あがいても無駄な一日を(播磨vs絃子)
日時: 2006/02/26 13:12
名前: あろ


 ついにこの日が来てしまった。
自室のカレンダーの前で呻く播磨拳児。今日この日だけは、普段の一匹狼から、哀れな子羊に変わる。
そう、狩るものから狩られるものへ。
 コンコン。
扉をノックする音が響くと同時に、播磨は窓から身を投げる。

「拳児君、そろそろ行かないと遅刻す――」

 るぞ、と。
絃子が言い終わる前には、すでに部屋はもぬけの殻。やがて風にたなびくカーテンの向こう側から、バイクのエンジン音が聞こえてくる。
開けっ放しの窓を見つめる絃子が、彼女こそもう出勤しなければいけないにも関わらず、いまだ素肌にシャツ(しかも前ボタン外してる)なのはどういう了見なのか。
その白い胸元に冬の冷たい空気が窓から流れ込むが、絃子はまるで意に介せず、なるほどと頷いた。

「そうか、拳児君も無駄なことを………どこまで楽しませてくれるかな」

 そう呟きながら、彼女は播磨の部屋から身を翻し………獲物を狩る山猫の目へと変貌をとげた。



『あがいても無駄な一日を』


 今日は2月14日。
俗に言っても高尚に言ってもバレンタインデイとかいうやつだ。

「ピ〜ピ〜、今日はバレンタイン〜♪」

 C組一の遊び人今鳥、のんきに登校中。
校門を通り過ぎる頃には、すでに三つのチョコを貰っていた。恐らくはこの男の実態を知らぬであろう下級生や他のクラスの子からのものであろう。または他校の生徒か。
とにかく今年も例年通りの収穫高を期待させつつ、下駄箱へ向かう今鳥の目に、デカイ図体を必死に縮こませている男の姿。

「ん? 播磨なにしてんだ?」
「のんきでいいなコゾー。今日が何の日か知ってんのか」
「バレンタインだろ」
「そうだ」

 手ぬぐいでほっかむりしてコソコソと身を隠す播磨。
あまり話しかけてほしくない。なぜなら、ヤツがそろそろ登校してくるからだ。

「女の子からいっぱいチョコレートもらえんじゃんか。ま、おまえが貰えるかはしらねーけどな」
「おまえは金持ちなんだな」
「は?」
「チョコレートもらったら三倍返しなんだぞ」
「ま、一般的にはそーらしいけど、いちいち返すわけないっしょ〜この俺が」
「うらやましいぜ。俺なんざなァ!――」
「あ、絃子せんせだ」

 やっべえええええ!!
すかさず大木の裏に隠れる播磨。おはよう、と生徒達へ挨拶を返す絃子の声を耳にしながら、がくがく震えている。
颯爽と長い髪をなびかせて、職員用の下駄箱へと向かう彼女の背を、今鳥はアホ面で眺めていた。

「くー、絃子せんせーからチョコ貰えたら幸せだろーなあ、なんたって、D!」

 バカが………ヤツの恐ろしさをしらねえからそんなことがいえんだ。
アホ面のまま指で「D」をかたどりながら呟く今鳥を尻目に、播磨は頭を抱えた。

 確かに他の女の子からチョコレートなどもらったことは一度も無い播磨拳児。
矢神町に鳴り響く悪名とその見てくれから、わざわざ近寄る女がいるわけがない。ましてやチョコなど。
………たった一人をのぞいては。
実は播磨拳児は、幼少の頃より絃子からチョコレートをもらい続けてきた。
一つももらえない哀れな従兄弟への同情なのか、もちろん義理100%なのだろうが、それでも毎年忘れることなくチョコを手渡してくれた。
まあ、播磨も嬉しくないといえばウソだし、嫌そうな態度ではあったが、内心絃子に感謝していた。
………だが、それが年々高くなっている気がするのだ。
しかも、一ヵ月後に必ず三倍返しを要求してくる。恐ろしい。

 去年なんかゴテンバだかゴダイゴだかの12,000円のチョコだぞ?
もちろん返したぜ、36,000円!! ティファニーのブレスレット! 受け取っちまったからな!
バカ野郎、極貧の高校生になんてもん買わせやがんだ! しかも家賃光熱費割引サービスさえしてくんなかった。
今年はさらに高くなるに決まってる。下手すりゃゼロ5個いくかもしれねえ。アイツは俺をいじめて楽しんでやがんだ。
かといって、返さないとかシカト決め込むと、血を見るしな。

 数々の過去事例を思い出してはまた身震いする、すっかり調教済みの播磨であった。
では何故彼はのこのこ学校に来たのか?

