光は光 (結城・稲葉・高野)
日時: 2006/04/19 03:54
名前: バンター



・1


「うわぁ……」

 稲葉は猫のような切れ長の瞳を大きく見開くと、真っ黒な視界の中にぽつぽつと明かりが増えていく光景を収めていった。
「ゆ、結城先輩! すごいですねぇ!」
 稲葉の抑えきれない興奮が、少し離れた所に設置した望遠鏡を覗いている結城にまで伝わった。放課後からずっと矢神高校にいた結城と稲葉は、制服の姿のままでいる。
「うん……すごいね」
「はいっ」
 稲葉は屋上に張ったテントの中で簡易プラネタリウムを楽しんでいたのだが、実際に目の前に存在する数多の星の輝きに心を奪われたようだった。しんと冷える空気は暖かい空気に比べて不純物をあまり含まず、空は広がりをもって二人を取り込もうとする。
 矢神高校の屋上に陣取った天文部員は一人。もう一人来るはずだったのだが、家庭の事情というやつに巻き込まれて帰っていってしまった。
「あの子、来れば良かったのに」
「そうね…」
 稲葉は一年生の女子生徒であるが、天文部員という訳ではない。いつも一緒にいる天文部の友達に付いて来る形で、天文部に入り浸っているわけなのだ。他の部員から名前を覚えられた稲葉に注意をする者などおらず、見た目の愛嬌と可愛らしさを気に入られていた。
 望遠鏡を覗いていた結城つむぎも稲葉の歯に衣を着せぬ物言いに戸惑う事はあったが、それが嫌いになる理由になる事は無かった。結城は稲葉を苦手なタイプかと思っていたが、慣れてしまえば意外と親しみやすいものだった。
「残念だね。皆、楽しみにしていたのにね」
「その分しっかり楽しんじゃいましょう、結城先輩っ」
「はは……声が大きいよ稲葉さん」
「いーんですっ。私達くらいしかいないんだし」
「それはそうだけど……」
 八時を過ぎた辺りの夜空には、町の明かりが雲に反射してそれが輝いて見える。しかし矢神高校の屋上からは星が輝いて見えた。結城は人の熾した光の間を縫って自分まで届いた星の光を認識していたし、稲葉の大きく見開かれた瞳には空の星がそっくり映りこんでいる。
「……でも、寒くありませんかぁ」
「うん、まぁ。でも、寒いのは当たり前だし……寒いの?」
「寒いですよぉ。カイロも効いていないみたいだしー」
「私の貸してあげようか?」
「でも……結城先輩が寒くなっちゃいますし。もうちょっと我慢してみます」
 稲葉という少女は喋りすぎだとも思う。結城は黙っていてほしいと思うが口には出さない。稲葉をわざわざ不機嫌にする事もあるまい。結城がそんな調子でいるから、稲葉はますます調子に乗っていった。
「先輩達も来れば良かったのに。こんなに綺麗なのに」
「……うん」
 こうやって思いやる事の出来る稲葉だからこそ結城は注意しなかった。彼女の明け透けな物言いに、ある種の満足感を覚えているからだった。性格からいえば正反対の二人だが、稲葉の態度に先輩だと敬われていると感じる事が出来たし、結城も稲葉の事を可愛い後輩とみていた。
 とはいえ稲葉が寒い寒いと隣で言うものだから結城も寒く感じてくる。稲葉は走ってテントへと帰っていった。
 テストが終わってから楽しみにしていた天体観測。夜も普段起きていない時間まで起きては、部室から借り出した本を読んでいたのだ。そんな連日の寝不足も手伝ってか寒さが身にしみてきて、結城は望遠鏡から手を離し稲葉のいるテントへ入っていった。

