(播磨メイン) ( No.1 ) |
- 日時: 2006/12/03 00:32
- 名前: 物置
- 天満ちゃんとの恋愛はお世辞にもうまく行っているとは思わなかった。気持ちの空回りばかりで一つも前に進んでない。気付けばお嬢や妹さんと付き合ってる等と言う噂まで出てくる始末だ。けど、俺はこの日常が嫌いじゃ無かった。
天満ちゃんの顔を見る為に学校へ出向き、お嬢や周防や高野のグループと揉め事を起こし、妹さんの事でメガネと決闘したり、屋上で漫画のネームを妹さんに確認してもらい、時々顔を真っ赤に染め俯く妹さんの事を笑ったり。中学の時の自分だったら想像も付かないだろうな。
こんな日常と漫画を描くきっかけを作ってくれた天満ちゃん。その漫画を描くのに付き合って支えてくれた妹さん。そして不良だった俺を相手にしてくれる皆が居るからこそ、俺はこうして生きてるんだなと思った。
人生の歯車はゆっくりとだが、確実に回っているだろうと、その時はそう思っていた。
異物が挟まり止っていた歯車も、ふとした瞬間に異物が取り除かれ、カチリと嵌り再び動き出す。しかしそれは人生の幕を下ろす為に動き出した歯車・・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 貴方の傍に・・・(播磨) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今日はいつも自分の我が儘に付き合ってもらってる妹さんに、お礼を込めて動物園に誘ったのだ。待ち合わせは午前10時。
朝から用事があった俺は、バイクを修理に出している事に後悔を覚えた。
本来ならば、バイクで妹さんの家まで迎えに行って、そのまま動物園に向かうのだが、無い物をねだっても仕方が無い。
用事を済ませた俺は待ち合わせよりも30分も早くに、集合場所である駅前のロータリー前に来ていた。
妹さんのあの性格からして恐らく早めには来るだろうから、時間つぶしをせずにそのままここで待つ事にする。
しばらくその場でぼけ〜っとしていると、いきなり背後から何者かが飛びついて来た。
「ハーリオー!」
振り向かずとも誰だか判る。保険室でいつものほほんとしてる姉ヶ崎妙だ。
播磨の右肩と左の腕の下から回した手で抱きつく姉ヶ崎。
「ちょっ!行き成り飛びつくなよお姉さん!」
「え〜、いいじゃな〜い。学校だと人目が気になるだろうから控えてあげてるんだぞ〜」
「だからってここで抱きつくなよ!ここだって十分人目があるだろうが!」
「じゃあハリオは人目が無かったら抱きついてもいいの?」
「ッ!!」
「フフフ、かわい〜ぞ、ハリオ!」
「あ〜も〜!頼むからやめてくれ!こんなトコ誰かに見られたら、また変な噂が流れるだろ!」
言いながら時計を確認すると約束の時間まであと10分になっている事に気付く。
(やべ〜、妹さんもうじき来るだろうから、早くなんとかしないと・・・)
そう思った播磨は身を捩り、姉ヶ崎の腕を振り解こうとしたその時だった。
「は、播磨さん・・・・それに、姉ヶ崎先生・・・一体何を・・・?」
声のする方に振り向くと、八雲が少し俯き気味でこちらを見つめている。いや、睨んでいると言っても良いだろうか。
「ち、違うんだ妹さん!コレには訳が!」
播磨が慌てて叫んだ途端に、八雲は背を向け走り出した。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ妹さん!話を聞いてくれ!」
目の前の光景に驚いた姉ヶ崎は播磨から腕を放す。播磨はやっとの思いで姉ヶ崎の腕から開放されるや否や、全速力で八雲を追いかける。
(お姉さん放ったらかしているが、そんな事知るか。今はそんな事を気にしてる場合じゃねぇ!)
