らかい香りが拡がりだす。
 いくら毎度の事とはいえ、この時ばかりは拳児は自分の頬が赤くなるこ
とを止めることができないでいた。
 どうやら男の子も色々複雑なようだ。







 その時、ベッドから離れた足先が軽く触れ合い



  ――― チン ―――



 小さな 小さな音がした。





















 ――恋の魔法はまだ解けていないようです




  ツンデレラ5 ( No.5 )
日時: 2007/07/21 00:31
名前: 一日一膳




 ――最初は我が侭ばかり言っていたお嬢だが、最近はわりと大人しくなっ
てきた。それはそれでなんだか変な感じなんだが……ま、いいだろ。

 ……まぁ、こいつもしおらしくしてりゃ……見てくれは悪くねぇらしい
からな。どこぞのお嬢様にも……見えなくはないか……。
 にしても、女ってのは皆こんなに軽いもんなのか?
 体なんて随分細ぇし、それになんだか柔らか……
 って、何考えてんだ俺は……。
 まったく……。

 ……
 
 …………でもまぁ

 素直なあいつも悪くないかもな。





 けど、素直になったんならついでに寝室を一階にしてくれりゃ助かるの
にな。毎朝、毎晩、あの階段を上り下りするこっちの身にもなってくれ。
 あ? 何で変えないのかって? ベッドが変わると眠れないんだと。
 前に俺の部屋で勝手に昼寝してたのはどこのどいつだよ。

   ん、お嬢が呼んでるな……。

 ……何? また遠乗りに連れてけだって?
 いいけどよ……。お前を前に乗せると、髪がくすぐったいんだよな。
 それに、普段は乗馬服で男顔負けなくらい駆けずり回るくせに、なんで
最近はドレスに横座りなんだ?
 ん、何だオメー。
 顔、あけぇんじゃねーのか?
 大丈夫なのか……って痛ぇ! 何しやがる!?



















 沢近お嬢様がガラスの靴を履かれてから随分になります。
 どうやらまだ、魔法は解けていないようです。
 だからと言って、播磨君が何もしてこなかった訳ではありません。
 ある時は茶道部部長殿のところへ赴き……

「高岡!」
「高野よ」

 薬はまだかと催促し。

「問題無いわ。計画通りだから」
「そ、そうなのか?」
「全ては読者の意思のままに」
「へ?」


 僅かな可能性にかけて、他の魔術師達に解呪を試みさせたりもするが……

T魔術師の場合
「……あれ? 別に魔法なんてかかってないな。これはただの……」


  ――― シャーーッ ――― (←蛙を睨む蛇な音)


「……何か言ったかしら」
「……イイエ、ナニモ」


G神父の場合
「た、高野だと!? あ、あんな奴に関わらせんでくれ!」




 流石は王国宮廷魔術師の魔法。
 並大抵の術者では歯が立ちません。尻尾を巻いて逃げ出すばかりです。
 そんなこんだで一月あまりが経ってしまいました。






 そして今日も一日が始まります。
















 あいつに椅子を押してもらって、今日も町に出る。
 特に目的なんてない。
 必要な物は大抵、屋敷に来る商人に頼めば事足りるから。
 でも、私はこの雰囲気が好き。
 行き交う人に声を掛ける八百屋のおじさん。
 今日はトマトが安いんだそうだ。
 露店に並ぶ髪飾り。
 こんなところで売っている物だから、高い物ではないのだけれど……。
 それでも綺麗で、丁寧に作ってあって。私は嫌いじゃない。
 小さな女の子が一人、目を輝かせて覗き込んでいる。
 真剣な顔をして首飾りを睨んでいる男の人は、気になる彼女へのプレゼ
ントかしら? あのバカと同じくらいの年みたいだ。

 いつもと同じ、平和な一時。
 前はよく、美琴達と四人で歩き回った。
 今日はこの靴の事があってあいつと二人だけど。
 今度また、皆で来ようかしら。
 ただ、この靴を履いてからなんだか町が少し変わった気がする。
 ……なんて言うか、優しくなったって言うか……。
 やっぱり動く椅子に乗った女の子って目立つのかな。
 最近、よくお店の人に声を掛けられたりする。

