猫+1人の恩返し(伊織、播磨、八雲)
日時: 2005/08/17 15:59
名前: ウエスト

塚本家に住んでいる猫、伊織は悩んでいた。
常日頃から世話になってる家主の八雲のことだ。
毎日ご飯をもらい、そのうえ遊んでもらっている身としてこうも甘えてばかりでいいものかと考えていた。
当然だが、八雲はそんなことは気にしていなかった。自分が好きでしていることなのでむしろ、楽しい気持ちの方が強い。
そんな八雲の気持ちは伊織は知らない。当たり前のことだ。仮に知っていたとしても、伊織の決心は変わらないだろう。
考えてばかりは何もならないと思った伊織は早速、恩を形にして表そうと行動に出た。プレゼントの調達である。



とはいえ、伊織は猫。人間ではない。プレゼントの形を猫基準で考えていた。
そこで伊織が決めたプレゼントは、自分で狩った獲物である。
善は急げ、という言葉を伊織が知ってるかどうかはさておいて、伊織は獲物を狩る為に急いで行動に移った。
しかし、一日では思ったほどの収穫は得られなかった。仕方なく伊織は何日かかけて、狩りをすることにした。



そうして一週間が経過した。伊織が八雲のために狩り続けた成果が伊織本人が満足できる量に達したので、八雲にプレゼントすることにした。
問題はいつ渡すかだったが、今日は学校が休みの日だったので、八雲は家に居た。
ちょうどその時、近くで伊織を呼ぶ声が聞こえてきた。

「伊織、ご飯だよ。出てきて」
「にゃあ」

八雲の声だった。伊織はこの機会に八雲へプレゼントすることを決めた。
伊織は八雲の前に出てきた。しかし、八雲のほうへは行かず、別方向へと歩き出した。

「どうしたの、伊織?そっちに何かあるの?」
「にゃー」
「あ、待って……」

八雲はわけも分からず、伊織の後をついて行った。
一方の伊織は、自分のプレゼントで八雲が喜ぶ顔を想像しながら歩いていた。
そして伊織の集めたプレゼントの前で、伊織は歩みを止めた。
歩みを止めた伊織を見て、八雲は立ち止まった。伊織の近くに置かれているものを見た八雲は驚きを隠せなかった。

「……!!伊織、これは?」
「にゃ!」
「ひょっとして……プレゼントなの?」
「にゃ♪」

八雲が驚くのも無理なかった。多分、誰が見ても驚いていただろう……
伊織のプレゼントの獲物はネズミや野鳥、虫といったものだった。当然狩った後なので死んでいた。
八雲は伊織の気持ちが分かったのか、怒ることが出来なかった。
気持ちを落ち着けた八雲は、伊織に向き直って話しかけた。

「ありがとう、伊織。でも、これは受け取れない」
「にゃ?」
「……受け取っても私にはどうすることも出来ないものなの。だから、ゴメンね」
「……にゃ」
「そんなに落ち込まないで。気持ちだけでも嬉しかったから」

伊織はショックだった。自分のプレゼントを八雲が受け取ってくれなかったからだ。
嫌われたと思った伊織は、黙って塚本家を後にした。後ろを振り向かずに、全速力で走り出した。

「あ、待って……!」
「やーくーもー!ご飯にしよーよー!!」

追いかけようとした八雲だったが、天満のご飯の催促があって追いかけるのを中断した。
八雲は急いでご飯を済ませて、伊織の狩ってきた動物達の供養をしてから伊織を探そうと今後の予定を決めた。



そのころ伊織は走り疲れたのか、矢神町の商店街を元気の無い足取りで歩いていた。
八雲に嫌われたショックは大きく、家に戻れないとさえ考えていた。
これからどうしようかと考えていたその時だった。
近くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「どうすっかなー。天満ちゃんに何かプレゼントをして、ここらで一気にアピールしねぇとな!」

声の主は播磨だった。八雲と同じくらい播磨の事が好きな伊織は嬉しかった。
それと同時に、伊織はあることを思いついた。
播磨は人間では珍しく動物の言葉が理解できる人間だ。きっと力になってくれると、伊織は考えた。
伊織は今回のことを相談するべく、播磨の元へと歩き出した。



