【晶×播磨シリーズ#2】 播磨恋愛成就作戦会議
日時: 2006/12/21 21:04
名前: ホザキ



「皆、集まってくれたようだな……」
 厳かな花井の言葉に呼応するかのように、薄暗い闇の中に二十近い呼吸の気配が現れた。放課後をとっくに超えた夕闇が支配する時間の2−Cの教室。普段はこのクラスに籍を置く男子生徒一同(数名除く:播磨、烏丸、麻生他)に加え、一年のとあるクラスからも、複数の男子たちが終結している気配だった。
 電気も点けない教室で、部屋の中心に置かれたロウソクの火だけが唯一の明かりとなっている。その微かな明かりに映し出される黒板には、『播磨恋愛成就作戦会議』という文字が、これでもか!? という程でかでかと書かれていた。
「ではこれより、播磨恋愛成就作戦会議第一回を始める」
 刃物めいた鋭ささえ窺わせる花井の口調に、場は自然と引き締まった空気をまとい始める。
「それではまず、本会議の骨子を奈良君から説明してもらう」
「はい!」
 出番薄な奈良が場の中央に立ち、咳払い一つしてから話し始めた。
「えーと、僕たちのターゲットとなるのは、2−C在籍の播磨拳児。校内一有名な不良で、一部からは魔王などと呼ばれ、小数例としてヒゲ、お猿さんという呼称があります。特徴はサングラスと変な帽子。特別言うこととして、誰が見ても明らかに塚本天馬さんにベタ惚れです。しかしそれよりも……彼に思いを寄せる校内トップクラスの美人が多いということこそが問題なんです」
 おのれ播磨め……、という怨嗟に満ちた声があちこちから上がる。一気に教室の空気が剣呑なものに変わろうとし、そうなる前に奈良は続きを口にした。
「まず、播磨君に惚れていると思われる女性を紹介していきます」
 そこでスライドが点灯し、スクリーンに目が紅く無表情な感じの落ち着きを払った女子生徒が投影された。瞬間、花井他一年男子から「ヤクモン……!」という声が響いたが、奈良は無視した。
「塚本八雲、一年。茶道部在籍で、特に親しい人物はサラ・アディエマス。塚本八雲さんは一部では深窓の令嬢などと呼ばれていて、近頃急に播磨君と接近し、付き合っているという噂すらあります。最近はどうやら、昼休みに屋上で逢引しているという目撃例もあるほどです」
 放送禁止用語すら流れ始め、奈良は慌てて次の女子生徒をスクリーンに投影する。次は金髪ツインテールが特徴的な女子生徒だった。
「沢近愛理、二年。いわゆるハーフで、典型的なお嬢様タイプと言えます。表面上は播磨君を毛嫌いしているようにも見えますが、明らかに彼をひどく意識していて、親友の周防美琴や他数名にからかわれているのは2−Cでは既に日常的な光景です」
 沢近愛理ファンがハンカチを噛み千切り始め、奈良はヒステリーを起こす前に次の写真を投影した。今度は女子生徒ではなく、大人の色気パワーを全面に押し出し、全校生徒男子を前かがみにさせたという伝説を持つ女性教師だった。
「刑部絃子、物理担当。男前な喋り方と大人な女の色気の両パワーで圧倒的なファンを持ちます。同僚の笹川葉子先生が開く個展などにモデルとして登場することもあるほど抜群のプロポーションです。刑部先生と播磨君との間には浮いた噂はないんですが、言動の節々に感じられる感情や、仏の西本君からの情報とを総合した結果、どうやら特別な感情を抱いていることは間違いないようです」
 奴め、年上にまで手を出したか! などという罵声が飛び交い、物が投げられないうちに次の写真へ。今度は癒し系を前面に押し出した女性教師の登場だった。
「姉ヶ崎妙、養護教諭。その天然っぽさと癒し系の雰囲気で、先生陣にも多数のファンがいるようです。姉ヶ崎先生に関しては、赴任初日に播磨君を押し倒したという事件があり、その後も数々のアプローチをしかけているようで、播磨君を「ハリオ」と呼ぶあたりからも親密さが読み取れます」
 姉ヶ崎ファンから怒号が飛ぶかと思った奈良だが、そのファンたちは姉ヶ崎先生の顔写真に癒されている真っ最中のようで、天国にでも上っているような実に清々しい笑みを浮かべていた。一種、異様な光景でさえある。
「以上、四人の女性が播磨君にアプローチをしかけている女性たちです。しかし、彼一人にこれだけ美人が集まるような事態があっていいのでしょうか?」
 いいわけあるかぁっ! と次々に野次が飛び交う。その勢いに乗り、奈良も語調を強めて続きを話す。
「そうです! もしかしたら最悪、塚本……さん(天満)とくっついてしまうかもしれないという、最悪のパターンもありえます。そこでこの作戦会議の目的とは、この女性たちに彼への思いを諦めさせることにあります。その具体的な方法は本会議名にもあるように――」
 そこでいったん奈良は区切り、黒板をびしっ、と指差した。
「播磨恋愛成就作戦会議! そう、この作戦は究極的に、播磨君に彼女を作らせてしまおうという会議なんです!」
 意外。
