特等席

 
  
投稿者 メッセージ
ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 59

投稿1時間: 2008年4月29日(火) 02:53    題名: 特等席    

第四作目です。

今回の作品には派閥というものは多分当てはまらないと思います。
そして,何で《お子様ランチ》な自分がこういう内容を書いたのかと
疑問に感じる方もいらっしゃると思うのですが,浮かんできたこの光景を
描きたいと思って書いたものなので,そこのところはあまり気になさらないで
読んで頂ければといったところです。

毎回しつこいようですが,文章が下手なのはご了承ください。

またもや短編です。
更新は1回きりの予定です。

またこの作品に関しても,一行とか簡単なものでも一向に構いませんので感想掲示板
の方に感想を書いていただければと思います。


それではどうか,宜しくお願いします。
トップに移動
ボロネーゼ



登録日: 2007年5月 29日
投稿記事: 59

投稿1時間: 2008年4月29日(火) 02:55    題名:    

昼休み。

ついさっきまでこの学校を覆いつくしていた静けさはチャイムの音を区切りに
それはにぎやかなものとなった。
パンを買いに購買へダッシュする者,お弁当を手に机を向かい合わせにする者,
あるいは部活の昼練に向かう者などその様子はこうして
じっと観察してみると実にさまざまだ。

「愛理ちゃ〜ん,何してるの〜?
 はやく食べよ〜」

窓ぎわ最後尾から2番目,髪をピコつかせながら天満が無邪気な笑顔で呼びかけてくる。
見ると,すでに美琴と晶も集まっており,私が来るのを待っているようだ。
鞄の中からお弁当とペットボトルのお茶を出しいつもの席へと足を向けた。
だが,ふと足取りが普段と微妙に違うのに気付いた。
いや,気付いたという表現じゃないわね。
妙な感覚が増したと言ったほうがいいのかしら。
まるで目に見えない弾力性のある空気の塊の中を体の正面で押し返しながら進んでるという感じ。
ここ数日はよくこんな感覚にとらわれる。
そう、あの出来事があった日から。
これは果たして私の心から生じたものなのか,あるいは昼休みになってもまだ机に腕を枕に
スースー眠ってるコイツから感じるものなのか。

たぶん前者だと思う。
コイツは特になにかが変わったというわけでもないし。
少なくとも私に対する接し方については変わったとは思えないし感じない。
お弁当とドリンクを隣の席に置き,呼吸に合わせて穏やかに上下する大きな背中に目をとめる。
本当にぐっすり眠ってる。
よくもまあこんなに深く眠れるわねと半ば呆れながらもどこか感心してしまう。
私だって時々まぶたがひどく重たくてツライときもあるけど,もしも授業中居眠りなんか
しちゃったら自分が許せなくなりそうだから必死で我慢してる。
周りの目も気になるしね。
それなのにコイツったら放っといたらこのまま昼休みが終わって5時間目が始まっても
まだ眠りっぱなしなんじゃないかしらってくらいの爆睡だ。
……しょうがないから起こしてあげることにする。

「ちょっとアンタ,いつまで寝てるつもり?
 さっさと起きなさいよ」

肩を軽く叩いて,耳もとで言ってやった。
コイツはう〜んとか何とかうめき声をあげて大きなあくびをすると

「なんだお嬢か……
 なんか用か?」
「ハァ……
 あのねぇ,なんか用か? じゃないわよ
 アンタ授業中もずっと寝てたでしょ
 もう昼休みなの」
「あん?
 おっとやべぇ,もうこんな時間じゃねぇか」