【続く】



あとがき:SSを書くのは久しぶりでした。伊織が少し(?)獣じみてる気がしますが、動物らしさを出してみました。伊織の行動を参考にしたのは、とある動物漫画です。次回は播磨と伊織が協力し合う話になります。では、次回。

 

  Re: 猫+1人の恩返し(伊織、播磨、八雲) ( No.1 )
日時: 2005/08/19 15:16
名前: ウエスト

その頃、播磨は天満へのアピール方法を考えていた。心で考えてることを口に出しながら。
背も高く、体格もしっかりしていて、顔にはサングラス、おまけに考え込んでるせいで眉間にしわを寄せている播磨を見て、誰も播磨の近くを歩かなかった。
そんな中、播磨に用事がある伊織は特に気にもしないで播磨へと近づいていった。
播磨の足元まで辿り着いた伊織は、播磨を呼んだ。

「にゃあ」
「しかし今までのように甘い方法じゃダメだな。なんかこう、一気に俺をアピールできる方法じゃねぇとなー。でも相手は激鈍の天満ちゃんだし……」

伊織の鳴き声も今の集中状態の播磨には届かない。音は何一つ聞こえていなかった。
このままではダメだと思った伊織は、今度は直接的な手段に出た。

カリカリカリカリ……
「ん?何か足元がくすぐってえな」

自分の足元に何かが触れている感覚に襲われた播磨は、考え事を止めて、足元を見た。
そこにいたのは爪を少しばかり出して、播磨の足を引っかいている伊織の姿だった。
動物の、しかも塚本家の猫の伊織とくれば怒ることなど出来なかった。
これが同世代の男の仕業だったら、まずは一発パンチを見舞っていただろう。
播磨は自分の目線を出来るだけ伊織に合わせるために、しゃがみ込んだ。

「お前、確か塚本の家の猫だよな。どうしたんだ、一体?」
「にゃー、にゃ」
「俺に相談ごとか?まあ、俺で力になれるんならいいけどよ。……ハッ!」

ここで播磨は気が付いた。今の自分のしていることに。
そして周囲から向けられる、まるで可哀想な人を見るような視線に……

(……今のこの俺の行動ってよくよく考えると変だな。俺みてぇな男が動物に話しかけてるってのは、変人の域じゃねぇか?)
「にゃ?」
(そうだよ。確かに変じゃねぇか!おまけに周りの奴ら、俺のこと可哀想な人間を見るような目で見やがって……!)
(本当なら怒鳴り散らしてやりてぇ所だが、コイツのいる手前、騒ぎにしたくねぇからな)

伊織がいるおかげでいつもの調子を出せない播磨は、伊織を持ち上げた。
そしてそのまま、右肩に乗せてその場を立ち去った。周りに威嚇することも忘れずに。



ちょうどその頃、八雲は天満との昼食を終えていた。
出かける前に、伊織が狩ってきた動物達の供養も済ませておいた。
伊織探しの準備を終えた八雲。出かける前に、天満に声をかけるのを忘れない。

「姉さん、ちょっと出かけるね」
「いいけど、どこに行くの?」
「ちょっとそこまで伊織を探しに……」
「伊織を?そのうち帰ってくるんじゃない?」
「ううん、今回は探しに行かないといけないの」

八雲の言葉に何かを感じた天満はこれ以上、引き止めておくことを止めた。
そして、八雲を送り出すことにした。

「分かった。でも、気をつけてね」
「大丈夫、心配いらないよ。夕飯までには帰ってくるから」
「いってらっしゃい、八雲。……ところで、おやつはどこにあるの?」
「それなら茶だんすの中にいちご大福があるから。2人分あるけど、姉さんが全部食べていいから」
「ホント?八雲はやさしいなー」
「じゃあ、行って来るね」
「うん、いってらっしゃーいー」

天満へのフォローも忘れない八雲。
本当ならいちご大福を取っておいて欲しい八雲だったが、天満が自分の心配をしてくれた事が嬉しかったので、自分の分もあげることにした。

(伊織、怒ってるだろうなぁ。探してちゃんと謝らないと)

天満に引き止められた僅かなロスを取り戻すべく、八雲は走り出した。



「よし。ここまで来れば大丈夫だな」
「にゃ」

周囲の冷ややかな視線から逃げるように、播磨は公園に入った。
急いでいたせいもあって少し疲れていた播磨は、近くのベンチに腰を下ろした。
伊織も播磨の右肩から下りて、隣に座った。