「いらっしゃいませー、センパイ! お茶を用意しますね」
「ふふっ。じゃあ、お願いね」
 稲葉はテキパキとお茶の用意を始めるが、すぐにその手が止まってしまった。
「どうしたの、稲葉さん?」
「い、いやー。お、お茶がなくなっちゃったんです……」
「ええー?」
 1リットル近い紅茶が入っていたはずなのだと稲葉から水筒を受け取るが、水筒を振らずとも結城には分かってしまった。本来あるべき重さが無いのだから水筒の中に何も入っていないと考えるべきだ、と結城の頭は結論付けるのだ。
「……あ、暖かいものを買ってくるから」
「私も行きますよ先輩。一人でこんな所にいるのもなんですし、お手洗いにも……」
「じゃあ貴重品を持っていかないと。屋上の鍵は――っと、あった」
 二人は屋上から踊り場に入るが、星や町の明かりが無く真っ暗闇が広がっていた。より多くの星を見る為にと明かりを最小限にしたのだから、階段のライトをつけるスイッチは下の階まで行かなければない。
「あ、あのぉ、結城先輩?」
「な、何?」
「あ、いや、その……何でもないです」
 恐る恐る階段を探るように降りていく二人には真っ暗闇の中、互いの慎重に降りる上履きの音しか分からない。稲葉の「…うぅ」との心細げな声に結城は、上級生という自覚を持たなければ、と心に念じた。
「大丈夫だよ。ゆっくり、ゆっくり、降りていきましょう」
「は、はいぃ」
 闇に目が慣れてくると階段を下りていくスピードも早くなっていく。心に余裕のできた稲葉に「懐中電灯とかあったら良かったですね」と言われるまで結城の頭には無かった。結城が懐中電灯の事を今更のように思い出したのは、自販機の明かりが見えたその時であったのだ。
 廊下から外に出るドアの音が辺りに響いて、一層の静けさが身にしみる。通り過ぎた職員室にはまだ数人の教師が残っているらしく、こうして一階から教室を見渡してみればポツポツと明かりのついている所もある。そうして他人の存在を知ると心も和らいでいった。
「先輩、そろそろ帰りましょうか」
 稲葉は少し疲れた顔でそう言った。自販機の出す過剰な明かりでそう見えるのかもしれないが、結城は頷いた。正直に言えば自分の方が疲れている。頭の片隅でそんな事を思う自分がいるのは嫌だった。
「テントは週が明けてからでもいいけど、望遠鏡は返しておかないとね」
「え……と、テントはどうするんです?」
「畳んでしまわないとね。汚れていないだろうから布巾で拭き取るくらいでいいと思うけど……」
「先輩、そうじゃなくて。あのテントも借り物なんでしょう?」
「アレ、花井君のヤツだから。私……彼の家知らないもの」
「知らないんですか? じゃあ、どうやって持ってきたんです、アレ」
「クラスメートに今日の事を話していたら、持ってくるから使ってくれって。実験用のプラネタリウムが使えるヤツじゃないとって言ったら、『持っているぞ結城君』なんて言って勝手に持ってきたのよ」
「か、勝手に?」
「今日だって屋上まで持って上がってきて、『女子が夜遅くまでいるのは危険だから、僕がついていようか?』なんて言ったりして」
「へぇー、頼りになるんですね花井先輩って」
「そーかなぁ。自分勝手で思い込みの激しい感じだけど……」
「まさかぁ。クラスメートの男より頼りになりますよ」
「無意識にやっているのよ? きっとそうに違いないって、勝手に思っちゃってるんだから」
「そ、そうなんですか?」


「そうね、そんな感じかしら」


「そう、そんな感じ――え?」
 稲葉と結城は、突然現れた自販機の光のカーテンの向こうにいる声の持ち主へと顔を向けた。強烈な光は、その向こうの人物を照らさず遮っていてよく分からない。結城より少し背の高い女子生徒がカーテンの向こうから現れると、結城は声を上げそうになった。

 ――うわぁ、綺麗。

「た…かの……さん?」
「結城さん……確か、今日だったかしら」
「え?」
「屋上で天体観測をやるって言っていたから。一条さんや嵯峨野さんや大塚さんと話していたでしょう」
 高野は張り付いた短い前髪を払う仕草をする。稲葉のものとは違う凛とした瞳は瞼に隠れて、結城も稲葉もため息をついた。
「あ…うん。高野さんこそ、こんな遅くまで何をやっていたの?」
「私は部室の整理をね。ちょっと年末は忙しくて顔を出せそうに無くて。だから少しでも掃除をやっておこうと思って」
「へぇー。すごいね高野さん」
「ありがとう。今は休憩?」
「えと……もうすぐ帰ろうかなって思っていたの。」
「私はこれを片付けてから」
 高野の手にはゴミ箱があった。自販機の光はそれだけを避けたように映し出さずにいて、不用心だった稲葉は猫が驚いた様に用心深く高野の手の辺りを注視している。
「もし良かったら、部室まで付いて来ない?」
 なんと言っていいのか分からずに、二人は強い影の出来る高野の顔を見ているしかなかった。自販機からの光が当たる左半身が闇に浮かんでいる。結城の目は高野の姿を離す事はなった。
「お茶の葉が、あと少しだけ残っているの。ご馳走するわよ?」
 高野は確認を取る事無く旧校舎の方へと向かっている。
 仕方なく、というより首輪でもつけられて引っ張られていく感じがした。結城には闇に浮かぶ旧校舎が恐ろしく見えはしたが、高野の誘いに逆らう為に用意した理由に何の魅力も感じなかった。
 
       