心の中でそう愚痴る。あともう少しで八雲に追いつけると思った時に、播磨の目に飛び込んできた物は・・・・
赤信号に変わった交差点を今から通過しようとしている八雲の姿だった。
「妹さん!危ねぇ!!」
播磨の叫びを聞き、はっと我に戻った八雲は信号を確認する。
信号は赤、止めてしまった足、立ち止まった八雲の場所は道路のど真ん中だった。反射的に右側を振り向いた八雲の瞳には、彼女に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるトラックの姿が映っていた。
八雲の運動神経ならばなんとか交わせる状況だったが、恐怖で足がすくみ、思うように身体が動いてくれない。
呼び止めた事に後悔した播磨だったが、考えるよりも先に身体が動いていた。大きく前に飛び込み、腕に出せる力を振り絞り八雲を突き飛ばした。
(すまねぇ、妹さん。怪我させちまうかもしれねぇ。)
突き飛ばす瞬間にそんな事を考えた播磨だったが、突き飛ばす事に集中した為に、自分が受身を取る事を忘れていた。道路に崩れ落ちた播磨は、トラックをちらりと確認し、もう間に合わない事を確信する。
トラックとの距離はもう殆ど無いと言うのに、周りを流れる時間は驚く程ゆっくりと進んでいる。自分が突き飛ばした八雲に視線を移し、色んな事を思い返す。
(天満ちゃんに告白も出来なかったし、自分のやりたい事を半分も出来なかったなぁ。妹さんきっと悲しむだろうなぁ・・・俺は馬鹿だからな・・・こんな方法しか思いつかなかったぜ。出来る事ならば、一緒に助かりたかったが、どうやらそれは無理な願いだな。妹さん、アンタに逢えて俺は幸せだったよ。こんな俺を今まで支えてくれて有難う。そして、すまねぇ。妹さんの事、俺は・・好きだったぜ・・・)
今までゆっくりと流れていた時間だったが、急に加速していく。
「播磨さ・・・・・・・!」
最期に聞こえたのは、きっと八雲の悲痛な叫びだったに違いない。
播磨の身体があった場所をトラックが通過するのは一瞬だった。
現場には、散乱したトラックの破片、肩から千切れた播磨の右腕、有り得ない方向に折れ曲がった身体の播磨、衣服はボロボロで血で真っ赤に染められている。そして、大切な物を何もかも無くしてしまった八雲と、あれだけ悲惨な事故だったにも関わらずに、無傷で転がっている播磨のサングラスだけだった。
遅れてやってきた姉ヶ崎は、目の前の光景に何も出来ず、地面にへたり込んで項垂れるしか出来なかった。
人生の幕を下ろす為に動き始めた歯車は、役目を果たし今は沈黙は守っている・・・
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(八雲メイン) ( No.2 ) |
- 日時: 2006/12/03 00:37
- 名前: 物置
- 私は、自分に好意を持つ異性の心の声が文字として視える。時には文字では無く、心の奥深くのイメージが視える事もあり、そこには男達の玩具と化した淫らな自分の姿が居る。
偶然目が合ったしまった時、落し物を拾ってあげた時、廊下ですれ違う時。どんな時でも私の存在を意識すると投げつけてくる心の声。
そんな心を毎日のように視せられてしまっては、異性と仲良くしようとは思わなかった。
正直、学校に行くのが苦痛であったけど、サラに出会えたおかげで少しは気が紛らせる事が出来た。そして、決定的な出会いもあったから。
今まで出会った男性の心は内容はどうあれ全員視えたけど、ただ一人だけ視えない人が現れた。
その人の名前は「播磨 拳児」姉さんと同じクラスで、最初見た時はサングラスを掛けてて、とても怖そうな人だったけど、伊織の事がきっかけになり播磨さんと仲良くなる事が出来て、播磨さんがどんな人か知ることが出来た。
姉さんの事をいつも大事に思ってくれる優しい人。動物をとても大事にする人。一生懸命に漫画を描く人だった。
心が視えないおかげか、私は播磨さんの前だと普通の女の子として振舞えたと思う。日に日に播磨さんへの想いは募り、播磨さんの心を視たいと思うようになった。
けど、播磨さんの心は視るのがとても怖い。視えたとしてもそこに映るのは、他の男子達と同じような物なのではないだろうか。不安になるが、それでも播磨さんの傍に居たい。播磨さんの心を視たい。と、願う毎日であった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 貴方の傍に・・・(八雲) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今日は播磨さんが日ごろのお礼と言い、動物園へ連れて行ってくれるとの事だったので、朝からお弁当を作っていた。待ち合わせの時間は午前10時に駅前のロータリー前。
昨日の晩からアレコレ色々考えてしまって、お弁当を作っている時も考え事をしてしまった。
おかげで作り直しやらで準備に戸惑ってしまい、慌てて出かける準備をして家を飛び出した。
待ち合わせ場所まであともう少しというところで時刻を確認する。時計を見ると【9時45分】
(待ち合わせの時間までには十分間に合うかな。播磨さん待ってたらどうしよう)
いつもは二人っきりで逢う事に緊張する為に、早めに待ち合わせ場所へ行き、待つ間に落ち着かせるのだった。もし、彼が待っていたらドギマギしてしまうから。
そう考えた八雲は、待ち合わせ場所に着くまでに何とか心を落ち着かそうと、一度大きく深呼吸する。幾分かは気分が紛れるが、余りにも時間が無さすぎた。
(お弁当を作るのに手間取ったのがいけなかったかな。)
そんな事を考え出した八雲だったが、すぐに打ち切った。今更悔やんでも仕方が無い。少々投げやりな感じもするけど、変に考えるのはよそう。そう考えた八雲の視界に、播磨の姿が見えた。
しかし、その播磨に抱きつく女性の姿も同時に確認する。
(え?あの人は誰?今日は播磨さんと二人で動物園に行くんじゃ?)