「で、俺に相談ごとって何だ?」
「にゃー。にゃん。にゃ……」
「要するにだ、妹さんに感謝の気持ちを込めて送ったプレゼントを受け取ってくれなかった。しかも、困った表情をしていた。嫌われたから家にも戻れない、これからどうしたらいい?ってことか?」
「にゃん!」
「妹さんがそれだけでお前を嫌いになるなんて考えられねぇけどな。……仮にそうだとしても、きっと許してくれるって」
「にゃ……」
「それでも、お詫びかしたいのか?」
「にゃん」
「……分かった!妹さんには俺も世話になってるからな、協力するぜ!!」

考え抜いた末に、播磨は伊織の手伝いをすることにした。
自分も八雲に世話になってるので、協力する気になったのだ。
行動に出る前に、播磨はあることが気になっていた。八雲に送ったプレゼントのことである。

「ところでお前、妹さんのプレゼントって何だ?妹さんが困るくらいだから凄いモンだとは思うが……」
「……にゃー」
「いや、それはいくら妹さんでも困るだろ。狩ってきた動物達は俺でも引くぞ」
「うにゃ」
「俺か?俺ならそうだな……バナナ?」
「にゃあ……」
「大差ないか?しかし、急に言われて思いつくほど俺は頭よくねぇしな……」
「にゃにゃ!!」
「それだったら一緒にプレゼントしないか?いや、今回俺は……」

当初の播磨の目的は天満へのアピールとプレゼントだった。
いくら八雲には世話になってるとはいえ、資金を無駄にすることは出来ない。
しかし、播磨は考えた結果、ある重要なことに気が付いた。

(よくよく考えると、コイツは金なんて持ってるわけがねぇ。妹さんにプレゼントするには何か買う必要があるわけだ)
(で、今コイツの近くにいる人間は俺しかいない。ってことは俺が面倒見るしかねぇな。天満ちゃんは大事だが、妹さんには世話になりっ放しだしな。今回は……)

考えを纏めた播磨は、伊織に向き直った。
心なしかその表情は複雑なものだった。
伊織はそんな播磨の顔を、心配そうに眺めていた。

「しょうがねぇな。協力してやるよ!妹さんが喜びそうなプレゼント、一緒に探すぞ!!」
「にゃん!」
「いいって、気にすんなよ。俺も妹さんにちゃんとしたお礼したかったしな。……食うか?」

伊織に播磨が差し出したのは、チーズかまぼこだった。
実は公園に向かう途中に、コンビニに寄って買っておいたものだった。
そのとき、播磨も喉が渇いていたので、いい機会と思っての買い物だった。
差し出されたチーズかまぼこを前にした伊織は、遠慮なく飛びついた。

ガツガツガツガツ……!
「おっ!いい食いっぷりじゃねぇか!俺ものど渇いたし、コーヒーでも飲むか」
プシュッ!ゴクゴクゴク……!
「あー、うめぇ!いいか、休憩が済んだら妹さんへのプレゼント探しに行くぞ。いいな?」
「にゃん♪」

こうして、伊織は播磨という強力なパートナーを手に入れた。本当にそうかどうかはさておいて……
一匹と一人は、これからのことを考えて腹ごしらえをした。
一匹はチーズかまぼこを、一人はコーヒーを味わいながら。



【続く】



あとがき:今回は伊織と播磨のパートナー誕生のお話でした。播磨にしてみたら災難かもしれませんが、八雲絡みなのでそんなに不満はないはずです。次回はプレゼント探し、購入のお話になるでしょう。では、また。

  Re: 猫+1人の恩返し(伊織、播磨、八雲) ( No.2 )
日時: 2005/08/30 14:29
名前: ウエスト

播磨と伊織が仲良く腹ごしらえをしている頃、八雲は矢神神社を訪れていた。
家の近くを探したが見つからなかったので、よく居る矢神神社へと足を運んでいた。

「ハァ、ハァ、ハァ……。伊織、どこなの?私は怒ってないから出てきてくれない?」

額には汗が滲んでいて、呼吸も不規則な八雲。それは一生懸命、伊織を探している証拠でもあった。
伊織は今は播磨と一緒にいるので、八雲の呼びかけには誰も応えない。
探しても見つからない不安は、徐々に八雲の心を追い詰めていった。

(これだけ探しても居ないなんて…。ひょっとして事故に遭ったのかな?ううん、いけない!そんなことを考えるのは)

悪い方向へと考えを向けていた八雲は、自分の心を戒めた。
そんな時、ある一人の人間が八雲の頭をよぎった。

(こんな時、播磨さんがいてくれたら……。播磨さんならきっと力になってくれる。……あれ、何で私、播磨さんが頭に出てきたの?)

