ファースト・コンタクト(嵯峨野・播磨・天満) |
- 日時: 2006/11/23 21:09
- 名前: ぶーちょ
- (お知らせ)短編の完結作品です。なお私的には開発コード<「バイト先で……」type3>。
12月最初の日曜日だった。 登録しているアルバイト派遣の会社から、新発売のウインナーの実演販売でお呼びがあった。期末テストも終わったばかりで、特にこれという約束もなかったので2つ返事でOKして、朝9時に指定された隣街のスーパーに電車で向かった。 従業員通用口から入り、倉庫代わりに使われている更衣室で渡された制服に着替え、店のバックヤードをてくてく歩いていると、意外な人物にバッタリ出会った。
「あれ、播磨くん?」 「お、おお……」
播磨くんは一瞬顔を引きつらせてこちらを指差し、何を言うでもなくパクパクと口を動かした。私はちょっと首をかしげてから、思い当たるところがあってポンと手を打った。
――ああ。私の名前が思い出せない訳ね。
「嵯峨野よ。嵯峨野恵。同じクラスの」 「おお、そうそう。そんな名前だ」
確かに播磨くんとはそれまで一度も会話したことはなかった。とはいえクラスメイトなんだから「名前くらい覚えといてよねー」とか、ちょっと突っ込もうかと思ったけれど、私と同じこの店のロゴ入りエプロンなんか着けてた(これが全然似合っていない)から、結局は好奇心の方が勝って、ここにいる理由を訊ねていた。
「どしたの、こんなとこで。もしかしてバイト?」 「ああ。まあ、な。今日1日だけなんだけどよ、なんかの試食の手伝いだとさ」 「あれ? ねえ、もしかして、ウインナーの実演ってやつ?」 「ん。ああ、確かそんなんだった。よく分かったな」 「だって、それ、私と一緒だもん」 「あん?」
聞けば、私が普段使っているバイトの派遣会社に、つい最近、播磨くんも登録したらしかった。そういえば、今日の仕事先を指定されたとき、「新人君が一人行くから、嵯峨野さん色々教えてあげてよ」なんて、言われてたっけ。いつものように、普通に若い女の子が来るものかと思い、特別、気にも止めていなかったけど、それがよもや播磨くんのことだったなんて。
「なんだよ。じゃあ、今日、仕事を教えてくれる先輩ってぇのは……」 「多分、私のことじゃない? ねえ、播磨くんはこういう仕事は初めて?」 「まあな」 「仕事の内容書いた紙、持ってきてる?」 「ああ、これだろ?」
胸ポケットから皺くちゃになった用紙を取り出し、播磨くんは乱暴に開いてみせた。外見のイメージ通りの無頓着さに笑いがこみあげてきたけれど、私はそれを飲み込んで、播磨くんと並んで歩きながら簡単に今後の流れを説明をした。
「……んで、売り場の人に用具を借りて、試食用にウインナーを焼くの。で、お客に配って、商品を勧めて買ってもらうわけ。ノルマは多分ないけど、あんまり接客態度が悪いと会社通して文句が来るから、そこは真面目にやらなきゃいけないんだけどね」 「待て。……ってことは、料理しなきゃなんねえのか? 俺はゴメンだぜ。めんどくせーし」 「あ、それはいいよ。私、やるもん。これでも割烹屋の娘だから」
腕まくりをして力瘤を作ると、播磨くんは感心したように「ほう」と言った。冗談のつもりで、ワザとらしくおどけたのに、そんなに真剣に感心されると、何かちょっと照れくさい。私は居心地が悪くなって「そうだ、忘れてた」と、まるで今思い出したというように言って話を逸らした。
「とりあえず、コンロとフライパンなんかを貰ってこなきゃ」 「なら、俺が行って取ってくるぜ」
どこから持ってくるか分からないはずなのに、播磨くんは言ったそばから走り出していた。私は慌てて呼び止めて、ひとつひとつ細かく丁寧に指示をした(確認すると、やっぱりただ闇雲に走り出しただけだった)。播磨くんは殊勝な顔をして素直に肯いている。その様子が播磨くんに何か似つかわしくなくて、説明の最中、笑い出さないようにするのに苦労した。