光は光 (結城・稲葉・高野) ( No.1 )
日時: 2006/04/21 06:23
名前: バンター



・2



 明々と部室を照らすライトに自販機の強烈な存在感はなく、部室にいる部員達が快適に過ごせる丁度良い心地を実現させている。稲葉の吐いた息は肩の力が抜けた自然なもので、妙に気遣いする結城はキッチンで手際良く準備をしている高野に声をかけてみることにした。
「他の人達は?」
「刑部先生は旅行の準備。サラはバイト、八雲は急に用事が出来たってメールが」
「そ、そうなんだ」
 ――案外、私や稲葉さんと状況は似ているのかも。
 結城はセンター試験前の三年はともかく、取るに足らない理由をつけて今日の天体観測に参加しない二年や一年の部員達の顔を次々に思い浮かべた。
「したがって、このところここに来ているのは私だけなの」
 高野は、さも当然といった口調でそう言う。
 稲葉は何か言いたそうにもじもじしているが、上級生であり話した事も無い高野に話せるだけの勇気は無いようだった。高野の後姿は姿勢がよく、結城も稲葉も思わず姿勢を正してしまう。
「テーブルの上に砂糖のはいったビンを置いて頂戴。棚の引き出しの中にあるから」
 高野は、コンロで湯を沸かしながら葉を慎重に分けながらも、背中に目があるんじゃないかと結城に思わせるほど自然に口に出した。他ならぬ高野から沈黙が破られ、それにつられる様に稲葉はようやく声が出たのか、少しの緊張を伴った声を出した。
「何をしているんですか?」
「最後の方はクズが多くて。こうやって取り分けておかないとカップの中がクズの葉ばかりになってしまうわ。せっかく誘ったのに……美味しいお茶を飲んで欲しいから」
 ポッドにお湯を注いでいく姿をぼんやり見惚れていた結城が壜をテーブルに用意すると、丁度良いタイミングで高野がソーサーとカップを持ってきた。
「何?」
「え……?」
「二人とも見ていたでしょう? 何かあるのかと思って待っていたんだけど」
 高野は手馴れた気安さでソーサーにカップを置いていく。銀色のソーサーに壜から出した角砂糖を置いて、カップに湯を注いでいく。ポットにはすでに湯を入れてあるようで、高野はキッチンに戻ると湯を捨て葉を入れると勢いよく新しい湯をポットに注いだ。
「……はぁ」
 稲葉は手際の良さに感心しましたという溜息をつき、結城は高野の動きから目を離せない。
「すごいですねぇ先輩」
「……うん」
 高野は「一体何が驚く事なの?」と言いたげにテーブルまでやって来て席に着いた。中央に置かれたポットからはどこにでもあるような紅茶の香りがする。結城はポットの中の葉が蒸れるのをじっと待つ高野に倣ってポッドを眺めてみた。ポットの向こうの稲葉も同じように眺めていて、互いに視線が合うと可笑しくなってしまった。
「……ん?」
 高野は不思議そうに眺めていたが、どのようにも取れる小さな笑みを浮かべて目を細める。結城は、なぜ自分がこんな所にいて、接点の無い高野と結城の三人でポットを眺めているのだろうかと訳が分からなくなっていた。
 ――稲葉さんだって部室で付き合い程度に話すくらいだし、高野さんにいたっては文化祭の脚本で何度か打ち合わせとかした程度だし。私ったら何で一緒にいるんだろう?
 結城は丸い眼鏡を外して眼鏡拭きで拭き取る。眼鏡をかけなおした時には高野はカップの湯を捨てポットから紅茶を淹れているところだった。稲葉は夢中になってその仕草を見ている。後輩の真剣な眼差しに、高野も答える様にゆっくり丁寧に淹れていた。
「さぁ、どうぞ」
 二人の目の前には高野の淹れた紅茶が湯気を立てている。ポッドの蓋の隙間から漏れ出していた香りとは違い、すっと鼻の奥に入って来てそのままぬけていくような感じ。決して自販機で買える紅茶では味わえない温かみがあった。カップを持った結城は、体を冷やさないようにという高野の思いやりの暖かさではないのか、そう思わせる柔らかさが感じられた。それは、茶道部という旧校舎の一室に流れる暖かさと一致する気がした。
「わぁ……」
 稲葉の喉がコクリと動いたのが見えると、間髪をいれずに感嘆の息が上がる。
 高野は変わらない表情を浮かべているが、どことなくほっとしたようだった。結城は高野のそんな表情に、自分と高野との距離が近くなった気がした。
「……わぁ」
 ――舌が、とろけてしまいそう。
 結城は驚いて、稲葉と同じく声を上げた。
「……ん、美味しくできたわ」
 高野も自身の出来に満足して、体を椅子の背につけて力を抜いたようだ。しばらくの間、三人は無言になったが、それは声に出さずとも分かり合える一体感がある為だ。その一体感を生み出したカップの中の液体がなくなった頃、高野はテーブルに肘をついて口を開いた。