いつもなら困った時は姉である天満が頭に浮かぶはずだったが、今回は播磨が浮かんでいた。
八雲本人にもよく分かっていなかった、どうして播磨が頭に浮かんできたのかが……
八雲は、ひとしきり矢神神社を探したが伊織は出てこなかった。矢神神社を後にして、伊織探しを再開した。



腹ごしらえを済ませた播磨と伊織は、公園のベンチを使って作戦会議を始めていた。
一人と一匹の語らいは公園という場所も手伝って、それほど好奇の目で見られることは無かった。
だからといって周りからの視線が無くなったわけではなく、少しは視線が向けられていた。
しかし、播磨と伊織はそれを気にすることなく話し合いをしていた。
これを八雲効果と言いたいところだが、ただ単に視線が少ないので気に留める必要がないだけだったりする。

「じゃあ、早速だが妹さんのプレゼントを考えるぞ、いいか?
「にゃぁ」
「名前で呼べって?……悪かったな、伊織。今度からはちゃんと呼んでやるからな!」
「…………」

播磨の答えに伊織は黙って播磨を見ていた。
視線で抗議をしていた。本当は自分のことではなく、八雲のことを呼んで欲しかったのだ。
播磨がそのことを分からないはずがなかった。動物とのコンタクトは完璧に出来るのだから。
しかし、播磨はちょっとした理由からそのことをはぐらかしていた。

(妹さんを名前で呼べっていったってなぁ……。急にできるもんじゃねーぞ。なんつーか、恥ずかしいんだよ)
(まあ、今のところは伊織を名前で呼ぶことでごまかしたが……無理だったな。伊織のやつ、おれのことを訴えるような目で見やがって)

このまま黙っていては埒が明かないとみた播磨は、伊織の頭を撫でながら謝った。

「悪かったな、伊織。急に言われて出来りゃ苦労はねーんだ。だから、今度、な?」
「……にゃー」
「約束する。いつかは妹さんのこと、名前で呼んでやるから」
「にゃん♪」

伊織の機嫌が戻ったことに播磨は安心していた。
そして八雲のプレゼントのことでの話し合いを再開した。

「で、妹さんのプレゼントなんだけどよ、服なんてどうだ?」
ブルブルブルブル……
「どうしたんだ?急に震えだして」
「にゃにゃん」
「反対って、何でだ?何か理由でもあるのか?」
「にゃー、にゃ」
「お前が嫌いだから嫌だってそんなワガママ言うなよ。大体、今回は妹さんのために……」
「フゥーーーーー!!!」
「分かった分かった!服は止めにするから、いいか?」
「にゃー」

無難に服をプレゼントしようとした播磨だったが、伊織のあまりの怒りっぷりを見て断念した。
いったい伊織に何があったのか、それは当の本人しか知りえないことだった。
仕方なく、播磨は次の案を出した。

「じゃあ、アクセサリーなんてどうだ?」
「にゃー!にゃん!」
「ん?あてがあるのか?場所も分かるんだな?よし、案内してくれ!」
「にゃー♪」

伊織の自信あり気な鳴き声を聞いた播磨は、伊織を肩に乗せて、ベンチから立ち上がって歩き出した。



伊織に案内されるまま歩いた播磨の目の前にはジュエリーショップが映っていた。
どう見ても高価なものばかり置いていそうな店だったが、伊織が案内したのは間違いなくここだった。
現実から逃げたくなった播磨は、諦め悪く伊織に尋ねた。

「本当にここなのか?伊織」
「にゃん!!」
「そうか、ここか……。仕方ねぇ、入るか!」
「にゃー」
「その前にだ、お前は俺の背中に入ってろ。見つかったら追い出されそうだしな」
「にゃー!」
「文句言うな!我慢しろ!買えなくてもいいのか?」
「……にゃ」
「分かってくれればいいんだ。よし、入るぞ」

