酒と泪と男とグラサン (播磨・絃子)
日時: 2005/09/04 15:06
名前: たぴ

 (注)これはS3で小ネタらしきものとして投稿してたものが、見事独立宣言を果たしたものです。
 手直しはしていますが、新作ではありません。念のため。






 ベッドの上で仰向けになり、おでこに手を添えてみる。
 そこまで飲んだつもりはないのだが、やけに顔が火照っている気がする。
 私はこのまま眠りにつくべきなのか、と自分に問いかけてみる。
 なかなか肯定し難い内容だ。
 第一に、ここは私のベッドではない。やはり我が物顔で他人のベッドを占領するのはどうかと思う。私にだってそれくらいの分別はあるつもりだ。
 原因ふたつめ。はっきりいって寝付けるような状態ではない。別に枕が違うと眠れない体質と言うわけではない。ただ、目が冴えてしまっただけ・・・だと思う。
 もうひとつ。というかこれが最大の原因か。私はその原因にゆっくりと視線を送る。もう見慣れたはずだが、こんな至近距離で眺めるのは初めてかもしれないな。


 拳児君が目の前にいる。しかも、私に覆いかぶさるような位置関係だ。


 すでに彼の意識はないがな。従姉弟同士とはいえ、さすがにひとつのベッドで寝るというのは抵抗がある。

「さて・・・どうしようか・・・?」

 もちろん、誰かが答えを与えてくれるわけでもなく。
 私の声は闇に吸い込まれた。





 なぜ、このような状況に陥ったのか。少しだけ時間を巻き戻してみよう。

 時刻は午後10時を回ったころ、拳児君は帰ってきた。
 私はいつものように、ポテチをかじりながら、ビールを飲んでいた。

「遅かったな」
「まあな」

 いつものように短い挨拶を交わす。
 拳児君は冷蔵庫からビールを取り出し、ふたを開けた。
 部屋の中に小気味よい音が響く。
 そして、拳児君が一口ビールを口に含む。
 ふむ、そろそろいいか。

「フラれたか・・・」
「ブッ!!」

 私の言葉に予想通りの反応してくれる拳児君。
 絶対に私には被害が及ばないように噴き出すあたり、なかなか紳士的ではないか。

「なんで知ってんだ!」
「拳児君のことならなんでもお見通しなのだよ」
「答えになってねーよ」

 そう言いながらティッシュに手を伸ばす拳児君。
 私は人差し指だけで少し手前に引き寄せた。

「・・・よこせ、イトコ」
「コラコラ、さんをつけろ」
「なんで邪魔されてまで言わなきゃいけねえんだよ!」
「なにぃ、それじゃコレは渡さん」
「お願いします、絃子さん!」

 本当に面白いようにこちらの思い通りの反応をする。
 扱いやすいというか、単細胞というか。
 だからこそ、イジメ甲斐があるというものだ。

「まあ、よかったじゃないか。塚本君にはこれからも友達でいてくれと言われたんだろう?」
「ぜんぜんよくねえよ。くそっ!」
「少なくとも放浪の旅をするわけにはいかなくなったな」

 そりゃそうだけどよ、と呟きながらアルミ缶を口に運ぶ拳児君。
 しかしその動作はピタリと止まる。
 おっ。どうやら気がついたようだな。

「だからなんでオメーが知ってんだよ!」
「仮にも私は保護者だぞ。それくらい把握している」
「だから答えになってねぇっつーの」

 本当に拳児君は可愛い反応を返してくれる。
 まさか自作の盗聴器がサングラスに埋め込んであるとは夢にも思うまい。

「しかし、キミみたいな馬鹿でグラサンで典型的なダメ男に塚本君のようなフツーの女の子が振り向いてくれると本気で思っていたのか?」
「ウ、ウルセーよ!」

 私の視線から逃れるように、そっぽを向く拳児君。
 思っていたのだろうな。本気で。
 振り向いてくれるはずない、と。

「まあ、結果はどうあれ、拳児君の努力は評価に値するよ。好きな相手に想いを届けるというのは簡単なようで難しい」
「そうか?」
「ああ。懲りもせず、素で恥ずかしいことが出来るキミの姿は実に滑稽だったよ」
「そーゆー意味かよ!」
「私にはどう頑張っても絶対マネできん」

 今回は相手が悪すぎたんだ、きっと。
 拳児君以上に、塚本君も一途だから・・・。
 しかも、他人からの行為に人一倍鈍いときたもんだ。
 そんな相手に真っ向から気持ちをぶつけ続けるのは大変だっただろう。
 まあ、多少的外れなところも見られたがな・・・。

