Alternative (八雲、幽子、播磨、天満他)【完結】
日時: 2005/11/13 13:50
名前: によ

 放課後、塚本八雲は旧校舎にある茶道部でひとりキッチンの前に立っていた。
 部長である高野晶と親友のサラ・アディエマスがお茶請けの買い出しに出かけて既に30分程経過している。
 そろそろ戻る頃だろうと思った八雲は、冬の寒さに身を晒しているふたりを気遣って暖かいお茶の準備をしていた。
 既にカップは3人分用意して、テーブルの上に置いてある。
 あとはお湯が沸くのと、ふたりが帰ってくるのを待つのみだった。

「まだ一人なのね?」

 誰もいないはずの部室に突如聞こえる声。
 驚いた八雲は咄嗟に振り向いた。
 テーブルの上に真っ白なワンピースを着た黒髪の少女が浮かんでいた。

「アナタは……」
「また驚いてるわね───もう三度目よ。忘れちゃったの?」

 確かに三度目だった。
 一度目は春に美術室で。二度目は文化祭の時に。

「ヤクモ……私がこの前言ったこと覚えてる? あの時は邪魔が入ったけど、今度こそ好きなだけ一人ぼっちの世界を楽しませてあげるわ」

 少女がそう言うと、チリンと鈴の音が聞こえたような気がした。
 その瞬間───世界がグニャリと歪んでいった。



 − プロローグ −



 ───ど…どこだろ……ココ……?

 見たことのない場所だった。
 周りを見渡すと大勢の人が道を行き交い、多くのお店が連なっていた。
 八雲は行き交う人々の真ん中に忽然と突っ立っていた。

 ───東京かな……?

 矢神とは桁違いの都会だったので、思いつく場所はそこしかなかった。
 急に言い知れぬ不快感が八雲の全身を包んだ。
 誰かが舐めるように見つめているようなザラザラとした感覚。
 だが、初めて感じるものでもない。
 満月に近づくにつれて『枷』の力が強くなると、必ず一度は感じるものだった。

 ───嫌だな…ココ……

 知らない場所という不安から、不快感が余計に増していたようだった。
 八雲はなるべく人が少なそうな場所に行こうと歩き始めた直後、後ろから誰かに肩を掴まれた。
 振り向くと、肩を掴んだ相手は全く知らない男性だった。

「ねえねえ、彼女。どうしたの? こんな場所でずっと立ち尽くしていてさ?」
(おぉ! 可愛いじゃん! へへっ、こいつはアタリだぜっ!)

 男の言い方も軽かったが、後ろに視える声はもっと軽かった。

「あの…私はちょっと……」
「待ち合わせ? でも、こんな道のど真ん中で待ち合わせってコトもねーか。道にでも迷ってるとか?」
(うひょ〜! イイよ、めっちゃイイ! コイツは…ゼッテー落とす!)
「あ、あの……」
「何だったら俺が案内しようか? それにさ、すげー楽しい場所知ってるんだけど、一緒にどうよ?」
(へへっ、マジ楽しくなりそうだ。速攻ホテルに連れ込むか? いや…焦りは禁物か…しかしな、どう見ても何にも知らねーって感じだし)
「……用事がありますから…失礼します!」

 視える言葉と同時に八雲の脳裏には電波の悪いTVのような映像がチラチラと流れ込んできていた。
 枷の力が最大になると人の気持ちが映像となって視える時がある。今はまさにそれだった。
 流れてきたのは卑下たもので、自分の裸らしきものが視えた時、八雲は無理矢理振り切るようにその場から走り去った。
 後ろから更に呼び止める声が聞こえたが無視し、追いかけてこないことを祈って全力で走った。
 人の波をかき分けるようにひたすらと走る。

(おっ!? 可愛い娘じゃね?)
(どこ行くんだ? あの娘……?)
(ひゃ〜! 揺れる胸元いいね〜!)
(あの娘、追いかけてみるか?)
(いい女だぜ!)
(ほ〜、あんな娘を店にスカウト出来たらイイ金になりそうだ)
(……て、天使だ……ボキだけの…天使……ゲヘヘッ)