播磨の言葉を受けて伊織は、播磨の背中に潜った。
伊織が背中に入ったのを確認して、播磨も店へと入った。
店の雰囲気に圧倒されることなく、播磨は一つ一つショーケースを見て回った。
伊織に聞くのを忘れていたせいで、あてもなくふらついているだけだったのだが……
そんな播磨の様子を見かねた一人の女性店員が声を掛けた。

「いらっしゃいませ、お客様。何をお探しですか?」
「え、えっと、その……」

急に声を掛けられた播磨は焦ってしまい、冷静さを失ってしまった。
伊織も自分の求めているものを播磨に伝えるのを忘れていたことを思い出して、小さい鳴き声で播磨に教えた。

「……にゃー」
(伊織のやつ、そんな説明のしかたで分かるわけねーと思うんだが、一応聞いてみるか)
「すいません、何ていうか、その、綺麗な満月みたいな宝石を探してるんすけど」
「満月ですか……。ひょっとして、このレインボームーンストーンネックレスのことでしょうか?」
「にゃん♪」
「え?今、猫の鳴き声がしませんでしたか?」
「いや、今のは俺っすよ?……にゃん♪」
(ったく、合ってるからって急に大きい鳴き声上げやがって。店員さんもビックリしてるじゃねーか)
「フフッ、お客様って楽しい方ですね」

しかし、この店員は出来た人で播磨のことを馬鹿にすることなく、本当に楽しい人だと思っていた。
この店員の反応に播磨は恥ずかしさの余り、顔を真っ赤にしていた。
伊織の探してるものが見つかったので、値札を見てみた。そして、固まってしまった。

(お、俺の予算の10倍以上ありやがる……。どうやっても無理だな、諦めるか)
「どうされました、お客様?」
「いや、今回は下見に来ただけですから。また今度にします」
「そうですか、またのお越しをお待ちしております。恋人さんもきっと待ってると思いますよ?」
「え?いや、確かにプレゼントっすけど、恋人じゃないっすよ」
「そうなんですか?私はてっきり、恋人への贈り物だと思ったんですけど」
「……その人は俺にとっての大切な恩人なんです。だから、ちゃんと形にして礼がしたいんす」
「その人は幸せですね。あなたのように誠実な方からプレゼントをもらえるんですから」
「そう言われるとなんだか照れるっす」
「早いうちにまた当店にいらしてください。こちらのレインボームーンストーンのご購入、お待ちしておりますから」
「ありがとうっす!じゃあ、俺はこれで失礼します」

播磨は店員の笑顔を見ることなく、早足で歩き出した。
おそらく二度と来ることはないジュエリーショップ。
その店員から向けられる笑顔が、今の播磨には眩しかった。後ろめたさ一杯なので。
店を出た播磨は走り出し、路地裏へと入った。
そして、伊織を背中から出すと、話し合いを始めた。

「にゃーん?」
「あのな、あんな高いモンが苦学生の俺に買えるわけねーだろーが!」
「にゃー」
「いや、いいとは思うぜ、俺も。でもなぁ、予算が合わねーんだよ、悲しいことに……」
「にゃ……」
「さて、どーすっかなー。妹さんへのプレゼント、何かねーかなー?」

これ以上ここで考えても無駄だと悟った播磨は、路地裏を出るため歩き出した。
伊織も播磨について行った。肩に乗ることを忘れていた。
途方に暮れる播磨と伊織。そんな一人と一匹を路地裏から出てくるのを、一人の人物が見つけていた。

「あれは……」

その人物は播磨と伊織に話しかけようと歩き出した。好奇心一杯に。



【続く】



あとがき:八雲のプレゼント購入、失敗の話でした。女性店員さん、オリジナルでしたがいい人過ぎでしたね。
実際にレインボームーンストーンのネックレスは高いです。6桁はいきませんが、少なくとも播磨には買えないでしょう……。
最後に出てきた人物、救いの神となるのでしょうか?次回で最終回です。プレゼントはもう考えてあったりします。では、また。



  Re: 猫+1人の恩返し(伊織、播磨、八雲) ( No.3 )
日時: 2005/09/01 22:48
名前: ウエスト

播磨と伊織は悩んでいた。八雲にプレゼントをするためのアイディアが全く浮かばないのだ。
考えれば、色々と出てくるはずなのだがこのコンビでは限界があった。
路地裏から出て、当てもなく街をふらつこうとしていたその時、後ろから声が掛かった。

