ジグソーパズル(晶、幽霊の女の子、絃子) |
- 日時: 2006/03/02 20:10
- 名前: ウエスト
- 冬のある放課後の茶道部部室、晶は一人、何かを組み立てていた。
彼女が組み立てていたのはジグソーパズル。ピースの数は1000ピースのやつだ。 以前から組み立てていたせいもあって、完成まであと2割といった所である。 静かな部室に、ジグソーパズルのピースをはめ込む『パチッ、パチッ』という音だけが響く。 晶はジグソーパズルのピースをそれ程迷うことなくはめ込んでいく。ピース数が残り少なくなったせいもあるだろう。 しかし一番の原因は晶一人しかこの部室にはいなかったことだろう。 晶は一人の時にしかジグソーパズルは組み立てない。 天満や愛理や美琴といる時、八雲やサラといる時は彼女達と過ごす時間にしていた。 集中できないということもあったが、彼女達との時間を心から楽しみたいというのが一番の理由である。 一人で集中しながらジグソーパズルを組み立てていた晶だったが、何か視線を感じたのか、ジグソーパズルを組み立てている指を止めた。 視線を感じた方向には誰もいなかった。晶一人しかいないのだから当然である。 しかし晶はその視線を感じた方へと、声をかけた。
「誰かは知らないけど、出てきたらどう?黙って見られるのって趣味じゃないの」
晶の問いかけに反応するものはなかった。が、晶はそんなことを気にもせずに続ける。
「何か私に用があるから見てたんでしょ?本当に何もなかったら私は帰るわよ」 「…………分かった。出てくればいいんでしょ」
何もない所から少女の声が聞こえてきた。声がして少し遅れてから、少女の姿か空中に現れた。 長髪で、幼い印象のある顔立ち、服装はRPGに出てくる魔法使いが着るローブのようなものを着た、神秘的な感じを与える少女である。 空中に浮いていた少女は、静かに部室の床へと降り立った。 そんな一連の信じられない行動を見ていた晶だったが、特に驚いた様子は無い。 少女は晶の反応を不思議に思い、晶に訊ねた。
「驚かないのね。幽霊がいきなり目の前に現れたら、普通は驚くはずなんだけど。どうして?」 「姿は何もないところから現れた、それだけでしょ?あとは声も聞こえるし、姿も視認できる。私たちと大差は無い。それが理由だけど、不満なの?」 「……なるほど。現実に目に映るもの、感じることができるものをしっかりと受け止めてるのね、あなたは」 「まあね。自分の目の前に起きた出来事を否定した所で何にもならないから。それよりも……」
少女の問いに答えた晶は、席を立った。 そしてそのまま、茶箪笥のある方へと歩き出した。 茶箪笥の前まで歩くと、晶は少女の方へ振り返った。そして少女に質問をした。
「ねえ、何か飲む?私はコーヒーにするけど、あなたはどうするの?」 「ちょっと待って。どうして私も飲むってことになってるの?私が飲む飲まない以前に、物に触れられないとか考えないの?」 「触れるでしょ?だってあなた、ちゃんと床に立ってるじゃない。もし触れないのだったら浮いたままでいるはずよ。どう、違う?」
実際、少女は物にも触れるし、その気になれば人間と同じ食事だって食べることが出来る。 しないのは単にする必要性がなかっただけ。味覚や触覚を感じることは彼女にとっては大したことではないのだ。 晶に見透かされた感じのした少女は、少し不機嫌になりながらも晶の質問に答えた。
「出来るわよ……。でも、私にはどうでもいいから好きにしたら?」 「分かった、そうさせてもらうわ。椅子に座って待っててなさい」
そう言い残して晶は、自分の分のコーヒーと少女の分の飲み物を作り始めた。 一方、少女は晶に促されたとおりに、晶が座っていた席の反対方向の椅子に腰を下ろした。
「お待たせ。あなたの飲み物は好きにしていいって聞いたからココアにしたわ。はい、どうぞ」 「……ありがとう」 「いえいえ」
飲み物を作り終えた晶は、まず少女にココアを差し出し、自分のコーヒーを自分が座っていた席に置いて、椅子に腰掛けた。 少女はココアを作ってくれた晶に素直にお礼を言った。そしてそのままココアに口をつけた。
「……おいしい」 「良かった、気に入ってくれて。世界でも愛されてるバンホーテンにして正解だったようね」 「メーカーとかよく分からないけど、甘いし、熱くないから飲みやすいわ」 「砂糖はいつもより少し多めで、温度も熱くならないようにしたから。あなた、見た目が少女だから味覚もお子様かと思ったのよ」 「悪かったわね、子供で」 (あらあら。ちょっと悪のりが過ぎたようね)