教室の時計を見て,なんかひどく慌てだした。

「席…借りるわよ」
「ああ,好きにしな」

私への返事もおざなりに机の中から何かを取り出して立ち去ろうとする。
そしてすれちがう時,

「また,あの子の所に行くの?」

驚いた。
何にって、無意識に唇が勝手に言葉を発していたことに。

「? 今なんか言ったか?」
「ううん,なんでもない」

振り返ったサングラスにさっさと行くよう促す。
私だって今起こったことがわからなくて混乱してるのに,人から聞かれてまともに
答えられるはずがない。

「……そうか」

アイツはそれだけ残して私を一瞥すると、急ぎ足で廊下へと姿を消していった。
その様子を全て見届けると、ふっと心が少しだけ軽くなった。
さっきまで私の奥底にどんよりとわだかまっていた何かが消えたのだ。
けれどそれは全部ではなく、まだしつこく私の中にとどまってその範囲をじわじわと
ゆっくり広げていくのがわかる。
このすっきりしない感覚はここ数日でよくあることだ。
そう、アイツがあの子と正式に付き合い始めてから。
どちらが告白したのかは分からない。
だがあの二人が付き合いだしたというのは紛れも無い事実だと広まっており,本人たちも
それを否定していないという。
まあとりあえず,あの二人はカップルになったという事だ。

まぁそれは置いとくとしよう。
気になるのはあのすれ違いざまの無意識な一言。
あれは一体何だったんたのかしら。
困惑と動揺がふくれ上がってくる。
……いけない,とりあえず今は美琴たちに心情をさとられたくない。
なんとか平静を装ってお弁当とペットボトルを持ってアイツの席へと座った。
あったかい。
アイツの残した体温が椅子を通して伝わってくるのが分かる。
当然だ,先の今までアイツはここで突っ伏して夢の世界にいたのだ。
いや、もしかしたら今向かっている場所もアイツにとっては夢(アッチ)の世界と
変わりないのかも。

「なんか播磨急いでたな〜
 最近いつも昼休みあんな感じじゃないか?」

アイツの話題。
ちょっと遠慮したい。

「さあね,別にいいじゃない
 それよりはやく食べましょ」

今はただお昼の時間を楽しみたい。
このメンツだけで純粋に笑いあいたい。
モヤモヤした気分を晴らすようにお弁当の包みをほどいて,シェフが作ってくれたお弁当のふたを開ける。
今日はローストビーフか。

「またぁ〜
 そんなこと言ってホントはまだ気になってるんじゃないのか?」

ニヤついた顔で美琴がからかってくる。

「変なコト言わないでちょうだい」

口から出た言葉にはちょっと険があった。
ちょっとごめんって気がするけど,これ以上この話を展開されたくない。

「え? あ、うん」

美琴なら私が本当に嫌がるような事はせずに察してくれると信頼してのことだ。
……さて、楽しい昼食にしないと。

「天満、あなたの今日のお弁当は?」
「私? 私のお弁当はね〜」

あら? 不思議なことに包みをほどく天満には元気がない 。
いつもなら嬉しそうにお弁当を開けて中身を紹介してくるのに。

「まぐろカレー」

しょんぼりと差し出された2つのタッパーにはそれぞれ白いごはんとルーが入っている。
どうしたのかしら,天満はカレーは辛口じゃない限り苦手じゃなかった気がするけど。
それに,天満がカレーをお弁当に持ってくるのは珍しいような………

「天満、お弁当がカレーの日は烏丸くんと一緒に食べるんじゃなかったの?」

昌の言葉で違和感の正体がなんとなくわかった。
そうだ、天満が烏丸くんとお弁当を一緒に食べる時はいつもカレーだって前に言ってた気がする。
烏丸くんの大好物がカレーだとか言って。
だからきっとこの子にとってお弁当がカレーの日は特別なのだろう。
じゃあ烏丸くんは? と思って彼の席を見ると本人どころか鞄すら机の脇に下げられていない。

「そうなの〜。
 昨日ね,ケータイ見たらね,烏丸くんから明日学校行けないってメールが来てて。
 でももうカレー作っちゃってたしもったいないと思ったから私だけでも消化しないとって。
 もう残念だよ〜」