 学校で視えるものとも全く違う、卑猥な声が濁流となって襲ってきているようだった。
 全身を舐められてるような不快感が増していく。

 ───イヤ…助けて…助けて…姉さん……

 八雲は耳を、目を塞ぐように無我夢中でどす黒い濁流から逃れるのに必死だった。
 ふと目の前に建物の間を縫うような細い道を見つけた八雲は、駆け込むようにその裏道に入り込んだ。





.....to be continued

 

  前 編 − そこにある関係 ( No.1 )
日時: 2005/11/13 09:52
名前: によ


 巨大な大都市に渦巻く人々。
 その数だけ、渦巻いているむき出しの欲望。
 突然、そんな場所に放り込まれ、視たくもない欲望が八雲の心を削り続ける。
 ひたすら逃げ続け、裏道に駆け込んだ瞬間だった。
 出会い頭に誰かとぶつかってしまい、八雲は尻餅をついた。

「───っ! 気をつけやがれってん……うおっ!? 妹さんか?」
「ご、ごめんなさい……は、播磨さん? それに…姉さんも……」

 八雲は謝ろうとぶつかった相手を見上げると、そこには同じ学校に通う播磨拳児がいた。



 − 前 編 − そこにある関係



 全く知らない場所で、八雲は偶然にも播磨と出会った。
 更にその隣には自分の姉、塚本天満が寄り添うようにいた。

「八雲、どーしちゃったの? こんな場所に?」
「姉さん……」

 最も頼りになると思っている姉の姿を見て、八雲は今までの不安感や不快感が剥がれ落ちていくような心地よさを感じた。

「それよりよ…大丈夫か?」

 播磨はそう言うと、未だに尻餅をついている八雲に手を差し伸べた。
 差し出された手に八雲も手を伸ばす。繋がった瞬間に引き寄せられるようにして立ち上がることが出来た。
 微かに手から伝わった暖かい温もりに八雲は安堵した。

「ねえ、八雲…よくわかんないけど突然飛び出してきたら危ないよ?」
「ごめん…姉さん。それに…播磨さんも……」
「まあ、俺は大丈夫だからよ」
「ホント、気をつけてね。ケンジだからよかったけど」

 ───ケンジ? 今、姉さん……播磨さんのことを『ケンジ』って呼んだの……?

「まぁな…って、そりゃちょっと酷くねーか? 天満」

 ───播磨さんが…姉さんのことを『天満』って……えっと……

「ねえ、八雲。ホント大丈夫? ボーっとしてるけど……」
「…あ、うん……それより、姉さん……」
「なぁに? 八雲」
「今…播磨さんのこと……『ケンジ』って呼んだ?」
「へっ!? どーしたの急に……?」
「え…だって……」
「本当に大丈夫かなぁ……前からずっとケンジって呼んでるの忘れちゃったの!?」
「えっ!? 前からずっと……?」
「こりゃ…頭でも打っちまったか?」
「そ、そう言えば…播磨さんも姉さんのこと『天満』って……」
「おいおい…妹さん、しっかりしてくれ! 俺達、もう半年前から名前で呼び合ってるじゃねーか」

 ───名前で呼び合ってるって……どういうこと……?

 目の前でやりとりする播磨と姉の姿がにわかに信じられなかった。
 八雲の知る限り、お互い名前を呼んでいるところを見たことはない。
 よくよく見ると、ふたりが腕を組んでいるので更に驚いた。
 まるでつき合っている恋人同士のそれだ。
 それに姉は同じクラスの烏丸大路が好きなはずで、播磨ではないはずだ。
 当然、姉が播磨とつき合っているなんてこともないはずだった。

「ね、姉さん…その…播磨さんとはどういう……」

 思い浮かんだ疑問がそのまま言葉になって出ていた。
 それほど衝撃的なことだった。

「どういうって……何が?」

 にこやかに首を傾げるだけの姉に八雲は言葉を続けた。

「その…どういう仲なのかな……って……」

 八雲がそう言うと、播磨と姉の天満は唖然としながらお互いの顔を見合わせた。
 何か聞いてはいけないコトなのかと思ってしまった八雲は、その姿に一抹の不安が心を過ぎる。
 