*
実演販売用に割り当てられたのは、惣菜コーナーの一隅だった。 売り場のチーフをしているというパートのおばちゃんが、準備している最中にひょいと顔を出し、「まあ、適当に頑張んなさいよ。売れなくても死にゃしないから」と、励ましだかなんだか分からない言葉を残して去っていった。もしかしたら、あんまりやる気のないスーパーなのかもしれない。 案の定、開店から既に30分以上経ってるのに、お客の数はまばらだった。でも、まあ、こっちは言われた仕事をやるだけなんだけど。
「それじゃ、始めますか」 「うーい」
私はウインナーを半分にカットし、フライパンで次々と焼き上げていく。 皮の焦げる小気味いい音と一緒に、芳ばしい肉の香りが立ちのぼる。私は試しに一個口にしてみた。
「うん、おいし」
皮の歯応えも中々かいいし、噛んだ瞬間に、旨みを含んだ肉汁が一気に溢れ出てくる。新製品って普通は狙いすぎで失敗しがちなもんだけど、このウインナーは出色みたいだ。調理役であることも忘れて、この場で続けて2個、3個と摘み食いしたくなってくる。
――っと、いけない、いけない。
私はぶんぶんと首を横に振った。まあ、お腹がすいたのなら最後に余り物を貰えばいいし、と自分に言い聞かせてかきたてられた食欲を納得させる。私はもう一個だけを別の皿に取り分けて、今日の相方となる人に声をかけた。
「播磨くんも一個食べる?」
けれど、答えは返ってこなかった。不思議に思って播磨くんの方を見ると、油を切る網の上に移したばかりの焼き上がりウインナーに爪楊枝を刺しながら、黙々と皿へと並べていた。どうやら話が聞こえないくらい集中しているらしい。私は「仕方ないよね、うんうん」と呟きながら、もう一個余計に食べた。 とりあえずまとまった数を揃えると、昼飯のおかずを買いにぼつぼつと姿を見せ始めた主婦を狙って、私達は片っ端からウインナーを勧めていくことにした。
「試食やってまーす。新発売のジャンボウインナーいかがですかー」 「いかがですかー」 「焼きたてアツアツ、お昼ご飯にぴったりですよー」 「ぴったりっすー」 「歯応え抜群。一度食べたら止められない美味しさでーす」 「抜群っすー」
私は新商品のうたい文句を適当にアレンジし、道行く人に声をかけていった。播磨くんもそれに合わせて呼びかけをしている。 当初の心配とは裏腹に、昼前になるとスーパーはなかなか混雑した。私達の前を、主婦や家族連れがひっきりなしに通っていく。 私達の実演販売も出足はまずまずだった。全部で200袋用意した商品は、ポツポツとだけど着実に売れている。ただ、試食用のウインナーはといえば、私の方の皿が先に減るばかりで、播磨くんのものは全部残っていた。 そのうち、自分の皿が先に空になったので、私は新たな試食用のウインナーを焼きにかかった。 菜箸(さいばし)で半焼けのウインナーを転がしながら、声かけだけは絶やさない。だけど客の流れは、もう一人の販売員である播磨くんを遠巻きに避けていくばかりだ。播磨くんは、とうにそのことに気付いていたらしく、どこか掛け声も投げやりになって、呼びかけの声はどんどん小さくなっていった。私は作業を続けながら、代わりに大声を張り上げた。
「どうぞー、新発売のジャンボウインナーでーす。どうぞ試してみてくださーい!」 「……っす」 「ぷりっぷりの歯応えが、とっても爽快ですよー!」 「……っす」 「肉汁もとってもジューシー、お昼のおかずにいかがですかー!」 「……っす」
「っす」って何よ。私は播磨君のやる気のなさに、だんだん腹が立ってきた。 仕舞いには、手にした皿を調理台の隅に放り出し、播磨くんは本格的なサボりモードに突入した。私はジロリと睨んで、お客には聞こえない小さな声で非難した。
「ちょっと、新人くん。真面目にやってよ」 「新人くんって、俺のことか?」 「他にいないでしょ。もっとしっかりアピール、アピール!」 「って言ってもなあ。俺が出るより、アンタがやった方が断然いいだろ」 「それ、どういう意味?」