ぐにゃ〜っと机にへたり込む天満。
ピコ髪もしょんぼりしてる。

「そんな軟体動物みたいになるなって。
 急な用事とか入ったんじゃないのか?
 ほら,例えば家のこととか」
「う〜んそうかも。
 でもやっぱりあまりそういう事は聞かないほうがいいのかなって」
「そうね。
 話せる内容なら向こうから話すかもしれないし」

だんだんと普通の話になってきた。
このぶんなら気が紛れて変な事考えずに昼休みを終えられそうだ。
と、思ったとたん天満がガバッとバネの入った人形のように起き上がった。

「あー! そうだみんな聞いて。
 今日珍しく朝早く起きれたから八雲のお手伝いしようと思って下に行ったの。
 そしたら八雲が大きなお弁当箱におかず詰めてて,
 でね,播磨くんの? って聞いたら『そう』だって。
 もう正式に付き合い始めてからラブラブ度が凄すぎるのあの二人」

前言撤回。
せっかく消え去ったと思ってたのにヒゲとあの子が仲良くお弁当を食べてるところが頭の中に浮かんできた。
またもじわじわと濁ったものが増えていくのを感じながら,それを薄めるようにお茶を
喉に流し込むのだった。



           ◇                ◇



お弁当を食べ終えた残りの昼休み,だらしないと感じながらも私はアイツの席で
ぐで〜っとしている。
普段ならこんなことはしない。
もしかしたらクラスメイトたちも今の私の状態を品が無いだとか思ってるかも知れないけど,
なんだか今はそれでもいいとか思っちゃってる私がいる。
らしくないわね。
こんな気分になった原因はなんだろうか。
さっきまで天満が話してたアイツとあの子の話?
わからない。
いや,きっとそれで合ってるだろう。
天満の話を聞いているうちに徐々に口数が減っていったのは感じてた。
食欲もなくなってお弁当もけっこう残しちゃったし。
で,当の話し手であった天満は今現在,次の時間の古文について美琴のトコで教えてもらって
いてここにはいない。
傍にいるのは天満の席に座ってなんだか難しそうな本を読んでる晶だけ。

そんな晶を視界の隅に感じつつぼんやりしていたら,なぜだかさっきの話を思い出してる
事に気が付いた。
天満が言うには,あの子はここんとこ毎日アイツにお弁当を作ってあげてるらしく,たいていは
屋上か茶道部室でいっしょに食べてるらしい。
なんでも,アイツはご飯粒ひとつぶまで残さず食べてくれるのだとか。
今ごろはもう食後のお茶でも飲みながら楽しく話でもしてるんじゃないだろうか。
また,こんなことも言ってた。
休日にはあの子はアイツの家に行って,夕方になってからバイクで二人乗りで帰ってきたという。
ハイハイ,ずいぶん仲がよろしいようで。

ハァと深い溜息がでた。
私ったらなにやってんだろ。
アイツとあの子が会って仲良く話したりお弁当食べたりしてるところを想像したりなんかして。
馬鹿だな私。

別にアイツに対して恋愛感情があったってワケじゃない。
だけど,気にはなってたってのは本当だ。 そこは認める。
ただ,そうしてるうちにアイツはいつの間にかあの子とくっついちゃって。
そして,もう手料理を食べさせたりバイクの二人乗りで家まで送る仲にまでなっている。
さらに,今ではあのバイクの後部座席はあの子のもの。



ねぇヒゲ

アンタのサングラスの向こうの瞳には,私はどんな風にうつっていたのかしら

アンタのバイクの後ろの席にはもう私は乗れないのかしら

アンタのその大きくて頼もしい背中にはもうしがみつけないのよね



予鈴が鳴った。
クラスメイトたちが教室に戻ってくる。
だが私はなかなかこの席から離れられない。

やがてアイツも戻ってきた。

「なぁお嬢,そろそろ席返してほしいんだが……」

困ったような声が右側から聞こえてくる。
私は机に寝そべったまま首をアイツとは反対に向け,誰にも聞こえない声で言った。


―――ねぇヒゲ,せめてもう少しだけ,この席は私だけの特等席にさせてよ………
トップに移動