「こりゃ…やっぱ打ち所が悪かったのかもな……」
「ど、どーしよ…病院に連れていったほうがいいのかな……」

 ふたりは不安そうな顔で八雲も見つめていた。
 だが、八雲は頭を打った覚えはない。
 確かにぶつかって尻餅をついたが、痛いところは特段ない。
 八雲にとってはふたりのやりとりのほうが大丈夫なのか、という不安さえ覚えていた。

「…姉さん、それに播磨さんのほうこそいったい……それに姉さんは烏丸さんのことを───っ!」

 烏丸の名前を出して、八雲は内心しまったと舌打ちした。
 直接的には聞いていないが、播磨は姉が好きというフシがある。

 ───いけない…播磨さんの前で……

 そう後悔した途端、予想もしない言葉が届いた。

「烏丸……? 誰だ、そりゃ……?」

 ───えっ!? 烏丸さんのことを……知らない?

「や、八雲っ! もうっ…なんでそんな昔の───って、ご、誤解しないでね、ケンジ」

 ───昔の…って、姉さん…いったい……

「誰なんだ? ソイツは……天満?」
「え、えーと…ほ、ほら…いたじゃない、春に転校した男の子!」
「ん……ああ、確かそんなヤツがいたな…ソイツのことか?」
「う、うん…えっとね…昔、ちょっとイイな〜って思ってた時があって……で、でも昔のコトだよっ! つき合う前の話だし、今はケンジしか見てないから!」
「わかってるけどよ……そんなヤツがいたなら教えてくれてもよかったんじゃねーか?」
「だって…ケンジにヘンな誤解されたくなかったし……もうっ、八雲ったら!」
  
 衝撃的だった。
 姉が頬を赤らめて播磨に弁解していた。それ以上に『つき合う前』という言葉はすなわち、今はつき合っていることを意味している。

 ───姉さんと播磨さんが……つき合っている!?

 頬を膨らましている姉を唖然としながら八雲は見つめることしか出来なかった。

「そうだっ! この前さ、TVで見たんだが……」

 急に播磨が手をポンっと打って話し始めた。

「妹さんは…きっと記憶喪失ってやつじゃねーか? 半年ぐらい前までの記憶がなくなってだな…そんなのを見たぜっ!」
「ええっ〜! そうなの八雲っ?」

 姉にそうなのと聞かれても、八雲は困る以外になかった。
 記憶を失っているわけではない。それなら今は春ということになるが…どう考えても冬だと思った。
 それに記憶がぽっかりなくなっているわけでもない。
 春のことも、夏のことも、秋のことも覚えている。
 ついさっきのことだってと思った瞬間、心に何かが引っかかった。

 ───さっきまで人混みから逃げて……違う……茶道部にいたはず……

 チリンと鈴の音が聞こえた。
 目の前にいる姉と播磨がグニャリと揺れ、視界が突然ブラックアウトした。





.....to be continued
  中 編 − そこにある孤独 ( No.2 )
日時: 2005/11/13 11:00
名前: によ

 シューという音が響いていた。
 テーブルに俯せていた八雲は顔をあげて周りを見渡すと、ヤカンから勢いよく湯気が噴き出していた。

 ───いけない…寝ちゃっていたのかな……

 八雲は腰を上げると、電気コンロのスイッチを切った。

 ───夢だった…のかな? それにしても……

 後味の悪い夢だったと八雲は思った。
 いきなり大都会に放り出されて、視たくもない欲望に翻弄され逃げ回った。
 そんな中、姉と播磨に会った。それもふたりは恋人同士だった。

 ───播磨さんは…幸せそうだったのかな?

 ふと播磨の様子を思い出そうとしたが、記憶が曖昧でハッキリと思い出せない。
 カチャと、微かに音がした。扉が開く音だった。

「おかえ───あれ…播磨さん?」

 買い出しに行っていた晶とサラが戻ってきたと思って振り向いた視線の先には播磨がいた。



 − 中 編 − そこにある孤独



「よお、妹さん」
「あ…こんにちは」
「ちょっと邪魔するぜ」

 播磨はそう言って、つかつかと部室に入るとイスに腰掛けた。

 ───原稿の打ち合わせかな?