播磨くんは「分かんねえかな」と言いながら、片方の眉をめんどくさそうに跳ね上げた。
「俺だと、怖がられんだよ」 「何が?」 「何がって……パッと見、不良だろ俺って」
「もちろん見かけだけじゃねえけどな」と播磨くんは呟いた。 言われて気づいた。そうか。確かにバイトとはいえ、仮にも販売員がサングラスしていたら何事かと思うだろう。私は普通に見慣れてるんで違和感なかったけれど、少し考えてみれば、当たり前の話だった。
「じゃあ、サングラス取ったらいいじゃない」
私は当然のように言った。すると、播磨くんはビクンとばね仕掛けの人形のように身体を震わせると、
「い、いや、それはまずい」
と呟き、冷や汗を流し始めた。まだサングラスを外した訳でもないのに、顔に手を当てて素顔を隠すように、恐る恐る周りを見回している。
「何怖がってるの?」 「誰に見られるか、分かったもんじゃないだろうが」 「素顔を見られたくないんだ?」 「そ、そうだよ」
ふーん。でも、単なる一高校生が、何で顔を隠す必要があるのか分からない。とはいえ、とりあえず今日は心配ないと思うんだけど。
「大丈夫だって、ここは学校からは遠いし、知り合いなんて誰も来ないよ」 「それとこれとは話が」 「違わないっ!」
私はまだ未使用の菜箸を取ると、播磨くんの手の間からサングラスをひょいと摘んでひったくってやった。 例えばその下から糸目が現れたら面白いなー、なんてとちょっぴり思っていたのだけれど、意外と素顔は普通だった。……いや、むしろ伏兵と言ってもいいかな。うちの学校のカッコいい男子上位の麻生君やハリー君とはだいぶタイプが違うけど、これはこれで中々いい男かも。ただ、少なくとも私の趣味じゃないけど。
「てめっ、返しやがれっ」 「大声出さない。ほらっ、これで向こうに怖がられる要素は何もないんだから。きりきりお客さん呼ぶっ」 「くっ、覚えてやがれ」
播磨くんはしばし恨めしそうに私を眺めていたが、諦めたように放り出してあった皿に手を伸ばした。
「新発売のウインナーっす。……試してみやがれ、この野郎」 「野郎は、余計」 「くっ、……どうぞ、食べてみてくれ……ください」 「そうそう。だけど、もっとスマイル、スマイル」 「(にこぉっ)食べてみてくださ〜い」
なんだ、ちゃんとできるんじゃん。 私は焼きあがったウインナーに、一つ一つ楊枝をさしながら、時折播磨くんの仕事ぶりを眺めていた。通りすがりの奥様方も、恐る恐るではあるけれど、播磨君のお皿の楊枝を摘んでは、もぐもぐと食べてくれている。うん、なんとかなりそうかな。 私は出来上がった新しい試食品を持って横に並び、また2人で客引きを始めた。 試食は引き続き好評だった。立ち止まる人で通路にちょっとした渋滞が出来ている。 うん、中々いい感じ……なんだけど、やっぱり播磨くんの方の反応が鈍めだった。こういう実演販売って、女の子向きなんじゃないのかな。どうして会社は播磨くんを寄越したんだろう。 そんな疑問が頭に浮かんだとき、
「お、何だ、坊主?」
と、播磨くんが言った。ふと播磨くんの脇を見ると、3〜4歳になる男の子が、播磨君のズボンの裾を手に持って、恨めしそうに播磨くんが手にしたお皿を見上げていた。
「何だ、オマエもこいつが欲しいのか?」
コクン。男の子は無言で肯いた。播磨くんはしゃがみこむと、爪楊枝をひとつ取り上げて「あーん」と言った。男の子は小さな口をいっぱいに開ける。播磨くんは狙いを定めて、慎重にウインナーをその口の中に放り込んだ。 もくもくと咀嚼しながら、男の子はじっと播磨くんの顔を見つめている。口の中のモノを全部を平らげた後、男の子は「ごちそうさま」は言わなかった。ただ、代わりに小さくたどたどしい言葉で、
「それ、ちょうだい」
と言った。
「あん? 今、食っただろうが」
男の子の顔が途端に泣き顔に変わりそうになるのを見て、私は慌てて播磨くんの袖を引いて、耳打ちした。