「どうだった?」
「あっ、美味しかったです」
「うん……で?」
「あ……えっと、うーん。甘くてぇ、でも、すごく喉を通っていく感じで……それから……」
「ありがとう。でも、そうではなくて、屋上での天体観察よ」
 稲葉は顔を真っ赤にして「わわっ……」と慌てている。高野の言葉遊びに引っかかってしまった事は伝えないでおこう、と結城は思った。
 ――こういった稲葉さん、初めてだもの。
「天体観測、ですか?」
「そうよ。私の淹れたお茶が美味しいと言ってくれる事については、もちろん嬉しいのだけれどね」
「あー、天体観測……」
 結城は助け舟を出す準備をしてはいるが、稲葉からのサインが無い限りは口を出すつもりは無い。特別飾った言葉でなくても、稲葉が感じた事をそのまま伝えればいいのだ。高野ならば上手く汲み取って理解してくれる。結城は、文化祭での演劇で共に活動した高野の事をその様に評価していた。
「結城さんと観ていたんでしょう?」
「は、はぁ……」
「どうしたの? 何の興味も無かった?」
「い、いえ。そうではなくて……最近空なんて見上げていなかったなぁって。そう思いました」
「……へぇ」
 高野の目に興味の色が浮かぶ。中身の無いカップは冷え切っているが、結城の手が包んでいる部分だけは暖かいままだった。
「高校生らしい事しようかなって、そう思ったんです」
「高校生らしい事?」
 言い終えてから、しまった、と結城は思った。傍観者ならば楽が出来ると思っていたのに、と思い返してみても後の祭りである。稲葉と高野の顔が自分の方を向いているのを見て、二人はやっぱり美人なんだなぁと感心しながらカップから手を離した。
「そ、そりゃあ、稲葉さん一人で参加するなんてどうしたんだろうって思っていたから。部員は私一人で、他の部員だって来ないのに」
 結城の言葉を聞きながら、稲葉は猫のように目を細めて笑った。
「だって、おもしろそうだったんだもの。夜に集まって何かをするって、面白くありません?」
「夜にって……まぁ、思わない事もないけど」
「私はバイトがあるから、夜に友達と会うなんてあまりないかも」
「そうか。高野さんはアルバイトをしているんだったね」
「ええ、毎日ってわけじゃないけどね」
「バイトかぁ。大変じゃありませんか?」
「別に……特にそう思ったことはないけれど。どうして?」
「だって、ガッコー終わった後って遊びたくなりませんか」
「……そうね。その気持ちも分からなくないけれど」
「高野さん、古本屋さんで働いているのよ。文化祭の準備の時に偶然会っちゃって」
「古本屋……本が好きなんですか?」
「あまりお客さんが来なくて、自分の時間が作れるのよ。お店としてはどうかと思うけど、誰に憚る事無く本が読めるのは嬉しいわね」
 高野は音も無く立ち上がり、湯のなくなったポッドをキッチンへと持って行き、新しい湯を沸かし始めた。
「高野先輩って、ああいう感じなんですか?」
「無口ってわけじゃないのよ。でも、今日はいつもより喋っているかも」
「何? 私の話かしら?」
「わっ」
 結城と稲葉はいつの間にかテーブルまで戻ってきていた高野に驚かされる。音の出ない、滑るような足取りだと分かっていても、心臓に悪い事には違いがない。高野はキッチンのコンロに置かれたポッドの様子を窺いながら、まだ立ち直っていない結城と稲葉に目配せをした。
「さて、私は帰ろうかと思っているんだけれど、何か手伝う事はあるかしら」
「手伝う……って?」
「さっき、屋上でテントを広げているって聞こえたから」
「花井先輩のテントですね」
「花井……君?」
「ええ。花井君が使ってくれって。半分無理やりっぽかったけれどね」
「花井君、ねぇ」
 高野の表情にそれまであった穏やかさが消え、無表情に近いクールな高野晶の顔が現れる。稲葉はそれに気付かずに花井について喋り出し、結城は内心冷や汗をかきながら高野の顔色を窺った。
「花井先輩ってカッコイイと思いません、高野先輩?」
「カッコイイ……?」
 高野は稲葉を無表情で見つめている。
「だって、背が高くて、勉強も出来て、格闘技もやっているんでしょう? それに、顔も悪くないしぃ」
 結城は逃げ出す事が出来るのならば今すぐにでも逃げ出したいと思ったが、哀れな一年生を置いていくなんて事の出来ない自分に泣き出したい気分だった。高野が声を発する前に、稲葉が余計な事を言う前に、結城は自分が喋りだしてコントロールしなくてはと口を開こうとして――