 播磨が部室を訪れる理由はそれしかない。
 だが、手にはそれらしいモノを持っていないこともあって八雲は首を傾げた。
 
「あ、あの…お茶でも飲みますか?」
「ん? ああ、そうだな……」
「少し待っていて下さい…すぐ準備しますから……」

 幸い、お湯は沸騰していたのでカップと茶葉を用意するだけだった。

 ───そうだ…カップはもうテーブルに……あれ? ない……

 播磨が座っているテーブルに準備していたはずのカップが何故かなくなっていた。
 再び八雲は首を傾げたが、思い過ごしだったのかも知れないと考え、食器棚から二人分のカップを取り出した。
 それから茶葉も取り出して、ゆっくりとティーポットにお湯を注ぐと紅茶の香りが湯気と一緒に立ちこめる。
 暫く待ってから、八雲はカップにそれを注いだ。

「いつも悪いな、妹さん」

 カップを受け取った播磨は真っ先に口へと運ぶ。

「いえ…そんな…それより今日は?」

 八雲も自分のカップもテーブルに置き、イスに腰掛けながらそう尋ねた。
 
「ん? ああ…いつもの待ち合わせだ」
「……待ち合わせ?」

 ───誰を待ってるんだろう?

 播磨が待ち合わせをするといったら自分ぐらいのはずだった。
 自分以外にも誰かいるのだろうかという疑問が過ぎる。

「それよりだ、妹さん。記憶は戻ったのか?」
「記憶?」

 いったい何の話だか八雲にはわからなかった。

「ああ…あん時は心配したんだぜ!? 突然ぶっ倒れちまうし……」

 ───倒れた? 私…が………?

「天満も真っ青になってオロオロするばかりだったしよ…って、妹さん?」

 ───播磨さんが姉さんのことを呼び捨てにするなんて……

 いったい何が、と思った瞬間、夢だと思っていたことが脳裏にハッキリと浮かんできた。
 あの時も二人はお互いの名前を呼び合っていた。

 ───あれは…夢じゃなかった……? じゃあ播磨さんは姉さんと……

「おい! 大丈夫か? 妹さん!」

 急に身体が激しく揺れた。
 両肩をしっかりと掴んでいた播磨によるものだった。

「…は、はい…大丈夫です……」
「そうか…でもよ、その様子じゃ記憶はまだ戻ってねーようだな……」
「は、はあ……」

 八雲の様子に溜め息をついた播磨の顔はどこか憂いていた。
 心配してくれていそうでもあったが、どことなく厄介と思っていそうな感じもする、そんな憂い方だった。
 そんな播磨に八雲は悲しくなった。
 そして、これが現実であれば、自分の知っている現実は何だったのだろうという疑問も浮かぶ。
 姉は烏丸のことが好きで、播磨は漫画を描いていて、それを手伝っていたという現実。
 あれは幻だったのか、それともこれが幻なのか、八雲にはワケがわからなくなっていたが、一つだけ播磨に確認しようと口を開いた。

「あの…播磨さん」
「ん? どうした?」
「えっと…播磨さんは…その…漫画を今も描いてますか?」

 そこまで言って八雲は言葉を句切ると、播磨の様子を眺めた。
 播磨はキョトンとした感じだった。

「漫画……? まあ、よく読むけどな……」
「……いえ、そうではなくて……描いてはいないんですか?」
「カイテ?」
「はい…ネームとか原稿とか……」
「……すまん、妹さん。さっぱりワケがわかんねー……」

 呆れ顔で言う播磨に八雲は力無く項垂れるしかなかった。

 ───漫画…描いてないんだ……播磨さん……

 悲しくて、虚しかった。
 同時にその事実は自分が必要とはされていないという現実ではないか、と思うと居たたまれなくもなる。
 
「おっまたせ〜!!」

 急に扉が開いたのと同時に姉の天満が勢いよく部室に入ってきた。

「あれ? 八雲…いたの?」

 自分に気付いた姉の言葉がどことなく冷たい。
  
「姉さん……」
「遅かったじゃねーか、天満」
「ごっめ〜ん! ちょっと皆と話し込んじゃって……」
「ったく、そうだと思ったぜ! んじゃ、行こうか?」

 播磨はガタリとイスを揺らして立ち上がると、部室から出て行こうとしていた。
 その播磨に腕を絡ませた姉も同じように立ち去ろうとしていた。

「ね、姉さん……」

 八雲は自分を殆ど見向きもしない姉に不安を感じて呼び止めた。
 
「あ…八雲。私達ちょっと出かけるから」
(八雲も早く素敵な恋人を見つけなくちゃダメだぞっ!)