 本来なら、前日辺りから矢神町を脱出して、三日後ぐらいに帰ってくればいいんだが、今年は天満ちゃんからチョコをもらえるかもしれねーんだ。
去年は違うクラスだったから、親しくなかったしな。だが今年は違う!! 海にも行った! キャンプも行った! 誕生日もデートした! 皿にも乗った!
きっと天満ちゃんはチョコをくれる。しかも本命を!
だから、学校に来るしかねえんだ、ちくしょう。
とにかく、絃子を避ける、それしかねえ。
………絃子は行ったか。今日は物理の授業はねーはず、よし頑張れ俺。

 などと無駄な決意をしている播磨が大木の陰から姿を見せると、いつのまにか一条とララの二人が、今鳥を取り囲んでいるではないか。

「あ、あの今鳥さん! ちょチョコレートです、うけてれくらさい!」
「げ、イチさん!! じゃ、またねー!」

 真っ赤になって俯いた一条の姿を見て慌てて逃げる今鳥であったが、いきなり前のめりに倒れ、顔面を強打する。

「ぐぼぁ!」
「逃げるのはヒキョーだゾ! イマドリ!」

 逃げ足の速さは冬木と並ぶとまで謳われる今鳥は無念にも狩猟民族のララに捕まった。正確には、ララの持っているロープに足を縛られて、である。
いつの間に結んだのか。

「はははい、チョチョ、チョコです!!」

 精一杯の乙女の純情も、今鳥はすでに気絶中。地面とキスしたままだ。
それでも嬉しそうにはにかむ一条は、呆然とその光景を見届けていた播磨へと向き直った。

「あ、播磨さんもよかったらどうぞ」
「すまねーな、いちじょ………し、しまったああああ!!」

 う、受け取っちまった! あんまりにも自然なやり取りに不意をつかれちまったぜ!
今鳥に押し付けたのとは違ってあまり目立たない包装の義理チョコを持ったまま、播磨はのけぞった。

「い、一条! これは、もちろん義理だよな」
「え、はは、はい」
「いくらした?」
「え? えーと………そんなこと訊かないでくださいっ」

 くそ、これは多分500円ぐらいだよな……てーことは1,500円……ま、このぐらいなら。

「ほれ、ハリマも喰エ」
「お、ララさんきゅ………って、ばかー!」

 ララからも受け取っちまった! なんでコイツラ、俺なんかにチョコレートを――
って、これはハンバーガー?

「売れ残りダ」
「ララ! オメーいいやつだな!」

 ハンバーガーなら大したこたねぇ。確か一個300円か? ワスバーガーは高ぇなあ。まあでも900円か!
大丈夫、まだ大丈夫。

「オオ、ハリマわかってるじゃないカ! よし、もっとヤル」
「へ?」

 どん!
褒められて機嫌をよくしたララが、20個ほどは入ってるハンバーガーの袋をいきなり押し付け、これまた思わず受け取ってしまった。つーか、どこに持ってたララ。

えーと、20×300円で、6,000円。三倍で18,000円………ぶほぉ!!

 大量のハンバーガーを抱えたまま、播磨は逃げ出した。
まさに計算違いである。絃子からの攻撃さえ注意していれば充分だと思っていたのだが、もしや変に習慣化してしまった義理チョコというやつが襲ってくるのではないだろうか? 今まで一つも貰えなかったのに、なんで今年に限って? 無関係だと思い込んでいた播磨は愕然となった。
別に律儀に全員に三倍返ししなくてもいいのだが、貰ったことのない播磨は、絃子の常識を当てはめるしか選択肢がなかったのである。

 い、いや確かに今年は色んなやつと交流があった。色恋沙汰ではなく、日ごろの交友関係上、他意はなく(絃子以外)贈ってくれるんだろうが、今の俺にはどんどん借金がかさむイメージしかわかねえ。
 一刻も早く教室に入って、あとは大人しくしている。一歩も動かない、一言もしゃべらない。見ない、聞かない、貰わない。
俗世と関わらない生き仏になるのだ! ただし天満ちゃん関連には敏感に。
 慌てて教室に向かいながら彼はそう決意する。


つまり本日の作戦!

天満ちゃんから(本命)チョコを受け取るやいなや、矢神町を緊急離脱。
見知らぬ町でニヤニヤしながら天満ちゃんから貰った(本命)チョコを食べる。
あとはほとぼりがさめるまで帰らない。


 完璧だぜ!
廊下を行き来する生徒の迷惑も省みず、握りこぶしを突き上げ、何かを掴み取ったのか満足げな表情を浮かべる播磨の背中をぽんと叩く、手。

「おはよ播磨。ほれチョコ」

 すれ違いざま、ハンバーガーの袋の中に無造作にチョコレート様を入れてくださったのは、周防美琴さん。
ホントに、オメーらしいよなああ!! 警戒していた矢先にこれだぜ。