「違うよ、播磨くん。ウインナーの袋っ。商品っ」 「ああ。そういうことかよ」
播磨くんが、側のカートに山と積まれたウインナーの袋を1つ取って「ほいよ」と手渡すと、男の子はそれをひったくってトテトテと歩いていった。行く手にはサラダを前にうんうん唸っていたお母さんらしき人がいる。男の子は、彼女が持っていた買い物カゴにウインナーの袋を放り込んだ。その女の人はちょっと驚いて、男の子と何やら話していたが、やがてこちらを向くと微笑みながらペコリとお辞儀をした。男の子もよく分からないままに真似をする。 私はすぐにお辞儀を返したが、播磨くんはぼうっと突っ立っていた。慌てて播磨くんの頭を押さえつけ、深々と頭を下げさせた。親子が先の角を曲がって見えなくなるまで、私は小さく手を振って2人を見送ると、不機嫌そうに黙り込んでいる播磨くんに言った。
「びっくり。播磨くんって、子供に好かれるんだね」 「知るかよ。けどまあ、動物にはよく懐かれっけどな。多分、子供も同じようなもんなんだろ」 「動物と子供は違うと思うけど……。でも、そっか。ふうん」
播磨くんは不良という割に風変わりな一面があることは、何となく噂とかで知っていたけれど、それでもまた違った別の一面を知った気がした。
*
それからは、なんとなく私が一人で買い物に来ている人専門、播磨くんが親子連れ専門のような感じになって、それなりに順調に数を捌いていった。3分の1ほど売った頃には午後3時になっていた。ちょうどお客が切れたので売り場の担当者に断って、裏のバックヤードで30分だけ休憩することにした。 私はドリンクのカゴを逆さにして椅子代わりにし、店から支給された余り物の惣菜弁当をつっつきながら、向かいに座る播磨くんを見ていた。片手で携帯電話をいじりながら、思い出したようにおかずを口に運び、時折もぐもぐとやっている。 そういえば、播磨くんはずっと素顔のままだ。午前中に奪ったサングラスは、もうとっくに返してある。だけど、それを受け取った播磨くんは、折り畳んだまま胸のポケットに仕舞いこんだ。もう今日は着ける気はないらしい。 私の方が先に食べ終えてしまい、ちょっと手持ち無沙汰になったので、何となくそのまま播磨くんを観察していた。時間帯がずれた休憩のせいか、私達2人のほかに周りに誰もいなかった。
――まあ、興味惹かれる対象ではあるのよね。沢近さんとのロマンスとか。
よそ見しながら食べていたせいでご飯が喉に詰まらせたのか、播磨くんは携帯を置くとペットボトルを慌てて掴みお茶を一気に口の中に流し込んだ。私はちょうどいい機会だと思い、気になっていたことをストレートに聞いてみた。
「で、沢近さんとはどこまで進んでるの?」
瞬間、播磨くんがブーッと盛大に茶を噴いた。私は椅子ごと間一髪のところで身をかわした。けれど、私のすぐ後ろにあった壁はお茶のシャワーでびしょ濡れになっていた。
「うわっ、汚いなあ」 「おめえが変なこというからだろっ」
播磨くんは苦しそうに咳をしてから、こちらをギロリと睨んだ。
「変なことって、沢近さんと付き合ってるのはホントでしょ?」
播磨くんは「んなわけねえだろ、大体何でお嬢なんかと」と、半ば本気で怒りながら言った。
「え? 違うの?」 「違ぇよ」
ふうん、そうなんだ。かといって、火のないところに煙は立たない訳で。
「でも、少しぐらいは気になってるんでしょう」 「全然」 「かけらも?」 「かけらもだよ」 「そうなんだ」
ただの噂なのかな。にしては、いろいろと具体的な話なんかを聞くんだけど。 でも、いま本人に訊いた感触ではホントに脈はないみたい。自分の恋愛はともかく、人のに関して私はちょっと察することができるから、たいていは話しただけで脈のありなしを判断できる自信はあるのだ。 ――けど、勿体無いなぁ。多分、沢近さんは、播磨くんのこと結構気にしてるみたいなんだけどな。
でも、そうすると、播磨くんの好きな人って一体誰なんだろ?