 姉の後ろにそう心が視えて、チラッと映像も流れ込んだ。
 その映像に八雲は愕然としてしまった。
 ベットに上半身が裸の播磨だった。
 まさしくソレとしか言いようのないものだった。

 ──違う…絶対に違う! 姉さんは…姉さんはそんなんじゃない……

 鈴の音がチリンと響いた。
 姉と播磨が、部室全体がグニャリと歪み、毒々しい極彩色へと変わっていった。





.....to be continued
  後 編 − そこにある選択 ( No.3 )
日時: 2005/11/13 12:35
名前: によ


「……どうして姉さんみたい描けないんだろう……」

 美術室でひとり画板に自画像をデッサンしていた八雲は、その表情の硬さにひとりごちていた。

 ───私の表情ってやっぱりカタいのかな……あれ? えっと…何か違っているような……

「教えてあげよっか」

 突然の声に顔をあげると目の前に女の子が立っていた。

「あなた怖がってるでしょう? わかるわ。そんなんで人並みのカオが出来るわけないじゃない」
「……姉さんかと思った」
「え?」
「迷子? どこから来たの?」

 八雲はどことなく姉に似ている少女にそう尋ねた。
 高校には絶対にいないはずの年齢と思われる少女。
 ただ、何かが心に引っかかる。どこかで会ったような気もする少女だった。



 − 後 編 − そこにある選択



「帰るところなんてないわ。だって私フツーの人間じゃないもの」
「……え?」

 何の感情もなくそう言う少女に八雲は首を傾げた。

「相変わらず信じないのね? ……そう、それもしかたのないことね」

 ───相変わらず……?

「でも…こう見えても───」
「あなたよりもずっと年上なんだから…って、えっと…どうしちゃったんだろ…私……」

 少女のそれを遮って、無意識のうちに八雲はまるで知っていたかのように口走っていた。
 モヤモヤとしたものが心を包んでいるような感じだった。
 何か知っているはずなのに、どうしても思い出せない。

「驚いたわ……意外と強いものなのね、アナタって」

 能面のような表情から目を少し見開いていた少女はそう言うと、八雲の頭上に手をかざしていた。

「いいわ。解いてあげるわ…アナタへの封印をね」

 少女の手が眩しいぐらいに輝き始めたと思った瞬間、八雲の脳裏に二つの記憶が蘇った。
 烏丸のことが好きな姉。漫画を描いている播磨。
 恋人同士となって、大人の関係となっている姉と播磨。
 それからチリンという鈴の音。

「どう? 思いだした?」

 少女の表情はまた無表情に戻っていた。
 全部を思いだした八雲はその少女が仕組んだ世界だったんだと、今やっと理解することが出来た。

「…どうして…あんな世界を私に見せるの……?」
「あんな世界ってどっちの世界かしら?」
「どっちって…姉さんと播磨さんがつき合っている世界に決まって───」
「待って。アナタはあの世界が幻だって言いたいの?」

 ───だって…播磨さんと姉さんは……つき合ってはいないはず……

「ふ〜ん。ヤクモはそう思ってるんだ? アナタのお姉さんと播磨って男の子はつき合ってないって」
「……うん」
「じゃあ播磨って男の子が漫画を描いている世界が現実なの?」
「……うん」
「どうかしら? もしかしたらどっちも幻かもよ?」
「……どっちもって……どういう意味……?」
「言葉の通りよ。外を見てみたら? まだ桜が残ってるわ……」

 少女に言われるままに外の景色を眺めると、散りかかってはいるが、まだピンクの花びらを残した桜の木々が所々に見えた。

「……そんな!」
「季節はまだ春よ。アナタはここに入学したばかり。播磨って男の子とはまだ出会ってもないわね」
「…でも、私は播磨さんのことを知っている……」
「そうね、知ってるわね。私が未来を見せたから」
「未来を…見せた?」
「そう、二つの未来を見せた。そうとは考えられない?」