頭の中で色々な事を思い浮かべつつ播磨と女性を確認すると、播磨に抱きついている女性が保険医の姉ヶ崎だと気付く。
「は、播磨さん・・・・それに、姉ヶ崎先生・・・一体何を・・・?」
低く冷たい声で問いかけながら、頭の中では色々な事を問いかけている。
(何で播磨さんに姉ヶ崎先生が抱きついてるの?播磨さんと先生の関係って何?)
嫉妬心からか、二人を見つめる目はいつの間にか睨むような目をしていた。
「ち、違うんだ妹さん!コレには訳が!」
姉ヶ崎に抱き締められたままの播磨は慌てて叫ぶ。
(イヤ!聞きたくない!)
冷静に考えてみれば、話を聞いて状況を確認すれば良かったのだけど、何となく播磨の言い訳を聞きたくなかった。播磨に背を向け八雲は走り出した。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ妹さん!話を聞いてくれ!」
播磨の叫びを無視して走り抜ける。
走ってる内に少しずつ冷静になり、
(なんで逃げ出したんだろう?逃げ出せば播磨さんが追いかけてくれると思ったから?あの光景を見たくなかったから?)
訳が分からなくなっているところに播磨の声が響く。
「妹さん!危ねぇ!!」
掛けられた言葉の意味に気付き思わず立ち止まってしまった。
視線を上へ上げると信号が赤であり、道路の真ん中に立ち止まっている事に気付いた。瞬時に自分がどういう状況かを把握し、思わず右手方向を確認する。目に飛び込んで来た光景は、トラックが真っ直ぐこちらに向かって猛スピードで迫ってくる。
(今ならまだ間に合う!逃げなきゃ!)
判断するのは早かったが、迫り来る恐怖に足が竦み身体が言う事を利かない。
(お願い!動いて!・・・・ダメ!間に合わない!)
死をも覚悟した瞬間に、背中に衝撃が走り八雲は弾き飛ばされた。
先ほどまで自分が立っていた場所を見ると、播磨が崩れ込んでいる。播磨が自分の身を挺して八雲を助けた事を察知し、届く距離で無いにも関わらず手を差し伸べる・・・が、自分を取り巻く周囲全ての時間の流れが驚く程ゆっくり進んでいく。
それは、自分の周囲だけに留まらず、差し伸べる自分の手の動きまでもが比例してゆっくりだった。周りの時間の流れとは反対に、脳は高速回転している。
(播磨さんを助けなきゃ!早く播磨さんを助けなきゃ!)
