サングラスを外してみると……(播磨×愛理)
 
  
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月15日(金) 01:50    題名: サングラスを外してみると……(播磨×愛理)  

第二作目となります。
第一作目の『For good cause?』は 《お子様ランチ》 でしたが,今回は 《旗》 でいきたいと思います。
今回は以下の点をご理解のうえ,お読みください。

・残念ながら,表現力などまだまだ未熟な点が多いので読みにくいかと思います。
・前作よりはヒネリが無いなど,つまらなくなってしまうかもしれません。
・前作よりは更新のペースが遅くなってしまう可能性が非常に高いです。
・他の作者様の作品よりカップルの密着度が高くなるなど,もしかしたら
 読者様によってはお嫌いになる場面があるかもしれません。

どうか今回もよろしくお願いします。
もしよかったら感想掲示板の方に簡単な感想など頂けるとありがたいです。

話がズレますが,自分は根っからの 《お子様ランチ派》 です。
よって愛理と八雲のどっちかをひいきにするなんて絶対無理なので,
この 《旗派》 の作品が終わったら 《おにぎり派》 の作品を書こうかと思っています。

それでは,皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張っていきたいと思います。


編集者: ボロネーゼ, 最終編集日: 2007年7月03日(火) 18:32, 編集回数: 6
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月15日(金) 01:51    題名:  

「くっそ〜 やっぱ描けねぇな〜」

青年は部屋でひとりペンを片手に格闘していた。
が,思うようにいかず,紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱に放り込む。
気付けば部屋中丸めた紙くずでいっぱいだ。
青年は散らかった部屋をぐるりと見渡した。
そしてフラフラと立ち上がったかと思うと,ベッドに仰向けに倒れこむ。

「はぁ〜」

白い天井を見つめ,大きな溜息をつく。

瞳を閉じ,まぶたの裏にある人物を写し出そうとする。
大体は浮かんでくるのだが,なかなか細部までとはいかない。

「じっくりアイツの顔なんて見た事ねぇもんなぁ〜」

そこで,今度は愛しい人の姿を思い描いてみる。 
すると,今にも「播磨くん」と微笑んできそうな天満の姿がはっきりと浮かんできた。
さすがは普段からよく見ているだけの事はある。

「天満ちゃん……くっ  かわいいぜ」

自分で思い浮かべたくせに,つい天満には頬がゆるんでしまう。
一種の条件反射のようなものだ。
だがしかし,すぐに緩んだ心と顔を引き締める。
なぜって,今は漫画の新キャラの事で悩んでいたのだから。

「お嬢……かぁ」

そう 実は播磨はお嬢こと沢近愛理を漫画の新キャラに登場させようと
考えていたのだ。

沢近愛理とは播磨のクラスメイトであり,全校生徒のアイドルである。

よく手入れされた眩しいくらいの輝きを放つ長いブロンド。
自信と同時に優しさを兼ね備えた,まるで太陽からの
贈り物を思わせる澄んだオレンジの瞳。
男性のみならず女性さえも見とれてしまうほど整った顔立ちと
見事なまでのプロポーション。
そして,気品のある物腰がそれらをさらに引き立たせる。

全てが超一級とも思える沢近愛理の美貌,そして可愛さはその登場だけで
周囲の人間に一瞬,時間というものの存在を忘れさせる というのは決して
誇張表現ではない。

自他ともに認める矢神学院高校ナンバー1,2の美少女である。

加えて,学年トップクラスの頭の良さと運動神経の持ち主だ。

そんな彼女だから,同じ学校の男子生徒はもちろん他校の男子生徒,はたまた
大学生ですらも彼女に言い寄ってくるのは無理もない。

だけれども,播磨拳児という青年はそんな愛理の魅力には目もくれず,(というか
そもそも愛理の魅力に気付いていない)彼女とは他愛もない口ゲンカばかり。
たまに彼女からシャイニングウィザードやドロップキックなどのプロレス技
をかまされることすらあり,愛理に関わりたくないと思っているほどである。

ではいったいなぜ播磨は愛理を漫画の新キャラにしようとしているのか。


その理由は次の通り。

実は漫画のストーリー展開に困っていたとき,談講社で播磨担当の三井から
新キャラ登場を強く勧められたのだ。
このままではキャラが少なすぎて,話の展開が難しいだろう と。

そこで,もともと無からキャラを作ろうとしない播磨は,身近な
人物の中から新キャラを探してみることにした。

その結果,選ばれたのが沢近愛理だったのである。
どうして播磨が愛理を選んだのかははっきりしない。
強いて言うなら,『(播磨にとって)うるさいキャラ』の方が話を作りやすい
んじゃないか というくらいの安易な考えによるものだ。



まあそんな訳でいざ愛理を描こうと思った播磨だが,思い浮かぶのは
何かと自分に因縁をつけてつっかかってくる愛理の姿ばかり。
播磨にとって愛理はそんな印象が強いのだ(というかその印象しかない)。

しかし,いくら『うるさいキャラ』のつもりであっても,うるさいばかりの
キャラでは読者からの人気は望めないだろう。

それに気付いた播磨は,愛理の顔の細部や別の一面を描けずに困っていた
というわけだ。


(どうすっかなぁ〜 お嬢の事をよく知らねぇし。 顔もじっくり見た事
 なんか無ぇし。 どんな表情をすんのかも分からねぇ。
 いっそのことお嬢に「俺の絵のモデルになってくれ!!!」とでも頼んでみるか。
 ……いや,アイツが俺の頼みなんか聞くわけねぇと思うし,
 第一,また面倒な事になる可能性が高い)


あれこれ打開策を見つけようとするものの,何も思いつかないまま時間だけが
過ぎてゆく。
ふと壁の時計に目をやると,時計の針は午前3時半を指し示していた。

「ちっ もうこんな時間か  今日はもう寝るか 明日も学校だしな」

結局良いアイデアを出せず,スッキリしない気分で青年は眠りについたの
だった。


ボロネーゼが2007年6月15日(金) 02:12に記事を編集, 編集回数: 1
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月15日(金) 01:52    題名:  

《翌日 学校 昼休み》

「ヒゲ! 芯!」

愛理がシャーペンをカチカチ鳴らしながら播磨にシャー芯を
要求してくる。 この教室ではよく見る光景だ。
そしてこのやりとりが始まると,クラスメイトたちは自分たちの
会話を続けながらも,横目で見物を始めるか聞き耳を立てるのである。
男子たちには軽い嫉妬心が生まれ,女子たちにはちょっとした
わくわく感が沸き立つ。


「ふざけんなテメ またかよ 自分で買ったの使え」

「うるさいわね! それが切れちゃったから言ってるんじゃない。
 いいからさっさとよこしなさいよ」

「はぁ? いくらなんでも使い切るの早すぎじゃねぇか?
 この前買ったばかりだろ」

「そ……それはアンタと違ってたくさん必要だからよ。 
 ホラっ 文句言わないでよこしなさいったら!」

「へっ お断りするぜ。 ほかをあたるんだな」

どうやら芯を渡す気はみじんもないらしい。

「あ! 私もシャーペンの芯なくなっちゃった」

「塚本!!! 芯ならここにたくさんあるぜ。
 ホラっ 好きなだけ持ってきな。
 お嬢! お前にもくれてやるぜ」

「わぁ〜! やっぱり播磨君って優しいね。
 ね? 愛理ちゃん」

天満の前でイメージを悪くさせるわけにはいかない。 
快く芯のケースを渡す。

「ちょっと何? アンタまだ2B使ってんの? 
 ったく しょうがないわね〜。  ハイっ 天満。
 次からはHBにしときなさいよね。 ホラっ 返すわ」

「次とか言って……オメェまた俺の使う気かよ」

「べ……別にいいでしょ? アンタが今まで私にしてきた事を考えれば
 安いもんじゃないかしら?」

(くそっ コイツまだ根に持ちやがって……
 つーか2Bがイヤならいつも俺に言ってくんなよな)

ぶつくさ頭の中で文句をたれる播磨。
と,ここで昨晩悩んでいた新キャラの事を思い出す。

(そうだ! 俺,お嬢を新キャラにしようとしてたんだった。
 ……無理だとは思うがダメ元で頼んでみるとするか。
 他に思いつかねぇし。
 ……ここだと天満ちゃんに変な誤解されるかもしれんな,
 ちょっと連れ出すか)

「オイ お嬢」

「なに? まだなんか文句あんの?」

「ちげぇよ ちょっとついて来いや。
 お前に今日言っておきたいことがある。
 てん……塚本,それに周防,悪いが少しお嬢借りてくぜ」

そう言って愛理の細くて小さな手を握り,引っ張っていく。


(え?……ちょ……なに?)


先程までの高飛車な態度はどこへやら,播磨に手を握られた途端,
愛理の様子は急にしおらしいものへと変わってしまった。
普段からデートを沢山こなしていても,相手の男たちに
手を握らせたことなど一度も許さなかった愛理。
男に手を握られるなんて事は初めてであり,しかも相手が播磨
ときては,さすがのお嬢様もそうならざるをえない。
いや,失礼。
『播磨だから』 というのが正しい表現だろう。

握られた手を見つめ,ドキドキしながらおとなしくついて行く。



2人が廊下に出ると教室がざわめきたった。
男子たちには激しい絶望感が押し寄せ,女子たちには
大きな期待感が生まれる。

当然,目の前で見ていた天満と美琴も同様である。

「オイ 見たか塚本! 播磨が沢近を連れて行ったぜ。
 こんな事今までありそうでなかった事だ。
 こりゃあもしかして アレ なんじゃねぇか?」

「うんうん! 絶対そうだよ!
 播磨君,何か決意したみたいだったし。
 それにさっきの愛理ちゃんの様子見た?
 空いてるほうの手を胸に当てちゃって! あの顔は
 もう完全に恋する乙女の顔だったよぉ〜!」

「見た見た! あんな沢近の顔見たの初めてだもんな!
 いや〜やっぱりあの2人は両思いだったか。
 やっと『告白』までこぎつけたってわけだな?
 まったく沢近も隠すことなんかなかったのによ〜。 
 バレバレだったんだしな」

「ミコト巡査! これはもう愛理ちゃんが帰ってきたら尋問しかありません。
 今のうちに質問を考えておくわよ」

「ラジャー!」
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月17日(日) 03:43    題名:  

播磨は愛理の手を握ったままどんどん進んでいく。

途中,まわりから好奇の視線が集まってくる。
学校一の美少女と学校一の不良,話題の2人が
手を繋いで廊下を歩いていくのだから当然だ。


やがて,2人は屋上へとやってきた。


先程まで晴れていたのだが,今は雲がどよめいている。
風も次第に強くなってきた。

播磨は愛理の手を離し,愛理へと向き直る。

(ヨシッ! うまく言ってお嬢にモデルを……)


播磨は愛理に近づくと愛理の肩に手を置いた。
愛理の体がわずかに強張るのが分かる。
そして,播磨は愛理の目を真剣に見つめた。

「いいかお嬢? 今から俺の言うことを真面目に聞いてくれ」


その言葉を聞いたお嬢様の心情はもう大変である。


(や……やっぱりこのシチュエーションってそういうコトなのかしら?
 今まで何回も告白されてきたのに。 
 やばっ…私スゴイ緊張してる)


心臓の鼓動がイヤと言うほど速く感じる。


ツツ――っ と汗が播磨の頬をつたって流れる。
緊張のつばをゴクリと飲み込み,青年は覚悟を決めた。


「お嬢 オメーに頼みがある」


「………う…うん」


サングラスの奥にあるであろう播磨の目を見つめ,コクンとうなずく。


「俺にはお嬢,オメーが必要なんだ!!!」


肩に置いた手に力が入る。


(き きたー!!!)


「お嬢!!! 俺の絵のモデルになってくれ!!!」







「…………は?」






お嬢様の緊張は完全に吹き飛び,顔は疑問の色へと変わる。


「実はよ 俺,美術の課題とかあまり提出してねぇんだ。
 だから,このままだと留年になっちまう。
 で,クラスメイトがモデルの絵を何枚か提出すれば進級させてくれるらしい。
 頼むぜお嬢!!! 頼れるのはお前しかいねぇんだ!!!
 モデルになってくれ!!!」



(どうだ? うまくいくか?)




「ハァ!? 何よそれ? 私はてっきり こく……いえ,なんでもない」

「あ? なんだって?」

「なんでもないわよ!!! まったく,期待した私がバカみたいじゃない!!!
 このバカヒゲ!!!」

「は? なんだってんだよ。 頼みごとしたらバカ呼ばわりされて,
 意味わかんねーよ」

「もういいわよ!!! で,なに? 絵がどうしたってのよ?
 もう一度言ってちょうだい」

(ホントにドキドキしてたんだから。 ほんっとバカなんだから)


「ちゃんと聞いとけよ! 俺がお嬢を絵に描きたいから,モデルになってくれ
 ってんだよ」

「……なんで私なのよ?」

「そ,それは……他に描きたいやつがいねぇってゆーか。
 その……やっぱりオメーしか考えられねぇってゆーか。
 だから頼む! オメーじゃないとダメなんだ」


(なっ なに? 
 ヒゲはそんなに私を描きたいの?
 他にもたくさん候補がいるのに?
 やっぱり,特別視してくれてるのかしら)


「べ,別にやってあげないこともないけど………まさか……ヌード?」


「バッ バカ!!!  んなわけねーだろ!!! 普通でいいんだよ,普通で」


(ふふっ ちょっとからかっただけなのに……さっきの仕返しよ)


「じゃあ普通ってなによ?」


「だから,自然なお嬢を描きたいってゆうか。
 そ,そうだ! もっと色んなお嬢を見たい,そして知りたいんだ!
 これからのためにな」


(なに?………それって もっと私と仲良くなりたいって事?
 もう  ホント分かりにくいわねぇ〜)


「いいわ,やってあげる」


「ホントか?  マジで助かるぜ。 ありがとな。
 ヨシッ じゃあ今日の放課後美術室に来てくれ。
 言いたいことはそれだけだ。
 悪かったな,わざわざ呼び出して」


「べ 別に謝らなくてもいいわよ。
 放課後に美術室ね? わかったわ。
 ……ねぇ,他に誰か美術室にいたりするかしら?」

「さあな,葉……笹倉先生も結構忙しいから誰もいねぇんじゃねぇか?」

「ふーん」


(ヒゲとふたりっきり―――か。
 まあ,モデルなんてすぐに終わるわよね?