――お? 沢近伯爵んとこのお嬢ちゃんじゃないか。まだ、魔法解けない
 のか。大変だなぁ。んー、まぁあの彼氏がいれば大丈夫か。

――よぅ、嬢ちゃん。今日もかわいいねぇ。なんか最近、益々綺麗になっ
 たんじゃないか? なんて言うか……そうそう、よく笑う様になったよ。

――あらあら、沢近ちゃん。今日も彼氏とデート? あははは、そんなに
 真っ赤になって否定する事ないじゃないか。もうこの辺じゃ、すっかり
 あんた達の事は噂になってるよ。お似合いのカップルだって。

――お、こ、これは沢近さん! ほ、本日も御機嫌麗しゅうご、ございま
 す! 町の安全は俺……い、いや、私達騎士団にお任せください!
  ……あ、あの、よかったら今度の非番の日に僕と…… え? 連れが
 いるって? や、やっぱりあの噂は本当なのか……(がっくり)


 …………な、なんだか色々誤解が生じてるみたいだけど。

「よぅ、愛理ちゃん」

 あ、パン屋のおじさん。こんにちは。

「今日は彼氏と一緒じゃないのかい?」
「か、彼氏じゃないですっ!!」





 ……彼氏じゃないもん。
















 ヤガミ王国城下町の中央広場。
 ここを通って北から南へ、東から西へ真っ直ぐと道が伸びていく。
 整備された広い石畳の道のあちこちには、露店や店が広げられている。
 昼時の今頃は、お腹を空かせた家族に振舞うお昼の食材を求めてか、
多くの人で賑わうのがここの日常だ。

 そんな広場の噴水の傍らで、変わった椅子に座った少女が人の流れを見
詰めていた。彼女は今、連れが戻るのを待っているところだ。
 その時間はあまりにも平和だったから。
 その時は誰一人として、あんな騒ぎがおこるなどと思ってもいなかった。



  「暴れ馬だぁーっ!」



 誰かが叫んだ。







 俺がその声に気づいたのは、ちょうど注文したソフトクリーム(魔法冷
却庫によって作られる乳製品氷菓子。甘くてうまい)を両手に受け取った
時だった。振り向くと、一頭の栗毛の馬が道の向こうから広場に向かって
突進してくるのが見える。


  ――お嬢っ!――



 俺は手にした氷菓子を投げ捨てると駆け出した。








 暴れ馬。
 普段は温厚で交通の要となる馬も、度を失えばその巨大な体躯は凶器と
なる。一番賢いのは、逃げることだろう。
 こんな事態のために騎士達は見回りをしているのだから。
 しかし。
 そこで愛理は気が付いた。
 自分は今、非常に不自由であることに。

 目の前の人垣が徐々に避けていくと、目の前に一頭の馬が現れた。
 その姿は雄雄しくて……。猛々しくて……。

 私は本来ならば逃げることだって出来たのだ。
 でも、その時は何故か動けなくて。
 まるで自分が自分じゃないようで。

 真っ直ぐに私へ向かってくる馬の目は真っ赤に血走っていて。
 どうしてそんなに憎々しく私を睨むのか。
 その事がとても不思議だった。


 視界がその体で覆われた瞬間、私の体は強い衝撃と共に弾き飛ばされた。
 そんな中、何故か視界の片隅に飛んで行く靴がやけにはっきりと見えて。

――あいつに、嘘ついてたのばれちゃうな

 私はそんなことを冷静に考えていた。















 ――えりっ えりっ!!

 誰かが私を呼んでいる。



 ぼんやりとした頭で辺りを見回す。
 まず、視界に入ってきたのは見慣れた、鋭い、あのバカの瞳。

「愛理っ!」

 あはっ。こいつが私のことをそんな風に呼ぶのは子供の頃以来だ。
 いつの間にお互い、気楽に名前で呼ばなくなっちゃったのかなぁ……


「おぃ愛理っ! 大丈夫なのか!?」
「……え?」

 ふと気が付くと、あいつが真剣な顔をして私を覗き込んでいる。
 確か私は馬に跳ねられて……。
 あれ……そのわりにはどこも痛くない?