高速回転している脳でも、考えれる事はこれくらいが精一杯だった。
播磨とトラックが接触するのは免れない。そう判断した瞬間に、今まで視る事の出来なかった彼の心が視えてしまった。
【妹さん、アンタに逢えて俺は幸せだったよ。こんな俺を今まで支えてくれて有難う。そして、すまねぇ。妹さんの事、俺は・・好きだったぜ・・・】
「ッ!!!!!」
その声を読み取った八雲は絶句する。すると今までゆっくり流れていた時間が一気に加速する。
「播磨さん!!!!!」
叫んだ瞬間には、今まで視えていた声は既に消えていた。彼女の差し伸べた手は、彼女の想い人に触れる事無く地に着いた。
目の前で起きた惨劇を受け入れれず、フラフラと立ち上がった八雲は、無残な姿で横たわる想い人に目をやらず、無造作に転がっている想い人の愛用だったサングラスを手に取り、その場で意識を失い倒れ込んだ。
意識が回復してからの事は殆ど覚えていない。気が付くと葬儀に参列し、最期の別れの時だった。
血が一切通っていない蒼白い顔、青紫色の唇。ぬくもりも彼の匂いも感じられない変わり果てた姿の播磨を目の前にした時に、声にもならない声で叫び、八雲は泣き崩れた。
それからはもう何も考えれなく、気が付けば自分の布団の上に横たわっていた。
様子を見に来た天満に気付き、上半身を起こす。
「八雲・・・・」
「・・・姉さん、私がいけなかったの・・・・。私があの場で逃げ出したりしなければ良かったのに・・・」
「八雲・・・もういいよ・・・」
「私があの時立ち止まらなかったら、播磨さんも私も生きていたのに・・・・それなのに、私の所為で・・・・私の所為で!」
「八雲の所為じゃないよ・・・」
「ううん、私の所為なの・・・。私が逃げなければ播磨さんは死ななかった。私が死んでいれば播磨さんは死ななかった!私が死んじゃえば良かったのに!!」
そう言って泣き崩れる八雲を天満は力強く抱きしめた。
「八雲の所為じゃないよ!誰も悪くない!それに、そんなに自分を責めたらきっと播磨君も悲しむよ?だから・・・だからそんな悲しい事を言わないで・・・」
「・・・もう・・・播磨さんには逢えないよ・・・・ずっと傍に居たかった播磨さんに・・・もう逢えない・・・・・播磨さんの声も聞けないんだよ・・・」
八雲の言葉に天魔は何も言うことが出来なかった。ただ、その言葉を聴いて涙が溢れ、八雲が泣き疲れて眠るまでずっと抱きしめ、そして一緒に泣いた。
翌朝、天魔は何とか学校へ登校した。八雲はショックから立ち直れず学校を休み、一人になった部屋であの時の事を悔やみ泣き続けた夜になっても食事に手を付けず、八雲はただ一人部屋で泣き続けた。
翌日、涙は枯れ果て目が充血していた八雲だったが、一日中泣き続けた事もあり、少しは落ち着けた事から学校へ行くことにした。
しかし、八雲は学校に来た事を後悔していた。教室に着くなり目に飛び込んで来た物は、哀れそうな目で見つめてくる女子達と、八雲の心を抉るかのように投げつけてくる男子達の声だった。その声のほとんどに播磨に関する言葉が出てくる。
――塚本の彼氏死んだんだよな
――浮気してる所を塚本に見られて、逃げ出した塚本を庇って死んだんだよな。自業自得じゃん。
――播磨って極悪のワルだったんだよな、死んで良かったんじゃね?
――塚本もこれでやっと魔の手から開放されるんだな。
――落ち込んでる塚本を慰めたら俺に惚れたりしないかな?
事情も彼女の気持ちも何一つ知らない彼らは容赦無い心の声を八雲にぶつけていた。
今まで視てきた声よりも、今彼らが発する声の方が苦痛であった。
その場に居てられなくなった八雲は、忘れ物を届けに天魔の教室に向った。
天魔のクラスの教室に入ると、男子達から投げつけてくる声に代わり映えはしなかった。何とかその声を視ないようにし、天満に忘れ物の弁当を渡し、天魔の横の席をチラッと覗く。
その机には花瓶に花が添えられ、それが何を意味しているかを八雲に思い知らせるのであった。
気付けば八雲は播磨の席に腰掛けていた。彼のぬくもりを、彼がそこに居た感触を少しでも感じたかったから。
しかし、彼の席から伝わってくるのは硬く冷たい感触しか無かった。
彼を感じる事が出来ないと知った八雲は、姉に声を掛ける事も無く教室から出て行った。
自分の教室に戻りたくないと思った八雲は、あの人との思い出の場所に向かう。学校の中で彼の傍に居れた場所、それが屋上だった。
その屋上へと続く扉を開けた時、鉄柵に手を掛けどこか遠くを見つめていたあの人が、扉が開いた事に気付きこちらに振り向き、
「よぉ、妹さん。いつもすまねぇな。また宜しく頼むよ」
そう言って手を挙げるいつもの彼が居た気がする。