 って………あれ? 冬木君の写真のモデルは早く終わるけど,絵の
 モデルって,当然長い時間見つめられるわけよね。

 って事は……うそ……ふたりっきりの教室でずっとヒゲに見つめられるの私?
 というかずーっと視線が絡み合ったままなのかしら (←誇張表現あり)
 え? ちょっ…待って。 そんな……そんなの恥ずかしくて…)


「どしたお嬢? 教室戻らねぇのか? 置いてくぞ?」

「え? あ,ヒゲ ちょっと待ってよ!」

(あぁ〜 なんか予想外の事になっちゃった。 どうしよ〜)
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月17日(日) 21:07    題名:  

「え〜 来週の月曜は学校の創立記念日なので明日から3連休――――」






《放課後》

「晶,美琴,天満 私ちょっと用事があるから先に帰ってて」

「そうか。 ふ〜ん。 じゃあ2人とも先に帰ろうぜ。
 じゃあな沢近」
「バイバーイ愛理ちゃん」
「またね 愛理」

(ホッ 理由を聞かれなくてすんだわ。
 晶はともかく,天満と美琴に知られちゃったら後でからかわれるのが
 目にみえてるものね)

その時,ちょうど播磨が教室に入ってきた。

「あっ 播磨君バイバーイ」
「じゃあな 播磨」
「またね 播磨君」

「お,おう。 それじゃな塚本。 それに周防とそのまた友達。
 オーイ お嬢!  そろそろ行くぞ」


(やば! せっかく怪しまれずにすむと思ったのに。
 ヒゲ,タイミング悪すぎよ!)


時すでに遅し,帰ろうとしていた天満と美琴が怪しい目つきで
愛理を見ている。 高野は相変わらず無表情だ。

「(キラーン) 愛理ちゃ〜ん♪ 昼休みはなんとも
 なかったって言ってたのにぃ〜。
 これからふたりっきりで何するのかな〜?」

「(ギラーン) 沢近ぁ〜♪ 連休明けに話してもらうから覚悟しとけよ〜」

「(キラリーン)…………」


「うっ………」


3人は怪しく目を光らせたまま教室を出て行った。


(ああ〜 また からかわれるわ)


「オ〜イ お嬢  行くぞ」

「あ う…うん」


これからの状況を思い,緊張しながら播磨に大人しくついていった。



《美術室》


ガラッ

美術室にドアを開けて2人は中に入る。

中では笹倉葉子が帰りの用意をしていたところだった。

「あ……ケン……播磨君。 私はもう帰るから,さっきも言った通り
 ちゃんと窓は閉めてから帰ってね。
 部屋の鍵は閉めなくてもいいから。 それじゃっ よろしくね」

「あ どーもっス」

「さようなら」

教室を出る葉子に挨拶をする。


「さぁーて お嬢 描くぞ。
 まずは軽くデッサンからしてみるか。
 じゃあ そこに座ってくれや」  (後で漫画風にすればいいんだもんな……)

そう言ってスケッチブックを取り出し,椅子に座る播磨。

「う,うん」

内心ドキドキしながら椅子に腰掛ける愛理。
2人の距離はわずかに1メートルくらいだ。


(これから長い時間ヒゲに見つめられるのよね?
 しかもこんな近い距離で。
 あ〜ドキドキする。 かつての天満の気持ちがよく分かるわ)


「それじゃあ描くかんな。 まっすぐこっち向いててくれよ」

「わ わかった」

愛理も覚悟を決め,播磨の顔を正面から見る。
そして,播磨の表情は真剣なものとなり,鉛筆を持って
スケッチブックに愛理を描き始めた。


(ヒゲって,そんな真剣な顔するんだ。
 っていうか,そんな顔で目なんか見つめられたら……)


顔を赤くし,少しうつむいてしまう。

「お嬢 もちっと顔あげてくれ」

「あ ご…ごめん」


(あ〜もう! これじゃ耐えられそうにないわ。
 で……でも,もっと私の事見てほしいとも思うのよね………
 ………そうだ! なにか話せばいいのよ)


「ねぇ ヒゲ?」

「あん?」

シャッ シャッ と鉛筆を走らせながら播磨は答える。

「さっき,私が必要だとか 私じゃないとダメだ とか
 言ってくれたじゃない? 
 でも……どうして?」

「ん〜? まぁハッキリは言えねぇけどよ,だがこれだけは言えるぜ。 (←絵に真剣なので,深く考えずに
 俺は今お嬢の事しか考えてねぇって事。               発言する播磨) 
 そして,もっとお嬢の事を知りてぇって事だ」          


それを聞いて再び顔を赤くする愛理。



(ヒゲ………やっぱり私のことを………)




「ヒゲ!」

「なんだ?」

「私のこと,可愛く描いてくれなかったら許さないんだから!」

「あ? お,オウ」


愛理はまだドキドキしながらも,その美しい顔を播磨に向けたのだった。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月18日(月) 16:17    題名:  

絵を描き始めて30分ほど経っただろうか。

播磨はデッサンを終え,次の段階に入ってる模様。

播磨の視線と心地いいドキドキを感じながらも,愛理はモデルに徹していた。


ふと,愛理は,播磨の後ろに見える窓の外に目をやる。

空はいつの間にか曇って暗くなっていた。


(雨? 困ったな……傘持ってきてないのに……)


すると,愛理の予想通り,すぐに大粒の強い雨が音をたてて降り出した。

外からは慌てて部活の道具を片付ける野球部やサッカー部の声が聞こえてくる。


「ヒゲ? 雨……降ってきちゃったよ」

「ん? ああ そうみたいだな。
 でも案外,すぐ弱まって止むんじゃねぇか?」


播磨は後ろの窓を見ずに,絵を描き続ける。

「そうだといいんだけど……」

再び外の空を見る。 

すると,窓の外からなにやら変な音が近づいてきた。


   ガガーーーーーーッ


(なにこの変な音?)


すると,何かがものすごい速さでベランダの手すりを滑っていった。


(なっ なに今の?)


「ねぇヒゲ。 何か今へんなのがベランダの手すりを滑ってったんだけど……」

「あん? こんなスゲェ雨の中そんなのありえねぇだろ。
 お嬢の見間違いじゃねぇのか?」

ベランダなど見ようともせず,黙々と描きながら言う。


(そ,そうかな?  ヒゲの言うとおり,見間違いかしら?)


疑問に思っていると,またさっきと同じ音が聞こえてきた。


   ガガーーーーーーッ


(見間違いなんかじゃない。 今度こそ確認してやるわ)


だんだんと音が近づいてくる。 今度は先程と逆方向から近づいてるようだ。
愛理は音の接近に合わせて目を凝らす。

そして,愛理の目に入ってきたものは――――――


「あ………晶?」


愛理の目に入ってきたものは,スケボーをしながら
ビデオカメラを愛理たちに向け,ベランダの手すりの上を滑っていく高野だった。
しかも,なぜか忍者のコスチュームを着て………
そして,高野は隣の教室のベランダへと消えていった。


(晶………こんな雨の中でなにやってんの? 
 偵察?……いえ……盗撮?)



「オイ お嬢! 次は立ってくれねぇか?」


「あ, う……うん」


(ま いっか。 さっきのは忘れとこ)


「ただ立つだけでいいの?」

「う〜ん そうだな。 じゃあ適当にポーズとってくれ。
 好きなポーズでいいぞ」
(要は,立った状態での全体のバランスとか分かればいいんだしな)


「え? 好きなポーズ?」


(え〜 そんな事言われても……。 ヒゲに可愛く見えればいいのかな?
 う〜ん どんなのがいいんだろ?
 ………じゃあ,恥ずかしいけどあっち系でいくわ。  
 私のキャラじゃないんだけど………
 ヒゲに『可愛い』って思ってもらえるかもしれないし……)


すると,愛理は椅子を少し離れた位置に置く。


「い〜い? ちゃ〜んと見なさいよ」

「?」

頭にハテナマークを浮かべる播磨。


   ガガーーーーーーーッ


愛理は,右足を軸に華麗にターンをし,少し脚を開いて回転を止めた。
わずかに遅れてスカートがふわりと広がる。
そして,左手を腰に当て,腰を少しひねり,右手で作ったピストルを
播磨に向けた。 
さらに,そのピストルで狙いすますように右目を開き,

「バァーン!」

と,とどめといわんばかりの小悪魔ちゃんスマイルで播磨を撃った。


    パシャッ


「あ………」


愛理がポーズを決めた瞬間,播磨の後ろのベランダの上を高野が再びスケボーで
通過していった。
しかも今度は最後のポーズでカメラのシャッターを切られたようだ。


(やばいやばいやっばーい!!! 超〜恥ずかしいトコを写真に撮られたぁ〜。
 も〜う! 晶ったらなんてタイミングで来るのよ!
 ……さては晶,狙ってたわね。
 あ〜もう! 絶対あとで遊ばれるじゃない)


「あぁ〜ん もう恥ずかしいよぉ〜」


頭を抱えてしゃがみこむ愛理。
そこへ播磨が手を差し伸べながら近づく。


「お オイ お嬢。 恥ずかしいならやらなきゃよかったじゃねぇか。
 しかもなんだ? 『バァーン!』って。
 アレがお前の好きなポーズだったのか?」

「う ウルサイわね!!!  アンタが喜ぶと思ってやってあげたんでしょ!!!」
(しかも何よコイツ,『可愛い』って思わなかったの?……)

いや,普通の男なら完全にイチコロの可愛さである。

「べつに お嬢がアレがいいならそれでいいんだけどよ……
 じゃあ……アレにするか?」

「……………やっぱり違うポーズにする」








「バァーン!」は却下された。
そして結局,壁に背中で寄りかかり,あごに手を当てて考える
ポーズに決まった。


(また晶に恥ずかしいトコ撮られたらたまんないしね………)




30分程経ち,絵は出来上がった。


「いやぁ助かったぜ。 ありがとな お嬢」


(とりあえず,お嬢の顔と体の書き方は大体分かった。
 あとは……お嬢の違った一面でも見れればOKだな)


「もう出来上がったの?
 じゃあ,ちょっと見せなさい!」

「あ オイ! ちょっと……」

播磨からスケッチブックを取り上げ,ページを開く。


「うそ………すごい………」

愛理の顔が驚きと感動の表情に変わった。

そこにあったのは,まるで鏡に映したかのような愛理の美しさそのままの絵だった。
使ったのは鉛筆1本だけだったが,影の付け具合,制服の皺,髪の毛1本1本
までも見事に写し取られていた。
そして,なによりも,スケッチブックの中の愛理がまるで本物のように活き活きとしていた。


(すっごぉ〜い! ヒゲってこんなに絵上手だったんだ。
 しかも,私をこんなに可愛く描いてくれて……。
 ちょっと……いえ, とても嬉しいわ。
 ……だって,ヒゲには私がこんな風に見えてるって事だものね)


「ヒゲ,アンタって絵うまいのね。 ちょっと見直したわ」

「そうか?  そりゃありがとよ」

ポリポリと頬をかく。


「ねぇヒゲ! 今度また描いたら私に一枚ちょうだい!」


「あ? ああ,かまわねぇぜ。
 ……つーか,ちょうど雨も止んだみたいだし,そろそろ帰んぞ。
 もう暗いからな お嬢の家まで送ってやる。
 付き合ってくれたお礼も兼ねてな」

「あ……ありがと。
 ま,まぁ 当然よね」

(コイツったら……普段は最低なのに,たまにこうやって優しいのよね。
 ホント たま〜にだけど……)




《帰り道》

濡れた道の上を2人は並んで歩いていた。

2人の間に交わされた会話は特に無い。

その時,播磨のケータイにメールが届いた。


(ん? 誰だ?)


ケータイを取り出し,相手の名前を見る。


(なんだ,イトコか)


メールを開き,中身を読む。



【無題】 
    差出人:イトコ


 ケンジくん,突然なんだがこの三連休は葉子と
 
 一緒に温泉旅行に行く事になった。
 
 ケンジくん,キミにはお土産を買ってきてあげるから

 留守番をよろしく頼むよ。






「…………なっ なにいぃぃぃいぃぃぃ!!!」

突然播磨が大声を上げる。

「ちょ,ちょっと何よ! イキナリびっくりするじゃない!
 どうしたってのよ!」

愛理がたずねると,播磨が絶望の顔を向けてくる。

「うっ……ちょっ……どうしたのよ?  ……話してごらんなさいよ!」

「…………家に入れなくなった」

「え? どういうこと?」

「同居人が温泉旅行に出かけたんだが,俺はカギを持ってねぇから
 家に入れなくなっちまったんだ」

「うそ……」

「くそ〜 バイトで金稼いで,どこか安いとこに泊まるしかないぜ。
 だが………もしかしたら野宿かもな。 そんなに早く金なんか作れねぇし」

途方にくれる播磨。
それを見た愛理は……

「じゃ………じゃあ,私んちに泊まる?」

と,少し顔を赤らめながら言ってみる。

「あん?」


(え?……ちょ……何言ってるのかしら私?
 これじゃ,私がヒゲを誘ってるみたいじゃない!


しかし,それを聞いた播磨には先程の絶望の影はなくなっていた。

「ホントか? お嬢!!! マジで助かるぜ。」

愛理の両肩に手を置いて感謝の言葉を述べる。


と,ここで何か考え出す播磨。

「あ〜でもよ。 お嬢,やっぱいいわ
 俺みたいな不良が行ってもお前んちに迷惑かけまくりそうだからな。
 ぜってぇ〜親御さんとかに悪く思われてオメーにも迷惑かかるだろうし。
 明日からの三連休はなんとかうまく過ごすぜ。」


「え? 三連休?」

「ああ,次の月曜は学校の創立記念日らしいぜ」


(うそ? そうだったっけ? 放課後の事
 考えてて谷先生の話聞いてなかったみたい)


「お嬢,俺はとりあえずティッシュ配りでも
 するから大丈夫だ。
 サンキューな」


(え? ま……待って!)


「へ,平気よ  三日間くらい。
 親も家にはいないし,
 その……お客様用のお部屋とかもあるから……。
 だからヒゲ, 今日からの連休,泊まっていきなさい」


「…………ホントにいいのか?」

播磨が心配そうにたずねる。

「う……うん。 平気よ  それに………」
(それに………もっとヒゲと仲良くなれるかも
 しれないしね)


「それに? なんだ?」

「う ううん。 なんでもないわ。 
 それより早く行きましょ」


「お オウ。 マジで助かるぜ」


(コイツっていつもはスゲェ腹立つけど,実は
 そうでもねぇんじゃねえか?)