あからさまに子供扱いされた少女は拗ねてしまった。 見た目とは違い、少女は晶の何倍も現世に存在している。 外見が少女なのは、少女の姿で死を迎えてしまい、そのままの姿で幽霊になってしまったからだ。 この姿に不満はなかった少女だが、実は子供扱いされたことは幽霊になってから初めてのことだった。 もちろん、晶はそんな少女の事情は知らない。しかし拗ねてしまった少女の機嫌を直そうと、自分のコーヒーを差し出した。
「飲んでみる?あなたが子供って思われたくなかったら、コーヒーを飲んでも美味しいって言えるでしょ?」 「……分かった。飲むわよ」
晶が差し出したコーヒーが入ったカップを手に取った。ちなみに晶のコーヒーはブラックである。 少女はコーヒーを飲んだまま、固まってしまった。 少ししてからカップを放して、晶に返した。 少女は無言のまま、ココアを口直しに飲み始めた。そしてようやく少女が口を開いた。
「……苦い。あなた、よくこんなもの平気な顔して飲めるわね」 「別に普通でしょ?それよりもあなた、ひょっとして味覚も子供のままだったの?わたしはてっきり、見た目は子供で感覚は大人とばかり……」 「違うわよ。見た目同様、感覚も子供なの。さっき拗ねたのは、あからさまに子供扱いされたの、この姿になって初めてだったからよ」 「そうだったの……。だったら最初からそう言ってくれればいいのに。変に見栄を張る必要なんてないのに」 「そうね。確かにあなたの言うとおりだったわ」
機嫌が直った少女を見て、晶は安心した気持ちになった。 話してる間にコーヒーの熱も冷めつつあったので、晶は残ったコーヒーを飲み干した。 そして一息ついて、少女に質問をした。
「さて、と……。あなた、私に何か用事でもあったんじゃないの?黙って見てるだけで終わるつもりじゃなかったんでしょ?」 「そうね。あなたにも聞いておくべきよね。じゃあ聞くわ。あなた、男の人って好き?」 「ええ、好きよ。誰かは秘密だけどね」
少女の問いに晶はあっさりと返答した。実際の所、もっと難しい質問が来ると思っていたので少し拍子抜けだった。 今度は晶が少女に質問をした。
「じゃあ今度はこっちの番ね。どうしてそんなことを聞くの?」 「私はこの姿になってからずうっとこの世界を彷徨ってきた。好きってことがどんなことか知りたくて。でも今になってもよく分からないの」 「だから人に聞いて回ってるのね。……それじゃ永遠に答えなんて分からないわね、あなたには」 「どうゆう意味?私が大人の姿じゃないから?」
晶の言葉に少女は動揺していた。そのせいか、晶の答えにも噛みあってないことを聞いていた。 そんな少女の様子を晶は冷静に見ていた。そして少女を落ち着かせる意味合いも込めて、少女に話しかけた。
「姿とかじゃないの。あなたはただ聞いて回ってるだけなんでしょ?実際に男の人を好きになろうとしてない。だから分からないって言ったのよ」 「でも、分からなかったら好きになることなんて出来ないじゃない。だから私は……」 「好きって感情に理屈はいらないの。頭で考えるよりも心で感じなさい。そうすればあなたなりの答えが見つかるわ」 「私なりの……答え……」
晶の言葉を聞いて考え込んでしまった少女を晶は黙って見ていた。 しかしこのまま見ていては、帰ることも出来ないので少女に助け舟を出した。
「でも、人の意見を参考程度に聞くのはありだと思うわ。あなたが本当に答えを求めてる人に限ってだけど」 「どうして知ってるの?私、そのことは話していないはずなのに……」 「だってあなた、最初の質問で『あなたにも』って言ってたじゃない。私以外にも聞いてる人間がいるって分かるわよ」 「あなたには驚かされることが多いわね。でもそれと同じくらい勉強になったわ」 「そう言ってもらえると私も嬉しいわ」
少女が素直になったことを晶は嬉しく思っていた。 晶のアドバイスを一通り聞き終えた少女は、ココアのカップを手に持って、カップに残っていたココアを勢いよく飲み干した。 時間も経っていて冷めていたが、少女は美味しそうに飲んでいた。 空になったカップを置いて、少女は少し笑顔で晶にお礼を言った。