「結城先輩も花井先輩の事、頼りにしているみたいですしー。ねぇ、結城先輩?」

 ――稲葉さん、余計な事を言いやがって。
 結城は笑って誤魔化そうと高野の方を見れば、男を見る目の無い可哀想な友達を見る目をしている高野がいた。
「わ、私は別にそんな事これっぽっちも思っていないわ。それに私だって、稲葉さんが花井君のどんな所が好きなんだって分からないんだから!」
「急に大声を出さなくてもいいですよ、先輩」
「声を大きくして誤魔化そうとしているみたいね、結城さん?」
 結城の両手を前に出してブンブンと手を振る姿に、稲葉も高野も分かっていますよと言いたげな表情でいる。大人が幼い子供をあやしているような、自分がそういう扱いを受けているようで、結城は顔を赤らめた。
「何を言っているのよ。今日だって、大きなテントを勝手に持って来られて、辟易しているのに」
「先輩、本当なんですかぁ?」
「学級委員タイプな二人だから。接点が、こう、色々と、ねぇ?」
 高野は稲葉と違い小さく笑うとポッドの様子を見にキッチンへ向かい、稲葉は肘をつき頬に両手を当て包み込むようにして結城と向かい合っていた。稲葉の、玩具の見つかった猫のような輝いた目を、結城は眼鏡を拭く振りをしてかわそうとしている。
「お代わりをどうぞ、ってこれで最後なんだけどね」
 高野は一杯目と同じようにお茶を注いで、結城と稲葉に振舞った。
「それで、稲葉さんは花井君と付き合いたいの?」
「んー、それはどうかなぁ」
「えっ? どういう事?」
 稲葉は結城が考えていた答えと反対の返事を高野に返した。稲葉の視線は手に持ったカップの中の紅茶に向けられているが、嘘を言っているにしては真剣なものだ。
「付き合いたいっていうか、そういうんじゃなくて。一度喋ってみたり遊んでみたりしたいなーっていうのは思っているけど、だからといって恋人にしたいっていうのとは違うな」
「ふぅん、考えているんだ」
 高野の言葉に曖昧な笑みを浮かべて頷く稲葉。結城は頭を傾げるだけだった。
「理想の人が目の前に現れたとしても、その人が必ずしも一緒に生活していく人になるわけじゃないわ。もっとも、そんな事を考えて付き合うのはナンセンスだろうと思うけどね」
「話したり、遊んだり、一緒にいてみて、それから考えるって感じかな。一緒にいたらきつそうな人みたいだしね、花井先輩って。見た目だけならいいんだけど……」
「……よく分かんないや」
「私だって分かりませんよ。自分で言っていて分かんなくなってきましたから。でも、そういう感じなんです。私の気持ちは」
 稲葉はカップから顔を上げて結城に向かい、はにかんでいる。高野は稲葉の仕草を見ていたが、ため息をついてカップをソーサーの上へと返した。
「花井君がカッコイイと思える感覚って、私には分からないわ」
「イイじゃないですか。私の趣味なんですからぁ」
 こういった会話に慣れているのだろう。稲葉は高野の言葉を軽くかわしながらニコニコと笑っていた。
「で、どうするの結城さん」
「……え?」
「お話しするのもいいけど、面倒な事はさっさと終わらせた方がいいと思うんだけど。屋上のテント、
片付けるんでしょう?」
 高野の手が結城の手の中に包まれているカップへ伸びてくる。とっくにカップの中身はなくなっていて、結城は顔を赤らめながら高野に渡した。稲葉に暖かい笑みで見守られてしまいさらに真っ赤になる。
「窓が閉まっているか見てくれるかしら。稲葉さんはカップを拭くのを手伝って」
 その切れ味の鋭い声に、立ち上がろうとしていた二人は思わず背筋を伸ばした。それは、お茶会の終わりを告げるアナウンスが流れた事を意味している。