2人は沢近邸へと向かって再び暗い道を歩き出したのだった。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月20日(水) 02:22    題名:  

《沢近邸》


「じゃっ ヒゲが使うのはこの部屋だからね」

「お,オウ
 つーかオメーんちデカ過ぎだろ」

「ん〜 そうかもしんないけど,私はあまりこだわらないわ。
 たまたまこういう環境に育っただけなんだし」


(そりゃそうかもしんねえけど………やっぱり金持ちは分かんねぇな)

「じゃあ そろそろディナーができる頃だから,それまでゆっくりしてて。
 用意ができたら呼びに来るから。
 あ,あと連休中のアンタの服はナカムラが用意してくれるから心配
 しなくていいわ」

「オウ 何から何まで助かるぜ」

「いいのよ。 それじゃ,また後でね」

そう言うと,愛理は播磨の部屋を後にし,自分の部屋へと向かう。


(あ〜 ドキドキするわ。
 ヒゲが私の家に泊まるなんて。
 しかも,一晩どころじゃないのよ。
 内心ドキドキしっぱなしなんだから)


「お嬢様,もうあと5分ほどでお食事ができあがります」

愛理に話しかけたのは沢近家の執事ナカムラだ。
軍隊に所属していたことがあり,愛理のボディガードも兼ねている。

「ナカムラ,その事で言い忘れてたんだけど…」

「ご心配いりませんお嬢様。 播磨さまにも楽しんで頂けるよう,
 フォーマルではないものを用意させていただきました」

「そう,ありがと」

そして,愛理のよき理解者で,よく気がつく人物でもある。

「それにしても,まさかお嬢様がボーイフレンドをお連れになるとは……
 このナカムラ,とても幸せでございます」

「ちょっ ナカムラ! あのヒゲはそんなんじゃなくて……」

「まあまあ,そうお恥ずかしがらずに。
 こうなったらこのナカムラ,この連休中にお嬢様と播磨様が
 さらにお近づきになれますよう,精一杯協力いたします」

「ちょっ ナカムラ 聞いてないでしょ?」

「いえ,しっかり聞いております」

「……まぁいいわ」

「それでは……」


速やかに,そして静かにさがる。


「それと,ナカムラ」

「ハ なんでございましょう?」

「食事の事,ヒゲは私が自分で呼びに行くから,アナタは呼びに行かなくていいわ」

「……かしこまりました」







   ギギーッ バタンッ




 ハァ〜


自分の部屋に入ると大きな溜息がもれた。
張り詰めていた緊張の糸が少し緩んだのだろう。

カバンを置き,ドレッサーへと向かう。
鏡の中の自分の顔をチェックする。

(髪は……大丈夫よね。 他も………おかしいトコはないわ。
 って,ただ食事するだけなのに何やってるのかしら。
 ………今呼びに行ったらちょうどいいくらいよね)

もう一度鏡で自分をチェックをすると,愛理は播磨の部屋へと
向かった。






 すぅ〜っ   はぁ〜


部屋の前で立ち止まり,軽く呼吸を整える。
そして,部屋の扉を軽くノックする。

  コンコンッ

「ヒゲ 食事の用意ができたわ」

扉の奥にいるであろう人物の返事に耳をすませる。
しかし,何も聴こえてこない。

(あれ?)

疑問に思い,ノブに手を伸ばす。

「ヒゲ? 入るわよ?」

  
  ギギーッ


扉を開けて中を見ると,播磨はこちらに背中を向け,ベッドに
腰掛けていた。
何かを手に持ち,見ているようだ。


(何してるのかしら?)


「ヒゲ? ご飯できたんだけど……」
播磨の背中を手でポンッとたたく。

「どぅおおわわぁっ!!!」

それに驚き,飛び上がる播磨。
そして,何かをカバンに隠した。

「なっ なんだお嬢? どどっ どうかしたのか?」

慌てて平静を装う。

「なに驚いてんの?」

「べ 別に驚いてなんかいねえよ。 何の用だ?」

「ご飯ができたから呼びに来たんじゃない。
 ………ねえアンタ 今なにか隠したでしょ?」

不審な目つきで播磨を見る。

「な,何にも隠してねえよ」

「ウソおっしゃい! 分かってるんだから!
 ちょっと見せなさいよ!」

そう言って播磨のカバンに手を伸ばす愛理。

「オイ! 変なものじゃねぇんだから別にいいだろ!」

「……あんたバカね,やっぱり何か隠してたんじゃない。
 変な物じゃないなら見られても問題ないでしょ?
 出しなさい!」


(ぐっ コイツ………
 まあ,幸いまだ漫画風お嬢を描く直前だったからな。
 原稿持ってきてねぇし,コレしか描くもんがねぇのがイタイぜ)


「あ〜もうわーったよ。 ホラッ コレだよ」


カバンから何かを取り出し愛理に差し出す。

「何よコレ? さっきのスケッチブックじゃない。
 ……なんでこんなの隠したのよ?」

「うっせーなー 別にいいだろ? 
 さっき描いた絵を見てただけだ。 文句あっか?」

「え? さっきのって………私の絵?」

「しつけーなー だからそうだって言ってんだろ」


(ヒゲ………さっきの絵見てたんだ。
 わたしの絵………上手だったもんね。
 絵のわたしを見てたってことかしら?)


「………ふぅ〜ん」

「何だよ?」

「別に……… 
 それより早くいきましょ。 冷めちゃうわよ。」

「あ? ああ」










「おお!!! すげー
 ステーキじゃねぇか。
 オイ,ホントにこれ食ってもいいのか?」

「え? そう……だけど」

「マジかよ!!! ステーキなんか滅多に食えるもんじゃねぇぜ!
 じゃあ,早速いただくぜ!  (パクッ) ウメェー!!!」

目の前のステーキ,サラダ,ライス,そしてスープがみるみるうちになくなっていく。
見てて気持ちのよくなるくらいの食べっぷりだ。

「播磨様,おかわりはたくさん用意してございます。
 どんどんお召し上がりくださいませ」

「マジでか? よーし,腹いっぱい食うぜ。
 お嬢,オメーんちのシェフってのは料理がうめえんだな」

「あ う……うん」


(ヒゲったらあんな嬉しそうに食べて………私の料理もあんな風に………)




やがて食事が終わった。
播磨は余分に用意しておいた肉までも平らげ,テーブルの皿は
きれいさっぱり空っぽになった。

「プハ〜  マジでうまかったぜ。
 お嬢, ごちそうさんな」

と,ミネラルウォーターを飲み干す播磨。

「あ……うん
 良かったわ,気に入ってもらえて」


「それじゃあ,お嬢
 俺は部屋に戻って備え付きのシャワー浴びてくっから また後でな」

そう言うと,播磨は自分の部屋へと戻っていった。


(わたしもヒゲがシャワー浴びてる間にお風呂入っちゃおうかな。
 あんまり食事のとき話せなかったし………お風呂で話題をかんがえとこ)
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月20日(水) 22:09    題名:  

「ふぅー シャワー気持ちよかったぜ。
 しかし,バスタオルから着替えまで用意してあるとは,
 お嬢の家はホテルかなんかのつもりか?」


そんな事を言いながらベッドに腰掛けると,部屋の扉がノックされる。

「誰だ?……じゃなくて……はい?」

「播磨様,お飲み物をお持ちしたのですが,いかがでしょう?」

扉の向こうから聴こえてくるのはナカムラの声だ。

「あ,じゃあ頂きます。 ええと ドーゾ」

「失礼致します」

ナカムラが部屋に入ってきた。

「こちら,グレープフルーツジュースでございます」

恭しくジュースが差し出される。

「あ,ドモ」


「……播磨様,お嬢様の事でひとつお話がございます。
 よろしいでしょうか?」

ちう〜っ とストローでジュースを飲む播磨に申し上げる。

「………お嬢の事?」

「ハイ, 本当はお嬢様のプライバシーに関わる事なので本当は絶対に
 他者様には申し上げてはいけないのですが,播磨様にはぜひとも
 申し上げておきたいのです」

いつもの三倍ほど真面目な顔で申し上げるナカムラ。

「…………」

「実はお嬢様はご家庭の都合でご主人様,お嬢様からすると
 お父様に当たるわけですが,そのご主人様となかなかお会いに
 なれない生活をしておられます」

「………なんでそんな事を俺に?」

「……イエ,ただ,貴方様にはそれを知っておいてもらい
 たかっただけでございます」

「………はぁ」

「それと,お願いもございます」

「お願い?」

「ハイ
 播磨様には,お使いになる部屋をお嬢様のお部屋の隣の
 部屋に移ってもらいたいのです」

「? はぁ 別にいいスけど……」

「ありがとうございます。
 お嬢様にその理由を聞かれた場合には『ナカムラに移るよう言われた』と
 お答えください」

「? はぁ それも別にいいスけど」

「ありがとうございます。
くれぐれもこのお話は内密に願います。
 ……では,お嬢様がご入浴なされてる今のうちに,播磨様には
 移っていただきたいと思います。 
 荷物はわたくしがお持ちいたしますので……
 ささ,お早く」

「あ……はい」

(………一体なんなんだ?)
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月22日(金) 22:31    題名:  

「ちょっとぉ!!! ナカムラ,どういうこと!!!」

顔を真っ赤にして言う愛理。

「はて……?
 お嬢様,なんの事でございましょう?」

平然と返事をするナカムラ。

「なんの事? じゃないわよ!!! 
 どうしてヒゲが私の部屋の隣に移ってるのかって
 聞いてるのよ!!!」

「おお その事でございますか。
 実は,お客様用の部屋の水道の点検を外部の業者に
 依頼していたのを忘れておりまして,明日がその
 点検日である事から播磨様にはお部屋をお移りになって
 いただいた次第でございます。
 ………なにか問題でも?」


「問題って,そりゃアンタ………。
 ………もういいわ さがって」

この調子でやりとりを続けていては時間のムダと思い,
話を終わらせる愛理。


「ハ…」

執事は静かにさがっていった。


(ちょっとぉ〜 部屋が隣同士ってど〜ゆうこと?
 簡単にお互い行ったり来たりできちゃうじゃないの。
 それどころか,あいだに壁が一枚しかないのよ
 そんなの………恥ずかしすぎじゃない!!!
 ナカムラったらなんてこと………。
 ……………!)




















「なぁ,お嬢」

椅子に座った播磨が話しかける。

「なぁに?」

「なんでオメーさっきから俺の部屋にいるんだ?」

「べ,別にいいでしょ! ここは私の家なんだから。
 それに……私は普段この部屋もよく使うの!」

と,播磨の部屋のベッドに寝そべって雑誌を見ながら答える愛理。
心なしか,播磨から顔を見えないようにしてるのは気のせいだろうか。

「でもよー この部屋は今俺が借りてるんじゃねえのか?」

「い,いいの! 文句言わないの!」


(ハァ? これじゃマンガ風お嬢の練習ができねえじゃねえか)


「じゃあよ,オメーがここでそうしてる間,俺がこの部屋の代わりに
 隣のお嬢の部屋を使わせてもらうぜ」

と,スケッチブックを持って椅子から立ち上がる。

「ちょっ それは絶対にダメ!  ダメに決まってるじゃない!
 女の子の部屋なんだから。 それに………まだ早いわよ

と,後半になるにつれ声が小さくなる。

「オイ それじゃ俺はどの部屋にいればいいってんだよ」

愛理の発言の後半は耳に入らず,なかばキレ気味の播磨。

「この部屋にいればいいでしょ?
 それとも,私がいたら迷惑かしら?」

あいかわらず雑誌を見ながらの返事。
その姿と声からは目に見えない圧力が播磨に放たれている。


(くそ〜 コイツまたもや俺のジャマを………
 ったく,しょうがねぇヤツだな)


「じゃあお嬢,オメーそのままベッドで雑誌読んでていいから
 またモデルやってくれ。 今の状態のお嬢を描くからよ」


(うそ……? ヤッタ! この部屋にいてもいいのね?)


「しょ,しょうがないわね。
 どうしても って言うならやってあげてもいいわ。
 でも,またちゃんと可愛く描くのよ! いいわね?」

と,どことなく嬉しそうな愛理。


(………なんなんだコイツは? 
 モデルがしてぇのか? それともこの部屋にいたいのか?)




















絵を描き始めて10分。
愛理が雑誌のページをめくる音と播磨が走らせる鉛筆の音ばかりが聴こえる。

他には  ぼすっ ぼすっ  と,ときおり愛理が交互にヒザを曲げて,
あがった脚をベッドに落とす音のみだ。


そのとき,


『実はお嬢様はご家庭の都合でご主人様,お嬢様からすると
 お父様に当たるわけですが,そのご主人様となかなかお会いに
 なれない生活をしておられます』



ふと,なぜだかナカムラのセリフが播磨の頭に浮かんできた。
スケッチブックをヒザに置き,愛理の姿をじっと見つめる。


「なぁ,お嬢」


「なぁに?」

ページをめくりながら声だけで返事をする。

「オメーよぉ こんな広い家でずっとひとりなのか?」

「……なに言ってんの? ナカムラとかマサルもいるじゃない。
 メイドやシェフだって泊り込みの人もいるわ」

あいかわらず雑誌をみながらの返事。
だが,声から若干の動揺が感じられる。

「そーじゃなくてよ,ホラ 親父さんの事とか………。
 めったに会えてねぇんだろ?
 オメー………実は,寂しかったりすんじゃねぇか?」

雑誌を持っていた手と体が一瞬固まる。

「………べ,別に寂しくなんてないわよ。
 今までずっとこんな感じだもの………もう慣れちゃったわ。
 ………それより,はやく描きなさいよ。
 じゃないと,部屋に戻っちゃうわよ」

すぐに調子を戻そうとする愛理。
しかし,一瞬の愛理の心情の変化を播磨は見逃さなかった。


(コイツ………やっぱり寂しいんじゃねぇか。
 金持ちのお嬢のクセに………強がり言いやがって………。
 ………!)


ふと,その時,播磨の頭の中で何かが結びついた。


(………もしかしてコイツ……普段からの強気な態度は,家での寂しさを
 他人に隠したり,自分で自分を誤魔化したりしてんじゃねぇのか?
 だとしたらコイツ………)


「ほ〜ら なにボーっとしてんのよ。
 はやくしないと雑誌読み終わっちゃうわよ?」


「あ,ああ」

再びスケッチブックを手に取り,絵にとりかかる。


「………ねぇ,ヒゲ?」

雑誌を閉じ,小さな声で切り出す愛理。

「あん?」

「えっと……そのね,明日の事なんだけど……」

「おぅ なんだ?」

「よ,よかったらさ………クレー射撃でも……してみない?    (←現実のクレー射撃には年齢制限や
 その……わたしも久しぶりにやりたくなったから……。      『猟銃空気銃所持許可』の所持等
 あんまり難しくないから初めてでも大丈夫よ」          色々ありますが,このSSではそれら
                                の点は気にしない事にします)
精一杯の勇気をふりしぼってのお誘い。 

「オゥ いいぜ。 面白そうじゃネェか」

「ほ,ホント? じゃあ,明日ね。 
 約束よ! 絶対だからね」

愛理の顔がパッと明るくなる。


(コイツって………こんな顔もするんじゃねぇか)


ボロネーゼが2007年7月02日(月) 22:56に記事を編集, 編集回数: 1
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月24日(日) 03:25    題名:  

夜中,青年は屋敷のベッドの中で寝付くことができずにいた。
寝る環境が変わったから寝付けないなどという幼稚なことが原因ではない。
それは,愛理の事が気がかりになって頭から離れなかったから。
窓から見える満月にその姿を映してみる。






お嬢………

キンパツの女

金持ちの家の女

天満ちゃんの友達

いつも何かと俺に絡んでくるヤツ

ただ,ちょろちょろとウルサイばかりのヤツ

やけに強気な態度





でも………





執事が話したお嬢の親父さんとお嬢の関係

確か,ほとんど会ってないって言ってたよな


それに………


一瞬だけアイツが見せたさびしそうな顔

俺が一度も見た事のなかったお嬢の顔


アイツ………


家ではさびしい思いをしてる

それなのに,まわりの人間にはそんなトコロをまったく見せない



いままでずっとそうしてきたのか?