 その一言に尽きる奈良の言葉に、場は一瞬は静寂に包まれた。しかし数秒後、時化のごとき怒号の大波が教室を揺るがした。どういうことだ!? わけわかんねえよ! ふざけんなよ!? などと罵声が奈良や花井に浴びせかけられる。たじろぐ奈良を後ろに下がらせ、花井が一歩前に出てその威圧感のみで場を静まらせた。
「皆、落ち着いて聞いてくれ。なぜ播磨に彼女を作らせてしまうかということを、これから説明する」
 そう言われれば、ギャラリーたちもとりあえずは大人しくなった。
「いいか? 手っ取り早い方法はまず、播磨を亡き者にしてしまうことだが……これは人として褒められた行動ではないし、僕自身がそんな手段は許せん。そこで、話しは最初に戻る。播磨は天満君にベタ惚れなのは公然の事実にも等しいに関わらず、この四人の女性たちは彼に思いを寄せている。なぜか? それは彼女たちが一筋縄でいくような女性たちではないからだ!」
 なるほど。さすがは俺が惚れた先生。いかすぜヤクモン。そんなざわめきが広がる。
「では、この四人の女性たちに諦めさせるにはどうすればいいか? 播磨に恋人ができたとすれば、それは大いに彼女たちにとって衝撃的な事実となるだろうが……さっきも言ったとおり、彼女たちは一筋縄ではいかん。――ならば、その播磨の未来の恋人が、この四人を更に上回るほど一筋縄ではいかない女性だったらどうなる?」
 どよ、と場が動揺した。その空気を満足げに受け止めた花井は、核心となる部分へ話しを進めた。
「そう、この四人を掌の上で転がせるような策士であり、かつ播磨に思いを寄せ、近寄る者に隙を与えない……そんな女性が播磨の恋人となれば、四人も今の恋を諦めるだろう。そうすれば、我々に彼女たちへの告白チャンスが舞い降りてくるわけだ!」
 おお! と歓声を上げる一方で、戸惑いを隠せないグループとにわかれた。その戸惑うグループの一人が、「あのさ……」とおずおずと挙手する。
「なにかね?」
「理屈はわかったけどさ、そんな都合のいい女がいるのかよ?」
 もっともな意見に、喜んでばかりいた連中も「そういえば……」と意気消沈した。
「あの沢近さんを相手にできるような奴だろう?」
「刑部先生を突破できる奴なんているのかよ……?」
「塚本は絶対一途だぜ。それを簡単に曲げられるか?」
「姉ヶ崎先生の天然にダメージを与えられるなんて、そもそも可能なのか?」
 それぞれのファンが口から漏らす言葉は、いずれも的を射ていた。あまりにもの鉄壁に、ファンたちも絶望一色に染まりつつあったが、次に花井が口にしたセリフには、その空気を一瞬で灰燼に帰すだけの威力を秘めていた。
「――まさに一人、その条件に該当する人物がいる」
 これまでで一番大きな動揺の波が教室を打つ。思わず喋ることさえ忘れてしまったファンたちに満足し、花井は「奈良君、頼む」とバトンタッチした。
 頷き返した奈良がスライドを操作し、最後の一枚の写真をスクリーンに投影した。そこに映し出されたのは、塚本八雲以上に徹底的な無感情な美貌を持つ女子生徒――
「高野晶、二年。茶道部部長。バイトを数多くこなし、秘策を隠し持つ以外はほとんどが謎に包まれています。しかし、仏の西本君からもたらされた極秘情報によれば、最近は昼休みとか放課後に播磨君と二人きりで茶道部部室にいるそうです」
 衝撃的な……いや、いっそダークホース的な人物の登場と、意外な事実を一度に暴かれ、ファンたちの思考回路は強制停止させられてしまった。
 しかし確かに高野晶ならば、塚本八雲の想いを挫き、沢近愛理の猛攻をひらりひらりと避け、刑部絃子の防壁を突破し、姉ヶ崎妙の鈍感な部分にさえダメージを与えることが可能なのではないかという期待感が浮かんできた。
「正直……僕もこの情報を耳にしたときは自分の正気を疑ったのだが、これは紛れもない事実なのだ。そしてまさに、高野君は播磨に思いを寄せていると思わしき証拠が数多く仏の西本君から提供された。これが、僕がこの作戦を成功させられると確信した理由だ。きっと彼女ならやり遂げてくれるだろう。そして僕たちの役割は、高野君と播磨の恋をサポートすることだ」
 そこで区切り、花井は一同の顔を見渡す。一様に皆、ふつふつと沸きあがってくる興奮を抑えきれない様子だった。
 そして宣言した。
「皆、勝利はすでに目前だ!」
『おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』
 興奮が一気に着火し、爆発した男衆の喝采と咆哮が夜の校舎を揺るがす。教室の窓ガラスさえも破れんばかりの大音声に、付近の鳥たちが一斉に逃げ出すほどだった。
「おっしゃあ! そうと決まれば明日から早速行動だ!」
「今まで耐えてきただけのことはあったぜ……!」
「神様、仏様、高野様! 俺たちにもついに祝福が……!」
 ファンたちにはもう勝利の先が見えているらしく、抑えきれない興奮がところしらずにほとばしっている。「まぁ落ち着け、皆!」と声を張り上げた花井は、まだ作戦会議が終わっていないことを告げた。
「いいか、皆。満場一致で方針は決定したが、今度は具体的なプランを立てなければならない。それを今から皆で――」
 考えよう、と続けようとした言葉は、