「来月ヨロシクな」

 振り返ってにひひと笑いながら、教室へ入っていく彼女を恨めしげに睨んでいると、またしても播磨の背中を誰かが軽く叩く。
慌てて振り返ったが、誰もいない。気のせいか、そう思い直して前を向くと、いきなり晶の姿があった。

「おはよう播磨君」
「驚かすなっ 忍者かオメーわ」
「ポケット」
「ポケット?」

 晶が指差す先は播磨の学生服の胸ポケット。
いつの間にやら、板チョコサイズの桃色に、それこそ晶に似つかわしくない色でラッピングされたチョコレートが入っていた。
本当に、いつの間に、である。

「どうやったんだよ!」
「お返し、期待してるから」
「ちょっと、待――」

 ゾクリ!
数々の修羅場をくぐり抜けてきた魔王播磨をもってして、身がすくんでしまうほどの殺気。
まさか絃子か!?
すでに教室へと入ってしまった晶に構わず、そう覚悟を決めて振り返ると、そこにいたのは冷たい目をしてこちらを見据える金髪お嬢が一人。

「お、お嬢」
「よかったわね、モテモテじゃない」
「何言ってやがる! こんなもん―――はっ お、お嬢もまさか俺にチョコを!?」
「は、はあ? 何バカ言ってんのこのヒゲ! 誰がアンタなんかに!」

 思いっきり図星をつかれたのか、頬を紅潮させて怒鳴り返す沢近のカバンを持つ両手に思わず力がこもる。
その中に入っているのは果たして本命なのか義理なのか。
 そんな沢近の内心を知る由もない播磨は、安堵の表情。
つーか助かったぜ。お嬢のくれるチョコなんてよ、一個ウン万円とかだろブルジョワだし。そんなもん貰っちまったら、こっちは破滅(=破産)だっつーの。

「だろーな。あのお嬢が俺にチョコなんてな、笑っちまうよ、な!」
「………」
「どうしたお嬢、ぷるぷる震えて。トイレか?」
「この……バカァ!!」

 いきなり右足を蹴り上げる沢近。だが、播磨とて常日頃は平和ボケゆえの気の緩みがあるが、いまは対絃子用に神経を張り巡らせていたので、瞬時に攻撃を見切る。
右ハイキックに備え、左側頭部をガードした。
 しかし次の瞬間、右側頭部を打ちぬかれ、衝撃で吹っ飛ぶ。

「そ、双竜脚かよ……」

 段々と蹴りのレベルがあがっていく沢近に驚愕しながらも、そのまま気を失う播磨。
意識が飛んで廊下に大の字に倒れた彼の胸に、沢近はカバンからチョコレートを取り出すと、それをちょこんと置いた。
 それはもう、ものすごい高そうなブランド物のチョコを。

「食べたくないなら、別に食べなくていいから! フンッ!」

 播磨が意識を取り戻すにはもう少し時間がかかりそうなので、ここに現時点での播磨のお返し総金額を記しておく。



68,000円。


である。(中編へ続く)



おまけ

美琴「あーあ、せっかくアタシらが渡しやすいような流れにしてやったのになー」
晶「あそこまで妬くとは計算外だったわ」
愛理「ちゃんと渡したじゃない!」
晶「義理じゃなくて、カバンの中にもう一個入ってる、そっちの手作り本命チョコの方」
愛理「な、なんでもう一個持ってきたの知って――あ」
美琴「やっぱな」
晶「にひひ」(←無表情)
愛理「晶ー!!」

  あがいても無駄な一日を 中編 ( No.1 )
日時: 2006/02/26 14:01
名前: あろ

『あがいても無駄な一日を 中編』


 挙動不審とはまさにこのことか。
なにか物音がすれば振り返り、「チョコ」といった本日最大のキーワードが聞こえてくる度に肩を震わせ、女の子がカバンから何か取り出せば睨みつける。
いや、睨みをきかせているというよりは、怯えているといった方が正しいのだが。
あっちでビク! こっちでビク! まるでスタンドバイミーの夜の見張りだ。
 C組は一人の怪しい男のせいで、ただでさえいつもと違う空気になる今日という日に、妙な緊張感に包みこまれていた。

「ねえ、播磨君って、チョコ欲しいのかな」
「でも、もういっぱい貰ってるよ」

 女生徒達がそう思うのも無理はない。
本当はララに押し付けられたハンバーガーなのだが、はたから見ればチョコレートをハンバーガーの袋に入れているように見えるのだろう。
しかも、朝っぱらから美琴、晶、愛理といった評判の美少女達からも貰っているのを何人もの生徒が目撃しているのだから。

 だが播磨の事情は、それとは逆で。

 チクショー。もうすでに泣きたい金額になってきてやがる。
これで絃子からものすげーの食らったら、生きていきねえ。家賃も勘弁してくれそうもねーし。

 だから、真正直に全員に三倍返しをする必要はどこにもないのだが、播磨にはそんな考えはまったくなかった。
義理人情を重んじるといえば聞こえはいいが、ただ単に絃子以外から貰ったことが無いので、全員に三倍返しをするものだと思っているだけなのだが。

 とにかく、これ以上の被害は避け、何とか天満からチョコを受け取って姿をくらましたい播磨であったが、そうは問屋が卸さない。
だって、肝心の天満がいないのだから。

 なんで天満ちゃん、今日来てねーんだよ!