「どっか痛むところあるか!? あ、そういや靴!……ってうぉ!? 脱
げてるじゃねーか???」


 まぁ、もともと魔法は解けてたわけだし。あの衝撃じゃぁね。
 どうやら特に怪我をしているところはないようだ。
 その代わり、目の前のヒゲの額からは血が流れていて……

「ってアンタこそ血が出てるじゃない!!」

「ん? ああ、これか。大したことねぇって。馬を避けた時に受身
失敗しちまってな。ちょっと擦っただけだからよ」


 よく見ると服も右肩の辺りが裂け、さっきからヒゲは右手をだらんとさ
せたまま動かしていない。
 向こうには騎士達に抑えられた馬と、粉々になった椅子が見える。


 つまり

「……私を庇ってくれたの?」

「ん? ……んー。ま、まぁそういうことになるな」
 あいつは恥ずかしそうに顔を背けるけど……





 私はいつも素直になれなくて。
 いっつもこいつに迷惑かけて。
 今日だって本当は、魔法なんて掛かってなんかなかったのに。
 私のせいで怪我をした。


「…………ご、ごめっ」






――ごめんなさい、という言葉は最後まで続ける事ができなかった。
















               ふぇえええぇぇん





















 突然泣き出したお嬢に、俺はどうしていいのかわからなくなってしまっ
た。取りあえず、どこにも怪我はないようだから安心できそうだが……。
 ……にしてもなんで靴は脱げたんだ?


「説明しよう」
「ぬぉっ!? た、高尾?」
「惜しいわ」

 高野よ――といつの間にか播磨君の横に現れた高野宮廷魔術師。
 彼女は彼の目の前で小さな空瓶を振って見せた。

「つまりね……。偶然今朝解呪の薬を完成させた私が、偶然この広場を通
りかかり、偶然今回の事故を見かけて、これはまずいと咄嗟に魔法薬を振
り掛けると呪文を唱えて解呪したのよ。ああ、危なかった。危機一髪」

「……なんかやたら偶然が多いな」
「偶然よ」

 それはともかく。
 両手で見えない何かをどける高野女史。

「これでガラスの靴は脱げたわ。ただし……」
 その手にはあのガラスの靴。

「ただし、魔法の効果はまだ残ってるから、また履いたりなんかすると脱
げなくなるから注意してね」
 そう言い残すと彼女は靴を置いてすっと立ち上がる。


 ――シャル・ウィー・ダンス――


 またまた謎な呪文を唱えると……
 トツトツトツと歩いて人ごみの中へ消えて行きました。


「……やっぱりあいつはよくわからん」




















 いつもは強気で、勝気なお嬢が。
 今、俺の腕の中で泣いている。
 こいつとは八年の付き合いだから、別に珍しいことだとは思わねぇ。
 ……これでも結構淋しがり屋なとことかあるからよ。
 
 俺は、別にこいつがどうとかじゃねぇけどよ……。

 ……でも

 …………なんでかわかんねーけど


 こいつが泣いてるのを見るのはあまり好きじゃねぇ。


 だから……。
 俺には他に方法が思いつかなかったから。
 お嬢の頭をそっと撫でたんだ。

 そしたら

 一瞬、泣き止んで俺の顔を見上げたと思ったら


 ―――なんだか子供みたいな顔をしていたな―――


 またすぐに首にしがみ付いて、さっきよりもでかい声で泣き出しちまっ
た。……しょーがねーから、俺はそのまま撫で続けたよ。




 …………周りで見てる連中がすっげぇ気になったけどな。






















 少し離れてから高野は後ろを振り返る。
 視線の先には子供の様に泣く少女と、困ったような顔をしてその子の頭
を撫で続ける少年。辺りはやっといつもの喧騒を取り戻し始めた。
 二人を囲む群衆は、立ち去る人も見守る人も、何故か皆どこか恥ずかし
そうに、それでいて優しい微笑みを浮かべている。