アイツ……プライド高そうだもんな



きっと,天満ちゃん達にもそんな寂しい気持ち話してないんだろうな

なんとなく分かる

友達でも心配とか同情されるのが嫌なのかもな

いや,

むしろ天満ちゃん達と一緒にいる事で紛らわしてるのか?



『寂しさ』………を











もしかしたら俺も昔は寂しかったのかもしれねぇ

ケンカばかりしてたあの頃………

むしゃくしゃするとケンカばかりしてた



俺は最強だった

俺は俺だけのモンだった

『魔王』と呼ばれてた

俺が俺らしく一番輝ける世界だと思っていた






だが,ケンカのたびに人からは避けられていった

すると,なんだかまたムカついてきたんだ

今思うと,人から避けられて寂しかったのかもしれねぇ

そしてまた,そのムカつく『寂しさ』を消そうとケンカをした


それのくりかえし


そんなふうに俺は独りになっていった

どんどん知らず知らずのうちに『寂しさ』が溜まっていったんだ

やがてポリにも世話になり,親に迷惑をかけないよう家を出た







本当は,俺は他人に認めてもらいたかっただけなのかもしれねぇ

勉強の出来るヤツは期待される

俺は運動神経は抜群だったが,態度が悪すぎた

そんな中,自分が人に唯一認めてもらえるのが『強さ』だったんだ

認めてもらう方向性が変わってくるが……

そして,その事ばかりにのめり込んでいったんだ

『寂しさ』という感情を生み出す事に気付いてたはずなのに









そうか………

俺とアイツは案外似てるのかもしんねぇな

『寂しさ』って気持ちが共通だったトコ

そしてそれをプライドで誤魔化したりするトコ

人に弱い自分を見せずに強く振舞うトコ

『寂しさ』の種類が違うかもしんねぇけど……






愛理に対しての言いようのない同情心や
愛しさに似たようなものが播磨の心にわきあがってくる。





そう考えると,俺ってお嬢に対して失礼だったんだな

何もお嬢の事知らないで,勝手にウルサイ奴だと決め付けて………

お嬢のあのプライドは昔の俺のケンカと同じようなモンかもしんねぇ









お嬢………

俺,オメーの事をこれからしっかり見る事にするぜ

ごめんな………

俺が悪かった………

辛いその気持ち………俺には分かるぜ



一筋の涙が目じりから耳へと向かって流れ落ちた。
そして,青年はその涙をぬぐう事なく,眠ってしまった。



しかし,青年はまだ気付いていなかった。


自分を『寂しさ』から救ったのが天満への恋心であるように,
愛理を『寂しさ』から救っているのが晶たちとの付き合いだけでなく,
播磨への恋心によるものでもある事を。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月25日(月) 02:25    題名:  

「くそっ なんで俺がこんな事………」

三連休の初日,つまりは土曜日の朝のこと。
播磨はひとり沢近邸の廊下を歩いていた。
何か,納得いかないようだ。

「こういう事は執事とかメイドがやるんじゃねぇのか?」

文句をたれているうちに目的の部屋に着く。

「だいたい,この家のあれだけの数の人間全員の
 手が同時にふさがるなんてありえねぇだろ。
 つーか,あのナカムラって執事,ホントに忙しそうだったか?」


(ま,昨日の夜でお嬢のヤツを嫌いじゃなくなったのが幸いだが……。
 お嬢の事だ………分かっててもムカつく言葉を浴びせられるかも
 しれねぇ)


播磨は昨晩,愛理に対しての自分の見解をかなり友好的なものに改めた。
しかし,どうやらまだ愛理とのやりとりには苦手意識が残っているらしい。

「ったく,しゃーねーな」

愛理の部屋の扉へと右手を差し出す。
そして,扉をノックした。


 コンッ コンッ


「お嬢,起きてるか?」

やや耳を傾け,返事を聞こうと意識を集中する。
しかし,何も聞こえてこない。

「チッ やっぱりまだ寝てんのか
 オイお嬢,入るぞ! いいな?」

右手でドアノブを回し,ゆっくりと扉を開ける。
播磨は愛理の部屋へと入った。

そして,天蓋つきの大きなベッドを見つけ,その中にまだ人が眠って
いるのを確認。
毛布はほとんど体にかかっていない。
呼吸に合わせ,上半身が規則的に上下しているのが分かる。

「はぁ〜 俺が起こすのか………」

軽い溜息がもれる。
播磨はベッドへと近づいた。
そして,愛理をゆすって起こそうと愛理の右肩に手を置いた。

そして,声をかけようとした時,なにやら茶色いものを愛理が
抱いているのに気付く。

見ると,それはクマのぬいぐるみだった。
愛理はクマのぬいぐるみを抱いて眠っていたのだ。
小さな寝息がすぅーすぅーと聞こえてくる。
その寝顔とクッションを抱いて眠っている姿はとてもかわいらしいものだった。


(コイツ……眠ってるとき……カワイイんだな。 
 子供みたいにクマのぬいぐるみなんか抱いて……。
 それに,なんだよその寝顔は………。
 けっこう………カワイイじゃねぇかよ)


そんな事を考えているうちに,播磨は無意識に右手を愛理の頭に置いていた。
また,同様にその右手で愛理の頭を優しくなでていた。


(……おぉっと,俺はいったい何をやってんだ?
 はやくお嬢を起こさねぇと……)


右手を愛理の肩に戻すと,ゆすってみる。

「オーイ,お嬢 起きてくれ〜」

すると,愛理はわずかに眉間にしわを寄せ,体を少しよじらせた。
だが,まだ起きない。

「おーい」

再びゆすってみる。

「………ん,んぅ……ひれぇ(ヒゲ)」

そう言うと,愛理は眠ったまま幸せそうにぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
何か夢を見ているようだ。


(ぐっ コイツ………カワイイ……)


しかし,播磨はすぐに気を取り直した。
今度は体を乗り出して,愛理のほっぺを軽く手でぺちぺちと叩いてみる。

「お嬢,お〜き〜て〜く〜れ〜」

「………んぅ,ん〜ぅ……」

愛理は目をゆっくりひらいた。
しかし,まだ意識がはっきりしておらず,目の焦点も定まっていない。

「んぅ〜 なかむらぁ?」

「………ちげぇよ,俺だ」

「ふぇ………? なんらぁ〜,ひれ(ヒゲ)かぁ」

と言って,また瞳をゆっくり閉じる。

「………って,ヒゲぇ?」

と,今度は驚いたように大きく目を見開いた愛理。
そして,目の前の播磨の顔をじっと見つめる。

「……………」

愛理の目は完全に覚めた。
しかし,思考が停止している。
パチパチとまばたきをするのみだ。

「おぅ,お嬢,おはような」

「……………」

「……どうかしたか?」

「キャ――――ッ!!! 
 ヒゲ,アンタ何してんのよぉー!!!」

顔を真っ赤にし,クマのぬいぐるみやら枕を播磨に投げつける。

「ぶはっ おい,お嬢 待て! 落ち着け!」

愛理はあわてて寝巻き姿の体を毛布で隠す。

「落ち着いてなんからんないわよ!
 アンタ,ここで何してるのよ!」

「何してるって……今,この家の人間はみんな忙しいって言うから,
 俺がお嬢を起こしに行くよう頼まれて………」

「………だれがそんな事言ったのよ」

「………あのナカムラって執事が……」

「………やっぱり……」


(昨日のヒゲの部屋替えといい………またやってくれたわね………)


「おい,いいからお嬢,早く起きろよ。
 もう朝飯できてるみてーだぞ。
 ………つーか,オメー朝弱いのか?」

「ウルサイわね!
 ……いいからさっさとアンタは部屋を出てって!
 着替えて私もすぐに行くから!」

すごい剣幕でまくしたてる愛理。

「お,おぅ 分かった。
 じゃあ俺,先に行ってんな」

(なに怒ってるんだコイツ………?)

愛理の迫力に押され,部屋を出て行く播磨。


愛理はそれをしっかり見届けてからベッドを出た。
クマのぬいぐるみを拾って胸に抱く。

(ばか………
 いったい誰のせいでなかなか寝付けなかったって思ってるのよ)

そして,ドレッサーに向かい,鏡で顔を見る。


(くま………はできてないわね……よかった。
 ………って,私………ヒゲに寝顔見られちゃったのよね………)


そう思うと急に恥ずかしくなる。


(うぅ〜 恥ずかしいじゃない!
 ………しかも,アイツ……私の部屋に入ったワケだし………)


少し考える愛理。

「………こうなったら……私もなにか仕返ししてやるわ……
 覚えてなさいヒゲ!」


ボロネーゼが2007年6月28日(木) 16:17に記事を編集, 編集回数: 1
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月26日(火) 23:59    題名:  

2人で(愛理にとってはふたりきりでドキドキだった)朝食をとり,
食後のコーヒーでゆっくりしているとナカムラがやってきた。

「どうかしたの? ナカムラ」

「お嬢様,まことに申し訳ないのですが,クレーの投射機がよく作動
 せず,今日のクレー射撃は残念ながら無理かと………」

申し訳無さそうに言うナカムラ。


(そっか………それじゃあしょうがないか)


わずかに表情がくもる愛理。
だが,すぐにその表情を戻す。

「いいわ,ナカムラ,あなたのせいじゃないわ。
 今日は代わりに別の事をして過ごすから……。
 ごめんね,ヒゲ」

「ま,しょうがねぇべ」

「大変申し訳ありません」

ナカムラは深々と頭を下げる。


「それと,もうひとつございます」

「なに?」

「今日お客様用のお部屋の水道の点検に外部の業者が来るとのことでしたが
 ,なにやら重大な事態が発生したらしく,今日は来れないとの事です。
 なので,播磨様にはお嬢様の隣の部屋を引き続きお使いいただければと……」

と,今度はどこかあまり申し訳なさそうに見えないナカムラ。

「えぇ! うそぉ!」

と,顔を赤くして驚く愛理だったが,

「別に俺はかまわないっスよ。 今のままでも」

播磨は平然としている。


(このヒゲったら………。
 すぐヒゲの部屋に行けるのはいいけど………夜は緊張して大変なのに……
 人の気も知らないで………。
 まぁ………それも………ね)


「播磨様,ありがとうございます。
 このたびの失礼は後ほど別の形でお詫びとさせていただきます。
 それでは,わたくしはこれで……」

と,ナカムラはいつものように静かにさがっていった。


(えぇ〜 じゃあどうしよう。
 ヒゲと何してすごせばいいの?
 うぅ〜ん 何がいいんだろ?  うぅ〜ん)


眉間にしわを寄せ,腕を組んで考える愛理。
このような姿勢で考えているのが普通の人間なら,誰もそれを見て何も思わない。
しかし,それが愛理の場合なら,そんな姿でも絵になり,可愛らしい印象を受ける。


「じゃあよ お嬢。やること無くなっちまったみてーだから,俺は適当に部屋で
 過ごしてんな。  そいじゃな」

(マンガ風お嬢の練習をしねぇとな)


コーヒーを飲み干すと席を立ち,歩き出す播磨。

「あ,ヒゲ ちょっと!」

(あ……私,なにしてるんだろ……)


「あん? なんだお嬢」


播磨が行ってしまう姿を見てなんとなく呼び止めてしまった。
行ってほしくなかったのかもしれない。



「おい,用が無いなら行くぞ」


「待って! わ,わたしも行く!」

(あ……言っちゃった……)



「??? なんで?」


播磨は疑問の顔を向ける。


「ほ,ホラ,昨日も言ったじゃない!
 私も普段あの部屋使うって事。
 だから私もアンタの部屋に行くの! い・い・わ・ね!」

そう言う愛理からはまたもや不可視の圧力が放たれている。
その時の愛理の顔はやはり真っ赤なのだが。


(な〜んか,まだこういうトコがよく分かんねーな。    (←自分に向けられた感情が理解できない播磨)
 ……つーかそれじゃまた練習できねぇじゃん!
 何だよ,もしかしてこの連休中はマンガは無理なのか?
 ……まぁ,世話になってるし,文句はな……)


「ったく,しゃーねーな。 行くぞ」

「あ……うん」

そして,愛理は赤くなった顔を少しうつむかせながら
播磨のあとをぴったりとついていったのだった。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月28日(木) 16:08    題名:  

朝食後,別になにをするでもなく,ただ播磨の部屋で
2人は過ごしていた。


(あぁ〜 もうなんなんだよ。
 これじゃあ,漫画の事ホント何もできねぇじゃんか。
 ……またコイツ俺のベッドに寝そべって本読んでやがるし。
 なんだ? 今度は小説でも読んでんのか?
 ……ったく,自分の部屋で読めばいいじゃねぇか。
 ホンットわけわかんね〜ヤツだな)


そんな事を考えていると,播磨のケータイにメールが届く。


「ん? 誰だ? (パチンッ)………って,妹さん?」


その声を聞いて愛理の体が一瞬固まる。


(え? 八雲……から?)






【無題】



 今日の漫画の打ち合わせ,11時という事でしたけど,確か場所は
 決めてませんでしたよね?
 
 どこにしましょうか? 

 メルカドなんかどうでしょう?






(し,しまった〜!!!  
 漫画の打ち合わせ今日だって事すっかり忘れてた。 
 今の時間は……10時半。 
 え?………10時半?
 やっべぇぇ!!! あと30分しかねぇじゃねぇか。
 どうする? 原稿は……手元に無ぇ!!!
 しかし,今すぐ行かねぇと間に合わねぇ!!!
 ……くそっ こうなったら今日は原稿無しで打ち合わせだ。
 ヨシッ とりあえず妹さんに返信を……『メルカドでOK』と)




「お嬢,悪いがちょっくら俺は外出してくるぜ」

そう言って席を立とうとする。

「待ちなさい!」

すると,愛理が播磨の前に立ちふさがった。

「アンタ今からどこに何しに行くの? 八雲とデートでもして来るつもり?」

手を腰に当て,怖い顔で播磨に迫る。

「まぁ,確かに妹さんのトコだが……お嬢にはカンケーねぇだろ」

「お・お・ア・リなの! なに? アンタと八雲って付き合ってないって
 前に言ってたわよね?」

「あぁ,付き合ってねぇよ。 だから,それがどうしたっつーの!」

「いいから答えて!
 今から何しに八雲のトコに行くの? 
 やっぱり……八雲の事好きなの?」

ほんの少しだが,愛理の表情が寂しそうになる。


(な,なんでこんな顔するんだコイツは……)


「べ,別に好きとかそういう事じゃねぇ。
 ただ……ちょっと仕事でだな……」

「……仕事って何よ?」

「そ,そいつは……言えねぇ……」

苦虫を噛み潰したような顔で言う。


(マンガの事だけは話すわけにはいかねぇ……)


「……フーン 言えないって事はやっぱり本当はデート
 とかなんじゃないの?」


腕を組んで言う愛理。


「だ・か・ら,ちげーっての! 
 俺と妹さんはそんな関係じゃねぇって言ってんだろうが」

「………ホントに? 絶対? 恋愛感情は無いの?」

顔を近づけ,サングラスの奥の目を見て問う。


「ああ」


「……ふーん」

顔を離し,もう一度腰を手に当てる愛理。

「じゃあ,行ってもいいけど……。
 でも,なるべく早く帰ってくるのよ!  い・い・わ・ね?」

「? なんでだ?」

「アンタにはちょっと付き合ってもらう事があるの! 分かった? 
 だ・か・ら,早く帰ってくるの! 
 ……じゃないと,私の言う事なんでも聞いてもらう事になるわよ。
 それでもいいの?」


(なんでそーなる?)