「播磨せんぱーい」
「ん?」

播磨は後ろを振り向いた。視線の先には、可愛らしい金髪の後輩の姿があった。サラである。
しかし人の名前を覚えることが得意ではない播磨は、サラの名前を呼ぶことができずにいた。

「おう、妹さんの友達じゃねーか。どうしたんだ?」
「……こんにちは、播磨先輩。その呼び方は何とかならないんですか?」
「すまねぇ。名前が出てこねーんだ。えっと……」
「ハァ……。しょうがない人ですね、先輩は。サラです、サラ・アディエマス」
「……よし、覚えたぜ!サラだな。で、どうしたんだ?」

サラは自分の名前を覚えていない播磨を呆れてはいたが、怒る気にはなれなかった。
何度か会ってるうちに、播磨という人間を理解している証拠であった。
一方の播磨、サラの名前を覚えていなかったことをそれほど気にしていなかった。
それ以上に、どうして声を掛けられたのかが気になっていた。

「ええ、何だか播磨先輩、やけに元気がないように見えて心配になって声を掛けたんですけど」
「にゃお」
「あ。伊織も一緒だったんだ。こんにちは」
「にゃ」
「そっか。心配させてすまねーな。……そうだ!ちょっと相談にのってくれねーか?」
「はい。私でよかったら」

播磨の真剣な様子に、サラは断る事が出来なかった。最初から断る気は無かったのだが……
八雲のプレゼントに関して行き詰まっていた播磨は、サラに今回のことを丁寧に説明した。あくまで播磨のレベルでの話。
説明を聞いて播磨の悩みを理解したサラは嬉しかった。親友の八雲のためにここまで悩んでくれたことに。
サラは早速、播磨の相談事を聞くことにした。

「つまり、先輩と伊織で八雲のためにプレゼントを買おうと決めたはいいけど、色々あってこれ以上アイディアが浮かんでこないってことですよね?」
「ああ」
「アクセサリーはまぁ、先輩の経済力では無理でしょうけど、服なら大丈夫じゃないんですか?」
「そうなんだけどよ。伊織が嫌だって言うもんだからよ、止めにしたんだ」
「にゃ?にゃー!」
「お前のせいでもあるんだぞ!服なら問題解決してたのに、変なワガママ言いやがって。……って、甲斐性なしとか言うな!!」
「……いつも思うんですけど、播磨先輩って凄い人ですね。動物の考えが分かるなんて」
「そうか?別に大したことじゃねーと思うんだが。それより、何かいいアイディアがあったら教えてくれ」

播磨と伊織のやり取りにサラは驚いていた。とはいっても、播磨と動物の関係を見たことがあったので驚きはそれ程大きくはなかった。
服なら、自分のおススメの店を紹介して終わる所だったが、伊織のせいでそれは断念せざるを得なかった。
八雲のためなので、サラは少し考えた。他の人なら考えることはしないだろう。
そして、一つの考えが浮かんだサラは播磨に進言した。
伊織も納得させる必要があったので、少し時間が経ってしまった。

「播磨先輩、ぬいぐるみなんてどうですか?八雲も喜ぶと思いますよ」
「ぬいぐるみか。妹さん、喜んでくれるかな?」
「大丈夫ですよ。八雲、かわいいものは結構好きですから。それにこれなら伊織も納得してくれます」
「どうなんだ、伊織。ぬいぐるみでいいのか?」
「にゃーん♪」
「伊織、何て言ってます?」
「賛成だってよ。妹さんもきっと喜んでくれるって」
「よかったです。力になれたようで」
「いや、礼を言うのはこっちだ。ありがとな、サラ」
「にゃん」
「いえいえ、八雲のためでもありますから。じゃあ先輩、私はこれで失礼します。頑張って下さい」
「おう!任しとけ!!」

八雲へのプレゼントの目処が立った播磨と伊織は、ぬいぐるみを探すべく意気揚々と歩き出した。
そんな一人と一匹をサラは見送っていた。
やがて、姿が見えなくなるとサラもその場を後にした。