 ドン!
机を叩いた後、誰も座っていない天満の席を恨めしげに見つめる播磨。
もう朝のHRは終わってんのに。
天満ちゃんが今日来なきゃ(=チョコくれなきゃ)意味ねえんだ。

 焦燥にかられ、盛大にため息をつく播磨の様子は、天満をのぞいた3人娘にも見られていた。

「なんだよ、播磨のやつアタシ達のチョコだけじゃ物足りねーってのか?」
「ヒゲのくせに生意気なのよ」
「やっぱりこれは沢近の本命チョコじゃないと、納得しねーんじゃねえの? 播磨のヤツも」
「なんでよっ」
「それより、なんで教室中の窓しめきってるんだろう」

 晶の疑問ももっともだ。
しかもカーテンまでしめてあるので、教室が暗い。まるで夜の教室のようだった。
誰が閉めたのかしら、せっかくのいい天気なのに、そう呟いてカーテンを開き、窓を開けようとする沢近。
明るい冬の日差しが教室の一角に差し込むと同時に、突然播磨が彼女に怒鳴った。

「お嬢! 窓を開けんじゃ――」



パン!

「うわあー! 播磨が撃たれたー!」
「狙撃されたぞ!」

 怒鳴った播磨がいきなり顔面をのけぞらせて、教室の後ろに吹っ飛んでゆくのを、何人もの生徒が目撃した。
慌てて播磨に近寄り、脈と心音を図る数名。
後ろでは、狙撃犯と思しき人物の特徴と目撃談のインタビューごっこをしている始末。ノリのいいC組の連中である。

「げほげほ! な、なんだこりゃ……」

 何とか身を起こし、咳をしつつ口の中に詰まった小さな塊をつまみ出す。
それは弾丸の形をしたチョコだった。

「こ、こりゃあ絃子の仕業か!」

 自分を襲った弾丸の軌跡を辿れば、窓を開けたまま呆然とこちらを見ている沢近の背後は、向かいの校舎の屋上。
案の定、一人の長い髪をした女性が屋上でライフルらしきものを持って不敵に笑っている(ように見えた)。
窓が開かれ、播磨が叫んで口が開いた瞬間、沢近のお下げと頬の間隙をぬって、狙撃したのだろう。
その悪魔の如き技に、戦慄する播磨。

「な、なんだ、この紙は?」

 なにやらチョコの中に小さな紙が折りたたまれているらしい。引っ張り出してみると、



1個 1,200円(加工費用込み)



 と書かれていた。

「し、死んじまう!!」

 もうすでに一個食っちまった(って言えるのか?)が、コレを何発も食らったら、身も財布もボロボロだ。
恐怖心に駆られ慌てて教室を出ようとする播磨だったが、教室に入ってきた天満とぶつかりそうになる。

「あ、播磨君おはよー! あれ、もう帰るの?」

 来た。
マイエンジェルが。
サングラスを調え、劇画調の顔で異様なオーラを身にまとい、大人しく席に戻る播磨。
絃子の狙撃もなんのその。こうなったら、教室から離れるわけにはいかない。
なにしろ、天満の手には可愛らしい包みがあったのだから。

「いや〜、チョコ作ってたら遅くなっちゃったよ〜」

 よっしゃあ!!
美琴たちに言い訳しながら席につく天満に聞き耳をたてる播磨の目は、まさに鷹の目。

 改めて見れば天満ちゃん、今日は特にかわいーぜ。ほんのり顔が赤くなってやがる。
わかった。わかってる。貰ってやろうじゃねえか、この俺が。

 無駄に闘志を燃やす播磨だったが、残念、そのチョコは恐らくは天満の視線の先にいる彼に贈られることでしょう。



「ハリオ〜、おねえさんがチョコ持ってきたゾ♪」
「あ、妙さん、ども……」

 昼休み、一向に保健室に姿を見せない播磨に焦れ、妙は教室にやってきた。
その手にした包みが、何人もの生徒と一部の男性教諭の羨望と嫉妬の念を引き込む魔性のアイテムに見えるのだが。
 まさか教室内でしなだれるわけにもいかないが、顔をくっつけんばかりに近づき、播磨の顔を覗き込む妙。
そんな彼女に何の反応もせず、力なくうなだれる彼はすでに真っ白に燃え尽きていた。