光は光 (結城・稲葉・高野) ( No.2 )
日時: 2006/04/21 06:17
名前: バンター



・3



 茶道部のドアに鍵をかける高野を見ていると稲葉が擦り寄ってくる。「外は寒いですねぇ」とか言いながらコートの腕の部分がくっ付いた。
 結城は改めて稲葉は猫のようだと思った。すっかり気に入られてしまったのだろうな。結城はポケットの中のカイロを稲葉に渡すと、自分は一歩下がって高野の鞄を持った。
「さぁ行きましょうか」
 茶道部の電気が消えると暗闇が三人を包み込んだ。
 稲葉の元気な声と高野の存在は、冷えた空気の温度を暖めてくれるようだ。結城は冷気を防いでくれる紅茶の温もりに、声に出さず「ありがとう」と感謝した。すると、先を行く二人から結城を呼ぶ声が聞こえてくる。
「うん。今、行くよ」
 結城は二人に追いつこうと歩くスピードを上げていくと、旧校舎の乾いた廊下の音が高々と鳴った。
 職員室に残っていた先生に屋上の片付けの旨を伝え、気をつけるように、との言葉を頂いた三人は屋上へと続く階段を登っていた。もはや暗闇に何の恐怖も感じない結城と稲葉は、先頭を歩む高野の後ろ姿だけを見ている。
 ――力強い女性だなぁ。高野さんって。
 高野は高校生女子の平均的な身長しかないが、それでも2-Cの問題児である播磨や花井を制するだけの力を持っている。頭脳明晰で、運動神経も抜群。沢近のようなハデさはなくとも、芯の通った美しさがある――と、つらつらと高野への賛美を挙げているうちに屋上へのドアに辿り着いてしまった。
「……どうしたんです、結城先輩」
「え?」
「鍵……結城さんが持っているんでしょう?」
 ドアの半透明な窓の外から僅かに星の光が入ってきて、高野や稲葉の表情を微かに映している。
「あっ、ゴメン」
 焦った結城の手は不器用になってしまって、鍵が鍵穴に入らない。高野の手が結城の手に重ねられ、鍵穴へと導かれた。鍵の開く音がして、二人の手は離れてしまう。
「早く片付けちゃいましょう」
 稲葉の声に押されるように屋上へと出ると、光源の減った矢神高校の屋上はより深い暗闇に包まれていた。その奥に輝く星達が三人の目に入ってきて、何か怖い物は霧散してしまったが。
 高野や稲葉の切り替えは早く、屋上に広げられたテントの方へ行ってしまい、責任者の結城が一番遅れをとってしまった。
「何からやればいいのかしら?」
「結城せんぱーいっ」
「あ、はい。じゃあ……本や水筒や細々したものは私のバックに。稲葉さん、自分の持ってきたお菓子はまとめておいて。高野さんはペンライトを探して、見つかったらテントの中を照らしてちょうだい」
「分かったわ」
「分かりました」
 結城の判断が良かったのか、高野や稲葉の要領が良かったのか、テントの中の片付けは何分もかからなかった。
「終わったら一旦テントの外に出ましょう。花井君から借りたテントをしまうのはその後。先にまわりにゴミが散らかっていないか確認して」
「……周りのゴミ?」
 困惑した稲葉の声に高野が答えた。
「今夜屋上を使っていたのは天文部。で、例え私達が捨てたものでないとしてもゴミが散らかっていれば、それは部の責任になるわ。誰も知らないもの、いつ誰が何を捨てたのかだなんて」
「そうよ、稲葉さん。テントの周りだけでいいから手伝って」
「手伝いますけど……何か納得できません」
「結城さんは責任者としての義務を果しているだけ。天文部の代表として屋上にいるんだから」
「……早く終わらせちゃおう、ね?」
「はぁい」
 稲葉は何かぶつぶつと文句を言うけれども結城や高野の言わんとする事は理解したようで、テキパキとして見ているこちらが気持ちよく感じるほどに動いた。
 ――やっぱり、良い子なんだ。
 花井から借りたテントは片付けも楽だった。
 道場を挙げてのキャンプをするとも言っていた花井の言葉通り、子供でも簡単に取り扱うことの出来る、これはそこそこ値の張るテントなのだろう。
 高野は素晴らしい手腕を発揮して手品のようにテントを鞄になおしてみせて、結城や稲葉の拍手を受けた。きょとんとした高野の顔はめったに見られないものだ。明日、舞ちゃんに自慢してやろうと内心ガッツポーズをとった結城は、稲葉と共に高野の手をとって設置したままの望遠鏡へと案内した。
「……ん?」
「高野先輩も見てみて。もっとよく見えますよ」
「え……ええ」
 稲葉に背を押された高野が望遠鏡を覗きこんだ。
 高野が静かに息を飲むのを感じる。ふふっ、と笑う稲葉の態度に結城も賛同した。
 望遠鏡を高野に任せている間に地面にハンカチを広げて二人は腰を下ろした。星の世界に旅立った茶道部の部長さんの邪魔にならないよう注意を払いつつ、でも、稲葉と打ち解けた関係になれたのが嬉しくて、結城はもっと稲葉と話したくて仕方がなかった。
 話題は何でもいいわ。と、一年生の間での流行りを聞きだそうと果敢に近寄っていった。
「そうですねぇ、二年生と変わらないと思いますよ」
 成果が上がらなかった事に落ち込んでいる暇はないわ。他の話題はどこにあるのかしら――
「結城さん」
「……あ、はいっ」
「楽しかったわ。時間を取らせてしまって、ごめんなさい」
「いえいえ。楽し……かった?」
 結城は望遠鏡から手を離さない高野に尋ねてみた。
 ――気にいってくれたんだ。
「ええ、楽しかったわ。ありがとう」
「最後に、私も見ていいですか?」
「稲葉さん、どうぞ」
 高野は稲葉と入れ違いに結城の隣に座った。もちろん自分のハンカチを広げて、だが。
 稲葉の楽しそうな声が屋上に聞こえている。そんなBGMの中で高野の方から話しかけてきて、結城はドキリとした。
「招待してくれてありがとう」
「う、ううん。人数は多い方がいいし、それに高野さんがいてくれて助かったよ」
「どういう事?」
「実を言うとね、稲葉さんと二人っきりだったでしょう? 寒いし、暗いし、心細かったんだ」
 稲葉さんと何を話せばいいのか分からなかったんだ――などという余計な事は心の内にしまっておいて。昼間のような明るい所だったらきっと高野に見破られていたのだろう。そんな自分の考えは間違っていないと結城は思った。
「……今はもう、大丈夫みたいね」
 ――バレてた。
 結城が黙り込んだせいか、稲葉の声もピタリと止まってしまった。
「空って……広いわね」
「……うん」
「もし……もしも他の部員がいたら、稲葉さんと仲良くなれたかしら」
「え?」
「考え方次第だと思うわ。もしも、なんてないのだから。今、屋上には私達がいて、他の人なんていないわ」
 高野は立ち上がり、結城に手を差し伸べた。それは、天から垂れた蜘蛛の糸だと思った。
「結城さんは稲葉さんと仲良くなった。結果だけど、それが全てよ」