そう、それは彼女の妄想の中での出来事であり、現実世界は人の気配のしない殺風景な屋上である。
八雲は鉄柵の前まで進み、鉄柵に手を掛け目を閉じる。主に漫画の打ち合わせの為に来ていたこの場所で、彼と交わした言葉の数々を思い返す。
ここでは確かに彼を感じる事が出来たが、彼の傍に居る時のぬくもりを感じる事は出来なかった。
「播磨さん・・・・逢いたいです・・・・」
目を開けた八雲はポソリと呟き屋上を跡にする。
仕方なく教室に戻った八雲を待っていたのは、男子達の心の声だった。
八雲が異性の心が視える事など知らない彼らは、容赦なく八雲に追い討ちを掛ける。視たくもない彼らの声の苦痛から開放してくれたのが播磨だったが。その播磨の居ない今となっては、苦痛しか無い世界としか言いようが無かった。
いつの日だったか、美術室で出会った幽霊の子が話した『ひとりぼっちの世界』
播磨の居ない苦痛しか存在しない世界よりも、誰も居ないひとりぼっちの世界の方がいいと心の底から思ってしまう。
(あの子に逢いたい。私の苦しみを唯一知っているあの子に・・・)
もし逢えたとしても、更に八雲を追い詰めるだろうが、それでも話だけでも聞いて欲しかった。唯一、自分の苦しみを知り、自分の「枷」の事を知るあの子に。
放課後、サラには用事があると伝え、一人美術室へ向かう。
美術室は何の気配も無く、外から聞こえてくる部活に励む生徒達の声が僅かに響いてくるだけだった。
椅子に腰掛け、することも無くただあの子が現れるのをずっと待っていた八雲だったが、ふと窓の外を見ると青かった空が今は紅色から紺色に染まりつつある。
いつまで待ってもあの少女が現れる素振りは見せない。その事に八雲は想いを言葉にする。
「これが貴女の言っていた『ひとりぼっちの世界』・・・なのね・・・」
天井を見上げたその瞳から枯れ果てたはずの涙が零れ落ちる。
苦痛から開放してくれた播磨、自分の苦痛に感じる原因を知っていた少女。その二人にもう逢えない事に絶望を感じた。
美術室を跡にし、家に帰り着くなり姉に顔を合わすことも無く自室に篭った。
あの日、絃子から無言で渡された遺留品のサングラスを抱き締め、布団に横たわる。目を閉じ思い浮かべるのはあの時の事。
あの時まではいくら願っても視る事の出来なかった播磨の心。残酷な事にも、初めて視えた心が彼がこの世を去る瞬間だった 。 【妹さん、アンタに逢えて俺は幸せだったよ。こんな俺を今まで支えてくれて有難う。そして、すまねぇ。妹さんの事、俺は・・好きだったぜ・・・】
「播磨さん・・・逢いたい・・・逢いたいです・・・。播磨さんの傍に・・・・傍に居たいです・・・」
「播磨さん、貴方の傍に行ってもいいですか?私は貴方の傍に居たいんです・・・」
きっと播磨がその場に居れば拒んだであろう。しかし、目を閉じた八雲の思い浮かべる播磨は笑顔で見守っていた。
翌朝、体調が優れないから学校は休むと天満に伝え、一人自室に篭っていた。あの日から死んだような目をしていた八雲の瞳に、僅かな光が射していた事に天満は気付かず、
「ちゃんと横になってないとダメだよ?」
いつもとほんの少し様子の違う八雲に気付かない天満はそう言って家を出て行った。
午後の日差しは暖かく、縁側では伊織が優しい光に包まれながら、気持ち良く昼寝をしている。
家主の居ない静まり返った居間の真ん中に置かれてる机には、一通の封筒が置かれていた。
封筒の表面には、綺麗な字で『姉さんへ』と書かれている。
封筒の中には何枚かの便箋用紙と小さなお守りが入っている。
便箋には封筒に書かれた筆跡と同じ文字でこう書かれていた。
---------------------------------------------------------------------------------------- 親愛なる姉さんへ。
姉さんがこの手紙を見た時には、きっと多大な迷惑を掛けた後か、これから掛ける所だと思う。本当に御免なさい。
私は、姉さんや皆に黙ってた事があるの。
それは、私は人の心が読める事。
正確に言うと、私に好意を持つ異性の心が文字として視えるの。例外は姉さんと播磨さん。
姉さんは異性じゃないけど、私を励ましてくれたり心配してくれた時に視えるの。
播磨さんは異性で唯一視えない人だった。理由は分かってたの。私に対して好意を持っていなかったから。
それは、播磨さんが私の事を嫌ってるって事じゃなくて、恋愛感情が無く、親友みたい感じだったから。
でもね、そんな播磨さんの心を視る事が出来たの。
それはあの日、播磨さんがこの世を去る直前だったけど、はっきりと視えたよ。