 少女はそう言うとクスクスと笑った。
 あれは未来だったのか、と一瞬思いを馳せてみるが、その考えを否定した。
 八雲はしっかりと覚えている。
 人に滅多に懐かない伊織が懐いた播磨の姿を。
 キリンと共に夜の街を去っていった播磨の姿を。
 彼の家で夜通し、漫画の手伝いをしたときのことを。
 播磨が漫画を描いている世界は幻なんて思えない程の思い出を積み上げていた。
 それに比べて、姉と播磨がつき合っているという世界には思い出がない。

 ───やっぱり…あの世界は幻……

「信じないのね? でも…怖いだけじゃないの? 自分が誰からも必要とされてない世界が」
「それは……」

 あの世界は悲しく、虚しくて、そして辛かった。
 頼れるはずの姉はどことなく冷たく、播磨が描く漫画を読むことも、手伝うこともない。
 
「……一人ぼっちの世界ね、アレは」

 少女の言うとおりだった。
 確かにあの世界は孤独だった。

「でも…アナタの望んでいる世界でもあるのよ?」
「そ、そんなこと……」
「ない───と言い切れるかしら? いつまでたっても一人ぼっちのままのアナタには……それにあの世界ではお姉さんも播磨っていう男の子も幸せだったんじゃないかしら?」

 ───幸せ? 姉さんも播磨さんも……?

「私と播磨さんは特別な関係じゃない。アナタはあっちの世界ではそうも言ってたわよ。なら──お姉さんと彼が幸せな世界っていうのもいいんじゃないかしら?」

 ───私は姉さんが幸せであって欲しい。そして、同じように播磨さんにも……なら、この少女の言うあの世界も……

「いいわ、選ばせてあげる。どっちの世界があなたに…お姉さんや彼にとって幸せな世界なのかをね」

 少女はまたクスクスと笑った。
 選ばせてあげる、と言われても八雲は答えに窮した。
 少女に何を言われても、漫画を描いている世界は現実だと思っている。
 逆に幻と思っている世界では播磨さんの幸せなのかもしれないとも感じていた。
 ただ、あの世界の播磨が本当に幸せだったのかというのが実感出来ないでもいる。

「さあ…どっちを選───って、また来たのね……」

 急に険しい顔をした少女はあさっての方角を見ていた。
 その先には狐の面をした少年とも少女とも、どちらにでも見える子供が一人立っていた。
 あの雨の日に、傘を差しだしてくれたあの子供だった。

「伊織……?」

 思わずそう呼び掛けた。だけど、返事はなかった。

「まあ…いいわ。答えはまた聞きに来るから……」
「……待って! どっちか選ぶなんて出来ないけど…一つだけ言わせて……」
「何かしら?」
「私は…一人ぼっちじゃない。恋人とかは…いないけど…それでも周りには皆がいるから…伊織や姉さん、播磨さん達が……」

 チリンとまた鈴の音が響いた。





.....to be continued
  エピローグ ( No.4 )
日時: 2005/11/13 13:49
名前: によ


 目覚めると薄暗い部屋の、白っぽい天井が広がっていた。
 起きあがろうとする八雲はお腹のあたりに少し重さを感じた。
 伊織だった。
 ベットから身体を起こそうとした振動が伝わり、寝ていた伊織は顔だけあげたかと思うと、軽やかな足取りで八雲も眼下まで近づいてきた。

「伊織……」
「ナー」

 伊織はひと鳴きすると、ペロッと八雲の頬を舐めた。

「くすぐったい……ありがとうね、伊織……」

 もうひと鳴きした伊織は頬ずりするように八雲の首筋に、その小さな頭をすり寄せていた。



 − エピローグ −



 病院の個室のようだった。
 部屋は薄暗く、どうやら時間は夜のようだった。
 ベット脇に微かな重みを感じた八雲はふと見ると、姉である天満が俯せていた。
 足下の先にある壁際にはパイプイスに腰掛けたまま寝ている播磨の姿もあった。
 天満とは反対側にあるベットには晶とサラがごろ寝をしていて、更にその壁際には沢近愛理と周防美琴が寄り添うような格好で眠っている。
 そして、入口付近の床に花井春樹が横たわっていた。
 部屋には皆の規則正しい寝息と、時折伊織の鳴き声だけが響く。