「高野さん……」
「稲葉さんと仲良くなってよかったと思ってる?」
「うん」
「じゃあ育んでいかないと。ほら、先輩でしょう?」
 ――高野さんは私を後押ししてくれてる?
 稲葉の肩に手を置くと、ビクリと肩を上げた。 
「あの……そろそろ帰ろうか」
「え、あの……はい」
 どこかぎこちなさがある稲葉の態度に、結城も思わず会話に尻込みした。踏み込んでいっていいものか、距離を置いて話した方がいいのか。ただ、帰りましょうか、と言うだけの事なのに。これは歳が一学年違うからなのだろうか。
「どうだった?」
「さっき見た時より沢山見れました」
「結城さん、今見えるのはどんな星があるの?」
 自分の分野なら話は別だ。結城の頭の中に星図が浮かび上がった。十二月の星空が広がって、望遠鏡の向いた方角の空に輝く星の名が入ってくる。
 さり気ない高野の後押しを気にしつつ、結城は口を開いた。
「十二月の空で有名なのは白鳥座のデネブとオリオン座のペテルギウス、それにアンドロメダ銀河のアンドロメダ座……って挙げていたらきりがないけど、聞いた事があるものばかりだと思う。今日私達が見たかったのは、北極星の近くにあるカシオペア座かな。他には……今見ている西の空には夏の大三角で有名な、アルタイル、デネブ、ベガが輝いているわ。ほら、あの辺り……かな」
 結城は水を得た魚のように元気を取り戻した。ちょっと現金かもと思いつつも言葉の方がスラスラと口から出ていってしまう。
 その流れるような説明を聞きながら稲葉は「あっ」と手を叩いた。
「ああっ、カシオペア座だった。いつ聞かれるか心配してたんですよー。先輩が優しく教えてくれたのに、私ったら忘れちゃって」
「……優しく?」
「あーっ、高野さんもほらっ、見てみて。ね?」
 高野と話している稲葉の言葉を掬いとってみると、先輩が教えてくれた星座の事が思い出せなくて困っていたらしい。
 結城は胸の中の痞えがとれて、鼻から思いっきり空気を吸い込んだ。十二月の冷たい空気は乾燥していて鼻の中が痛くなったけれど、結城は思いっきり肺に空気を送り込んでいった。
 望遠鏡がなくても空には十分な星が見える。
 ――はぁー。
 思いっきり息を吐いて、涙目の自分に渇をいれた。
「先輩?」
 稲葉の大きな猫目がちょっと不安げだった。
「ねぇ、他の人もくればよかったのにね」
「えっ? ……ふふっ、そうですね」
 ちらりと高野を見ると関係なさそうに空を見上げている。高野らしい、と結城は感謝をした。
 望遠鏡をケースになおして帰るだけになった結城だが、すぐに帰る気にはなれなかった。こんな時間まで学校にいるという珍しさと興奮。そして、稲葉と高野と仲良くなれたという喜びと驚き。今日の自分はどこか変だと思った。
 ――そもそも、なんでムキになってまで今日を選んだんだろう?
 冬の空の観測なんて一日二日ずれてしまってもいいだろうし、他の部員がいた方がいいに決まっている。
 ――でも、今日しかなかった。
 高野と稲葉もまだ帰りたくないのか、屋上にハンカチをひいて座り込んでいた。
 そんな二人に嬉しくなった結城は、傍に腰を下ろした。もちろん、ハンカチをひいて。
「今日は楽しかったわ」
「私もです、結城先輩」
「そ、そうかなぁ」照れつつも、でも自分の言葉で返さなきゃと結城は二人の方を見据えて言った。「私もよかった。二人にそう言ってもらって。私こそ、ありがとう」
 稲葉は目を細めて笑って、高野は少しだけ口元を緩める。
 いいかげん闇にも慣れた目が二人の反応を捕らえてくれて、結城は自分の言葉が間違ったものではなかったのだと確信した。
「気がつかないものね」
「何を?」
 結城の問いに高野がポツリと呟く。
「こんなに空には星が浮かんでいて、その光が日常生活の光で見えなくなっている事をね」
「矢神高校は坂の上にあるけど、それでもこんな時間にならなきゃ見えないもんね」
「帰り道で何気なく見上げてみても、そんなに星を見つけられませんよね」
 さわさわと、ビニール袋が音を立てた。他には何の音もない――いや、ときどき遠くから車の走る音がする。
「私もまだまだ見逃している事が多いわ」
「何を……です?」
 稲葉の問いに高野は答える。
「自分の周りだけを見ていて、他の人の事を考えたりしてなかった。考えていたと、そう勘違いして」
「誰だってそうですよ。結城先輩が凄い人だって分かりましたから」
「わっ、私が?」
「今日の参加者が私一人になった時でも私の為だけにいろんな先生の許可をとってくれて……すっごく嬉しかったです」
「……へぇ」
「そっ、それはね――」
 ――そうか、稲葉さんが私の好きなものに興味を持ってくれた事が嬉しかったんだ。だから、少しでも早く見せてあげたかった。
「それは……?」
 高野も稲葉も結城の台詞の続きを楽しみにしているのがありありと分かった。
 今日の夕方まで自分なら曖昧に誤魔化したのだろうけれど――結城は思ったままを答えようとした。
「稲葉さんの気持ちが変わらないうちに見せてあげたかったの。興味がなくなった後じゃ、どんな事でもつまんなくなっちゃうわ」
「それで稲葉さんの気持ちをゲットしたわけね」
「ゲットって――」
「そうです。私の心は結城先輩のものでーす」
 高野が煽れば稲葉もそれに乗っかって結城に抱きついたりする。それは結城をからかっているわけではなくて、むしろ親しくなった上での地が出てきたといった方がいい。2-Cの気の知れた仲間と同じような感覚になれた事が嬉しかった。
「もうっ、稲葉さんったら」
「仲がいいわね」
「高野先輩にも抱きつきましょうか?」
「結構よ」
 稲葉がわざわざ律儀に確認を取るものだから、高野はきっぱりと断わりをいれた。
 盛り上がっていると屋上のドアをノックする音がして、職員室で残ってくれていた先生の声がしてくる。
「おーい、そろそろ帰してくれないかー」
 他の学年の、あまり知らない先生の情けない声に三人は笑った。
 高野の笑いは相変らずスマートだったけれど、稲葉が「今日一番笑っていますね」と言ってくるので頷いた。茶道部の部室に招待されてからまだそんなに経っていないのに見分けがつくようになってしまったという事か。
 ――私、ちゃんと高野さんの事を見ていなかったんだ。憧ればっかりで、それだけだったんだわ。
「おーい」
 ドアの向こうからはなおも情けない声が聞こえてきて、三人は声を押し殺して笑い転げた。
「は……はーい。もう帰りまーす」
 結城はなんとか返答をすると、よろよろと立ち上がる。それぞれが荷物を持った事を確認してからドアへと向かっていこうとした。
「本当に、楽しかったわ」
 ポツリと零れた高野の言葉に「私も」と二人は返した。