「あーもうわーったよ。 それじゃ,俺はもう行くかんな」


そう言って大急ぎで播磨は屋敷を出て行った。


(……まったく,人の気も知らないで……
 ほんとバカヒゲなんだから……)


そう言って愛理は一冊の分厚い本を取り出し,読み始めたのだった。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月30日(土) 01:09    題名:  

待ち合わせ時間ギリギリ。
なんとか播磨はすべりこみでメルカドにやってきた。 

 カランッ カランッ

「よう,妹さん待たせちまったか?」

「あ,播磨さん。
 いえ,ちょうど待ち合わせ時間ですし……大丈夫です」

「そうか。
 じゃあ早速打ち合わせといきてぇトコなんだが,実はちょっとワケ
 ありでよ,今は手元に原稿が無ぇんだ。
 だからよ,今日は原稿無しで打ち合わせって事でいいか?」

「え?……あ……ハイ,分かりました」

「ヨシッ じゃあ早速なんだがよ―――――」




午前11時,予定通りメルカドで漫画の打ち合わせが始まった。
原稿が手元に無いものの,以外にも話はトントンとまとまり,40分ほどで
打ち合わせは終わった。



「いやぁ〜 毎度ありがとな 妹さん。
 ホント助かるぜ」

八雲の肩をポンポンと叩きながら言う。

「い,いえ。 私はただ……はやく播磨さんの漫画を読みたいだけですから……」

「そっか。 でも,ありがとな。
 そうだ! もう昼時だし,なにか奢るぜ。
 いつも世話になってるお礼だ」

「あ……ありがとうございます。
 でも……今日はこれからサラと教会の子供たちの
 世話をすることになってるんで……」

と,八雲は申し訳なさそうに言う。

「そうか。 それじゃあ,お礼はまた今度だな。
 遠慮せず,なんでも頼んでくれていいからな」

「は……はい……ありがとうございます。
 では……私はこれで……」

「オゥ! それじゃな,妹さん」

ペコリと頭を下げ,八雲は店を出て行った。


播磨はそれを見届けると,冷めたコーヒーを飲み干す。

  ぐぐぅ〜ぅぅ
   
すると,空きっ腹にものを入れたせいか,お腹が動き始め,大きな音をたてた。


「あぁ〜 腹へったな。
 どうすっかな,ここで軽く何か食ってくかな……。
 でも………」


『なるべく早く帰ってくるのよ!  い・い・わ・ね?』


その時,なぜかさきほどの愛理の言葉と表情が浮かんできた。


(ぐぅ………はやくもどらねぇとお嬢のヤツうるさそうだ……
 ……し,しかし……背に腹は変えられねぇ……もう限界に近い……
 せ,せめてサンドイッチくらいならすぐに食い終わるはずだ……
 ……よ,ヨシッ)


「マスター,サンドイッチ!」


























「お・そ・い!!! 早く帰って来るって言ったでしょ? 
 な・に・し・て・た・の?」

播磨が沢近邸に戻ると,あまりにも広い玄関で愛理が両手を腰に当て,
怖い顔で待っていた。


「なっ 遅いっつったって,せいぜい1時間半くらいだったじゃねーか。
 どこが遅いんだよ」

「それでもダメなの! 
 アンタが帰って来るの待っててお昼食べてないから,
 私のお腹ペコペコなんだからね!」

「なんでだ?……昼飯,先に食ってりゃよかったじゃねーか」

「う,ウルサイわね! 
 え,え〜と……アンタと一緒に食べてあげようと待っててあげたんでしょ! 
 いいから,すぐにパスタできるから早く来なさいよ!」


もはやお決まりのように顔を真っ赤にして愛理は言う。


「わ,わーったよ。 すぐ行くから待ってろ」


(ホントわかんねーヤツだな。
 まぁ,店のサンドイッチくらいじゃ腹ふくれねーから丁度よかったけどな……)


「ホラッ はやく来なさいったら!!!」
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年6月30日(土) 02:30    題名:  

土曜日の夕方,そう,三連休の初日の夕方だ。

日がかたむく中,俺はなぜか今,ニンジンやら
ジャガイモやらタマネギ,肉などが入った
買い物袋を持って歩いている。

しかも,ものすごい恐怖におびえながら。


「ホ〜ラッ 早くしないと日が暮れちゃうわよ」


そして,そんな俺の少し前をお嬢が手ぶらで歩いている。

夕陽に照らされた髪と笑顔がとてもまぶしく,夕陽によってできた人影が
まるで無邪気に踊っている天使のように見えるのは俺の目の錯覚だろうか?


まぁ,とりあえずなぜこんな事になっているのか。

それは数時間前にさかのぼる。








【数時間前】


一緒に昼食を食べ終えた播磨と愛理は,例のごとく
またもや播磨の部屋にいた。

播磨はソファに腰掛け,愛理は俺のベッドに腰掛けてなにやら分厚い本を読んでいる。


「なぁお嬢,オメーさっきから何の本読んでるんだ?」

「え……? これは料理の本よ」

「へぇ〜 オメー料理なんかするのか?」

「え………? いつもは………しない……けど……」


返事がぎこちない愛理。


「……じゃあ,何で料理の本なんか読んでんだ?」

「そ,それは……ちょっと……今日は作ってみようかなって思って……ね……」

「ふぅーん  で,何を?」

「え,えっと………カレーを……」

「ほぉ〜 カレーを  で,誰に?」

「あ……あ………アン………」

よく耳を澄まさないと聞こえないような声でうつむいたまま言う。

「あん? 聞こえねぇーよ」

「アンタによ!!! ア・ン・タ!!!
 ヒゲのために私が夕飯のカレー作るって言ってるの!!!
 ちゃんと聞きなさいよ,このヒゲ!!!」

顔を真っ赤にして言う。




「へ? お嬢が? 俺に? カレー?」


「………そうよ」



(な,なにいいぃぃぃぃ!!!
 お,お,お嬢が俺にカレーを作るだとおぉぉぉぅぅおおお!!!)



かつての文化祭前夜のおにぎりを思い出し,飛び上がる播磨。
急激に顔色が悪くなっていく。

「な,何よその反応は! 
 わ,私が作るカレーがイヤだっての?」

威圧的に迫る愛理だが,こころなしか,目には涙が光っている。


(うっ……お,お嬢…なんなんだその目は……)


「い,いやじゃねぇ。 全然イヤなんかじゃねぇ。
 い,いや〜 俺,カレーが大好物なもんでな。
 お嬢の作ったカレーが食えると思ったら
 つい喜んじまってだな ハ,ハハハ」


(おいおい,俺はいったい何を口走ってるんだ?)


冷や汗を垂らしながら本能的にこの場を繕おうとする。


その言葉を聞いた愛理は,思いがけない播磨の言葉に戸惑っているようだ。

「ホ…ホント?  ま,まぁ,そんなに私の作ったカレーが
 食べたいって言うならいっぱい作ってあげる。
 楽しみにしときなさいよね! わかった?」

と,愛理は顔を赤くし,人指し指で播磨に押し付け,念を押すように言った。







と,まあこんなワケだ。

なにげに,あの時のお嬢を可愛いとか思っちまったのは俺の気のせいだろうか?

まぁ,なによりもまず,俺が無事に次の朝日を拝めるかどうかが心配だ。

なにせ,あのお嬢の作るカレーだからな……


とりあえず,買い物の荷物持ちに付き合わされたワケだが,まぁおかげで得体の
知れないものを買ってないのが分かったから良しとしよう。


それにしても,なんだかさっきからお嬢のヤツが嬉しそうなのな何故なんだ?

ときどき,スキップしたり,あるいは急に振り返って両手を後ろ手に,
「ホラッ 早くしなさいったら!」とか腰をかがめて言ってくるのがやたら可愛く見えるん
だが…………ま,まぁきっと夕陽のせいだよな。




















「さぁ〜て,作るわよ〜」

紙を一本に束ね,エプロンをし,袖をまくる愛理。

作る気満々らしい。

播磨はそれを心配そうに後ろから見守る。

いや,失礼。

見張る。


「な,なぁお嬢 なにか俺も手伝ったほうがいいか?」

たまらず声をかける播磨。

「ダ・メ・よ! 私が全部やるの!
 ヒゲはおとなしく待ってて!」


(きっと大丈夫よ。 だって前にエビカレーだって成功したんだもの。
 晶と一緒だったけど……)


そうして,愛理はカレー作りに取り掛かった。

やはり,普段から料理をしないためか手際は良いとは言えないが,かつて
成功しただけになんとなく安心して見てはいられる。


(へぇ〜 コイツってカレー作れるんだな。
 しかし,まだ味は分からねぇ……油断は禁物だぜ)


播磨はそうやってずっと不安な面持ちで後ろから椅子に座って見つめていた。













そして,(見た感じは)特に何の問題も無くカレーはできあがった。

野菜も柔らかくなっており,タマネギも完全にとけてしまっている。

見た目はとてもおいしそうだ。

匂いもいい感じに食欲をかきたててくる。

ライスを盛り,それにカレーをかけ,2人はテーブルについた。


「さぁできあがりよ。 じゃあ………ヒゲ……食べてみて」

(ちゃんと……できたわよね?
 失敗……無かったわよね?
 ヒゲ……おいしいって言ってくれるかな?)


無意識に両手を胸の前に組み,祈るように播磨を見つめる。


「オ,オゥ  じゃ,じゃあ いただくぜ」

(うおぉぉぉ!!! 怖えぇぇぇ!!! 
 し,しかし,ここは行くしかねえぜ!!!)

スプーンでカレーをすくい,おそるおそる口元へと運ぶ。
その手は小刻みに震えており,体中に冷や汗をかいている。

 パクッ もぐもぐもぐ


(ん!!! こ,これは――――)


「ど……どう……かな?」

心配そうに愛理がたずねる。
もしも不味いなんて言ったら泣いてしまいそうな顔だ。


「ウメェーー!!!!! マジでウメェぜ!!! 
 お嬢,オメーの作ったカレーうめぇぞ!!!」


「え……? ホ……ホント?」

愛理の顔が安堵と喜びで満ち溢れる。

「ああ,マジだ!!!
 お嬢,オメーって料理うまかったんだな」


そう言って播磨はがつがつカレーを口にかきこむ。
どんどん播磨のカレーが減っていく。
それを見て愛理も一口食べてみる。

「あ……ホントだ……おいしい」


(よかったぁ
 ヒゲにおいしいって言ってもらえて……)


「お嬢,おかわりくれ」

見ると,すでに播磨の皿は空になっており,それを愛理に差し出している。

「はやっ 
 わ,わかった。
 すぐ,すぐよそうからね」

播磨から皿を受け取る愛理はとても嬉しそう。

「オウ,これなら腹いっぱい食えるぜ!!!
 大盛りにしてくれな!」

「う……うん。
 いっぱい作ったからたくさん食べてね」

そう言ってご飯とカレーをよそいに向かう愛理。


(うふふっ  よかったぁ〜
 ヒゲったら一杯をあっという間に食べちゃって……
 美味しいって言ってもらえてよかったな。
 心をいっぱいこめて作ったものね……)




「ハイっ ヒゲ,おかわりよ」


「オウ,お嬢,サンキューな!!!」


播磨が美味しそうにカレーを食べる姿を満面の笑みで見つめるお嬢様であった。
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投稿者 メッセージ
ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年7月03日(火) 00:56    題名:  

《翌日 三連休の2日目,日曜日の朝》



昨晩は愛理が作ったカレーを播磨が4回もおかわりしてくれた事が
嬉しくてたまらず,なかなか寝付けなかった愛理。

今朝も愛理は昨日の夕食の事を思い出しながら,上機嫌で播磨と朝食をとった。
そして,食後のコーヒーを飲んでるとき,執事のナカムラがやってきた。


「お嬢様,今日のご予定ですが……」

「え……? 予定?
 予定なんてあったかしら……?」


コーヒーカップを口に運ぶ手を止める。


「はい。 今日は1時から××ホテルにて○○様主催のパーティー。
 それから,夜には△△様主催のディナーパーティーが控えてございます。
 お昼のパーティーには移動に時間がかかりますので,11時半には出発を……」


「あ……そういえばそんな予定もあったような……」


(けっこう大きめのパーティーだったわよね……
 行かないわけにはいかない……か……
 ……せっかく,今日もヒゲと一緒にいられると思ってたのに……)



残念そうな顔になる愛理。


「お嬢,オメー 今日はずっと外なのか?」

コーヒーカップを手に播磨が聞いてくる。

「あ……うん……
 今日は……そう……みたい……」



(な,なんでそんな急に残念そうな顔するんだ?
 ついさっきまで機嫌よさそうだったのに……)



「お嬢,オメー もしかして行きたくないのか?」

「う……うん
 ま,まぁ イヤってワケじゃないんだけど……
 ……これも付き合いだし……しょうがないトコがあるのよ」

「ふぅ〜ん 
 オメーも色々あんだな」


「そうなのよ……」

(って,誰のせいで私が行きたくないか分かってるのかしらコイツ)



「そうか……
 じゃあ……今日は俺が留守番してるからよ,
 お嬢,オメーは頑張って行って来い」

(フッ チャンスだぜ
 これでやっとマンガ風お嬢の練習ができるってワケだ)



少しだけ嬉しい播磨。


「……そ,そうね。
 ナカムラ,明日は特に何も無かったわよね?」


「はい。
 明日は学校が創立記念日でお休みというだけでございます」


「そう……
 よかった……」

(じゃっ 明日は一日中ヒゲと一緒にいられるのね)



少しだけ元気が出た愛理。


「じゃっ ヒゲ,アナタに留守番頼むわ。
 ……といっても何もする必要ないでしょうけど。
 くれぐれ私の部屋に入らないように!!! 
 他にも変な事したら許さないんだから!!!
 い・い・わ・ね?」


と,人差し指を立てて忠告をする。


「ああ 分かったぜ」

(べつにお嬢の部屋に行く必要はねぇからな……
 ヨッシャ 今日は久しぶりにマンガの練習だ)



「じゃあ 私,いろいろと準備があるから……」

「おう」

そう言って愛理は内心残念ながらも席を後にした。
















「じゃっ ヒゲ,行ってくるわね」

ドレス姿でリムジンに乗り込む愛理。

「お,おう 行ってきな」

(なんだコイツ……こんな格好するとスゲェ綺麗なんだな)




愛理のあまりの美しさに,無意識ながらも軽く手を振ってしまう播磨。


(あっ 
 ヒゲが私に手振ってくれてる……)