「どーしたの?」
「お嬢からはクソたけえチョコ貰うし、クラスのヤツらからも貰って、朝来たら机の中にすでに一個入ってるし………絃子には3回狙撃されたし……」

 ブツブツと呟く播磨。積もり積もったチョコは、義理も本命も混在し。

ちなみに現在の返済額は――

98,000円。

 そして妙ちゃんの特製愛情チョコが、大台突破を後押ししてくれます。

「えー、じゃ私のチョコいらないのかなー」
「い、いや! 妙さんには散々お世話になってるんで、ありがたく頂戴します、ウス」
「ありがとー」
「来月、きっと見ててください」
「んふふ、嬉しー。じゃあね、ハリオ〜」

 機嫌よく保健室に帰っていく妙を見送りながら、再び播磨はうなだれる。
その総数と金額に落胆しているのも確かだったが、それ以上に、天満である。
昼休みも半ば過ぎ、天満達4人が楽しげに(若干一名ほど、さきほどの播磨と妙とのやりとりに殺気を放っていた者含む)お弁当を食べていたが、天満が一向に播磨にチョコを渡す気配さえ見せないのだから、彼が焦れるのも当然で。

 焦る播磨の内心を知ってか知らずか、携帯の着信音。
プロジェクトAのテーマが流れる中、携帯を開けばメールが入っていた。

「ん? 妹さんか。えーとなになに? 『もしよかったら、茶道部の部室へ来ませんか? 渡したいものがあります』………」

 ため息をついて、播磨は携帯をしまった。

…………やっぱチョコだろーな。
つーか茶道部の部室って、確か絃子の隠れ家じゃなかったか?
ぐわー、危険だ、危険すぎる!
だけど、あんだけ世話になった妹さんだ……しょーがねえ、行くか。
 己の幸運をまったく自覚せず、不承不承の体で立ち上がる播磨。だが、このままでは狙撃手に狙われるは必定。
しばらく逡巡していたが、やがて決心すると、一人の女生徒の元へ歩み寄った。

「なに、播磨君」
「すまねえ、頼みがある」
「別にこんなヤツの頼みなんてきく必要ないわよ晶」

 オメーは黙ってろ!
文句を言いたい播磨だったが、いつもの強気でいて思わず見とれるほどの綺麗な目が、今日は何故だか弱弱しい。
調子が狂うぜ、と愛理から目をそむけ、改めて播磨は晶に土下座した。

「頼む、この俺を守ってくれ!」

 情けないことこの上なし。




 その頃、茶道部の部室では。
温かい湯気とチョコレートの香りが二人の顔を包み、何ともいえない幸せをもたらしてくれる。
昼の日光が差し込む部室は、暖房一つで十分暖かい。
それに加えて、食後の一杯。ホットチョコレートはサラと八雲を内側から暖めてくれる。

「やっぱり部室はいいね。お昼はいつも使わせてくれないかなー」
「……駄目だよサラ。教室はもっと寒いんだから」
「そうだね。今日だけだもんね。教室にいるとお弁当にならないし」

 部長の晶と顧問の絃子の計らいで、昼休みに難儀するであろう二人の少女のために、部室を開けてくれたのだ。
もっとも絃子の方は、なにやら他事(=播磨狩り)に奔走しているようで、全て晶に任せていたみたいだが。
 ともかく、教室に留まっていると、今日という日に浮ついた生徒達が二人を囲むので、食事さえままならないというのが実情で、ほっておけば、二年の“あの”先輩までもが襲来しかねないので、この部室に避難しているのだ。

「でもでも」
「?」
「播磨先輩だけは別、なんだよね」
「!……」
「さっき、メールで呼んだんでしょ?」
「えっと、でも……それは……」
「やーくーもー」

 サラの言葉に頷く八雲。
別に他意はないのだ。ただ日ごろのお礼をかねて、義理チョコを渡したいだけで、ただサラの淹れてくれたホットチョコレートを3人で一緒に飲めたら、なんだかとってもいいんじゃないかと、ただそれだけで。

「やァぐゥもォ」
「………わかった」
「うん! 大丈夫、八雲こんなにかわいいんだもん! 播磨先輩だってメロメロだよ」
「……メロメロって」
「ちゃんと目を見て渡すんだよ。あっ」
「?」
「播磨先輩って、いっつもサングラスだよね」

 あー、困ったなあ。
といきなり頭を抱えるサラに、八雲は小首をかしげた。

「やっぱりこういうのは、ちゃんと目と目を見て渡したほうがいいと思うんだ。潤んだ瞳で播磨さんを見上げて、そっとチョコを渡してこう言うんだよ、いい八雲」

 四十五度の角度で見上げ、目は潤ませ両手を結ぶ。
紅い唇を微かに震わせながら、切ない吐息とともに届ける一言。

「好きです………播磨さん……」
「……えっと、サラ?」
「うん、決まり!」
「あ、あの無理だから……」
「よし、私が人肌脱いであげるね!」
「サラ、字がちがっ……」