 天文部の部室に望遠鏡と花井から借りたテントを置いてから職員室に向かった。
 職員室では帰る準備を終えた、もう帰るだけだった先生が泣きそうな顔で三人を待っていて、笑いを堪える為に稲葉が結城の背に隠れてしまう。稲葉を隠す為に高野と押し合いへし合いしていると、「仲良いな、お前達」と、先生が溜息混じりに言った。
「早く帰りましょう、先生」
「お前らが言うなよー。先生、コーヒーを何杯飲んだか忘れちゃったよ」
「コーヒーの飲みすぎは体に悪いらしいですよ。こんど茶道部に来ていただいたら、美味しい紅茶をだしますけど?」
「遠慮しておくよ。家のカミさんが紅茶にはまってて飲まされてんだ。健康にいいでしょ? って言ってさ」
 意外に面白い先生の話を聞きながら校門まで歩いていく。
 ――こんなに面白い先生だったっけ? それに稲葉さんや高野さんも、思ったより話しやすい人だったし……。 
 結城と稲葉は先生の車で送ってもらう事になり、駐車場にいくまで稲葉から「女子高生を乗せるなんて、先生もやりますねぇ」といったからかいを受けている。勘弁してくれと言う先生に結城は可笑しくなったが、校門で別れた高野の事が心配になった。
 ――あの古本屋さんでバイトかしら? でも、こんな遅くまで開けているようにも見えなかったし。
「どうしました、先輩?」
「あ、ううん。何でもないわ」
「それにしても送ってくれるんなら初めから言ってくれればよかったのに……そう思いません?」
「先生だって急に思いついたんだし、送ってもらうんだからその辺にしておいた方がいいよ」
「はぁーい」
 結城に高野が一人で帰っていった理由を推測するだけの材料はなかったけれども、次の機会に聞いてみようと思った。
 ――今日の事がなければ、こんな考えにならなかったでしょうね。
「先生も困っているわ、稲葉さん」
「忘れてましたけど、今日ってスッゴク寒いんですよ? 先生、暖房をガンガンきかせて下さいね」
「おーおー、分かった分かった」
 きっと、今までよりも自然に話しかけられるだろうと想像がつく。
 自分よりも遥かに輝いている高野であっても、同じ年齢の女子高生なんだと思えるからだ。本に載っている星や星座も名もなき星達に囲まれて浮かんでいて、そしてそれらは同じ単語で括られて意味づけられている。
「今日の事、ちゃんと教えてあげなきゃ。先輩達との事、友達もきっと知りたいがっていると思うから」
「うん。私もクラスの友達に教えるつもり」
「私、茶道部の塚本さんやサラちゃんとも友達なんですよ。今度は人数を増やして何かできたらいいですね」
「え……そう、か。うん、そうよね」
 ――きっと素敵な事だわ。
 自分が見えていないだけで周りには色々な人がいて、ちょっとした事が切っ掛けで視界が広がっていく。周りが、ではなくて、自分が。
 先生の車に乗り込んだ二人は、先に着くはずの稲葉の家までずっと話を続けた。
「そう……だけど」
 ふと走る車の窓の外を覗くと、街の明りのせいか光度の有る星しか見えていない。けれど、その周りには数多くの星が確かに輝いているのだ。少なくとも自分と稲葉、そして高野はその事を知っている。そう確信できた。
 結城はその事をクラスの友達に話したくて仕方がなかった。
 ――それに……花井君には何かお礼をしなくちゃ。
 知らず知らずの内に表情が綻んでいたみたいで、稲葉にじゃれついてくるようにからかわれた。
 何とか稲葉の猛攻を凌ぎきった後、別れ際の「今日はありがとうございました、先輩」稲葉が真面目な顔をしてそう言うので結城は顔が真っ赤になった。それなりに美少女な稲葉が頭を下げて家へと入っていく。
 高野さんに話しかける時はこんなものではない。と、自分のあがり症な性格を思い出して息を吐いた。
 ――で、でも。ちょっとは変われたかも。うん、きっと変わった所があるわ。
 そんな事を自分に言い聞かせている結城は、一人になった車内でもんもんとしている。街の明かりや星の光が照らすのはこれまでと変わらず、光を受ける自分が変わっていくしかない。
 自分を変える事が出来るのかしらという思いと同じくらいに、出来るのかもと思える自分がいる事に気がついた。
 ――今はまだ出来ないかもという方が多いけれど、いつかは変われるのだろうか。
 結城は家に着くまで空を見上げていようと思った。
 そこには名の有る星々だけが浮かんで見えている。
 



 END


あとがき みたいなもの ( No.3 )
日時: 2007/06/09 12:37
名前: バンター

 モブキャラと主要キャラとの間にはどうにもならない壁がある様に思われます。話の中心にはなれないだろうけれど、ちゃんとした性格を与えられた彼らは彼らなりに動いていますけれどね。
 モブキャラから見た主要キャラとの差を意識してSSを書いていたわけですが、上手く書けていたでしょうか?



 感想スレの方でDLしてくださった方に感謝を。
 手直しや新しく書き加えた物を更にまとめている最中でして、落とせなかった方にも落としていただけるようにしたいと思っております。
 S3の規定に反するSSも含まれますので別の所で発表させてもらう事になりますが、自サイトを持っていませんのでこのスレを使ってお知らせする事になりました。
 四月中には一区切りつけて、五月から新しく投稿出来ればと計画しております。



 やっとFF12が終わったと思ったらMother3かよw
 糸井さんと伊集院さんの対談生中継を見ていたのですが、台詞の作り方や配置の意味などの話題は本当にためになりました。
 もし、中継を見られていた方がいれば、ぜひ書き込んでくださいな。楽しみにしてます。

・blog始めました
http://bunter.exblog.jp/
お暇な時にでも遊びに来てください

 

戻り