「妹さん、アンタに逢えて俺は幸せだったよ。こんな俺を今まで支えてくれて有難う。そして、すまねぇ。妹さんの事、俺は・・好きだったぜ・・・」ってね。
不謹慎かもしれないけど、正直私は嬉しかった。その時初めて私に好意を抱いてくれた事に。
けど、この能力は良い事ばかりじゃ無かった。むしろ嫌な思いの方が多かったかな。
異性の心が文字として視えるくらいならそこまで嫌にはならなかったと思う。だからと言って好きな訳じゃないけど。
時々ね、この能力が強まる時があるの。
心の声が視えるだけじゃ無く、心の奥深く、言い換えるなら欲望をイメージとして視える事があるの。
そのイメージに視える物は、男の子達が私に卑劣な行為を繰り返し、醜い姿にされた私を見て悦ぶ顔がそこには有った。
そんな苦痛に私は耐え切れなかった。
そんな私を救ってくれたのが播磨さんだった。
心が視えないからだと思うけど、とても安心出来たし、播磨さんの傍に居ると心が落ち着いた。
播磨さんね、漫画を描いてたんだよ。私はその漫画のお手伝いをする為に学校で会ってた。
皆は誤解して付き合ってるとか噂してたけど、手伝い始めた頃はそんな事は無かった。
あの頃は、自分の気持ちが判らなくて、ただ一生懸命な播磨さんを応援したいと思ったから。
それにね、多分姉さんは気付いてないと思うけど、播磨さんの好きな人って姉さんの事だったんだよ。
播磨さんの漫画を見てて気付いた事に、播磨さんに尋ねたら教えてくれたよ。
播磨さんの漫画には姉さんが居て、その姉さんを大事したい気持ちが伝わってくる内容だったし。
初めの頃は姉さんの事を大切に思ってくれてる事に嬉しく思ってた。
その頃までの私の中での一番大切な人は姉さんだったから、その姉さんの事を大切に思ってくれる播磨さんの優しさに私は惹かれ始めてた。
播磨さんの事をもっと知りたい。播磨さんに自分を見てもらいたい。播磨さんの心を視てみたい。播磨さんの傍に居たい。
気がついたら、私の中での一番大切な人が播磨さんに変ってた。
私は播磨さんの事が好き。けど、播磨さんはもう居ない。
昨日学校に行ったら、男の子の心の声に耐えられなかった。何もかもが疲れた。
播磨さんに出会えて、私は本当に幸せでした。
だからこそ私は播磨さんに逢いたい。播磨さんの傍に居たい。だから私は播磨さんの傍に行きます。
姉さん、私の一生に一度の我が侭をどうか許してください。
今まで支えてくれた事、いつも励ましてくれた事、いつも微笑んでくれた事、そしていつも愛してくれて有難う。
最後の最後に悲しませちゃったかな。ごめんね、姉さん。烏丸さんと幸せになってね。そして、さようなら。
八雲 ----------------------------------------------------------------------------------------
最後の行に書かれた文字は力強さが無く、細く崩れた文字で書かれていた。
便箋の所々には、水気を吸ってふやけた痕が残っている。
八雲の部屋もまた静まり返っている、綺麗に整理された部屋の中央では、一本の血の付いたカッターナイフが布団の横に置かれている。
その布団の上には、想い人の形見であるサングラスを両手で抱きしめている八雲の姿があった。
左手首は十字に切り刻まれ、真っ赤な血が流れ出し彼女の服と布団を真っ赤に染め上げている。
血の気が引いて顔は蒼白く、唇は青紫色に変色している。
目元には涙の伝った痕が残っているものの、彼女の表情はどこか穏やかで微笑んでいるようだった・・・。
八雲の人生の歯車も、劇の終わりを告げる幕を下ろした、役目を果たした今となっては、ただ沈黙を守り続けていた。
生と死の狭間で、八雲は彼の傍に辿り着けたのかどうかは誰も知らない・・・・
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おまけ(天満メイン) ( No.5 ) |
- 日時: 2007/01/07 21:36
- 名前: 物置
- 最近の八雲は変ってきたなって思う。高校に入るまでは少し引きこもりがちで、交友関係もお世辞にも良いとは言えなかったかな。
それに、時々どこでも寝ちゃう癖があって、お姉ちゃんは心配だったんだよ。
けど、播磨君と出会ってからは少し変ったかな。学校で男の子と仲良くしてる風景をあまり見かけなかったけど、播磨君とは仲が良かったね。
噂話も出て、八雲は否定してたけど、あの頃から八雲の目は間違いなく恋する乙女の目だと思ってた。
けど・・・その播磨君ももう居ないんだね・・・・。お葬式の時の八雲の姿を見るのが辛かった・・・・。