愛理もつられて手を振ってしまう。
どこか少し照れてるように見えるのは気のせいだろうか。


「いいわ,ナカムラ
 出してちょうだい」

「ハッ」


 ブロロッ


車は,愛理の後ろ髪を引かれるような思いを乗せて出発した。







「お嬢様」

出発後,ほどなくしてナカムラが後方の愛理に言う。

「何? ナカムラ」

「しっかりお見送りをしてくださるとは……播磨様は良きお方ですね」

「そっ そんなんじゃないわよ……あのヒゲは……」

播磨が手を振ってくれた姿を思い出して,少し照れてしまう愛理であった。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年7月03日(火) 01:57    題名:  

愛理が家を出てから早速マンガの練習にとりかかった播磨。

「フンフン
 なるほど,ここをこーして,それでここをこーすると――――」

きのう,おとといに書いたスケッチブックを見てマンガ風にしていく。
苦労の甲斐あって,どうやら順調に進んでいるようだ。







やがて昼時になり,メイドが昼食を持ってきた。

「播磨様,ランチでございます」

「あ ドーモ
 じゃあ,そこに置いといてください」

スケッチブックを隠しながら言う。

「かしこまりました。 
 もし,足りませんでしたらおかわりもございますので……
 それでは,ごゆっくり……」

丁寧に言葉を述べると,メイドは部屋を出て行った。


「ふぅ〜 あぶねぇ〜
 あやうくマンガ風お嬢を見られるトコだったぜ。
 それにしても,もうこんな時間か……
 それじゃ,一息入れてメシでも食うか」

ペンを置き,メイドが持ってきたランチを見る。

「どれどれ……おお,うまそうじゃねえか。
 ヨシッ さっそくいただくぜ」


 パクッ もぐもぐ


「ウメェ!!! 
 こりゃウメェぜ」

あっという間にその量が減っていく。


しかし,ふとその手を止めた播磨。
そして,目の前に目をやる。


「そういや,昨日も今朝もメシの時にはお嬢と一緒だったんだな……
 アイツ,俺が帰るまで昨日の昼飯食ってなかったみてぇだったな……
 それに……お嬢が作ったカレーもうまかったよな……」


愛理と一緒に過ごした時間を思い出す。

そして,部屋にある自分のベッドに目を向ける。


「フッ なんか知んねーけど,アイツいつもあのベッドにいたよな……
 って,俺はなに考えてんだ? 
 早く食っちまおう……」

心に浮かんできた形容しがたい感情をまるで振り払うようにランチをかきこむ
播磨であった。


















「………様,か様, 沢近様」

派手な衣装を身にまとった,いかにも金持ちそうな婦人が言う。

「え……? あ,どうもすみません。
 えっと,どういったお話でしたっけ?」

慌てて謝罪する愛理。

それを見て,不思議そうな顔をする婦人。

「沢近様,大丈夫でございますか?
 どこかご気分でも?」

「あ……い,いえ
 なんでもございません。
 ご心配ありがとうございます」

頭を下げる愛理。

「……それならいいのですが。
 で,今日は本当にめでたく――――――」

「ええ,そうですね」

話を始める婦人だったが,愛理にはあいづちを打つくらいしかできなかった。


(あぁ〜 
 なんだか気付いたらヒゲの事が考えててボーっとしちゃってたわ。
 ……まったく,ヒゲったらこんな時まで私の頭に浮かんで来ないでほしいわ。
 もう! アンタのせいで話に集中できないじゃない!
 ………はやく,今日のパーティー終わらないかしら……)
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年7月07日(土) 03:44    題名:  

「お嬢様,あと1時間ほどで矢神に入ります」

「そう……わかったわ」

ディナーパーティーが終わり,愛理はナカムラ運転の車で帰路についていた。

普段から多くのパーティーに参加している愛理だが,1日に2つものパーティー
をこなすのはさすがにキツかったのだろう,かなり疲れた様子だ。


(さすがに今日は疲れたわね。 はやく帰ってゆっくり休みたいわ。
 ……てゆーか,今日の会場遠すぎなのよ。
 もう日付け変わっちゃってるじゃない!
 ヒゲ………もう寝ちゃったかな……寝る前に一度アイツの顔見とかないとね……
 ……って,別に私がヒゲの顔を見たいとかそんなんじゃなくて……
 えっと……そう,ちょっと文句を言ってやるのよ!
 だって,1日中アイツの顔が頭に浮かんでたせいで,お話がまともにできなかった
 んだから!)


と,空に浮かぶ月に播磨の姿を映し出す。

「ヒゲ…………」















夜中の1時,車はやっと沢近邸に到着した。
車を止めると,中村が後部座席のドアを開ける。

  ガチャッ

「ありがとナカムラ」

「入浴の用意は先程屋敷の者に連絡してあります。
 よって,すぐにでも入れるかと……」

「わかったわ」

車を降り,礼を言うと,愛理は敷地へと入っていった。
と,ここでいったん庭に出てみる。
庭から播磨の部屋の電気が付いているか確認するためだ。

「ついてない………か。
 もう……寝ちゃったのかな」

すこしがっかりして,玄関の扉を開ける。

  ガチャッ


「よう お嬢,随分と遅かったじゃねーか」

「え……?」

耳に入ってきたのはいつもの「おかえりなさいませ」ではなかった。
播磨が1人玄関で待っていたのだ。

「ヒゲ,なんで………?」

「な,なんでって……オメーの帰りを待ってたんじゃねーか」

あさっての方向を向いて播磨は言う。


(え………?
 待ってくれてたの? ヒゲが? 私のことを?)


「オイ,なにボーっとしてんだ。
 はやく上がれよ」


「あ……うん」

やっと靴を脱ぎだす愛理。

そして,2人並んで階段をのぼっていく。


「あのよ,お嬢」

「なに?」

「えっとよ……その,おかえり…な」

ポリポリと指で頬をかきながら言う。


(チッ 
 こんな事……イトコにすらまともに言ったこと無ぇ気がするぜ。
 いったい全体何してんだ?……俺)


「あ……うん……ただいま,ヒゲ」

顔を赤らめて答える愛理。

(え? なにがどうなってるの?
 ヒゲは今までずっと私の帰りを待ってくれてたのかしら?
 しかも……「おかえり」……だって……
 それに私も「ただいま」とか言っちゃったし……)


妙に気恥ずかしくなってしまう。
そして,その後は何も言葉を交わさず,2人の部屋の前までやってきた。

「そ,それじゃなお嬢。
 俺はもう部屋にいるから。
 今日はオメー疲れてんだろうから,ゆっくり風呂入って休めよな」

「う……うん。
 あ,ありがと」

「オウ じゃあな」

  ガチャッ バタンッ

それだけ言って播磨は自分の部屋へと入っていった。
愛理もそれを見届けると,自分の部屋へと入る。
  
  ガチャッ バタンッ

「ヒゲ……」

さっきのやりとりを思い起こしてみる。


(さっきのはちょっと嬉しかったかな……
 ……そうだ! お風呂上がったらちょっとだけヒゲの部屋に行ってみよっと。
 もう寝ちゃってるかもしんないけど……ほんのちょっとだけ…ね)


愛理はわずかにルンルン気分で,着替えを探すのだった。





















入浴を終え,愛理は部屋へと戻ってきた。
そして,自分の部屋に入る前に,播磨の部屋をそ〜っと開ける。
もうすでに寝てしまってるかもしれないからノックはしなかった。


(電気は消えてるわね。
 ヒゲ……もう寝ちゃったのかな)


ガッカリした気分で部屋に戻る。


(……まぁ,もう寝ちゃったなら私も寝巻き姿になっても良いわよね)


愛理はナイトドレスに着替えた。
土曜日の朝,播磨に見られたものと同じものだ。


(もうこのまま寝ちゃってもいいんだけど……やっぱりちょっとだけ
 アイツのトコに行ってみよう。
 もう寝てるみたいだし……この格好でも平気よね)


そう思い,少しだけドキドキしながら隣の部屋の扉を開ける。
隙間から頭だけを出し,部屋の中をうかがうため,意識を集中する。

部屋は月の光だけが窓から差し込んでいて,真っ暗ではなかった。
そして,スゥー スゥー と規則的な寝息が聞こえてくる。


(やっぱり……寝てるみたいね。
 ……よ〜し,それじゃあアイツの寝顔を見てやるわ。
 いつかのおかえしよ)


部屋に入り,音を立てぬよう扉を閉める。
そして,そろりそろりとベッドまでたどりついた。

播磨は仰向けに寝ていた。
そこで,播磨の顔を覗き込んでみる。
しかし,部屋が暗いため,よく見えない。


(うぅ〜ん これじゃまだ寝顔が見えないわ。
 ……ベッドにあがってもっと近づいちゃおっかな)


ベッドに大きな振動を与えぬようにそっと自分もベッドに乗る。
そして,顔を近づけた。


(えぇ〜! ちょっと何? コイツ寝てるときにもサングラスしてるの?
 なに考えてるのよこのヒゲは!
 ……よ〜し,気付かれないように取って素顔を見てやるわ)


愛理は播磨のグラサンに手を伸ばした。


(んぅ〜 あとちょっと,もぉ〜ちょっと……)


「きゃっ」

しかし,愛理の手が今まさに播磨のグラサンに触れようかというときに
事態は急変した。

なんと播磨が寝ぼけながら愛理のほうに寝返りを打ったのだ。
そして,その時の拍子に振りかざされた播磨の右腕が愛理の肩をとらえ,
愛理は力で播磨の隣に抱き寄せられてしまった。


(ちょ,ちょっとイキナリ何? コイツ起きてるの?)


上半身を抱き寄せられながらも,播磨の顔を覗き込む。
しかし,先程と表情は変わらず,呼吸のリズムもずれていない。


(寝てる……
 どうしよう,とりあえずはやく抜け出さないと……)


そう思い,播磨の腕をどけようとするが,どけようとすると播磨の腕
に力が入り,抜け出せない。


(え? なに? なにコレ! 抜けられないじゃない!
 どうしよう……
 いっその事ヒゲを起こしちゃおうかしら……
 ……いいえ,それはダメ。 そしたら私がヒゲの部屋に入り込んだことが
 分かっちゃうじゃないの………バチが当たったのかしら?
 ……えぇ〜 じゃあ,どうすればいいの?)


抱き寄せられたことにより,さらに近くなった播磨の顔を見る。
それを見た愛理の顔はもっと赤くなっていた。


(ヒゲの顔が……こんなに近くに……
 しかも,思いのほか可愛い寝顔してるのねコイツ。
 いびきもかいてないし……)


そんな事を考えていると,あるアイディアが愛理の頭に浮かんできた。

それは,このまま朝まで播磨の腕の中で寝てしまうことだった。
そして,播磨が起きる前に愛理が起きてそっと抜け出すというもの。
いくらなんでも,朝までこの状態は続いていないだろうという考えによるものだ。


(えぇー! ちょっと何考えてるのかしら私。
 そ,それはさすがにいくらなんでも恥ずかし過ぎてできた事じゃないわ!
 何か他にもっと良いアイディアがきっと……)







10分後。

愛理は播磨の腕に抱かれながら,播磨の体にぴったりとくっついていた。
パニック状態と疲れがまともに頭を働かせなかったのだ。


(しょ,しょうがないじゃない!
 だって結局コレしか思いつかなかったんだから……
 ……ていうか,ヒゲの体って大きくてあったかいのね)


そう思うと,愛理は両腕を胸の前で小さくし,さらに播磨に密着した。
顔は播磨の胸のあたりにぐりぐりと押し付けている。


(朝まで,眠っているあいだだけだけど,こうしてよっと……
 ……大丈夫 きっと大丈夫よ。 アイツが起きる時には私はすでに抜け出してるわ。
 だから,それまで……ね)


愛理は一度播磨の寝顔を確認すると,幸せそうに播磨の胸に顔をうずめたのだった。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年7月12日(木) 02:04    題名:  

小鳥たちのさえずり

そよかぜに波打つカーテン

そのカーテンの隙間から差し込んでゆらめく陽の光

朝がやってきたのだ

気持ちのいいすがすがしい朝

しかし,そんな静かな朝を無機質なケータイアラームが邪魔をする


 チャララーン♪ チャッチャーン♪


『三匹が斬られる』のテーマ曲

「んっ むぅ」

青年はその音でおぼろげながらも眠りから覚め,片手でケータイの
電源ボタンを押し,その目覚ましを止める。

そして,横になったまま背伸びをしようとした。

したのだが,何かが体にまとわりついているようで背伸びができない。

「んぁ? なんだぁ〜?」

まだはっきりしない意識と目で確認する。

みると,なにやら金色のものが自分の胸あたりにあり,細い何かが腹あたり
に巻きついているようだ。

意識がもうろうとしている青年はその金色のものを右手で触ってみる。

それはどうやら細くて長いサラサラしたものがたくさん生えた,丸いものだった。

だが,正体がまだわからない。

それを,優しくなでてみる。

すると,細いものがぎゅっと自分をしめつけ,金色のまるい物体も自分にすりよってきた。

「………なんだこれ?」

だんだんと意識と視覚がはっきりしてきた播磨。
そして,ある推測にいきつく。


(ま,まさか………そんなはず…ねぇよな………)


けれども,事実を確認することにする。
おそるおそる,丸い金の物体の位置に自分の頭がくるよう,体をずらしていく。

そして,そこで青年の目に入ってきたものは―――――――


(お………お嬢?)


目に入ってきたものは,すやすやと眠っているそれはそれは可愛い愛理の寝顔だった。


(ば,バカな!!! 俺は昨日確かに自分の部屋で眠ったはず……)


頭を回し,部屋を確認する。
確かに播磨が借りている部屋だ。


(どどどどど,どうなってやがる! 
 いいいい,一体なぜ俺がお嬢と一緒に寝てるんだ?
 ………そうだ! 
 これはきっと夢だ。
 まだ俺は寝てるんだ
 そうにちがいねぇ!)