「今日はありがとう。あなたに会えたこと、私は忘れないわ」 「まるで今日で最後のような言い方ね。言っておくけどそうはさせないわ。あなたには宿題を出してあげる」 「宿題?いったい、何の?」 「あなたが私に聞いて来たことの答えを教えて欲しいの。これを使って」
そう言って晶が指差したのは、先ほどまで晶が組み立てていたジグソーパズル。 少女はパズルを見てあることに気が付いた。
「ねえ、このジグソーパズル、色が付いてないんだけど?真っ白じゃない」
そう、晶のジグソーパズルには絵が付いていない真っ白の無地のものだった。 少女はさらに続けた。
「それにまだ完成してないようだし、これでどうやって伝えればいいの?」 「ジグソーパズルの方は私が完成させるわ。その後でこれは文字とか絵が描けるちょっと便利なものなの。あなたには答えを描いてもらうわ」 「分かったわ。でもどうして紙じゃないの?絵だったら紙でも別に構わないんじゃ……」
少女の疑問はもっともなことだった。しかし晶はもう一度、ジグソーパズルを指差した。
「よく見てみなさい。このジグソーパズル、ほとんど完成してるでしょ?あなたに似てると思った。好きなこと以外は分かってるあなたに」 「どうゆうこと?私はジグソーパズルってこと?」 「この完成されていない部分はあなたが分かっていない好きって感情そのもの。これを埋めて、絵を描き上げることであなたは完成するって思ったの」 「そう……。分かった。あなたの宿題、受けてあげるわ」
そう言うと、少女の姿が浮かび始めた。晶は当然ながら驚かなかった。 晶は少女に最後の言葉を言った。
「じゃあね。あなたの答え、期待して待ってるわ」 「ええ、さよなら。そうそう、今度はミルクがいいわ。アイスならガムシロップを多めに、ホットなら今日のココアくらいの温度でよろしくね」 (意外と注文が多いのね。見た目通りでいいことだけどね) 「分かった。クッキーも用意して待ってるから」
最後の晶の『クッキー』という単語を聞いて、少女は部室から姿を消した。 その時の少女の顔は年相応に無邪気な笑顔をしていた。
少女が部室から消えて間もなく、部室のドアを『ガチャ』と開ける音が聞こえてきた。 入って来たのは茶道部の担任でもある絃子だった。
「高野君、そろそろ下校時間だ。片付けなら私も手伝うから早くしなさい」 「ありがとうございます、先生」
片付けを手伝い始めた絃子はカップが2つあることを疑問に思った。 部室には晶しかいない、部室に来るまでには誰とも会わなかった。 それでカップが2つあることが引っ掛っていた。絃子はそのことを晶に訊ねた。
「高野君、さっきまで誰かいたのかね?カップが2つあるんだが……」 「ええ、いましたよ。とても可愛らしいゲストが。好きということについて語り合ってました。今さっきまでいたんですけどね」 「今さっき?まさか、窓から逃げたのか?だとしたら拳児君か?」 「先生、私は『可愛らしい』と言ったんですよ。播磨君はどう見ても可愛いとは思えませんけど?」
絃子の頭の中には『幽霊と一緒にお茶をしていた』という非日常的なことは思い浮かばなかった。 変わりに現実味のある『誰かが窓から逃亡した』という答えを導き出した。その『誰か』で真っ先に思いついたのが何故か播磨だった。 晶の切り返しに内心、焦りながらも絃子は努めて冷静に晶に答えた。
「可愛いじゃないか。いい的でいいストレス発散相手、これほど可愛いオモチャはそうそういない」 「歪んでますね。でも播磨君が可愛いという意見は私も賛成です。彼、見た目以上に可愛い時がありますから」 「……え?高野君、君もまさか拳児君が……」 (先生、本当に播磨君のこととなると冷静じゃいられなくなるんですね。面白い……♪) 「さあ、どうでしょうか?それは先生の想像にお任せします。それよりも片付けましょう」 「あ、ああ。そうだね……」
晶の言葉に絃子は冷静さを欠いてしまった。 そんな様子を晶は楽しそうに見ていた。晶の言葉が本心かどうかは晶しか知らないのだが…… 組み立て途中のジグソーパズルを見て、晶は絃子に聞こえないように声を出した。
「本当に楽しみにしてるわ。あなたの心のジグソーパズルがどんなものかが、ね……」
そう呟いた晶は、今度こそ、片付けに取り掛かった。
<終わり>
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