ぬいぐるみを探すため、播磨と伊織は駅前のファンシーショップの前に立っていた。
そう、立っているだけで店には入っていない。要は恥ずかしいのだ。
なかなか入ろうとしない播磨を伊織は急かした。
八雲と別れてから時間がかなり経過していたせいもあって、早く仲直りがしたいと考えていた。

「にゃ!にゃーん」
「待てって。そんなに急かすなよ。そりゃ、お前が妹さんに謝りたい気持ちは分かるけどよ、俺だって心の準備ってモンが……」
「にゃー!!」
「……分かった。妹さんの為だからな。恥ずかしいとか言ってられねーよな。よし、入るぞ!」
「にゃん♪」

播磨は意を決して、ファンシーショップのドアをくぐった。伊織は播磨の右肩に飛びついた。
伊織は、どうして播磨が躊躇っていたのか未だに分かっていなかった。
足早にぬいぐるみのコーナーへと向かい、ぬいぐるみ達とにらみ合いを始めた播磨。
真剣に八雲へのプレゼントを選んでいる播磨に倣って、伊織もジッとぬいぐるみたちを見ていた。
そして、ある一つのぬいぐるみを見て伊織が前足をばたつかせ始めた。

「どうしたんだ、伊織?何かいいモンでも見つけたのか?」
「にゃにゃん」
「……これか?確かにこれなら妹さんも喜びそうだな!ナイスだぜ、伊織!」
「にゃー♪」
「そうだな、善は急げだ。これ買って、妹さんの家に行くぞ!」

そう言って播磨は伊織の選んだぬいぐるみを持ってレジへと運んだ。
そのぬいぐるみが思ったより高かったことに驚いていた播磨だったが、幸いなことに予算内だったので取りやめはしなかった。
プレゼント用のラッピングをしてもらい、会計を済ませた播磨はそのまま、八雲の家へと歩き出した。



播磨と伊織がプレゼントを買った頃、八雲は商店街にいた。伊織探しの途中である。
ちょうどその時、播磨と伊織と一緒にいたサラが八雲を見つけていた。
サラは八雲に声を掛けた。

「八雲、どうしたの?一人で」
「サラ……。ねぇ、伊織見なかった?」
「伊織?……見たよ」
「本当?どんな様子だった?ひょっとして落ち込んでいなかった?」
「うん、大丈夫。八雲が心配するようなことにはなってなかったから」
「よかった……」
「それに伊織、一人じゃなかったから」
「え?誰かと一緒なの?」
「そうなの。実は……」

サラは播磨と伊織が一緒にいることを教えるのを止めた。
ここで言って安心させてあげようとも思ったが、後でびっくりさせる意味合いも込めて、はぐらかすことをした。

「遠くからだから分からなかったけど、誰か男の人と一緒に歩いているのを見ただけだから」
「そう……。でも良かった、伊織が無事で」
「ねぇ、八雲。そろそろ家に戻ってみたら?伊織もきっと帰ってる頃だと思うから」
「うん、そうする。ありがとう、サラ」
「じゃあ、明日学校でね」
「うん、また明日」

サラの言葉を受けて、八雲は商店街を後にした。
いつもの八雲なら、サラの言葉に疑問を持っていたのだが、伊織を心配する余り、気にすることが出来なかった。
八雲の後ろ姿を見ながら、サラは八雲の喜ぶ顔を想像していた。それと同時に、今日のことを根掘り葉掘り聞いてやろうとも思っていた。



八雲が家に着いた頃には、辺りは夕焼け色に染まっていた。
家に入ろうとした八雲だったが、家の玄関の前に誰かいることを確認した。
その人物の顔は、影がかかっていたせいもあってよくは見えなかった。
その人物の腕の中から鳴き声が聞こえてきた。猫の鳴き声である。

「にゃー!」
「……伊織、伊織なの?」
「にゃん!」

伊織は八雲の元へと走り出し、八雲に飛びついた。
八雲も、伊織をしっかりと抱きしめた。とても愛おしそうに。

「ゴメンね、ゴメンね、伊織。あんなこと言って伊織を怒らせて……」
「……にゃ」
「大丈夫だよ、妹さん。伊織は怒ってねーって。むしろ嫌われたと思って心配してたぐれーだからな」
「……本当なの、伊織?」
「にゃー」
「私なら平気。確かに驚いたけど、怒ってもないし嫌いにもなってないから」
「な?大丈夫だったろ。心配しすぎなんだよ、伊織は」