「むにゃ…伊織…ナンかあったのか……」

 その伊織の鳴き声に播磨が目覚めたのか、微かに座っていた姿勢を直すとサングラスを外して目を擦り始めた。

「……播磨さん」
「……ん? なんだ─────い、妹さん! 気付いたのかっ!?」

 突然の大声でそう叫んだ播磨はガバッと立ち上がり、座っていたパイプイスは大きな音を立てて転がった。
 その叫びと音で驚いた八雲はビクッと身体を震わせた。
 八雲だけでなく、この部屋で寝ていたほぼ全員が飛び上がるようにして起きあがり、ベット脇にいた天満だけが緩慢な動きでモゾモゾとしていた。

「…もう…うるさい…よ…播磨…くん……」
「……姉さん」
「……なぁに…八雲……八雲っ!!!?」

 姉まで大声を出したので再び驚いた八雲だったが、身体を震わせる前に姉が抱きついてきた。

「やくも〜、心配したんだから……もう目覚めないのかなって…もう…もう…うわぁぁぁん……」

 痛いぐらいに強く抱きしめてきた姉。
 重なり合っている頬から暖かいものが伝わってくる。
 姉の涙だと八雲はすぐにわかった。

「……ごめんね、姉さん……」

 ───よくわからないけど…心配をかけちゃってたんだね……ごめん…姉さん……

「…ううん…グズッ…いいの…八雲が目覚めてくれて…こんな…グズッ…嬉しいことないよ……」
「姉さん…でも、私…どうしてココに……?」

 目覚めた時からいまいち自分の置かれている状況がわからなかった八雲はそう尋ねた。

「それは私から説「やっくもクーン!!」」

 晶が口を開いた瞬間、花井から大音量の叫び声にも近い声が再び部屋に響いた。
 まさに飛び掛かってきそうな勢いの花井に八雲は一瞬だけ身を固くした。

(僕は…僕は…心配でたまら───)

 あまりに大きい言葉が視え、途中からは部屋からはみ出していて読めない。
 だが、その大きな言葉も突然消えた。その刹那、花井は床に崩れ落ちていた。

「ち。手間がかかる……」
「わりーな…八雲ちゃん。こいつバカだからさ……」
「時と場所を考えなさいっていうのよね……」

 晶と美琴、愛理がそれぞれ声をかけてきた。

「あの…皆さん……」
「八雲ぉ! よかった…ホント、よかったよ〜」
「サラ……」

 サラも目に涙を浮かべてベット脇にまで来ていた。

「とりあえず状況を説明するわね、八雲」
「……はい、高野先輩」
「部室で八雲が倒れていたのが二日前。それを見つけた私とサラで救急車を呼んだの。それからずっと意識が戻らなかったってワケよ。今日は入院して三日目ってことになるわ」
「……二日前……私…ずっとココで……?」
「そういうことね。私達は夜だけだったけど、天満はずっと付き添っていたわ……」
「……そうですか。皆さん…ご心配をかけてすみません……」

 八雲は申し訳ない気持ちでいっぱいになり皆に謝った。
 同時に感謝の気持ちもいっぱいになった。
 皆が傍にいてくれた。それだけで十分だった。

 ───やっぱり…私は一人ぼっちじゃない……

 抱きついて離れない姉の温もりが確かに伝わってくる。
 皆の温かい眼差しがひしひしと感じられる。
 お腹のあたりではカリカリとかけ布団を掻く伊織の姿があった。

「伊織も…本当にありがとう……」

 部屋の窓からはカーテン越しに光が漏れだしていた。
 きっと夜明けなのだろう。
 もう鈴の音も聞こえてはこないようだった。





 Fin.

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【あとがき】
 ちょっとホラーちっくに仕上げてみた本SSは如何でしたでしょうか?
 本編のb.29の続き?というような位置づけです。
 ご感想等を頂ければ幸いです。

 

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