 その光景はとても暖かかったから。
 とてもとても優しさに包まれていたから。
 晶は両手の人差し指と親指で四角い窓を作ると


「パシャッ」



 一枚の絵を切り取った。













  ツンデレラ6 ( No.6 )
日時: 2007/07/21 00:33
名前: 一日一膳



 そんな事件があったりして……



「ヒゲ」
「…………」



 二人の関係はどうなったかというと……



「ねぇ、ヒゲってば」
「んだよ、この金髪ツインテールお嬢」


「あんたねぇ! そーゆー呼び方は止めなさいって言ってるでしょ!?
まったく召使いのくせに!」
「だから俺は執事見習いだっつぅの!」


 辺りに轟く罵り合い。
 青いお空が眩しいです。


「……じゃあ召使いと執事見習いの違いを言ってみなさいよ」
「うっ……」
 詰まる播磨青年。


「ほーら、やっぱりわからないんじゃない」
 うけけ、と笑うお嬢様。


 そんな二人を静かに見守る隻眼の執事。








 ……どうやらあまり変わっていない御様子です。

















 ―――けれど



 寝室。枕もとの棚の上に、一組のガラスの靴が飾ってある。
 愛理が指先で軽く弾くと澄んだ音色が辺りに響いた。
 彼は知らないけれど、もう魔法は掛かっていない。
 だけど、これは父親からの大切な贈り物で。
 そして……彼との……日々の証だ。


 ―――そんな沢近家の日常に



 愛理は靴の片方をその手に取る。
 鮮やかな紋様は、光を映して一瞬たりとも同じ色を表さない。
 何かを思いついたのか、彼女は小さくその顔に笑みを浮かべた。


 ――― 一つだけ変わったことがあります



「……ね、ねぇヒゲ」

「ん? 何だよ……ってくぉっ!? お、お前、それ!」


 ―――それは



「あのっ、そのっ。ゴ、ゴメンなさいっ」

「ゴメンってお前、その靴……」

「……ウン」


 ―――少女が少年を困らせるために



「何でまた履いたりすんだよっ!?」

「だ、だってこれ、お父様からの大切なプレゼントだから……」
 あなたとの大切な思い出の品だから……

「す、すごく綺麗で、見てたらまた履きたくなっちゃって……」
 また、かまって欲しくなっちゃって……


 ―――少女が少年に素直になるために



「新しく解呪の薬を作るのに一週間はかかるわ」
「うぉっ!? 高野?……じゃなかった高木!」

「…………わざと?」
 少し淋しそうな高野部長。


 ―――時々



「…………怒った?」
 やっぱり、迷惑だよねと小さくなる愛理。


 ―――少女は



 拳児は一つため息をついて頭を掻いた。
「……次からは薬を用意してから履いてくれ」
 その瞳はどこか優しくて。

「!! う、うんっ!」
 少女はとても嬉しそうで。







 ―――魔法の靴を履くようになったのです。
 












「愛理」

「な、何よ」


「よかったわね」

「…………ウン





















 それからというもの。
 この国では気になるあの娘に、ガラスの靴を
贈る事が習慣になったとか、ならなかったとか。

 え? その後、二人はどうなったかって?
 それは誰にもわかりません。 
 だって二人の日々はまだまだ続くのですから。







 これからもずっと。



 ずっとね。





















      ――ツン ツン デレデレ

                 ツン  デレデレ


         意地張り  強情  淋しがり

                  彼女の名前は ツンデレラ 


    これから何が起こるかわからぬが 


              ガラスの靴は絆の証


                   二人はちょっぴり近づいた
  


        ――ツン ツン デレデレ

                   ツン  デレデレ




      むかーし むかしの 平和な国の

            小さな 小さな  幸せな物語









                                 Fin

 



戻り