 しかし、もう彼女は八雲の言い分を聞いていない。なにやら不審な動きで部室の出入り口の扉付近まで忍び寄る。

「ここで隠れてるから、播磨先輩が入ってきたら後ろからサングラス取っちゃうね」
「え?……」
「で、素顔が露になった播磨さんに、さっき教えた通り告白するの。わかった八雲」
「そ、そんなこと―――」

 コンコン。
できないと八雲が言葉を紡ぐ前に、茶道部の部室をノックする音。
播磨先輩だ!
サラはウインクすると、人差し指を口に当て、八雲に沈黙を促す。

「どうぞ、入っていいですよ」

 タイミングを見計らうサラの許可に、扉がゆっくりと開き播磨が入ってきた。
完全に播磨の死角に潜んでいたサラが踊りかかった。

「いまだ!」
「エ?」






 グキ!







「グキ?」

 部屋に入ってきた播磨の死角からサッとサングラスを奪うはずが、いきなり指が硬い何かに阻まれてしまった。その硬いものは潜水服のヘルメットであった。
なぜ潜水服? なぜにヘルメット?

 なぜって、部屋に入ってきた播磨が………潜水服を着ていたのだ。仕方ない。

「いたああああ!」
「さ、サラ!」
「いたいよおおおお!」

 指を抱えて転がりまわるサラなど眼中にない播磨。
そりゃ床を転げまわるサラに気づこうはずがない。
だって振り向けないし。

「フシュー、フシュー………イモウトサン、オレノコトヨンダ、ダカラ、オレ、キタ」
「あ、あの……なんで潜水服を?」
「ン? イマナニカシタノカ? コーホー」
「うわーん! 播磨先輩のバカー!」



サラ、全治一週間の突き指。



 昼食を終え、チラチラとこちらの様子を伺う浮ついた男子生徒達を一顧だにせず、気だるい昼を休んでいる沢近は、緑茶をすすってすまし顔の晶を横目に口を開いた。

「あんた、なんで潜水服なんて持ってるのよ」
「茶道部だからね」(続く)





おまけ

サラ「えーん! 播磨先輩にキズモノにされたー!」
播磨「ちょ、それはタンマ! その言い方はやめてくれや。確かに悪かったけどよ」
サラ「じゃ、責任とってください」
播磨「………ち、しょーがねえなあ。来いよサラ(ぐい)」
サラ「あ(ポッ) はり……拳児さん」
播磨「困ったシスターだゼ」
サラ「拳児さんのせいです」
播磨「痛いのはここか?(ちゅ)」
サラ「あ、吸っちゃ駄目です! あぅ」
播磨「ここも痛ぇか?」
サラ「はぅぅ! あぁ、主よほんの少しの間だけお許しを………」





サラ「ってゆう作戦なら間違いないって、部長が」
八雲「……(遠い目)」
サラ「ね、八雲。人の話を聞くときはこっち見よう、ね? シスターのお願い」
  あがいても無駄な一日を 後編 ( No.2 )
日時: 2006/02/26 13:14
名前: あろ

『あがいても無駄な一日を 後編』


 昼休みも終わりに近づいている。
茶道部から無事帰還した潜水士播磨は、席に戻るなり(またチョコ増えてる…)隣の席の天満を凝視。

 くそ、天満ちゃんいつになったら渡してくれんだ? 放課後か? 確かにいいよな。夕暮れの中、大木の下で頬染めた天満ちゃんがソッと渡してくれんだ。
それもいいけどよ、俺には時間がねえんだ!
もうこうなったら手渡しで受け取るなんて猶予はねえ。
いつ絃子がくるかもしれねえしな。

 そんな切羽詰った播磨が導き出した答えは、

人気の無いところまで天満をおびき寄せる。そして、チョコを催促する。

 それがどういう事態を招くのか、彼の足りない頭では考えが及ばないのも無理ないことだった。





「もーすぐ授業はじまっちゃうよ〜。いったい誰なんだろ」

 寒空の下、女のコを待たせるとは男の風上にも置けないが、天満は大人しく体育館裏で一人ぽつんと立っていた。
お弁当箱の上に置かれた一枚の伝言は、哀しい男の魂の叫び。
常人では理解し得ないメッセージであろうとも、天満は応えてくれる。

 そこへ現れしは我らが播磨拳児。
ありったけの決意を胸に、緊張の面持ちで天満に近づいていく。

「あ、播磨君! もしかしてあの伝言、播磨君だったの?」
「あ、ああ………」
「なになに? もしかして恋の相談、とか!? キャ〜」
「………ある意味、そのまんまだぜ塚本」
「え」
「俺、俺………」