と、そこで八雲はある疑問が浮かんできた。
さっきから伊織の言葉を代弁する声は誰かということだ。
「妹さん」と呼ぶ人間は1人しかいなかったので、すぐに疑問は解消された。

「は、播磨さん……?」
「……どうしたんだ、妹さん?急にボーっとして」

八雲はボーっとしてるわけではなかった。播磨が目の前にいることで頭が真っ白になっていたのだ。
そして、さっきまでの伊織とのやり取りを見られたと認識すると、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
顔が真っ赤になっているのが分かったのか、赤面した顔を隠す為に俯いてしまった。
播磨も伊織も、そんな八雲を見て心配になった。
周りに訪れた沈黙を破ったのは播磨だった。

「なあ、妹さん。ちょっといいか?」
「は、はい?」
「実は今日、伊織から相談受けてて妹さんへプレゼント探してたんだ」
「プレゼント、ですか?」
「俺も妹さんには日頃から世話になりっ放しだったし、伊織から提案されたからいい機会だと思ってな。俺と伊織からのプレゼント、受け取ってくれるか?」
「……はい」

八雲から肯定の返事を受け取った播磨は、持っていたプレゼントを八雲へと渡した。
八雲はプレゼントを受け取る為に、自分の腕の中にいた伊織を降ろした。

「あの、開けてもいいですか?」
「いいぜ。喜んでくれるといいんだが」

プレゼントの入ってるラッピングを丁寧に取っている八雲。
その中身を見て、少し驚いていた。
中から出てきたのは、伊織そっくりの猫のぬいぐるみ。違う点は、額の傷が伊織はバツ印なのに対してぬいぐるみの方は十字をえがいている位のもの。
八雲はこのぬいぐるみのことを播磨に尋ねた。

「このぬいぐるみ、どこで見つけたんですか?」
「駅前のファンシーショップで見つけたんだが、最初に目をつけたのは伊織なんだぜ。自分そっくりのぬいぐるみがあるって言い出してな」
「にゃーん!」
「ありがとう、伊織。播磨さんもありがとうございます。ここまでして貰って」
「いいって。好きでしたことだからな。それに何より妹さんが喜んでくれてるんだ、それだけで充分だよ」
「播磨さん……」
「じゃあ、俺はそろそろ帰るな。じゃあな、妹さん。明日学校でな!」

塚本家を後にしようとした播磨だったが、伊織に呼び止められた。

「にゃーにゃー」
「大事なこと忘れてるって?……ひょっとしてアレか?今じゃなきゃダメか?」
「にゃ!!」
「確かに、お前のいる前じゃねーと意味ねーしな。分かったよ……」
「あの、どうしたんですか播磨さん?それに伊織も……」

播磨と伊織が何を話してるのか気になった八雲は、播磨に呼びかけた。
八雲に呼ばれた播磨は、意を決して八雲の方へと向き直った。

「べ、別に大したことじゃねーから。……八雲、これからもよろしくな!」

そう言うや否や、播磨は一目散にその場から走り去った。もの凄いスピードで……
言われた八雲、何が何だか分からなかったが名前を言われたことはとても嬉しかった。
それ以上に、心が暖かく、幸せな感覚で満ちていた。

「ねえ、伊織」
「にゃ?」
「播磨さんのプレゼント、どうしようか?」
「にゃ!」
「一緒に探してくれるの?」
「にゃん♪」
「ありがとう。私の気持ち、届くといいな。今の播磨さんに対する気持ち……」
「にゃー♪」

播磨と伊織のプレゼント作戦は成功した。恩返しは見事に果たされた。
そして今度は八雲の番。伊織と協力してのプレゼントを決意していた。
伊織は、八雲の気持ちを何となく理解しており、その気持ちが届くようにと大きな声で鳴いた。
八雲と播磨が幸せでありますようにと……



【完】



あとがき:プレゼント、特になんの捻りもなく申し訳ないです(涙
この話が思い浮かんだのは。リアルな黒猫のぬいぐるみを見た事がきっかけでした。
額に傷を付ければそれこそ、伊織そっくりです♪
伊織は喋らせたかったのです!!本当は!
いつかは喋らせてみたいです。では、失礼します。



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