私はお姉ちゃんとして八雲にどうしてあげたらいいんだろう・・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜 貴女の傍に・・・(天満) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「八雲・・・・」
溜め息を付きながらトボトボと天満は一人学校から帰宅している所だった。
播磨がこの世と別れを告げた日から3日が経った。
あの日から思い浮かべるのは八雲の事ばかり。播磨の死に悲しんだ事は確かだったが、それ以上に八雲の悲しみの事で頭は一杯だった。
八雲は自分では気付いてなかったのかもしれないが、播磨に想いを寄せていたのは姉から見て良くわかる。
しかし、この最近は八雲自身気が付いたのか、その色が濃く見られ、播磨の話題を振ると頬を染め俯く姿が多かった。
何より表情が昔に比べ豊かになった。特に播磨と一緒に居る所での八雲の表情は、同姓から見ても綺麗な物だった。
あの日、八雲が播磨と出かける事を聞いていた天満は、八雲の表情が一段と輝いていたのを覚えている。
「何だか嬉しそうだね、八雲」
「え?そ、そんな事無いよ、姉さん」
満面の笑みを浮かべて尋ねる姉に、頬を染めながら慌てて否定する八雲。
そんな妹の幸せを願い、暖かく見守っていた。
しかし、現実は余りにも残酷だった。
播磨がこの世を去り、葬儀の時まで八雲の心は閉ざされたままだった。
周りのクラスメート達の表情は暗く、涙を流し悲しんでいる者達の中、八雲だけが無表情でその場に佇んでいる。
周りの世界を完全に遮断しているように見える。いや、むしろ生きているのかすら判らない常態だった。
最期の別れの時、悲痛な叫びを上げ泣き崩れる八雲の姿を見るのが苦しかった。
その日から八雲は自分を責め続けた。
そんな八雲に自分は何もしてやれない。ただ、八雲の所為じゃ無いと慰める事しか出来なかった事に悔やんだ。
昨日、八雲は少しは落ち着いたようで、学校に行く事になり一緒に学校へ行ったのだが、その時見た八雲の目は死んでいた。
触れればその瞬間に壊れてしまいそうな八雲を、ただ見守る事しか出来なかった。
昼休みに弁当を持ってきた八雲は、播磨の席に座り何かを確認して教室を出て行こうとしていたが、天満は声を掛ける事が出来なかった。
その日の夕方、八雲は家に帰るなり早々と自室に篭ってしまう。
何とか八雲を元気付けたいと思う中、どうしてあげれば良いのか判らず、結局その日も何も言えなかった。
そして今日、八雲は学校を休んだ。
昨日学校に行き、播磨の事を思い出してしまったのだろう。
だから、今日は自分も休み、八雲の傍に居ようか考えたが、今の自分では八雲を励ます自信が無かった。
時間は掛かるかもしれないが、そっとしておく方が良いだろうと思い、学校に向う事にしたのだった。
それでも、家に帰り着くまで考える事は八雲の事で一杯だった。
やはり今日は休んで傍に居るべきだったかな。何も出来ないかもしれないけど、傍に居て少しでも落ち着かす方が良かったかな。
お姉ちゃんとして八雲にどうしてあげたらいいんだろう・・・・。
答えの見つからない悩みに頭を抱えていたが、気付けば自宅の前まで来ていた。
「考えてもどうしようもないよね。とにかく八雲の傍に居よう」
言葉に出しそう自分に言い聞かせ門を潜って行く。
玄関の戸を開け、家に入った時の静けさに不安を感じた。
今日八雲は学校を休んだ。部屋で寝ているだろうから静かなのは当たり前なのだが、それでも不安に感じる。
ただいま。と、声を出してみるものの返事は返ってこない。
あの日までのいつもなら、「おかえり、姉さん」と台所から声が届き、通路の角からひょっこり伊織が顔を覗かせるのだが、その伊織の姿も見当たらない。
トボトボと廊下を歩き、居間へ入り灯りを点ける。特に代わり映えのしない部屋だが、一通の封筒が置かれてるのに天満は気付いた。
その封筒に書かれた文字を見て、不安がより一層強い物になるが、とりあえず中身を確認する。
出てきたのは数枚の便箋とお守りだった。
恐る恐る便箋を広げ、書かれてある内容を確認する。
播磨さんに出会えて、私は本当に幸せでした。 だからこそ私は播磨さんに逢いたい。播磨さんの傍に居たい。だから私は播磨さんの傍に行きます。 姉さん、私の一生に一度の我が侭をどうか許してください。 今まで支えてくれた事、いつも励ましてくれた事、いつも微笑んでくれた事、そしていつも愛してくれて有難う。 最後の最後に悲しませちゃったかな。ごめんね、姉さん。烏丸さんと幸せになってね。そして、さようなら。
最後に書かれた文を読み、八雲がどういう行動を起こしたのかを理解し、便箋もお守りも放り投げ階段を駆け上っていた。
――ドンドンドン!