「悪いけど、余計なお世話ね」


 の声に潰された。
 興奮の波は一瞬で納まり、教室にいた男子全員が後ろのドアへ視線を走らせた。
 ロウソクとスライドの明かりにぼんやりと浮かび上がる、まるで人形のような表情と美貌の女性。播磨恋愛成就作戦会議において、今では勝利の女神と同義にまでなっているその人。
 高野晶だった。
「た、高野君。なぜ君がここに……」
「企業秘密」
 そっけない返事と共に室内へ一歩踏み出す彼女に、まるで気圧されたように男子一同がそろって一歩後退する。
「正直、西本君の情報力を侮っていたわ……。私が播磨君に近づいてからまだ日が浅いのに、もうそこまで掴んでいるなんてね」
 全く感情が表れない彼女の思考を読むことができず、一体何をするつもりなのか、男子たちは背中に冷や汗が流れるのを感じていた。
「それで、あなたたちは私の愛を応援しようと?」
「う、うむ。我々と君の目的は一致している。協力すれば、早期に目的を達成できると思うのだが」
 代表して花井が全員の意見を代弁するが、それに対する晶の反応は冷めていた。
「協力なんていらない」
「な……なぜだ? 本音を言えば、確かに君なら八雲君をはじめとする四人の女性たちにも勝てるとは思うが、苦戦することもあるのではないか? その時、協力者がいれば苦戦することもないだろう」
「それじゃ意味がないよ」と首を振る晶に、また花井が何か反論しようとしたが、その時不意に向けられた彼女の瞳に、息を呑むほどの情熱の炎が見え、思わず花井は口を閉ざしていた。
「私の独力で播磨君を手に入れてこそ、意味があるの。むしろサポートは足手まといになるから、やめて」
 言いたいことはそれだけ、と言って晶は退出しようと踵を返した。その後ろ姿に、思わず花井は「待った!」と声を飛ばしていた。とりあえず立ち止まり、振り返らない晶の背中に「一つ……訊きたいことがある」と続ける。
「普段の君は何事にもやる気を見出していないように見える。いくら恋をしているとはいえ……ここまで君が本気になるのはなぜだ?」
 それに対する晶の返答は、単純で、明快で、他の理由の追随を許さないほど毅然としたものだった。
「好きな人のためなら頑張れる。……そういうものでしょ?」
 おお……と男子の間に、新鮮な驚きの輪が広がる。あの高野晶が、あの無表情女が、あの影の薄い女が、これほどの情熱を秘めていたなど、誰が想像できた? 女の強さの片鱗を垣間見せる彼女の言動に、一同は心底驚嘆していた。
「では……勝てるのかね?」
 ふっ、と空気が笑う感覚を花井は感じ、首だけ振り返った晶の瞳に、間違いなく不敵な笑みの灯火があったことを、花井の心眼は見抜いた。思わず鳥肌が立つほど、大胆不敵な光だった。
「当然。……我に、秘策あり」
 その言葉だけが置き去りになり、晶は教室から消えていった。
 しばらく男子一同は全く身動き一つしなかったが、誰かが微かに笑い始めたのをきっかけに、新たな興奮の波が拡散していった。
「カッコいい……!」
「これなら俺たちの未来は安泰だな」
「さっすが姐さん、いかすぜ!」
 そんな言葉を聞きながら、花井もふつふつと興奮を感じていた。高野晶は想像以上だった。端から、自分たちのサポートなどなくても、彼女はまるでそうなることが当然の帰結であるかのように、勝利をかっさらうだろうという確信が、今の花井にはあった。
 が、そんな興奮も「こらあっ!!」という怒声に中断される。
 ドアが外れんばかりの勢いで開かれ、一人の男性教諭が現れたのだ。
「貴様ら! こんな時間に何をしている!」
「げっ……! 生活指導のゴリ山!」
 生徒の一人が言ったとおり、その男性教諭こそ全校生徒から最も恨まれる立場にある教師、通称ゴリ山だった。片手に竹刀を持っているあたり、時代錯誤な根性論が見え隠れしている。
「いかん! 皆、撤退だ。壱、弐、散!」
 花井の号令と同時に、男子一同はばしゅっ! と一瞬で教室から姿を消した。窓、ドア、どこかから次々に飛び出す生徒たちに、ゴリ山は「やっぱり貴様ら忍者だろ!?」などと叫んだ。
 そして男子生徒の気配が消えた頃には、教室は何もなかったかのように、スライドや黒板の文字など痕跡の一切が消え、悔しがるゴリ山だけが残された。