「でも、男の子なんだし、好きな人がいないって訳じゃないんでしょ?」 「い、いるわけないだろ」
言葉ではハッキリと否定してるくせに、思いっきりどもっていた。もしかして、結構、単純な性質なのかもしれない。
「そっかー、やっぱりいるんだね」 「だから、いねえって」 「その娘は、ウチのクラスの子?」 「し、知るか」
完全に目が泳いでいる。頬も真っ赤だ。面白い。
「ははあ、それは間違いないわけね。うんうん」 「な、何で分かるんだ?」 「なんとなくね。聞いてる時の反応で」
播磨くんは、水に濡れた犬がするように顔を横にぶるんぶるんと振った。……それぐらいじゃあ、ごまかせないって。私はクラスメイトの女の子の顔を思い浮かべた。
「じゃあ、周防さんとかかな?」 「……知らん」 「んー、じゃあ、高野さん」 「……」 「そーねえ、じゃあ一条とか?」 「あの怪力女だけは、ぜってぇーにねえ」 「あ、そ」
見る目がないなあ、一条ぐらい女の子らしい娘はいないのに。 もちろん一条は今鳥くんに夢中だから、もし好きだとしても、ちょっとやそっとじゃ、心変わりさせるのは難しいと思うけど。 私は、それから思いつく限りのクラスメイトの名前を順々に挙げていったが、さっきみたいにピンと来る反応は返って来なかった。もう15人以上カマをかけたのに全然手応えがない。私は小さくため息をついた。
「ねえ、もう他にいないよ? ……ホントにウチのクラスの子で間違いない?」 「知らねえ、って言ってんだろうが」
と反論するときの播磨くんのほっぺたはやっぱりちょっと赤い。ふうむ。
「あ、天満ちゃんがまだだった。だけど、てん……塚本さんみたいなタイプは、播磨くんには、ちょっと似合わないよねえ」 「何で、似合わねえんだよっ」 「え?」 「……う」
挙動不審指数がピークに達した。例えていうなら、瞬間湯沸かし器のように頭から湯気が立ち上っている感じ。
――そう、天満ちゃんなんだ。これは意外。
不良の播磨くんが惚れる相手としては、なんか普通過ぎるような気がするというか。もしかしたら、そこに憧れたのかな。だけど、天満ちゃんは烏丸くん一筋なんだよね。そのことはクラスの女子全員が知ってることで。
「塚本さんかあ……。でも、厳しいと思うよ、実際」 「言われなくても、知ってらあ」 「何を? 何を知ってるわけ?」 「天満ちゃ……塚本は烏丸のことが好きだから、って言いてぇんだろ?」 「ん……まあ、そうなんだけど」 「分かってるよ、そんくらい。いいだろ、別に」
ふて腐れてそっぽを向いてる。 へえ、ホントのことを知っていても諦めないって、中々見上げた覚悟じゃない? だけど、ちょっとにわかには信じられない話だな。播磨くんが天満ちゃんにゾッコンだなんて。噂好きの冴子あたりからだって、一度もそんな話聞いたことないし。高野さんあたりは知ってそうだけど、クラスの9割以上が気付いてないんじゃないだろうか。
「好きになったのはいつ頃なの?」 「……」 「今年になって?」 「……」 「去年から? あ、でも、クラス違ったよね?」 「……」 「えっ、中学のとき? もしかしてもしかすると、塚本さんを追って高校にきたとか……って、そんなわけないよねー、漫画じゃあるまいし」 「……!」
そのときだけ、横を向く播磨くんの顔の上で、一瞬、ピクリと眉が跳ね上がった。
――うそっ、図星?