「拳児君の失恋に乾杯」
「・・・なんだそりゃ」

 コツンと控えめに、お互いのアルミ缶をぶつける。
 拳児君はそのまま残りを飲み干した。

「おお〜っ。一気にいった〜」
「たりめーよ。飲まなきゃやってられっか」

 そうか、これが拳児君にとって初めての失恋の味か・・・。
 仕方がない。少しばかり励ましの言葉でもかけてやるか。

「後悔はしなかったのだろう? だったらそれでいいじゃないか」
「ん・・・」
「それに、拳児君の良さをわかってくれる女性が現れるさ。いつかきっとね」

 少なくとも私はわかっているぞ、拳児君。

「ま、そんなのはよっぽどの物好きだろうがね」

 こんなことを付け足してしまう私はひねくれてるな、と自分でも思う。
 それにしても拳児君。・・・反応は無しか?

「拳児君?」
「あんや〜?」

 頬は真っ赤。目は虚ろ。呂律は全く回っていない。
 もしかしてもう酔いがまわったのか?
 しまったな・・・。もうしばらくイジメてみたかったのに、酒に弱いことをすっかり忘れていた。
 しかし、缶ビール一杯で出来上がるとは・・・やはり相当ショックだったんだろうな。

「拳児君、こんなところで寝たら風邪引くぞ」

 ぐったりして言葉にならない返事を返す拳児君。
 かろうじて立ち上がらせて寝室へ連れて行く。
 肩ぐらい貸してやるが、はっきり言って重い。
 歩き始めてから、放っておけばよかったと後悔した。
 よろよろと進み、そしてようやく拳児君のベッドにたどり着き。
 ほっと一息。
 まさか、そんな一瞬の気の緩みが命取りになるとは。
 拳児君がバランスを崩し、私をベッドに押し倒した。
 鼓動がわずかに高鳴るのはきっと、ここまで重いものを引っ張ってきたからだ。そうに違いない。

「私を押し倒すとは、なかなかいい度胸だな!」

 年頃の健全な男子高校生と共に過ごす身だ。いつ何時襲われるかわかったものではない。
 常日頃からトレーニングを欠かさないのが功を奏したのか、流れるような動作でエアガンを取り出し、拳児君に突きつける。
 そして引き金を躊躇せず思いっきり引いた・・・・・・はずだった。


 いつもなら。


 でも、今日は・・・引けなかった。
 無垢な表情で寝息を立てる拳児君を見れば、撃てるはずないじゃないか。


 そういう経緯で私は拳児君とひとつのベッドに入ることになってしまった。


 改めて拳児君の顔を覗き込む。

「まったく・・・寝顔はかわいいもんだ」

 そんなことを考える私も相当酔っているな、と自覚する。

「寝てるときぐらい、サングラスをはずせ」

 手を伸ばしてサングラスを取る。
 そして気づいた。
 閉じた瞼から、うっすらと滲む涙を。

「てんましゃん・・・」

 まったく、好きな相手に思いを馳せて枕を濡らすことの出来る不良にお目にかかることができるとはな。
 そんなことを思いながら、親指でそっと涙を拭う。
 そういえば・・・昔も泣きじゃくる拳児君をあやしたことがあったな。
 それがまさか、女にフラれて泣く姿を見ることになるとは・・・。
 まだまだ子供だと思っていたが、拳児君も少しずつ一人前の男になっているということか。

「しかし、困ったな・・・・・・動けないじゃないか」

 いくら拳児君が覆いかぶさっているとはいえ、頑張ればなんとか抜け出せそうだが・・・、
 誰に言い訳するでもなく、こんな言葉を発してしまった。
 まあ、今日ぐらいは一緒に添い寝してやってもいいか。


 かわいい拳児君のために。


 今日の私は酔っている。
 自分にそう言い聞かせて、そっと瞳を閉じた。





 おしまい





〜あとがき〜

「あの・・・絃子? この状況は一体・・・?」
「覚えてないのかい? 拳児君」

 目が覚めれば絃子と同じベッドで寝ている。
 この状況はさっぱり理解できないがとりあえず謝っておこう。

「ハイスイマセンイトコサン」
「コラコラ、絃子って呼んでくれていいんだぞ♪」

 これ以上ないほど、にこやかな表情を浮かべ、猫撫で声をだす絃子が逆に怖い。





 つーか、服・・・着てねえし。





 翌朝、こんなやりとりがあったトカ、なかったトカ。
 真相は絃子さんだけの秘密♪


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