 思わず目を見開く天満の両腕を掴み、播磨は叫んだ。

「おまえのチョコが欲しいんだ!!」
「は、播磨君………」

 言った………ついに言っちまった。
だけど、なんでこんなにさっぱりしてるんだろうな。心が晴れやかだぜ、そう、まるで今の冬の青空のようにな。

「もうあげたよ、播磨君」
「………へ?」
「さっき、お昼ご飯終わって、播磨君の机の中に入れておいたよ♪」

 ま、マジかあああああ!!!
なんだよ、わざわざ呼び出して催促するこたぁなかったんじゃねーかよ!!

「な、なんだ、そっかそっか。すまねー塚本。勘違いしてたぜ」
「もー、播磨君ってば、私がそんな薄情な女に見えてたの!?」
「いや、ホント俺が悪かったぜ。でも、やっぱり手渡しの方が――」
「皆も播磨君に義理チョコあげたんでしょ。私だってちゃんと播磨君に作ってあげたんだから、義理チョコを!」
「………義理?」

 ぎり? ギリ? なんだ、聞き慣れない言葉だぞ?
今日散々口にした義理というキーワード、播磨は天満の口から発せられるとは到底思わず、ゆえに一瞬パニックになる。
要するに想定外、というやつだ。

「………義理?」
「お返し、気をつかわなくていいからね! あんなに貰ったんだもん、来月大変でしょ」
「い、いや、確かにそうなんだけどよ、あれ? なにこの展開?」

 やがて鳴り出した予鈴に、天満は慌てて教室へ向かう。

「播磨君も戻ろ!」

 その可憐で小さな背を呆然と眺める播磨は、鳴り響く予鈴の中、崩れ落ちそうになる。
こんなことだろーと思ったぜ………はっ、ははははははははははは!!
よし、今すぐバイクで走り出そう。泣きながら一晩中だ。
そう弱弱しく空を見上げれば、空はどこまでも青く広がっていた―――









 が、そのまま今日という日を終わらせてくれるほど、彼女は甘くなかった。











「私から逃げられると、本気で思っていたのかい?」









 そ、その声は………

「い、絃子!!」
「教室から出るとは、まるで狩ってくださいと言っているようなものだよ、拳児君」
「う、うああああ!!」
「これでキミのハートを打ち抜いてあげよう」
「やめろ、死んじまうゾ! グボォ!!」

 パン! パン! パン!
絃子は容赦なくハンドガンで次々とお手製チョコを播磨に撃ち込んでいく。
朦朧とする意識の中、播磨は思った。

こ、こんなのバレンタインじゃ………ねえ………ぐふ

もうすでに意識のない播磨に構わず、彼を倒れさせないよう全身に愛の弾丸を浴びせる絃子であった―――








「う、ここは?………」

 気づけば自室のベッドの上。
昼休みに、絃子に蜂の巣にされてから記憶がねえな。
そう思って部屋の灯りをつけると、今日貰ったチョコが机の上に積まれていた。

「やっぱ夢じゃねえのか……どーすんだよコレ」

 来月のことを思うと胃が痛い播磨。ざっと見積もっただけでも、40,000円は超えている。ということは三倍して120,000円のお支払いだ。やっぱりお嬢のブランドチョコがでかかった。
あのヤロウ〜。くれるんなら、安いヤツにしろってんだ。それか、天満ちゃんみてえに手作りのやつ。
みろ、この三角錐の怪しいチョコを。天満ちゃんじゃなきゃつくれねえぞこんなの。

 そういって天満から受け取った(義理)チョコを眺める播磨だが、そういえばと思い返し、見覚えの無い包みを取り出す。
天満のチョコのとなりにさりげなく置かれていた、いかにも手作りですと言わんばかりのチョコレート。

「これも確かすげー形してたな。誰だっけ、記憶にねえ……」

 なんだか丸めたティッシュのような形の黒い塊。
それでも無造作に口に入れれば、甘い味。

「………やけにうめえな」
「目が覚めたか」

 ノックすらせず、絃子さんが播磨の部屋に入ってくる。相変わらず自宅ではラフな格好だ。
そのTシャツとホットパンツ姿の絃子の後ろに、一人の女性が見えるではないか。こちらはちゃんと清楚なワンピース姿だが。

「拳児君、こんばんは」
「よ、葉子さん!」

 珍しいこともあるもんだ。
滅多に来ない葉子が来たことで、別に後ろめたいことはないはずが、逆におたおたしてしまった。

「絃子さんが拳児君を運んでくれたのよ? お礼言った?」
「なんで俺を気絶させた張本人にお礼言わなきゃいけねえんだよ」
「ほお」
「や、絃子さんは優しいなあ!!」
「わかればよろしい」
「ってことは、オメーがチョコ持ってきたのか?」
「ああ。教室の机の上に山積みになってたからな。あまりにもデリカシーがないだろう」
「これ、誰が置いたかわかるか?」