その時,目の前の愛理の寝顔に目がいった。


「お,お嬢………可愛い」


そして,愛理の寝顔のあまりの可愛さに思わず愛理を抱きしめてしまった。


  ぎゅ〜っ


(……って,俺は一体なにをしてんだ?
 これじゃ天満ちゃんを裏切っちまってるみてえじゃねえか。
  でも……コイツ,あったけぇ。
 ……なんか気持ちいいな)

そして,あろうことか播磨はそのまま二度寝をしてしまった。
もっとも,本人は一度起きたことに気付いてないのだが。












「んぅ……んっぐ………ぷはぁ」

今度は播磨に抱きつかれた愛理が目を覚ました。
しかし,こちらも播磨同様,なにが起きているかまだ分かっていない。


(へ………? なに……?
 ………はっ! 
 しまった!
 私,昨日ヒゲの腕の中でそのまま寝ちゃったんだった。
 ……って事は……)


ゆっくりと顔を上げてみる。
すると,そこにはすぅーすぅーと寝息を立てる播磨の顔がすぐ近くにあった。

  ドキッ

その顔の距離にとまどい,赤面してしまう。


(や,やっぱり……
 うぅ〜 どうしよう……
 もう朝だし,起きないと……
 ヒゲ,私の事抱きしめたままだし……)


とても嬉しいのだが,同時に困ってしまう。

「とりあえず,起こさなきゃ……」

播磨の腕の中から呼びかける。

「ヒゲ! 起きて!」

「むぅ……なんらぁ〜?」

浅い眠りだったのだろうか,すぐに反応する播磨。

「なんらぁ〜? じゃないわよ! 起きなさいってば!」

「んぁ? ………って,お嬢?」

ようやく目を覚ました播磨。
自分が愛理を抱いていることに気付く。


「な,なんでお嬢がここに?」

「なんでって……
 アンタが昨晩私をベッドに引きずりこんで     (←誇張表現アリ)
 部屋に帰れなくしたんじゃない」

「なに! 
 そっ そうなのか?」

「……そうよ。
 だから私がここにこうしているんでしょうが」

「わ,悪ぃ!」

そう言って慌てて愛理を抱いてた腕を離す。

「悪い……
 寝ぼけちまってたみてぇだ……」

申し訳なさそうに言う播磨。

「でもよ,そもそも俺は寝るとき一人だったはずだ……
 俺が寝ぼけてたとしても,お嬢がここにいるのはチト
 おかしいんじゃねぇか?」

「ぐっ そ,それは………
 えっと……その……寝る前にちょっとアンタと話でもしよーかな
 って思って……
 そ,それでヒゲはもう寝ちゃったのかなって覗き込んだら,アンタ
 が急にガバっと……」


(あ……やだ……私,何をぺらぺらと……)


「なんだ,そういうことか。
 そういう事なら謝るぜ。
 悪かったな,お嬢」


「……ほ,ホントに悪いと思ってる?」

「ああ」

「……ふぅん」

ベッドの上での会話が続く。

「……じ,じゃあ,ちょっとくらい私の言うこと聞いてもらっても
 いいわよね?」

頬を桃色に染め,言う愛理。

「な,なんでそーなる!」

「あら? 
 悪いと思ってるんじゃなかったのかしら?」

(ぐっ コイツ……)

「わ,わぁーったよ。
 一体なにをすりゃいいんだ?」

「えっとね……じゃあ……その……」

急にモジモジし始めた愛理。

「……なんだよ。 はやく言えよ」

「さささ,さっきみたいに私の事 ぎゅ〜 ってして!」

熟れたトマトのように顔を真っ赤にして言う。

「ハァ!?  何言ってるんだオメーは!」

それを聞いた播磨も顔を赤くする。

「なによ! 
 何でも言う事聞くって言ったでしょ?
 だいたい,さっきまでアンタ自分でしてた事じゃないの」

「た,確かにそうだけどよ……」

そっぽを向いてポリポリと頬をかく播磨。

「……わ,わかった。
 すすす,すりゃいいんだろ?」

「う……うん」

コクンとうなずく愛理。

お互いに顔を赤くして,近づく二人。

播磨の腕が愛理の背中へと伸ばされる。
そして,2人の体は相手の心臓の鼓動が感じられるほど
ぴったりと隙間なく密着した。


「こここ,コレでいいのか?」


  ぎゅ〜


「う……うん」

お互いにもうガチガチになりながらも,どこか安らぎを
感じる。

(ヒゲ……あったかい……)


  コンコンッ ガチャッ


「播磨さま,朝食の用意が……」

その時,ナカムラが播磨の部屋にやってきた。


「「「あ……」」」

目が合う3人。
一瞬の時間がなぜか妙に長く感じられる。
そして,その静寂をさえぎるようにナカムラは言った。


「朝食の用意ができてございますので……
 それでは……」


執事は ポッ と頬を赤くしながら出て行った。


「ナカムラッ! 
 ち,違うの! これは……」

そして,愛理も寝巻き姿のまま部屋を飛び出していった。


「な,なんなんだ一体?」

体に残る愛理の体温を感じながら,疑問にふける播磨であった。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年7月22日(日) 08:47    題名:  

「わぁ〜! すっごーい!
 こんな大きいのが近くにオープンしてたのね。
 ヒゲ,あんた知ってた?」

愛理がどこかはしゃいだ感じで播磨を振り向きながら言う。

「ん?
 ああ,知ってたぜ。
 バイクでここらへん来たことあったしな。
 なんか造ってんな〜とは思ってたぜ」

お昼少し前,リムジンから降りた二人は目の前の大きな建物を
見上げていた。

その建物には大きく,矢神ウォーターパラダイスと書いてある。
つい最近オープンしたばかりの年中無休,超巨大屋内プール施設だ。
中には普通のプールはもちろん,流れるプール,人口波の立つプール,
数種類のウォータースライダーなどのさまざまなプールがある。
あたりにはたくさんの南国風の植物が植えられており,あちこちの店の雰囲気も
そんな感じだ。
そして,水着のまま入れる多くのレストランもあり,矢神の注目の新スポットだ。

どうして,急に舞台がここに移ったのか。
数時間前の沢近邸をのぞいてみよう。







【数時間前 沢近邸】


朝のベッドでのやりとりを思い出し,互いに少し恥ずかしい朝食。


(あぁ〜どうしようかしら。
 今朝,私なんであんな恥ずかしい言っちゃったんだろ。
 ……それより,今日ヒゲと一日何して過ごそうかしら。
 今日で連休終わりなのよね)


そんなことを考えながらの朝食を終えた時,ナカムラが
一枚のチラシを持ってやってきた。

「お嬢様,これをご覧ください」

「え?
 何? 矢神ウォーターパラダイス?」

「ハイ。
 先月オープンしたばかりでございます。
 今日は矢神学院高校の創立記念日で,他の学校や会社は通常通りですから
 あまり混んでないと思われます。
 ……どうでしょうお嬢様,今日は播磨様と一日ここで遊んで来られては?」


(屋内プール……か。
 悪くないわね。
 ………あ〜 でも,ヒゲはあまりこういう所行きたがらないかも)


「ねえヒゲ どうする?」

ダメもとで聞いてみる。

「あん? 
 ああ,別に行ってもいいぜ。
 たまにはそーゆーのもいいかもな」

(お嬢が家にいるならどうせ漫画の練習できねえもんな)

あまり興味なさそうに答える播磨。


(え……?
 こ,これってデートOKってことよね?
 ……もしかして,ちょっと進展したって感じかしら)


「……しょ,しょうがないわね。
 アンタそんなに行きたいの?
 ……分かったわ,アンタがそんなに行きたいって言うなら
 私も付き合ってあげる」

「オイ,別に俺はそんなメチャクチャ行きてーわけじゃ……」

「それじゃ,ナカムラ運転頼むわね。
 じゃ,私は先にごちそうさま。
 今日着る水着選んでくるわ」

そう言い残し,鼻歌まじりで嬉しそうに愛理は部屋に向かって行った。

(アイツ,人の話聞いてねーし………)







と,まあいつもの具合いである。

舞台を矢神ウォーターパラダイスに戻そう。


(ほぉ〜 けっこういろんなプールがあるんだな。
 人も今日はあまり多くねえみてえだし,まあ,暇つぶしには丁度いいか)


そんなことを考えながら,
先に着替えが済んだ播磨は待ち合わせの場所で愛理を待っていた。

「ヒゲ,着替え終わったわよ。
 さっそく遊びに行きましょ」

背後から愛理の声が聞こえてきた。

「あ?
 ああ,そうだな………なっ!」

愛理の声に振り向いた播磨だが,瞬間,言葉を失い,固まってしまった。
そこには,黒のビキニを着て,より一層スタイルの良さが引き出ている
愛理が立っていた。


(か……かわいい……)

「?
 ヒゲ? どうかしたの?」

不思議そうな顔で愛理がのぞきこんでくる。

「あん?
 あ,ああ 別になんでもねえ。
 じ,じゃあ行くとするか」

(ぐぁっ あっぶね〜
 お嬢の水着姿に完全に見とれちまったぜ。
 ……っかしいなぁ〜 
 ここ数日なんだかお嬢の事がやたら気になったり,カワイイ
 とか思っちまったり……
 なんでだ? お嬢の事をちゃんと見ようと決意した夜あたりからか?
 イヤ,それにしても……)


「ヒ〜ゲ!
 なに難しいカオして歩いてんのよ。
 ホラっ まずはあの波の立つトコ行ってみましょ!」

愛理はまるで,はしゃいでる小さな子供のように走って水の所まで行った。

「ほら,何やってるのよ。
 アンタも早く来なさい!」

そう言うと,愛理は弾ける笑顔で,手でパシャパシャ水を播磨にかけてきた。

「うわっ 冷てぇ!
 くそっ,お嬢やりやがったな」

播磨も仕返しとばかりに水をかける。

「きゃっ 冷たい!
 もうっ! やったわねヒゲ!」


そうやって水のかけあいが始まった。
そして,播磨はいつのまにかそれを楽しんでいた。
その光景は,さながら,じゃれあってるカップルにしか見えないものであった。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年9月03日(月) 02:46    題名:  

「キャーッ アハハッ すごい速〜い!」
「うおぉぉぉっ! なんじゃこりゃー! 超〜気持ちいいぜ!」

2人の叫び声を乗せてインナーチューブ(2人乗り用の浮き輪)が勢いよく
ウォータースライダーを滑っていく。

そして長いパイプを抜けると,大きな水しぶきと共に元気よく終着点にたどり着いた。

「プハァーッ
いやぁ〜 お嬢,案外このウォータースライダーっての面白えじゃねぇか」

「ほらっ 私の言ったとおりじゃない。
 せっかく来たんだから楽しまなくっちゃ!
 ヒゲッ こんどはあの半筒型のスライダー行くわよ!」

「おう! やってやろうじゃねぇか!」

こんな調子で4つ全部のウォータースライダーをクリアした2人。

やがてお昼時になり,お腹も減る頃合いだ。

「お嬢,そろそろなんか食わねーか?
 俺,けっこう腹減ってきたぜ」

「そうね。
 すこし疲れてきたし,ちょうどいいわね。
 休憩にしましょ」

昨日はあまり一緒にいられなかったものの,いつの間にやら徐々に2人の息
が合ってきた。

というよりかは,もともと口喧嘩などで波長の合っていた2人の距離が,
この数日間を通して縮まって来た,というのが正しいのかもしれない。

「ヒゲ 私はホットドッグ。
 それと,飲み物はなんでもいいわ。
 買ってきてちょうだい。
 私はここの場所を確保しといてあげるから」

お金を渡し,プラスチック製の椅子に腰掛ける愛理。


(……やっぱ俺が買いに行かされると思ったぜ)


「……なにヒゲ? その少し呆れたような顔は」

文句があるなら言ってごらんなさいとばかりの顔で播磨を見上げる。

「べつに……やっぱお嬢はお嬢だなって思ってよ」

「?  何よそれ?」

「なんでもねぇ。
 そんじゃっ 行ってくるわ」


(なんか俺……お嬢の相手すんのも妙に慣れてきてるような)


そう思い,現金を手に売店へと向かう播磨を,愛理は少しルンルン気分で
見送っていた。


(なんだかちょっと良い感じかも……
 あぁ〜でもヒゲ明日からはウチにはいないのよねぇ〜)


「あれ? 沢近じゃねーか」

「え?」

突然背後から聞き覚えのある声がし,後ろを振り返る。

「美琴! アナタなんでこんなところに……」

そこには愛理の親友である周防美琴がジュースを手に立っていた。
当然,水着姿である。

「え? 
 あ,あぁ,え〜とアレだ!
 ホラッ 今日は学校創立記念日じゃんか。
 だから,最近できたここにちょっと来てみようかなってさ。
 ハ,ハハハッ」

頭をぽりぽりと人差し指でかきながらそう話す。
しかし,動揺しているのは明らかだ。

「美琴,アナタひとりでこんなトコに来たわけじゃないでしょ?
 ……まさか,麻生くんとデート?」

「ば,ばか!
 そんなわけないじゃねぇか!
 道場のやつとだよ。
 ……つーか,沢近は誰と来てんだ?」

「え? えっと,それは……その……」

朱に染まった顔をそっぽに向け,必死で言い訳を考える。
だが,そこはさすがに美琴である。
愛理のその様子から,とある確信へと行き着いた。

「ハハァ〜ン 分かった。 
 播磨だろ!」

顔をズイと近づけて問い詰める。

「うっ! 
 えぇっと〜それは……」

図星を指されて,うろたえまくる愛理。

そして,さらに愛理を追い詰める状況に………

「オイお嬢! ほら買ってきたぞ。
 って,周防じゃねーか。
 オメーも来てたのか?」

播磨である。

今まで,通常の高校生は絶対に経験しないであろうピンチの場面にたびたび遭遇
してきた男だが,今回は愛理がピンチのようだ。

「ヒ,ヒゲ! 
 アンタったら,いっつも変なタイミングで!
 …あぁっと美琴,えっとね,今回はこのヒゲが私を誘ってきたからしょうがなくね……その……」

「ハァ? なに言ってんだよ。 
 買って来いって言ったのはオメーじゃねぇか。
 なんで俺が文句言われなきゃいけねぇんだ?
 それになんか変な感じで説明してやがるし……」

買ってきた2人分のドリンクとホットドッグ,やきそば,たこ焼きをテーブル
に置き,見慣れた痴話喧嘩(?)が始まる。

「まぁまぁ,2人とも落ち着きなって!
 とりあえずデートって事なんだろ?
 じゃっ アタシは2人の邪魔しちゃったみたいだからこれで失礼するわ。
 じゃあな〜 お幸せに〜」

そう言ってにやけ顔で美琴は立ち去っていった。

その美琴の姿を複雑な面持ちで見送る2人。

「なぁ,お嬢」

「何?」

「俺達って今日……デートしてんのか?」

状況が理解できてない播磨。

「それは………うん……そうね……そうだけど……」

顔を赤くしたままうつむきかげんに答える愛理。

「ほぉ〜 デートかぁ〜 でえと でぇと……
 ………っって,デートだと!?」

目を丸くする播磨。

といっても,文字通りに目を丸くしているのかどうかは
サングラスのためにわからないのだが。


(俺って今,お嬢とデートしてんのか?
 これがデートってやつなのか?
 天満ちゃんともまだデートしたことないのに……
 ごめんよ……天満ちゃん……
 俺の人生初のデートはぜひキミと……)


ショックのために軽く魂が体から抜け出そうになる。

「ちょっとヒゲ! どうしたの? 大丈夫?」

心配そうに愛理が播磨の顔を覗き込んでくる。

瞬間,その目の前の愛理の顔にドキッとする播磨。

播磨を本気で心配してるというのが明らかに表情に出ていたのと,
その見事に整った顔立ちがすぐ目の前に近づいてきたからだ。

「あ? あぁ 
 なな,なんでもねぇよ。
 それより早く食おうぜ。 冷めちまうぞ」

平静を取り繕うとする播磨。

「そうね。
 食べましょう」

(やべっ 
 俺,お嬢に心配かけちまったのか?
 あぁ〜 でもなんかここんとこコイツの顔見るとなんだかドキドキ
 するような……
 ……ってそんなワケねぇ!
 俺には天満ちゃんが……
 でも……)



















食後にソフトクリームを食べる播磨と愛理。


(これがデートってやつなのか?
 天満ちゃんには悪い気がするんだが……
 お嬢が相手でもなんだか結構楽しめてるような……
 いいや! しかし俺には……)


播磨は自分が愛理とデートをしている事を食事中からずっと考えていた。

「ちょっとヒゲ! 聞いてるの?」

「あん? 何だ?」

「もう,ちゃんと聞いてなさいよね。
 だから,美琴は誰とここに来てるのかしらってコト」

「あぁ,それか?
 それならさっき売店で偶然メガネに会ってよ,そん時に聞いたぜ」

「え? メガネって……花井君?」

「あぁ,なんでも周防に正しい泳ぎ方を教えてくれって頼まれたとか
 言ってたぜ」

「……ふぅ〜ん」


(美琴ったら,自分が泳ぎの練習してる事が知られるのが
 恥ずかしかったのかしら?
 ……いや,それは別に恥ずかしい事だとは思わないし。
 ………分かった! 
 また花井君絡みでからかわれるのが嫌だったのね。
 でも,なんだかんだ言って結局は花井君とくっつくんだろうけど……
 うん,納得。
 ま,それはいいとして,私自身も今日は結構イイ感じなのかな?)