としたら、かなりの年季が入っている。
「もう、告白はしたの?」 「……してねえ。なあ、黙っててくれよ、塚本には」
播磨くんは私に手を合わせて神妙に拝んだ。
――ふうん、真剣なんだ。
これまで誰にも知られず、ずーっと天満ちゃんのことだけを想ってきた。で、今も告白もせず想い続けている。なかなか健気じゃないですか。……そう想ったら、私の中のお節介スイッチ(と結城が昔、勝手に名付けた)がカチリとONになったような気がした。
「よし、じゃあ、お姉さんがひと肌、脱いであげましょう!」
ドンと胸を軽く叩いて私は宣言した。播磨くんはきょとんとすると、訝しげに私を見た。
「お姉さんって、誰だよ?」 「もちろん、私のこと」 「あん?」 「物の例えよ。とにかく、塚本さんとのことは任せなさいって」 「い、いいって」 「なあに、遠慮することはない、少年よ」 「いいって言ってんだろうが」 「むむ、素直でないのう」 「うるせえっ」
ありゃりゃ、またそっぽを向いちゃった。 けれど、とりあえず私としては今後、播磨くんの応援をすることに勝手に決定した。頭の中の世話焼き優先リストの最優先項目の一つに播磨くんのことをリストアップすると、ニヤリと意味ありげに笑いかけてあげた。播磨くんは顔をそむけると、露骨に舌打ちなんかしてる。
「んーなことより、テメエはどうなんだよ。好きな奴いんのか?」
形勢不利を悟ったのか、播磨くんはいきなり私に水を向けた。
「私? 私はいないよ」 「……ちっ、ずりい奴」 「ずるいって何よ。確かに将来の理想像ってのはあるけどねー、今は気になる人はいないの」
ふん、と播磨くんが不満そうに鼻を鳴らす。
「じゃあ、せめてその『理想像』とやらを聞かせてもらおうじゃねえか。じゃねえと、なんか不公平だろうが」 「あたしの理想像? えーっと、ね」
本当は「秘密」の一言でごまかそうとしたけれど、なんとなく播磨くんとの会話をこのまま打ち切るのが勿体無いなという気がした。そう思ったせいなのか、私はいつのまにか結城や仲のいい他の女友達にも話したことのない、私自身の夢のことを勝手にぺらぺらと話し始めていた。
「私は割烹屋を継がなきゃなんないから、旦那は婿養子の板前さんかな。自分はもちろん女将さんで、子供は男の子が一人くらい。2人だけで割烹屋を切り盛りしながら、途中で泣いちゃったりする赤ん坊をあやしながら、毎日毎日を楽しく過ごすの。旦那さんは料理以外のことはからきしダメで、そのうえ、少し……というか大分頼りないんだけど、普段の何気ないときに、私のことを好き、ってきっちり言ってくれる人がいいな。そういうのって素敵だなあ、なんて思ったりしてるんだ……って」
播磨くんが、呆気にとられた顔をしてこちらを見ていた。私は何だか急に恥ずかしくなって、後は「あはは」と曖昧に笑ってごまかした。
「やっぱり変、……だよね」
播磨くんは夢から覚めたように、目をしばたたいてから、首を横に振った。
「いや。いいんじゃねえかそれも。まあ、えらく具体的でビックリしたが。女にも、そこまで考えている奴がいるんだなって、感心した」 「ふうん。じゃあ、播磨くんも天満ちゃんとの未来を考えてたりするんだ?」 「ばっ」
みるみる顔が赤くなった。私が面白そうにそれを観察していると、
「そ、そんなことより、仕事だ、仕事っ! よぅし、午後はバリバリ売るぜっ!」
播磨くんはそう言い捨てて、逃げるように休憩室を飛び出していった。残された私は、播磨くんのその照れっぷりがツボで、一人で笑い転げていた。
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