        ◆

 そろそろ肌寒くなってきたなぁ、などと思いながら、播磨拳児は朝の校門をくぐった。これだけ寒くなってくれば、そろそろ昼休みの屋上も居辛くなる。
 今日も茶道部か、と呟きながら歩いていると、不意に誰かに肩を叩かれた。振り返れば、クラスでよく見かける男子生徒が立っていた。
「……なんだよ、メガネ」
「ずいぶんなご挨拶だな、播磨」
 言うに及ばず、花井だった。
「で、なんか用か?」
「いや……」と言い、意味深に笑うメガネこと花井に不気味なものを感じながら、播磨は「用が無いなら行くぜ」と言った。
「播磨。応援しているぞ」
「はぁ?」
 いつもの花井の態度からは考えられない言葉に、播磨は薄ら寒いものさえ感じたが、花井は「ではな!」と残して走り去ってしまった。
 釈然としないものを感じながらも、とりあえず歩きだす播磨に、また別の見知らぬ生徒たちが次々に声をかけえてきた。
「お、播磨。がんばれよ!」
「播磨君、君なら大丈夫さ」
「俺たちのためにも頑張ってくれ」
 言葉だけを取れば純粋に応援している言葉なのだが、理由がわからない上に、昨日までの自分への態度とまるで違うことに、播磨はただただ不気味なものしか感じられなかった。
「……俺、なんかしたっけか?」
「おはよう、播磨君」
 突然、背後に湧いた気配に「おおう!?」と派手に驚きながら、播磨は振り返った。最近はよく出会う人物、高野晶だった。
「た、高野か。脅かすなよ。ああ、おはよーさん」
 自然と二人並んで歩きだす。微妙につかず離れずの距離なのは、今の二人の心理的距離を象徴しているようだったが、日に日にその距離が短くなっていることを、播磨は気付いていない。
「そろそろ寒くなってきたわね」
「ああ。これじゃ、そろそろ屋上は居づれぇな。今日も部室に行くと思うけど、いいか?」
「いつでもどうぞ。播磨君を閉ざす門はないから」
「ありがとよ。そんじゃ、昼休みと放課後にな」
 最近、晶と一緒にいることが多くなり、播磨は彼女が見た目ほど取っ付きにくい女でないことを察知していた。何かと気軽に話せるし、からかったりもしないし、暴力を振るってきたりすることもなく、播磨の周りにいる女性の中では珍しく貴重なタイプだった。
 いい奴だぜ、高野は。
 そう思い始めたことが、既に晶の手中に入りつつあることの証左なのだが、それに気付けるほど播磨は鋭くなかった。
 完全に手中に納めるまでは気付かれることなく、気付けば彼女の柵の中。播磨に恋人ができる将来は、そう遠くないのかもしれない……。


End

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