そんな事を考えていると,播磨が言う。


「オイお嬢,オメー早く食わないとアイス溶けるぞ」

見ると,愛理のアイスが溶けていっているではないか。

「えっ? あぁ! もうこんなに!」

あわてて垂れそうなアイスを舐める。

「ほぉ〜,お嬢もボーッとすることあんだな」

「ちち,ち・が・い・ま・す! 
 ボーッとなんかしてないわよ。
 アンタじゃあるまいし……
 ただ……ちょっと考え事してただけ」

「似たようなもんじゃねぇのか?」

「ち・が・う・の!
 ………それより,これ食べ終わって少ししたらあっちの
 流れるプールの方に行ってみましょ」

「ん? あ,あぁ かまわねぇぜ」


















結局,更に数時間遊んだ後,2人は帰ることに……
まぁ時間的にも帰る人が増え始める時間だが,創立記念日を利用した
矢神高生ばかりが多くてなにかと視線を感じたのが理由のひとつだ。

その中の一部には,水着ギャル目当てにやって来ていた3年C組水着ずもう部
三人衆などもおり,その部長は播磨たち2人の姿を目撃して髪が
立たなくなってしまったとか……

他にも,愛理がどこかに行っている際,金髪ツインテール黒ビキニ姿で沢近愛理の
変装をしたナカムラが愛理の代わりに播磨の相手をしようと登場し,一時プール中が
騒然した事もあったりなかったり……





夕陽が矢神の町を赤く染め上げる中,その町にはあまりにも不相応なリムジンが走る。

車内にはやや少し疲労の空気が漂っていた。
そう,プールという場所は案外体力をドッと消耗する場所なのだ。
しかし,決して暗い雰囲気なわけではなかった。


「今日は意外と楽しかったぜ,サンキューな,お嬢」

「ホント? 
 ……なら良かった。
 私もかなり楽しめたし,まぁ色々あったけどね」

そう言って,運転席にいるであろう,顔に絆創膏を貼ったナカムラの方に
目を向ける。




数分の沈黙。




「………ね,ねぇヒゲ?」

「あん?」

「えっと……アンタ,ちょっとこっち側のシートに座って」

そう言って,自分の隣の席をポンポンと叩く。

「何でだ?
 まぁ……別にいいけど」

播磨が愛理の隣へと移る。

すると,愛理の体が播磨の方へともたれかかってきた。

瞬間,ドキッとする播磨。

「お嬢?」

「………家に着くまで,このままでいさせて」

「ま,まぁ……かまわねぇけどよ」

疲れから来た睡魔が襲ったのだろう。
愛理は播磨にもたれたままいつの間にか,眠ってしまった。


その寝顔を見やると,良い夢でも見ているのだろうか,
どこか安らかに,そして心地良さそうに見える。


(かわいい寝顔しやがって……
 コイツ……疲れたんだな。
 ま,あれだけ遊べば誰だって疲れるわな)


ナカムラが用意してくれたのだろう。
毛布を手に取り,愛理と自分を覆うようにかける。



そのリムジンは眠れる美少女と青年のために,わざと道を大きく遠回りして
走っていた。
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年9月04日(火) 05:14    題名:  

連休明けの火曜日

まだ低い陽の光が,たちこめた朝霧にさし込み,矢神の町を幻想的なものへと変える。

だが,静寂が似合うそんな景色も,やがてサラリーマンのせわしない
革靴の音や,通学の高校生らの明るく元気な会話によって,徐々にざわめきたつ。


そしてそれは,沢近邸においてもまた同様であった。

「オーイお嬢,準備に時間かかりすぎじゃねえか?」

もうすでに制服に着替え終わった播磨が愛理の部屋の前で言う。

「あぁ〜ん もうウルサイわね!
 女の子の朝はいろいろと忙しいの!
 もうちょっとで終わるから待ってて!」

ドレッサーの前でその美しいブロンドを入念に手入れをしながら返事をする愛理。


(そうだったぁ〜
 ヒゲが私の家に泊まってたって事は,今日はヒゲと一緒に登校するって事
 だった。
 どうせ学校でも会うのにわざわざ別々に登校するのも不自然だしね。
 ……思えば私たち,この数日間だけでもいろいろあったのよね)


金曜の昼休みから今までのことが頭によみがえる。

恥ずかしいこともあったし,嬉しいこともあった。

少し寂しく感じたこともあったけれど,

それらの出来事の中心にはいつも播磨がいた。


(……なんだか最近,私の世界があのヒゲを中心にまわってる。
 でも結局,私たちの距離は縮まったのかしら……
 私たちの間の何かが変わることはあったのかしら……)


「お嬢〜 遅刻すっぞ〜」

「ハイハイ!
 今行くから」

カバンを手に取り,部屋の扉を開けると播磨がそこに立っていた。

「お待たせ!」

「お,おう」

愛理の登場に一瞬たじろぐ。


(やべっ
 何また俺,お嬢相手にドキドキしてんだ?)


「どうしたの?
 行くんでしょ?」

「あ,あぁ 
 そうなんだが,その前にオメーにちゃんとお礼言っとかねーとな。
 ……世話になったなお嬢,サンキューな!」

その自然でさわやかな顔にドキッとしてしてしまい,思わず視線をそらす。

「べ,別にお礼なんていいわよ。
 それより,早く行くんでしょ?」

「お,おう」

階段を降り,玄関に着くとナカムラをはじめ,多くの使用人が2人を
待っていた。

「あぁ〜 
 えっと……どうもいろいろと世話になりました!
 ありがとうございました!」

深々と頭を下げ,感謝の言葉を述べる播磨。

「いえいえ,我々としても播磨様が屋敷にいらしてからはとても賑やか
 で,大変嬉しく思っておりました。
 ぜひ,またお越しくださいませ。
 そして,これからもお嬢様を宜しくお願いします」

ナカムラが代表して言う。

「あぁ〜 そりゃどうも
 そいじゃっ 行ってきます」

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ,お嬢様,播磨様」

2人は大勢の優しいまなざしを背に感じつつ,屋敷を後にした。























2人は横に並んで歩を進める。

(なんだかこうやって2人で登校してるとまるでカップルみたい……)

愛理の感情は若干高揚していた。

「なぁ,お嬢」

突然,播磨が口を開く。

「何?」

「……サンキューな」

「? 何のこと?」

「えっとよ,俺,なんだか今までお嬢の事を勝手に色めがねかけて
 見てた部分があったんだ……
 ……でもよ,お嬢と過ごしたこの数日間で,今まで知らなかった
 お嬢の部分をたくさん見れたし,知ることができたんだ。
 ………だから,俺の色めがね外してくれてサンキューな」

「………そう。
 ………で,何かアンタにとっての私に対する新発見はどんなのがあったの?」

「ん〜 とりあえず,お嬢はいつも頑張ってるってトコと,
 それと……」


(こ,これは言うべきか否か……)


播磨の顔が少し赤くなる。

「それと?
 何なの?」

歩みを止め,愛理が顔を近づけてくる。

「か,かか,可愛いトコがけっこうあるんだなってトコだ」


(言った〜  俺,言っちまった〜)


播磨の顔が真っ赤になる。

「な,なな,何をイキナリ言い出すのよこのヒゲは!」

愛理の顔も照れてしまって真っ赤。

「う,うるせーな!
 そう思ったからそう言ったまでだ!
 文句あっか?」

「文句なんか……あるわけないじゃない

2人は押し黙ったまま再び歩きはじめる。

どちらもかなり恥ずかしいようだ。












そして,そのまま矢神坂の中腹あたりにさしかかる。

「なぁ,お嬢」

播磨がまた口を開く。

「こ,今度は何?」

再びドキッとする愛理。

「えっとよ,言いにくいんだが,
 土曜の夜,お嬢カレー作ってくれたじゃんか」

視線をあさっての方向に向けたまま話し出す。

「……それが?」

「そんでよ,またオメーの作ったカレー食べにいってもいいか?」

播磨拳児,決死の告白。

「え?」


(うそ? 何これ?)


「だからよ,またオメーの作ったカレー食いたいんだよ! 俺は!」

またもや熟れたトマトのように顔を真っ赤にして言う播磨。

「し,ししし,しょうがないわね。
 そそ,そんなに食べたいんだったら作ってあげてもいいわ」

愛理も照れた顔が見えないよう,あらぬ方角を向いて答える。


(これって,私たちの距離がけっこう縮まった感じ……よね?)


「ま,マジでいいのか?」

「ただし,残さず食べるのよ! 
 買い物の荷物持ちも!
 い・い・わ・ね?」

人差し指を突き立てて迫る愛理。

「ったりめーだ!
 誰があんな美味いカレー残すか!
 荷物持ちだってなんだってやってやるぜ!」

胸をドンと拳で叩く。

  キーン コーン カーン コーン

ちょうど播磨が胸を叩いたとき,学校の始業チャイムが鳴った。


「「やばっ 遅刻!!」」

矢神坂をダッシュで駆け上がる2人であった。



―――完―――
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ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 48

投稿1時間: 2007年9月09日(日) 18:26    題名:  

《後日談》

「「ええええぇぇぇぇ!!!」」

天満と美琴が驚きのあまり目を見開いて飛び上がる。

「ちょっ ちょっとふたりともそんな大きな声で……」

慌てて愛理が静止に入る。
見回すと,クラス中が先の大声に驚き,こっちを見ているではないか。

「わりぃわりぃ。
 でもよ沢近,それってマジなのか?」
「どうなの? 愛理ちゃん」

体をのりだし,せまってくる。

「だ,だって,しょうがないじゃない……
 アイツ,鍵持ってなくて家入れないって言うし……
 それに,ほっといたら本気で野宿でも始めそうなんだもの」

「……ふぅ〜ん 
 優しいのぅエリちゃんは」

「まぁな,確かにそんな状況になっちまったら泊めるしかないかもな」

「そそ,そうでしょ?
 だ,だから私は不本意ながらもあのヒゲを泊めてあげたってワケ。
 オホホホホホ」


(ふぅ〜 よかったぁ
 とりあえず納得してくれたみたい)


心の中で安堵の溜息がもれる。
しかし,

「で,彼との3日間は楽しかったの?」

すかさず高野のスルーパスが入る。

「そうだそうだ。
 昨日もプールでデートしてたんだし,他にもいろいろ
 あったんじゃないのか?」

「な!?
 べ,別に何にもないわよ」

だが,愛理は播磨とのたくさんの出来事を思い出し,顔が真っ赤。

「ほれほれエリちゃん,そんな真っ赤な顔じゃ説得力ぜんぜん無いよ〜ん。
 さあ,観念なさい!」

「ほ,ホントに何にもないんだったら!」

「キスは何回?
 ハッ まさかあんな事やこんな事まで」

「ちょ,ちょっと晶!
 そんな事あるワケないでしょ!」

愛理,シュート決められまくり。

そんな時,

「よう,お嬢」

ウワサをすればなんとやら,この男の登場である。

「へ!?
 ひ,ヒゲ!」

「ほれほれ沢近,王子様の登場だぞ」

いたずらな笑みを向けてくる美琴。

「ウルサイわよ美琴!
 ……え,えっと……何なのよヒゲ」

にやつく3人を制し,播磨を見ると,なにやら手に持っているではないか。

「あ〜っとだな,確かオメー俺に絵を一枚くれとか言ってたよな?」

「え?
 う,うん。確かに言ったわね」

「でよ,この前のお礼も込めて描いてきたぜ。
 ホラよ これだ」

あさっての方角を向きながらスケッチブックをグイッと差し出す。

「あ,ありがと」

スケッチブックを受け取る愛理。

このとき,ふたりの頬がかすかに朱に染まっていたのは微笑ましい事この上ない。

「そ,それだけだお嬢。
 そんじゃなっ」

「あっ ちょっとヒゲ!」

播磨は目も合わせず急いでどこかに行ってしまった。

(もう,何なのよあんなに急いで……)

そう思いながらスケッチブックを開く。
すると,

「す,すごい」

思わず愛理の口から驚嘆の声がもれた。

見ると,そこには愛理の,それはそれは実に美しく,そして可憐な,眠っている
姿が鉛筆画で見事なまでに写しだされているではないか。


(ヒゲ………)


「「「へぇ〜」」」

なぜか耳元で感嘆の声が聞こえる。

「え?」

気付けば,愛理が絵に見とれている間に,天満,美琴,高野の3人が後ろから
絵を覗き見ているではないか。

「ちょ,ちょっとアナタたち何見てんのよ!」

慌てて,すぐさまスケッチブックを隠す。

「すっごぉい! 播磨くんってものすごく絵上手なんだね!」

「ホントだなぁ,アイツって美術の才能があったんだな」

強く胸を打たれ,天満と美琴が感想を述べる。

(え………?)

「なぁ沢近,いいじゃないか。
 もう1回見せてくれよ」

「あ……う,うん」

播磨が褒められた事に悪い気がせず,ついスケッチブックを渡してしまう。

「へぇ〜
 見れば見るほどスゲェな」

「ん?」

絵を見て,何かを発見した高野。

「ねぇ愛理,ちょっと聞きたいんだけど」

「え? 何?」

「愛理,絵の中のアナタって,ナイトドレス着てない?」

絵を指差し,高野が聞いてくる。

「え? うん,そうだけど……」

「晶ちゃん,それがどうかしたの?」

「って事は,播磨君は愛理の寝巻き姿を見たって事よね?
 しかも,こんな細部まで描けるほどの長い時間……」

「「「………あ………」」」

次第に3人の顔が赤くなってくる。

「さささ沢近,アンタ,ま,まさか………」

「エリちゃん,ひょっとして………」

「いいいイヤ,これはその………」

3人とも耳まで真っ赤である。

「「キャ―――――!!!」」

「愛理,あなた結構やるわね」

「イヤ――――!!!
 違うんだってばぁ〜!!!
 もう,あのヒゲ,絶対許さないんだからー!!!」

教室を飛び出し,播磨を探しに廊下をダッシュする愛理なのであった。
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