「八雲!八雲!?部屋に居るの!?入るからね!」
扉を開け、目に飛び込んで来た光景に言葉を失い、膝から崩れ落ちる。
そこには真っ赤な服を着た八雲が布団の上にサングラスを握り締め横たわっている。
朝、家を出る時に八雲と顔を合わせた時は、赤い服など着ていなかった。確か白のパジャマを着ていたはずである。
しかし、着替えた訳では無い。その証拠に赤いのは服だけでは無く布団まで赤く染まっている。そして布団の横に転がっているカッターナイフがその意味を物語っている。
「や・・くも・・・?」
震える声で呼びかけるが、その声に反応する事無くその言葉は部屋の中に消えていった。
這い寄るように八雲の傍に行き、八雲の顔を覗き込む。
涙を流した痕があるが、どこか微笑んでるような表情をしている。八雲の顔をそっと撫でるが、伝わるのは恐ろしく冷たい八雲の素肌だった。
「八雲ぉおおお!!!!!!!!!!」
天満の叫びも空しく部屋の中に響くだけで、八雲は永遠の眠りから覚める事は無かった・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜 あれから1年が過ぎ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜
八雲の墓の前で手を合わせる男女の姿があった。
当時、大事な物を失くし、生きる希望まで失いかけた彼女は、八雲の後を追う寸前まで追い詰められた。
しかし、親友達の必死の励ましにより踏み止まった。
そして彼女は夢を見た。それは八雲に後を追う事へ拒絶される夢。
「姉さんはこっちに来ちゃダメ。姉さんには幸せになって欲しいの」
その時の八雲の表情は、今まで見たことも無い程の笑顔だった。
八雲の最後の願いを叶える為には、自分を捨ててはいけない事だと自分に言い聞かせ、何とか学生生活に復帰して行ったのだ。
そして、唯一の家族である八雲の死に、悲しみから這い上がる事を支えてくれた烏丸とめでたく交際する事になった。
烏丸は大事な家族を失った天満を支える為に、アメリカへ行く事を取りやめ、天満と共に日本に留まる事を選んだ。
そして今日、二人で播磨と八雲の墓参りに来ていた。天満の表情も当時に比べれば幾分明るさを取り戻している。
八雲を奪った播磨を憎んだ事もあった。だけど、それは奪いたくて奪った物では無く、八雲を助ける為に自らの命を犠牲にしたのだ。
まさかその後に八雲が追いかけるとは彼自身も思ってもみなかった事だろう。それほどまでに八雲の想いは大きかったのだ。
だから余計に苦しく思う事もある。播磨は八雲では無く自分に想いを寄せていた。その事を八雲の手紙を通じ初めて知った時、八雲の想いは播磨に届居たのだろうかと。
今まであまり自分の気持ちを前に出さなかった八雲が、彼に逢いたいが為にこの世を去った。その行為は決して褒められる事では無かったが、それでも八雲には幸せになって欲しかった。出来る事ならば、その幸せになっていく八雲を見守ってやりたかった。しかし、それはもう叶わない夢である。それならばせめて向こうの世界で幸せになって欲しいと願った。
(八雲・・・お姉ちゃんは元気だよ。烏丸君と一緒になれて幸せだよ。だから、八雲も播磨君といつまでも幸せに・・・・ね・・・・)
天満の願いが届くかどうかは判らないが、きっと二人は幸せにしているだろうと天満は思っている。
生と死の狭間で播磨と八雲は出会えたのか、八雲の想いが届いたのかはこの世を去った二人以外知る者は居ない・・・・。
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