 播磨の手には先ほどのやけにうめえチョコが。
それを見て、葉子が楽しげに笑う。

「それはね――」
「葉子。こういうことは本人に悟らせるべきだよ」
「そうですね、ふふ」

 んだよ、気色悪いな。
オトナの女二人の含んだ物言いに居心地の悪い思いをする播磨は、いきなり話題を変える。

「今日は何の用で来たんだよ、葉子さん」
「バレンタインだから、チョコ持ってきたに決まってるでしょ」

 そういってバッグからチョコを取り出す葉子は、机の上のチョコの山に躊躇った。

「こんなにあるんじゃ、私のはいらないかな?」
「いや、ありがたく受け取るぜ!」
「いいコね、拳児君」

 他ならぬ葉子のチョコだ。
幼少より絃子同様、世話になってる大人の女性だ、貰わねば失礼になる。
大仰に頭を下げ、うやうやしく受け取った。

「……あれ? つーか葉子さんから貰ったの初めてじゃねえか?」
「私も前からあげたかったんだけどねー。誰かさんに邪魔されてたの」
「へー、変なヤツもいるもんだ」
「………」
「変なヤツでしょー? ねー絃子さ(ぎゅ〜)いひゃいいひゃい!」

 両方の頬っぺたを絃子につままれて涙目になる葉子。
赤くなった頬をさすりながら、恨めしげに絃子を睨んだ。

「じゃあ、葉子もあげたことだし、私もあげようかな。し か た な い か ら」
「オメーからは散々貰っただろーが! あの弾幕の嵐をよ!」
「あれはジョークだ」
「ジョークで済ますな! まだ全身いてーんだぞコラ!」
「では、まともに返してくれるとでもいうのかな? あの弾丸の総制作費をきいたら恐ろしいことになるぞ?」
「うっ」

 確かに、一個1,200円の弾丸チョコをあれだけ食らって、それら全部を三倍返しするなど、想像したくもない。
仕方ねえ、その条件飲むわ………
思わず観念する播磨だが、絃子の用意したチョコを見てのけぞった。

「デラックスチョコケーキだ」
「………ウェディングケーキみてえになってんじゃねえか!! おい、いくらしやがった」
「30,000円。さ、食べろ」

 そう言いながら、チョコケーキの切れ端をフォークで播磨の口へ持っていこうとする絃子の攻撃を、食ったら終わりだといわんばかりに頑なに拒む播磨の様子を、葉子はおかしそうに見つめていた。(了)
  あとがき ( No.3 )
日時: 2006/02/26 13:15
名前: あろ


あとがき

カットした話を追記。ディレクターズカットとかいうやつですか。
微妙だから外しただけなんですけどね。

あろでした。





おまけ

 それから一年後。

「………ってなことが、去年あったんだよな」
「そうだったっけ」
「そうだよ、忘れたとはいわせねー!」
「ああ、思い出したよ。200,000円もの資金を必死に稼ぐキミの光景はいま思い出しても凄かったな」
「あたりめーだ。俺ァ、15日から翌月の13日までの記憶がねえんだぞ。寝ないで働いたからな」
「で、今日は、2月14日だが、また同じ目に遭うんじゃないかと。そう言いたいのかい」
「フッ、今年の俺は一味違うぜ。見ろ、これを」
「これは、スカーフ?」
「ああ、3,000円のスカーフだ」
「これが?」
「今年の俺のホワイトデーのお返しだ」
「………なるほど」

 そう、俺は気づいた。
先にお返しを決めちまえばいいんだ! なんて頭がいいんだ俺は!

「つまり、オメーはこの三分の一以下の値段分しか俺にチョコを贈れねーのさ! ざまぁねえな絃子! わっはっは」
「わかった、待ってるんだ………ほれ」
「……なんすか、これ」
「10円チョコ。いや、君も実に気前がいいね。10円チョコに、3,000円のスカーフを贈り返してくれるとは。300倍だぞ」
「………」
「キミは慈善事業家にでもなるといい」
「………」
「それにしても300倍か。これは来年のバレンタインが楽しみだよ」
「…………ちっくしょおおおお!!」
「さっそく、君の想いがつまったスカーフをまとってみようかな」

 どうやってもコイツには勝てねえのかああ!!
泣き崩れる播磨を尻目に、絃子は隠し持っていた手作りのチョコをそっと握り締めて、楽しげに笑った。
そのチョコが本命かどうかは、絃子以外知るよしもない。


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